この詩を、全ての狩人へ捧ぐ──

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狩人へ捧ぐ詩

 誰が口にしたのが最初だっただろうか。

 いつ頃からそれは聞かれるようになったのだろう。

 不意にその噂は僕らの耳に入ってきた。

 

「音楽隊?」

「そう。あちこち旅してまわってるらしいよ」

 

 ギルドの隅っこで食事をしていた時のこと。相棒である彼女がふと思い出したかのように言った。

 僕たちはコンビでハンターをしていて、あちこちを旅して仕事を受ける根無し草だ。

 そんなものがあるなんて、僕は全く知らなかった。

 ひとつの場所に定住することなく仕事を探して放浪するから、他のハンターよりは情報通だと思っていたのだけれど、時にはこうして僕や彼女が、あるいはそろって知らないことだってある。

 

「初めて聞いたなぁ、旅をする音楽隊なんて」

「私は聞いたことは何度かあるけど、見たことはないなぁ」

 

 世界は広いね、なんて言いながら、彼女は食後のコーヒーを取りに行った。

 それ以降は音楽隊の話題が出ることはなく、その日は終わった。

 

 それからしばらく、僕たちはその街で仕事をこなした。

 小さな町だが、流通の要となるような場所で、その上狩場とも近い。そういう場所にある街だから、仕事に困らない場所で、モンスターの撃退や討伐以来はもちろん、採取依頼なんかもよく入ってくる。そう言ったハンターの働きで出る資源は商人にとっても宝の山だから、商人だってよく訪れる。「地図に載らない町」として有名なバルバレ程ではないけれど、人の出入りがとても盛んでにぎやかな街だ。

 そんな街だからこそ、かの音楽隊の話題は続々と僕らの耳に入ってくるようになった。

 

 曰く、別の大陸からやってきた。

 曰く、不思議な楽器を彼らは演奏する。

 曰く、その演奏はとても素晴らしいものだが、聴く機会に恵まれるものは決して多くはなく、故にその存在を知るものは少ない。

 

 突飛な噂も数多くあったが、まとめるとこの三つに集約されているようだった。

 そして、その音楽隊はどうやら一か月後にこの町で公演を行うらしい。

 この町の商人もハンターも、その話題で持ちきりだったけれど、その話でもちきりになるころには僕らはその演奏を聴くことを半ばあきらめていた。

 というのも、このことを聞いたのが、ちょうど仕事を引き受けた後だったのだ。

 

「一か月後かぁ……うーん、かなり厳しいかなぁ」

「行って、狩って、帰って、じゃねえ」

 

 内容は渓流でのアオアシラの捕獲。決して難しい内容ではないけれど、狩場への行き来と狩りそのものにかける時間を考えると、狩りをどれだけ早く終わらせても一ヶ月はかなり厳しい。

 かといって、準備をおろそかにしたり、狩りに集中できないでいる状況は、命そのものを脅かす。

 何事も命あっての物種だ。

 

「せっかくの機会なんだけどなぁ……」

「まぁ仕方ないんじゃない?」

 

 渓流へと向かう竜車の中、村で話を聞くにつれてだんだんと興味がわいてきていた僕は一人肩を落としていた。傍らの相棒はといえば、彼女は音楽にはそこまで興味もなかったのか、あっさりとした反応。

 でもその通り、肩を落としてずるずると引きずっている場合ではないのだ。

 

「……そうだね。仕事仕事」

「そうそう」

 

 終わったらおいしいものでも食べに行こ? 

 にぱっと笑った彼女に、僕は「かなわないなぁ」って思いながら、得物を担ぎなおす。

 渓流まであと少し。来たる狩りの時間へ向けて、僕は気持ちを切り替えるべく頬を軽くたたいた。

 

 


 

「これが依頼書です」

「……うん、確認しました。捕獲依頼、達成完了です」

 

 お疲れ様でした、という言葉とともに差し出された報酬金を受け取りながら、僕は夕飯を取るべくギルドに併設された酒場を見回す。驚くべきことに、酒場には人っ子一人いない。普段なら頭痛でも引き起こそうかといわんばかりの喧騒があるのに。さらに言えば、給仕アイルーやアイテムストアのお姉さんもいない。いつもは酒場の定位置でキセルをふかしているギルドマスターさえも、今日は姿が見えない。

 

「……随分と今日は静かなんだね」

「あぁ、今日は皆さん酒場にはいらっしゃらないと思いますよ」

 

 ぽつりと漏らしたつぶやきに受付のお姉さんが答える。

 どうして、と聞く前に相棒が足音高く駆け込んできた。彼女は荷物を借り家において来たのか、だいぶ身軽な格好になっていたが、全速力で走ってきたのか息が絶え絶えだった。

 

「どうしたのあわただしく」

「報告終わった!?」

「終わったけど」

「オッケー! そしたら家に荷物おいてすぐ出かけるよ!」

 

 どこに、と聞く間もなく、彼女は僕の手を引いて走り出した。

 走りだした僕たちの背に、受付のお姉さんのどこか残念そうな言葉がかすかに届く。

 

「私も行きたかったなぁ……」

 


 

 

 

「これって」

「ふっふー、驚いた?」

 

 ま、私も驚いたんだけど、という彼女を傍目に、僕はぽかんと目の前の光景を見つめていた。

 手荷物を置いて装備はそのままに連れてこられたのは街の中央にある広場のような場所。そこに木組みの大きなアリーナが出来上がっていた。出かけたのは街の反対側だったけれど、こんなものは間違いなくなかったので、僕らが仕事に出かけた後に組み上げられたのだろう。

 周囲には大勢の人が集まっていて、即席の舞台だからなのか座席らしいものは特に見当たらず、皆が一様に地べたへと座り込んでいる。

 何が何だか分からない僕は、隣でニコニコしている相棒に問いかけた。

 

「これ何?」

「あそこの看板見てきてごらんよ」

 

 彼女の指さした先には、確かに腰くらいの大きさの看板が。

 場所取りに向かった相棒といったん別れ、僕は看板の前に。

 看板にはこう書かれていた。

 

「『竜星楽団』……楽団って、あの噂の?」

 

 間に合わないと諦めていたあの音楽隊の公演に、僕らはどうにか間に合ったらしい。

 

「『竜星楽団』……『Orpheus』……?」

 

 聞いたことのない名前だった。後半に至っては読めすらしない。

 読み方に文字通り首をかしげていると、いつの間にか隣に人の気配がある。

 見上げた先で黒い瞳と目が合う。そこにいたのは僕の相棒ではなく、なんとも不思議な雰囲気の男性だった。高貴さを感じさせるその空気感に、僕は自然と身を竦ませた。

 

「あ……すみません。動きましょうか?」

「いえ、熱心に看板を見ていらしたので」

 

 何かお困りですか? 

 そう問われて、突然なんだか恥ずかしい気分になった僕は、思わず頭を掻きながら後半の文字列を指さした。

 

「この看板……後ろ半分が読めなくて」

「あぁ、なるほど。これはなかなか読める人はいないと思いますよ」

 

 きっとなじみのない言葉でしょうから。

 そう言って、彼はその読み名を教えてくれた。

 

「『オルフェウス』、この楽団の名はオルフェウス」

「オルフェウス」

「遠く異国、在りし日に存在したといわれる吟遊詩人の名を借り受けたものです」

 

 そっくりそのまま繰り返した僕に、彼はうなずき返してくる。

 曰く、神の寵愛を受けた吟遊詩人であるとともに、琴の名手でもあったのだそう。その音色は、文字通り聞くものすべてを惹き付けたとか。

 

「素敵な名前ですねぇ」

「えぇ、本当に。なんとも名誉ある名前ですよ」

 

 思ったことをそのまま口にした僕に対し、彼は言葉とは裏腹に微苦笑を浮かべている。若干の皮肉ともとれるその言葉に、今更ながら、僕は一つの推測に思い至る。

 

「あの、もしかして」

「おっと、そろそろ時間ですね」

 

 しかし、その仮説をぶつけるまでもなく、彼は歩きだした。

 振り返って、僕にこう告げる。

 

「あなたも是非聴いていってください」

 

 

 

「我々が狩人様に、生命に、この世界に捧げる()を」

 

 


 

 

 相棒を探し出し、その隣に座り込んだ僕は、静かにその時を待っていた。

 月が最も高くなった頃、客席を照らしていたランプの灯が消されはじめた。やがて全ての灯が消され、壇上だけが月と星の柔らかな光で照らされる。

 開演を僕が悟ると同時、ステージに何人もの人が現れた。

 

 トランペットやホルンなど、見たことのある楽器はいくつかあるが、彼らの持つ楽器の大半は、噂通り、見慣れないものがいくつもある。とても細長い真鍮色の筒のような楽器や、縦笛に似た黒っぽい楽器。金属製の蓋をつがいのように持つ楽器に、お椀のような形の鼓のような楽器。

 見慣れた形状のものもある。狩猟笛の一つ、セロヴィセロに似たような楽器群だ。けれど、それらの一つ一つがいくつかの大きさに分かれていたり、材質が木材であったりと馴染みのないものばかり。

 

 彼ら一人一人が用意された椅子に座り、最後の一席に座るであろう一人が入ってくる。

 

「あの人……」

 

 さっきの人だった。座る前に、僕らのほうへと向き直って一礼。その瞬間、確かに僕は彼と目が合った。

 

(やっぱりこの楽団の人だったのか)

 

 あの読み名を教えてくれたことや、その後の彼の表情や雰囲気からそうではないかと思っていたのだが、どうやら当たっていたようだ。

 

 最後にもう一人、白髪の男性が入ってくる。その手には細長い棒が握られているのを見る限り、どうやら指揮者らしい。

 客席のほうへお辞儀をし、指揮台へ上る。

 

 

 指揮棒をかざしたその瞬間、世界から音が消えた。

 その一瞬の静寂の後、指揮棒が揺れる。

 どんな曲が始まるんだろう。そう思って(意識)を傾けた瞬間だ。

 

風が吹いた。

 

 気づけば、僕の目の前には黄金色の平原が広がっていた。

 金色の平原をぬけて、肉食竜の憩う小さな沢を超えると、遺跡と紅葉に囲まれた自然のトンネルが出迎えてくれる。

 トンネルを超えれば、文明と自然の入り組む深奥にたどり着く。生命の果てゆく場所ともいうべきそこは、彼らの亡骸を礎に豊かな緑を作り上げてゆく。

 風はやがて灰色の山の頂に駆けあがり、たどり着いた頂では、自らの生み出した命を抱きながら、陸の女王が静かな寝息を立てている。

 

「……遺跡平原だ」

 

 相棒がなにともなくつぶやいたそれは、しかし僕の解釈と一致していた。

 

 けれど、()はそこで終わらない。

 

 やがては山を越えて、今度は自然の洞穴へとたどり着く。時に青く、時に赤く。時間とともに表情を変えるその巨大な洞穴には多様な命が息づいていて、その一つ一つが、また新たな生命の礎となっていく。

 太古の姿と力強い生命の色を濃く残した林を抜け、遍くものを凍てつかせる極寒の海を渡ると、やがて天空の聖峰が顔を出す。雷鳴がとどろき、竜が啼く。

 その果てに、廻る純白の命が舞う。闇から生まれ、風と共にその光を取り戻した命は、一層強く輝き、瞬いて消える。そして新たな命が生まれる。

 

 吹き抜けてゆくその風は音へと変わって、その情景をありありと僕に見せつけてきた。軽快なメロディに、それを忘れさせるほどの命の重さ、この世界が生きているという思いが込められている。

 そんな世界を、それでも僕たちは生きてゆくのだと。いつまでも歩き続けるのだと。声なき声が、果てしない旅路を行く僕の背中を押したような気がした。

 

 

 気づけば、僕はその掌を何度も打ち鳴らしていた。言葉にするでもなく、ただひたすら、無言で。

 いつもは騒がしいハンター達がみな、歓声を上げるでもなくただ拍手を、惜しみない称賛を送っていた。

 

 僕らの拍手もそこそこに、気づけばさっきの男性が立ち上がっていた。

 

「皆さんはじめまして。我々はオルフェウス。旅するしがない音楽隊です」

 

 どうぞお見知りおきを。

 そう言って、彼は一礼して見せる。

 

「我々は各地を旅し、伝承や実話を元に作っています。先ほど演奏させていただきましたのは、名もなき狩人様の旅路を我々が音の形で再現したもの……曲名を、『旅立ちの風』。彼の狩人様の出立を主題に据えた一曲です」

「このような曲を何曲か、披露させていただきます。短い間ではございますが、楽しんでいただければ嬉しい限りです」

 

 一礼、そして拍手。拍手が収まると同時に、彼は再び司会を始める。

 

「さて、我々の自己紹介も済んだところで早速次の曲へ。皆様を、緑豊かな森の中へとご招待いたします」

 

 そう言って彼は再び持ち場につく。次の曲が始まろうとしていた。

 拍手が段々と静まり、再び指揮棒が掲げられる。

 

た。

 

 穏やかな笛の音が僕らを迎え入れ、狩りに疲れた体を癒す。

 

「あ……ココット村の……」

 

 童謡だ。狩人の生まれた地、ココット村。そこで生まれ育った彼女は言う。昔から継がれてきた、歴史ある子守唄なのだと。

 村を守り、富をもたらす。今の狩人の在り方を最初に刻んだ原初の狩人を癒す慈愛と感謝の調べ。激闘を超えた勇士を迎える安らぎの詩。木々に囲まれた小さな村落で、彼は確かに英雄だったのだろう。

 

 狩人ならだれでも知っている昔ばなし。この調べにそんな思いをはせていると、それは突然やってきた。

 

 

ぐ。

 

 空を翔ける翼の羽ばたきが、深紅の巨躯の放つ紅蓮の輝きが、ことごとくを燃やす王の爆炎がそこにはある。

 狩人なら知らぬ者はいない、頂点に立つもの。翼持つ天空の支配者。

 火竜が踊る。蒼い空を紅蓮に染めて、向かい来るものを悉く焼き払う圧倒的強者。

 

 その姿に誰もが畏怖し、そして憧れた。

 かくいう僕だってその一人だった。憧憬を抱いて、いつしか一歩踏み出していたのだから。

 

 火竜を狩ることは、すべての狩人の夢でもある。だからこそ、再び巻き起こった拍手は先ほどよりもずっと大きく、そしてどこか感傷的だった。

 

 再び彼が立ち上がり、進行を始めた。

 

「ありがとうございました。先ほどの曲の時しかり、大きな拍手は我々にとって励みになります」

「さて、今お聞きいただいた曲は、狩人生誕の地、ココット村に伝わる子守唄のアレンジ。曲名を『目覚め』。中には聞き覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか」

 

 隣で相棒がうんうんとうなずいている。

 

「そしてもう一曲、続けて演奏いたしましたのは、火竜リオレウスを描いた詩を基にした曲、『咆哮』。天を統べるかの竜の勇姿を思い浮かべていただけたなら光栄です」

 

 そんな言葉を受けて、また拍手が起きる。同意の意を示さんと拍手をしたのだろう。

 拍手に対し、軽い会釈をもって答えると、「それでは」と、次の話題へと切り替える。

 

「次の曲へ……参る前に、二人のメンバーを迎えさせていただきます」

 

 

 手招きと共に舞台袖からは新たに二人の奏者が現れた。

 拍手に対し一礼をもって答える二人は、どちらもユクモ村の村長や交易船の船長さんのような恰好をしている。

 片方の男性の手には、セロヴィセロに似てはいるが、少し小さくて弦の少ない楽器。三味線、というそうだ。極東の国に伝わる楽器らしい。

 もう一方の手には、なんだか見慣れたもの、というか目にする機会の多いものだった。

 狩猟笛、「王牙琴」だ。雷狼竜の素材を使って作られるもので、他の笛とは少し趣向の異なる音がする。

 二人はそれぞれの楽器をもって、最前列に加わる。

 

「それでは、次の曲へまいりましょう。狩人と暗殺者の調べ。どうぞお楽しみください」

 

 そんな二人を加えた次の演奏に、会場の期待は膨れ上がっていく。

 指揮者が構える。

 

 

た。

 

 

 王牙琴が己を形作る牙竜の魂を体現するがごとく、雷鳴もかくやといわんばかりの勢いで音を生み出してゆく。

 熱く、激しく。強く、猛々しく。音は収束し、弾けて光る。

 相対するものすべてをねじ伏せる逞しき牙竜の健脚が、剛く大きな爪が、雷をまとう無双の狩人が、音となって僕らを襲う。

 一歩進むごとに雷光が走る。その足音に、あらゆる生命は慄き、恐怖する。

 けれど、それは同時に狩人を奮い立たせる調べでもあった。

 彼の狩猟依頼を前に、足は竦み、体は震える。それでも気力をかき集めて、狩人(僕たち)狩人(王者)に挑む。

 月明かりの下、蒼光に対峙する。刃を交わし、稲妻を迎え撃つ。

 その果てに僕らが勝利をつかむために。

 

 目まぐるしいほどにまでの命のやり取りがそこにはある。その攻防の中で輝く生命の光。

 

 やがて曲が終わりを迎える。その興奮も収まらないのに終わってしまう。猛る心に火をつけておきながらもう終わってしまうのだ──眩い光が僕らを包む、その刹那。

 

 

た。

 

 

 怖気が走る。本能が警鐘を打ち鳴らし、生命の危機を告げる。

 闇の中を紅の流星が縦横無尽に駆け巡り、星の光も覆い隠す漆黒の闇夜へ塗り替えてゆく。

 姿の見えないその光は、しかし明確な殺意を抱いてこちらを見ているのが分かる。漆黒の暗殺者はその目に宿した殺意を煌々と輝かせ、その刃を研ぎ澄ます。

 上から。後ろから。真正面から。僕らを翻弄し、その首筋に研ぎ澄ませた致死の一刀を宛がっている。

 空の王者、無双の狩人。そのどちらとも違う、速さとしなやかさを併せ持つ、強者の調べ。

 振り抜かれた刃が僕らを両断せんと迫りくる。

 そんな臨場感を残して曲は締めくくられた。

 

 

 曲が終わり、拍手の嵐を受けながら、着物を着た二人組は静かに舞台を去っていく。

 

「ご清聴ありがとうございました。雷狼竜と迅竜をモデルにした二曲、いかがだったでしょうか?」

 

 無言で再度拍手を送る。言わずもがな素晴らしい演奏だった。彼は「ありがとう」といって拍手を収めさせる。

 

「今演奏した二曲は、『閃烈なる蒼光』、そして『闇に走る紅い残光』です。山の奥地や密林に住まう人々からお聞きした曲を我々がアレンジしたもの。彼らの生きざまを皆様には感じていただけたことと思います」

 

 さて、という言葉と同時に、先ほどの二人組と入れ替わるように一人の女性が姿を現した。耳の長い竜人族の女性だ。

 

「あれは……ドンドルマの歌姫じゃないか」

「歌姫様って確か、アリーナで一人で歌ってるお方だよね?」

 

 彼女の言う通り、歌姫は本来ドンドルマのアリーナと呼ばれる場所で唄を歌っている。けれど、何度かドンドルマに足を運んだことはあっても歌姫の唄をしっかりと聴いたことはなかった。

 ふと、司会が再開される。

 

「良い時間というのはあっという間のもので、残すところ二曲となります。そのうちの一曲を、皆様もご存じでしょう、ドンドルマの歌姫様と演奏させていただけることとなりました」

 

 はじめて、今回は曲目が先に告げられた。

 

「演奏させていただきますのは、『精霊へ歌う唄~祖なる龍』……どうか、聴き逃しのなきよう」

 

 

 唄が始まる。不思議と、月明かりが歌姫へ集中したように見えた。

 生まれ、尽きる。芽生え、枯れる。夜明けと日没。強者と弱者。

 全てのものに平等に訪れる生死と、その円環の中に生きる生命。そして、その礎としてあり続ける世界。

 僕らが当たり前なこととして受け入れ続けた、そのあまりにも無情な摂理を、悲しげにそしてどこか祈るような声で歌う。この世界の在り様を、神へ届かせんと歌い上げる。

 祈りが終わる。

 宣告が下る。

 白く美しい運命が目を覚ます。

 誰かがつぶやいた。

 

「……神様」

 

 

 そして、神は舞い降りた。

 

 大地は震え、大気が唸る。黒雲が空を覆う。太陽は漆黒に輝いた。

 ヒトの理解を超えた何か。人知の外からやってきた存在。

 分からない。理解できない。ただ強大なナニカがそこにはある。

 僕たち人間ではない何か、しかし、どこか僕たち人間のような気配すら感じさせるオーラとでもいうべきものがそこにはある。

 歌姫は歌う。終焉の始まりを。歌姫は告げる。新たな世界の創成を。

 

 深紅の雷が万物を灼く。滅びの風が僕らを凪ぐ。滅びの運命が僕らに突き付けられるのみ。

 白い翼が死と創造を齎す。人の理を超えて、世界の終末と創成が始まる。

 

 

 曲が終わっても、拍手は起きなかった。否、起こせなかった。

 圧倒されていた。瞼を閉じれば、全ての生命の消えた死にゆく世界が映し出されるだろうと思えるほどに。見も知らぬ龍の存在に僕らは、狩人は一様に恐怖していた。

 

 手に触れるものがある。震えて、心なしか生気の失せた手。いつも明るく、何者であっても臆さず立ち向かう彼女の手が、ありもしない幻想に震えていた。

 そっと、手を重ねる。僕の手はいつも冷たくて、こんな時は逆効果なんじゃないかって思ったけど。それでも、一緒にいることを伝えたかった。

 

 けれど、こんな曲で終わってしまうのか。

 そう思いながら壇上へ目線をやると、ちょうど彼が立ち上がるところだった。

 

「『精霊へ歌う唄』は古来より受け継がれてきた祈りの唄の一つです。その歴史は深く、また込められた願いも受け継がれていることでしょう」

 

 一呼吸入れ、続きを口にする。

 

「二曲目……『祖なる龍』。シキ国、シナト村の大僧正さまからお借りした文献のわずか一ページに、この詩は記されていました」

「『祖なる龍』がなんであるか……それすら記されず、その他には龍が引き起こす厄災のみが書かれていたのみ……ただひたすらに畏れ、祈り、敬う言の葉が並べられていただけ」

 

 口にするのもおぞましいモノだったのだろう。そんな想像しかできない、彼はそう締めくくる。そう口にした彼ですら、声の震えを、恐怖を隠しきれていない。

 演奏するだけで、人の本能からおびえさせるものがそこにはあったのだ。

 

 それでも、そう彼は口にする。

 

「我々はこの曲を演奏すべきと判断しました。少しでもいい。信じられずとも良い。我々にはこれを伝える義務があると。伝えねばならないと」

 

 言葉に火が灯る。彼らにしかできない方法で、彼らだからこそできることを成し遂げんとする使命感。

 言葉は続く。

 

 

「古龍……世界から齎される天災、人に課される試練。その強大さ、恐ろしさを描く詩は数多く存在し、各地に古龍を祀る風習とともに今も伝えられています」

 

 語気が強まる。

 

「そんな厄災にすら、狩人は立ち上がる。武器をとる。立ち向かう。あなた方狩人がいなければ、人間はいともたやすく、モンスターに……世界に滅ぼされていたに違いない」

 

 ゆえに。彼は語る。

 

「これより演奏させていただく最後の一曲。我々から、狩人(皆様)への贈り物」

「いかなる艱難辛苦が待ち受けていようと、狩人の皆様が前へ進むための一助となるような曲となれば、この詩を書いた者として、それ以上嬉しいことはありません」

 

「どうぞお聞きください──『英雄の証』を」

 

 最後にもう一度、彼は深々とお辞儀をした。

 

 

 ──曲の始まりは穏やかだった。

 装備を着て、荷物をポーチへ詰め込んで。そうして僕らは狩りに出る。

 獲物を求め、広大な狩場をひた走る。重い防具と武器を担いで、さらには荷物をしょい込んで、重い体を前へと進ませる。

 

 

 荒々しくも美しい旋律が辺りを満たす。

 相対するは強大なモンスター。僕らよりもずっと大きく、剛い命。

 火を吹き、雷をまとう。水中を踊り、煮えたぎる溶岩の中で咢を開く。時には空から、地中から、彼らは僕らの命を刈り取るだろう。

 楽な戦いではない。そこに命の保証はない。戦いの最中、僕たちに平穏は一時としてない。命は対等だ。あきらめて下を向いた奴から死んでゆく。

 僕らはこの身を削って命の奪い合いをしている。何人もの怪我人がいる。死んだ者だってごまんといる。いつだって僕らは死と隣り合わせ。

 

 

 けれど。詩は静かに告げる。

 それは孤独な戦いではない。

 物流で僕らを支える商人がいて、腹を満たして英気を養う飯を作る料理人がいる。帰るべき家を作る職人がいて、狩りに欠かせない武器や防具を作る鍛冶師がいて。笑顔で僕らを狩りに送り出す受付嬢やギルドのみんながいる。

 僕らは狩りをして、彼らが生きるための糧を作る。

 

 そうして僕らの世界は巡っている。

 僕らが背負っているのは自分の命だけじゃない。僕らを支える人々の期待と命。僕らの狩りが、彼らを明日へと導く。

 

 僕らは狩りをする。たとえこの身が尽きるとも、僕らは命を燃やすだろう。

 命を懸けて、命を狩り(貰い)、命を繋ぐ。それは僕らにしかできない役目(こと)で、それを成すことは僕らの使命(誇り)だから。

 

 僕らは一人じゃない。その手を見れば武器(相棒)があり、隣を見やれば肩を並べる狩人(仲間)がいる。僕らを支えるたくさんの人がいる。

 ならもう、臆することなんて何もないじゃないか。

 

 

 さぁ、武器をとれ。角笛を鳴らすかの如く、詩は再び猛り叫ぶ。

 立ちあがれ、前を向け。

 誇りを胸に、覚悟をその手に。

 炎を裂いて立ち向かえ。

 激流に抗い打ち砕け。

 雷を躱して狙い撃て。

 命は対等だ。強くあるものだけが生きる。その意思を持つ者だけがこの世界で生きてゆく。

 託された思いをその背にうけて。

 

 前へ、進め。

 

 

 


 

「お話、いいですか」

 

 

 辺り一面が活気に満ちていた。

 最後の一曲に歌詞はなく、音だけで、込められた想いを綴りきった。

 しかし、狩人たちにはしっかりと伝わったらしい。

 

 かの伝承の詩の前よりも、町へ戻りゆく彼らの活気は満ち満ちていた。後片付けの最中、私はそれをみて一人満足していた。

 

 そんな時だった。

 不意に舞台の下から声がかけられた。看板の前で出会った彼だった。

 用向きを尋ねる。

 

「この音楽会は、なんという名前なのですか?」

 

 不思議な質問だった。

 公演に名前。考えたことなどなかった。

 世界を旅し、曲を作り、音という形で多くの人へ伝える。そのために、あちこちで公演をしてきた。

 

 私たちは私たちはこの世界に生かされている。

 モンスターの命の上に生きている。

 彼ら(ハンター)がいるからこそ生きていけている。

 彼らの狩りがあるから、私たちは生きている。

 当たり前となってしまった常識に、わずかでいい、誰かに知って貰い、彼らに感謝を伝えたかった。

 

 だから、つけるとしたらそれは──

 

「『狩猟音楽祭』……なんてどうでしょう?」

 

 

 

 




読了、ありがとうございます。
企画の方からいらっしゃった読者の皆様、はじめまして。ハーメルン様でモンハンの二次創作を書かせていただいております、ゾディスと申します。
今回はせと。さん主催の企画「#モンハン愛をカタチに Advent Calendar2020」に参加させていただき、この作品を投稿しました。

ここまでお読みいただいた読者の方にはお分かりのことと思いますが、今回のテーマは「狩猟音楽祭」です。
普段、私たちがモンハンをしている中で馴染み深い音楽を、「せっかくの機会だから文章で表現できたらな」と思い、この作品を書きました。小説を読んでいる皆様の脳裏に、作中で取り上げたBGMが流れていたら嬉しい限りです。

素敵な企画を主催、運営してくださったせと。さん、グラデーション作成をしてくれた指ホチキスさん始め、製作にお手伝いいただいたハーメルンモンハン作家の皆さん、作品を読んでくださった読者の皆様に、改めて感謝を。
本当にありがとうございます。
せと。さんの記事は初日に、指ホチキスさんの作品は2日後の13日に公開の他、合計50名による素敵な作品が多数披露されます。企画をご存知の方も、そうでない方も、他の作品も是非ご覧になってください。

改めて、読了ありがとうございました。
この作品が、狩りへ臨む皆様を奮わせるものとならんことを。

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