▼突如村近辺の狩猟区域に現れた、通常とは異なる黒いジンオウガ。運の悪いことに村のハンターは依頼で出払っていた、ただ一人を除いて。
脅威から村を護るため、少女は太刀をとる。
カミツレ(女)
北方のとある村に住む、太刀使いのハンター。
実力は上位中盤辺り。
フルフルの防具を着用し、武器は雪一文字を担ぐ。
村のみんなを守るため、師匠でもあった亡き父に憧れて、後を継いでハンターになった。
村近辺の狩猟区域に突如現れた黒いジンオウガから村を守るために、太刀をとる。
━━━━━赤雷を纏った豪腕が、私の命を刈り取らんと迫る。凍える大地にいるはずの私の身体は火照り、零れ落ちた一粒の汗が、裏切るように一瞬視界を遮った。咄嗟に盾にした雪一文字から、ギシギシと悲鳴が漏れる。
折る訳には行かない。耐える力を緩めれば、紙屑の様に薙ぎ払われる。ろくに受け身もとれずに、衝撃を殺しきれず無様に吹き飛ばされた私は、雪の大地に叩きつけられた。途端に肺から酸素が消え失せ、意識がブラックアウトしかける。
「あ…ぐっ」
絞り出される声は、他でもない私のいのちを繋ぐために。一瞬でも意識が落ちたら、後には暗い死しか残らない。それだけは避けねばならない。
痛い。嫌だ。死にたくない。本能が警鐘を鳴らしている。膝が笑って上手く立てない。
立て。止まるな。面を上げろ。理性が叱咤するように叫ぶ。悴んで震える指先は、それでもなお、しっかりと太刀を握りしめていた。
頭がガンガンする。口内を切ったのだろう、飲み込む唾液は鉄の味だ。打ち付けられた背中も痛む。身に纏う真っ白なはずのフルフルシリーズには、ところどころ私の血で赤い華が咲いていた。正しく満身創痍である。
「それ…でも…っ」
私は痛む身体を叱咤して、なんとか太刀を杖にして立ち上がった。
相対するは黒いジンオウガ。通常種とは異なり、白銀の角と体毛、血色のような爪を携え、赤い雷を身に纏う漆黒の竜は、静かに、然し確固たる殺意を以て佇んでいる。
その姿はまるで死神のようで。
透き通る、赤い宝玉のような瞳が静かにこちらを見つめていた。
悠長に回復している暇は無さそうだ。ポーチから怪力の種を取り出し齧ると、意識を切り替える。一時的に筋肉が強化され、血の巡りが良くなるこのアイテムは、回復の暇が無いような狩場では一種の麻薬のように重宝されている。
集中しろ。
相手の一挙一動を見逃さないよう、全神経を研ぎ澄ませ。
ざくり、と。
私の轍が雪の大地を蹴るのと、黒いジンオウガが疾駆したのは同時だった。
そのまま轢き殺そうとする黒いジンオウガの突進を紙一重で躱すと、握る雪一文字で斬りつける。
黒いジンオウガは向きを変え、全体重をかけたタックルを放つが、それよりも速く反対側に回り込み、気刃斬りで前脚を刻む。返す太刀で追撃し、続く攻撃に備えて斬り払い距離をとる。
黒いジンオウガはその場で周囲を薙ぎ払う様に、右前脚を軸に飛び上がるが、その尻尾は私には届かない。
「はあっ…!」
続く尻尾の叩きつけを難なく躱し、掛け声とともにがら空きの頭部を斬りつけた。宙返りで距離をとった黒いジンオウガの噛みつきは太刀で受け流すことで接近し、一閃。攻防に耐えかねた相手の角が、ここに来て漸く砕けた。
黒いジンオウガが唸り大きく距離をとる。自慢の角を砕かれたことが余程悔しいのか、こちらを憎悪の瞳で睨んでくる。
(…いける)
相手の様子を伺うに、希望が見えてきた。思わぬ一撃を食らった時は泣きそうになったが、このまま畳みかければ、或いは…
―ところで。どんな時でも自分の力を自惚れる行為は危険である。最悪の事態を常に想定し行動しなければ、時に自らの慢心は自分を殺しかねない。
咆哮。
前触れもなく放たれた怒りの絶叫は、咄嗟に納刀して両手で耳を抑え蹲ることを強いられた私をその場に縫いつけた。
足元に、周囲に、赤い光が走る。次第に爆発し迫る雷を、避ける手段は存在しなかった。
「……!!」
身体を突き抜ける、雷属性とは到底呼べない未知の属性に侵され、声にならない悲鳴をあげる。雷耐性が高い装備を身につけているが故の、飛び道具をモロに食らっても少しは耐えられるだろうという慢心。その幻想は完膚なきまでに打ち砕かれ、私はその場に膝から崩れ落ちた。
立たなければ。本能と理性が同時に警鐘を掻き鳴らす。再度視界に捉えるため顔を上げる。眼前に黒いジンオウガはいない、どこに…
途端、私の周囲だけが日の光を遮り影になる。
嫌な予感。汗が吹き出る。上を確認する暇はない!
咄嗟に身体を前に投げ出す。一瞬判断が遅ければ下敷きになっていただろう、赤雷を纏った黒いジンオウガのボディプレスが後方で炸裂した。発生した地震に足を取られ、立ち上がれない。
たたらを踏む私を、続く尻尾の回転攻撃が薙ぎ払った。
「っああぁぁぁっ!!!」
堪らず漏れる悲鳴。受け身が取れたお陰で骨折は免れたが、全身が痛い。
痛みに怯みながらもぼやける目が捉えたのは、天に向かって咆哮を繰り返す黒いジンオウガの姿だ。周囲では赤雷の小爆破が起こっている。まずい。
「ダメ。ダメだ、このままじゃ…」
震える手で回復薬グレートを呷り、何とか立ち上がるももう遅い。
一際大きく轟く咆哮。続いて、一条の赤雷が迸った。溢れるエネルギーを抑え切れず甲殻が展開され、白銀の毛は一斉に逆立ち、全身に煙のようなものを纏う。通常のジンオウガならば、超帯電状態と呼ばれる危険な状態。それと似て非なる状態に移行し終えた黒いジンオウガは、もう一度天高く、ここからが本番だとでも言うように、号砲の如く吠えた。
私を見つめる黒いジンオウガが、ひどく嗤った気がした。ゾクリと背筋が凍り、嫌な汗が背筋を伝う。
そこからは、蹂躙だった。
一段と早くなった攻撃に、為す術なく追い込まれてゆく。隙をついて太刀を叩き込むが、黒いジンオウガにとってはランゴスタに刺される程度のものだろう、一向に怯む気配すらない。
度重なる被弾で身体が辛い。一呼吸置く暇すら与えてくれない。雪一文字にも刃こぼれが目立ち始めた。消耗は目に見えて著しい。
「くっ…!このっ…!」
猛攻を捌く最中、黒いジンオウガが、格段に大きく吠えた。鼓膜を揺るがす振動に、思わず耳を塞いだ私の動きが止まる。
(だめだめだめ…!動いて、私の体っ…!)
これまでの怒涛の連撃とは異なり、右前脚で大地を凪いだ直後、後脚を撓め黒いジンオウガが高く跳んだ。通常のジンオウガは持たない未知の攻撃。私は咆哮の余韻から回復すると直ぐに納刀し、距離をとる。
赤雷を纏った黒いジンオウガが、全体重と重力を以て、落雷とともにその身体を大地に叩きつける。大地が揺れ、ある程度距離が空いているにもかかわらずたたらを踏んでしまう。
先の背中からのダイブとは比較することすらおこがましい。あれを一撃でも食らったら、私は全身の骨を砕かれ肉塊となるだろう。
一瞬でも過ぎった光景に戦慄し、込み上げるものを必死に堪える。
降り立った反動をものともせず、再度、天高く跳び上がる。質量ある死が、確実に距離を詰めてくる。
着地した黒いジンオウガが、後脚で雪の大地を踏み抜くのが見えた。今までになく赤雷を身体に纏い、射出されるそれはまるで撃龍槍のように。空間に赤い軌跡を残しながらー
一撃必殺の突進が迫る。
(ダメだ、避けきれないっ!、死ー)
交錯。
氷の結晶が砕け散るような音と、左肩に切り裂かれるような痛み、そして黒いジンオウガの苦悶の唸りが聞こえた。
「…………………え?」
何が起こったかわからない。
眼前には無意識に振り下ろされた雪一文字。刀身は半ばから、真っ二つに折れている。
左肩を確認する。そこには黒いジンオウガにやられたと言うよりは、鋭利な刃物で斬られたような傷が。
続く後方からの呻き声に、太刀を振り切った残心を解き、振り向くと、そこには。
「な…なんで?」
雪一文字の折れた刃が、深々と黒いジンオウガの右目に突き刺さっていた。
・ーーー・ーーー・
交錯の直前。永遠にも等しい一瞬の中で、誰かの声が聞こえた。
どこか懐かしいような、温かみのある声。
『諦めるな。面を上げて前を見ろ。お前ならできる。練気を練り上げろ。其れで刀身を包め。あとはその太刀で受けるだけだ。』
声に従い、無意識下で身体が動く。
眼前の黒いジンオウガは、緩やかに接近してくる。
瞬時に練気を練り上げる。
両手で身体の正面に太刀を掲げる。
夜の静かな湖のように。
透き通った瞳で、迫る死を睨む。
練り上げられた練気はまるで花吹雪のように。
私を包み込む。
「………はあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
迸るは裂帛の咆哮。刀を包む桃色の練気が桜吹雪の様に飛散した。
繰り出されるは狩技、鏡花の構え。必殺の攻撃をいなし、確かな重量と速度を以て振るわれる霹靂の如き縦一閃。
振り抜け、渾身の一撃で!眼前の死を退けろ!
「私は!負けない!負けるものかあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
雪一文字が悲鳴を上げる。半ばから折れた刀身は誤たず黒いジンオウガの目を穿った。突進の威力をそのままに、共に後方に駆け抜ける際、私の肩を浅く斬りつけたのは、雪一文字の持ち主へ対する別れの挨拶か。
意識が、浮上する。師匠に助けられたと気づくのはもう少し、後のこととなる。
・ーーー・ーーー・
眼前で黒いジンオウガは痛みにのたうち回っている。
(お願い、このまま。このまま終わって)
折れた雪一文字ではまともに戦えるか怪しいところだ。左手で太刀を、右手で肩を握りしめ懇願する。
だが、願い叶わず。
黒いジンオウガは幽鬼のように立ち上がった。左目に雪一文字の刀身が突き刺さったまま、怒りに燃える目で私を睨む。ただの弄んで嬲り殺すだけの獲物から、確実に殺しきるべき天敵へと、黒いジンオウガの中で昇華したのを感じた。
悔しい。自分の弱さが悔しい。私にもっと、力があれば…ッ!
(こうなったら…)
やることは、ひとつだけ。
「差し違えてでも、貴方を、倒すッ!」
折れた雪一文字を構え、強気に吼えた。震える脚を叱咤して、確固たる轍を大地に刻む。臆するな。前に進め。
―諦めることは簡単だ。この手に握る太刀を投げ捨て、踵を返し逃げればいい。眼前の死神から。現実から。弱い自分から。抗うから、辛いし痛いし苦しいのだ。諦めてしまえば、楽になれる。
でも。一度諦めてしまえば、もう元には戻れない。そこから先は落ちるだけ。先の見えない奈落の底にただひたすら落ちるしかない。
それじゃだめなんだ。
私は憧れをもってハンターになった。父の背中に憧れたんだ。
あの頃の私に恥は書きたくないから。
胸を張って、一人のハンターとして、命の灯火が消えるその瞬間まで、太刀を振るったんだと。
他の誰でもない、私自身が誇れる私になるために!
「私は、村のみんなを守るって…決めたんだ!…私は!逃げないッ!!絶対に諦めない!!!」
私の絶叫を掻き消す様に咆哮が轟く。黒いジンオウガが立つ場所から、赤い雷が大地を疾駆し、私に向けて死が縋り付く。それを滑走路にするかのように、必殺の突進が私に迫る。
その瞬間。
視界の端から現れた何か、いや、誰かが。
私を護る様に、右手に装備した城塞のような金色の盾を構えて。
凄まじい衝撃音と共に、僅かに後退するも―
―金色の装備に身を包んだ狩人は、黒いジンオウガの必殺の突進を受けきった。
「私たちが来るまで、一人でよく堪えたわね。凄いわ」
「死にたくなければ頭を下げろ!」
前方からは賞賛が、後方からは警告が。突如響いた二つの声に驚くも従い、咄嗟にその場にしゃがみこむ。
続く後ろからの銃声。放たれた狙撃榴弾が、私の頭上を通り越し、前に立つ人物の右耳を掠めながら黒いジンオウガの左目に、雪一文字の刃が穿いたままのその場所に炸裂した。
黒いジンオウガが悲鳴をあげる。炸裂した弾丸は黒いジンオウガの身体を貫くように爆発を繰り返し、後方へと抜けた。凄まじい威力だ。堪らず黒いジンオウガが怯み、後退を余儀なくされる。
「ライラ、彼女を頼む!モモ!援護する、ヤツを狩るぞ!」
後方のヘビィボウガン使いが迅速に指示を出す。私の横を駆け抜けた、カーディアーカを担ぐ男の人と、前方のエルダーバベルを抜刀したモモと呼ばれた女の人が、未だ怯みから立ち直れていない黒いジンオウガに吶喊していく。
何が起こったか理解できていない私の腰を誰かがひょいと持ち上げた。途端、狩り場から距離をとるように走る。
「わわっ」
「お姉ちゃん、大丈夫?助けに来たよ!」
ジンオウガの双剣と何か縦長の袋を担いだ、濃紺の装備を纏う女の人が話しかけてくる。
「えと…なん、どう」
なんで、どうしてここに。話そうとするが、混乱からか上手く呂律が回らない。
「たまたま近くにいてね、村長さんの救難信号を受け取ったんだ!もう大丈夫だよ!」
この辺で良いよねと、私を木の幹に預けた彼女は、言うが早いか強走薬を呷り、立ち上がる。勢いよく二刀を抜刀…
「そうだ、忘れてた!これ、村長さんからお姉ちゃんにだって」
抜刀せずに、背中の縦長の荷物を差し出してきた。
「お姉ちゃんの覚悟、無碍にはできないもんね!準備できたらいつでも来てね!待ってるよ!」
私にそれを手渡した彼女は、今度こそ走り去った。
「……」
少し恥ずかしい覚悟は聞かれてたようだ。途端に顔が熱くなるが、そう思えるくらいには気持ちが落ち着いている証拠だ。
回復薬グレートを飲んで体制を整える。そして、ある程度落ち着いてから袋を開き、中身を取り出した。
入っていたのは、渦紋鬼懐刀【下克上】。
師匠の、父の形見。
「おとう…さん」
それを抱きしめる。
先の声は師匠の声だったんだ。
記憶の中の父が私を助けてくれた。
いつだって傍にいてくれるんだ。
もう何も、怖くない。
「……行こう」
私は未だ剣戟の音が鳴り響く狩り場へ走った。
◆◆◆
手負いのモンスターほど、手強いものは無い。
息をつく暇もないほどに振るわれる連撃を、盾で受け止め続け、時にエルダーバベルの矛先でカウンターを放ちながら、後方のヘビィボウガン遣い―ヒイラギに意識が向かないよう立ち回る。
連撃の合間を縫って、貫通弾を叩き込む。狙うは何か刃が刺さったままの奴の右目。目から通せば、多大なダメージを見込めるだろう。攻撃を受け止め続けるモモの邪魔にならないよう、意識して立ち回る。
互いを意識した立ち回りは、長年狩りを共に続けてきたからこそ、できる業。
何者をも通さない、仲間の盾となる、無敵の防御を誇るモモ。
仲間の動きを把握し、今自分がするべきことを選択し、仲間のサポートに回るヒイラギ。そして、矛はと言えば…
「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
木の上から躍り出たライラックが、空中で鬼人化を発動させる。両腕を引き絞り、全身を駒のように回転させて肉薄する。
「とおーっ!」
そして、頭から尻尾にかけてを、風車の如く斬り裂いた。
鮮血が迸り、黒いジンオウガが大きくよろめく。
「「ライラ、遅い!」」
「えー」
「『えー』じゃないのよ!アンタがいないと私ずっと攻撃受け続けないとなんだからね?!」
「いーじゃん。ラージャンをソロで倒した怪力女が何言ってんのさ」
「なんですって?!」
「ギャーギャー煩いぞお前ら。ボサっとしてないで構えろ」
「わかってるわよ!」
「わーってるよーだ!」
茶化し合う余裕があるのも、お互いを信頼しているからこそ。
黒いジンオウガが飛びかかる。薙ぎ払われた、赤雷を纏った豪腕をモモが前に出て盾で難なく受け止め、カウンター突きを下顎に叩き込む。
ヒイラギは麻痺弾に切り替え攻撃を、ライラックは目にも留まらぬ連撃を後脚に叩き込んでいく。
「そういやライラ、彼女はどうした?」
「村長から託された包みを渡してそのままだけど。多分、もうすぐ来ると思うよ〜」
「んな…おま」
え、と続けようとしたところに、
「…っ、遅くなりました!」
先程握っていた白い太刀とは打って変わって、黒い太刀を担いだ彼女が隣に立っていた。渦紋鬼懐刀【下克上】。かなりの業物であることが伺える。
「……」
「ね?」
「『ね?』じゃねぇんだよなぁ…依頼を受けた以上、ハンターといえど怪我人を戦わせる訳にはいかんだろう」
「私、まだやれます!」
「ほらほら〜、本人も言ってるよ?てか村長が太刀を持たせてくれた時点で、ヒイラギも察してるでしょうに」
「ねぇちょっと!いつまで呑気に話してるつもりよ!こっちに来て手伝いなさいよ!聞いてる?!」
一人黒いジンオウガを引き付け続けるモモが抗議の声をあげた。
「…ったく、しゃーないか。いつまでもモモ一人に任せといても面白そうだが」
「なんか聞こえたんだけど?!」
「…相変わらずの地獄耳め。よし、いいだろう」
言うが早いか、ヒイラギは撃ち続けていた麻痺弾から貫通弾に切り替えると、カミツレとライラックに指示を出す。
「作戦は至って単純だ。ライラは今まで通りモモのカバーだ。お前は何かと指示を出すより遊撃させた方が扱いやすいからな。それから君、名は何といったかな」
「カミツレ、です」
「良い名だ。そろそろ麻痺の蓄積が溜まってくる頃合だから、ヤツの動きが止まったら、カミツレ。君が狩技でとどめを刺すんだ。俺たちの武器は狩技を使えんからな。もし万が一殺しきれなくても、俺たちが追撃でヤツを捕獲する。頼んだぞ」
「なんか私サラッとバカにされたよーな気がするんですけどぉ〜」
「煩いさっさと行け。そろそろモモの堪忍袋の緒が切れるぞ」
「ふぁ〜い」
鈍い返事とは裏腹に、確かな速度でライラックが援護に向かう。
「…ったく。ま、そういうことだ。カミツレの準備が終わるまでこちらで引きつける。安心して準備を進めてくれ」
「分かりました。応えて、みせます」
「よし、行くぞ」
「はい!」
◆◆◆
私とヒイラギさんが狩り場に到着する。
「モモ!俺たちでヤツを引きつける!時間を稼ぐぞ!」
「了解!」
救難に来てくれた仲間たちの頼もしいやり取りを聞きながら、私は背中の太刀、渦紋鬼懐刀【下克上】を抜刀する。橙色と濃紺の刀身が顔を覗かせた。
(今の私なら、できるはずだ…!)
親指を軽く噛んで血を流すと、その手で刀身の根元に掌を宛てがい、太刀の反りに血を伝わせ、同時に練気を練り込んでゆく。
一人では発動に時間がかかるため使い所が難しいが、今は三人の仲間がいる。不安要素はない。
膨れ上がるのは黒いジンオウガに勝るとも劣らない、赤黒い血のような練気。
己の血と練気を代償に、一時的に太刀の威力を高める狩技。
その名を、妖刀羅刹。
双剣の鬼人化とはまた異なる、力の解放。
「すご…かっこいいなぁ」
「惚けてる暇はないぞライラ!」
相変わらず気の抜けるやり取りである。だが、しかし。
一人ではないという事実だけで、こんなにも。
気持ちが昂るものだっただろうか?
クスリ、と。
自然と笑みがこぼれる。
刀の反りに手を宛がったまま、その時を待つ。
練気を限界まで練り上げ、
(……今!)
両手で柄を握り、蠢く練気を制御するが如くその場で縦一閃。
下拵えは十分。
背中に懸架した鞘を外し、渦紋鬼懐刀【下克上】を腰だめに納刀した。右脚を前に、左脚は後ろに。姿勢を低く保ち、準備万端だ。
「…っ、行けます!」
「よし、拘束する!モモ、ライラ、離れろ!」
二人が距離をとると同時に、ヒイラギの最後の麻痺弾が炸裂。
黒いジンオウガの動きが、止まった。
「………せぇぇあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
迸るは裂帛の咆哮。両脚で大地を踏み抜き駆ける。地面スレスレを飛翔するように、黒いジンオウガに接近する。
飛翔した速度はそのままに、勢い良く鯉口を斬る。大きく二度、弧を描くように渦紋鬼懐刀【下克上】を走らせ、振り抜く。
一振りの武器で強大な相手に挑む狩人。その姿こそ、正しく【下克上】の名に相応しいと言えるだろう。
一陣の風となって、刀が閃いた。
雪の大地に、紅い花が咲く。
一瞬の静寂。
背を向けたまま鯉口を鳴らし納刀した瞬間、遅れて無数の斬撃が黒いジンオウガに殺到した。
妖刀羅刹と桜花気刃斬、二つの狩技を駆使した一撃。
それは確かに、黒いジンオウガの命を狩りとった。
「…おやすみ」
黒いジンオウガが、地響きと共に漸くその巨体を大地に預ける。
もう起き上がることは無いだろう。
三人の歓声が聞こえる。やりきった。そう思った時にはもう、全身の力が抜けていた。
「ちょっと?大丈夫?」
すかさずライラックが受け止めてくれる。
「だいじょぶ…です、終わったと思ったら力が抜けちゃって」
「ったく…心配させないでよね」
「だが良くやった。最後の一閃は見事としか言いようがない。これで安心して、村へ戻れると言うわけだな」
「かっこよかったよ、お姉ちゃん!」
三者三様の賞賛を受け取りながら、私は空を仰ぐ。
最後のまで諦めなかったからこそ、掴み取った勝利だ。
仲間と共に苦難を乗り越えた先の勝利こそ、何物にも得難い栄光だと言えるだろう。
◇◇◇
月日が流れ、救難に来てくれた三人と打ち解けたカミツレが、村のハンターとして名を上げていくのは、また別のお話。
あの時折れた雪一文字は、今でも集会所の目立つところに飾ってある。
脅威から村を守り抜いた━━━━━━
━━━━━━【英雄の証】として。
裏設定補足
カミツレ(カモミール)の花言葉:逆境に耐える/苦難の中の力
モモの花言葉:天下無敵
ライラック(白)の花言葉:無邪気
ヒイラギの花言葉:用心深さ/保護
今回は花言葉にあやかって登場人物をつくってみました。
━━━━━━━━━━━━━━━
ここまでの読了、ありがとうございます。
はじめまして。知っている方はお久しぶりです。
書架の森を渡り歩く者、雪華といいます。
以後お見知りおきを。
セリエナでは本職ランサーで活動していますが、今回は太刀を書かせていただきました。相手がジンオウガ亜種なのは、単に私がいちばん好きなモンスターだからです。他に理由はありません。( ・ω・)ハイ
さて。
この度、名だたる猛者達が集うお祭り、『せと。』様主催のイベント、《モンハン愛をカタチに AdventCalendar2020》に、創作者側として参加させて頂きましたこと、感謝申し上げます。
今回私がテーマにしたのは、「救難信号」です。
Wから取り入れられたシステムとして、「クエストのどんなタイミングであっても」、見知らぬハンターを呼べる救難信号。
経験は無いでしょうか?
ハンターランク解放の歴戦バゼル2頭クエで、為すすべもなく溶けていたあの頃。大蟻塚の泥にまみれながら撃った救難信号を見て、颯爽と駆けつけてくれた貫通ヘビィ使い達。瞬く間に討伐、あるいは捕獲して、来た時と同じく颯爽と飛び立っていった彼らの背中に感謝した、あの頃のことを。
え?経験が無い?(´・ω・`)ソンナー
……私が今回のイベントで伝えたいこと、それは『最後まで諦めなければ道は拓かれる』ということです。
何も一人で頑張れとは言いません。時には誰かに頼ることも大事です。最後に事を決めるのは自分自身ですが、道が険しいと感じたらまずは頼りましょう。
まだまだ先駆者様に比べれば稚拙な文章なので、上手く伝わっているか不安ですが。何か思うところがありましたら、私も作者冥利に尽きるというものです。
最後になりますが、私の作品をお手に取ってくださり、ありがとうございました。楽しんでいただけたのなら幸いです。一言でも感想を頂けると、嬉しい限りです。
それでは、私の次に愛を叫ぶ『もてぃぐまん』様に、バトンを託します。ありがとうございました。
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登場人物追加補足
モモ(女)
三人組で旅をするハンターの一人。
マスターランクのハンター。
金火竜の防具を着用する。武器はエルダーバベル。
強大な相手にも、正面から果敢に攻める三人組の盾役。ラージャンをソロで倒せる怪力女(ライラ談)
ライラック(女)
三人組で旅をするハンターの一人。
マスターランクのハンター。
砕竜の防具を着用する。武器は王双刃ハタタカミ。
三人組の矛役。竜人族のハンターで、最年長だが精神年齢は低い。二人からの愛称はライラ。
ヒイラギ(男)
三人組で旅をするハンターの一人。
マスターランクのハンター。
金獅子の防具を着用する。武器はカーディアーカ。
三人組の司令塔。冷静に状況を分析し、時には注意を払いながら二人をサポートする。