起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる?   作:サイスー

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サムシャ魔法

 

「来て早速なのだけれども。あなた、まだ借金が残っているのではなくて?」

 

 猫のような大きな翠の釣り目が妖しく光りながら俺を上目遣いに見てくる。匂い立つような美しさで思わずどきりと心臓が跳ねた。

 陶器のような肌は新雪のように抜けるように白く、相変わらずとんでもない美女っぷりである。

 机に前のめりになって話す彼女の胸元は、たわわなことになっているわけで。

 俺は鼻の下が伸びそうになっているのを自覚して慌てて鼻をスンスン吸って誤魔化す。女性はデリケートな部分へ向けられる邪な視線を、いちいちそうとは言わないが、必ず気づいて不快に思っているものだと聞く。

 

 俺からの手紙を受け取ったダリアは、忙しいだろうにあっという間にスケジュールを組んで俺の家へと訪ねてきてくれたのだ。

 彼女が家のなかに入ってきた瞬間から華のようなやわらかな甘い香りが部屋中に広がっていて、ふわふわと不思議な気持ちになる。

 

「聞いているの? グラディス」

 

 むくれたダリアがぷっくりとした桃色の唇を尖らせる。俺は慌てて口を開いた。

 最近緊張感のすごい美女たちと会ったばかりだったから、なんだか油断してしまっていたのかもしれない。

 

「聞いてた、もちろん聞いてたよ。借金の話だったよな?」

 

 タメ口で話すことにドギマギする。以前タメ口で話していい、と言われたが、圧倒的なオーラのある美女を前にすると心臓がスキップして飛んでいってしまいそうな酩酊感がある。

 

「そうよ。あなたのことだからちまちまとオーダーを受けて借金を返済しているのだろうけれど、とても美味しい話があるのよ」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、俺が以前の御礼として贈った美容液だった。細くて長い、きれいな指先が美容液の瓶に添えられている。ことり、と机の上に置くその所作がまるでCMのように思えた。こんな美女が紹介したらとんでもなく売れるに違いない。

 

「あなたが贈ってくれたこの美容液、この値段で売っているのが信じられないほどに素晴らしいものだったわ。

 わたくしが全て買い占めてしまいたいほど」

「それほどでも……」

 

 笑み崩れそうになるのを誤魔化すために俺は頰を描いた。

 ダリアは強い瞳で真っ直ぐと俺を射抜きながら言う。

 

「それほどのものよ。

 あなたにもとっとと借金を返済して、早く元の立場にまで戻ってきて欲しいわ。そのための協力は惜しまないつもりよ。そこでね」

 

 ダリアがそう言いながら取り出したのは、魔女通信のパンフレットだ。

 

「もうすぐ美の特集が組まれるの。美の魔女であるわたくしをメインに据えたものよ。内容はわたくしへの取材。

 そこであなたの美容液を推すわ」

「えっ。なんで」

「一刻も早くあなたに借金を返し終わって欲しいというのと……あとは、わたくしがあなたの味方である、と示すためよ」

「誰に?」

「――じきに分かることよ。

 美容液だけれど、今の売値は安価すぎるわ。

 美容液の性能はそのままに、星雫草を加えて、パッケージと香りとテクスチャを変えたものを作って頂戴。それくらい簡単に出来るでしょう?」

「あ、ああ……」

 

 星雫草。流星が落ちた先でのみ生えるといわれる生命力を高める草だ。肌再生にも用いられているが、その希少性からの高価さにより俺は使っていなかった。落ちぶれた俺の評価により、美容液の購入層が低位や中位の魔族が専らで高いラインナップは受けなかったからだ。

 

「その新しい美容液をわたくしが特集で紹介するわ。これを3倍の値段で売りなさい」

「3倍?! さすがにそれはやりすぎな気が……」

「いいえ。このわたくしが紹介するのですもの。納得がいかない者は今まで通りの美容液を買うのだから、なにも問題はないでしょう?」

 

 たしかに。

 文句がある奴は従来の美容液を買えばいいのだ。

 従来の美容液の値段を釣り上げるだけだと、文句が噴き出すだろうがこれならば。

 大きな成分の違いはないにしても、香りやテクスチャが違えば立派な違う製品になる。ドラッグストアに売ってる化粧水だって、さっぱりタイプとしっとりタイプがあったもんな。

 それに、誰もがよく知るあの“星雫草”が入っているのだ。もしかして、3倍の値段でも採算が出るくらいには売れるかもしれない。

 

 俺とダリアはそれ以外にも商品を作り出そう、と魔法薬についての議論を交わす。その合間にダリアは連れてきた従魔に「長くなるから好きに過ごしていなさい」と声をかけた。

 

 ダリアの従魔は、爽やかな風貌のまま眉尻を下げてカロスを見た。「……カリステファス様。もしよろしければ、この機会にお聞きしたいことがあるのですが」とカロスに伺いを立てる。ピジョンブラッドの瞳を俺へと向けたカロスにひとつ頷くと、カロスとダリアの従魔は連れ立って外へ出ていった。

 

 二人がすっかり外へ出ていったのを確認し、前のめりの姿勢になっていたダリアはゆったりと椅子に腰掛け、長い足を優雅に組んだ。

 

「さて。本題といきましょうか」

 

 二人の悪魔が出ていった扉へと視線を向けた俺は、こくりと頷いた。

 

 実はもともと計画していたのだ。

 カロスのことをダリアの従魔が外へと誘って、俺たちは二人きりになる。

 なんとなくカロスに相談事を聞かれたくない、と事前に伝えていたところ、ダリアが提案してくれたのだった。

 

 ようやく本題に入れる。

 俺がポケットから取り出したのは、遠見の魔術を行使する一族へ依頼した紙だ。

 

 魔力がすっかり切れて遠見の一族の妄想内容が書かれた紙に戻っている。この妄想内容をダリアの目に晒すのはなんだか嫌で、俺が再び魔力を込めてから渡そうかと一瞬考える。

 俺が取り出した紙をひょいと指先で摘んだダリアは、妄想ないようにまるで目を通すことなく紙へと魔力を通した。ほ、と安堵の息を吐く。

 やっぱりモカラが知らなかっただけで、こうして使うのは極々一般的なことだったのだろう。

 

 眉を顰めたダリアは、何度も入念にその内容に目を通し、机の上に紙を置いた。

 そこには以前にも確認した内容が変わらず書かれていた。

 

 魔界序列3位グラジオラスの3025年 大魔法使用履歴

 魔界歴3025年3月2日 長距離移動魔法

 魔界歴3025年4月1日 長距離移動魔法

 魔界歴3025年6月3日 永遠の眠りの魔法

 魔界歴3025年7月3日 サムシャ魔法

 

「……俺が思うに、永遠の眠りの魔法っていうのは、呪い……だよな?」

「ええ、そうね」

 

 どこか突き放すようにも聞こえるダリアの声。いつもと違って甘い響きがない。真剣みを帯びた彼女の声はいつもよりも一段低く、それがどこか恐ろしい。

 ついついふざけたことを言って場の空気を軽くしたくなるが、そういう場面ではない。

 

 俺は身を固くした。

 やっぱりダリアも、人に呪いをかけるような存在は嫌いだろう。先ほど提案した魔法薬のことだって、なかったことにしたいと思っているかもしれない。

 ビクビクしながらダリアが口を開くのを待っていた俺は、ついつい彼女の顔から視線を逸らしてしまっていた。彼女の表情に嫌悪の色があることを認めるのが怖くて。

 

 沈黙が肌に突き刺さるように痛い。

 怖くて逃げ出してしまいたくなる。全てを投げ出してしまいたくなる。だけど、このままじゃいけない。

 

 俺は、変わりたいんだ。

 

 そして、信じたい。

 

 変わるためには、行動を変えていかなければならない。

 腹の底にぐっと力を込めて、俺は視線を上げた。バクバクと激しく心臓が跳ねている。指先は氷のように冷たくなっていて細かく震える。

 俺の想像の中のダリアは、俺を軽蔑するような目をしていた。

 だけど実際のダリアは、とても険しい顔をしているだけであった。

 美しい眉を顰めて、いまだに紙面を見下ろしている。その表情に嫌悪の色はないことにひとまず安堵する。

 

「……軽蔑、したか?」

 

 俺は勇気を出して聞いた。

 俺が勝手に相手の心情を想像したって、悪いようにしか想像できない。本当の相手の気持ちなんて、相手に訊かなければわからないのだ。

 

「あら。なんの話?」

「その、俺が呪いをかけた、ってこと」

「ああ。そうね……そもそも呪いとは人へと与える影響が大きいもののことよ。自分自身へとかける魔法は(まじな)いだと言われることが多いわね。

 永遠の眠りの魔法は、他者へと強い影響を及ぼすことから(のろ)いに類するものではあるけれど……わたくしの知っているグラディスはどれだけ追い詰められても、どれだけ苦しくても、人を害することを選ぶ魔女ではなかったわ。

 記録には魔法を行使した記録こそ残るけれど、対象がわからないわ。相手が魔女や悪魔でなく魔獣である可能性があるし、それに」

 

 待てども続きがない。形の良い顎に細い指先をあてて考えるような仕草をするダリアは誰に聞かせるわけでもない小声で呟いた。「ネモフィラはこれを知っていて……?」

 視線を落とし、瞬きすらせずに深い思考へと沈んでいくダリア。しばらく待っても声を発する気配がなかったので、痺れを切らした俺は口を開いた。

 

「……それに?」

 

 待ち切れなくなってダリアを促すと、すっかり思考の海の中に沈み込んでいたダリアがはっと我に返って言う。

 

「すっかり考え事をしてしまっていたわ、ごめんなさい。

 とにかく。呪いに使われることが多い魔法ではあるけれど、人を貶める用途でグラディスが何かをすることなんてない、ってわたくしは信じているわ」

 

 華が咲くようににこりと美しく微笑んだダリアは、真っ直ぐに俺を見つめながら言ってくれた。

 ふわり、と心が温かくなる。

 やわらかくて、あたたかくて、無性に恥ずかしくなる。

 俺は、この人がとても好きだ、と思った。変な意味じゃない。

 なんでだろう。とても救われた気がした。

 

「ああ、そうそう。手紙でもサムシャ魔法について知りたい、と言っていたわよね」

 

 俺はひとつ頷く。

 

 煌めく翠の瞳から、スゥ、と色が消える。

 いつも淡く紅潮しているかのような頰から血の気が引き、近くにいるのに随分と遠い目をしたダリア。

 彼女は色のない声で淡々と言う。

 その瞳にも、声にも、なんの感情も乗せず。

 

「サムシャ魔法はね、永遠からの解放の魔法(まじない)よ。

 永遠(とわ)に続く生を自ら終わらせるための、禁忌と慈悲の魔法」

 

 壊れかけた人形が発した声のように、掠れたそれは酷く痛々しい。

 

 サムシャ魔法――それは、死ねない魔族が永遠の眠りにつく、唯一の方法であるらしかった。

 

 

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