【助けて】呼吸使えるけど、オサレが使えない【転生】 作:ぬー(旧名:菊の花の様に)
「わお」
「どうした、そんな驚いた顔をして」
浦原喜助は、驚いた。
そのリアクションに、我妻丈はまるで当然と言わんばかりのリアクションをした。
「なんスか、あの霊圧は」
「何、とはなんだ」
「……アタシの知っている源氏さんの霊圧は、良くて四席程度。
剣術や危機管理能力、型というものへの理解と戦い方から、副隊長程度の戦闘力、と判断しました」
「そうだな」
丈は浦原の言葉を肯定する。
「でも、なんスかあの霊圧は。
あれなら副隊長クラスの本気の霊圧ッスよ」
「だろうな」
「……何か、隠してないっスか?」
「別に、隠していることなどない」
浦原は、我妻丈の言葉に疑問を抱く。
浦原の知っている我妻源氏の能力は、先に上げたことが大きく、本音で二番隊の副隊長くらいにならなれると思っていた。
でも、蓋を開けてみればこの霊圧。
最初に浦原に対し、丈が言っていた戦力とは違う状態が、目の前にはあった。
「アヤツの戦闘能力は、浦原の言った通りのものだ」
「それなら」
「そう、あれは戦闘では使えない能力」
丈の言葉に、浦原は源氏を見る。
現在、五メートル程度あった源氏と一護の距離は、一メートルほど縮まった。
これまで一分ほどかかっている。
長い。
正直に言って、すごく長い。
「あれは戦闘では使うことができない……瞑想している、とかってことっすかね?」
「あぁ、いや、そういうことではない」
源氏の歩みは、亀の歩み。
一つも姿勢を変えず、ひたすらにすり足でにじり寄るその姿に、苛立ちさえ覚えてしまいそうだ。
だけど、対面している黒崎一護は、全く、そんなこと、一ミリも、頭に思い浮かべてないはず。
それは彼の表情を見れば分かる。
「あれは戦闘中でも使用すること自体はできるが、非常に戦闘向きでないだけだ」
「戦闘向きでない?」
「あぁ。
雷の呼吸において、あれほどまで溜めが長いのは、論外ということ」
黒崎一護の額に浮かぶのは、玉のような汗。
彼はこの一分身動き一つしていない……いや、できていないからこそ、出るはずのないもの。
それを彼は噴出させている。
「そもそも、呼吸は人間のために生み出された誰もが使えるはずの戦術。
あれほどまでの深い呼吸を必要としない」
「……確かに、ルーツを考えれば」
「源氏は戦闘に関しては凡人だが、呼吸というものに対する理解は人一倍高い」
「源氏さんの技の冴えは確かに、肝が冷えるものがあるっスけど……」
浦原喜助には理解できる。
副隊長の本気の霊圧。
それを今の黒崎一護が受け続ければ、何を思うのか。
恐怖。
ひたすらな恐怖。
押しつぶされ、圧し潰され、消えてしまいそうになる恐怖。
それが一分も目の前にいるのだ。
動きたくても動けないのが現状であろう。
「短い年数で、源氏には生きる力と呼吸の力を身に着けてもらった。
戦闘は我流、素人もいいところ」
「……それって、剣術に関しては教えていない、ということっスか?」
「それが?」
今の我妻源氏を見て、剣術を習っていないと誰が思おうか。
あれに近づけば、間合いに入れば死ぬのなんて、少しでも武を齧っていれば理解できる。
でもそれは、
「あれはあくまで型の途中。
それが源氏の強みで、これから露見していく弱点だ」
「競り合ったときの対処、っすか」
「そう。
既に剣術を教える時間も、基礎もない。
それなら、源氏が現在身につけている我流剣術を磨いて、それに対して戦闘の心得を身に着けさせれば、勝手に強くなっていく」
半ば投げやりに聞こえる発言。
しかし、浦原喜助には理解できた。
この我妻丈という男の、最大限の孫への信頼を。
「そうは簡単には行かないと思うっスけど?」
「そうだな。
源氏は型や呼吸の理解度は高けれど、戦闘が上手いわけでもなければ、飲み込みが早いわけでもない」
孫に対して散々ないいようだが、これが我妻丈。
「しかし、源氏には類稀なる生きる力がある」
「確かに、胸を刺されて生きるとか人間っすかね?」
「あれは儂がちらりと教えただけなのだが……まさか実戦でやって生きて帰ってくるとは……」
浦原喜助は、自分のもとに現れた数日前の源氏の姿を思い出す。
胸元を血で汚し、夜一とともに現れたあの日。
一護のことを心配していた彼を止め、傷を見てみると、それはまるで奇跡のような傷だった。
天才外科医のメスのような、体に傷の残らない、美しい切り傷。
おおよそ狙ってなければ不可能なその傷に、最初浦原は真面目に『これ自分でつけたやつじゃないっスよね?』と聞いたくらいだ。
そして源氏の口から聞かされる、おそらく隊長格との戦闘中の話。
思い当たる人物がいながらも、その人物と戦っていてはまずできないような神業に、舌を巻いた。
「あんなもんなんで教えたんすか」
「あれは座学の余興みたいなものよ。
呼吸、戦闘をするためにはまずは理解から。
そう思って教えた奇跡的生還を、再現してみせるとは」
「なんか生きるために必死過ぎてキモいッスよ」
「そう言ってやるな」
丈の言葉には、同意の意味も込められているのを浦原は理解できないわけではない。
「だからこそ、どんな状況になろうとも、そうそう死なない。
そうすれば、どうなると思う?」
「事実上、無限に強くなれますけど……」
苦笑いで返す浦原に、ニコリと笑い返す丈。
爺の顔で笑われると、少し暖かい気分にでもなるものだが、ことそれが我妻丈だと、怖さのほうが優先されてしまう。
「それにしても、まだ続くっすかね?」
「いいや、そろそろだ」
浦原が丈から視線を外し、二人の青年の方に向けると、そこには全く変わらない風景が広がっている。
変わったところは、汗の滴りと、距離。
既に距離は二メートル五〇程度。
半分を切った。
「そろそろ、黒崎のほうが動く」
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
丈の言葉通り、一護が声を上げた。
源氏の間合いに一護は入っていない。
それは威圧されて動けないだけ。
要は、覚悟が決まればどうとでもなる。
「ちなみに、型の途中ということは、相当な死を向けられているはず。
殺意は無きにしても、目の前で動いて何度死んだかを数えるのは辛かろう」
性根が戦闘好きすぎる爺。
そう浦原は思いながら、話を聞き流す。
一護は様々な未来を見ている。
足を動かして死ぬ。
手を動かして死ぬ。
髪が揺れて死ぬ。
感情が揺れ動いて死ぬ。
様々な死を、目の前の我妻源氏という男から見せられ、威圧された。
「それ、どう動くのか」
この状況を抜けるには、おおよそ2つのパターンが有る、と浦原は予想する。
一つは、避ける。
見える死の予測をもとに、躱す。
これが妥当。
もう一つは、振り払う。
源氏の手には現在、刀は握られていない。
今まで見せられたものはすべて幻覚だと思い込み、一歩踏み出す。
これは邪道。
どちらを選択するのか。
「ああああああ!」
一護は、その汗を拭いもせず、目の前に足を出す。
幻覚だと言い聞かせたのか? そう浦原は思う。
抜かれる幻想の刀。
おおよそ一護にも理解できたであろう太刀筋で、源氏の振るう見えない刃は一護の首を刎ねようとする。
それに対して一護は、
「だらぁ!」
『自分の頭を自分で下げさせた』
おそらく対応できないスピードと、怯む体に対して、一番早く動く手を使い、強制的に動かす。
次の手を考えていない、向こう見ずな行動。
しかし、その行動は確かに、
「合格っすね」
一護の霊体での動きを劇的に向上させた。