起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる?   作:サイスー

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リコリス

 

「そこ! そんな地味なものはよけてしまいなさい。その魔宝石や歴史的な絵画はもっと主張して。……ああそれだとやりすぎ。もうすこし距離をはなして。

 ……ねえ、その壺とっても不気味だわ。どうしてそんなに前に置くの? そもそも壺は置かなくてもいいわよ」

「しかし王妃様、この壺は先先代の魔王様がとても大切になさっていた……」

「嘘でしょ。どう見てもセンスの悪い壺じゃない」

「この場所から動かすな、と魔王様より言付かっておりますので……」

「ダーリンから……。それなら仕方がないわね。その隣に骨董品を集めてそれっぽく見せてちょうだい。

 ……ダメね、全然不気味な感じが拭えないわ」

 

 リコリスは茶会のセッティングの最終確認のために訪れ、使用人たちを捌きながら、ドキドキと高鳴る胸を深呼吸をして鎮める。

 その姿はいつも通り堂々としたものだ。

 しかし彼女の内心は、見た目とは全く違ったものであった。

 指先はひんやりとしており、緊張に肩が凝る。しかしその様子を周りに見せまいと毅然とした声色で指示を飛ばす。

 彼女は、強い魔女だと思われたかった。魔王の妃という立場に相応しいほどの強い魔女だと。舐められたくない、そんな思いが暴走して時々素っ頓狂なことをやらかしている。彼女自身も少しは自覚はしていた。

 

 通常、使用人に誰がくるのか伝えれば、その格や関係性に応じた場のセッティングをしてくれる。だが今回リコリスは、来客者の名を明かさなかった。明かせなかった、というほうが正しい。それに加えて、客人の顔を見ることもまた許さないと事前に伝えている。魔王妃と誰ともわからない者を二人きりにはできない、と言われることはわかっていたので、リコリスは己が心から信用していて、かつ周りからも厚い信頼を得ている魔女――カトレアを同じ場に招いている。

 

 レディ・カトレアといえば魔界で知らない人間はいない高名な魔女だ。リコリスはカトレアを呼び捨てにすることを本人から許されていたが、恐れ多いことだと思っていた。

 王城を訪れる予定の高名な魔女と、名を伏せられた来客に戦線恐々としているのは、リコリスばかりではない。

 下働の者たちは自分たちの不手際がリコリスの不手際となることを深く認識しており、リコリスの顔に泥を塗ることを心から恐れていつも以上に気を引き締めている。

 

「照明はもうすこし落としてちょうだい。そう、そのくらい。その椅子はもう少し右……」

 

 悩む素振りを見せた下働きに、リコリスの側付きが指示をする。

 

「王妃様とカトレア様のお席から見て、間に位置する位置に」

 

 リコリスの指示に加えて、さらに細かい指示が専属の使用人からさらに下働きの者へと伝えられる。

 リコリスはその指示にうんと頷いた。

 さすがはわたくしの側付き。わたくしが思っていることを、思っている以上に指示をしてくれる。

 幼くして魔王に嫁いだリコリスにつけられた魔女は、誰もが優秀で、痒い所に手が届く魔女達だった。忠誠心も申し分がないほどに高く、心を砕いてリコリスに尽くしてくれている。

 一生をかけて魔王に尽くし続ける側仕えたちは、魔王に連なる王妃のこともまた心から想ってくれている。そのことをリコリスは日々ひしひしと感じており、同じくプレッシャーにも感じていた。

 夫は魔王でそのことにもプレッシャーを感じていたが、それは随分と早い段階で慣れた。だが少し距離のある使用人からどう思われているのかは、気にしたくないのに気になってリコリスは己の振る舞いに悩みつつ過ごしていた。

 

 誰にも強要されず、産まれた時からずっと魔王一族に尽くす。そんな悪魔たちばかりが集められているのが側仕えで、それ以外の使用人は重さの程度はあるものの奴隷契約を結んでいる。

 

 側仕えの家格は高く、金に困ってもいない。奴隷契約なんてなしに、一途に魔王に尽くすことを誉とする家柄なのだ。

 

 リコリスはまだ少女といえる年齢で嫁いできて、100年は経ったのだが、長く仕える側仕えたちから見ればまだまだひよっこに見えるのか、過保護な扱いがいつまでも和らがない。

 

 使用人達がホール内をくるくると動きまわる様子を監督していたリコリスのもとに、側付きのひとりが近づいてきて一礼し、落ち着いた声色で言う。

 その魔女はリコリスの側付きのひとりだから、関わる機会はとても多い。だから畏まって礼などしなくて良いと言っているのに、そう言うわけには参りませんと、堅苦しい態度を崩さない。いつだって己の基準に従い堅苦しく生きる。

 きっと、そんな魔女だからこそ魔王から信頼されている。

 

 能面でとっつきづらい彼女にリコリスはほんの少し苦手意識を持っており、それを表に出したことは一度もないが、なんとなく彼女もまた自分のことが苦手なのではないかと勝手に思っている。なにせ側付きの魔女とはいえ、リコリスよりもずっと歳上で経験も深く、本来ならば魔王様に尽くすために城に勤めていた方だ。魔王様からの命令とはいえ、小娘に尽くし続けるのは嫌だろう。

 

「王妃様、カトレア様が到着されました」

「すぐに行くわ」

「かしこまりました。いつもの応接間にご案内しております」

 

 す、と前に出てリコリスを先導する。卒のない洗練された動きだ。

 

「ありがとう、案内は不要よ」

「かしこまりました」

 

 通路の脇に避けて頭を下げ、リコリスが通るのを待つ。いつも通りまるで感情が読めない。

 

 どうしてこんなにやりづらいのかしら。やっぱりわたくしがまだ認められていないせい?

 

 なおのこと、彼女には今回の件がバレないようにしなくちゃ。

 

 リコリスはそう思いつつ、早足に応接間へと向かった。

 応接間へと続く扉の前には使用人が控えており、リコリスの到着に遠目で気づくと扉をノックし、中にいるカトレアにリコリスの到着を告げた。

 

「カトレア様、急な呼び出しにも関わらず、すぐにきてくれてありがとう。貴女しか頼る人がいなかったの」

「王妃様に頼っていただけてとても光栄ですわ」

「本当は迷惑でもそう言えないわよね……ああいやだ、ごめんなさい。皮肉を言いたかったわけではないのよ」

「迷惑だなんて。そんなことあるはずがないですわ」

 

 鮮烈な紅の髪は艶やかに、美しい紫色の瞳を優美に細めたカトレアは、ふわりと甘い香りをさせながら両手を差し伸べつつリコリスへと近寄って、包み込むように抱きしめた。リコリスもまたカトレアの薄い背中にそっと手を伸ばす。

 高位魔女で、かつ魔王と同じくらいに長生きをしているカトレアは、魔界でも5本の指に入るほどの有名人だ。リコリスが王妃になっていなければ、彼女と付き合う機会はなかったことだろう。それほどまでに高嶺の存在だ。

 使用人達の前では王妃らしくあらねばと刺々しい雰囲気をみせるリコリスだが、カトレアの前では年相応の態度になる。己のような小娘が友と称するのは畏れ多いが、カトレアはリコリスのことを友だと言ってくれる。

 リコリスは親よりもずっと歳上ながらも、付き合いやすく尊敬のできるカトレアのことを心から頼りにしていた。

 歳を取るほど気難しくなる人が多いけれど、カトレアは地位も実力も高いのに目下の悪魔にも優しく、とっつきやすい。

 リコリスは幼く見られたくないという強がりから、下の者との距離感を図りかねているから余計に、さすがはカトレアだなと思う。

 誰とでも仲が良くて、かつ下の者から尊敬される。

 カトレアはリコリスの理想であった。

 

 カトレアがにこりと微笑みながら使用人へと目配せすると、応接間に控えていた使用人達が外へと出ていく。

 

「さて。人払いも済んだことだし、今回のことを伺ってもいいかしら」

 

 やわらかな声色で、カトレアはリコリスに促す。

 リコリスは今までの経緯と、今回の茶会に招んだ魔女についてをできるだけ簡潔に伝えた。

 

 やはり自分が幼いせいか、なかなか魔王が自分に手を出してくれないこと。

 魔王からのオーダーと称して何度もグラジオラスに例の薬をつくれと強請ったが、オーダーを無視されていたこと。

 今になってようやくオーダー品が届いたが、そこに注文していない装飾の施された瓶に入った品質の良い化粧品が入っていたこと。

 魔王オーダーを騙ったことは未だ魔王にはバレていないが、グラジオラスにはバレているかもしれないという疑惑。

 

 魔王のオーダーを騙ったと言ったときは、紫色の瞳をまるく大きく開いて白い手でそっと唇を覆っていたカトレアだったが、始終落ち着いた様子は崩さなかった。

 

「なるほど。話を聞いている限りでは……私も、グラジオラスならばリコリスがオーダーしたことに気づいていると思うわ」

「やっぱりそうよね……」

「今日来るのはグラジオラスなのね……」

 カトレアが人差し指でするりと下唇を撫でる。珍しい仕草だった。

「彼女、最近は死んだように活動をしていなかったのに。

 ……なにかあったのかしら」

 

 カトレアにしては珍しい反応だ、とリコリスは思った。

 誰に対しても等しい態度をする貴婦人は、嫌いな者も苦手な者もいなかったはずだ。だが、どういうわけか今回の茶会に乗り気ではなさそうだ。

 グラジオラスと、なにかがあった?

 

「カトレア様はグラジオラスに会ったことがあるの?」

「人嫌いの彼女はあまり社交界に出てこないから、私も直接会ったことはないのよ」

 

 会ったことはないのに、なにか気掛かりな様子。

 リコリスはここ最近あった大きなニュースを思い返してみたが、カトレアとグラジオラスが関わり合いになるような出来事はなかったよな、と思う。

 カトレアの言う通りグラジオラスの世間への露出は低い。小さなパーティーにすら出席した噂を聞かない。

 

「もしかして、グラジオラスと何かあった?」

「あら、そんなふうに見えてしまったのね。気を遣わせてごめんなさい。

 何かあるもなにも、会ったこともないのよ。

 彼女の魔法薬の腕はとてもいいし、どんな魔女なのか興味があるわ」

 

 いつも通りの微笑みだ。

 なのにどうして、リコリスにはカトレアが不安そうに見えた。

 人を見る目は魔王妃となって養われてきたと言う自負がある。小娘が何を言っているのだと気を悪くしたらどうしよう。杞憂に思いながらも、カトレアのいつにない遠い瞳に不安を覚えてリコリスは胸がざわついた。

 

 魔王オーダーを騙ることは、普段のリコリスならまずしないことだ。

 あの時はそれほどまでに追い詰められていた。バレたかもしれない今となっては己の行動を後悔しているが、あの当時はもうこの策しかないと思い詰めていたのだ。

 

 心許せる友であるカトレア以外には、誰にもバレたくない。だから使用人にさえもグラジオラスの来訪を伝えなかった。

 

 けれど、このカトレアの反応を見て、リコリスはさらに頭を悩ませた。

 改めてまずい状況にあるのだと再認識したのだ。

 自分が思っているよりもさらにまずいことなのだ。カトレアはリコリスを責めないが、リコリスを見つめず遠くを眺めるその瞳に絶望した。

 まずい状況にカトレアを問答無用で巻き込もうとしているのが己の所業だ。

 いつだってリコリスの頼み事を断ったことがない――もしかすると、立場や気遣いから断れないだけかもしれないが――カトレアへの申し訳なさに押しつぶされそうだった。

 

「グラジオラスに会うのになにか……不都合なことになる、のよね。

 わたくしからのお願いだからといって、無理を強いるつもりはないの。なにかあるなら、本当に無理をしないでちょうだい」

「あらいやだ……本当に気にしないでちょうだい、リコリス。大丈夫よ」

 

 にこりと微笑むカトレアに、リコリスは違うの、と叫びたかった。しかし喉元でぎゅっと言葉を押し込める。

 そうできたら、どんなに良かっただろう。叫んだとて結果は変わらないのだが、それでも心のままに思いを告げることができたならば、少しは気が晴れるだろうかと夢想する。いや、きっと言ったら言ったで後で悔いるだけだ。

 どうして意味もないことを言ってしまったのだろうと。

 

 何を言っても彼女が断ることなどできやしないとわかっていたのに、己の気持ちを満たすためだけに何故言ってしまったのだろう、と。

 

 この立場についてからもう100年も経つのに、どういう言動をすればいいのか、なにが正解なのかがわからない。

 リコリスは毎日不安だった。

 自分がどう行動しようと、魔王妃だからとその意思を尊重される。なにをしたってリコリスの意思が反映されるのだから、行動する前から結果は同じだとわかっているようなものだ。

 だが、そのなかでどう行動するのかが大事だとリコリスは思うようにしていた。そうでないと、あまりにも報われない。

 

 巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだったリコリスは、カトレアが深く思い悩んでいることには気づいたが、その悩みが己の思うこととはまるで見当違いなことだということには気づきもしなかった。

 気づけるはずも、なかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 王妃からの呼出し、そして茶会。

 華やかすぎて寒気がする。ちょっとした飲み会だと思おうにも、アルコールの力で人と楽しく話していた俺からすればアルコールがない時点で詰んだ。ギブミーアルコール。

 優雅に茶を飲みながら人を見定めるイメージの茶会。

 人と人との交流って、人を見るためのものだろう?

 オホホホホなんて笑いながらセンスで口元を隠したマダムが遠回しに貶してくるイメージ。褒めているようなことを言って、含みを持たせた会話をするんだろう? 俺の読んだ後宮系小説はそんな感じだった。俺にはそんな器用な真似はできないし、なんなら相手の含みにも一切気づけない自信がある。どや。

 ……気が重すぎる。

 どう頑張ったってそれっぽくは振る舞えないのだし、いっそのこと道化に徹するのがいいだろうか。

 ルネッサーンス! ハッハッハッハ、なんて言いながらティーカップで乾杯したらダダ滑りするだろうか。するだろうな。うん、知ってる。

 

 茶会に着ていく服なんて出無精の俺が買っているはずないし、本来の身体の持ち主であるグラジオラスも、お洒落には丸切り興味がなかったらしく、衣装棚には真っ黒いダボダボのローブが分身でもしたかのように大量にぶら下がっているだけだった。何着あるんだこれ。生活魔法があるんだから同じ服こんなにいっぱいいらないだろう。

 

 服装のセンスがありそうなカロスにドレスの新調を命じたが、そもそもオーダーメイドで衣装は買うものらしく、1日2日で衣装は出来ないとのこと。

 既製服の概念はどうやらないらしい。

 そういえば街中に出たとき、皆が皆個性豊かな服を着ていたことを思い出す。既製服がないから、そうなるべくして個性豊かだったのだ。

 

 結局俺は、家にあった一番綺麗な真っ黒いローブを身につけて、転移陣の上に乗ることにした。転移陣は王宮の前にも引かれているみたいで、時間指定でゲートを開けてもらえるという。服を悩んでいて時間を逃せば、瞬間移動が許された王城近くの街に行くしかなく、そうなると遅刻は必至。

 

 ラッキーなことにローブは王に会いに行く時にでも着られる汎用的なデザインらしいし、及第点としてもらおう。

 

 俺も普通の服買っとかないとな……。タスクリストに追加追加、と。

 

 王妃様からなぜかフードをかぶってくるように命じられたので、鼻先までまぶかにフードを被り、陣へと魔力を込める。

 

 転移陣から粒子状の魔力の光が渦を巻くように上へ向かって漏れ出して、俺の身体をぐるぐると包む。

 目の前が光の濁流で見えなくなり、魔力の粒が霧散すると同時に、肌に感じる空気がひんやりとしたものに変わった。

 

 

 抜けるような灰色の空に、鬱蒼と茂った森。目の前にはどでかい宮殿が聳え立っていて、お化け屋敷はかくや、という荘厳な佇まいだ。真っ黒に塗り込められた大きな門。その前には甲冑に身を包んだ兵士が二人、門を挟むように立っていて、設置された転移陣を常に視界に入れている。

 

「客人だな。王妃様より仰せつかっている。しばし待たれよ」

 

 低い声色で兵士のひとりが言う。甲冑で顔はわからないが、声に見合った取っ付きづらい見た目に違いない。

 俺は頷いて、やることもないので石造りの大きな城を見上げた。

 デカい。白い石と紅屋根のありふれたデザインの城。薄汚れているわけでもなく、人がいないわけでもないのに、不気味だ。

 

 柵の隙間から見える庭園も別に手入れが行き届いていないとかではない。なのにお化け屋敷のような不気味さがある。

 漂う雰囲気がおどろおどろしいのだ。なんか、黒い粒々とした魔力のようなものが瘴気のように漂っていて、端的にいって空気が悪い。

 魔王ってこんな空気の悪いところに暮らしてるんだ。いやそれにしても空気悪くないか?

 

 いや、待てよ。

 

 俺にとっては空気が悪いが、純粋な悪魔や魔女からすれば快適なものなのかもしれない。俺は生粋の魔女たちとは感性が大きく違う。

 

 フリージアがあんなにきゃーきゃーゴキ◯リのごとく叫ばれる意味もわからないし。

 ってことは、もしかしたらこの空気の悪さは生粋の悪魔たちからすれば森林の中のマイナスイオン的な……?

 

 わかんねえよ……魔界。

 

 そんなことを考えているうちに、門の内側からドレスを身につけた魔女がやってきて、俺を中へと迎え入れてくれた。どうやらその魔女は偉い人らしく、兵士も目礼をしていた。

 

「お待たせいたしました。

 私は貴女のお名前を伺うことを許されておりませんので、どうぞそのまま私の後ろをついてきてください。

 王妃様たちのもとへご案内いたします」

 

 いやいやいや。ちょ、待てよ。

 来たことを隠されるレベル?

 王妃様、俺のことなんだと思ってるんだ……。

 

 あ、もしかして、俺の存在を使用人にも隠したいからフードで顔を隠してこいって言ったのか。

 今更ながら納得した。

 

 なんで顔を隠してこいと言われたのかとは思っていたが、そこまで考えていなかった。

 王妃様は俺のことを卑猥物か何かだと思ってるのだろうか。まあ確かに王妃様の立場からしたら、やたら勃起薬ばかり納品してきて魔王のハッスル具合に困ってるかもしれないし(別に俺が望んだわけじゃないのに)魔王がオーダーしていることを知らなかったら卑猥薬の人だと思われてるわな。……なんかショック。

 

 牽制された以上無駄な会話をするわけにもいかず、心のなかでだけやいのやいのとぼやきつつ、俺は黙々と魔女の後に続いた。

 背筋をピンと伸ばして颯爽と歩くその魔女は、俺が鍛えていなかったら絶対についていけないくらいの足の速さだ。ちょっとは運動することに慣れておいてよかった。こんな迷宮みたいにぐりぐりと角を曲がる王宮内に取り残されたら、間違いなく迷子かつ不審者確定だ。

 ふかふかの赤い絨毯は埃一つなく、時折現れるアーチ状の大きな窓も曇り一つなく拭きあげられている。時折すれ違う使用人は俺たちの姿を認めるとすぐさま廊下の隅に寄って頭を下げる。うむ、苦しゅうないぞ。

 

 螺旋階段を昇って中庭を抜けたところに、ようやく今日の茶会の会場はあった。目的地がわかっていないことも相まって結構な距離を歩いた気がするし、精神的にも肉体的にも少し疲れた。

 

「どうぞお入りください。王妃様とカトレア様がお待ちです」

 

 ちょ待てよ。カトレア様って、誰だよ。

 観音開きの扉が押し開けられ、俺はその疑問を口に出すことさえ許されずに部屋の中へと入った。

 そして、出迎えてくれた華やかな美貌の魔女2人よりも、より一際目を引く位置に配置された汚い壺に度肝を抜かれた。

 

 きったねぇ壺。

 

 これは魔界的にどういう意図のある壺なんだ……?

 

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