起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる?   作:サイスー

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ライラック

 くねくねと曲がりくねった石畳の細い路地。真っ白に塗り込められた石壁の建物が連なっている。みんな一階建てだ。屋根の色だけがカラフルで、石を積み上げた円筒状の代物である。異国情緒あふれるいい街並みだ。

 生憎の曇り空(ああ、これが晴れだったっけか)ではあるが、赤、青、黄色と個性豊かな屋根の街並みは目に楽しい。

 

 建物の側壁、扉の上手ほどに突き刺さるのは鉄看板で、店の名前がアンティーク調でシャレオツだ。

 きょろきょろと辺りを見回す俺は謎の既視感に襲われていた。おそらくは身体の記憶なのだろうが、妙に懐かしい気持ちでいっぱいだ。似たような街並みでも見たことがあっただろうか。

 いや、海外旅行どころか本州から出たことないし、そんなはずないか。身体の記憶はどういう基準で浮かんでくるのだろう。

 文字は読めるし、物の正体もわかるが、人の名前はわからないし、街並みなんかもわからない。おいおい解明していくとしよう。

 

 道行く人々の髪色や瞳の色はとても個性的だった。白い髪に紫の瞳をした青年や、青い髪に青い瞳のお姉さま。薄いピンクの髪の幼女が銀の髪の美女に手を引かれている。

 

「ふえぇ……アイスぅ……ママが露天で買ってくれたアイス……うれしいよぉぉ……!

 ふぁぁぁぁこのまろやかな口溶け、口の中にしあわせが広がるよぉぉ」

 

 彦魔呂か。

 情感豊かな幼女だな……。涙を流してアイスを口に含みつつ幼女は右へ左へと自由に歩こうとしては母親に引っ張られている。仕方がないわね、と言うような母性あふれる笑顔の母がめっちゃ美人だ。

 

 服装もコスプレみたいで面白い。男は燕尾服やスーツといったかっちりした服装の者もいれば、麻のシャツに黒いズボンとブーツという簡素な者も。

 女性は基本ドレスを身につけているが、服の素材は様々だ。パニエでぐっと腰を膨らませたドレスもあれば、身体のラインを綺麗にだしたAラインのドレスもある。あんまり流行とかはなさそうだ。

 

 胸の半分がふっくらとまろびでたナイスバディのお姉さんが隣を通ったときなど、鼻の下が伸びかけた。若干伸びたかもしれない。すんすん鼻を啜って誤魔化しつつ、むっちりした胸元を視線を逸らしながらも目で追う。

 

 俺の服装はフードを目深に被り、足首までのどでかいローブで身体を隠している。すっぽりとかぶるタイプのローブは、両手を広げればどでかいモモンガ気分になれる。悪目立ちするんじゃないかと危惧したが、あいにくクローゼットには似たり寄ったりの黒いドレスとローブしかなかった。

 俺以外にもローブを着込んだ怪しい人間は何人かいたのでよしとしよう。

 

 初めての魔界の街。彩り豊かな街並みに、魔界といえども人間の暮らす街と大きな差はないのだと知った。

 好奇心に胸を高鳴らせつつ、目的地へと足を進める。

 

 カロスお手製の地図に従いえっちらおっちら歩を進める。

 街の入り口まではカロスの転移でひとっ飛びで来た。

 目的地はこの町で一番の魔法薬の材料店だ。うきうきするぜ。

 

 俺の予想をはるかに超えるほど王妃の手紙の解読は困難を極めており、カロスは昼夜を問わずに机に向かっている。いろいろな分厚い辞書を机のうえに積み重ねて文字を書き殴っては熟考を繰り返していた。なんだか申し訳ない気持ちになった。

 薬の材料が切れかけており、買い出しへ行くというカロスの代行を申し出たのは罪悪感を払拭するためであった。

 こうして、俺の初めてのおつかいが始まった。

 テレテテテレテテ テッテテレテテ♪ 上機嫌で鼻歌なんか歌いながら街を歩く。

 

 ちなみにカロスは俺をここまで送ってきてくれた後すぐに転移で消えた。

 俺のローブにラペルピンを取り付け、一応身分証明になりますと簡素な説明だけしてくれた。

 カッティングが光を幾重にも放つスワロフスキーのような輝きのその石の底には、オシャンティな字体で模様が……いや、よく見ると数字だ。数字が書かれている。

 

 三、と。

 

 おしゃれなのかダサいのかイマイチ判断がつかないうえに、こんなアイテムが身分証代わりに本当になるのだろうか。

 魔界とは不思議なところである。

 

 カロスとは一応2時間後に再び元の場所で待ち合わせの予定だ。

 

 

 ぐるぐると薬草庭園を歩くのにも飽きてきたところだし、散歩するにも良い街だ。

 

 

「おい、どう落とし前をつけるってんだ? あ?」

 

 後ろからドスの効いた声が聞こえてきた。その大声に割と本気でビックリして肩をすくめる。心臓がビート刻んでるぜ、ほんとやめてくれよ……。

 

「も、申し訳ございません……」

「ごめんで済んだら魔警察はいらねえってんだ」

「悪気はなかったんです、どうかお許しください」

 

 うーわ、なんてテンプレ的なチンピラ。

 振り返ると、絡まれているのは銀髪母とピンクの娘だ。さっきの親子じゃないか。

 チンピラの黒いズボンにはべっとりとアイスがついており、コーンを持った幼児は大きな目にいっぱいの涙をためている。

 うーわ、なんてテンプレ。

 

「このクソガキ!

 この方は紋章に見ての通り、悪魔第四序列に位置されるカタバミ様だぞ! 道を譲るどころかアイスをぶつけるなど、とんだ無礼を働きおって……!」

 

 なんで説明口調なんだ。

 

 こっちの文字で四という数字が胸元に貼り付けられている。なにあれ、ワッペン? ちとダサい。

 ん? なんかこの妙なダサさ。先程感じたような。

 

「ふえぇ……アイスが……!

 わたしのアイスが第四序列の悪魔カタバミ様のズボンにべったりついちゃってるよぉお……」

 

 なんで幼女も説明口調なんだ。

 

「見たところ母親のお前は第五序列の魔女であろう? どう落とし前をつけるのだ」

「至らぬ子の責任を持つのは親の務め。

 第四序列の悪魔様のズボンを汚してしまったこの事態……なんと罪深いことをしてしまったのでしょう。

 クリーニング代をお支払いいたしますので、どうかお慈悲を」

 

 俺以外にも人はいたが、まるで見て見ぬふりだ。心底興味がないようで一瞥さえしない。遠巻きに見つめるギャラリーもいないのが、日本と大きく違っていた。

 そんなに日常茶飯事なのか? 物騒な……というか、法律だとか道徳、倫理だとかが根本的に違うんだろうな。改めて日本という国は素晴らしい。

 

「クリーニング代なんてせせっこましいことは言わねえぜ。

 謝罪ってんなら、アンタの身体で支払え」

「うぅ……それは……どうかお許しを、旦那様」

 

 アイスがべったりついた男に腕を無理やりに引かれ、か細い女性がつんのめる。ちょ、これ不味いやつじゃないか?

 俺は思わずカロスの姿を探してしまい、我に帰る。いやなんであいつのことなんか探したんだ。

 

 俺以外に助けの手は入りそうにない。

 俺が、行くしかない。

 ずしずしと一歩ごとに体重をのせて俺は諍いのもとへと向かう。

 

「なっ↑、なあ、あんた。幾らなんでもやりすぎじゃないか?」

 

 声が裏返った。べべべ、別にビビってなんかねえ! 大丈夫、怖くない!

 ちょっと久しぶりに声を出したから喉が張りついていただけだ。

 自己暗示をかける。

 

「他人が口を出すんじゃ……魔女序列第三位、だと? なんでそんなお方がこんな場所を歩いていらっしゃるんだ……!

 い、いえ、あの、魔女様、しかしですね。このガキが私めにぶつかりズボンを汚してきたのです」

 

 なんか予想以上に謙ってきた。

 

 魔女序列ってなんだ。カロスがローブにつけたラペルピンにそういや三って書いてたな。ちょっとした身分証明になるというのは、こういうことか。すげえなおい。

 

 鼻につくほど優秀なカロスのおかげで、なんとなくなんとかなりそうな雰囲気である。

 俺は三という数字が以前よりもぐっと好きになった。

 ありがとう、三。

 

「見てられないんだ。腹の立つ気持ちはわかるが、どうかこれで許してやってくれないか?」

 

 言い、銅貨1枚を差し出す。物価を知らぬため価値はわからないが、俺の小遣いとして渡されたのだし、それなりの額はあるだろう。

 俺とて借金まみれだが、俺の小遣いでこの場が穏便に収まるならば安い買い物だ。

 

「は……? んまい棒も買えな……あ、いえ、失礼いたしました! 魔女様のお気に障ってしまい、申し訳ねえです。おい、退散するぞ!」

「へい、旦那!」

 

 すたこらさっさと消えていく男たちを俺は物悲しい気持ちで見送る。

 小遣いにとカロスがくれた銅貨だったが、子どものおやつも買えなさそうな気がするぞ……。

 

 まあ、でも無事に事が収まって本当によかった。今更ながら足ががたがたと震えてきやがる。

 

「魔女序列第三位の尊き魔女様、お手を煩わせてしまい申し訳ございません。本当に、本当にありがとうございました。

 この御恩はきっと忘れません」

「お……私が気になってしたことだ。気にしないでくれ」

「しかし、高位の魔女様が位の低い雑魚に声をかけて下さるどころか、助けてくださるなど……本当に信じられない奇跡でございます。

 ありがとうございます」

 

 自分で雑魚って言っちゃったよこの人。どんだけ自己評価低いんだ。なんか親近感湧いてきたわ。

 

「あー、まあ。気をつけてな」

「はい! ほら、スギナもお礼を言いなさい」

「ふえぇ……魔女様ありがとうございますぅぅ……。よろこびでこのちいさな胸は張り裂けんばかりですぅぅ」

「……どういたしまして。キミは将来レポーターとかしたら大成するよ、きっと。

 ほんと大事にならなくてよかった。じゃあな」

 

 ひらひらと母娘に手を振り、そういえばカロスは序列何位なのだろうと考える。高位だと自分で言っていたし、さっきの男よりは高いのだろう。

 

 

 しばらく歩くと、建物こそ似たようなものだが高級感のある扉の大店が見えてきた。おそらくはカロスが地図に書いてくれた店で間違いないだろう。

 重厚な木製の扉を押し開けると、咽返るほどの薬草の臭いがツンと鼻を刺す。壁沿い一面に様々な薬草や鉱物、昆虫の干物や何かの内臓などが天井一杯まで陳列されている。

 扉を開けて奥の正面にカウンターがあり、浅黒い肌をした筋肉隆々のオッサンが頬杖をついて座っていた。

 

「帰んな」

 

 来店一声拒絶の言葉。

 

「いや、あの。買い物したいんですけど」

「俺の店は一見サンはお断りだ。紹介状はあるのか?」

「カロス……いや、カリステファスから勧められたんだが。このピンでいいか?」

 

 先ほど悪漢を退けてくれたラペルピンを、店主の下へ近づきながら見せる。

 

「カリステファス様のご紹介?

 うん? 魔女序列第三位か! 見かけによらねえな。

 魔女序列第三位ならば俺の店の客に相応しい。先ほどは失礼した。名前はなんて言うんだ?

 俺は悪魔序列第三位のライラックだ。親しい奴は俺をラックと呼ぶ」

 

 ニヤリと口の片端をあげて自己紹介をする店主に、俺も自己紹介をせねばと思う。この身体の持ち主の名前はグラジオラスだ。その名前で自己紹介をしておくのがいいだろう。

 

「お……私は、グラジオラスという」

「…………グラディスだぁ?

 キサマ……!! よくもぬけぬけとこの店に顔を出せたもんだなあ!

 よくよくみりゃあ確かに面影がある。随分と醜く太ったもんだ! ハッ、ざまあねえ。因果応報だ。

 出ていけ!! 二度とこの店に足を踏み入れるんじゃねえ!!」

 

 俺の身体は見えない圧力でぐいぐいと後ろへ押され、店の外へと放り出された。眼前でバタンと扉が閉まる。

 ひゅぅうと風がローブの裾を遊ばせる。

 

 何が起きたんだ、一体。

 品を買うことさえ許してくれない雰囲気だ。きっとまた店に入っても同じことが起きるだけだろう。

 彼とグラジオラスの間になにがあったのかはわからないが、彼にとってみれば俺は紛れもなくグラジオラスだ。中身が違うなんて言っても通用しないだろう。

 はぁ、と深いため息をついて俺は辺りに他の薬材店を探すことにした。

 

 街一番の大店は先ほどの店らしいが、路地にシートを広げた簡素な露店や小さな店でも薬品の材料は売っていた。

 街を散策しながらリストに従い材料を買いそろえていく。

 店の人はことごとく不愉快な反応をしてくれた。俺の姿を見て眉を顰め、フードに刺したラペルピンを見て態度を一転させてゴマをすってくる。そんな様子を繰り返し見つつ材料を買いそろえていく。

 数店舗まわってずっと同じような反応だ。

 

 自分でもドデブスだとは思うが、なにもあからさまに態度に出すことはないだろう。

 俺とて生前は美人もブスも態度の悪い奴も礼儀正しい奴もいろいろ見てきたが、嫌な奴に対してあからさまに嫌な態度はとってねえぞ。当たり前か。

 

 俺が唯一誇れるのは、影で悪口を言ったがないってことだけだ。友人が誰それがかわいいだの、誰それとは絶対に付き合いたくねえだの会話をしているときだって、俺は絶対に会話に乗りはしなかった。ノリが悪いと言われようが、面白くないと言われようが、偽善者だと評されようがそこは曲げなかった。

 影で悪口は言わない、もし言うなら本人に。そんな俺の信条に反することだから。

 

 ああ、むしゃくしゃするなあ。権力がなんだっていうんだ。俺の階級を示すらしいピンを見て態度を一転させやがって。腹が立つ。

 

 むしゃくしゃする。このちっぽけなピンに左右される俺の価値に。

 むしゃくしゃする。好きでドデブスなわけじゃねえのに。

 むしゃくしゃする。……よし! とりあえず今日は早く家に帰ってニヒムと戯れよう!

 

 とっとと買い物を終わらせるか。あとは、リストによるとクロコアイトだけだ。どこに売ってるんだ?

 

 鉱物の店はどこにあるのだろうか。鉱物専門店となると敷居が高くなり、門前払いを食らうことはすでに経験済みだ。きらめかしいスワロフスキーのピンを見せれば態度は一変するのだろうが、どうしてだろうか。足が進まない。

 

 嫌だなんて言ってられないんだ。

 内心で陰鬱なため息をかまし、俺は再び元来た道を歩く。石畳を眺めながら鉱物専門店に戻る。

 店の前にはいけ好かないチャラ男風の紫髪が立っている。スーツをぴっちりと着こなし、店に来る客を選別している。

 俺が目の前に立つと、深々とため息をついた。

 

「また貴女ですか。ですから、ここは貴女のような魔女が来るところではありません。店の前をうろつかれるだけでも迷惑です。お帰りください」

「これを見ろ」

「はぁ……魔女序列第三位……? ま、まさか……!

 ……大変、失礼いたしました……!」

 

 唇を噛みしめながら謝罪する男に、俺はなんの返答もせずに店のなかに入った。そんなに悔しいか、おい。

 

 客人も店主もみなきらびやかなドレスや、高級なスーツを身に着けている。俺が入ってきたことにぎょっとした顔をする者がほとんどだ。

 なんだなんだ、見世物じゃねえぞ! 目的の品探すでもなく真っすぐにレジへと向かう。

 

「クロコアイトを50g頼む」

「畏まりました」

 

 珍獣でも見るようなレジの店員の目は、上から下までざっと俺を観察し、襟もとにつけたラペルピンをまじまじと見て慌てたように商品を魔法で引き寄せてくる。

 先ほどの冷徹な声色とは打って変わった礼儀正しい態度で頭を下げた。

 

「不躾な視線を、大変失礼いたしました。

 魔女様、貴女の身体は呪いに犯されているようですが……。

 もしよろしければ呪いを解く石も我が店には取り揃えておりますし、よければご覧になりませんか?」

「またの機会があればな」

 

 壺を売りつける詐欺師みたいな感じだろうか。

 俺そんなにチョロくねーぞ。

 陰鬱なため息を吐く。この店員はまだマシな部類だが、積み重なる冷ややかな態度に俺の心はブレイク寸前だ。早く帰りたい。

 あれ、そういやカロスと約束した2時間をとっくに過ぎちまってる。やべえ。本当に早く帰ろう。

 

 支払いを済ませて踵を返すと、ふと視線に飛び込んできたのは見覚えのある長身痩躯。燕尾服をぴしりと身に着け、綺麗な姿勢で扉横に立っている。ほうっと光悦した表情でカロスを見るのは御婦人方だ。そんな人たちには目もくれぬ赤い瞳とばっちり目が合った。

 

「カロス……!?」

「お探しいたしましたよ、主様。時間になっても一向にいらっしゃらないので心配致しました。帰りましょう」

 

 聞きなれた低い声。ぶわっと胸のうちがあたたかくなり俺は不思議と泣きそうになった。

 なんだこれ、なんでこんなに安心するんだ。

 

「これは、カリステファス様。いつも御贔屓にありがとうございます。

 魔女様、またのご来店をお待ちしております」

「帰りましょう、主様」

「ああ……迎えに来てくれて、ありがとな。カロス」

「いいえ。当然のことです」

 

 目の下にうっすらとクマを作り若干疲れた様子のカロスがいつも通りの笑みを浮かべる。

 俺は家に帰ったらたんまりと甘い物を食わせてやろうと決意した。

 

 そして、更なる自己改革を誓う。

 

 人は見た目だけではないが、第一印象は大切だ。

 ドデブスなだけでここまで嫌われるのは変だが、筋肉マッチョの発言からしても"俺"はなにかをしでかしている。きっと重大な。

 過去にとんでもない不名誉を背負ったらしいが、それを挽回したい。その理由を探らなければならない。

 

 そして。俺は、俺自身に誇れる――カロスの主足り得るに相応しい人間になりたい。

 

 


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