起きたらドデブスの魔女に生まれ変わっていた俺の話、聞いてくれる? 作:サイスー
カロスがストライキを起こして早2週間、長期保存食をちまちまと食べて生きながらえていた俺は、ヤツに本気で愛想を尽かされたのかもと思い始めていた。
沈んだ俺の様子を知ってか知らずか、フリージアが膝のうえでなうなう鳴いている。肉球が、俺の引っ込んできつつある腹を慰めるようにぽふぽふしてくる。優しい子だなあ。
なんやかんやで面倒見の良かった悪魔は、一度も顔を見せに来ていない。なにしてんだろ。元気してるのかな。
かわいい猫相手に大袈裟すぎるだろうと思っていたが、実はめちゃくちゃ猫アレルギーとかだったりするんだろうか。蕁麻疹に咳くしゃみ、発熱するレベルで苦手とか?
カロスは俺のこと心配してないのかな。主に野垂れ死してそうだ、とか。
薬品作りが生活の基本であるが、運動も欠かしていない。早起きも継続されている。最近は目覚ましが鳴る前にぱちりと目が覚めることさえあるくらいだ。カロスにこの様子を見てほしい。
グラジオラスの手記を読んでは、色々な薬品作りに挑戦するも、過去の技量には達していないようで失敗することもままあった。
簡単な魔法ならば魔力に物を言わせて楽に作れるのだが、高度な魔法薬となると熟練したタイミングや緻密な魔力操作が必要になってくる。俺はその魔力操作が特に苦手だった。手足のように自由に使えるはずの魔力だが、俺にとっては3本目の左手みたいなものだ。ちなみに俺の利き腕は右である。
「ぐぁぁあああああああ!!! 多すぎたり少なすぎたり難しすぎんだろ!!」
「にゃーん」
「全然うまくいかねぇぇぇぇ!!! ……でも、やるしかないんだよな」
「にゃん」
フリージアが俺の身体をぽふっと叩いて慰めてくれる。ほんといい子だね、お前は。
モカナが持ってきてくれた王妃から送られてきた手紙を解読しようと努力をしたこともあったが、みみずののたくった字は相変わらず読めない。
カロスはどうやってこの文字を読み解いたのだろうか。彼が帰ってこなければ、永久に暗号文として保存され、返事を出せないままになる。
返事と言えば、ダリアという魔女は俺に手紙をくれていたことがあったな、と思い出した。
魔女通信でも有名なダリアだ。
目覚めて初っ端、カロスに煽られた状態で手紙を読んだものだから腹が立って燃やしてしまったが、内容はあまり覚えていないが、高飛車ながらも王からのオーダーをこなすよう催促してくれていたと思う。
ツンデレ魔女なのかもしれない。
手紙をくれる仲なのだから、それなりに繋がりがあったのだろう。俺としてはダリアの顔は全然思い出せないが、グラジオラスを町の民衆のように嫌っていればそのような手紙を送ってくれることもないだろう。
グラジオラスという魔女は手記通りであれば社会知らずの人嫌いであるが、彼女が思っている以上に人との繋がりのあった魔女だと思う。
俺よりもずっと。
俺は天気が晴れていることを確認して、ローブのまま外へ出てだらだらジョギングを始めた。空腹で辛いが、辞めればもう2度とやらないような気がして日課を崩さないようにしたのだ。
まだまだ痩せる余地はある。ということは体内に消費されるべき脂肪があるということなので、死にはしないだろう。
薬草園で魔力操作の練習のためにニヒムに微量の魔力をばらまきつつ1時間程度のジョギングをする。呼吸の乱れもマシになってきて随分と走れる身体になったと思う。
リバウンドしそうな痩せ方ではあるが、空腹が我慢できる程度のタンパク質や野菜(というか薬草)は取っているし、長期保存のパンも食べている。金がないし自炊もできないので同じような食事内容に嫌になりつつある。
ご飯が面倒だなんて初めて思った。食べることは人一倍好きだったはずなのにな。
だくだくと汗をかいて気持ち悪くなったので、清潔魔法で身体とローブを身ぎれいにする。すっかり身体のべたべた感はとれて気分は多少すっきりする。それでも入浴には敵わないので、今日は久しぶりに風呂に入ろうと思う。
カロスがいる頃は毎日入っていたが、便利な魔法を覚えてからというものすっかり利用しなくなっていた。
フリージアは森のほうへと遊びに行っており、まだ戻っていない様子だ。ジョギングが終わる頃を見計らって家の前で待ってくれていたり、少し後に帰ってきたり。彼(オスだった)もまた毎日散歩を楽しんでいるようだ。
今日はゆっくりの帰宅らしい。
家に戻ると、長机ではなく丸テーブルの方に人がいた。
ビックリして言葉も出ない。華やかにティータイムを楽しむ細身の人影は、髪の長さからして女性だ。
その脇には燕尾服の青年が立っている。
「カロス……?!」
「やっと戻ってきたのね、待ちくたびれたわ」
青年は、よく見ると深い青色の髪をしており、身長もカロスより少し低くて華奢だった。
振り返ったその女性は、吊り目がちの大きな瞳と綺麗に弧を描く艶やかな唇、自信に溢れて輝く笑顔の魅力的な美女だ。
髪の根元は深い桃色で毛先になるに従い白くなっている。見事なグラデーションの髪は波打ち、彼女の背ほどまで伸ばされている。翠色の瞳は潤んだように煌めいていて、白い肌に豊満な身体つきをしたハリウッド女優みたいだ。
彼女の隣に立つ青年は、カロスとは似ても似つかぬ爽やかな笑顔を浮かべて綺麗な一礼をする。
どうして見間違えたんだろう。全然違うじゃん。
「あらぁ? ここはグラディスの家じゃなかったかしら?」
「どちら様で……?」
「見てわからないかしら?
ちょっと待って、その声……あなたもしかしてグラディス?
その魔力……似てるわね……」
「いつまで現実逃避なさっているのです。
お久しぶりですね、グラジオラス様。とても……お綺麗になられましたね」
爽やかに微笑む青年がさらっと俺を褒めてくれる。モテそうだな、おい。
ちょっと嬉しくなっちゃったじゃんかよ。
驚愕に目を見開いていた美女は、さらりと髪をかきあげて俺へと向き直る。
「う、嘘……やっぱりグラディス?
まあ、あなたも座りなさいよ。あんなにわたくしが言っても痩せなかったのに、どういう心境の変化?
きっ……きれいになったじゃない?
まあ、そうは言ってもまだまだわたくしには敵わないし、余計な脂肪でぽちゃっとしてはいるのだけどね! おほほほほ。
あなたったらわたくしの手紙をいつまでも無視するから、仕方なく来てあげたのよ」
俺の家なんだけどな。まるで主のような振る舞いだが、それがどうにもよく似合う。
微妙な顔をしながら美女の前に腰かける。
「ところでカリステファス様はどちらに? 気配がないようだけれど」
「あー……少し、外しています」
「なんなのあなたさっきから気持ち悪い敬語を使って。
たとえあなたの序列が下がろうと、同じローズ様の弟子なのに変わりはないのだからもっとしゃきっとして頂戴!」
「はい!」
ローズ様に申し訳が立たないわ! と憤慨する美女に叱咤されて、思わず姿勢が伸びる。長い髪の毛を指先でくるくると弄びつつ、美女はじとりと俺を睨みつける。
「ほんと気持ち悪いわね……まあ、いいわ。カリステファス様はいつになったらお戻りになるの?」
「ここのところ2週間は戻って来てないです……ない、ね」
ぎろりと大きな目で睨まれて、敬語をやめる。どうやらこれが正解らしい。目力強すぎる。
「2週間って……あなたの使い魔だったわよね? そんなに離れていて大丈夫なの?」
「まあ、なんとか……」
家に埃は積もってきているし、主に生活面や仕事面でも困ってはいたが、なんとか生きてはいけている。
「あなたのことじゃないわよ。カリステファス様よ。使い魔は常に主の傍にいて、魔力の供給を受けなければ魔力の循環に支障をきたすこと知っているでしょう」
「ええ……! そうなんです……の?」
「あなたさっきからなんなの? 気色悪くて身体が痒くなってくるわ! わたくしに対する嫌がらせ? もじもじしないではっきり話して頂戴」
「はい!」
「なんだか魔力の質も昔と少し違う気がするし……なにかあったの?」
美女に質問責めにされてめちゃくちゃ気まずい。
いやー、と視線を逸らしていると、ひょこっと外から戻ってきたフリージアがこちらに走ってくるのが見える。
「お帰り、フリージア」
「なに? ………………っぃゃああああああああああああ!!!!!!!」
家が震えるほどのつんざく悲鳴を上げて美女は立ち上がり、逃げる。ゴキブリを見たときのような反応だ。
美女に従っていた執事風の青年も、爽やかな笑みを凍らせて同じように壁まで逃げている。
「なっなっなっ……なんって邪な気配の獣を……!! ちょっと、あなた正気?! だからそんなにも激やせしたの?!」
フリージアはなにかを咥えている。机の上にぽたりとそれを置き、いつもどおり俺のポケットのなかへと納まる。
今日の散歩のお土産は綺麗な花らしい。フリージアによく似た純白の可愛らしい花だった。和む。
「猫嫌い?」
「猫は嫌いじゃないわよ!! ソレが無理なのよ!」
ぶんぶんと首を縦にふって燕尾服の青年も頷いている。
いや、猫じゃん。強いて言えば子猫か。
「この三世紀ずっと変だと思っていたけれど、もっと変になっていたなんて……! カリステファス様がいながらどうして?!
ん……? まさか……。一応聞くけど、ソレを飼い始めたのって、いつ?」
「二週間前かなぁ」
「カリステファス様がいなくなったのは?」
「二週間前かなぁ」
「そりゃあカリステファス様も帰りたくても帰れないわよ!! はやくそれを捨ててきなさい!! は・や・く!!!!」
揃いも揃って同じことを言われるが、俺は捨てたくない。こんなにも愛らしいのに、なぜカロスも美女も嫌がるのだろうか。
「なにをもたもたしているの!」
「いや……」
「はっきり話しなさいよ!! いっつもわたくしばかり、馬鹿みたいじゃないの!」
女性はドン、と机を叩いた。テーブルのうえに乗ったティーセットがカタカタ揺れる。
「せっかくだから言わせていただくけれど、わたくし、あなたがまたオーダーをこなし始めたと聞いて、嬉しかったのよ!
魔女通信の人間が家に来た時に、あなたの人気が高まってきているときいて……前みたいなお互いに切磋琢磨できる関係に戻れると思って、嬉しかったの!
今ならわたくしと話をしてくれるのではないかと思ってここに来たのに、ほんと、馬鹿みたいじゃない……!」
激昂され、あわあわと助けを求めるが、女性は少しも俺から目を逸らさずに気持ちをぶつけてくるし、執事っぽい青年は静かに下を向いて空気と化している。
姿形は全然似ていないのに、モカナを思い出した。彼女と似た翠色の瞳だからかもしれない。
吸い込まれるほど美しいエメラルドグリーンの瞳から目が逸らさなくなる。溢れんばかりの感情が湛えられ、苛烈に煌めくその瞳のなんと美しいことか。
「あなたってば昔からそうよ。なんにも話さないくせに、自分は不幸のどん底だみたいな顔をして!
言われなければ、なにもわからないじゃない! 顔を見るだけであなたの考えていることがすべてわかると思って?!
助けたくっても助けられないじゃない!!
ねえ、ちゃんと話してよ!!」
悲痛な女の声に、俺は愕然とした。
グラジオラスだけじゃない。俺だって、そうだ。
なにか辛いことがあっても、誰にも相談したりしなかった。嫌なことを思い起こして話すのも不快だったし、愚痴を言ったら嫌われるのではないかとも思ったし、自分の意見をずっと誰にも伝えられなかった。
俺を振った彼女も、もしかして目の前の女性のように思っていてくれたのだろうか。何度も彼女は言ってくれていた。ちゃんと話して、相談に乗りたいの、と。
彼女は目の前の女性ほど苛烈な言葉で言い募ったりはしなかったが、俺に合わせてくれていたのだろう。そうしてしびれを切らして、離れていったのだ。
気持ちは一生懸命言葉にしないと、伝わらない。
面白おかしく人の会話を盛り上げることは得意だったが、そういえば俺は自分の話を人にしたことがあっただろうか。思い起こす限り、ずっとない。いつから自分のことを話さなくなっていたのだろう。
話さなければ伝わらない。そんな当たり前のことをどうして忘れていたのだろう。
「まただんまり? お得意ね。そうやって私は不幸のどん底です、みたいな顔をするんでしょう? でも逃がしてあげないわ。今日という今日は、徹底的に――」
「ありがとう。私……いや、俺は本当はグラジオラスじゃないんです」
「……は?」
「グラジオラスじゃなくて、違う世界から呼ばれてこの身体に宿っただけの、日本で生まれ育った男なんです」
「……なによ、今度は作り話でわたくしを巻こうとでも……?」
「本当なんだ。貴女は俺のことを知っているようだけど、俺は貴女のことを知らないんです」
「だけど、王からのオーダーは確かに……」
「この身体が記憶を少しばかり覚えているようで、それでオーダーはなんとかこなせました」
「そんな……そんな……。いえ、そうだわ。カリステファス様はそのことを?」
「知っています。彼から説明を受けましたから」
「カリステファス様から……?」
そんなことが、嘘でしょう。がりがりと髪を掻きむしった美女は、強い視線を俺に向けてずんずんと近寄ってくる。少し椅子を離した状態で、座った。
「わたくしは魔女序列2位美の魔女ダリア。グラジオラスの身体をしたあなたは一体誰?」
未だ訝しげな顔をしながらも、幼馴染の気安い表情から聡明な魔女への表情へと変じたダリア。
それは、初めて"俺"自身へと向けられた言葉だった。