悪役令嬢(ルナ)虚構(ゴジラ)

乙女ゲームの悪役令嬢としてバブル崩壊の不況にあえぐ日本に転生した桂華院瑠奈。
前世知識を利用して稼いだ富で日本経済を何とかしていた彼女の前に現れた破滅は約束された主人公ではなく、怪獣王の形をしていた。

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現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢がゴジラと戦うのはちょっとどころじゃなく大変

 私、桂華院瑠奈の朝は早い。と限ったものではない。

 色々と、日本経済やら行政やら外交やら米国大統領選挙やらさらにその他諸々首を突っ込んではいるが、一応これでも未成年。休みの日くらい、ゆっくりと目覚めてのんびりと朝食を取り、食後の紅茶を楽しむことだってある。

 

 九段下桂華タワー最上階にある私の屋敷の一室にて、上質な香りを嗜む朝。

 普段は体を流れるほぼほぼロマノフ王朝の血やら積み上げた資産、関わりを持った行政外交のあれこれに悩み、痛むこともある頭をゆっくりと癒す。

 丁々発止の化かし合いを生き抜くためには、こうして心と体を休ませることも必須のルーティンだった。

 

 今日は11月3日、文化の日。

 予定もさほど多くはないし、ゆっくりと……。

 

「お嬢様!」

 

 は、できないようだ。

 部屋に飛び込んでくるメイドの一人、私の周りでは貴重な常識人枠である一条絵梨花の声音からそう悟った。

 

 

「てっ、テレビ! テレビつけてください!! っていうか私つけますね!」

「テレビ、ね」

 

 意識して呼吸を深く、所作もことさらゆっくりと手に持ったままだった紅茶のカップを傾ける。

 これまでそれはもうとんでもないことの数々に見舞われてきた私だ。いまさらテレビの報道で初めて知るような事態の一つや二つでは驚かない。

 おそらく、何かしらのニュースが飛び込んできたとかそういったことだろう。

 政治的なあれこれなら事前に情報が流れてくることが多い。となると、考えたくはないが何か突発的な事故や事件の類になるか。

 そうであればこそ、冷静な対処をするためにはまず焦らぬこと……! 心の余裕を取り戻すことが肝要……!

 そう思いながら紅茶を一口くぴり。そのままテレビの映像に目を向け。

 

『信じられません! 全く信じられません!!』

 

「ぶっふぉ!?」

「お嬢様ー!?」

 

 紅茶を全てぶちまけた。

 

 

 アナウンサーの混乱しきった叫びも無理のない話。

 望遠映像らしきそれは、盛大に巻き上げられた水しぶきのせいもあってはっきりとしたものではなかったが、それでもわかることは多い。

 

 背景の景色からして、そこは海の上。

 水しぶきの量や高さからすると、かなりの容積と高さ、いやさ長さがあることがわかる。

 

 海を割り、長く伸びる、「尾」。

 イルカ? クジラ? 明らかに違う。

 象の鼻のようにすら見える細さと長さ、先端のこぶに似た形状。海洋生物のそれよりも、人の皮膚に近いような気もする不気味な色。

 

 ニュースのテロップによればそれは、東京湾に突如出現した謎の巨大生物のものだという。

 

 テレビを見ている全ての人が驚愕しているだろう。

 歴史上、まだ誰も目にしたことのない巨大な生物が日本の首都のすぐそばに出現した。

 何者なのか、何が起こるのかわからない。

 大きな不安と少しの期待が渦巻いて、きっとほとんどの人がこの瞬間も唖然と見ているだろうその歴史的な光景を、しかし私だけは全く違う心境を持って叩きつけられていた。

 

 

「げっふごふ、ごっふ!」

「い、いまタオル持ってきますねお嬢様!」

 

 口からぼたぼたと紅茶をこぼし、盛大に咳きこんでいるのは驚きによるものだと思ってくれたことだろう。タオルを取りに部屋を飛び出していってくれたことは幸いだった。

 思わず口走ってしまったその名前、今はまだ誰にも聞かれたくなかったから。

 

 

「なんで、なんでいるのよ……ゴジラ!」

 

 

 

 

 かつて、私は一度死んだ。

 時代に振り回され、経済という名の怪物の寝返りに踏みつぶされるようにして尽きた命が、どういうわけか生前親しんだ乙女ゲームの、よりによって破滅が約束された悪役令嬢として生まれ変わった。

 華族制と財閥が残るこの前世とは少し異なる日本で、先を知るがゆえに立ち回って富を築き、不良債権処理と企業の救済とその他諸々をしてきてなんか思ってたのとちょっと違うけれど、信じる道を進んできたこの私、桂華院瑠奈。

 

 いずれこの世界に愛された「主人公」の前で断罪され、終わりを迎えるだろうと思っていたが、さすがにこれは予想外が過ぎる。

 

 テレビの中、沸き立つ海水をかき乱すように高々と尾を振り回すその見覚えのある「怪獣」の姿とそこから巻き起こるだろう今後のとんでもない出来事に、とてつもない頭痛を抑えられなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「お嬢様、避難についてですが……」

「地下に降りる用意をしてちょうだい。なんなら周辺住民や会社員を含めた受け入れの準備も。ことがことだけに、通常の災害時の避難場所に集まることは逆効果になりかねないわ」

「はい、区画を分けた上で周辺住民を受け入れる準備を進めています」

 

 普段はムーンライトファンド関連の会議などで使われる部屋で、執事の橘隆二と話し合う。

 仕事の話であれば一条絵梨花の父である一条進たちをはじめとする経営陣も揃えるが、今は集合を待つ時間も惜しい。連絡が取れた人間には無理してこちらへ来ないよう、安全を第一に考えて行動するように伝えた上で、たまたま屋敷に来てくれていた橘と2人だけで状況を確認して今後の方針を決めていく。

 

 情報源は、残念だがテレビ以上のものはない。

 おそらく官邸では今頃対策が話し合われているのだろうが、事態が事態なのでこちらまで情報が流れてこないし、流れてくるのを待っているわけにもいかない。

 

 ゴジ……じゃなかった、テレビで言うところの巨大不明生物、あるいは未確認生命体。

 東京湾アクアラインの崩落事故発生の報を受けて現場に駆け付けたマスコミの前に姿を現したのが最初の遭遇。

 その後海面を赤く染め、水蒸気を噴き上げながら羽田空港D滑走路脇を通って多摩川河口、海老取川、呑川を遡る。

 その時点で首相による記者会見で上陸の恐れはないから安心をという発表があったが、そのフラグは秒速で回収されて蒲田に上陸。京急線をボコボコにしてから北上中である。

 移動速度は大したことはないが、なんだかんだで東京は平たく、脆い。

 あのサイズの生物の移動を遮るような地形がほとんどないことを考えると、気の向くままにどこへ移動するかわかったものではなく、その過程で人も建物もどれだけ蹂躙されるか予想がつかない。

 

 東京都から避難指示は出ているが、進路が不明なことに加えて台風や洪水と違って相手は大質量を持つ生物。

 避難所というのは大抵の場合学校や公園なのだけれども、ぶっちゃけあれだけ巨大な生物相手だと普通に踏みつぶされたりぶちかましされて崩壊する懸念すらある。

 

 そして、巨大不明生物は蒲田に上陸してから北上している。

 進行方向が変わらなければ、ここ九段下を直撃することも十分にあり得た。

 

「状況が状況なので予想も立てづらいですが、おそらく自衛隊が出動することになるでしょう。都内へ迅速に展開できてなおかつ過剰にならない戦力となると、戦闘ヘリの攻撃が選ばれるかと思われます」

 

 この世界、自衛隊の立ち位置が前世と大分違うのでいざとなったら出張る事へのためらいは少ないだろう。

 うまいことこの段階で仕留めてくれるのならありがたいのだが、さてどう転ぶか。

 

 ……というか、もし仮にこの場で倒せたとしてもその先が厄いことに変わりはないのだけど。

 あの巨大不明……もう面倒だしゴジラでいいや。

 あのゴジラ、発生した場所とその後の移動経路からして、仮に駆除できたとしても絶対に米国が死体の引き取りをしようとして来る。超強引にして来る。想像するだけで頭が痛い。

 

 ともあれ、こうなってしまえば仕方ない。

 前世と比べて武力行使に躊躇いのない自衛隊ならゴジラを駆除できると信じて……!

 

 

◇◆◇

 

 

 ダメだったわ(白目)。

 

 さすがの今世自衛隊の運用とはいえ、反政府勢力でもなければ暴徒化もしていない自国民を巻き込みかねないトリガーは重かった。首相から射撃中止の命令があったのだという。

 ゴジラはビルを押し倒したところで第三形態に進化し、自衛隊の戦闘ヘリが攻撃態勢に入るところまではいったが、ゴジラの足元に逃げ遅れた老人がいて発砲はしないままだった。

 ひとまずゴジラの脅威が去った今になると、ニュースなどからは崩れた町の被害を鑑みて決断すべきだったとする意見も出ないではなかったが少数派。想定外の事態ゆえ致し方なかった、という世論が大勢を占めていた。

 いずれにせよゴジラは海へ消え、自衛隊の追跡を振り切って姿を消した。

 

 一夜が明け、被害の全容が明らかになる。

 上陸地点の蒲田から品川にかけて、ゴジラの移動経路沿いの被害は甚大。

 鉄道は京急が動ける状態になく、新幹線も品川折り返し運転。

 だがその他の鉄道は問題がないし、東京証券取引所も通常の取引を行っている。

 巨大生物の襲来という前代未聞の事態は対応のしようがないものだったが、被害規模だけならば台風や震災のような自然災害と比べて限定的だった。

 

 ……今はまだ。

 

 

「疎開、ねえ」

「はい。あの巨大不明生物が再び上陸する可能性があります。帝都学習館学園も臨時休校。いくつかの華族の家では当主を中心に内陸部や諸外国へ事実上の避難を行っている家もあります」

 

 グレープジュースをちゅーちゅーしながら、橘の言葉に耳を傾ける。昨日から緊張し通しだったのですごく美味しくて沁みるわー。

 学校が休みになってはいるが、既に友人たちには連絡を取って巻き込まれずに済んだことを確認できている。学校で早速顔を合わせて無事を喜ぶことはできないが、それも仕方ない。

 

 なにせ、まだ何一つ終わっていないのだから。

 

「で、行先は? 確か、海に逃げ込んだあの巨大不明生物、行方知れずらしいけど。次はいつ、どこに顔を出すのかしら」

「……それは」

 

 そう、具体的な手の打ちようが、今のところ全くない。

 なにせ第三形態へと進化したゴジラは、その直後に海へと姿を消した。

 海上自衛隊の護衛艦や対潜哨戒機をありったけ動員して東京湾や相模湾、房総沖を中心として捜索に当たっているが、影も形も見当たらない。

 完全に未知の新種であるゴジラに対して、駆除にせよ動向を把握しての避難にせよ有効と断言できる手段を見つけるには時間が足りなさ過ぎた。

 

「別に、東京と心中するつもりはないわ。避難するのがイヤだというわけでもないの。ただ、下手なところに行くと、それはそれで大変なことになりそうじゃない?」

「……………………」

 

 あ、橘黙っちゃった。

 いやまあ、これは橘のせいじゃない。主に、私のせいだ。もっと言うと、私の血。

 くしくし、と指で毛先をいじる。それは、東京で日本語をしゃべりながら触れるには珍しいきれいな金色。

 東西冷戦と華族の青い血との因縁が複雑怪奇に絡み合った結果、この体を流れる血は実に3/4がロマノフ王朝に連なるもの。私としては前世からの筋金入りで魂は日本人なため納豆も大好きだが、うっかりすると旧ソ連の端とか樺太とか満州辺りに国の一つも建てられる立場なのだ、私は。

 しないけど。そんなことしたら最終的に国諸共燃え尽きる(物理)ことになりそうだから絶対しないけど。

 

 だからこその危険も多い。

 かつて怪しい車に付け回されたり誘拐されかけたのはかなりガチだったし、私の秘書のうち二人はアメリカとロシアの紐付きだし。

 そんな私が、このどさくさ紛れにあまり所縁のない土地に足を踏み入れたら。

 「何か」がないとは言い切れない。お祖父様の右腕として戦後から冷戦期にかけて裏社会も含めて渡り歩いてきた橘であればこそ、そのことはかなり具体的な脅威として思い描いていることだろう。

 

 例えば、北海道の夕張市に桂華グループが作ったゲーテッド・コミュニティ。

 堀と壁で囲まれているのでいざというときはそこに引きこもる予定だったのだけれど、それが有効なのは精々人間相手。

 夕張は内陸部にあるので海から上がってくるゴジラの侵攻に対してはだいぶ時間的猶予もあるだろうが、もし万が一夕張に向かってこられた場合、そこからさらに逃げるのが大変だ。

 道も少ないし、これからの季節雪も降るし。

 

「……至急、複数のセーフハウスに再度の警備徹底と移動手段の確保をさせます。いざというときは、多少の危険はあるかもしれませんがそちらへの避難をお願いします」

「ええ、わかったわ。……で、それはそれとしてこっちよ」

 

 避難についての話は一旦置いておいて、それとはまた違ったこれからの話。

 テーブルの上に置いたレポートは、政府のゴジラ対策についてのものだった。

 昨日の今日だから決まったことはまだ少ないとはいえ、事態の深刻さを重く受け止めていることがわかる。

 

「巨大不明生物特設災害対策本部、略称『巨災対』。矢口蘭堂内閣官房副長官を事務局長として発足するとのことですね。保守第一党の泉修一政調副会長が人材を集めていると」

「そこ、うちから誰か派遣できないかしら。基本的に政府の組織だけど、巨大不明生物の調査と分析をするなら民間からも専門家が参加すると思うの」

 

 そこに、なんとか一枚噛んでいきたい。

 上手いこといってくれれば東京壊滅くらいで何とかなるとはいえ、前世の記憶と似て非なるこの世界で、そこで見た物語の通りに事態が進むかどうかは怪しいところだ。なんとしてでも絡み、バレない程度にヒントを出してゴジラ打倒の手掛かりを与えたい。

 ……もし、私の知っている通りならゴジラの再上陸は3日後。

 時間はあまりにも少ないのだから。

 

 ……てーかそうでもしないと色々ヤバいのよ!

 リーマンショックどころじゃなくなるわよ!? 物理的に! 東京が物理的に!

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 桂華グループの人材を総ざらいして、桂華製薬の特殊研究開発本部にいい感じの細胞生物学者が見つかったので政府へのチャンネルを利用して売り込み、巨災対への参加が可能となった。

 当然のことながら資金面での援助も惜しみなくすることを約束したうえのこと。

 これまで不良債権処理に深く携わった結果、東京が死ぬとうちも死ぬことになるので対策に必死であることは違和感なく受け入れられたようだ。

 ……まあ、最悪の場合東京が死んでシャレにならない怪獣王が生まれるんだけどね!

 

「巨災対への参加、がんばってちょうだい。あ、これは差し入れだからみなさんで食べて。……食べてね! しっかり! 食べてね!! 食べないと!! お腹が!! 空くから!!!」

「は、はい、お嬢様……?」

 

 なので、できることは徹底的にやることにしました。

 とりあえず巨災対の人たちに頑張ってもらうために、参加することになった研究員に一杯差し入れのお菓子持たせたり。

 くっ……! 私自身が巨災対に参加できる立場だったら、コナンくんばりの演技力でゴジラの食性について示唆することもできたのに……!

 こう見えてアカデミー賞助演女優賞取ったのよ私は! あとエミー賞も! サメ映画で!!

 

 

――ちなみに、ゴジラ関連の思索に詰まって雑談がてらこの差し入れを食べながらこの時のお嬢様の話をしている最中に、城北大学の間淳教授がゴジラのエネルギー源について気付いたという。

 

 

 そしてその後、私は私の方で。

 

「初めまして、Little Queen。お噂はかねがね。お会いできて光栄よ」

「こちらこそ、わざわざお越しいただきましてありがとうございます、カヨコ・アン・パタースン特使。米国の支援、とても頼もしいですわ」

 

 横田基地経由で日本へやってきたアメリカの特使が全身ザラの服をキメて、ところどころ英語混じりの流暢な日本語で私に挨拶しに来たり。

 

「この件に関して、米国はあらゆる支援を惜しまないわ。ただ、日本のこととなるとどうしても日本でしてもらった方がいいこともあると思うの。そういう時、あなたの力を借りられないかしら」

「お気遣い、痛み入ります。……未来の大統領に頼りにされるなんて、一生の自慢になりますわ♪」

「……フフフ」

 

 うーん、握手している手が震えない。

 ていうかこの人本当に政治家の目をしてる。それも、「10年後には天辺取ったる」って感じのギラギラした目。

 多分、私のことも大分前から気にしてたんだろうなー。傍から見れば、10年後の私ってそれこそ本格的に社会に出てるころだろうし。

 今のうちに唾つけるか釘を刺すかしておこう、という意図が透けて見える。

 ……ま、まあでもこういうときは頼もしいわよね! そう思っておきましょう!!

 

 

「矢口プラン、ね。……桂華商会の方でこのプランへの支援を準備しておいて。血液凝固剤の生成については成分が分かってからの動きになるだろうけど、どのみち高圧ポンプ車は相当の台数必要になるわ。輸送手段も含めて用意をお願い。ゴジラが海に消えたせいでフェリーも旅客運航は中止だし、いざとなったらポンプ車の輸送に使えるように手配しておくから」

「わかりました、お嬢様。……とはいえ、中々に難しそうですね。なにせ、例の巨大不明生物、ゴジラでしたか。どこに上陸するかわからないとなると、どの港に下ろすべきかという問題もありますので」

 

 矢口プランの情報を確保した時点で先回りで高圧ポンプ車をかき集める準備をしておいたり。

 こういうときこそ札束パワーが物を言う。

 輸送にかかる時間という制約はあるが、それでも国内はもとより中国沿岸部辺りからなら十分にかき集められる。なんなら新品価格で買い取る、という条件も付ければそこそこの数が集まりそうだった。

 

 

「北樺警備保障に、都内の警護と有事の避難誘導のために指揮下に入る? まあ、そうでしょうね。総理官邸を取り囲むデモもしてるものねえ」

 

「は!? 巨災対の食事が全部カップ麺!? ……桂華ホテルのシェフにお弁当作らせて! 食事は士気に直結するのよ!」

 

「ゴジラの体内に未知の新元素……それも放射性物質って、原子力関連の株価に注意しておいて。今経済まで死んだら取り返しがつかないわ。いざというときの救済プランを用意しないと……」

 

 

 これだけだ。

 私にできたのは、これだけ。

 人生をやり直してなお、スクリーンを通して記憶に焼き付き離れないあの夜の光。

 前世知識を活かし、覚悟を決めたつもりで、積み上げた資産があってもその光を止める手立てなどありはしない。

 でもせめて、伸ばせるだけ手は伸ばそう。それすらできなかったらきっと、死ぬほど後悔するだろうから。

 

 

◇◆◇

 

 

 日本が、さらにあるいは世界もが一丸となってゴジラ対策に心血を注ぐ。

 人類の英知は遺憾なく発揮され、一歩ずつ、しかし着実にゴジラの生態解明と矢口プランの進捗は進んでいく。

 

 だが、あまりにも時間が足りなさ過ぎた。

 

 初上陸から4日後の、11月7日。

 ゴジラ、鎌倉に再上陸。

 

「神奈川県は住民に避難指示が出ています。自衛隊は予定されていたプランのうちの一つを実行に移すべく、多摩川の東京側に布陣。……ですが、ゴジラは明らかに以前の上陸時より巨大化しています。自衛隊の作戦はおそらく、武器の無制限使用が許可されることになるでしょう」

「……でしょうね」

 

 私だけが知っていた通り、ゴジラは案の定自衛隊必死の捜索にも察知されることなく、相模湾に姿を現し、鎌倉から上陸した。

 

 その姿は、山をも見下ろすような巨躯。

 100mを超す身長は、人が築き上げた街並みを睥睨してなお余りある遥かな高み。

 姿形は4日前に見たそれと遥かにかけ離れているハズなのに、あれこそがゴジラなのだと否が応にも思い知らされる威容。

 家を、街を、ゴミのように踏みつぶしながら何者にも遮られず進む。

 テレビ越しだというのに、私も橘も冷や汗が止まらない。

 それはまさしく、この星の霊長であるはずの人をはるかに超越した存在だと、思考ではなく本能で理解せざるを得なかった。

 

 

 ゴジラの侵攻に際し、矢口プランは有効な対策として検討が進められていたがこの時点ではまだ実現に至っていない。

 再上陸の際に成しえるだろう唯一の策は、武力による強制排除。すなわち、自衛隊の総攻撃だけだった。

 東京湾に消えた後、次はどこに出没するかわからなかったゴジラに対する防御範囲の広さと、最悪の場合でも首都侵攻は阻止しなければならないというジレンマから東京周辺に集中して自衛隊の戦力を展開していたことが、ここでは功を奏したと言えるだろう。

 多摩川を絶対防衛線とするタバ作戦が実行される。

 

 戦闘ヘリ、戦車、自走砲、誘導ミサイル。

 海外派兵も十分選択肢に上るこの世界の自衛隊とはいえ、国内、それも首都圏でこれほどの容赦ない火力が導入されたことはこれまでにあっただろうか。

 

 ……そして、その全てが徒労に終わるなんて、誰も想像していなかったに違いない。

 

 

「……お嬢様、地下へ。自衛隊の攻撃能力は喪失しましたが、米軍が大使館保護の名目でゴジラへの攻撃を開始します。B2による爆撃です。ゴジラの現在位置は新橋付近ですが、万が一に備えてください」

「ええ、そうするわ。ただ、入り口はギリギリまで閉ざさないで。爆撃となると地下への避難しかないわ。周辺住民を可能な限り受け入れるのよ」

 

 その情報は、秘書の一人であるアンジェラ・サリバンからもたらされた。

 米国ヘッジファンドの元幹部であり、CIAのエージェントでもあった。というか今も実質そう。そんなアンジェラは今回の件については担当外だったのか、ゴジラに関するアメリカ関与の話が出たときは鉄の無表情を貫いていた。

 その腹の底で何が渦巻いていたかはわからないが、このタイミングで東京への爆撃が可能ということはタバ作戦実行前に基地を飛び立ってないと無理よね、とかは言わない。

 ゴジラが生まれてしまった以上、人類の誰にだって最善の手なんて打てない。後手と悪手の中から可能な限り最悪を避ける綱渡りをするしかないのだ。

 

 テレビはゴジラの東京侵入に伴って至急の避難を訴えた後、停電によって映らなくなっている。

 桂華ビルの最上階から東京とは思えないほど暗い夜景を見下ろすと、まるで奈落の淵に立っているような気分にさせられる。人類の英知が築いた摩天楼が、ゴジラただ一体によって砂上の楼閣になろうとしている。

 

 九段下桂華ビルからゴジラの今いる新橋まではほんの数km。

 夜の闇の中はっきりとは見通せないが、ゴジラの進行ルートに沿って起きている火災によってどこにいるのかうっすらと、わかる。

 スクリーンではなくガラス一枚を隔てて対峙する、怪獣王。

 

 今の私とゴジラの目の高さは、同じくらいだろうか。

 ふとそんなことを思った。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜が明けた。

 九段下桂華ビルも多数の周辺住民を受け入れ、不安な一夜を過ごし、明るくなるのを待ってこわごわと地上に出てみる。

 そこにあったのはあまりにも静かな、変わり果てた東京だった。

 

「このビルが無事だったのは奇跡ね。ゴジラの首の向きが少し違えば、高さが半分くらいになってたんじゃないかしら」

「不幸中の幸いです。桂華グループは最低限稼働できます」

 

 昨日暗闇の中で退去した桂華ビル屋上の屋敷から見下ろした、東京。それは明らかに見慣れた景色とは異なるものになっていた。

 

 あちこちで燃え残る火の手はまさしくこれが災害だということを如実に示し、すっぱりと切られてきれいに切り口の揃った元高層ビル、というものは目の当たりにするとあまりにも現実味がなかった。

 状況を把握している人間は少ないから口には出さないけれども、ゴジラの放射線流による溶断の被害だ。

 この位置からだとゴジラがどういう向きに放射線流を放ったのかまではわからないが、桂華ビルは一応無事。ただ少し西にあるビルから先はざっくりと切られていることからして、本当に間一髪だったのだと思う。おそらく、皇居の上を薙ぐようにして放たれたのだろう。

 

「……まあ、見えてるんだけどね、ゴジラ」

「ですから、ここには上がっていただきたくなかったのです。放射能汚染の可能性もあります。急ぎ避難の準備を整えますので、地下でお待ちください」

 

 橘の言葉に、今だけは聞こえないふりをする。

 というか、かくいう橘自身冷や汗を垂らしながら私と同じ方向を見ている。目を逸らせない。

 九段下から南東方向に約2km。東京の象徴ともいえる、情緒あふれる赤レンガ造りの丸の内口駅舎が小さく見えて。

 

 そのすぐそばに静かに佇む、ゴジラ。

 初めて直接見るそれは、目と鼻の先にいた。

 

「……負けないわよ、ゴジラ」

 

 

◇◆◇

 

 

 日本の被った被害はあまりにも大きい。

 首都東京が火の海になったことに加え、ニュースで政府要人が行方不明になったことが報じられている。おそらくその面々は昨日の放射線流で、もう……。

 

 だが、それでもまだ動ける。

 立川の災害対策予備施設には生き残った政府関係者が集結して臨時政府の立ち上げを急いでいる。ゴジラとの戦いはまだ、終わっていない。

 

「立川で臨時内閣が組閣されます。巨災対の……生き残りも、順次集結してゴジラ対策を実施していくようです」

「アメリカの状況にも注意を払っていて。B2、撃墜されたんでしょう? ということは、ゴジラ対策として『その上』の手を打ってくる可能性があるわ」

 

 私は私の戦いを続けよう。

 ゴジラの再上陸と自衛隊の阻止失敗、そして首都蹂躙によって市場はヒドいことになっている。

 円も株もチャートを見るだけで死にたくなるような線を描いているし、それを抜きにしても東京どころか首都圏の住民そのものを避難させる必要が出てくる。

 市場への対応に加え、桂華太平洋フェリーの船をいつでも動かせるようにしておく。避難民を乗せるのに、海路は輸送量の観点からもちょうどいい。

 

 

「ゴジラの血液凝固剤の成分が特定できたの!?」

「米国の攻撃で散乱したゴジラの肉片を回収できたうえ、それを機密度外視で研究機関にばらまいた成果が出たようです。国内に化学工場を有する企業に協力の要請が出ています。桂華製薬も既に血液凝固剤の生成を開始しています」

 

 さて、これでゴジラ凍結のための王手はかけられた。

 後はこれを詰みまで持っていくために、ゴジラの活動再開より可能な限り早く必要量を確保しなければ。

 

 だが、私にとってのタイムリミットも迫りつつあった。

 

「お嬢様、避難を。……ゴジラへの核攻撃の時間が決定いたしました。2週間後に核が落ちます」

「東京に、よくやるわ……」

 

 多国籍軍による、ゴジラへの核攻撃。

 確かにそれも来ると知ってはいたけどさあ……!

 さすがに核攻撃となると、この九段下桂華ビルも耐えられるものではない。橘の言葉に有無を言わせないという圧が混じりだした。

 くっ、こんなことなら不良債権処理のどさくさ紛れに地下帝国の一つも作っておけば……!

 

 という冗談はさておき、ここまで来るとさすがに拒否もしづらい。

 というか、私が避難しない限り橘たちを始めとした桂華グループの関係者も東京を離れられないから、こうなってくると避難は不可避だ。

 

「ふと思ったのだけど、どこかのセーフハウスに行くんじゃなくてしばらく船で海上に避難するってどうかしら。資材の東京運搬と帰りの避難民移送が終わった最終便で、って」

「……できる事ならすぐにも退避していただきたいのですが」

「ここで退避して東京がぶっ飛んであとがあるならそうするんだけどね……」

 

 橘の顔が渋い渋い。

 安全を考えると確かに今すぐ逃げるのが最良なのだろうけど、これまで桂華グループとして東京にもしこたま投資しているので、このまま東京が焦土と化した場合桂華グループも割と致命傷を受ける。

 地獄とよりヤバい地獄、どのカードを引いてしまうかは、選んでみるまでわからないという話になっている。

 

 なら、進むしかない。

 だって私は悪役令嬢。

 来るべき終わりへの覚悟は既に済んでいる。

 そしてその終わりは、いかに怪獣王相手にも譲ることなどできはしない。

 

 

◇◆◇

 

 

「はじめまして、矢口特命担当大臣。お忙しい中お時間を取っていただいてありがとうございます」

「こちらこそ、桂華院瑠奈さん。桂華グループから巨災対へ出向していただいている鷹山さんにはお世話になっていますし、それ以外でもたくさんのご支援をいただけて助かりました」

 

 立川災害対策予備施設。

 巨災対と臨時政府の拠点となっているこの場所に、私はなんだかんだで初めてくる。

 決して小さな施設ではないが、いまはここに日本の中枢の全てが収まっているからなんとも手狭だ。

 行きかう事務員、官僚、議員に大臣。通路から覗くそれぞれの会議室には、ブラック企業じみた疲労とアドレナリンの揺蕩う修羅場が形成されている。

 うっ、前世の記憶が……!

 

 というトラウマの発露はさておき、こうして対ゴジラ戦線の最高責任者である矢口蘭堂特命担当大臣に会いに来たのは、これが最後のチャンスだったからだ。

 

「まだ数日先ですが、最後の高圧ポンプ車を運んでくるフェリーで東京を出ることになりましたので、一言ご挨拶をと。桂華ホテルのシェフに軽くつまめるお弁当を用意してもらったので、どうぞみなさんで」

「助かります。みんな、桂華グループからの差し入れはとても喜んでいますから。……それに、君のような子供を今の東京に残さずに済んでホっとしている」

 

 巨災対の責任者として、桂華院家の人間に対する振る舞いを続けていた矢口大臣が最後に砕けた口調になったのは、私を年相応の女の子として扱ってくれたということだろう。

 ゴジラ対策の最前線に立ち、日本を守る瀬戸際にありながらも、一歩間違えば東京が核攻撃に晒される。

 そんな佳境にあってなお人として大人としてあろうとする姿は本当に尊いものだと思う。

 

 だからこそ、最後の一押しをさせて欲しい。

 

「それで、その……こんなものですが、よろしければ」

「これは……折り紙?」

 

 はにかみながら差し出したものを、矢口大臣はきょとんとした顔で受け取った。

 それは、容姿はともかく年齢的には私が差し出すのにぴったりのもの。

 折り紙で作ったお花である。

 

「お金で解決するものだけ、というのもと思いまして、せめて気持ちを込めて折ってきましたので、どうかみなさんにも。私も、そして他の人たちもみんなが応援しています。……どうか、がんばって」

「……ありがとう。とても嬉しいよ」

 

 幼い少女が捧げる、心を込めた贈り物。

 心血を注ぎ、命をかける人たちにとっては最後の力を振り絞るに足る一押しだろう。

 

 

 まあ、打算ありありなのだけど!

 

 なにせ、ゴジラ対策はまだ足りない。

 血液凝固剤の生成が始まってはいるが、ゴジラは元素変換細胞膜とでも呼ぶべき組織を持っている。これが機能している限り、血液凝固剤の成分が無効化されてしまうこともありうる。

 それを突破する鍵となるのが、アメリカの依頼でゴジラについて研究していて、おそらく今回のゴジラ覚醒のきっかけになっただろう牧元教授の残した解析表。

 羽田沖を漂流していたプレジャーボートから発見された最後の資料は、「紙」であることに意味がある。それを読み解くために必要なのが、紙は折って擬似的な立体にできる、という観点。

 そのヒントは牧教授自身が残していたという折り鶴。

 だがそれと関係があると気付いてくれなければ意味がない。

 

 そこにさらなるヒントを叩き込む……!

 そのために、この悪役令嬢チートボディを駆使しましたとも!

 夕べ急に思い出し、ベッドから跳び起きてパジャマのまま夜なべして折って折って折りまくった。

 ベーシックな折り鶴を大量にということも考えたが、それだと「千羽鶴」として折り紙とは別カテゴリの発想に繋がる可能性があった。

 なので、いろんな種類を折ったわよ。

 女の子らしくお花だとかハートだとかいちごにスイカ、キャンディ。

 この辺のラインナップはかわいくはあるけど立体感足りないじゃないと気付いてからはドラゴン、鷲、ゴリラ、タコの四聖獣などなども。

 

「巨災対を代表して君に感謝を。お礼はまたいずれとなってしまうが、それは許してほしい」

「ええ、構いませんわ。でも、女の子を待たせると利子が怖いですわよ♪」

「……きみに言われると気を付けないといけないと思うよ。本当に」

 

 最後に少し愛嬌を振りまいて、話は終わる。

 矢口大臣は巨災対のメンバーとともにさらに対策を進めていく。

 私は東京を出るまでの数日をその支援のために桂華グループを総動員することになる。

 

「ああ、それと矢口担当大臣」

「なんだい?」

「矢口プランを実行に移すときの指揮所、もし必要でしたら九段下の桂華ビルを使ってくださいな。放射線流が外れて無事でしたし、上層階からならゴジラの周辺が一望できますわ」

 

 ゴジラが目覚めるのが先か。

 矢口プランの準備が整うのが先か。

 あるいは、ゴジラ殲滅のため東京へ核が落とされるのが先か。

 

 ここからは、時間との勝負だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「考え直してください! 指揮所に直接出向くのは危険すぎます!」

「そうだ。責任者は後方でいいだろう。現場の人間もやりづらいんじゃないか」

 

 立川広域防災基地の通路を歩く3人。

 内閣官房副長官秘書官の志村と、泉。そして1人だけ防護服姿の矢口だった。

 必死に説得する志村と泉に対し、矢口の表情は変わらない。

 

「現場では政治的な判断が求められる可能性がある。……それに、作戦の準備は思った以上に順調だった。彼女のおかげだ」

「桂華院のお嬢様か。『小さな女王』というあだ名に加えて『クシナダヒメ』とも呼ばれつつあるな。見事な商売人ぶりだよ。彼女はこの国にとても高い『恩』を売ったな」

 

 それが、覚悟の引き金となった。

 陰に日向に巨災対の活動を支えてくれた桂華グループ。

 荒んだ心が差し入れの味で救われたことは数知れず。

 牧元教授が残した解析表を解くための最後のきっかけは彼女が贈ってくれた折り紙で、その解読のために必要とされたスパコンも桂華グループが米国で構築したハイテク産業への関係から潤沢に用意され、ゴジラ凍結作戦、正式名称<ヤシオリ作戦>は準備が整った。

 

 おそらく彼女は今頃船の上だろう。

 東京で踏ん張り、避難民を逃がし、最後に桂華グループの関係者を乗せたフェリーに乗って海へ出た。ならばもう、憂いはない。

 ゴジラを止める。そうしてこそ、胸を張って再び彼女に会えるだろう。

 次は、あるいは10年後に政治家として彼女と相対するときが、矢口はひそかに楽しみだった。

 

 だが。

 

「10年後に私が総理になるより、10年先にもこの国を残すことの方が重要だ。……ありがとう、泉。後は頼む」

「……ふぅ。幹事長なら任せろ」

 

 頑固なやつだ、と矢口が笑う。

 お前が言うな、と泉が眉を上げる。

 

 男二人は握手を交わす。

 その手は固く、力強かった。

 

 矢口蘭堂はこうして立川を後にして、ヤシオリ作戦の司令部へと向かう。

 当初はゴジラの位置を目視で確認できるよう科学技術館屋上が予定されていたが、桂華院瑠奈からの言葉にありがたく従い、九段下の桂華ビルが使われることとなる。

 

 

◇◆◇

 

 

「あ、あ……あああ! 放射線流が尻尾の先から!?」

「いや、でもあと少しで尽きる! そうしたら、あとは……!」

 

 桂華太平洋フェリーが保有するフェリー、ダイヤモンドアクトレスのラグジュアリールームにて側近と共に固唾をのんでモニターを見守る。

 そこに映し出されているのは、ゴジラを凍結させるヤシオリ作戦の一部始終。

 資材供出などで多くかかわっている伝手もあり、作戦内容はこちらでも把握している。

 ゴジラの放射線流を吐きつくさせたうえで東京駅周辺のビルを倒壊させて、ゴジラを固定して口から血液凝固剤を流し込む。その作戦が着々と進んでいく。

 

 私たちが見守る中でゴジラは背部からの放射線流が尽き、口と尻尾の先からの放射線流で無人攻撃機を撃墜。

 しかし最後にはそれすら尽きて、ミサイルが直撃。

 あらかじめ設置されていた爆薬によって崩れ落ちたビルがゴジラを転倒させ、高圧ポンプ車が押し寄せてアームを伸ばす。

 あと少し。あとほんの少し。

 

「……薬は注射より口から飲むのに限るわよ、ゴジラさん」

 

 その声が通じたか否か。

 血液凝固剤は順調に注ぎ込まれ、悪あがきで再び放った放射線流、逃げ出そうとする動きを封じる無人在来線爆弾の直撃を受け、全ての凝固剤が注ぎ込まれ。

 

 

 

――オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォン

 

 

 轟く断末魔を長く、長く響かせて。

 

 ゴジラが、凍り付いた。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ……」

「うぅ、はふ……」

 

 

 人類の勝利。

 だというのに、歓声が上がることもなくため息があちこちで零れ落ちた。

 張りつめていた緊張が弛緩して、誰もが言葉もない。

 それが、ゴジラと戦うということなのだろう。

 勝利を果たしてなお、喜ぶ余裕もないほどの渾身。人がゴジラと戦うというのは、つまりそういうことなのだと思い知らされた。

 

「核ミサイルの発射まで1時間を切っていました。……お疲れさまです、お嬢様」

「うん、ありがとう橘。でもその言葉はあの場にいる人たちにこそふさわしいものよ」

 

 かくいう私も例外ではない。

 ソファの上でくったりとのたくって、バキバキになった体を自覚する。

 ああそうか、今日まで私、全身に入った力が抜けていなかったんだ。

 

 そんな事情を察してくれているからだろう。橘もメイドのみんなも今だけは何も言わない。

 その気遣いに感謝しつつ、今だけは徹底的にだらけることに決めた。

 

 なにせ、現実はめでたしめでたしでは終われない。

 凍結したゴジラの処遇に関しては米国やその他の国々も口を出してくるだろうし、そもそも現在の内閣は総理大臣の死亡に伴って発足した臨時内閣だ。近く解散総選挙が行われるし、それを放置できる立場に私はない。まだまだやることは山積みだ。

 

 

 ともあれ、だらけながらテーブル上の書類を1枚手に取る。

 それは、ヤシオリ作戦に参加した企業等をまとめたものだ。

 この中の何社かは桂華グループから無理を言って参加してもらったところもあるし、これからお礼行脚も必要になるだろう。

 

 ……なるだろうけどさあ。

 参加企業の中でも、牧元教授の解析表から明らかになった元素変換細胞膜の活動を抑制する極限環境微生物の成分を製作してくれた企業のうちの一社に目を向ける。

 その企業が専門的に作っている成分があってこそこの作戦は成功したと言っていい、功労企業の一社。

 

 

 その企業の名は、SBPCPC。

 通称はSB。

 この2文字の意味するところは、「スマートブレイン」。

 

 

「……これ、関連企業とか取引先とか調べた方がいいのかしらねえ」

 

 野座間製薬とかあったらヤだなー。

 割と大至急気をつけなきゃいけないことのような気もするが、今は無理。

 迫りくる睡魔に逆らわず、私は意識を手放した。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 諸々がある程度片付いたのち。

 

「――わかった、話は通しておこう」

「どうしたの、橘?」

「……いえ。昔の知り合いが、ゴジラの解体処理に関わろうと連絡してきまして。そういったことにノウハウがあり、『ハンニバル・チャウ』と名乗っている男です」

 

「……ふぅ」

「お嬢様が倒れたー!?」

 

 マジでこの世界のことを調べなおそうと決意しながらぶっ倒れる悪役令嬢がいたとかいなかったとかいう噂があるが、それはまた別の話。




私は好きにした、君らも好きにしろ(訳:拓銀令嬢のところにシンゴジ湧いたら面白くなるんじゃね、というネタツイートを原作作者である二日市とふろう先生にRTいいねしていただきました。それでも書き上げた勇気を褒めてくれてもええんやで)

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