起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる? 作:サイスー
話すのなら落ち着いて室内で、と俺たちは家のなかへと場所を移した。
わたくしも同席してもよろしいかしら。
ダリアがそう言い、一も二もなく許可しようとした俺だったが、それよりも早くカロスが言う。
「申し訳ございませんが、本日のところは主様と二人で話させていただいても?」
「カリステファス様がそうおっしゃるなら……」
ダリアはそう引き下がるが、未練たらたらの顔をしている。
表情と感情が直結していることは恥ずかしいことだと思っていた俺だったが、彼女と出会って少し考えが変わった。
それもまた、魅力的のひとつなのかもしれない、と。
ダリアと彼女の執事は転移陣で部屋から帰っていった。
また改めて連絡するわ、と俺にウインクを残して。
家のなかにカロスがいる。当たり前だと思っていたのに、二週間もあけば懐かしさが込み上げてくる。それほど汚くはしていないつもりだったが、カロス的には思うところがあるらしく、窓際や棚の上など手をつけていない部分へ足を運んではツーっと手袋を嵌めた指先を滑らせて、姑のごとく清掃チェックをしている。悪かったな、たしかに拭いてねえよ。
王妃からの手紙が目立つところに置かれており、すぐにそれを見つけたカロスが眉を顰める。
今回は宛名までもが王妃の直筆で、悪筆のそれを目に入れた瞬間にピンときたらしい。
「また王妃様の直筆ですか」
「そうなんだよ。お前が帰ってこないから全然暗号を読み解けなくってさ」
「暗号のほうがまだ可愛らしいものですよ。
魔界文字との対応表を譲り受けましたので、前回よりスムーズに読み解けるかと」
「ひらがなカタカナ対応表みたいなやつか。そんなのあるんだ」
っていうかその魔界文字を書いているはずなのに、対応表が必要な王妃様って。
「対応させるのもまた、一苦労なのですけれどね」
みみずが苦しみたくったあげくに、もがいて干からびたような文字だものな。あんな字書かれるくらいなら象形文字を読み解く方がずっと簡単そうだ。
軽い口調で他愛のない話をしつつ、俺はフリージアをベッドに寝かせて、2人で丸テーブルを挟んで向かい合う。
切り出したのはカロスであった。
「それで、聞きたいことというのは?」
「……俺の、魂のことだ。
もうひとつ。本来のグラジオラスが、どうなったかということ」
勇気を振り絞ってカロスに尋ねたが、得られた内容は当初説明された内容とさほど変わらない内容であった。
「そんなことですか。なにを言われるのかと少し身構えてしまいました。
あなたは別の世界から来た魂です。
グラジオラスの魂は--わたしがいただいた、そう以前にも申し上げませんでしたか?」
「言ってた」
「思い出してくださいましたか?
全く……。ご飯を食べてすぐにご飯はまだか、と言われたような気分ですよ」
「誰が痴呆症だ。覚えてたけど、確認のために聞いたんだよ!」
「ほう……?」
怪しい、みたいな目で見るな。
そんなノリで話すことじゃないし。
「なんで、俺の魂を召喚したんだ?
ダリアに聞いたんだけどさ。身体と魂とはぴったりと適合していないと支障をきたすらしいけど、俺は全然そんなこと感じてない。
なにか、魂を選ぶ基準みたいなのはあったのか?」
俺はさりげない風を装って、カロスが俺の魂を召喚したと確認を取るために尋問する。声は震えなかったし、泳ぎたくなる視線を必死に押さえつけているのでなんとかそれっぽく見えているはずだ。
「遠見の一族に依頼したので、あなたの魂がその身体に適合するであろうことは凡そ検討がついていました。
あなたは異界で死にかけていた。そこであなたをグラジオラスの身体に宿らせることにしたのですよ」
やっぱり、カロスが俺を喚んだんだ。
改めてその事実を知り、俺は愕然とする。
なぜ俺が選ばれたのか。それはグラジオラスの身体とぴったり適合する稀有な素質を持っていたからだとして。俺を召喚したからにはなにか意図があるはずだ。
「一生を終わらせる魔族もいるんだろう? 例えば、グラジオラスの師匠みたいに。どうしてグラジオラスの魂を取り替えてまで、俺を召喚したんだ?」
「戻りたいですか? あなたの元の身体がどうなっているかは分かりませんよ。
あなたはせっかく得た二度目の生を謳歌すればよろしいのでは」
そうは言ったって。
側から見れば、俺はグラジオラスの身体を奪った他人だ。
自分の身体のスペックも考えずに馬鹿みたいに走っていて、その途中で気を失ったのだ。あれは死にかけていたのか。
そうだ。俺の身体はどうなっているんだろう。道端に転がっていたはずの俺の身体は、病院で植物状態になっているのだろうか。それとも、もう焼却されてしまっただろうか。
たとえ元の身体に戻れるとしても、身体がない状態じゃあ死んだも同然だ。
一生女として生きていく。
ただグラジオラスの身体を借り受けたような気持ちでいたが、もしもそうなるとしたら?
今すぐ死にたいほどに嫌ではない。だが、引っ掛かりは覚える。
「俺のいまの身体の状態って、わかんないのか?」
「どうでしょうか。遠見の一族であれば或いは」
遠見の一族。やっぱり怖すぎる。プライベートもなにもありやしない。
調べて欲しいような、だが結果が怖いような。なんとも言えずに、俺ははぐらかした。
「覗き放題だな、その一族にかかりゃあ」
「全魔族を常に見ているのではもちろんありませんよ。身体がいくつあっても足りませんから。
通常は彼らに依頼しても魔法使用履歴の書かれた紙しか送られてこないのですが、少々伝がありましてね。あなたのことは詳しく調べていただきました」
たしかに俺にも紙が届いた。
だが、魔法使用履歴なんて書かれていなかったぞ。
あれは、まざまざとグラジオラスの感情までもが描かれた壮大なメロドラマみたいになっていた。
なぜだ? カロスに聞いてみるか。
いや、駄目だ。
俺はグラジオラスのことを調べたことを一瞬言おうかと悩んだが、すぐにやめる。
「モカラが言ってたんだけど、送られてきた紙にものすんごい文章が書かれてるって……。それが魔法使用履歴ってことか?」
そしてモカラから聞いた体で話す。
「あの魔女、見た目通りの常識知らずですね。さすがに想像以上でしたが。
あの紙の正しい扱い方すら知らないとは、呆れよりも驚きの感情が先立ちます」
ごめん、モカラ。ものっそい言われっぷりだ。
俺は心のなかなかで謝罪する。俺のせいで度を超えた常識知らず扱いをされてしまってる。
カロスは疑うでもなく、ダリアは妹に常識も教えていないのですねと呟く。
ダリアを見ていると妙にモカラを思い出すと思っていたんだ!
美人姉妹か……!
知り得た情報に興奮する俺だったが、カロスが口を開いたので一旦落ち着く。
「あの一族は遠見だけでなく、大魔法を常に感知する警戒職務についているのです。大魔法の裏には大抵なにかがありますから。逆に事件の裏にもまた大魔法が行使されていることが多い。
ですから、魔界探偵事務所宛に対象人物の名前を送れば、大魔法使用履歴であればすぐに手紙の返答がきます。
ただ妄想内容を聞いて欲しい悪癖があるので、特殊な紙に大魔法の裏にあると面白いストーリーを奴らが考えては、送りつけてくるのですよ」
「へぇ。その特殊な紙ってのはどういうやつ?」
「魔力を流し込めば、本当の文字が出てくるのです。普通に見ればただの彼らの妄想です。気になるのであれば、一度依頼してみてはどうでしょうか」
それがもう、したんだよな。
俺はグラジオラスのことを調べて欲しい、と書いたから、グラジオラスの大魔法使用履歴が送られてきているのだろう。
紙に魔力を流し込んだりはしていない。
俺は、彼らの妄想の文章しか読んでいなかったってことか。
どうりで、変な文章が書かれていると思った。
手記から垣間見える彼女の人間性は、嫉妬に狂うようなタイプではなかったし、違和感はあったんだ。
カロスに嘘をついたのは、我ながら不思議だった。
駄目だ、と咄嗟に思ったんだ。
俺を召喚した悪魔であることが確定したからだろうか。
第六感が激しく訴えてきた。これはカロスに隠すべき内容だ、と。
モカラには悪いことをしてしまったし、カロスを信じない明確な理由もないのだが、不思議と言うべきではないと謎の確信をした。
自分の心が訴えるこの不思議な感覚を、俺は無視すべきではないと判断した。
「……そうだな。今度依頼してみようかな」
「話というのは、以上でしょうか」
「うん。
そういやさ、遠見の一族は血統魔法が使えるらしいけど、俺はなんか血統魔法みたいなのってあるのか?」
「わたしが彼女から以前聞いたのは、人の魔力が色として認識できるということでした」
「え、普通は見えないのか?」
カロスからは常時濃い赤の魔力が見える。モカラは転移陣から現れるときに桃色の魔力が。
それは当たり前のように存在していて、俺は疑問を感じることさえなかった。そういえばいつも見えていたカロスの魔力が今は見えない。
ちなみに俺の魔力は緑寄りの青である。
「見えませんよ。感知能力の高いものであっても、強烈ななにか、としか認識できないのです。
魔力を常時可視できるグラジオラスが、緻密な魔力操作を必要とする魔法薬を作れたのはその為でしょうね」
「へぇ……じゃあ、俺も極めればなんとかなりそうだな!
カロスはどんな血統魔法なんだ?」
「わたしは記憶を司る悪魔です。
主様の心が読めるのも、読心魔法が使えるからですよ。今は魔力不足ですので使っておりませんが」
「え、じゃあお前いま、俺の考えてることわかんねえのか」
「はい」
そんな魔法があったのか。
だからいつもカロスからは赤い魔力が漂っていたのか。
その読心魔法とやらは、生活魔法と同じように簡単に使えるものなのだろうか。
「読心魔法!」
唱える俺に、にこりと微笑むカロス。
なに考えてんのか全然わかんねえ。
「あなたには使えませんよ。一族の血統魔法ですから」
「あっそ」
俺は内心でにやりと笑った。
別にカロスの心のなかを読めなくてもいい。
これで心のなかでどれだけカロスを馬鹿にしようともバレないということのほうが大きい。
ばーかばーか、憎たらしい面しやがって! イケメンがなんだってんだ! 慇懃無礼男め!
有能だと認めてても、イケメンへのフラストレーションは溜まるんだよ。
お前なんかインポになっちまえ。やーい、インポ悪魔。
「下品なことでも考えているのでしょう。すごく不愉快です」
にこり、と笑みをさらに深めるカロスに、俺は背筋が凍る。
よ、読めてないんだよな?
「そんな失礼な。考えてねえよ」
俺はそう言い、慌てて視線を下に落とす。
「もう魔力はわけてくださらないので?」
「読心魔法使われるんだろ? 聞いたうえでわけるわけねぇだろ。
どんだけドMだと思ってんだ」
かさ、と衣ずれ音がした。
俺は振り返ってベッドをみる。
フリージアが、まんまるの目を開き、まるで様子がわからないようで、きょろきょろと不思議そうに部屋を見回していた。
「フリージア! 起きたか」
俺はベッドへと駆け寄り、なんで勝手に出て行こうとしたんだ! とフリージアをぎゅうぎゅう抱きしめると、ぺこんと耳をさげた。
フリージアは反省している様子だった。
かわいいやつめ! 許してやるけど、もう勝手にいなくならないでくれよと念を押す。フリージアはうるうるとしたまんまるの瞳で俺を見上げ、にゃぁと返事した。
フリージアがこうして家にいてくれているのは、カロスのおかげなんだよな。
まあ、フリージアを追い出すような話になったのもカロスのせいなんだけど。
以前と変わりない態度のカロスだが、自分の方が無理してるんじゃないかと心配になるほど顔色が悪い。
ただの魔力不足です、とカロスは言う。顔色が真っ白で少し痩せた以外には、たしかにいつも通りと言える。無理はしないでほしいところだ。
さて、話を終えて俺の腹は盛大に鳴った。緊張の糸が途切れたのだ。
グラジオラスか嫉妬に狂って呪いをかけた、それは遠見の一族の妄想かもしれない。
そのことが、随分と気を楽にしてくれる。
呪いをかけたことも、偽りであればいい。
そう願う。
久しぶりに食べたカロスの料理は、涙が出るほど美味かった。
あなたは猫缶で十分でしょう、とフリージアの前に放置されていた猫缶を出すが、フリージアは見向きもせずにぴょこんと俺の膝の上に乗った。俺はいつも通りナッツを分けてやる。
魔法薬にも挑む。
難易度の高い魔法薬は、魔力の色の濃さや容量を意識することで以前は作れなかったものもうまくいった。とはいっても最上級の魔法薬はまだ作れていない。もっともっと練習が必要だ。
集中力が切れた頃にグラジオラスの手記の、日記部分だけを読んでいく。
彼女の手記から垣間見える精神は、やっぱり、とても人を呪うような人には思えない。日々の穏やかな生活を愛し、人に尽くすことを苦としない勤勉な性格に見える。
呪いなんて、やっぱりかけていないのではないか。
もしもかけたとしたら、どうして呪いなどに手を出したりしたのだろうか。
悩む俺のもとにカロスが歩み寄ってくる。
「主様、手紙の解読が終わりました」
「え、もう?」
「前回の魔法薬が素晴らしかったので、特別に茶会に招待するとのことです。都合の良い日をなるべく早く教えてくれ、と」
「なるべく早くかぁ……魔界のなる早って、どんくらいよ」
「最低1日、最長3日程度でしょうか」
「だよなあ。明日以降いつでもあいてますって書いてすぐ送るわ」
やることはまだまだ山積みで、疑問も山ほどあって。
どれから手をつけていいのかわからないほどだけれど、焦らず一つずつこなしていくしかないのだ。
引き出しのなかに仕舞い込んだ魔界探偵事務所からの手紙を、カロスの目を盗んで見つからない場所へと移動させる。
それを開封したのは、深夜だ。
カロスがいなくなったことを見計らって、生活魔法で小さな光をだし、手紙を取り出す。フリージアはぐっすりと眠っており、起きる様子はない。
文章が書き連ねられた紙に魔力を流していく。
手紙の文字のインクが、紙のなかに吸い込まれるように消えていく。
まっさらになった紙に、今度はインクが滲み出てくる。不思議な光景であった。
そこには全く違う文字が浮かんでおり、その内容は簡素なものであった。ここの内容から妄想を広げたのかと感嘆する。
魔界序列3位グラジオラスの3025年 大魔法使用履歴
魔界歴3025年3月2日 長距離移動魔法
魔界歴3025年4月1日 長距離移動魔法
魔界歴3025年6月3日 永遠の眠りの魔法
魔界歴3025年7月3日 サムシャ魔法
「永遠の眠り……」
思わず呟いた。暗く静かな室内に俺の声が響く。
永遠の眠りの魔法というやつが、呪いと呼ばれるものなのだろう。
グラジオラスは本当に呪いをかけていた。
その後のサムシャ魔法というのは、なんなのだろう。それ以降が書かれていないということは、それくらいの時期で俺の魂が入ったということだろうか。
あの内容ならば、ダリアが同席していてもなんら問題がなかった。となると、カロスが恐れていたのはダリアからの質問であろう。
俺では気づかない違和感を、ダリアならば解消してくれるかもしれない。
カロスから聞いた話を伝えるのと、サムシャ魔法なるものを教えてもらうためにも、明日にでもダリアと連絡を取ろうと決めた。