地面すらも凍える地に、毛皮とお面を身に着けた小さな生き物が居ました。
彼らは何かを探しているようなのです。
氷の星花というのは「
見たことはありません。しかし我らにとって幸福な『平穏』をくれるのだ……と、大人たちは言うのです。
狩りに出向かなければ、部族は餓えます。荒事はなくてはならないものです。けれど少なくとも、
そんな、お話の中の花が咲くのを……子どもは皆、心待ちにしていました。
妹もそうでした。私の妹は誰にでも優しい、凄い妹です。そんな妹もいつも空を見上げます。いつか咲く……そう言われる氷の星花が、どこかにないだろうかと。
花とはどうやって生きるのでしょうか。そもそも空に咲くのでしょうか。
はしっこまで灰色の雲はいつも、しんしんと、白らかな雪を落とすばかり。
妹はある日、狩人の待合所におかしなお客を連れて来ました。
我らより長い二つの足と二つの手を持ち「あすてら」と名乗る生き物たちです。
その2名の内の片方……見たことのない獣人族が語ります。背負っていた刃物を地面に置いて。
『初めまして、だニャ。ボクはアイルー。こちらはボクの旦那さん、ハンターだニャ』
そう、あいさつの言葉から始められます。
獣人から語られたのは、ここ凍て地に長く住み家を構える我らにとって、実に
地脈なるものを辿って、遥かに母なる海を越えこの地へ降り立ったこと。これから異邦人たちを、
『ニャ。ボクらは君達に敵対したい訳じゃないのニャ。これから、アステラの人員がこの『渡りの凍て地』を訪れる事になるのニャ』
『あすてら……。つまり今回は、ワレラへの面通しという訳か?』
『そうなるニャ。ちょっとばかし慣れておいてもらいたいのニャ』
長の真ん前に立って、獣人はいっぱいの心を込めて話します。彼らはこの部族であれば対話が出来ると聞いて、わざわざここまでやってきたのです。我らをとっちめるつもりなどは、ないようでした。
どうかハンター達に協力をして欲しい……と、獣人は頭を下げます。
『宜しくたのむニャ』
獣人に続いて、後ろでぼーっと立っていた「ハンター」なる
顔のわからない彼もしくは彼女は顔を上げ、背負っていた荷を下ろすと、皆の前でプレゼントを始めます。長はご機嫌となり、彼らの邪魔をしないよう部族みんなへ伝えました。和睦の成立です。
その夜には宴の席が開かれました。
主役は「ハンター」と「アイルー」のふたり。……だというのに、気づいた時には、アイルーは長たちが集まる
そばに近寄って、話しかけてみる事にします。あいさつをしてから。
『……中心に行かないのか、って? それは
アイルーが視線を「あるじさん」へ。彼または彼女は、私の妹を組んだ足の上に乗せ、年の近い子供らをたくさん背負い、そのまま大人たちと
あのとても重そうな鎧と、子供たちまで。とりあえず力は強いようです。しかしそうでなければ、大型の生物を狩猟するなんてことは出来ないのでしょう。
それはそれとして、あいさつくらいはしても良いのでは?
『勿論、あとで挨拶回りには行くけどニャ。物事には順序ってもんがあんニャ』
彼らにとっての
一緒にゆけば、と思う所もありますが。どうなのでしょう。
『それは挨拶であって、親睦ではないニャ。必要なのは間違いないけど……もっと言ってしまえば私のあるじさんはシャイだから、こうでもしないと中心に居残らないのニャ』
成る程。とても
そのまま、アイルーとは色々な話をしました。
これからの調査の
そもそもの話。
「ハンター」とは、この凍て地を
そんな人数で大型の生物を狩りに向かうなどとは、考えたこともありません。単純に
『……弊害もあるけどニャ。アステラのハンターとは、とても孤独なものだニャ。限られた資材、限られた人員、限られた支援。だのに、ハンターだけは目減りする訳にはいかないのニャ。育成コストが半端ないからニャ。結果、裏方や先遣隊ばかりが割を食う。やっかみを受けることも、たまーにあるニャよ』
末尾に笑ってひげを震わし、
あとは、
とりあえずハンターが大変なことと、これからの目的については理解できました。……同時に進行し過ぎで、とても無茶な作戦に思えます。
『ニャハハ、それは仕方ないニャ。私だってあるじさんだって、それは承知で渡りの凍て地に来てるニャーよ。ボクらにとっての平穏は、狩猟の完遂その先に飾られた、栄冠にこそ注がれるものニャのだから。……それに、ポッケ村にも長く逗留していたからニャ。寒冷地での持久戦には慣れているニャーよ。ここはハンターとしての気張り所ニャ!』
アイルーはニャっと樽杯を傾け、酒を飲み干すと、
しばらくして、ハンターが手のひらをちょいちょいしてアイルーを呼び戻します。仕方ないニャァ、と嬉しそうな顔をして。アイルーは主と共に長たちへの回りを始めました。
夜が明けて宴もお開き。ハンターとアイルーが部族の集落を出立します。
集落の出口までの道のりを、見送りすることになりました。
全身鎧の重さに負けず背筋をぴりっと伸ばし、大きな剣を背負ったハンター。その横に付き添うアイルー。
お酒の残っている様子は
……さて。あなたたちが去ってしまう前に、聞いておきたく思います。
我らは「あすてら」の人を、どう呼べばよいでしょうか?
『ふむん。アステラ、は確かに個人名ではありませんね。通りの良いものはといえば……ああ。テトルー達は
チョウサダンの2人は手を振り、我らの集落を去っていたのでした。
――
――――
それから、多くの昼と夜とが過ぎました。
どうやら「ハンター」というのは、チョウサダンの
ある日珍しく、長の側からチョウサダンへ連絡を取りました。
とても大きな
チョウサダンからすんなりとOKをもらい、狩りが始まります。
『ブラントドス。ヴォルガノス以来の魚竜種らしき骨格だニャ。バフバロさんと同様に、場をかき乱す役割をお持ちニャー』
未だ
目前とひょこひょこと足を動かして駆ける
ポポからそこまで付かず離れずの位置を、ハンターが駆けています。身体には鎧のほか、雪原に隠れるような隠れ
……先日。ハンターとアイルーは、琥珀色の牙を持ち四足で地を駆ける生物を狩猟していました。あれと比べれば、ブラントドスはかなり下の獲物のはず。それなのにすぐさま協力を申し出、手伝ってくれたことにはお礼を言いたく思います。
『気にすんニャ。こっちこそ、手伝って貰ってばっかりだったかんニャ。早期に地図を作れたのも、山頂への裏道を記載できたのも、ボワボワ達の協力があってこそニャ。逆に相手がブラントドスだったからこそ、余計な
アイルーはそう言って笑います。……ハンターとアイルーは我らの部族にとても好意的です。そう言ってくれると、助かりはしますが。
『しっ。そろそろ周回ルートに入るニャ』
などと考えているうちに、ポポが指定地点にまで到達していました。温泉の横で息を潜め、会話は途切れます。
作戦はいよいよ本番。生物の動きの無い凍て地はとても静かで、温泉が湧き出る音だけが場に満ちてゆきます。
一条、割き入る音。
ポポの直下。腹を食い破るように、ブラントドスが飛び上がります。
飛び上がり ―― 反動、二脚で立ち上がる。
雪と氷の下に生え揃った、鈍く光る鱗。柔肉を裂いた角には血が
さあさ、
絶命したポポ。その肉に食らいつこうとした瞬間に、長の号令。
部族の皆が投げた槍が飛び交い、ブラントドスを怯ませます。仕込みは植物由来の毒。少しでも弱らせることが出来れば、という考えです。
しかし驚くべきは ―― ハンター。
ずらりと抜いた大剣でブラントドスの角を押しのけ、胴を横から打ち倒し。
気合一声。突進すらも跳ね除けて見せるのです。
ハンターは決して、投げられた槍の全てを見切っている訳ではないのでしょう。部隊の反対側を常に位置取り、挟撃の形を崩さず。ブラントドスの巨体を楯にも出来る位置を維持しながら……それでいて、ブラントドスの敵意が
ただ振り回すだけではありません。ハンターの大剣は時に鱗を砕き、頭をぶっては牙を折り、炎を
雪間を溶かす烈火。踏み入るハンター。寒さに怯えず闇を恐れず、どこまでも行路を切り拓く勇敢な者。
身体の大きさではかなわないというのに、ブラントドスが圧倒されているのです。
決着が着くまでに……そうと時間はかかりませんでした。
『どうニャ? すごいだろニャ、あるじさんは』
作戦を全て終えて
ブラントドスの死骸を運びつつそう自慢げに胸を張るアイルーが、とても印象的でした。
その夜はまたも宴が開かれ、チョウサダンはもてなされました。
ハンターとアイルーは約束通り、狩猟や調査で立ち入る時には決まって連絡役を寄こしました。妹はその都度張り切って、凍て地の草花を摘んではハンターへの送り物として届けていました。帰りがけ、ハンターが律儀に集落へと足を運ぶのが恒例となっていたり。
時に酒を酌み交わし。いくつかの大型生物を狩猟して。レイギエナの群れを振り払って。
チョウサダンの遠征は、遂に佳境へと突入するのです。
――
――――
それは良く晴れた雪の日の事。凍て地は、かつてない
大人たちはこれを平穏だと言います。よいこと……そのはずです。しかしどこか不気味な雰囲気が、ぬぐえません。
予定では狩猟に訪れるはずだったチョウサダン達からの連絡も未だなく ―― ないままに、一帯に
甲高く透き通り、ようく響く龍の声。
雪の結晶が歌えばこんな音が出るのだろう……そんな風に思える声が。
しかしきれいであろうと
食料の貯蔵はおかげで十分。昼が過ぎ。夜が過ぎ。そしてまた昼が訪れようという頃 ―― ひとりの客が、集落の門を叩きます。
血だらけの、アイルー。
『……連絡ニャ。今日明日は外に出ないことを、おすすめするニャ』
こんなになっても部族との約束を守ろうとしているのでしょう。長に外に大型の危険な生物が出現していることを告げると、アイルーはそのまま倒れ込んでしまいました。慌てて寄ってきた大人たちによって奥へと運び込まれ、治療が始まりました。
妹が空を見上げます。ブラントドスに
ふたりは顔を見合わせ頷きます。手を取り合って集落の外へ。ふたりは奥へ、奥へと走り出したのです。
息も凍る夜の雪原。
見通しの良い回廊を超え。
氷まばらな海を渡り。
そびえたつ崖を登り。
揺れる足場を超えて……あの、きれいな音の聞こえる方へと。
道中に他の生き物は見当たりません。ひたすらな平穏 ―― 『なんにもない』の平穏。それがこんなにも不安に感じられたのは、初めての事でした。心によどむ暗さを振り払い、駆けてゆきます。
そうしてようやく崖に囲まれた
上から音が降った気がして、ふたりは顔を上げます。
白く雪が降っていました。
ハンターとぶつかり、氷が舞っていました。
それは、冰の龍。
突然の光景に……美しさでしょうか。恐ろしさでしょうか。足が縫い止められ呼吸が凍りつき視線が外せず思考も回らず。
小さな乱入者に真っ先に気付いたのは龍。次に、ハンターの順でした。
龍は首をねじり口に吐息を溜め込みます。
次の瞬間。白い帯状の線 ―― そうとしか見えない攻撃が、迫ります。
がつり。ハンターが大剣を振るって龍の頭をぶった音。振り切れず、そのまま体重をかけて押し倒してゆく。
しかしひらりと身を
妹をかばうべく突き出された、ハンターの腕鎧の上をつるりと滑り ――
ハンターが笑います。口の端を吊り上げ。肩で息をして。ふたりを見ては、笑います。
何か言葉を発している。しかし残念ながら、ハンターの言葉は判りません。アイルーの通訳がないのです。
口を紡いで次の瞬間……身体が浮いて、持ち上げられ。痛い。転がるように坂を下る感覚。
ようやっと止まった時には、妹が隣で同じく
ふたりをひっつかんで別の区画へ転がり逃げたのは。
『……だから、出ないことをおすすめするって、言ったニャーよ』
アイルーでした。すぐに後を追って来たのでしょう。身体はぼろぼろ、毛並みはべったりと霜を生やしたままです。
アイルーは立ち上がろうとした
『ふたりは、ここで待っていて欲しいニャ』
妹は言います。ハンターさんが危ないのだと。
『……ボクがこれから助けに行くのニャ。頼りないかニャ?』
アイルーは傷を負っているのに。だから。
『……だいじょぶ。だいじょぶニャ。……。……もうすぐ氷の星花とやらが咲くニャ。ふたりには、ここに居て、見逃さないでいて欲しいのニャ。実はボクもあるじさんも、あの花を探してここまで来たのだからニャ』
悩む素振りにひげを揺らして、アイルーはそう言います。
妹の頭を撫で、こちらには緩やかな視線を向けて。
ふたりが根負けして頷いたのを見届けて、アイルーは転げ落ちてきた坂道を戻ってゆきました。
妹とふたり。とてもきれいな結晶に囲まれた地で身を寄せ合い、坂の上から聞こえる音に耳を澄ませます。
龍の悲鳴と、ハンターが扱う武器の音。それらが遠くと近くを行ったり来たり。
やがて凍て地の奥底をつんざいて、龍の怒声が響いた直後。
たくさんの花を模した星が、宙に根差して咲いたのです。
その花が地に落ちてしゃんしゃんと砕けたのを最後に、凍て地には静寂が訪れました。
いずれも雪は積もるばかり。太陽は頂点を通り過ぎ、夜を迎えても音は未だに止んだまま。
腕の中の妹が寒さに震え始めました。吼える声もきれいな音も聞こえない。
勇気を出して坂道を登ります。足を滑らせながらも登り切ると、岩壁に囲まれた雪原の空間が拓けます。
先ほどまでチョウサダンと冰の龍がぶつかっていた区画で辺りを見回す。生き物の気配はありません。いつの間にか
先ほどまでの激闘など白く忘れ去られたかのような。いつも通りの ――
集落に戻ると大人たちは言います。
氷の星花が ――
ご拝読ありがとうございました。
こちらはせと。さん企画の(モンハン)アドベントカレンダーに参加した書き物となります。
ツイッター上にモーメントなど作ってくださっていますので、ぜひぜひ、他の皆様の作品も楽しんでくださいね!
……香辛料私のこれとは違って、もっと王道のしんみりな雰囲気もなく楽しんで降誕祭を迎えられるような絵、書き物、動画など沢山あるのですよー!
正直これはちょっと企画の趣旨的には迷う類の書き物だったのですが、みなさんがとても
同企画にも参加なさっているヒマワリちゃん(@_himawarichan)さまからファンアートをご寄贈いただきましたー!
垂涎御可愛いの塊。
【挿絵表示】