【伊アオ】「伊之助とアオイのほわほわもみじ狩り」【鬼滅の刃二次創作】 作:?がらくた
山の中を歩き回ると、大勢の人の声が一行の鼓膜に届いて、そちらに向かって歩き続けると開けた場所に辿り着いた。
人の手が入った森林は適度に木が伐採され、雑草もきちんと刈られている。
先客たちは切り株に腰を落ち着けるなどして、思い思いに穏やかな時間を過ごしていた。
「結構歩き回ったし、私たちもご飯にしましょうか」
「うん、賛成」
「そうですね~、お腹ペコペコです~」
少女たちは口々に呟く。
伊之助ただ一人を除いて。
「お前ら、本当に弱味噌だな。少し歩いたくらいで休もうとしやがって」
「伊之助さん、ここで休憩しましょう。あの三人は、体力がないので……」
彼に合わせてもらおうと言葉を尽くしていると、グギュルルルル……。
獣の唸り声の如き腹の虫が、周囲に鳴り響く。
その音は、伊之助の方からする。
「まだドングリ集めも済んでねぇってのに。しゃあねぇ、飯にするか」
あまりの切り替えの早さに、アオイは呆気に取られ、カナヲは声を殺して、身体を揺らして笑う。
空いていた場所に敷物を敷いて、風呂敷の結び目をほどくと、四段になった重箱が露わになった。
漆器にはすだれのような藤の花と、それ目掛けて数匹の蝶が羽ばたく金蒔絵(かなまきえ)が施されている。
工芸に明るくないズブの素人でも、値の張る一品物なのが窺える代物だ。
その上には、豪勢な重箱に不釣り合いな市販の竹編み箱が置かれており、アオイが伊之助の前にそれを差し出すと、彼はきょとんとしながら彼女に視線を送った。
「なんだよ、これ」
「伊之助さんは、人の食べ物を横取りしかねないですから。なので余分に作ってきました」
「全部、俺が食っていいのか? 俺専用のお盆の飯と一緒か?」
アオイがはい、と言うと同時に伊之助は蓋を開けて、中のお握りを鷲掴みにした。
お握りをまじまじと凝視する彼の唇の両端は、次第に吊り上がっていく。
「……食べないの?」
カナヲに促されると、彼は目で堪能していたお握りを近づけて、頬袋に餌を溜めるリスのように、食べ物を次から次へと口に詰め込む。
咀嚼する時間すら惜しみ、他の誰にも横取りされまいと言わんばかりに。
「伊之助さん、ここ」
口元に米粒をついているのを指摘すると、伊之助は人差し指で、付いた米粒を舐め取る。
意地汚いが豪快な食いっぷりに、アオイは胸がすくような爽快な気分がした。
せっかくの料理を食べ残されるより、丹精込めて作った甲斐があるというものだ。
「喉につかえますよ、お茶どうぞ」
水筒を渡すと、口の中の食べ物をお茶ごと一気に流し込む。
「目移りしちゃいますね~」
「……これとそれ、私が作った。上手に出来てるか心配なんだけど、よかったら」
蓋を開けるとカナヲが指差す先には、一口大の手巻き寿司と、サバの照り焼きが重箱に彩りを添えている。
「どれどれ、私の味に少し近づいた?」
「私にも一口下さ~い」
申し訳なさそうに喋るカナヲに、アオイと三人娘が穏やかな笑みを向け、箸を伸ばす。
「……どうかな? 口に合うと嬉しい」
彼女は伏し目がちに俯いて、感想を求めた。
挟んだ箸を近づけると、香ばしい匂いが風に乗って漂う。
魚肉はほどよく柔らかく、軽く嚙み合わせただけで、身が簡単にほぐれた。
油と甘辛のタレが混ざった汁が噛む度に溢れると、ごまのふりかかった塩味の効いたご飯が恋しくなり、ついつい食が進む。
料理を始めて日が浅い割には、それなりにまとまっているというのが、アオイの偽らざる感想だった。
「うんうん、お米と合うわね。しょうがの風味が強いから、もう少し他の調味料が多くてもよかったかも。これだけ上手なら、次はもっと美味しく作れるわよ」
「私、アオイさんの味より好きかもしれませ~ん」
「……頑張ってよかった」
迂闊な発言をせぬよう言葉を選びつつ、彼女を激励すると、カナヲはゆっくりと肩を撫で下ろして安堵する。
「チビ助、がっつくな。俺の分がなくなるじゃねーか」
「嫌ですよ~。モタモタしてたら伊之助さんに全部食べられちゃいます」
「じゃあ、競争だ。全部食われても後悔すんなよ」
すみの発言を皮切りに、熾烈なおかずの争奪戦が始まる。
時折、刀と刀の鍔迫り合いのように箸と箸がぶつかって、カチャカチャと音が鳴る。
「ちょっと貴方たち、お行儀が悪いわよ!」
「はい、アオイ。どんどん食べて」
「あーっ、それ俺が食おうとしてたのに!」
カナヲに寿司を手渡されると、食い意地の張った伊之助に、潤んだ瞳で見つめられる。
早く食べてしまおうと大きく口を開くと、彼は顎の外れた猫のような間抜けな顔をした。
視線のせいで呑気に舌鼓を打てる状況ではなく、二人はそのまま暫く、縄張り争いで牽制し合う動物の如く、睨みを利かせあう。
(食べづらい……)
食欲旺盛な伊之助に、ついにアオイが根負けして
「わ、分かりましたよ。あげますから」
蓋の上に置くと、ひょいと素手でつまむ。
「どう、伊之助?」
「ん~、アオコの飯の方が俺好みだな」
「無神経すぎますよ、カナヲだって最近は花嫁修業に精を出してるんです! 落ち込ませるような発言は謹んで下さい!」
「……美味しいって言わない伊之助には、もう食べさせない」
無神経な一言は、乙女の非難の嵐にさらされる。
「お、俺は素直な感想をだな……」
「伊之助さんのせいで、お嫁にいけなくなったらどうするんですか! 何でもかんでも思ったことを口にしないで、人並みの処世術を身につけないと、人間社会で通用しませんよ!」
「お前、本当に面倒くせーな。子分の癖に偉そうに……」
たじろぐ伊之助にアオイがきつい一言を浴びせると、普段の傍若無人な態度は鳴りをひそめ、体を縮こまらせた。
ガミガミうるさいチビ、いつも怒ってる女。
ぶつぶつと文句を言い出す彼に、彼女の中で怒りよりも、何故遊びに連れ出したのかという気持ちが込み上げた。
「どうして誘ってくれたんですか。今まではそんな風に、どこかに出掛けたりしなかったでしょう」
「……俺は山で育ってきて、山で過ごす生活が一番楽しいからよ。そんだけだ」
悪意があって誘ったのではないのは理解できたが、言葉が足りなさすぎる。
アオイは再度、同じ質問をぶつける。
ゆっくり言葉を紡げるよう、今度は急かさずに。
「お前らが好きなモンが分からねーから、自分の好きな所に連れてきた。どうせなら自分が楽しめる場所にいけって、アイツらがうるさくてな。故郷の山じゃねーから勝手が分からなくて、上手く案内できた自信はないけどよ」
ぎこちない話しぶりから、伊之助なりの思い遣りと誠意が伝わる。
「ありがとうございます、いい気分転換になりました。今日は伊之助さんのこと、よく知れた気がします」
「……そうかよ。ならよかった」
伊之助は俯きがちに呟くと、黙々と食事を摂り始めた。
自信家な伊之助が照れているのは、仕草が雄弁に物語っていた。
普段はやんちゃな彼が大人しくなるのは初々しく、からかってやりたい衝動に駆られたが、指摘すれば喧嘩になる。
アオイが敢えて言及せずにいると
「あ、伊之助さん照れてます~」
「あぁ!? なんで俺があのチビに!」
からかうきよに、伊之助は口汚い言葉を浴びせる。
髪飾りを探してもらった一件以来、懐いていた彼女は怯えたように、アオイの胸に飛び込む。
照れ隠しなのは一目瞭然だが、いたいけな少女をいじめるのは褒められない。
「脅かすのは止めて下さい。怖がってるじゃないですか」
「……悪かったな。これ、やるよ。手ぇ出せ」
伊之助はきよの真正面に座ると、仲直りの証と称して、彼女の開いた両手にドングリを置いた。
しかし彼自慢のドングリを貰っても、彼女の表情は晴れない。
「伊之助さん、物で誤魔化そうとしてもダメですよ~。悪いと思ったなら、もっと相応しい言葉がありますよね~」
「ご、め、ん、な、さ、い! これでいいだろ、チビ助!」
「きよ、貴方もからかったことは謝らないと」
「先ほどはすいませんでした」
年下のきよに常識を教わった伊之助は、一文字一文字声を張り上げて、謝意を述べる。
子供っぽい彼を諫めるきよの一言が可笑しかったのか、一行に再び和やかな雰囲気が訪れる。
(こんなに賑やかなのは、カナエ様やしのぶ様がいた時以来かな)
両親を失って、しのぶに先立たれ、手が届かないと思っていた日常が自分の目の前にあることに、その場に自分がいることに、彼女は複雑な心境だった。
鬼殺隊の面々が、文字通り命懸けで掴み取った日々を、肩を並べて歩んでいいのか。
平穏な日々の尊さを噛み締める度に、犠牲になったものの重みが、ずしりと肩にのしかかる。
(……私はあの人たちと何も変わらない)
アオイは、のほほんともみじ狩りを謳歌する一般庶民に目を遣った。
無論、鬼の存在を認知していない彼らに何ら罪はない。
しかし鬼の存在を、鬼に奪われた命を、彼女は昨日のことのように覚えている。
知っていながら、ただ待つことしかできなかった。
罪悪感や自己嫌悪といった感情はとびきり意地悪で、悲しみに打ちひしがれる日々は勿論、幸福に満ちた日々にも、平然と彼女について回った。
「アオイ、どうしたの?」
「また来ようね、カナヲ。平和な日がいつまでも続くとは限らないんだから。今の内に一生分思い出作ろうよ」
「……そうだね。今度は伊之助とアオイだけで、ね」
「なんで、そうなるの?!」
予想だにしない返答に、アオイの心臓がビクンと跳ね上がる。
「私たち、置いてけぼりにされたから。別行動するなら初めからそうして」
「あれは伊之助さんが引っ張ったから仕方なく……。私はカナヲたちと一緒に、ゆっくり散策したかったのになぁ」
「……そう」
カナヲが物言いたそうに口ごもると 二人の会話はパタリと途切れた。
アオイがよくよく観察していると、彼女たちの口許は微かに震えている。
「なんで黙るの、そこで! 私と伊之助さんは単なる友人ですから。貴方からも反論して下さいよ」
アオイが伊之助に視線を向けると、彼はいつになく険しい表情にしている。
思い当たりがあるとすれば、先ほどの暴飲暴食くらいだ。
健康優良児といえども、早食いをすれば、胃に負担がかかる。
「喉に食べ物でも詰まりました? だから、いつも注意を……」
「お前ら、すぐにここから離れるぞ!」
突如目を見開いて、伊之助は叫んだ。
あまりに突拍子もない発言に、アオイだけでなくカナヲや三人娘、一般庶民まで面食らっている。
突然すぎて状況が飲み込めない彼女が、説明してもらおうとすると
「き、きゃああああぁっ!」
束の間の平穏を、辺りに木霊する悲鳴が壊した。
6話の投稿はとても時間がかかりそうなので、誤字脱字に関しては5話投稿後に直します。
鬼滅のノベライズで、アオイちゃんは三人娘を呼び捨てにしていたのに気が付いたので、そこも随時、正しい呼び方に書き換える予定。
あと今更ですが、タグの登場人物は登場してから追加した方がよさそうなので、竈門炭治郎のタグは消しておきます。
かまぼこ隊の三人は出すので、楽しみにしていてください。
誤字脱字の指摘、報告ありがとうございました。