冬は、終わりの季節。
一年という時間から、抜け出す季節。
だから私は。
その時を、彼女と共に迎えたかったのです。

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大晦日の2人です


積もる雪に、隠れるように

「ん、早いのね」

 

手頃な石に積もった雪を適当にどけて、来るまでゆっくり待っているつもりだった。そんな事をする前に、メリーはいつもの格好にネックウォーマーなどの小物を足した程度の服装で私の前に立っていた。待ち合わせまでまだ1時間以上はあったというのに。

 

「蓮子こそ、もっと遅れるかと思ってたわよ。それにその格好、寒くないの?」

「寒いから早く来たのよ。さっさと済ませたいから」

 

普段着だけの私は、この季節には非常に寒い。厚着をしては動きづらいと思ったが、凍えてしまうよりはマシだったかもしれない。

 

 

かくいう今日は、12月31日。一般的に大晦日と呼ばれる日だ。普段ならどちらかの家で適当に年越しそばでも食べ、呑気に過ごして1週間ほどして慌てて初詣に行くような私達だが、そういう訳にもいかなくなり。

 

 

 

「たまには年越し前に神社に来たっていいでしょ?いつも遅れてたもの、一回くらいはね」

 

とはメリーの言葉だ。先延ばしにするなら事前にやってしまおうという魂胆だが、

 

 

 

「……」

 

 

私達の前には、神社に続く長い石段がある。だがこれを登ったところで、その先には誰もいない。なぜならここは地図で適当にヒットしただけの廃神社にすぎないのだから。

 

 

こんな所に神様なんて居ないでしょ?

 

 

なんて言葉をかけるのは、野暮だろう。

どうせ私達は、本心から神様なんて信仰してはいないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

石段を登っていく。積もった雪を踏みしめる音が2つ響いていく。

 

 

 

「今年に限ってなんでこんなに雪が降ったのかしらね?」

「噂だと、国のえらーい人達が降雪機械を誤作動した、なんて言われてるわよ?」

「オカルトよりオカルトじみてるわね、それ」

 

 

 

時折混じる枝を踏みながら、石段を登っていく。とっくに日は沈んでいて、辺りの林だか森だかからは、なんの光も差し込んではこない。2人とも、懐中電灯の細い光だけで進んでいく。

 

 

「来年は、普通の神社に行かない?3日までに、そこそこ大きい神社に」

「次からはそうするわよ。最近の神社だと宴会なんてしてたから、それにもあやかりたいわね」

 

 

踏む雪が少し厚くなってくる。同時に、指先にひやりとした感覚。見上げれば、今年最後になるであろう雪が降り始めてきていた。

時刻は23時30分。後30分で、年が明けてしまう。

随分とあっけなく感じた一年だった。光陰矢の如しとはよく言うが、過ぎた時間はこうして思い返すたびに、私の背中を刺してくる。

 

 

「メリーは」

「ん?」

「…今年、どんな年だった?」

 

 

前だけを照らす光は、隣の顔まで照らしてはくれない。だが微かに悩む気配があって、

 

 

「そうね…まずは、相変わらず散々な年だったわね。ほとんど蓮子に振り回されて、色々なものを観て…蓮子にも同じ目があったら良かったのにって、何度も思ったわ」

「……」

「でも、意外と充実した1年だったわよ。まぁ、ついこの間は貴女が渋った分私が大掃除したりもしてたけど…なんだかんだで私の頼みも、こうして聞いてくれてるしね」

 

そう話すメリーは、どこか楽しそうで。私も、つられて口の端を歪めた。

 

 

 

降る雪が少しずつ勢いを増してゆく。話をしながら登っている内に、もう時間は年越しの10分前になっていた。

私達の前には、雪を被った本殿が鎮座している。廃れてどれくらい経ったか分からないが、その佇まいとそれを封じるようにかけられた太い注連縄が、威圧的に出迎える。

 

「…蓮子、大丈夫?」

「ちょっと、寒い、かも……」

 

手袋とマフラーくらいはしていたが、根本の服装のおかげもあり寒い。身体は小刻みに震えている。雪まで降ると思っていなかったし、何よりここは雪の積もりが多いからか余計に冷えるのだ。

 

 

 

「あ、それでね蓮子」

「何ー?ここまで来たんだからさっと済ませちゃいましょうよ」

「それはそうだけど…貴女のマフラー、割とほつれたりしてるでしょ?だから、これ」

 

 

そういうとメリーは、鞄から袋を取り出した。近所に出来たデパートの袋だ。それを、ぽいと放るようにしてこちらへ渡してきた。

 

 

「蓮子、最近は忙しかったみたいだし、渡す機会が無かったから…今年のうちに、ね」

 

確かに最近はメリーと会っていなかったし、何ならクリスマスだって一緒に居たものの、課題の疲れもあり夕食を食べてそのまま寝てしまった為、渡すタイミングは確かに逃していた。

だからこれは少し遅いクリスマスプレゼントだ。それは嬉しいが、

 

「ありがと、メリー。でも…」

「?」

「私も、ここに来る前に同じの買っちゃった…」

 

私も鞄から、メリーから渡されたものと全く同じ袋を取り出す。形も重さも、全て同じだ。

 

 

「…それなら言ってくれれば良かったじゃない。私の分と合わせて2個買ったの無駄じゃないの」

 

こちらを睨むメリーに、私は苦笑いで返すことしか出来ない。

 

 

「だって、言われてなかったし…それに、これは年を越してから見せるつもりだったのよ」

「何でわざわざ…」

「新年だからね。何か私も変えたかったりしたのよ。まぁバレちゃったし……これは、貴女が使って」

 

 

メリーにされたのと同じように、袋を放って渡す。ただし右は、メリーのいる方は見ないまま。

 

「だから私の分はもう…」

「いいでしょ、私もプレゼントとか渡してなかったし。それにほら、2人でお揃いのものつけられると思って、ね?」

 

私は着けていたマフラーを取り去り、賽銭箱に放った。メリーから貰ったこれをつけるのだから、もう必要は無いだろう。メリーもネックウォーマーを取り、同じように賽銭箱に投げ入れた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、蓮子」

「なに、メリー?」

「私がここでするお願い」

 

 

 

 

 

「───?」

 

 

 

 

 

 

夜空を見上げる。時刻は丁度、年越しのカウントダウンが始まったところだ。

 

 

だから、言うにはまだ早いわ───とは、言わなかった。

それは私にとって、願ってもない事だから。

私も、きっと同じ事を言っていただろうから。年を越す前か、越した後かの違いでしかない。

 

だから。

 

先に言えなかったことが、少しだけ悔しくて。

 

 

 

私は一瞬だけ、メリーから顔を背けた。側から見たら、ただ拗ねているようにしか見えまい。実際、そうなのだ。

改めて、メリーの方に少しだけ向き直る。相棒の顔を左端に捉えながら、私はこう、答えるのだ。

 

 

 

 

「──もちろん。いつ、どんなところでも、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がらん。

がらん。

 

 

 

 

錆びた鈴が、揺れる音が響く。

 

それは、新年を告げる音。

一線を、踏み越えた証。

 

 

雪に閉ざされる中、彼女の口にした願いは───

 

 

 

 

 

 

『私と一緒に、来てくれる?』

 

 

 

この話を読んでどう感じたか是非に〜

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