【伊アオ】「伊之助とアオイのほわほわもみじ狩り」【鬼滅の刃二次創作】 作:?がらくた
最後にハッピーエンドにすれば、道中はいくら曇らせてもいいだろ!
……とは言わないですが、キャラクターの過去を無視して無理に明るい作風にしたくはないのですよ。
書いている人間が根暗なので。
吹き飛ばした伊之助にのしかかったクマは、彼の体に噛みつく。
そして首を左右に振り乱し、むりやり隊服ごと食い千切ろうとした。
だが雑魚鬼の一撃では傷一つつかないほど頑丈な素材でできていることもあり、隊服ごと彼の体を食うのを諦めた。
しかし次の瞬間クマは無防備な部分―――伊之助の首筋を狙う。
「あ、あああああああぁ!!!」
あのままいけば食われてしまう。
彼の指示通り、さっさと逃げるべきだった。
そうすれば自分に気を取られて、隙を晒さなかったはずだ。
過去の間違い探しをしても、今は変わらないのに。
アオイは自分を責めずにいられなかった。
「伊之助さん!」
(なんで動かないのよ、この!)
血管が浮き出るほど拳を強く握り締めると、思うように動かない太ももを殴りつけ、至らない自分への怒りを露わにする。
カナエが亡くなってから鬼を倒すという勇ましい気持ちも、ポキリと折れた。
自分の命と他人の命。
それらを天秤にかけた時、心は前者に傾いた。
カナエを慕う心も、両親への敵討ちに燃えた復讐心も、その程度のものだったのかもしれない。
鬼の狩れなかった人間には、こんな隊服はお飾りでしかない。
周囲の人間に咎められても隊に固執して、この服を着続けて、いったい何を守れたというのだろう。
鬼殺隊から解放された今になって、滅の文字を背負う意味と重みを突きつけられる。
「どうして、どうして……」
アオイはわなわなと体を震わせて、歯と歯を合わせる。
「どうして強い人ほど先に逝こうとするの!? 遺された人間の気持ちなんて、微塵も考えないで!」
「髪飾りは家族の証だったんじゃないの! しのぶ様だって家族を亡くすのが、どれほど辛いって知ってるはずなのに! それなのに……!」
「なのに私に恨み一つ言わないで……。本当なら、本当なら私が……!」
胸に秘めた懺悔と後悔を紡ぐと、アオイの瞳から血の涙が溢れた。
綺麗事でごまかしても、命には優劣と順序がある。
最後に復讐者として死んでいったしのぶには、自分たちよりも亡き姉が大事だったように。
医療の現場で助かる見込みのない人間よりも、確実に救える命を優先するように。
それに従うなら自分の命は、高潔な彼女たちの命とは釣り合わないだろう。
血鬼術に対抗できる薬を作れるしのぶは、鬼殺隊になくてはならない存在であった。
カナヲは言わずもがな、上弦の弐を討伐できるほどの逸材で、三人の継子も生きていれば、鬼の殲滅に多大な貢献をしたに違いない。
戦わなかった自分が、のうのうと生き長らえる不平等に、不平不満をぶつけないのか。
皆が命懸けで紡いだものを、ただ口を開けて受け取ろうとするのは不平等だ。
生きていてほしかった。
それだけの願いすら叶わない世界ではなくなったと思った矢先に、また一つ目の前の命が奪われていく。
走馬灯の如く、散っていった命が、アオイの脳裏をよぎる。
最悪の想像をすると、胸の中がドス黒い感情で満たされた。
(また私は奪われてしまうの?)
彼女にできるのは、ただ心のままに叫ぶことだけだった。
「誰か、誰か助けて……誰か……!」
アオイが助けを叫んだ瞬間
「―――花の呼吸・陸ノ型……」
次の瞬間、ふと聞き慣れた声がした。
目を開くと獣の頭はゴムボールのように跳ねて、頭がアオイに向かって転がる。
綺麗な平らに刎ねられた首からは、噴水の如く血が飛び出ていた。
おそるおそる頭に目をやると、剝き出しの歯はおびただしい量の血で真紅に染まっていた。
口元から垂れる鮮血は、涎を垂らす赤子を彷彿とさせる。
あと数分遅れていれば、伊之助といえど無事ではすまなかっただろう。
近しい人間の死が間近に迫っていたことを実感して、アオイの背筋にぞくりと冷や汗が伝う。
何が起こったのか、きょろきょろ辺りを見渡すと
「……ハァハァ……久しぶりに全集中の呼吸使ったから、疲れちゃった」
クマの死体の傍らには、カナヲが血塗れの斧を片手に持って、ぺたんと座り込んでいる。
涼しげな表情で鬼を狩っていたであろう彼女が、息を切らしているのは新鮮だった。
少し前まで苦手意識のあった彼女に、今では誇らしさすら感じた。
身を挺して誰かを守れるだけの強さは、万人が持つ資質ではない。
平和を祈ることしかできない、自分とは大違いだろう。
ともあれ無事でよかった。
感極まって息を切らす彼女に、無我夢中で抱き着いた。
耳をつんざく金切り声を上げて。
「いきなりいなくなるから心配しちゃったでしょ! もう、勝手にいなくならないで」
「やだ、苦しいってば」
口では嫌がるわりに、カナヲはにやけている。
その柔らかな微笑みに、どんなに勇ましくとも彼女が彼女だとアオイは肩を撫で下ろす。
「おばあさんたちは?」
「近くにおられた方々に預けてきました。今頃は皆さんで、麓まで降りているかと」
「なら大丈夫かしら。もう勝手にどこかにいかないで。心配したんだから」
様々な感情が綯い交ぜになるも、彼女をアオイは叱りつけた。
年長者としてというより、友達として、家族として。
「急にごめん。鏑丸くんが伊之助の様子がおかしいって教えてくれて。居ても立っても居られなくて、近くにいた樵の人から斧を借りてきたの」
「カナヲさんを責めないであげて下さい。伊之助さんや、私たちの身を案じて頑張ってくれたんですよ」
「うん、わかってる。ありがとう」
「それより伊之助さんの手当を!」
三人娘に促されるとアオイは脇目も振らず、彼に駆け寄る。
「……状況は……どう……だ……」
「喋らないで、傷に障ります!」
「……ケホ、ケホ」
咳き込む度に溢れる血が痛ましく、アオイが制止する。
しかし伊之助は最後を覚悟していたのか、焦点の合わない瞳で、息も絶え絶えに、彼女に必死に何かを訴えかけた。
彼の決意を理解したアオイは遮ることなく、彼の一言一言に耳を傾けた。
「……カナヲは……無事……チビ助……怪我ねー……か……」
「幸い民間の人達に負傷者はいません。カナヲと伊之助さんが、私たちを守り抜いたんです。鬼にも屈さなかったあなたたちが」
伊之助の手を握る手に、否が応にも力が込もる。
自分には伊之助やカナヲのような、強大な敵に向かっていける勇敢さはない。
かといって、しのぶのように卓越した医療技術もない。
何者にもなれない中途半端さが腹立たしく、アオイは唇を噛み締める。
(私がもっと……ううん……私は私以外の人間にはなれない。だから今の私にできることをするんだ!)
彼を見つめていると幾度となく夢に見た惨劇と、枕を濡らす日々が脳裏に蘇る。
故人は思い出の中でしか生きられない。
彼とした数えきれない喧嘩も、常習犯の盗み食いも、今なら全て許せてしまえそうだった。
「……そうか」
アオイの返事を聞いた伊之助はふっと笑うと
「……よかった……家族が……離れ離れにならねー……で……。そんなの……まっぴら……ごめん……だしな……」
切れ切れに呟くと、伊之助はアオイの髪飾りに触れて、ゆっくり瞳を閉じる。
物心つく前に母親と死別した彼は、家族というものに人並み以上の憧憬を抱いていたに違いない。
しのぶを救えなかった罪悪感が滲み出た言葉に、アオイの胸から、間欠泉から温泉が吹き出すように、激しく熱い感情が湧き上がった。
後になって聞かされたが、しのぶは一年以上も前から藤の花の毒を摂取していたという。
親しいカナヲが引き止めても、彼女の決意と意志は変わらず、最後まで家族と姉の仇を取る復讐者としての道を選んだ。
伊之助が止めても、結果は変わらなかったはずだ。
その責任が、伊之助にあるはずもなかった。
「伊之助さんは、しのぶ様の仇を討ってくれたじゃないですか! 感謝こそすれ、責めたりするわけないでしょう?! ここにいる皆、そう思ってます!」
「伊之助だって、いつか家族ができるんだよ。しのぶ姉さんの所にはいかせないからね」
「うわ~ん、死んじゃ嫌です~」
物心ついた頃には、彼女にとって人の死は日常茶飯事だった。
誰一人死なせたくない。
看護師として生きてきたなかで芽生えた願いは傲慢だと知った。
たくさんの人間の犠牲の上に、今の世界が成り立っているのを改めて気づかされた。
だが嘆いても、できるのは最善を尽くすことだけだ。
(私に出来ることは……!)
「カナヲ、貴方は近くの方々から最寄りの病院を聞いて。応急処置を施した後、すぐに搬送します!」
「うん」
「首以外にも出血の激しい部分があるかもしれません。念の為に服を脱がせます! すみちゃんは止血用の綺麗な布の用意を! なほちゃん、きよちゃんの二人は私を手伝って!」
「は、はい!」
アオイは裏方の隠になろうとしたことがあった。
けれども、いざ戦いの場に赴いたら、とんだ役立たずになるのではないか。
そんな考えが過り、結局断念したのだが。
だが、アオイの思いとは裏腹に、目の前の命の危機に、彼女の体はきびきび動き、適切な判断を下せた。
これ以上、誰かが逝くのを見たくない。
恩人まで見殺しにすれば、今以上に自分を許せなくなる。
「伊之助さん、無事でいてね。お願いよ……」
アオイは布を押しつけると、首に体重を乗せて傷口を圧迫する。
祈るだけではない、自分にできる精一杯を尽くして。
刀鍛冶の里編が2023ねんの春に公開されるらしいですね。
今から楽しみにしてます。
第7話は少し投稿まで時間がかかる(いつものことながら)ので、気長に待ってていただければ。