そこはまだ何もない、暗い谷だった。彼が来るまでは。
悠久をも超えるくらいの時を生きた彼は死に場所を探していた。自分の死期を悟っているから。
火山、海、平原を這いずり回りながら探した。それでも彼は死に場所を決められずにいた。探し回った場所は全て、彼には狭すぎたのだ。自分に残された時間が少ないことを知っている彼は悩み、焦った。ここには合う場所がない。そう思った彼はもっと外を、大海原を渡ることにした。
様々な大陸を廻り、海底を這いずり、彷徨い続けて幾星霜、彼はある大陸へ辿り着いた。そこは心なしか、力に満ち溢れていた場所だった。
彼はしばらくこの大陸を見回った。森、山、砂漠。その中で、陸に珊瑚が生えた台地に目をつけた。正確には台地の下。この珊瑚帯は海底隆起で台地が陸上に押し上げられており、その地下には大きな空洞が出来上がっていた。その大きさは彼が悠々と動けるくらいに。
見たところ、なんの変哲もない、暗い谷だ。だが彼はこの谷に決めた。ここならば、と。
悠久をも超えるくらいの時を生きた彼は死に場所を探していた。この大きな体を眠らせるために。
爪を立てれば大地が抉れ、背中の鱗は山を崩し、移動するだけで地殻変動が起きる。破壊を掌って生きてきた彼は、最期はこの体を大地に還元しようと考えていた。そして、ようやく見つける事が出来た。
彼は安堵した。これで、ようやく命を果たすことができると。
この大陸には古代の人々がいた。
海を渡り、何かを探し回る彼を見ていた古代の人々はその様子を
『
まこと
人々は谷へ向かった彼を見守っていた。彼が死に場所を探していることに気付いたから。
無数の星々が輝き、降る。
千古不易を謳い、不朽不滅を謳った彼は、静かに、最期の時を迎えた…。
豊かで不可思議な生態系が広がる、陸珊瑚の台地。そしてその地下に広がる瘴気の谷。
「見事な生態系だね」
台地と谷で命が生まれ、育み、そして死ぬ。
「こんなに大規模なものは見たことがないよ」
遥か昔、それも人々が想像もつかない時間を経て。
「だけど不思議に思わないかい?」
御魂に還った命が華を咲かす。
「これほど巨大な生態系、一体どんなモンスターが養分となったんだろう」
───────命終えし時、血は海に、肉は陸に、骨は森となり、命の苗床となる