銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ 作:ほうこうおんち
自由惑星同盟による帝国領侵攻作戦は、出征した3000万人の将兵の内、三分の二が未帰還という大敗に終わった。
「よく無事で戻った、ヤン中将」
批難ではなく、称賛の響きより、安堵の感が込められたグリーンヒル大将の言葉である。
彼は苦虫を百匹まとめて噛み潰したような、苦い表情すら通り越した感情を失った表情と顔色だった。
「総参謀長閣下こそ、ご壮健で」
適切な挨拶ではないが、他に何か言うべき挨拶も出て来ない。
「ところでロボス元帥、コーネフ中将、ビロライネン少将、フォーク准将はどうされました?」
「……うむ……、彼等は一足先にハイネセンに戻した。
フォーク准将だけは後方の軍病院に入院しておる」
「戻した?
戻った訳では無いのですね?」
「そうだ。
すまん。
もっと早くこう出来ていたら、多くの犠牲を出す事も無かった」
「全くじゃな」
ビュコックが話に入って来る。
「もっと早く貴官が主戦派を捕らえてハイネセン送りにしておれば良かったのだ。
まあ、今更でも、やらんよりはやった方がマシじゃて。
で、慎重な貴官がそれを出来た理由を知りたいものじゃ」
「彼等は個人的な手柄の為に、この無駄な戦争を引き起こしました。
ロボス元帥は担ぎ出されただけ、フォーク准将はそれを知らされずに作戦を任された、そういう事情は有りますが、いずれにせよ査問会から軍法会議は免れないかと」
「個人的な手柄じゃと?」
黙って頷くグリーンヒル大将を見て、怒りの気を発したビュコックであるが、怒りをグリーンヒルにぶつけても意味は無いし、軍法会議にかけられるなら、そこで明らかにされるだろう。
何より、もう終わってしまったのだ。
怒鳴っても嘆いても、空しくなるだけだ。
ビュコックは敬礼をし、その場を離れた。
「ところでヤン提督。
第13艦隊を私に預けてくれんか?」
「総参謀長に?
どうしてですか?」
参謀に指揮権は無い。
理由が掴めない。
「ここまで敗れた以上、帝国軍によるイゼルローン要塞再奪還があるだろう。
その時に備え、要塞駐留艦隊を置かねばならん。
本来は第12艦隊の役割だが、第12艦隊はボロディン提督と共に消滅した。
現在、この任に堪えられる艦隊は第13艦隊以外に無い。
一方、貴官は昇進するだろう。
大将になる。
シトレ元帥、ロボス元帥共に勇退となれば、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官の何れかに貴官が就く事になろう。
代わりの第13艦隊司令官が着任するまでは、私がこの要塞を守る」
「なるほど」
「だが、新任の第13艦隊司令官が着任したら、私も責任を取らねばなるまい。
ヤン提督、私の後任となる宇宙艦隊総参謀長も探しておき給え」
「いえ、年齢から言っても経歴から言っても、軍のトップにはビュコック提督が就くでしょう」
「では、貴官が私の後任だろうな。
貴官程の才能を手放す者は居ないだろう」
「買いかぶり過ぎです」
「まあ、そういう訳で貴官はハイネセンに戻ってくれ。
今度会う時は、貴官が上官かもしれんな」
これがヤンとグリーンヒルが直接会った最後となる。
その事をヤンもグリーンヒルも全く予想だにしない。
「おい、生きているか?」
首都に召喚されたキャゼルヌは、同じ立場のフォーク准将に話しかける。
彼は医務室に容れられていたが、最近は大分回復したようだ。
「ああ、キャゼルヌ少将ですか。
小官を笑いに来たのですか?」
「ふん、そんなへらずぐちを叩けるなら大丈夫だな。
で、目の方はどうなんだ?」
「左目が……まだ見えない、というか暗いですね。
右も視野が狭いように思います」
「貴官には責任を取って貰わんとならんから、さっさと治せよ」
「私が責任を取らされる、ですか……。
帝国軍は戦おうとしなかっただけなのに、私に責任ですか」
「ああ。
だがお前さんだけじゃない。
俺も一蓮托生だ。
だからこうして、見舞いに来てやったんだよ。
グリーンヒル大将からもよろしく言われている」
フォークは生き残った将兵の恨みを一身に浴びている。
無謀な作戦を立てた最悪の参謀として。
ビュコックは顔も見たがらないし、ヤンは基本的に見舞いに等来ない。
同じように補給で失敗したキャゼルヌも怨嗟の声を浴びせられていた。
キャゼルヌは結果として失敗したのだから、仕方ないとそれを受け止めている。
だからこそ、フォークを見舞いに来たのだ。
遠征軍総司令部で、遠征軍の為の仕事を最もしていたのがこの二人だ。
よく衝突し、意見をぶつけ合った。
作戦部門と補給部門が多忙を極め、グリーンヒル総参謀長がどうにか作戦を切り上げられるように動いていた。
他の連中は一体何をしていたのやら。
キャゼルヌは
「お前さんには悪い所が有りまくるが、それでも同盟軍切っての俊英に違いは無い。
この責任を取るのは当然だが、こんな事で潰れなさんな。
多くの者が死んだ。
お前さんの一番の責任の取り方は、この危機的状況を改善する事だ。
だから、さっさと治して立ち直る事だな」
フォークは礼を言い、二人は別れる。
この時フォークの意識も思考もはっきりしていた。
敗戦を受け入れたがらない頑なさは有ったが、思考は冷静で、話がきちんと通じた。
この時は……。
国家に未曾有の危難を招いた参謀と、その無謀な作戦の中で類稀な大戦果を挙げて味方を故国に帰した英雄、二人は対照的な出迎えられ方をした。
「敗軍の将」
と自らを嘲るヤンだったが、彼が副官と地上に降り立った時、大衆から拍手と歓声をもって出迎えられる。
「大尉、聞いてもいいかい?」
「はい」
「今回の戦い、我々は勝ったんだったかな?」
「大敗ですわ」
「だよね。
こんな出迎えられ方、私には不本意だよ」
記録メディアの作動音や飛び交う紙テープ、花束を持ってやって来る政府関係者という光景の中、ヤンの機嫌は悪くなっていった。
一方フォークは、国防委員会の管理する、貨物便発着用の人里離れたエアポートに着陸する。
そのまま救急車に押し込まれ、音も鳴らさずに軍病院の精神科に運び込んだ。
この事実を知る市民は誰も居ない。
この時既に、銀河帝国第36代皇帝フリードリヒ4世の死が、フェザーン経由で知らされていた。
帝国の次期皇帝は定まっていない。
死んだ皇帝の寵姫の弟であり、門閥貴族でないローエングラム伯は、失脚の予想もされた。
大敗の中、自分たちを打ち破った敵将の破滅を見たいという屈折した心理も働いているが、第二次ティアマト会戦では敵軍を撃破した勝利の立役者アッシュビー提督が死んでいるし、「負けたけど敵将も倒れた」というのも有り得なくはない。
ともあれ、銀河帝国軍によるイゼルローン要塞奪還作戦は、新帝即位と新体制が整ってからとなるだろう。
その予測の元、グリーンヒル大将もハイネセンに召喚される。
イゼルローン要塞は第13艦隊を預かるフィッシャー副司令官と、要塞防御指揮官の内定が出た「薔薇の騎士」連隊先代連隊長シェーンコップ准将が守る。
グリーンヒル大将は、ただイゼルローン要塞に残っていただけでは無かった。
同じように要塞に留めたグエン・バン・ヒュー准将率いる第8艦隊残存兵力500隻、ライオネル・モートン少将率いる第9艦隊残存兵力500隻、ダスティ・アッテンボロー大佐率いる第10艦隊残存兵力500隻を密かに帝国領内に潜入させる。
再攻勢の為では無い。
取り残された同盟軍将兵を一人でも救出する為だ。
危険宙域に潜んでいた輸送艦、無人の惑星に隠し基地を造って立て籠っていた陸戦部隊、ひたすら辺境星域を逃げ回っていた損傷艦艇等。
彼等の中には、自力でイゼルローン要塞に戻った者も居る。
グリーンヒル大将が派遣した艦隊に救出された者も居る。
銀河帝国における皇帝崩御という椿事により、残敵掃討が大規模に行われなかった幸運もある。
銀河帝国辺境警備隊のケスラー准将、ミュラー准将、シュタインメッツ准将の部隊だけでは手が回ってもいなかった。
未帰還2000万人の内、200万人の救出に成功したグリーンヒル大将は、一月半遅れてハイネセンに帰還した。
そして、人事も軍事法廷も彼の思ったものと違っている事に戸惑う。
まず人事である。
士官学校を出ていないビュコックは大将昇進後、宇宙艦隊司令長官になっていた。
その上位の統合作戦本部長は、士官学校を上位で卒業し、長らく首都を警備していた第1艦隊司令官クブルスリー中将が大将に昇進して就任していた。
そしてヤン・ウェンリーは大将に昇進、イゼルローン要塞司令官兼イゼルローン要塞駐留艦隊司令官として最前線に赴任である。
(これでは、シトレ元帥が望んだ派閥力学や狭い参謀部のみの思考しか持たない者に刺激を与え、改革を促す核が居ないではないか。
ヤン・ウェンリーは統合作戦本部長か宇宙艦隊総参謀長であるべきだ。
最前線に置かれたら、全く影響力を持たないではないか)
既にこの考え方自体「派閥理論」なのだが、それに気づいていない。
ヤン以外にイゼルローン方面を任せられる軍人が居ない、そう言われたら反論のしようも無い。
だが、ヤンが中央に居ないだけでなく、随分とトリューニヒト国防委員長改め、最高評議会暫定議長の派閥の者が要職を占めている。
その内の一人、ロックウェル大将が告げた。
「軍法会議など開かれませんよ、グリーンヒル査閲部長」
グリーンヒル大将は、訓練を計画し、その準備をする部門の責任者に左遷されていた。
彼は自身の処遇はともかく、査問について聞く。
査問会は行われた。
結果「精神病を発症していたフォーク准将の独走が最大の原因」とされ、肝心のフォーク准将は病人である為軍事法廷に責任能力無しとされた。
「馬鹿な!
これはロボス元帥を統合作戦本部長にする為、手柄を焦った派閥の暴走に因るものだ。
そして、彼等と短慮で遠征を決めた政治家との間の癒着が見られた。
根本的な原因を正さねば、軍は良くならない」
そう訴えるグリーンヒルをロックウェルはあざ笑う。
「いいですか?
我が栄光有る自由惑星同盟軍において、ボケ老人が宇宙艦隊司令長官という顕職には就いていないのですよ。
まして、派閥争いによる戦争なんて、起こる筈が無いでしょう。
政治家先生たちは、フォーク准将が個人的に持ち込んだ、一見素晴らしい作戦にすっかり騙されたのです。
銀河帝国は不倶戴天の敵、休戦等以ての外。
休戦目的の戦争など、過去から未来に至るまで企画はされないのです。
お分かりですか? 査閲部長」
「……つまり、全てをフォーク准将の責任とし、臭い物に蓋をしたわけだな」
「まだ分からないのですか?
臭い物など、この栄光ある民主主義の軍隊に在る訳ないでしょう。
そういう事です。
話は終わりました、どうぞお引き取りを」
グリーンヒルは暗澹たる気分になった。
コーネフ中将、ビロライネン少将ほかロボス派の軍人は「自分の意思で辞表を出し、責任を取った」と言う。
ロボス元帥も辞任したが、健康診断は行われておらず、経歴は「健康」のままである。
どうにか権限を活かし、軍病院にフォーク准将を見舞う。
そこで見たフォークは、かつてのフォークでは無かった。
ベッドの上に膝を抱えて座り、爪を齧りながらブツブツ何かを言っている。
「あ、グリーンヒル総参謀長。
私は何時復帰出来るのでしょう?
私以外に専制主義の悪魔から人類を救える者は居ないのですよ」
「准将……」
「敵は私を恐れて出て来なかったのです。
そんな臆病な敵を恐れて撤退なんてとんでもない。
今こそ帝都オーディンまで突き進む好機なのです」
「准将、戦いは終わったのだ」
「そうでしょうとも。
私の作戦は完璧で、隙間等有りません。
士官学校の劣等生が何を言おうが気にされないように。
私は今回の第一解放区を元に、長駆帝都を衝くべく作戦を立てているのです。
第10艦隊を先陣に、全艦隊で突き進みましょう。
あ、第5艦隊と第13艦隊は駄目です。
彼等は敗北主義に陥っていますから。
私の作戦を理解出来る者だけで良いのです」
「准将……」
「我が同盟には十二個の艦隊が有り、臆病者の二個を置いて帝国を攻めるのです。
私の作戦計画が有れば、必ず勝てるのです」
「…………」
「私は何時復帰出来るのですか?
同盟軍には私が必要なのです。
私という才能をこんな病室に閉じ込めて置くのは国家の不幸なのです」
フォークは、グリーンヒル大将の方を向いていながら、その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
グリーンヒルは、枕元の大量の薬を見る。
いたたまれず病室を出ると、近くに居た医官の胸倉を掴む。
「一体、何を飲ませた?
壊れているじゃないか!」
「精神を安定させる薬です。
随分と精神が疲れていて、睡眠が取れない様子でしたので。
それと胃が荒れていましたので、胃のリズムを取り戻す薬です。
まあ、飲み合わせで多少副作用が出ているかもしれませんが、最近は良くお休みになられてますよ。
それとうつ症状が有りましたので、抗うつ薬も……」
「うつの症状は無かった!
健康な者に、脳の活動に影響を与える薬を飲ませたのか!」
「別に健康な人に抗うつ薬を飲ませてもおかしくはなりませんよ。
問題有りません」
「本当に抗うつ剤なのか?
違う薬なのではないか?」
「軍病院のする事に口を出さないでいただきたいものです。
余り私たちを誹謗するようであれば、国防委員会に訴えますぞ」
(この国に自浄作用は無い……。
軍も政治家も、問題に目を向けようとせず、一人の人材を壊した上で、責任を全てかぶせてしまった)
この日以来、ドワイト・グリーンヒル大将は、祖国の在り方について頭を悩ますようになる。
軍の主流派から外れた彼の元には、同じ様に国に疑問を持つ軍人が次第に集まり始めた。
また、彼に恩がある者、何やら思惑の有る者、様々な者が近づいて来た。
そしてアムリッツァ会戦の翌年、宇宙暦797年、運命の男がグリーンヒル大将に接触する。
「閣下、いやグリーンヒル先輩。
アーサー・リンチ少将、只今帝国の収容所より帰還いたしました。
恥多きこの身ですが、愛する自由惑星同盟の為にもう一度奉仕したいと思っております。
どのような汚れ仕事でも結構です。
富も名誉も不要です。
私を閣下のお傍に置いて下さい」
グリーンヒルもフォーク准将同様、破滅への道を歩き始める。