起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる?   作:サイスー

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フリージア

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリ……

 朝、目覚まし時計にたたき起こされた俺は身体のだるさと凄まじい眠気を感じつつ、やかましくなり続けるベルを叩いた。チンッ! と音を立ててベルが止む。正直二度寝を決め込もうと思ったのだが、強靭な意志の力を以て二度寝欲を抑えつける。二度寝してるときの幸福はそれはもうすさまじいものだが、二度寝後の倦怠感とやるせなさ、後はカロスへの苛立ちを思い起こして、無理やり布団を蹴り上げる。辛いのは最初だけ。風呂だって入ってしまえば苦ではない。それと一緒だ。

 

 三日目ともなると、少しばかり朝起きることに慣れてきた。夜は疲労困憊で瞼が自然に閉じていくほどの眠気が訪れる。初日こそなかなか寝付けないうえに浅い眠りで寝た気がしなかったが、二日目には幾分マシになり、今日にいたる。

 のっそりと起き上がった俺は、洗面台へと向かう。ものぐさな性格がよく現れているというか、部屋は幾つかあるのだがグラジオラスが主に使っていたのはリビング兼寝室とシャワールームとトイレくらい。家の散策をしたときにほかの部屋はあまり手入れをしていないので入らないでくれとカロスから言われていた。反抗してちらりと開かずの扉を開くと、凄まじい勢いの埃がぶわりと舞い上がって、おとなしく扉を閉めた。それきり近づいてすらいない。

 

「おめでとうございます。これで三日坊主に昇格ですね」

「ふん。明日も起きて習慣にしてやるよ」

 

 カロスが床に落ちた布団を回収しつつ近づいてくる。ぴっしりとした燕尾服を身に着けた隙のない格好である。何時から起きていたんだ?

 夜中に起きてトイレに行くと、カロスの姿はない。例のあの人のごとく名前を呼んだら出てきそうなので呼んだことはないが、家に自分以外の人の気配はない気がする。

 

 憎まれ口を叩くカロスのおかげで、すっかり眠気は去りつつある。

 初日のカロスの対応ったら酷かった。すでにリビングに控えていたらしいカロスは音を立てないように掃除をしながら「随分と懐かしい音を聞きました」と上半身を起こした俺に言った。そこから再びベッドに倒れ込むと「ふっ……」と馬鹿にしたように笑う。半分眠りそうになりながらも頭のなかで「ふっ……」と笑うカロスの声とそれ見たことかと俺を貶す顔が想像されて、無性に腹が立って起床した。顔を洗いに行く俺に怪訝な顔して「トイレですか?」と訊ねてきやがる。女性にトイレとか言うなし。あ、なんか当たり前に女と認めてしまっている。

 毛虫を見るような目で俺が行動するのを見ていたが、顔を洗ってテーブルにつく頃には温かいモーニングティーを用意してくれていた。こういう卒のないところがホントむかつく。

 

 顔を洗い、歯磨きを済ませて寝間着から普段着へと着替える。そういえば洗濯物はいつの間にか消えていて、綺麗な服が当たり前に用意されている。カロスが洗濯をしている場面に遭遇したことはないが、俺のパンツを洗ってるところを想像すると笑えた。女性ものの下着をごしごしと洗濯板でこする美形の悪魔。変態じゃん。にたりと笑ってカロスへの苛立ちを解消する。

 

 香り高いモーニングティーと、サラダとパン。到底俺の胃袋を満たす量ではないが、よく噛みしめて満腹中枢を刺激する。腹八分目が一番だ。毎食腹いっぱいに食べたら、どんなに細い人だって2週間で肉がつく。

 食べる量を減らさねば、運動だけではとうていこの分厚い脂肪は減らせない。どうしても口さみしくなったら、ナッツを噛み噛み噛み噛み原子になるまでかみ砕き、水を飲んで空腹を誤魔化す。ダイエットに忍耐は必要だが、我慢が過ぎても続かない。

 

 朝食を食べたら軽くストレッチをして、身体が温まったら仕事に取り掛かる。

 

 面倒くさがらず、後回しにせずに真面目にこつこつと。それが人生を生き抜くうえで大切なことだと思う。

 3時間も作業をしていると、だんだんフラストレーションが溜まってきて、なんでこんなに大量のオーダーを放置していたんだ。っていうかオーダーストップ制度ねえのかよ。もう注文してくんな、と内心で悪態づきながらも黙々とオーダーをこなす。本気でやめたい。

 俺は作業のひとつひとつの動作に集中することで煩悩を抑えつけていた。ここでやめれば元の木阿弥。俺は変わると決めたんだ。変化には大なり小なり苦痛がついてまわる。

 

「血気迫る表情ですね。お茶はいかがですか?」

「いる。ありがと」

 

 温かな湯気から甘い果実の香りがする。ほわっと凝り固まっていた心と身体が癒される。

 

「ほんとお前は口さえ悪くなけりゃ有能なのにな」

「おや、今更気づかれたんですか? 一つ訂正しますと、口が悪くても有能に変わりはございません」

「自分で有能とか言う?」

「事実ですから」

「おま、恥ずかしい奴だな……」

「同意してさしあげます。あなたが自分を豚だと言うのと同じ程度の恥ずかしさは感じておりますよ」

「それ、めっちゃ恥ずかしいんじゃん」

「ええ。事実とはいえ、何度も能力をひけらかすなど小物のすること」

「その割には普通に言うよな」

「主様につるつるの脳みそにわたしの有能さを刻み込むための努力です」

「お前、俺に反論したいだけだろ? そうなんだろ?」

「ご想像にお任せします」

 

 にこりと綺麗な顔で微笑むカロスは、優雅に一礼して「薬草を取って参ります」と姿を消す。

 薬草園の薬草はグラジオラスの魔力で育てられているらしいが、採取はカロスに任せっきりだ。それぞれ適した部位や採取方法があって、グラジオラスの記憶にはない。昔からずっとカロスに任せっぱなしだったらしい。俺もぼちぼち勉強しているのだが、優先順位は薬品作りのほうが高いため、あまり時間は取れない。

 

 お昼時には少し早いが、小腹がすいてきた。ざららら、と小皿の上にだしたナッツを再びつまみつつ、紅茶を飲む。

 この香り高さは茶葉も高級なのだろうが、淹れるカロスの腕前も相当高いのだろう。俺は昔からコーヒー党で紅茶なんて滅多に飲まなかったが、カロスの淹れる紅茶は好きだ。

 

 薬草を取りに行ったカロスはしばらく帰ってこない。

 ぼうっと休憩していたが、一度作業を中断するとすぐに取り掛かる気分にはなれなくて、俺は立ち上がって伸びをした。

 

 薬草採取の勉強があまり進んでいない。時間が取れないというのは言い訳で、この休憩時間を使えばできる。知ってる。仕方なしにベッド脇に積んだ本を持ってきて捲るが、まったく頭に入ってこない。

 ああ、そうだ。カロスが採取するところを見て覚えてもいいかもしれない。親切に教えてくれるカロスの想像はできなかったが、見て盗む分には嫌な顔はされないだろう。そうと決まれば行動だ。

 

 紅茶を一息に飲み、薬草園へと向かう。

 ニヒムたちがぴょんぴょんと跳ねながら俺の後ろをついてくる。今日も元気そうだ。広大な敷地に薬草は植わっており、いつもニヒムたちが土を耕してくれている。

 カロスの姿を探してぼちぼちと歩きつつ、ニヒムのために用意した金平糖をばらまく。わらわらと寄ってくる姿は、まっくろく〇すけそっくりだ。ははは、かわいいな。

 

 薬草園のなかでも温室のなかにカロスの姿はあった。シャー!! シャー!!と威嚇する鳴き声が聞こえる。薬草園で生物は飼っていなかったはずだが、なんの声だ。

 しゃがむ燕尾服の男の近くに寄ると、彼の片手には白い毛玉が握られていた。そこから声が出ている。

 

「主様、どうかされましたか? お呼びいただければ伺いましたのに」

「いや、薬草採取してるところ見せてもらおうと思ってな」

 

 俺はカロスが握る白いものが気になって仕方がなかった。一瞬ニヒムかと思ったのだが、それにしては少し大きいし、尻尾みたいなのがある。ああ、子猫だ。真っ白い毛皮がところどころ血で汚れている。

 

「お前……それ、なんだ?」

「主様の気になさることではございません」

「猫だよな?」

「ええ。薬草園にとんだ泥棒猫がおりまして。殺処分でよろしいですよね」

「よろしいわけがあるか! こんなかわいい子猫ちゃんを……!」

「カワイイ? 主様、気は確かですか」

「逆に聞きたい。お前の目は節穴か!」

 

 ピルピルと震える子猫を悪魔から奪い取る。両手どころか片手に乗るほど小さな子猫である。「怖くないよ~」と毛並みをとかす。やわらかい、あったかい、めっさかわいい。

 

 カロスは無表情で右手袋を脱ぎ、その場で燃やした。ポケットから新しいものを取り出して嵌めている。そんなにか。

 

「お前猫嫌いなの?」

「いいえ。ですがコレは受け付けません」

「嫌いなんじゃん。こんなにちっちゃい子猫なのに」

 

 震えが収まり、あどけなく俺を見あげる子猫の目は吸い込まれるほど綺麗なサファイアだ。子猫は、撫でる俺の手をちろりと舐めた。なぁ、と甘えた声ですりすりと顔をこすりつけられている。

 

「よし、飼おう。この子の名前はフリージアだ!」

「いけません。飼うことは許しませんよ。早く捨ててきなさい!」

「だからおかんか、お前は」

「冗談抜きに拒否いたします。そのような獣、傍にいるのもおぞましい。

 感じませんか? その獣からあふれ出る邪な気配を」

 

 なぅ、と身体をすりすり俺の手に擦り付けてめいっぱいの愛らしさしか感じない。

 

「お前の方がよっぽどそんな気配出てるぞ。あまりの愛らしさに妬いてんのか?」

「はぁ……本当に気づかないのですね」

 

 呆れた様子のカロスは面倒なことになりましたね、と低く呟いた。

 

「俺が見ていない間に殺すのは禁止だぞ!」

「……」

「素知らぬ顔をするな! 聞こえてるだろ」

「こんな時ばかりは勘が鋭い」

 

 ローブのポケットに仕舞えちゃう可愛さだ。ひょこっと顔と小さなおててをだして外を見ているのがかわいいのなんのって。

 

「なぜこの獣が主様に懐くのかわかりませんが、後悔しても知りませんよ」

 

 なぁ、と甘えたように鳴く子猫を飼うのに後悔などするはずもない。昔から魔女の相棒は猫だと決まっている。

 フリージアは、あどけないかわいらしさ全開の顔でカロスへ向けて鳴いた。

 珍しくも心底嫌そうに眉を顰め、憎々しげに赤い瞳で猫を睨みつけるカロス。今更気づくが、カロスとフリージアの瞳は対照的であった。黒髪のカロスと白い毛皮のフリージア。そういえば性格も対照的だ。憎たらしいカロスと愛らしいフリージア。

 

 くくく、と俺は笑いながらよしよしとポケットから飛び出たフリージアの頭を指先で撫でた。

 

 

 

 

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