起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる? 作:サイスー
落ち着いた木製の室内。窓から差し込む麗かな陽光が白いカーテンに透けてやわらかく室内を照らしだす。不釣り合いなシャンデリアは息をひそめ、陽光に恥じるかのように時折反射光をチラつかせる程度だ。照明器具としての役割は立派に果たしてくれているが、この部屋に似つかわしくない奇妙なアンティーク感にはいつも違和感を覚えた。
様々な薬草の入り混じった匂いが立ち込めているが、決して鼻につくほどではない。
俺はぐっと腕を天井にむけて突きあげた。首や肩の肉がこれでもかと呼吸器を締めあげて苦しくなり、深いため息をつきながら腕を下ろす。当初は伸びすら満足にできなかったというのだから、成長したもんだ。
飴色に使い込まれたテーブルにはビーカーやすりこぎ、すり棒に各種薬草類、さらには数グラム程度の鉱物がろ紙に乗せられて所狭しと置かれている。俺は迷うことなくそれらを調合していき、薬品へと仕立てあげる。すっかり慣れた作業で、もう随分と前から当たり前のようにしてきた動作のようだ。
着々とオーダーをこなし、気分転換も兼ねて仕事の合間に軽い運動をする。歩くほうが早いのでは、というペースながらもジョギングをできるようになった。筋トレと有酸素運動を生活の一部に取り入れ、着々と脂肪は減らせている。
救いがたいデブから強そうなデブくらいには変化していると思う、たぶん。
ネックなのが借金だ。なにに使ったのか、この身体の持ち主は随分な額の借金を積み重ねていた。時折伝書鳥が運んでくる督促状にはため息を禁じ得ない。払っても払っても減らない、借金地獄である。こつこつと働いて返済していくしかないのだろう。
最近はお得意さまが復活し、俺を指名してのオーダーも増えてきた。魔力を使った薬品というのは、作り手によってかなりの効果の差が産まれるらしく、俺はそれなりに高い評価を巷で得ている。
それに。カロスが苦労して解読してくれた王妃からの手紙には、俺を懇意にしたいという内容が書かれていて、おかげさまで月々の稼ぎは大きく跳ね上がった。
王妃様御用達、と箔がついた基礎化粧品は飛ぶように売れており、逆に生産が追いついていない始末だ。強気の値段設定でかなりの純利益を狙えるうえに手軽に作れる俺的借金返済エース商品である。
王妃様に近い王族貴族から製品を卸しているのだが、まだまだ数が足りない。もう100は作ったと思うのだが、それでも足りないというのだから魔界の人口は想像以上に多いのだろう。
ある程度自由にできる金ができたならば、外部に委託する形で同じような成分で低所得者向けの基礎化粧品を販売するのもアリだろう。
高所得者向けに、抗炎症作用だとか保湿特化だとかアンチエイジングだとか機能別にラインをわけるのもアリだよな。
夢はどんどん膨らむが、生憎と俺の身体はひとつしかないし、そんなに手がまわらない。寝食プラス個人の時間まできっちり取っているお陰でストレスフリーな生活ではあるが。長い目で見れば借金返済にも近づけているのだし、現状差し迫った問題はない。だからこそ考えてしまうのは、この身体の持ち主がしでかしたことだ。
作業をやめ、一息つく。すっと差し出されるのは真っ黒くて底も見えないブラックコーヒーだ。ほのかに白い湯気が立ち、空気に溶けてゆく。
街にでて初めて知ったことだが、随分な恨みを買っている。そもそもあの街は、なんという街の名前なのだろう。そして、ここからどれほど離れた場所にあるのだろう。便利な転移術であっという間にたどり着いたが、庭から見渡す限りどこにも街の影などありはしない。のどかな緑が地平線まで続き、鈍い灰色の空とくっきり分かたれているのみだ。
そもそもこの奇妙な魔界に転生したのはどうしてなのだろうか。男の身であったはずなのに、見知らぬ魔女の身体に宿るようなかたちになったのも。不可思議な魔法がある世界だ。きっと他者の魂を宿らせる魔法もあるだろう。俺をグラジオラスという魔女に宿らせる魔法を使った人間がいるかもしれないのだ。ただの憶測ではあるが。
「なにを考えていらっしゃるのですか?」
にこりと微笑を浮かべるカロスは、女たちが見れば黄色い悲鳴をあげそうな相変わらずの美貌である。
「ん? ……わかってるくせに」
心を読める悪魔が俺の考えをわざわざ聞いてくる意図がわからない。
自分の思考が筒抜けになる気恥ずかしさは当初に捨てた。どうせ思考を読まれてしまうのだし、近づかないという手は存在しない。ならば諦めて受け入れるしかなかろう。変なところで諦めがいいのは昔からの習性だ。美点でもあり、欠点でもある。よくよく面接の自己紹介で使っていたことまで思い出し、しようもない思考回路を閉じる。
カロスは俺の疑問に気づいている。気づいていながら答えない。まるで知らないふりをするところを見るに、知られたくないし、聞かれたくもないことなのだろう。
だが、俺は知りたかった。
俺は部屋を出て、薬草園へと向かった。
薬草を育てている薬草園はそれなりの広さを誇っている。
陽の光なんてものはこの世界に来てから久しく見ていない。灰色の暗雲が垂れ込む空は、もくもくとした重々しい雲が幾重にも積み重なっており、その上に陽があることは一切感じさせてくれない。
それでも草木は育つのだが、俺が繁殖させたい薬草は気温に左右されやすい。透明なビニールの天幕内は安定した温暖な気候だ。魔法で軽く調整していてはいるものの、雨風しのげる天幕内は外気よりもほんのりと温かく、どこかほっとする。元気に育つ薬草を眺めつつ、カロスが淹れてくれたお茶をすするのが俺の日課である。
随分とすっきりしてきた腰回りをなんとはなしに撫でながら、ずずず、と水筒に入れた茶をすする。
時折吹き付ける突風が天幕にごう、とあたる以外には物音ひとつしない。草木を手入れしてくれるニヒムたちは音もなく動くし、余計な会話もいらない。だから考え事に集中できる。
カロスの視線がなくなり、再び俺は考えていた。
街に下りたときのあまりの嫌われっぷり。
引きこもりだった俺がなにかをしでかしたはずなどないし、そうなると俺がこの身体に入る前に、身体の持ち主がなにかをしたことになる。
過去を変えることはできない。現状を嘆くことなど、無駄だ。過去を恨んだって仕方がない。俺が変えられるのは、今この瞬間の行動だけだ。地位や伝手、魔力を向上させてなにか情報を掴まなければ。
元の世界に未練などないし、いつまでこの生活が続くのかもわからない。もしかすると突然グラジオラスの魂が戻ってきて、俺はなにもわからない間に消えてしまう可能性だって0じゃない。しかしそれは、何もしない理由にはならない。
そもそもこの奇天烈な魔界に転生した理由はなんだ。誰か転生させた者がいるはずなのだ。テンプレ的に言うと神的な存在が。俺の場合は「はぁ~い☆ 神でッす!」みたいな軽々しい神の出現はなかったし、転生の際に願いを叶えてくれるなんてこともなかった。俺が今できることは、薬草を作り、王家からの覚えをめでたくして、この身体が犯したであろう罪を知ることだ。
そして、その真実は今日暴かれる。
「呼ばれて飛び出てモモモモーン! モカラ参上!」
来た。俺はばくばくと跳ねあがる鼓動を感じつつ、温室の気温が保たれるように、開けっ放しの扉を指し示す。
「はやく扉閉めて」
「はいな!」
勢いよくビニール扉を開いて突撃してきた桃色髪の美少女は、こぼれそうに大きな翡翠色の瞳をきらきらと輝かせて、相も変わらず俺に突撃してくる。
ぽふっと埋まる美少女の頭をとりあえず撫でる。
「なんだかグラジオラス様、お痩せになりました?」
「そう? そりゃ嬉しいな」
「モカラは悲しいです~……ふわふわしてて気持ちよかったのに……です」
「それはそうと、頼んでた件は?」
「はいな! お持ち致しました!」
差し出された便箋は簡素なものだ。宛名と差し出し名のみが書かれている。魔界探偵事務所、なんて怪しい名前の事務所であるが、1000年以上も続く名門だという。旦那の浮気調査から国内外の情勢までまるっとオミトオシの恐ろしい一族が営んでいる。どんな情報でも得られるものだから、調査したい内容は魔王に報告が上がるのだという。こわやこわや……。
震える指で押さえつつ、レターナイフで開く。
そこにはグラジオラスの過去と、彼女を恨む悪魔の存在が書かれていた。
今から5年前、グラジオラスはある一人の男のことを心から愛していた。男もまた、グラジオラスのことを少なからず想っている様子であった。そう、グラジオラスは思っていた。だがその男には大切にする女性が別にいたことが判明する。嫉妬に狂ったグラジオラスは、その男が真に大切にする女に呪いをかけた。死に至る呪いではなく、眠りの呪いを。いつまで経っても永久に目覚めぬ呪いを。
グラジオラスほどの魔法の腕前であれば殺すこともできたというのに、それはしなかった。彼女が最後にかけた温情なのか、はたまた目覚めぬ女性を見て一縷の希望を抱きつつ苦しむ男の姿を見たかったのか、彼女の真意はわからない。だが、グラジオラスが呪いをかけた、という話しは町中でもよく知られた事実であるという。なるほど、彼女が忌み嫌われるのもわからない話ではない。
「これが嘘ってことは、ないよな?」
「虚偽の内容は書けないよう制約がなされているのです。意図して情報を一部隠すことはあっても、嘘は書けないのです」
「俺が……呪った?」
「はい、そうなるです……。確かに御話は聞いた事がありますが、モカラはグラジオラス様がそのようなことをなさったとは信じられないです……」
「どうしてモカラはそんなにも俺のことを信じてくれるんだ?」
「モカラは弱い魔女です。弱いから殺されるなど自然のセツリというやつです。それを救ってくださったのはグラジオラス様でした。
以前も今もお変わりなく、グラジオラス様はお優しい方なのです。そんなグラジオラス様が人をお呪いになるなど……到底信じられないことなのです」
忌み嫌われ、愛していた男にも嫌われ、生きる希望を失ったグラジオラスは自ら死を選ぶこととなった。そして、空になった器に呼ばれたのが俺の魂ということか。
「魔界の探偵ってやつは凄いんだな。何から何まで見てきたようにわかるだなんて」
「遠見の魔術を血統魔法に持つ一族が営んでおりますので、信用も厚いのです」
「良いところを紹介してくれてありがとう。とりあえず、何故俺がこんなにも嫌われているかがわかってすっきりしたよ」
実際すっきりなんてしていない。余計に胸糞悪くなった。
俺だって一生をともにと願った女性に振られた。だが、憎んで呪うだなんてそんな発想は出なかった。俺の何が悪かったのだろうと内省することはあっても、人に憎しみをぶつけることなどお門違いだと知っているからだ。どんな事情であれ、人を恨んでいいことなど一つもない。憎しみ続けている己自身だって失われるし、歪んでいく。うまいこと折り合いをつけて生きていかねばならないのだ。
「グラジオラス様?」
「あ、すまん。ありがとな。料金はカロスから貰ってくれるか?」
「……またのご利用お待ちしております! グラジオラス様」
来た時とは少し違う、明るい笑顔でモカラは温室を出ていった。
残された俺は大きくため息を吐く。
「呪い……かあ」
その女性は今もまだ眠り続けているのだろうか。
俺を憎んでいるというその男は、今どうしているのだろうか。
大切な女性を奪われたその男は、俺をどう思っているのだろうか。
「あー……」
意味のない声をあげ、俺は座ったまま大きく伸びをした。
とりあえず、今日もサボらず筋トレしてランニングでもして、そんでもってシャワーを浴びて頭をすっきりさせよう!
今すぐに俺がどうこうできるもんじゃない。
来る日のために、魔力を高めて、知識を高めなければならない。グラジオラスが以前難なく作っていたという高等魔薬を俺はまだ作れない。以前のグラジオラスほどの力がないということだ。呪いもまた高等な代物である。女性を突き止め、その呪いを解くためにも俺は自分の力を高めなければ。
それが今の俺にできる最善だと思うから。