不思議な夢を見た。一面に咲き誇る桜達と、大きな大木、そしてその大木の下で微笑む彼女。
出会う事はずの無かった二人。外の世界の住人と幻想郷の住人。交わってしまった先の結果とは。


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連載で手が止まった時に書いてたもの。長いですが、楽しんで頂けると嬉しいです。


桜の隣で

 変な夢を見る。夢を夢だと分かって自覚するのはとても珍しい事だって知っているけど、それくらい幻に近いのに信じられないくらい現実に感じる。

 

 薄暗い闇の中に、綺麗な桜色が散っている。ちょっと顔を動かせば辺り一面に桜が咲き乱れていた。でも、俺の意識はそんなものは背景の一部としか捉えていなかった。俺の正面、枯れているのか葉っぱすら宿ってない巨木。見ているだけで吸い込まれそうな感覚を覚えるがその巨木の前に佇む一人の女性を見て俺という存在の全てが彼女に見惚れた。

 

 辺りに舞い散る桜に負けず劣らず存在を主張する桃色の髪、水色と白色を基調とした確かロリィタとかいう服に似ている着物を着ている彼女。俺がじっと見ている事に気が付いたのか、こちらを見て少しだけ驚いた表情を浮かべた後に微笑む。その微笑みがまた大変、可愛らしく心臓の鼓動が煩くなる。金縛りにあった様に動けない俺に対してゆっくりと彼女は笑みを浮かべたままこちらに近づいてくる。煩くなる心臓、跳ね上がる体温、それを感じながら俺は何も出来ない。やがて、彼女との距離がほぼ無くなる。

 

「私は西行寺幽々子。貴方は?」

 

 柔らかい聞いてるだけでふわふわとしてくる優しい声で、彼女は自分の名前を告げる。煩い心臓に手を当てながら、緊張で乾き切った喉を整え俺は返事する。

 

「黒羽 アゲハです!こんな名前ですがれっきとした……おと…こで?」

 

 叫ぶ様に捻り出した声と共に飛び起きる。スマホが設定された時間を告げるアラームを鳴らしている。確かめるまでもなく、俺の自室だ。……うわぁ、夢だって分かってたのにどんだけ入れ込んでんだ俺は。誰に見られる訳でもないのに恥ずかしさを感じながらアラームを止め立ち上がる。

 

「おっとと……立ちくらみか?珍しいな」

 

 起き上がり一歩足を踏み出すと同時にふらつく。生まれてこの方、風邪ひとつ罹らない健康児だったのでちょっと新鮮だ。っと、そんな事より早くしないとな。今日は一限から講義が入ってるんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ……あの教授、課題の提出日を言わずにいきなり出せとかふざけんなよぉ」

 

 鍵を開け家に入る。無事、一時限に遅刻したまでは良かったのだが最後の講義の課題が提出期限を一切告げてないのに提出しろとか言うクソ仕様だったから慌てて居残りで終わらせた為、疲労が凄い。もう流れ作業の様に弁当を食べシャワーを浴びる。幸いなのは明日は、午後から講義だからゆっくりできると言うところだ。

 

「ふぁぁ……課題も終わらせてあるしもう寝ちまうか」

 

 もうほんと疲れた。ベッドで横になり目を閉じる。深呼吸をしていると少しづつ意識が遠ざかっていく。

 

「あら。今日も来たのね、確かアゲハさん?」

 

「うぇ?……えと此処は?」

 

 昨日の夢の続きだろうか。今度は隣に座っていたあの女性が話しかけてくる。状況が掴めていない俺はとりあえず疑問を口に出したが、此処は夢だ。そんな俺が欲しい答えが返ってくるわけがない。

 

「此処は■■■よ」

 

「んん?すみません、もう一度お願いしても?」

 

「■■■よ?」

 

 首を傾げる。欲しい答えは多分返ってきてるんだろうけど、その内容が聞き取れない。ノイズが入ってるというか、そもそも理解できない言語になってる様なそんな不思議な感じ。そんな俺の様子を見て目の前の女性、西行寺さんは顎に手を当てて何かを考える素振りをした後近くにあったお茶を啜る。

 

「何か考えてたんじゃないですか!?」

 

 思わずその行動に突っ込んでしまう。口元からお茶を離した西行寺さんは微笑みながら口を開く。

 

「考えてたわよ〜でも、私がどんなに考えても意味ないからお茶飲んだの」

 

「えぇ……」

 

 雰囲気もそうだけどこの人緩いな。まぁ、でも確かに考えていても仕方ないのかもしれない。気分の切り替えも兼ねて軽く息を吐き、正面を見る。相変わらず、桜がとても綺麗だ。今日はとても疲れたしこの桜で癒されるのも良いかもしれない。

 

「綺麗でしょ。妖夢ちゃんが毎日、頑張ってくれてるからねぇ」

 

「凄く綺麗です。その妖夢ちゃんに感謝しないといけませんね」

 

「今度、伝えておくわ。今はもう寝てると思うから」

 

 時間も時間だから仕方ないか。コトっと横に何か置かれた音がした。気になって視線を横に向けたら、西行寺さんが微笑みながら指で下を指し示す。いつの間にか湯呑みにお茶が注がれ、茶菓子と共に置かれていた。あれ?いつの間にそんな事してたんだ?というか準備が随分と良いな。

 

「ありがとうございます。えっと、西行寺さん」

 

「幽々子で良いわよ〜なんとなく貴方が来るかもって用意しておいて良かった。折角の客人をもてなさないなんて、怒られてしまうもの」

 

「あー……なんかすみません、幽々子さん」

 

「あら。謝るよりお礼の方が良いわ。折角、一緒に花見をしているのだから楽しみましょう?」

 

 俺を見ながら今まで見たことのない上品な微笑みを浮かべる幽々子さんと、舞い散る桜が余りに綺麗だから見惚れる。初めて見た時も思ったけどこの人の美しさは今まで出会ってきた人達とは比べ物にならない。ただ顔を見ながら微笑まれるだけで心臓が高鳴り、彼女以外の全てが見えなくなる。なんで俺はこの人と花見をしているのだろう?死ぬのか?この人と出会うだけで俺の運命力とか全部消費されてる気がする。

 

「あまりジッと見られたら恥ずかしいわ?」

 

「うわっ……す、すみません!余りにも幽々子さんが綺麗で」

 

 って、何先走ってるんだ俺は!?思わず言ってしまった言葉の恥ずかしさに震える。

 

「うふふありがとう」

 

 そんな俺を一切、気にせずお礼を返してくれる幽々子さん。女神か?普通だったら、『は?キモっ何言ってるの?』って言われる所だぞ。いやいや、口悪い幽々子さんとか解釈違いにも程があるだろう。このままだと他にもいらないことを言いそうだったから、お茶を飲み庭の桜達を見る。一つ一つの桜はやはりとても綺麗だ。咲き乱れる桜に囲まれた場所なんて、中々ないんじゃないだろうか。そう思いながら、目を動かしていくと前と同じところで目が止まる。

 

「あれは西行妖って言うのよ。他の桜達と違って花を咲かせないの。あれだけ大きな桜の木が満開になればとても綺麗だと思うのだけど、庭師の妖夢ちゃんが何をしても咲いてくれないのよ。とても残念」

 

「西行妖……聞いたことない品種ですね。確かに満開になればとても綺麗かもしれないですね。

 ただ、なんとなくですけど。もし、満開になったら良くない事が起きる気がするんです。何言ってるんだって自分でも思いますが」

 

 俺がそう言うと少し驚いたように見た後、ほんの一瞬だけ俺を値踏みする様な目になったあと再び、優しい顔に戻る。一体、なんだったんだろうか?

 

「幽々子さん?」

 

「どうかしたかしら?」

 

「あ、いえ。なんでもないです」

 

 ヘタレめ。聞こうと思って、幽々子さんの笑顔に封殺された。仕方なく西行妖に視線を戻す。一見すればただの枯れた大木に見えるのになんで自分はこうも惹かれているんだろう。あ、お茶菓子美味しい。

 しばらくどちらも言葉を発する事なく、お茶飲む音とお茶菓子を食べる音だけが響く。無言ではないが、決して居心地悪いと思わない時間が何処となく心地よい。そういえば、こんなにゆっくり花見をするなんていつぶりだろうか?思い返そうとして瞼を閉じる。

 

 ピピッ!ピピピッ!

 

「うおっ!?……目覚ましか」

 

 スマホに設定していたアラームが俺を叩き起こす。どうやら、夢から現実に戻された様だ。アラームを止めれば、時間は昼の11時30分。午後からの講義だから昼飯を食べようと思って設定していた時間だ。

 

「さてと起きますかね……ラーメンでも食べるかッッ!?」

 

 立ち上がって着替えようと歩き出した瞬間、足がもつれバランスを崩す。慌てて、近くの机に手を叩きつけどうにか床との熱いキスは避ける。

 

「あっぶねぇ……寝過ぎて脚が変になったか?」

 

 少しだけ煩い心臓を抑えながら、着替え家を出る。凝り固まった身体を伸ばしながら最寄りのラーメン屋まで歩いて行く。睡眠はたっぷり取ったはずだが、身体が妙に疲れている。気の所為でなければ肩が凝っている。

 

「まぁ、寝すぎだろう。ほぼ半日ぐらいか?寝てたの」

 

 スマホが震える。開いてみれば、友人からの飯の誘いだった。ちょうどラーメン屋に向かっていると返信すれば即座にこっちに来ると返信が来る。どんだけ腹減ってんだよあいつ。スタンプを送って、スマホを仕舞う。冬の季節に手袋なしで操作は流石にキツい。ポケットで手を暖めながら歩けば、ラーメン屋に到着する。どうやら既に友人は到着していたらしく俺に気がつくと手を振ってくる。

 

「おー、来た来た。寒いし早く中入ろうぜって、お前なんか顔色悪くねぇか?」

 

「まじ?んー、今日は寝過ぎたくらいだが。そうそう、起きた時さ足も連れて転びかけたわ。半日睡眠するのはやめた方が良いよ」

 

「半日?寝すぎだろお前。寝過ぎて顔色悪いとか……お前、吸血鬼だったりする?」

 

「お?お前の血を吸ってやろうか?」

 

「野郎の吸血鬼に吸われたくねー。てか、入ろうぜ、寒い」

 

「お前がふざけてきたんだろうが。まぁ、啜るなら血よりラーメンだよな」

 

 馬鹿みたいな会話をしながらラーメン屋に入り席に着く。よく来る店なので座ると同時に店員に注文する。俺は大盛りの醤油ラーメン、友人はチャーシュー麺と餃子だ。たわいの無い話をしながらラーメンを待つ。ふと、俺は目の前の友人に夢の事を話そうと思った。

 

「なぁ、夢の中の人物と会話したことってあるか?」

 

「ん?急にどうした」

 

「いやな、最近夢をよく見るんだけどさ。その夢の中に出てくる人物と話が出来るんだよ。

 しかも、前日に話した内容を引き継いで。そんな事ってあるのかなって気になってさ」

 

 俺がそう言うとアホを見てくる目をして友人は笑い出す。本当だぞっと続けてもなお笑う友人。俺が怒った様にすれば、すまんすまんと平謝りした後口を開く。

 

「夢ってのは記憶の整理だったり、起きてる間の願望だったりするらしい。つまり、お前がアニメや漫画に影響された結果じゃねぇの?」

 

「昨日は死ぬほど疲れてたから何もせずに寝た。お前の言ってる事が正しければ、クソ教授を夢に見るはずだ。もしくは課題が全て終わってる夢な。はぁぁ……嫌なこと思い出したわ」

 

「あぁ……そういやあの教授の授業選んでたなお前。まっ、あんまり無茶すんなよ。夢は精神状態とかに左右されるとも言うし辛けりゃ休め」

 

 普通に心配してくる友人にこそばゆくなってくる。

 

「分かったよ。ありがとな」

 

「珈琲一杯奢りな」

 

 ラーメンがちょうど届く。食べながらさっきとは打って変わってどうでも良い様な話、あの講義が大変だとか、教授のカツラ疑惑とか、同じ学部で可愛い子の話とか。生憎俺には今、可愛いと思える子が居ないから友人の話を聞いてるだけだったが。そういや、夢の中で会う幽々子さん、すっごい美人だったな。

 

「で、その子がよ……おーい、聴いてますかー?顔赤くしてボーッとしてどうした?まさかっ、好きな奴でも出来たか!?」

 

「ゴホッゴホッ!?ちげぇよ!!何でもねぇ、忘れろ忘れろ」

 

 夢の中で二回だけ話した程度の人物に惚れてるかもなんて言ったら揶揄われるのが分かりきってるから、話を流していく。

 どうにか友人の追及から逃れ、缶コーヒーを奢り大学の講義を受ける。満腹になり妙な疲れが残っている身体は退屈な講義という睡眠呪文により圧倒いう間に意識を手放す。

 

「はっ!?」

 

 気がつけば講義は終わっていた。残念な事に幽々子さんとは会えなかった。

 

「はぁぁ……帰るかぁ」

 

 友人は確かバイトとか言ってたから素直に帰る。ふと、道中で目を惹く人物がいた。大学というのはかなり大勢の人間が行き来する為、普段なら反対側の通路の人なんて気にもとめないのだが、その人物は余りにも周囲から浮いていたので気がついた。

 

 金髪に大きなリボンが付いた帽子に紫の生地に袖には白いフリルがついたドレスの様なものを着ており、少女チックな日傘を差し佇んでいる。

 

 不思議な事にかなり目立つ格好をしているのに俺以外の人物はまるで気がついていない様に談笑をしながら通り過ぎて行く。まるで人の意識と意識のスキマに居るような不思議な女性だ。俺の視線に気が付いたのか笑みを浮かべる。

 

 ドンっと立ち止まっていた俺にぶつかる人達がいた。反射的にすみませんと謝罪し、彼女がいた方を向くがそこに彼女は居なかった。慌てて周囲を見渡しても全く影の一つすら見つからない。あれだけ目立つ格好だと云うのに不思議だ。

 

「……ヤバいな、俺もしかして疲れ切ってるのかもしれない」

 

 多分、この気分を狐に化かされたとでも言うのだろう。首を捻りながら家に帰る。簡単に終わる課題を片付けて、ここ2日、息抜きをしていなかった事を思い出しゲームを起動する。やるゲームは今流行りの三人で1チームのバトロワだ。一緒にやる連中はまだオンラインになっていないのを確認し、カジュアルを選ぶ。お気に入りのガス使いを選択し、なんだかんだ2時間ほどプレイした。

 

「うしっ、飯にするか。やっぱ、息抜きって大切だな」

 

 買っておいたステーキ肉を焼き、炊いておいた白米と共に食べる。肉は全てを解決する。

 

「…早めに寝るか」

 

 皿を片付け、またゲームをして時間は21時。大学生が寝るには早いが、さっきの女性の事や立眩みなどを思い出して寝る事を決める。まぁ、また幽々子さんに会えるかもというのが大半の理由だが。布団に入り目を閉じる。意識が落ちていく感覚と共に、ケツに固いものが当たる感覚を感じる。目を開ければーー

 

「うぉっ!?ち、近いですよ!幽々子さん!!」

 

「うふふ。だって、いつまでも目を閉じてるんだもの。悪戯の一つでもしたくなるわ」

 

 ほぼゼロ距離の幽々子さんの顔に驚く。悪戯が成功して無邪気な笑みを浮かべている幽々子さん。全く、美人じゃなければ許されない行為だ。

 

「今日も花見、していくでしょう?」

 

「勿論です。とても綺麗ですから何度見ても飽きません」

 

 俺がそう答えれば嬉しそうにしながら俺の横に座り、どうやら事前に用意してくれていたお茶とお団子を差し出す。ありがとうございますっとお礼を言いながらそれらを受け取り、自分の右側に置く。

 

「貴方がこの庭を綺麗って褒めてた事を妖夢ちゃんに伝えたらとても喜んでたわ。『私の様な半端な庭師の腕、褒めてくださりありがとうございます』って嬉しそうな笑みを隠しきれずに言ってたわぁ。あの時の妖夢ちゃん、すごく可愛いのよ」

 

「それは見たかったですね。あー、でももし見てたら天罰が来てたかも」

 

「あら、どうして?」

 

「だって、こうして幽々子さんみたいな美人さんと一緒に花見をして会話してるだけで男冥利に尽きるというのに、そんな可愛らしい様子まで直接見る事が出来たら、幸せ過ぎるじゃありませんか」

 

 夢の中だと口が回るなぁ……というか抑えが効かないというか。普段の俺なら恥ずかしくて言えないことでもスラスラと言えてしまう。思っている事がほとんど隠せてない。

 

「……あぅ」

 

「幽々子さん?」

 

「ちょっと、こっち見ないで」

 

 耳まで真っ赤にしながらそっぽ向く幽々子さん。あー……これはあれですね。うん。言いすぎた!!というか、あぅってやめてくださいそんな可愛らしい反応!勘違いしてしまうじゃないですか。男ってのは単純な生き物なんだぞ。分かりやすい反応を見せてくれるだけで、『あれ?もしかしてこの子惚れてるんじゃないか?』とか思っちゃう生命体なんだ。そして、砕けるまで一連。

 とりあえずお茶を啜り、お団子を食べる。

 

「あ、これ美味しい」

 

「それ、妖夢ちゃんの手作りよ。褒めてくれたお礼にって嬉しそうに作ってたわぁ」

 

 はぇー、妖夢ちゃんとやらは和菓子作りの才能まであるらしい。正直、以前口にしたことのある高級和菓子より美味しいぞ。頬を緩ませながらお団子を食べているとススッと幽々子さんが近寄ってくる。

 

「あの、その、チカイデスヨ?」

 

「……私と居るのは嫌じゃない?」

 

 どことなく不安そうな様子で聞いてくる幽々子さん。一体、どうしたと言うのだろうか?しかし、聞かれた以上は答えるしかあるまい。そう、夢のせいかよく回るこの口で。

 

「嫌じゃありません。寧ろ、幸福すぎて死んじゃうくらい幸せですよ」

 

 笑いながらそう答えれば幽々子さんは、一瞬悲しげな顔を浮かべたあと同じ様に笑みを浮かべる。でも、それはどこか儚げで綺麗なんだけど余り浮かべて欲しくない笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西行寺幽々子にとって、黒羽アゲハがどんな人物か簡単に答えるなら『一目惚れした相手』だ。彼が初めて白玉楼に現れた時、彼は西行寺幽々子に見惚れていた様に彼女も彼に見惚れていた。彼が白玉楼に来る時、実は意識の同期に時間を要するのだ。故に彼の意識が覚醒するより前に幽々子は彼を視認することが出来ていた。自分が見惚れていた事に気がついて、はっとしながら彼に近づきながら声をかければ返事が返ってきた。少しだけ、怖いと言える顔つきからは想像つかない優しい声で彼は叫ぶ様に名前を教えてくれた。一回目はそれだけで消えてしまったけれど。

 

「……アゲハさん」

 

 教えて貰った名前を呟くだけでふわふわとした幸せな気持ちになれた。とても不思議だった、確かに自分と接してくるのは同性ばかり。とは言え、出逢ったばかりの人物に惚れるほど単純では無いと思っていた。

 

「アゲハさん、アゲハさん」

 

 でも、こうして名前を呟くだけでやっぱり幸せな気分になる。自分はこんなにも簡単だったのかと呆れながらも、幽々子は胸中から溢れる幸せを受け入れていた。自分はあの人に一目惚れしたのだと。

 

「幽々子様、何か良いことでもありましたか?」

 

「ん〜恋って良いわねぇ妖夢ちゃん」

 

「うぇぇ!?い、いきなりどうしたんですか!?」

 

 驚く自分の従者に笑みを浮かべながら何も言わない。だって、恥ずかしいから。次はいつ会えるだろうかとワクワクしてたら、ものすごく早く次の機会が訪れた。いつの間にか隣に座っている彼はとても心臓に悪い。まぁ、亡霊である彼女に心臓はないのだが。

 

「少し怖い顔だけど、良い顔ね」

 

 ジーッと横顔を観察する。眠っているのか目を閉じているけど、その顔は悪くない。

 

「ちょっと前髪が長いのが残念かしらねぇ。余りそういうのに興味がないのかしらね」

 

 手を伸ばして彼の前髪を持ち上げる。余りの無防備さに何か悪戯がしたくなってくる。何をしようかと考えていればピクリと彼の身体が動く。慌てて前髪から手を離し、自分の身なりを整える。服は乱れてないか、髪は跳ねたりしてないか、ちゃんと彼の分のお茶とかを用意出来ているかそれらを確かめ終えてから声をかける。結果は大成功。彼は喜んでたくれたし、綺麗とも褒めてくれた。『綺麗』たったの二文字でこんなにも幸せになれると知った。

 

 亡霊の少女は一目惚れした青年から幾つもの幸福を恋を教えて貰った。

 

 幸福を教えて貰う度に、青年に惹かれていく。例え、一目惚れが始まりだったとしても彼女は確実に青年を好きになっていった。

 

 だから、友人から言われるまで気がつけなかった。いや、考えもしなかった。

 

「幽々子、彼。死ぬわよ」 

 

「え?」

 

 思い返せば不思議な事だらけだ。白玉楼と教えた時はその単語だけ聞き取れていない様だったし、西行妖をただの桜の品種と思っていたり、目の前に現れても話し始めたり動き出すまでに時間がかかったり、1回目の時より確実に気配が自分に近くなっていたり。でも、幽々子はその可能性が見えていなかった。恋は盲目と言うが明らかな異常を感知させなかった。

 

「さっき、外の世界に顔を出したんだけど、スキマの中にいた私を彼はしっかりと見たわ。それは幻想が薄くなった外の住人にはあり得ない。なら何故か、彼もまた幻想の側になりつつあるからよ」

 

「で、でもそれなら幻想郷に来るだけじゃ」

 

「はぁ、彼は此処にしか来てない。結界に意図的に道を作ってあげても彼は此処に来たのよ。それはもう何かに呼ばれてるとしか思えない」

 

 たった2回の来訪。しかも1回目は一瞬で消えていったのにこの賢者は幻想郷の異常に素早く反応した。偶々、暇だったのとその異常の先が友人のところだったからかもしれないが素早く対応したのだ。そして、優秀過ぎる彼女の頭脳は一つの結論を導き出した。

 

「彼は西行妖に呼ばれている。貴女が意図的に呼んだ可能性もあったけど、その様子を見た限りあり得ないわね。それならもう一つ、幻想郷の結界すら無視する事が出来る大きな力を持ったのが一つ、此処にはある」

 

 西行妖。

 亡霊になる前、つまり人間として生きていた頃の幽々子によって封印され二度と咲くことのない妖怪桜。幻想郷の賢者である八雲紫でさえ、手の出せない力を持っていた。しかし、今は前述の通り封印されその力は抑えられている筈だ。

 紫は言葉にしなかったが、封印の要となっているのは生前の幽々子の亡骸。自らを捧げる事で妖怪桜を封じたのだが、それはつまり西行妖の中に西行寺幽々子としての性質が取り込まれている事になる。そして、もしもだ。西行妖の性質と西行寺幽々子の性質がともに惹かれてしまうそんな存在が居たのだとしたら。

 

「……私はどうしたら良いの?」

 

「分からない。でも、彼はまだ完全に死んだ訳じゃないわ。いくら西行妖の力が強大でも、結界に遮られ幻想が薄くなった外の世界に干渉するのは大変な筈よ。これはあくまで推測にしか過ぎないけど、彼も望んで貴女に会いに来ているだから彼の望みと西行妖の力が一致してしまっているから起きてるのかもしれないわ。強く貴女が彼を拒絶すれば来ない死は回避出来るかもしれない」

 

「……」

 

「あとは……一緒に居たいのなら貴女が彼を殺して亡霊にしてしまうかね。肉体は私がスキマで管理出来るし。でも、亡霊になるほどの望みを作ってあげる必要があるわ。もし、失敗すれば彼は完全に西行妖に取り込まれる」

 

 酷な選択だ。恋している相手を、自分の本心を偽って拒絶するか。一緒に居たいという一方的な願いの為に殺すか。

 しかし、とても通常な方法では彼を解放する事は出来ない。大妖怪に魅入られるとはそういう事なのだから。

 

「すぐに結論は出さなくても良いわ。でも、そうね……保ってあと10日。11日目には完全に彼は死ぬと思うわ」

 

 完全に沈黙してしまった幽々子を可哀想と思いながら紫はスキマへと消える。既に自分に出来ることはない。あとは幽々子が結論を出すしかないのだから。

 

 そして、3回目の会合。告げることは出来なかった。

 

「こんばんわ幽々子さん」

 

 4回目の会合。今までより早く意識を取り戻した彼。私に笑いながら、起きた時に派手に転んだと教えてくれる。

 

「…こんばんわ、幽々子さん」

 

 5回目の会合。少し顔色が悪い。震えた声でどうしたの?と聞けば、風邪を引いたと教えてくれる。

 

「……こんばんわ、幽々子さん」

 

 6回目の会合。青白い顔で力のない笑みを浮かべている。言葉を発する事が出来ず、口を押さえていたら立ち上がって元気なふりをしながら俺は大丈夫ですから!っと気丈に振舞ってみせる彼。言わなければ……いけないのに……私はまた言えなかった。

 

「……あ、幽々子さん」

 7回目の会合。西行妖をじっと見つめながら、彼は力なく反応した。美味しいっと言っていたお団子を食べる力はもう無い。楽しげに話すこともなく、それでも私を退屈させない為か口を動かし話している。胸が痛い。痛む身体なんてないのに、心が悲鳴を上げている。このまま、彼を苦しめるのか私は。彼が好きだという気持ちに甘えて……彼が幸福だと言ってくれたこの時間を苦痛に変えて。

 

「幽々子さん?……どうして、泣いてるのですか?」

 

 さっきまで西行妖を見つめていたのに彼は私を見ていた。我慢できずに、涙を流す資格なんてないのに流している私を見ていた。青白く今にも死んでしまいそうなくらいな人が優しい顔で私を、私が惚れた優しい顔と声で。

 

「……あの、ね……実は……貴方に……隠してた事が……あるの……」

 

「はい」

 

 泣きながら嗚咽の混じった辿々しい言葉で隠していた事を、彼が死んでしまうかもしれない事を教える。西行妖の事も、自分が亡霊である事も、そして通じてしまった幻想郷の事も。どれくらい説明に時間がかかっただろうか。泣きながらの説明はきっと聞き取り辛いものだった筈だ。そんな聞き取り辛いものなのに、自分が死んでしまうかもしれない事を教えられ頭の中や感情が大変なはずの彼はとても落ち着いた様子で言葉を発した。

 

「……やっぱり死ぬんですね俺は。薄々感じてたんです。夢を見る様になってから、今までずっと健康だった俺がこんなになるんですから」

 

 全てを受け入れている様な様子の彼。

 

「……そうかぁ、俺、あの西行妖ってのに呼ばれてたのかぁ……妖怪って実在するんですね」

 

 私を責める素振りすら見せない彼。

 

「じゃあ、最期かもしれないので言っておきますね。俺は西行寺幽々子さんが好きです。

 死んじゃうって教えられても、貴女が俺の為に泣いてくれてる事実だけで嬉しいと思ってしまうぐらいには貴女の事が大好きです。貴女が俺を……俺と同じ様に好きなら嬉しいですけどフラれても大丈夫ですよ。貴女が笑って過ごせるなら俺はそれで大丈夫です!」

 

 貴方と会える機会を失いたくない、貴方ともっと話をしたい。それだけで貴方を苦しめていた私を好きだと、とてもとても苦しいはずなのに笑みを浮かべてその言葉の最後まで私を気遣ってくれる彼。

 

 どうして、貴方はそんなに優しいの?貴方をこの七日間ずっと苦しめていたのは私なのに。

 

「俺は一度も貴女に苦しめられたなんて、思ってないですよ。だって、見惚れるほど惚れた人に二人きりで会えてたんですから。

 だから、そんなに自分を責めないでください。そうやって自分を傷つける必要は無いんですよ。優しい人ですね幽々子さん」

 

「あっ……あぁ……わ、私もね……貴方と過ごす時間はとても幸福だった……」

 

「嬉しいです」

 

「……貴方の名前を呼ぶだけで……幸せで……桜を一緒に眺めてるだけで楽しくて……そんな時間が大好きで……私も貴方が好き。大好き」

 

「両想いですね……俺、死んじゃうかもですけど良いんですか?」

 

 教えるべきじゃない。紫から教えて貰った方法。彼を亡霊にして一緒に生きる選択。でも、それは彼から外の世界を奪うという事。幻想郷は彼の生きた場所じゃない。私にも紫や妖夢ちゃんがいる様に彼にも、大切な人が外の世界に居るはずだ。その全てを捨てさせる選択を彼に教えるべきじゃない。

 

「……二つ方法があるわ。一つは私を此処での出来事を全て忘れて、もう二度と私に会いたいと願わない事。もう一つは、私と同じ亡霊になる事。西行妖は死を誘う。死んでいるけど生きている亡霊なら効果はない」

 

「……それ、一択しかないじゃないですか」

 

「そうよね……まってて紫を呼んで記憶を」

 

「俺を殺してください幽々子さん」

 

「…………………え?」

 

 亡霊になる事を選んだ?どうして。

 

「俺は貴女を忘れる事なんて出来ない。その紫さん?って人が記憶を弄っても、俺はまた貴女を思い出して好きになる。そうしてまた、西行妖に呼ばれる。なら、亡霊になりますよ俺。友人とか家族とかには悪い気がしますけど、俺は貴女を忘れるなんて世界が滅んでも出来ない」

 

「それだけの覚悟があるなら亡霊になるための危険も大丈夫ね」

 

「紫…!」

 

「こうなると思ってたわ。あの相談をした時に、悩んだ時点でね。黒羽アゲハさん、亡霊になるには死んでも死にきれないほどの想いが必要よ。それがなければただ死んで西行妖の糧になる。幽々子の能力を使えば、その心配もないけど想い人を殺すなんて辛すぎるもの」

 

「死んでも死にきれない想い……それなら既にありますよ。幽々子さんが好きだ!って気持ちが」

 

 様々な感情が私の中でごちゃごちゃになる。こんなにも感情がかき乱されるのはいつぶりだろうか。

 

 酷な選択をさせてしまったという後悔や罪悪感も当然ある。でも、それより私を選んでくれたその好意がどうしようもなく嬉しい。私の恋は終わった。こんなぐちゃぐちゃなもの恋じゃない、愛だ。私は彼を黒羽アゲハを心の底から愛している。

 

「……戻ってきてね。アゲハさん、私は貴方を愛してる」

 

「勿論です。亡霊になった時は色々と教えてくださいね幽々子さん。俺も貴女を愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数年後〜

 

「妖夢ちゃーん、お団子ちょうだーい」

 

 白玉楼の亡霊は今日も花見をしながらお団子食べる。彼女の従者が忙しそうにしながら三人前のお団子とお茶を持ってくる。

 

「あの人もそろそろ戻ってくるでしょうからみんなでお花見をと思ったのですが」

 

「良いわよぉ〜妖夢ちゃん、いつも一人で寂しいもんねぇ」

 

「さ、寂しい訳じゃありません!」

 

 楽しげにする主従の元に近づく足音。それに気がつき、立ち上がる幽々子。

 

「お帰りなさい。どうだった?」

 

「無事、閻魔様から幽々子の手伝いをする許可を貰えたよ。まさか、数年単位で研修だとは思わなかったけどね」

 

「幽霊の管理って大変なのよ〜ほら、妖夢ちゃんが美味しいお団子を用意してくれたから三人でお花見しましょう。アゲハさん」

 

 黒に蝶をあしらった着物を着ている男、あの時亡霊になる事を選んだ黒羽アゲハは目の前の愛するの笑顔に釣られる様に笑みを浮かべる。

 

「妖夢ちゃんのお団子は美味しいからなぁ!楽しみだ」

 

 あの選択に後悔はない。幽々子が笑う隣が自分の居場所だ。

 もしも、別の選択をしていたら俺はどうなっていただろうか。何もかも忘れて外の世界に生きているのだろうか。彼女を思い出して西行妖と一つになっていただろうか。良いや、考える必要なんかないか。

 

「どうしたのぉ〜?ほら、此処に座って食べましょ?」

 

「ごめんごめん。今、すっげぇ幸せだなと思ってさ」

 

 俺の幸せは彼女と共にあるのだから




サブタイトルは恋愛ゲームとかのED1〜〜みたいな感じです。
他のED見たい?一応、あの二つのルートがありますが、今回のも含めて主人公である黒羽アゲハには何かを捨てなければならない様になってます。今回なら、外の世界の友人や家族との時間ですね。
つまり、どのルートも見方によっては後味が悪く見方によっては幸せと取れる感じです。好き嫌い分かれるかなーって思ってたり。あ、他ルート書く場合は分岐部分から書くのでこんなに長くなりません。

では、読んでくださりありがとうございました。感想・批判お待ちしています。

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