【伊アオ】「伊之助とアオイのほわほわもみじ狩り」【鬼滅の刃二次創作】 作:?がらくた
腕輪にしては大きく、冠にしては小さい気がします。
数十分後。
泣き止んで顔を上げた彼女に向かって、縁側で胡座をかいた伊之助が
「アオコ。お前の作る天ぷらは誰よりも旨ェ」
と言い放つ。
(どういうつもりなの? この状況で普通、料理が美味しいって褒める? もしかして口説いてる?)
伊之助の唐突な一言に、アオイの頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
「えーと、ありがとうございます」
「……ぐぬぬ、調子狂うぜ。お前に覇気がないと、こっちまでやりづれぇんだよ」
伊之助は、顔にも言動にも、感情がそのまま出る分かりやすい人間だ。
被り物で表情こそ読めないけれども、猪頭を執拗に掻き毟って怒りを紛らわしているのが、アオイにも見て取れる。
「伊之助さん、無理して慰めていただかなくても……」
「天ぷらだけじゃねぇ。他の飯もババアの飯より旨かった。特に握り飯と卵焼き、大学イモな。あとツヤツヤのドングリもくれてやる。だから元気出しやがれ!」
声を張り上げて天ぷら、ババア、ドングリと、まくしたてていく伊之助。
炭治郎らと会うまで伊之助は、大岳山に暮らすたかはると彼の祖父である百人一首を読み聞かせてくれた老爺としか、人との関わりを持たなかった。
そのような境遇で育った彼にとって、藤の家紋の宿屋で丹精込めて作られた天ぷらは、特別な食べ物だった。
しかし事情を知らない彼女は意味が分からず、いつも眉間に寄ったシワが、いっそう深く刻まれる。
「おだてても、天ぷらは出しませんから」
「馬鹿アオコ、そういう意味で言ったんじゃねぇ!」
「馬鹿とは何ですか、馬鹿とは!」
口論の最中、廊下を忙しなく走り回る足音が、鼓膜を刺激する。
何事だろうかと振り返ると、三人娘の内の一人であるお下げと水色の髪飾りが特徴のすみが、息を切らしてお盆を持っていた。
「ぜぇぜぇ……。アオイさん、伊之助さん、どうぞ」
「お、ガキ共。なかなか気が利くじゃねぇか。ほら、お前も飲めよ」
「……ありがとう」
(本当なら、私が屋敷を導いていかないといけないのに。よりによって盲人と、自分より幼い子たちに気を遣われるなんて、しのぶ様には程遠いな)
人を支える側の人間として築き上げた自信に、カナヲと三人娘の心遣いが、チクチク刺さる。
受け取ればアオイをアオイ足らしめる何かが、根底から崩れてしまいそうで、彼女は湯飲みを手に取るのを躊躇った。
「飲んでくれないんですか?」
お盆を抱いたすみが勧めた。
置かれた湯飲みからは、もうもうと湯気が立ち昇って、触れずとも熱さが伝わる。
アオイは急かす彼女に
「……どうして? あ、冷めてから貰おうとしてたの」
心に浮かんだ疑問を正直にぶつけた。
「親分の俺をもてなすために 高級な茶葉でも使ってんのか?」
「違いますよ。そのお茶、カナヲさんが淹れたんです。危なっかしいので協力しましたけど。アオイさんが飲まないなら、私が頂きますからね」
「へぇ、ハナヲがねぇ」
「……カナヲの馬鹿。刀しか持ったことない不器用な癖に」
カナヲと三人娘が協力して私のために淹れた、私だけのお茶。
ぞんざいに扱えば、罰が当たる。
アオイは湯飲みを両手でそっと持ち上げると、ずずずと吸い上げていく。
「どうりであったかいはずだよね、すごく美味しい……」
「……熱ッ! よく飲めるな、お前!? 味なんて分からねーぞ!」
薄緑の茶は香りこそないものの、優しい味がする。
「カナヲさーん。ちゃんと飲んでくれたよー! 美味しかったってー!」
アオイから感想を貰うと、すみは台所へ脱兎の如く駆けていく。
「ちったぁ落ち着いたかよ」
「はい、平気です」
平気です、大丈夫です、問題ありません。
心にもない嘘で塗り固められていく自分に、アオイは心底嫌気が差した。
(心配をかけたくない、誰にも迷惑をかけたくない)
そう思っていても現に伊之助に、カナヲに、三人娘に、助けられている自分がいる。
アオイの胸中を知ってか知らずか、伊之助は口を尖らせ、釈然としない面持ちで彼女を見据える。
翡翠の瞳に、自分の思考を見透かされたように感じたアオイは、思わず目を背けた。
「惣一郎と紋逸から聞いたんだけどな、もみじ狩りっつうのか。落ちてくる葉っぱ眺めながら、獲物を狩る面白い行事があるんだとよ。今度一緒にいかねぇか」
「伊之助さん。もみじ狩りっていうのは紅葉を鑑賞しながらお弁当を食べたり、落ちた果実を拾う行事ですよ」
「……そんなこと俺でも知ってるわ、ポン治郎とチュウ逸が間違えて教えやがったんだ!」
「プッ、フフフ……」
暫しの沈黙の後、無知を誤魔化すかのような逆切れ。
普段ならば言い返している所だったが、絶妙に嚙み合わない会話に、アオイは吹き出した。
腹の底から笑うと、自分で自分を追い詰めていたことも、何だか馬鹿らしくなる。
せっかくの誘い、断るのも忍びない。
「奥多摩の山々には、たくさんありますよ」
「何がだよ」
「伊之助さん、ドングリ好きでしょ。探しましょうね」
「結局もみじ狩りすんのかよ。てっきり俺が泣かせたから、ムカついてんのかと」
「伊之助さんから誘ったんじゃないですか。約束破ったら承知しませんよ。そうだ、指切りしましょう」
「指切り、か」
「指切りに思い入れでも?」
「旨い天ぷら作るお前には話してやってもいいか」
何の気なしに尋ねると、伊之助は順を追って説明していく。
猪に育てられたこと。
初めての任務を終わらせた後、天ぷらを頬張ったこと。
怪我の治療で施された包帯と縫合を引き抜こうとした時、しのぶと指切りを交わしたこと。
その際、しのぶと亡き母を重ねたこと。
カナヲと共闘した童磨との闘いで伊之助の母、琴葉の顛末を聞かされたこと。
指切りが、琴葉が伊之助を寝かしつける子守唄だったこと。
何よりアオイの頭に残ったのは度々出てくる、ほわほわという単語だ。
「ババアや炭治郎、善逸に禰豆子。しのぶにアオイ。色んな連中が俺をほわほわさせやがる」
「このほわほわが何なのか訳わかんなくて、ずっと気味悪かったんだけどよ。あの糞虫を倒して平和になったからな。しのぶの仏壇の前で誓ったんだ」
「今までは否定してきたけどほわほわする感覚、大事にしようと思ってるってな。死ぬ前に悔いは残したくねぇ」
文盲の伊之助は、ほわほわを言語化するのに、苦心しているようだった。
だが聡明なアオイには、ほわほわが意味するものが何なのか、察しがついた。
山育ちで人との関わりが極端に少なく、物心つく前に母親を亡くした彼にとってほわほわとは、人の愛情や温もりを求める普遍的な欲求そのもの。
純粋に幸福を追求しようとする伊之助の姿勢は、アオイには眩しく映った。
猪突猛進。
その口癖通り、決して恵まれた境遇とは言えない彼が、前だけを向いている。
「いい雰囲気だね、あの二人」
「アオイさんは伊之助さん、どう思ってるのかな」
「よく喧嘩してるけど、本当に嫌いなら一緒にいないよね?」
屋敷の物陰に隠れたなほときよの台詞に、アオイは耳まで赤らむ。
真夏は過ぎたのに、身体にはジワリと汗が滲んでいく。
「……コホン。今まで注意しませんでしたが、外出の際は服を着て下さい。同伴する私が恥ずかしいですし、目の毒なので」
貴方たちの存在に、気がついていますよ。
そう言わんばかりに、わざとらしく咳き込んで注意を促すと、なほときよは出した顔を瞬時に引っ込めた。
「ハァ?! 服なんか持ってねーよ。つうか着ようが着まいが、俺の勝手だろ」
「なら炭治郎さんか善逸さんに貸してもらって下さい。でないと一緒には行きませんので」
「何で俺様が子分に指図されなきゃならねぇんだ! 何様のつもりだ、お前は!」
「誰が子分ですか、貴方の下についた覚えはありません!」
「んだよ。その調子なら、構ってやる必要もなかったな。あばよアオコ」
捨て台詞を吐くと、伊之助は煙のように屋敷から姿を消した。
被り物を置きっぱなしにしたまま。
「盗み聞きとは感心しないわね」
伊之助が立ち去ると、なほときよはアオイに群がる。
「すっ、すいません」
怖がらせるつもりはなかったのに。
怯えた彼女たちの頬を撫でると、少女たちの体温は先ほど飲んだ茶の温かみと、とてもよく似ていた。
「明日、足りないものの買い出しにいくから。もみじ狩り、貴方たちも行くでしょ?」
「い、いいんですか。せっかくですし、伊之助さんと二人きりで楽しまれては……」
「蝶の髪飾りは家族の証なんだから。貴方たちを置いてはいけないわよ」
(カナエ様、しのぶ様。見ておられますか。この子たちは、私が育て上げてみせます)
アオイが二人を抱き寄せると、三人の周りを数匹の蝶がひらひらと舞った。
優雅に、華やかに。
ただいまグラブルと鬼滅コラボ期間中なので失礼する