起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる?   作:サイスー

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モカラ

 

「それでは手始めに、王からのオーダーを消化していきましょうか。大丈夫、問題はございません。貴女の身体はきちんと調合を覚えておりますから」

 

 カロスが手際よく準備したのは鍋とバーナー、すり鉢にすりこぎ棒、薬草各種と奇天烈な昆虫の干物である。

 古ぼけた箪笥から適当に取り出しているのかと思いきや、グラジオラスが記していたらしい薬草の調合書に、それらの品が羅列された薬があった。

 勃起薬、と書かれている。見間違いかと目をこするが、文字は変わらない。

 王から調合を指示された薬の名も、勃起薬。

 王様って、チンポたたねえんだ……。哀れな事実を知ってしまった。

 次から次へと送られてきていたらしい王からの依頼品(オーダー)が記された紙は、すっかり机の上に山積みになっている。それらを魔力で手繰り寄せ、目を通す。捲れども捲れども、勃起薬、勃起薬、勃起薬、勃起薬……目頭を押さえ、俺は涙を堪えた。たたねえんだな。切羽つまってんだな。王妃からのプレッシャーもすげえんだろうな。

 いいよ、勃起薬。作ってやるよ勃起薬。つれえよなあ……! 悲しいよなぁ……!

 

「さあ、主様。どうぞ調合を」

 

 それにしても、栄えある俺の初仕事が勃起薬とは……(現実に戻った)。

 髪とチンポは男の生命線だものな。そのうち薄毛薬とかも作らされんじゃないだろうか。

 よっこらせ! と腰をあげる。身体の重いこと、重いこと。ただ身体を起こして調合場へ移動するだけなのにバクバクと心臓がうるさく鼓動を刻む。

 すんごいビートだな、おい。頑張れ心臓、負けるなよ。ぽっくり逝ったことある身だからこそ余計に思う。

 

 薬草を2種類すり鉢にいれ、ガリガリゴリゴリすりつぶしてゆく。空いた手でバーナーに鍋をかけ、呼び出した水を小ぶりな鍋半分に溜めて火を起こす。ペースト状になった薬草をすり鉢から清潔な白い布に移し、すり鉢とすりこぎ棒を浄化する。昆虫の干物を刻んで、煙を上げ始めた鍋に入れ、魔力を込めつつ混ぜる。空いた手で残った薬草を再びすり鉢ですりつぶす。このときに魔力を微量ずつ加えていくのがポイントだ。沸騰してきたら火を弱め、すり終わった薬草をすり鉢をこそぐように鍋へと移す。煮え切らないように火の加減を調整しつつ、きっかり10分煮込んだ後に、火を止めて白い布をぎゅっと潰してエキスのみを鍋に3滴。ぽわん、と薄紫のチン……キノコ型の煙が発生したら、完成だ。

 カロスが手渡す薬瓶に移し、グラジオラスの刻印を施す。よし、3本分の勃起薬が出来上がった。

 

「って、えええ……俺すげぇ……めっちゃスマートじゃねぇ……?」

「太っても、失礼。腐っても魔女なのですから調合など息をするようなものでしょう」

「わざと間違えてないか? お前」

「間違えてなどおりませんよ。故意です」

「なお悪いわ!」

「大声を出されますと、心臓に悪いですよ。心臓がビート刻んでしまいますよ」

「お前のせいで余計にビート刻んでるわ! ダンカンバカ野郎!」

 

 きらきらしい美貌のまま小首をかしげる悪魔に、苛立ちは最高潮に達する。無視だ、無視。しまった、この手のやつは、相手をすればするほど喜ぶやつだ。

 手早く片付けをしようとするカロスを止め、俺は残った品に少し材料を加えて、手軽で簡単、しかしながら高品質な化粧水を作りだす。

 

「ついでにこれを王妃様に詫びとして届けておこう」

「求められた仕事よりもさらに上回った仕事をするだなんて……貴女は本当に魔女ですか?」

「いや、どちらかというと社畜だな」

「生粋の魔界のイキモノにはあり得ない習性です」

「言われたことだけやるなんてのは、三流の仕事だよ」

「今の貴女は言われたことすらできていない三流以下というわけですね。汚名返上になるとよろしいのですが」

 

 さらりと毒を吐きながら新しい瓶を差し出してくるところが鼻につくほど有能だ。俺がオーダーを止めてたわけじゃないのに。起きてすぐに仕事してるんだぜ?

 

 どうせならば、と不愛想な薬瓶に細かく薔薇の彫刻を施した。肌に良いローズの香油を加えているし、ちょうどいいだろう。これ、彼女にも作ってやりたかったな。あ……元、彼女。あ、なんか落ち込む。誰でもいいから俺のこと慰めてくんないかな。できれば美女美少女希望で。

 

「その倒錯した性癖は世間では隠してください」

「お前が勝手に俺の思考回路を読んでるだけだろうが」

「ですから、あまり余ってふくよかに過ぎる体型に口の悪い貴女に俺っ子の需要などありませんよ。私、と仰っていただけますでしょうか? 主様」

「公共の場ではな」

 

 こちとら何年も社会人をやってきたのだ。公共の場で俺などと称したりはしない。

 悪魔の煽り文句にもいちいち反応せず、スルーだ。少しつまらなそうにしているカロスだが、手早くラッピングを終わらせている。有能だ。減らず口がなくなれば文句なしなのだが。

 カロスは窓際に置かれた水晶玉に手をかざす。水晶に魔力が供給され、青く光る球に「モカラ、品が出来ました」とやたらといい声で囁きかけた。

 

「はいな! 呼ばれて飛び出てモモモモーン! モカラ参上!」

 

 これまたお頭の弱そうな……いや、待て。桃色の髪に翠の瞳をした特上の美少女じゃないか。

 どっから出てきたんだ、おい。床下に埋まってたのか? 床の汚れと同化していたらしい魔法陣が光って、とんでもない美少女が現れた。

 つややかな桃色の髪は腰ほどまであろうか。あの睫毛つまようじ何本乗るんだ? ていうか目でっか。かっわい。

 あー、あの薄っすら描かれてる魔法陣がこの家のマーキングになっているのか。

 

「相変わらず早いですね」

「えへへ。早い、安いがうちの通販のモットーですから!

 カリステファス様に褒められるだなんて、今日は空から毒針でも振ってくるんじゃないでしょーか!」

 

 嬉しそうに頬を染めてくるくると回る美少女……目の保養だ。

 アホかわいい。

 

「ああ! グラジオラス様! 覚えてます? 覚えてます? モカラですよー!」

 

 ぼふっと俺の肉厚な身体に抱き着いてきた。こぢんまりとした細い身体が俺の肉に埋もれている。かわいい。

 

「離れなさい、無礼者」

 

 襟首を掴んだカロスに引きはがされ、ぶーぶー文句を垂れている。きらきらの翠の瞳。とがらせた唇。かわいい。ちゅーしたろか、おい。

 使い魔チェンジで。

 

「こんなのを使い魔にしたら大変なことになりますよ」

「モカラは転移くらいしか取り柄のない低位悪魔なので、とてもとてもグラジオラス様のような魔女様とは契約できないのです……しょぼん」

「無理に契約を結べばモカラの身体は爆発することになるでしょう」

「どっかーんは嫌なのです……。あ! でもでも、カリステファス様の従えている悪魔……むもごぅっ」

 

 カロスが素早くモカラの口をふさぐ。モカラは頭の上にいくつものハテナマークを浮かべている。

 

「おしゃべりの過ぎる女は好かれませんよ。時は一刻を争うのです。はやく王家へお持ちしてください」

「モカラりょうかーい! またのご利用をお待ちしております、グラジオラス様! カリステファス様!」

 

 嵐のように現れ、嵐のように去っていった。

 

「どうしよう、何あれ。めっちゃ可愛い」

「この私という有能な存在がありながら、よく仰います」

「チェンジしてえ。マジで。なんで契約できないんだ? 爆発するってどういうことだ」

「空気を詰めすぎた風船みたいなものです。主様から流れ出した魔力を受け止めきれる器がモカラにはありません」

「最後になんか言いかけてたけど」

「そうですね。しかし、今モカラは魔女通信の配達人として雇用されておりますので、諦めていただくほかないかと」

「そっかー残念だなぁ……。クビになったらぜひともうちに来て欲しいなあ」

 

 秒速で現れたモカラによって、秒速で届けられたらしいことはすぐにわかることになった。

 おもむろに窓を開けたカロスが、三つ目のカラスが運んできた手紙を受け取る。カラスは手紙を届けるとすぐに空へと舞い上がり、魔法陣のなかへと消えていった。

 カラスが届けたのは、納品完了証らしい。

 

「ひとまず、魔力搾取の刑は免れましたね」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 アゲラタムは日々積み重ねられていく書類を休みなく消化していた。睡眠時間も食事時間も娯楽の時間もすべてをかなぐり捨てて業務にあたっているというのに、魔界は次から次へと問題が起きて、処理が終わらない。

 割とどうでもいいというか、しょーもない案件も紛れ込んでいる。ケルベロスの餌の時間が1回でも2回でもどちらだって構わないし、リコリス(妻)の下着の色が赤でも黒でも黄色でも、なんだったら虹色でもなんでもいい。

 

 わざわざ魔王にまわす案件ではないものも紛れ込んでいるが、文句ひとつ言わずに責務をこなす。享楽的な魔界の生き物には珍しく、苦労性の魔王だ。

 

 ベッドに入る時間は毎日1時間ほど確保されているのだが、もれなくリコリスが侍ってくる。一生懸命アゲラタムの息子をあやそうとしてくるのだが、数秒で爆睡する日々だ。ここ数年はそのような調子である。そういえば無理やり勃起薬を混入させられることがなくなったな。

 

 ここ最近毎日のように執務時間にべったりとリコリスが侍っている。朝の8時15分から夕方の17時まできっかりだ。しっかりと残業までしているアゲラタムは見張られずとも仕事をサボる気など毛頭ないのだが、一体リコリスは何を考えてずっと執務室にいるのだろうか。

 

 コンコンコン、と扉が三度ノックされ、入室の許可を問われる。

 

「魔女通信のモカラです!」

「入れ」

「失礼いたします! 魔王オーダごむごっ……何するんですかぁ、王妃様」

 

 一瞬で距離を詰めたリコリスがモカラの口を抑えつける。赤い爪先が頬に食い込んでいる。アゲラタムはそっと目をそらし、書類を処理する手を速めた。

 リコリスは昔から可愛いものや美しいものに目がないのだ。魔女通信社の転移要因であるモカラは特にリコリスが気に入っており、よくよく王宮に出入りしている。

 

「モカラ、あなた相変わらず可愛らしいわね。ね、グラジオラスからの品かしら?」

「はい! 魔王様に直接お渡しごむごっ」

「魔王様は多忙なの。わたくしが代わりに」

「キソクで、社からは直接お渡しするようむごごごごご」

「アゲラタム、受取っておくわよ」

「ああ。頼む」

 

 やっと書類に集中できる。尊い犠牲をありがとう、モカラ。後で社に礼の品を送っておくからな、と内心で熱い涙を流しつつ、アゲラタムは一瞥すらすることなく二人の退室を許した。

 あれ……? オーダーなんてしてたっけか。

 いや、それよりもまずやらねばならぬことが山積みだ。魔王オーダーでなければ、別に妻が何をオーダーしようが構わない。

 アゲラタムは再び書類の山へと向きあった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「これ、王からのオーダーで、必ず手渡ししろって言われたんです……モカラ怒られちゃいます」

 

 しょぼんと眉尻を下げたモカラの頭をリコリスは撫でた。

 

「大丈夫よ、モカラ。王はお忙しいから特別に、そう。特別にわたくしが受け取ったの。社には王にきちんとお渡ししましたと言えばいいのよ。ほら、印も王専用のものだから大丈夫」

 

 魔王の印を勝手に取り出し、印を押してカラスに運ばせる。

 

「本当はもっと貴女と遊びたかったけれど、王からのオーダーを運ぶ任務なら、早く帰って報告しなければならないわよね」

「そうなのです。モカラは、王様にちゃんと渡した、でいいですか?」

「その通りよ、賢いわね。モカラ」

「えへへー! 今日は2度も褒められたです! 王妃様、またです!」

「ええ、またね。モカラ」

 

 何度も教え込まれたに違いない綺麗な礼をして、モカラが部屋を出ていくのを確認する。

 

 数週間ぶりに返答のあったグラジオラスからの品。瓶が4本もある。そのうちの1本は緻密な薔薇が瓶に彫られており、雅な品だ。これが……例の薬? やけにお洒落で……逆に卑猥ね。

 同封された手紙を開いたリコリスは、陶器のように白い肌を赤く紅潮させた。

 薄朱色に白いハイライトが入った髪をかき上げ、冷静を装う。ふわりと背中で艶やかな髪がなびく。

 

 この薔薇は……化粧品、だったの? どうして同封されているのかしら。まさか、わたくしが影でこの薬を注文していたことに気づいただなんて、そんなことはないでしょうね。

 きっと、アゲラタムに届けられて、彼からわたくしへの贈り物にさせたかったに違いないわ。ええ、そうよ。それにしても気の利く魔女もいたものね……。驚いたわ。

 

 試しに手の甲で使ってみると、肌がもっちりとして吸い付くようだ。肌のキメさえあっという間に整えるすさまじい効力の化粧水は、今回納品が遅れた詫びの品だという。金はとられていない。

 

「本当に素晴らしい才能だわ。王家直属の魔女になってくれたらいいのに」

 

 ここ最近多忙を極めている魔王は、業務に追われてリコリスの相手をする暇はない。

 おかげでリコリスは魔王の目を盗んで王家からの指示として魔女を動かすことができるのだが、本来であれば王からのオーダーは、王のみに許された特権である。その妻であっても、権利を用いてはならないのだ。

 

「よく考えたらまずいんじゃないかしら、これ」

 

 もしも本当にグラジオラスが度重なる例の薬をオーダーしたのが魔王ではなくリコリスだと気づいているのならば、異端審問にかけられて負けるのはリコリスである。

 オーダーを無視していたのは、魔王が下したものではないとわかっていたから?

 度重なるオーダーにようやく納品したかと思えば、化粧水が備えられていたというのは、気づいているんだぞと暗に示しているから?

 

「えええ……グラジオラスは確か、知識と魔力を司る魔女よね……ああ、気づいてるわ、これ。

 どうしてグラジオラスにオーダーしてしまったのかしら……質が落ちてもダリアあたりに……いいえ、あの女に弱みを握られるのはもっと不味い。

 あまり薬を作る腕は評判ではないけれど、ネモフィラぐらいに頼んでおけばよかったわ……」

 

 どうしよう、どうしようと頭を抱えていたリコリスは、はっと顔をあげた。

 

「そうだわ、グラジオラスを買収してしまいましょう。そうしましょう。より強固なつながりを作っておけば、今回のオーダーもなかったことに。

 わたくしからのオーダーを通せるほどの仲を作っておけば、今後困ることもないわ。そうね、そうしましょう」

 

 卓上の鈴をチリンチリンと鳴らす。扉の前で控えていたメイドが淑やかに入室する。

 

「ネリネ、手紙を書くわ。紙とペンとインクと、便箋とノリを用意してちょうだい。インクは原液じゃなくてインク壺にいれて頂戴ね」

 

 指示されたことしかできないが、逆に指示していないことは一切しない。ある意味とても使い勝手の良いネリネをリコリスは非常に重宝していた。夫であるアゲラタムは、痒いところに全く手が届かないネリネを苦手としているが、秘密の多い女には丁度いい。

 インクの原液を手を真っ黒に染めて持ってきたときはどうしようかと思ったが、きちんと指示しなかったリコリスの責任なのだ。きちんと事細かに指示をすれば仕事はできるのだ。言ったことはできる。言ったこと"は"。

 

「かしこまりました、王妃様」

 

 隠蔽工作を施すため、リコリスはせっせとグラジオラスへ手紙をしたためた。

 

 

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