例え踏みしめた土はあの頃と違くとも。
振り返ってみれば、足跡は続いている。

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踏む土は違くとも、足跡は消えず

 

───堅牢な甲殻に叩きつけた片手剣は、表面に傷を残して弾かれた。

イャンクックの甲高い叫びに青年が驚けば、口内の炎が見えて。

咄嗟に構えた盾に火球が直撃した。

 

衝撃は腕を抜けて、土に据えた足が揺れ。

神経を揺さぶるような痺れは鈍い痛みから遅れて手指を走る。

ハンター装備の隙間から火の粉が入り込み、肌を焼いた。

 

 

「いってぇ......ウェン先輩!ちょっと聞きたいんですけど!!」

 

 

盾に付着した火を払い落とし、青年が声を上げた。

対し、イャンクックを挟んだ向かい側。ガルルガ装備に身を包む、ウェンと呼ばれた大柄な男が双剣で翼と足を斬りながら大きく息を吸う。

 

 

「それ今重要な事かァ!?」

「めちゃめちゃ重要ですね!」

「仕方ねえなあ!」

 

 

男はポーチ内の閃光玉を掴むと、火球を吐いたばかりの鼻先へと投げつけた。

黄とも白とも言えぬ光を直視し、色を失った視界のまま尾を振り回すイャンクックを横目に男と青年は岩陰へと滑り込む。

ポーチ内の整理を行いながら、男は青年に問う。

 

 

「で、どうした」

「砥石で武器ってどうやって研ぐんですか?」

「ぁ?」

 

 

男は眉間に皺を寄せ、天を仰いだ。

 

 

▲▽▲ 踏む土は違くとも、足跡は消えず ▲▽▲

 

 

「......おい、基本だぞ」

「いやいや、一応できます。けど上手く研ぐ事ができなくて」

「それはできてねぇって言うんだよ」

 

 

立派に蓄えた顎髭を指で弄り、男は少しばかり考え込む。

 

 

「ワヴァ、訓練所ではどうやって習ったんだ?」

「こう、剣身を寝かせて力を込めて刃先を薄くするような感覚で、と」

「実際やってどうよ」

「ダメですね......訓練所でも最低限できていると言われる程度にはなりましたが、それ以上は」

「仕方ねえ。見せて教えてやるから覚えろ」

 

 

屈んでポーチより砥石を取り出した男は、青年によく見えるようにして己の双剣、インセクトスライサーのうち、一振りを研ぎ始めた。

少しばかり濡れ、滑らかに見える砥石の表面を僅かに角度を付けて刃が滑り、それを繰り返しながら男は青年に言い聞かせるような口調で語りかける。

 

 

「いいかワヴァ、砥石ってのはこう......えっと、あれ、そう、つまりこうやるんだよ」

「いや全然わかんないです!」

 

 

綺麗に研がれた刃先を見せ、男はにっこりと笑った。

 

 

「やっぱこれ教える内容じゃないわ。数やって慣れろ」

「絶対教える語彙が足らなかっただけじゃないですか」

「今できてねえ方がやべえんだぞ。俺なんかホロロホルルの粉塵嗅がされて前後不覚のまま道具使う訓練やらされたのに」

「正気ですか!?」

 

 

龍歴院出身の男は、訓練所で古代林を主な狩場とするならば、という教官の半ば強引な教育により、例えホロロホルルの粉塵を吸い込んで前後左右不覚になろうとも、完璧に武器を研ぎ、回復薬を飲める自信があった。

しかしポッケ村出身の青年は、回復薬の凍結防止対策や雪山から滑落した際の対処は完璧に覚えているものの、武器を研いだ経験は多くは無く。

 

ハンターの教育にも、ある程度の地域差があるものだ。

 

男はそれを理解した上で、仕方がないとばかりに笑う。

分からないならば誰かに尋ね、教えを乞うのもまたハンター同士ではよくある事で。

もう一方の双剣を掴むと、砥石へと当てる。

 

 

「ワヴァ。いいか、もう一度やるからよーく聞いとけよ?研ぎ方は......ええと、そう、こうなってこう。あとこうしてこう。わかったな?」

「よーく聞いた意味が0なんですよ!」

「ちゃんと聞いてりゃわかるだろ!」

「逆に今の解説からわからないこと以外の何がわかるんですか!?」

 

 

背後より異音。

二人揃って岩陰から振り向けば、大きな嘴が見えて。

 

 

「あ、やっべ」

「先ぱぁあああああああ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

孤島のキャンプにて、三人のハンターが焚き火を囲んでいた。

男、女、青年という臨時的に組まれたパーティだが、互いに顔見知りのためそれぞれの振る舞いに遠慮は無い。

 

 

「そういやナッカ。お前は武器ってどうやって研いでる?」

「研ぎ方?それは、えっと、こう......こんな、あれよ。つまりこう、こうね」

「ウェン先輩同様、どうして皆さん砥石の話になると言語能力が低下するんですか?」

 

 

ギルドで他のハンターに聞いても似たような言葉が返ってきたことを想起する青年の率直な疑問に、ナッカと呼ばれた女は答えることなく背丈と同等程度の太刀、鉄刀の柄革を巻き直す作業を再開した。

 

 

「なんで今更。研ぎ方なんて昔から大体一緒でしょ」

「ワヴァがわかんねえんだとよ」

「......基本よ?」

「そりゃもう俺が言った」

「私みたいにタンジアとかモガ出身なら全員水中で回復薬の飲み方から砥石の研ぎ方まで学ぶのに」

「それも似たようなことを既に言った」

「............研ぎを水中で完璧にできる私にとって、陸地でするのはもっと簡単。いい?」

 

 

女は男を半目で睨みつつ砥石を取り出し、丁寧に太刀を研ぎ始める。

真剣な顔で太刀に砥石を当てる姿は、教える事に対する態度を示すようだった。

 

 

「武器と砥石を持ったらこんな風にこう、こうやってぐいーってしゅっとしてぴかっとぴきーんみたいな感じよ」

「途中から知能まで低下してません?」

 

 

───青年は発言を後悔する。

 

殴られた頭を抱え、青年は悶絶して地を転がった。

女が腕を組み、砥石を青年に投げる。

 

 

「......じゃあ、試しに研いでみなさい」

「いてて、わかりました。まずこう、砥石に剣を当てて......痛ェ!なんか火が出ましたけど!?」

「うわ、研ぎ方に変な癖が付いちゃってるじゃないの。ウェン、アンタどうするのよ」

「ワヴァ……だから言ったろ!!武器の研ぎ方はこう、えっと、アレだってなぁ!」

「それは何も言えてないんですよ!!」

 

 

孤島のキャンプに青年の声が響いた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

───灼熱の砂漠、太陽の下でダイミョウザザミが鋏を振り上げる。

人に匹敵するとも言われる巨大な鋏の質量は、ただ振り回すだけで十分な脅威となるものだ。

 

男と青年は武器を構えたまま、ゆっくりと後退る。

青年のウロコトルの素材を用いた片手剣、ラッヴァピッカーは硬質な鋏に防がれ続けたせいで、切れ味が落ちていて。

 

 

「先輩、今から研ぐので奴を引きつけるのをお願いします!」

「仕方ねえ、任せろ。......おい、時間稼いでやるからちゃんと砥げよ!」

「はい───あっづ指焼いたァ!」

「馬鹿野郎ォ!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

───水音響く渓流にて、ナルガクルガが地を蹴って刃翼で宙を叩く。

飛び掛かりを警戒して傷だらけの盾を構えた青年へと水が掛かり、思わず仰け反った。

ある程度の高度まで上がると、まるで飛ぶというよりも滑空に近い姿勢で他の場所へと移動する姿を遠目に、青年が男を呼び止める。

二人でエリア端に移動すると、青年が氷結晶を主素材に製作されたフロストエッジを抜刀してその場に座り込んだ。

 

 

「先輩、竜を追う前に武器を研ぎますね!」

「急がなくていいから。今日こそは指焼くなよ」

「氷の片手剣なんで任せてくだッヅァ指凍ったァ!!」

「馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「───先輩、これから研ぎます!!」

「......この特産キノコの採取依頼で武器使う事あったか?」

「や、取り敢えず練習って事で」

「成程な。見ててやるよ。で、今日は何の片手剣だ?」

「フルフルの片手剣です。......ンガァ!?」

「ヴァッ!?お前、地面の水通って俺まで感電したぞ!」

「まだいけまッギャ!?」

「ダッ!?馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「研ぎます!」

「急げ、もう弱ってるぞ!」

「はい!......づ、うわ毒で血が止まんねえ!」

「馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「研ぎます!......い、て......ねむ......グゥ......」

「馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「馬鹿野郎ォ!!」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

───シュリ、と金属と砥石の擦れる音がした。

ワヴァという名の男が、ゆるりと口端を緩める。

その風貌は青年と呼ぶには少しばかり大人びていて、相応の経験を得た瞳には落ち着きがあった。

 

 

「砥石で刃を研ぐ事も、これで何回目ですかね」

 

 

虫素材を主とした双剣、インセクトアラートを両剣とも研ぎ終えたので出来栄えを見れば、文句のつけようが無いほどに綺麗な刃先が光を反射した。

刃毀れは無く、薄くムラも無く研がれたこの剣ならば、力任せに竜の甲殻を叩き斬ることすらできるだろう。

 

 

「ウェン先輩。どうですか、綺麗に研げましたよ」

 

 

その言葉に返事は無く、生温い風が頬を撫でる。

明日にはギルドの指示により、新大陸と呼称される場所に向かわねばならず、不幸があればここに来るのも最後になるかもしれない。

 

双剣を地に刺すと、男は手を合わせ。

 

 

「それじゃあ行ってきます。ウェン先輩」

 

 

“ウェン”と名の刻まれた双剣が、そんな男を見送った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

───昔を思い出し、無精髭を生やした男は乾燥でひび割れた唇を薄く笑みの形にした。

 

砥石の研ぎ方も知らなかった未熟者も、今では目元の皺を気にしながら新大陸の最前線に身を置くベテランになっていて。

薄く雪の降り積もるセリエナの階段で、懐かしさに浸る。

そんな男の耳に、元気よく己の方へと走ってくる足音が聞こえてきた。

 

 

「ワヴァ先輩!ちょっといいッスか!」

 

 

にこ、と人懐っこい笑みを浮かべた青年が、男の名を呼ぶ。

青年は狩りを行うための装備では無く、ただの防寒着を着ていることから、男に声をかけたのは狩りのお誘いをするためではないだろう。

 

 

「おう?どうしたよ。前の大陸の話でも聞きたいか?」

「それは後で聞くとして。先輩は武器ってどう研いでるッスか?」

 

 

先程まで思い出していたことと同じような事を訊かれ、男は目を見開いた。

ゆっくり頷き、目を細めてもう一度頷いて。

 

 

「おう、そんなことか」

 

 

懐かしいものだ。

あの時の自分を青年に重ね、男は笑みを深くした。

周囲に人がいない事を確認して武器を抜き、ポーチから砥石を取り出して青年を手で招く。

 

 

「基本だぞ。ようく見ておけ、大事な事だ」

 

 

口を一文字に結び、うんうんと真剣な顔で頷く青年の若さが、少しばかり微笑ましく。

きっと、あの頃の自らを見て、先輩方もそう感じていた事だろう。

いつの間にか先輩と呼ぶのではなく、先輩と呼ばれるようになっていた男は、多くの事を受け継いできた。

 

ハンターは、いつ命を落とすかわからない。

だから、後に残すために多くの事を誰かに継承していく。

この砥石の研ぎ方一つ取ったとしても、いつか青年の命を助ける瞬間が来るかもしれないのだ。

 

男は頭の中でどうすれば伝わるか考え、武器を研ぎ始める。

引き継ぎ、後世へより良い事を伝えるのもまた、ハンターの仕事なのだから。

 

例え国は変わり、大陸を渡り、踏む土は違くとも。

人に教え教えられて進む、狩人達の足跡は消えず。

また新たな誰かがその足跡を辿り、さらに先へと進むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを......そうだな。えーっと、こう、んで、うん。こんな感じでこうだ」

「いや全然わかんないッス!」

 

 

───ただ、こんなところまで継承したくはなかった。




───後書き───

ここまでお読み頂き、ありがとう御座いました。
【モンハン愛をカタチに】13日の午後を担当しております、指ホチキスと申します。
この度の企画に際し、普段小説を読まない方でもモンハンをプレイしているならばクスッと笑える、そんなテーマでこのお話を書いておりました。

砥石の研ぎ方や回復薬の調合、防具の留め金に知識の地域差。
ゲーム画面の中ではなく、“その世界で生きている”のならば有り得るであろう事を考えて書くのが好きなもので、今回もまたそんな視点でのお話となりました。
普段はガッツリ戦闘描写を書いているので、ユーザーページから飛べば他のモンハン短編を読めたりします。文字数が物足りなかった!なんて人にオススメです。

そしてちょっとした話ですが、研ぐことは刃物においてとても大事なことです。私も時々ですが、仕事中にナイフを研ぎます。
研ぐ前と後では刃の通りが全然違うので、切れ味が落ちて弾かれるのを見てはそりゃそうなるよね、なんて共感できるようになりました。
切れ味を青に戻すのも結構な技術が必要だと思います。
白や紫に戻すのは言わずもがなですね。すごい事です。

ちなみに私が仕事中に研ぎ方を教わった時は、ウェン先輩と同じ教え方でした。
いや全然わかんないです!


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