フォーク准将は、政界と軍部のパイプ役に収まっていれば良かった気がします。
自由惑星同盟は、イゼルローンを奪取。
だが、ロイヤル・サンフォード議長の顔色は悪い。
「…イゼルローンを奪取したのに、与党の過半数割れは確実、か。」
「議長閣下。それは違います。」
待ったをかける声に、サンフォードは顔を向ける。
「どういう事かね?」
「イゼルローンを奪取したからこそ、です。今まで同盟は帝国に侵攻され、それを追い返す戦いでした。市民は、帝国領への侵攻を望んでいるのです!」
「な、なるほど…。」
「故に。近日中に軍事的勝利があれば、政権支持率は回復するかと。」
「勝てるのかね?帝国領へ侵攻して。」
「方策はあります。」
その会話から数日後。
フォーク准将が持ち込んだ、「帝国領侵攻作戦」が実施される事となり、その議論が行われる事となった。
「では、活発な提案や討論を期待する。」
私的ルートで軍事作戦を押し通したフォーク准将をジロリと睨んだシトレ元帥の発言と同時に、ウランフ提督が発言する。
「軍人として、命令があれば出征もするし、暴虐な帝国と戦うというならば喜んで戦おう。だがまずこの作戦の戦略上の目的は何か?敵軍と一戦するだけなのか、敵軍を壊滅させて和平交渉に持ち込むまで粘るのか。そもそも作戦自体が長期的なのか短期的か。」
「イゼルローンを橋頭堡とし、ここから帝国領の少し奥へ侵攻。これを長く繰り返します。」
「…どういう事かね?」
ウランフ提督は意図を読み切れず、再度問う。だが、ヤンは気づいてしまった。
フォーク准将がやろうとしている事に。
「イゼルローンから3000万の兵士が出撃しては、帰還する事の繰り返しか。」
「勘弁してくれ」
ヤンの発言を聞いたキャゼルヌ中将は思わず愚痴る。
「待っていただきたい!であれば、わざわざ3000万も動員する必要があるのか!これでは攻勢ではなく、大攻勢だ!」
「…大攻勢?否、小攻勢ですが。」
「どこが小攻勢だ!動員数が多すぎる!これほど出撃させるのは」
「これは意外ですな。大動員する理由は帝国軍の動きに合わせて臨機応変に対応するためです。敵が本腰を入れて艦隊決戦を仕掛けてくるならば、我々はイゼルローンまで撤退し迎撃。」
フォーク准将の返答に、他の提督が声を上げる。
「そもそも、帝国領へ侵攻するという同盟始まって以来の快挙。その戦果は華々しくあるべきでは?」
「どうとでもできます。帝国領の辺境を警備している小規模な部隊だろうと。我々は強大な敵を撃破し、帝国領の民を救済したと宣伝すればよい。仮に帝国軍が戦いもせず逃げたのであれば、宣伝材料になります。」
他の提督が発言する。
「たかが辺境を奪ったところで、帝国に打撃を与えられないのでは?」
「これは異なこと。銀河帝国皇帝と帝国貴族は辺境とはいえ領土を奪われて黙っているでしょうか?奪還に来るでしょう。相手が3000万の大軍だとしても。」
「それは…。だが、辺境などくれてやると言わんばかりに、一切動きを見せねばどうする?」
「その時は、辺境からじわじわと掌握していくまで。前線が少しずつ押し上げられる恐怖に、銀河皇帝は耐えられないでしょうな。」
ビュコック提督が、ニヤリと笑う。
「なるほどの。嫌がらせの攻撃を続けるという事か。」
「露骨過ぎますな。ビュコック提督。私はただ、あらゆる布石を惜しまないだけです。」
フォーク准将もニヤリと笑う。
「だとしても…」
「私は最も犠牲と損失が少ない方法を考えました。これに変わる名案があるなら是非ご教授ただきたい。いかがですか?」
そう言われれば、提督達も黙り込むしかない。
キャゼルヌとしては中止してほしいのだが、政府がヤレと言っている以上、軍人はやらざるを得ない。
「この3000万の動員を、今後何度も行うつもりか?」
「いいえ。この一度きりです、キャゼルヌ中将。たった一度ですが、帝国軍に与える心理的影響は絶大かと。」
たとえ一度きりだろうと兵站を用意するのはキャゼルヌの仕事なわけで、やや憮然とする。
こうして。帝国領侵攻作戦が始まった。
複数の辺境の惑星が制圧される中。イゼルローンに近いある星系では大混乱が起きていた。
「叛徒共が8艦隊でイゼルローンから帝国領へ進撃中?!」
「すでに、辺境の惑星が5つ奪取されました!」
「ロルシェ司令につないで!」
星系の統治者である、アレクサンドラ・フォン・リヒテンラーデは艦隊司令官を呼び出す。
ややあって呼び出された青年は、焦燥している。
ロルシェ・フォン・ゼークト。彼は戦死したイゼルローン要塞駐留艦隊司令官の甥っ子だ。
「アレクサンドラ様。ご命令を。一声戦えとご命令くだされば、亡き伯父上のように勇敢に戦って見せましょう。」
「駄目だ!敵軍の数は圧倒的!ここで機動戦力を喪失すれば、打つ手が無くなる!」
「叛徒が帝国領を荒らすのを放置するおつもりですか?」
「オーディンには連絡をいれた。増援は必ず送られる。我々はそれまでの間、防衛に徹する!」
「…焦土戦を仕掛けるという手もありますが。」
「それは最後の最後!ここには情報処理センターに加え、イゼルローン奪還作戦における艦隊の補給及び収容基地。これを焼き払えば、再建のめどが立たない!!」
若手将校である彼らの頭にあるのは、「叛徒はあれだけの大軍でどこまできり取るつもりか?」「増援は間に合うのか?」
という事だ。
そもそもイゼルローンに近い星系の帝国領の艦隊は、イゼルローンが奪取されない前提で配備されている。
故に、彼らは人口が密集している有人惑星、資源開発を行っている最中の戦略上重要な惑星の防衛ラインを設定。多少分散しようと、即応体制の構築に勤しむ。
胃がキリキリと痛む中、防衛線の協議を進めていると太った将校がとぼけたことを口走る。
「アレクサンドラ様。こんな事ならイゼルローンが陥落した事を想定した防衛ラインの協議を行っておくべきでしたな。」
「そんな想定に予算と人員を費やしてくれるような、慈愛に満ちた聖女など。帝国どころか銀河のどこにも存在しない!」
部下に一喝し、アレクサンドラ嬢は叛徒がいつ攻めてくるのか、という不安と恐怖と戦いながら、政務を精力的にこなす。
だが哀れな事に、多少有能な程度でしかない若手の行動は、自由惑星同盟の英俊達には筒抜けであり…。
「ふむ。本拠地である有人惑星と資源惑星…どちらにも、即応体制で艦隊を動員可能…。」
「どちらに来ても、数ではこちらが上じゃな。ほころびは見当たらないが、数で押し切れる。」
ヤンとビュコックは、近隣の星系で帝国艦隊が慌ただしく動員をかけている情報を入手し、協議する。
辺境の帝国軍艦艇は、向かってくるもの、逃亡するものばかりだった。だが彼らは防戦に徹しようとしているのがうかがえる。
つまり、援軍の当てがあるという事。援軍が来る前に叩くか、それとも各個撃破を狙うか。
「そこまでです、お二方。」
「フォーク准将。我々は3000万の兵士を動員しているのだ。資源惑星ならば補填が。」
「選挙が終わったのです!帝国領侵攻はここまで!退却に移ります!」
やや勿体ないという気持ちもあるが、選挙が終わって引き上げろというなら引き上げるまで。
「しんがりは?」
「ヤン提督、お願いできますかな?」
「努力しよう。」
こうして撤退を開始する自由惑星同盟軍。
一方で訳が分からないのは、大軍が目前まで迫り、対応に苦慮していたアレクサンドラ達だ。
「はぁああああああ?!た、退却?何故だ!叛徒共め、何を考えている!」
「アレクサンドラ様!分艦隊が『我らに恐れをなして逃げ出した、今こそ追撃し、余勢をかってイゼルローンを取り戻す!』と言って出撃しようとしています!」
「追撃は厳禁!分艦隊司令部につなげて!私が説得するわ!」
「はっ。直ちに。」
敵軍の企図が読めず、アレクサンドラは頭を抱える。
出撃しようとした血気にはやった部下を抑える。
「アレクサンドラ様、出撃許可を!ここで叩いておかねば敵を増長させ、さらなる侵攻に繋がり」
「撤退した理由が不可解すぎる以上、深入りは禁物。仮に敵艦隊が一戦せず退却し続けた場合、貴方達はエネルギー切れになるまで追撃せねばならず、尽きた所で反撃を受けて全滅する。私なら、そうする。」
その指摘に、部下の顔色が変わる。
「…し、失礼しました。ご指示に従います。」
数日後。帰還したロルシェとアレクサンドラは協議を始める。
「…一体、何がしたかった?わざわざ、辺境の惑星5つ奪取するために、8艦隊を動員…?どう考えても遠征費用すら賄えないはず。」
「アレクサンドラ様。しんがりの指揮官はあのヤン・ウェンリーでした。」
「やはり、か。」
話についていけない部下の一人が思わず声を上げる。
「ご存じで?」
「彼についてはプロファイリングは完了している。結論から言うとヤン・ウェンリーは、任務に忠実かつ無口な軍事専門家、だ。」
「はて、無口、ですか?」
「叛徒の領内では新聞が発行されている。現地に送り込んだ『カナリア』を通じて収集にあたっているのだが…。ホーランド中将なる人物の発言はメディアで取り上げられているにも関わらず、ヤン・ウェンリーの発言は皆無。」
「それは検閲がはいったからでは?」
「否。叛徒共のメディアには「報道の自由」がある。にも拘らず、半艦隊でイゼルローンを奪った男の発言がメディアに乗らない。これはつまり、政治的な発言そのものが一切無い事を示している。」
「な、なるほど。半艦隊でイゼルローンを奪えという命令に従い、政治的な発言も行わない…。恐るべき男ですな。ご慧眼、恐れ入ります。」
フフン、とドヤ顔を浮かべるアレクサンドラ。後にこのプロファイリングが大外れという事が判明し、大いに赤面する事になる。
彼女にとって、「報道の自由」がありながら、「報道しない自由」を盾に報道しないメディアがあることなど想像の埒外なのだ。
戦いには勝者と敗者がいる。
帝国領へ侵攻し、領土を奪い、帰還した事でサンフォード政権は選挙で勝利。与党は過半数を維持した。
華やかな戦勝記念パーティが開かれる中、キャゼルヌ中将は仕事に追われる。
一方、オーディンでは査問が行われる。
「アレクサンドラ少将。何故、叛徒と一戦も交えず、さらには退却しようとする叛徒に追撃をしようとした准将を止めた!」
「リヒテンラーデ家に連なる身でありながら、『帝国の藩屏』としての意識も無いのか!」
「これでは任せておけませんな。私が艦隊を率いて合流を…」
好き放題言われる中、アレクサンドラは必死に耐える。
8個艦隊が迫る中、必死に統制を整え、防衛線を引いて対応していたにも関わらず、このありさまだ。
ただ、誰もアレクサンドラを解任して代わりを派遣という話を持ち出さない。分かっているのだ。
あの星系は、いつ何時、叛徒が3000万の8個艦隊で襲撃してきてもおかしくない危険地帯という事を。
その中。ラインハルトは資料を見ながら小声でキルヒアイスと相談する。
「何故叛徒共はあんな惑星を5つ取るためだけに3000万の軍を出した?威嚇行為にしても多すぎる。イゼルローンを奪った事で暇になったのか?」
「…奪われた惑星も、生産性の低い惑星。むしろ、アレクサンドラ嬢が統治していた星系まで侵攻すれば旨味が大きいはずです。」
「にも拘らず、撤退…。フロイラインが叛徒と通じた?いや、それは無いな。それならば、あそこまで憔悴していない。」
「もしや、軍事的勝利が目的では無い…?」
「それだ。政治的勝利が狙いという事なら説明はつく。しかし、こうなるとやりづらいな…。」
門閥貴族を倒す間、横やりを入れられたくないのだが…。大軍を相手どれば損害は免れず、そうなればたかが辺境の奪還にどれほどの血を流したと批判される。
ラインハルトが狙うのは完全勝利。だが、これでは戦略的勝利を狙うのは難しいだろう。
リヒテンラーデ公爵の孫娘の横顔を見つめながら、ラインハルトは決断する。
よし、当面はこのフロイラインに最前線で頑張ってもらおう、と。ついでに血の気だけは多い低能な門閥貴族とその私兵も始末出来ればそれでヨシ。
後に。再び選挙が近づき、軍事侵攻してきた自由惑星同盟軍相手に、アレクサンドラはまたしても対応を迫られる。
援軍と称して押しかけてきた門閥貴族は、撤退する同盟軍に追撃をしかけ、彼らは当然のようにアップルトン中将により粉砕。
オーディンにて、「門閥貴族の戦死と敗北の責任は、叛徒に怖気づいて足並みを揃えなかったアレクサンドラ嬢にある」と批判されたアレクサンドラ嬢は負けじと「叛徒は撤退した、故に此度の戦いは我々の勝利である」と主張。
その茶番を見ながら、オーベルシュタインは門閥貴族を煽って叛徒と潰しあわせようと謀略を練るのだが、それはまた別の物語である…。
面白いネタを見つけたので書いてみました。事前の計画って大事ですね。
フォーク准将とサンフォード議長が笑いあい、ヤンが呆れ果て、ラインハルトが民主主義について学習する中、最前線でのたうち回る人がいる。戦争って不毛。