サークル主であるtapi@shuさんより寄稿した作品の公開許可は出ていましたが、そろそろ頒布から一年ということで置いておきます。
一時の暇つぶしにでもなれば幸い。メリークリスマス!
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平凡な男子高校生であるところの佐藤ユウキは、実は神の寵愛を受けし者だったそうだ。
といっても特別優れた技能を授かった訳ではなく、人を惹きつけるカリスマ性がある訳でもない。ただひとつ、破邪の力を扱う素養を持った人間だからと異世界に喚び出されてしまったのだ。
モンスターが蔓延り、魔王に侵略されている世界で、これまた王国の中でも優秀な魔道士たちによって行われた召喚魔法により、ユウキは異世界へと転移させられた。並べて見れば、随分とまあ手垢のついた物語だ。
ユウキが召喚されたこの世界では、魔王の影響下にあるモンスターを倒してもそのほとんどが敵拠点で自動的に蘇生されてしまう。破邪の力で魔王の呪縛を断ち切ることだけが、モンスターの復活を阻止する唯一の方法なのである。
既に世界の三割ほどが魔王軍に支配されており、人類側の国はいくつも滅ぼされている。倒しても倒しても敵が無限湧きするのではそうもなるだろう。現在世界で唯一破邪の力を持ったユウキは、王国軍と一緒に進軍して奪われた土地を奪還していくことになる。
さて。問題は、転移の際に聖なる力とやらが干渉してユウキが女の体に変化してしまったことである。この異世界でも同様の力を持った人間は極々稀に生まれるようだが、その全員が女性だったという。どうやら神が選ぶのは勇者ではなく、聖女なようであった。
「うーん、でも考えてみれば異世界転移で性転換ってのも別に目新しい感じじゃないかぁ」
ユウキはそうひとりごちる。ネットの小説には、今現在ユウキが置かれているような状況でスタートする物語がごろごろ転がっていた。書き手が増えて多様化が進んだあまり、今ユウキがそうであるように『剣と魔法の世界に飛ばされて女の子になっている』なんて話にも意外性がなくなってしまっていた。
一般的にファンタジー世界に転移するものというと、現代日本の知識と技術で金儲けしたり領地経営してみたり、あるいは特異な魔法を使えるようになったり飛び抜けた身体能力を得たりしてモンスター相手に無双していて、ヒロインと恋愛した挙げ句にハーレムを築いたりもするわけなのだが、どうやらユウキには当てはまらない様子である。
ユウキのみが使える聖魔法というのがあるのだが、アンデット特攻がついているだけでモンスターを一撃でやっつけられるとかそういうのはなかった。あとは『快癒(ヒール)』という治癒魔法が使えたものの、これにも致命傷から回復させるような劇的な力はない。身体能力に至っては男だった頃よりも落ちてしまっている。
「確か、TSっていうんだよな。ユウキみたいに女になるのってさ」
頭の上から降ってくる声に、「うん」とユウキは頷いて返す。
こんな右も左も分からない世界に女の体でほっぽりだされたユウキが泣き喚いて自棄になることなくいられるのは、たまたま近くにいた幼馴染が一緒に異世界に飛ばされたからだった。
塩田ショウ。生真面目、実直なんて言葉が似合う男で、小中高と剣道命みたいな生活を送っていた。高身長ですらっとしているが着痩せしてるだけで、実はけっこう筋肉質なヤツだ。召喚の際に雷の魔力が目覚めたとかで、その短い黒髪には金色のメッシュが入って常時うっすら逆だっている。最近は静電気に悩まされているらしい。
元々ユウキはショウに身長で15センチぐらい負けていたが、女になってからは頭一つ以上違う。この世界は尺度が違うので今となっては測りようがないが、女になったユウキの身長は150センチぐらいだろうか。
「随分と髪が伸びたな」
「そりゃあ、毛先を揃えてるだけで伸ばしっぱなしだし」
ショウにそんなことを言われて、ユウキは胸元の髪一房を摘んで持ち上げる。日に透かすと濃い茶色に見えるが、黒髪だ。ユウキの髪は、ショウのように色が変わったりはしなかった。
女の髪は魔力タンクになるとかで髪を切ることは許されず、今では腰に届こうかというまで長くなった。洗うのは面倒だが、手入れを欠かさない黒髪は絹のような艶と柔らかさで、ここまで長くなるとちょっとした達成感がある。
聖女は人類の旗印であるからと淑女としての立ち振舞を求められ、ユウキはそれも仕事の一環だと割り切って礼節ある女性を演じてきた。こうして素のユウキとして気張らず会話ができるのは、ショウと二人きりの時だけだ。
ユウキは小さく笑みを漏らして、軽やかに鼻歌を歌う。随分と、この体にも慣れたもんだ。不便なことは間々あるけれど、隣にこうしてショウがいてくれるなら我慢できる。ショウがいれば日本で一緒に通学していた時のように、これから先も変わることのない毎日を過ごしていける予感がするからだ。
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亡国の廃城を拠点とするボスモンスター・トロールキングを倒し、周辺地域を奪還した討伐部隊一行は帰途についていた。今回のボスモンスターの撃破で、もう敵の総大将である魔王の拠点に手が届くところまで前線を押し戻したことになる。
目的を無事達成したことで軍の雰囲気も明るい。ゆっくりと進む隊列の中程には、ユウキとショウが揃って歩いている。聖女の移動には専用の馬車があるのだが、ユウキは時間と体力が許すならばショウと共に歩きたがる。軽鎧に太刀を佩いた青年とモノトーンの服装の小柄な少女の取り合わせは、もはや兵士たちにとってもいつもの光景である。
「もうそろそろ二年ぐらい? 本当なら今頃受験かなぁ?」
「どうだろう。あっちと一年の周期が違うからわからん。もしかしたらとっくに卒業して大学に通っている頃かもな」
「ええ? そっかな~」
歩きながら指を立てて日にちを指折り数えるユウキ。生憎、ショウは毎日死にものぐるいで訓練していたから、日にちの感覚が完全に狂ってしまっている。流石に三年は経っていないだろうが、そのあたりは曖昧だ。
「なんにせよ、俺は剣道の全国大会に出れなかったことだけが心残りだ」
「いいじゃん。ショウ、こっちの武闘大会では優勝してるんだし」
「いや、ただ強いやつと戦いたいってだけじゃなくてだな。俺が降してきた地区大会の奴らに対して顔が立たないってのが大部分だ」
聖女召喚に巻き込まれたショウは王国に保護され何不自由ない生活が約束されていたが、聖女として討伐部隊と共に旅立たなければならないユウキがショウと離れ離れになると知って恐慌した。女性として生活していかなければならないことで精神的に不安定だったのだろう。ユウキはショウが傍にいないと眠りにつけなかったし、朝起きてショウの姿が見えないだけで取り乱すほどだった。
ショウもまた、幼馴染を最前線に見送って自分だけが安全なところで生活するなど願い下げだったので密かに軍に志願していた。高校一年ながら剣道の地区予選を全勝突破し全国大会出場を決めていた天才剣士とも呼べるショウだったが、ファンタジー世界の武具を装備した職業軍人相手では勝手が違っていて、あの手この手を使われてこてんぱんにされた。そうして討伐部隊が編成され王国を発つまでの期間を使って、一から鍛え直すことになったのだ。
おかげで、雷の魔力をまとって目にも留まらぬ速さで敵を切り刻む剣術を新たに編み出し、参加した武闘大会では優勝を勝ち取った。『瞬雷剣のショウ』なんてこっ恥ずかしい二つ名まで頂戴している。ユウキは「二つ名カッコイイ!」なんて羨ましそうにしていたが、その感性ばかりはショウにも理解できない。
変化した体は不可逆だ。ショウは鍛錬の末に新たな力を得た。しかし、もう雷の魔力はショウから切っても切り離せないものになってしまっている。呼吸が魔力を生み出し、自然と身体を強化してしまう。訓練を重ねてそういう風に体に覚え込ませたからだ。無意識にそれが出来ないと、実戦では使い物にならない。
だから、例え日本に帰れたとしてもショウはもう二度と以前のように剣道が出来ない。反射神経などを含むあらゆる身体能力があちらの一般人とは比べ物にならないのだ。それではショウにとって対等な勝負にはなりはしない。再戦を約束していた好敵手たちの顔が浮かんでは消えていく。
「♪~」
考え事をしているうちにショウが落ち込んでいると、後ろからまたも軽やかな鼻歌が聞こえてくる。確か、ライトノベルがアニメ化した時の曲、だったはずだ。カラオケでユウキが歌っていたので聞き覚えがあったが、あの時よりこの鼻歌のほうが伸び伸びとしてる。きっと、原曲では女性が歌っているのだろう。
元々ユウキはあまり活動的なタイプではなく、趣味は文庫や電子書籍・ネット小説などの読書。苦学生であるから外出も控えめで昼の弁当も自作という今どき珍しい男子学生だった。人見知りするが、ショウと一緒ならばよく喋るしご機嫌な様子でよく鼻歌を歌っている。とにかく争い事から程遠い、無害なヤツだ。
ショウもまた趣味と言えそうなのは剣道の稽古ぐらいのもので、あとはユウキに勧められた小説を読むことだろうか。TSやら転生やらの無駄知識もユウキから教え込まれたものである。騒がしいのが苦手なショウだが、ユウキとなら一緒にいても気疲れしないで済む。
くいと袖を引かれて、「おう」と返事をするとショウはいつものように歩幅を更に狭めた。隣を見ると、すっかり小柄になった幼馴染がこちらを見上げてにこりと笑っている。
身長差が大きくなって、歩くスピードもまた変わってしまった。ショウも気をつけてゆっくりと歩いているのだが、それでもなおユウキを置いていきそうになる。二人で歩く時は、ユウキはショウの袖を摘んで歩くようになった。ついていくのに難儀すると、ユウキはこうしてショウの袖を引くのだ。
この世界に来て――随分ユウキは変わったと、ショウは思う。
女になっても急に髪が伸びたりはしなかったからしばらく男の時の髪型だったし、当時その胸は自己主張控えめだった。声変わりする前のユウキを見ている程度の感慨しか浮かばなかった。
それがどうだ。今となっては男だった名残を見つけるほうが難しい。人類の希望の象徴として民衆の前に立つこともある為に、女性らしい仕草を学ばされ、いつの間にか一人称も『俺』から『わたし』だ。この数年で伸びた髪はしっかりと手入れされ、体も身長を除いて相応に成長し、薄くだが化粧もしている。服装はドレスと修道服の中間のようなデザインの貞淑で美しいものだ。元々の気質と合わさって、奥ゆかしい大和撫子というべき美少女へと変貌を遂げていた。
「……」
日に日に女らしく可憐になっていく幼馴染。聖女モードではないユウキの口調も、本人ですら意識していないだろうが男だった頃の無遠慮なものではなくなっている。気心の知れた女友達のように丸みのある言葉遣いになっている。
側に来れば鍛錬漬けで汗臭い己とは違う、香水だろうほのかな花の香り。向き合えば身長差からの常時上目遣い。ショウが側にいないと眠れないというので基本同じ屋根の下で宿泊し、夜中トイレに行ってベッドを間違えたかユウキに抱きつかれたまま目覚める、なんてこともあった。ユウキは全身がふわふわしていて、とにかく柔らかかった。抱きしめたなら、壊してしまいそうだ。……あとは、そう。遠征の最中では満足に読書できず、それに代わる趣味とかでたまに手料理を作ってくれたりする。
寝ても覚めても剣道バカだったのでこれまで女子と接点を作らずにいたが、ショウとて異性に興味がないわけではない。性欲だって人並みにある。しかし身近な異性がこの幼馴染の元男。肉体的には女性であれ当然ユウキの精神は男なわけで、ショウは良くてもユウキが男相手にそういったことは抵抗があることだろう。その事実を思い返す度に急ブレーキをかけている。今の所は鋼の自制心と毎日のトレーニングで解消して何食わぬ顔をしてはいるが、正直、ショウの限界は遠くない。
ショウとしてはユウキを護ってやらないと、という考えが根底にある。ユウキは男から女に変わったからか、自分の優れた容姿に無頓着なのだ。加えて男性連中には、内向的な性格すらもこの世界の婦女子より好ましく映るようである。
その人気はこの遠征部隊に参加している面子から挙げても、炎の精霊と契約した王位継承権第四位の王子、ドラゴンスレイヤーで知られる騎士団団長、古の魔法を蘇らせた公爵家の次男、小競り合いの絶えない小国郡を平らげた傭兵団の頭領、世界で唯一野生のモンスターを使役するエルフ等々、とにかくユウキに恋い焦がれる男は多い。世の女性たちからアプローチを受ける側の人間が、こぞってユウキに求愛しているのだ。
そして、彼らの思慕の念におそらくユウキは気づいていない。みんな優しくしてくれると能天気ににこにこしている。きっと、食事などに誘われれば男同士の感覚でついていくだろうし、相手が悪い男ならば間違いなく騙されることだろう。
その癖、ショウからはひっついて離れない。ショウがいる限りは二人きりになれないものだから、ユウキに恋する彼らにとってはまさに目の上のたんこぶであろう。よく敵意のある視線がショウめがけて飛んでくる。そしてたまに闇討ちされることもある。
望むところだ。ショウとしても、ユウキを奴らなんぞに渡す気などない。ショウがこの世界で失って惜しいものなんて、自分の命と親友のユウキだけだ。
今ショウが誇れるものは剣だけだ。剣があれば魔王相手だろうがユウキを守り抜く。そう決めているのである。
しばらくすると疲れたのか、ユウキはショウにひと声かけて馬車へと戻っていった。軽く手を振って見送ってやる。
姿が見えなくなって、ふむと顎を擦る。ユウキがいないのであれば、ショウがやるべきことは一つしかない。大きく息を吸い込んだ。
「モンスターの残党狩りに行くぞ! 元気の有り余ってる奴はついてこい!」
鍛錬であった。
▽
もうすぐ今回の遠征が終わる。馬車に戻ったユウキはこっそり息を吐いた。もう、それほど猶予はない。
ユウキはずっと、ある作戦を成功させるために精力的に動いている。あれは聖女の破邪の力を実証するために遠出して、モンスターの完全消滅を確認してしばらくしてからのこと。偶然に王城で、とある話を漏れ聞いてしまってからだ。
「王が仰るに、領地奪還の暁には、聖女の血をなんとしても王家に取り込みたいとのことだ。破邪の力を持つ子が生まれれば、未来永劫この国は安泰だろう。しかし、アレをどの王子に宛てがおうかお悩みになられているようだ。……流石に聖女を王の愛妾するのはまずかろう?」
召喚に成功し、その破邪の力の有用性を見たことで、欲が出てきたのだろう。王の側近らが謁見の準備の合間に、こそこそとそんな話をしていたのだ。
自室に逃げ帰ったユウキは、ベッドに潜り込むと顔を真っ青にして凍えるように全身を震わせた。
研究機関を使って日本に戻る方法は探してくれてはいるものの、この世界に引き込むならともかく別の世界に送り出すなど前代未聞のことで、おそらく見つからないだろうとは言われていた。女の身になってしまったのだって、外的要因はなく自身の魔力の性質で変化を起こしたものだから男に戻れる可能性は絶望的だとも聞いていた。そもそも、異世界の人々は聖女が元は男だったなんて誰も信じていない。
それでも、戻れないのならこの世界で生きていくしかない。そんな理不尽ともなんとか折り合いをつけようとして、男の頃とはすっかり変わってしまった女性としての生活に四苦八苦しながらも順応しようとしていた。なのに、その上で今度は何の断りもなしに男との結婚を決めて、挙げ句にその男の子供を産めというのだ。
(冗談じゃない!)
女の体になっても、女性として振る舞っていても、ユウキは自分を男だと思っていた。だから下卑た視線を感じても、何を向けられているのか、その行き着く先が何なのかを理解していなかった。向けられている対象が自分だと認めていなかった。
見えていなかったものが、急に鮮明になって、ひどく醜いものを目の当たりにする。胸がむかつき、吐き気が止まらない。
その件からすぐにボスモンスター討伐隊が組まれ、聖女ユウキを中心に全人類の中から傑物を結集させた。その中には新進気鋭ということでショウの姿もあった。メンバーの初顔合わせのパーティーにも参加したが、男たちは互いのことを何も知らないのに出会ったその場で求愛してくる始末であった。それは単純に今まで見たことないタイプの美少女であるユウキに一目惚れしたのだろうが、ただただタイミングが悪かった。どいつもこいつも聖女に子を産ませたいのかと、当時深い疑心暗鬼に陥ってメンタルボロボロ状態だったユウキは話しかけてきた男を敵として認定し、敵のあまりの多さにすっかり男性不信になってしまったのだ。
好意を見せつけて寄ってくる男はまず信用ならない。内心で警戒しながら聖女として当たり障りなく応対していると、今度は男を侍らせていい気になってると見做され女性らに煙たがられるようになった。女性とこそ気安い関係を作りたいと思っていたユウキだったが、飲み物だ食べ物だとあれこれ世話を焼こうとする男たちから逃れることが出来ず、女性らには遠巻きに冷ややかな目で見られ続けた。ショウが来るまで、ユウキは相槌と笑みを返すことしか出来なかった。
そう。ショウだ。その時も、ショウが助けてくれたのだ。唯一の例外は、ショウだけだった。男だった頃のユウキを知っているから、ショウだけはユウキを変な目で見てこない。ショウと二人きりなら聖女じゃなくても大丈夫。ショウといれば安心だ。ショウだけがユウキの味方だったのだ。
今はだいぶ良くなったけれど、酷い時にはショウがそばにいないと訳もわからない焦燥感に駆られて、それを放っておくとばくばくと動悸が始まってしまう。次第に呼吸が浅くなり、視界が暗く染まっていく。最後には自力で立っていられなくなり、勝手に涙が出て嗚咽が止まらなくなる。
そうして部屋で一人泣き崩れていたユウキがメイドに発見されると、すぐに王国から何名もの医者が集められた。診察して、いくつかの応答を終えると特例としてショウがユウキの家で寝泊まりするようにと指示が下されたのだった。当然ユウキに懸想している男連中からは猛反対があったが、このままでは聖女の生命に関わるとしてばっさり切り捨てられていた。余談ではあるが、女性陣からは陰で、男を連れ込む売女呼ばわりされ心証はさらに悪化していた。もはや関係修復は不可能にも思える。
部屋に独りだと、いつまで経っても不安なままで眠れない。けどショウに手を握ってもらっていると、胸が暖かくなってまどろんでしまって、いつの間にか眠ってしまう。
そして、暖かい夢の中で思ったのだ。交際相手がいれば、男たちからアプローチも減るだろうこと。うまく転べば聖女を王子の嫁にという話も立ち消えるかもしれない。そうして男がこちらに注目しなくなれば女性たちもユウキを嫌う理由がなくなる筈だ、と。
解決策も難しいことじゃない。ショウにずうっとひっついていればいいのだ。スキンシップを増やして、ご飯とか作ってあげたりして。ショウがいない時には絶対他の男と会わないようにしていれば、周りが勝手に、いいように察してくれるだろう。
そしてその作戦は決行され、現状決定打には至らず。同郷で幼馴染だから気心が知れているのだろう程度の認識しか得られていない。身長差がありすぎて兄と妹のように見えてしまうのも原因なのかもしれない。
いや、そもそも、ショウの反応に問題がある。大問題だ。ユウキが体を寄せてひっついたり、ベッドに潜り込んで抱きついてみたりしたのに取り乱す訳でもなく、しょうがねえな、という感じでこれといった反応をしてくれない。ユウキは前日から心構えをして、意を決してやっているというのに! ……確かに女になった当初は男と大差ない体つきだったけれど、あれから数年経って出るところは出ている筈なのだ。時折胸に視線が向かっているのは感じるけれど、それぐらいは女同士でもあるのでなんとも言えない。もしかしたら、女性に性的興奮を覚えない性質なのだろうか。ショウが男しか愛せないとなったら……想像してユウキはモヤモヤする。あんまり考えたくない。
とにかく、もっと恋人らしいことをしないといけないのだろう。デートしたり、手をつないだり、腕を組んだり、あとは、そう。キスをしたり、だろうか。ユウキは恋愛経験に乏しい為、合っているのかわからない。とりあえず王国に戻ったらしばらく休暇になるので、一つずつ試してみることに決めた。
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まいった。ショウは許されるなら降参したい。想定外過ぎてどうすればいいのかさっぱりわからない。これならまだトロールキングを三体同時に相手した方がよっぽどやりようがある。
今日は休日。昨夜に買い物に付き合ってほしいとユウキに頼まれたショウは、インドア派のユウキにしては珍しいと思いながら二つ返事で頷いた。日本にいたころも登下校は一緒にしていたが、連れ立ってどこかに行くということはあんまりなかった。ユウキ自身が万年金欠だったので、あまり外出をしたがらなかったというのが主な理由だ。今は聖女としてかなりの給料を貰っているようなのでそのあたりの憂いは解消されたのだろうが、それでもユウキが意を決した様子で買い物に誘っている意味を、ショウは当日彼女の姿を見るまでさっぱりわかっていなかった。
ユウキは着飾っていた。お洒落しているのである。そういう方面に疎いショウでさえ、「特別な相手と出掛けるんだろうな」とわかる気合の入れようなのだ。普段は休日だろうがなんだろうが国から与えられる聖女の制服のようなもの――まぁつまりお仕着せを着回しているユウキなのだが、今回はその装いとはまったく違う。変装なのだろう、確かに聖女として顔が売れているユウキが街中を歩けばあっという間に取り囲まれて身動きが取れなくなってしまうのでそれ自体は間違ってはいない。あまりに身近すぎてそうは思えないが、ユウキはこの世界において唯一無二という意味で、魔王と並んで第一位の有名人なのである。
さて。問題はその服だ。いつもの服は聖女としての清純さを表に出すためか、素肌を極力晒さず、モノトーンの色合いとシンプルさがコンセプトになっている。対して今日のユウキはハイウエストスカートで素足を見せ、足元には編み上げサンダル。ノースリーブブラウスで肩を出し、開いた首元にはネックレス。肌の白さをこれでもかと見せつけている。いつもは下ろしている髪をポニーテールにしていて、服と相まって随分と活動的に見える。ここまで普段のイメージから外した服装であれば、見ただけであの聖女だとはわからないだろう。ただ、ユウキもこうも女の子女の子しているのは慣れないのか、顔を赤くして目線を彷徨わせ、時折ちらちらとショウを盗み見ている。
「あー、その、似合ってるぞ。可愛らしい、んじゃないか?」
どういう意図があるかまでは読めない朴念仁ではあるが、ギリギリ恥ずかしい思いをしていることぐらいはわかるのでとりあえず肯定しておく。目をぱちくりさせたユウキは口をむずむずさせて「ありがと」と小声で返すとショウの左腕を取って腕を組んだ。
「おわっ!?」
ユウキの思いがけない行動に驚いて、思わずうろたえてしまった。何故、ショウと腕を組むのか。ショウにはさっぱりわからない。女性になってしまった以上、いくら中身が男とはいえ着飾らないといけない場面が出てくるのは理解できる。ただでさえ聖女として人の前に立つ機会の多いユウキであるから、疑問に思うこともない。しかし男のショウと腕を組むのは、どうなのだろうか。
「ショウはわたしとこうするのは、嫌?」
「む。……俺は構わないが、ユウキこそ俺と腕組むのは嫌じゃないのか?」
「全然」
もしショウが男と腕を組めと言われたら、実際やるのに抵抗がある。断れるなら断りたい。それは、ユウキにとっても同じではないのか?
かといってこうして女になったとはいえ、中身が男のユウキと腕を組むのは嫌かと問われれば、否やはない、という感じではあるのだが。生憎ショウが女になった訳でもないのでそれ以上は考えても詮無いことと思考を打ち切る。
「それで、今日はどこに行きたいんだ?」
「あ、うん。その、私服が欲しいのと、あと貸本屋」
「服か……。生憎、女性服は俺にはよくわからないが。こっちだったか」
とりあえず近場の服屋からか、と歩き出すとユウキが引っ張られてつんのめる。どうやらショウも動揺していたようで、いつもしている配慮が出来ていなかった。
「おっと、悪い」
「大丈夫。んー、ショウと身長差あるから、腕組むより手を握ったほうがいいのかな」
「まぁ、その方が楽ってことならそうするか」
ほれ、と掌を上にして手を出すと今度は言い出したユウキの方がたじろいだ。
「どうした?」
「いや、どうしたって……。なんでそんな気にしないの?」
「お前が嫌だって言うならこれから気にするけど。正直、決めあぐねてるからな。ユウキを男友達として見るのか、女として扱うのか」
「それって」
「俺に、女として見られるのは嫌なのか?」
腕を組んだり、手をつなごうと言ってきたり、どうにも男が男相手にする距離感ではない。
けれども、ユウキを女に見立てて同じような距離感で接しようとすると、彼女は戸惑いを見せる。まるでショウに女として見られているとは思っていなかったみたいに。
「…………嫌じゃない」
「なら、仲のいい男女が手を繋ぐのはおかしくないだろ」
たっぷり10数秒黙り込んだ後、うつむいてボソボソ喋るユウキの手を取る。止めていた足を、ようやく再開できる。
「ねえ! それじゃ、それじゃさ。ショウはわたしにキスもできるの?」
「はいよ」
ユウキの手を取り直してショウはその手の甲にすばやく唇を落とした。あまりの早業に、ユウキはまったく反応出来ない。
「え? えぇ? そうじゃなくない?」
「はいはい。それじゃあこっちか」
ショウはくるりと反転。つないだ手を引き寄せ、空いた方の手でユウキの前髪を掻き上げると、顕になった額にキスをする。
「慣れないことしすぎた。いい加減このあたりで許せ。ほら、服屋に行くんだろ」
「しょうがないなぁ。他のところにするのはまた今度ね」
むふふ、と可愛さのない声を漏らして、にんまり笑みを浮かべるユウキ。額にキスされて顔を真っ赤にしているが、それ以上に普段動じないショウが照れているのが面白いのだろう。
ショウはふん、と鼻を鳴らした。魔王を倒すまで戦いは続く。魔王が相手だろうと負ける気がないのは変わらない。
ただ、この聖女さまのお相手を務めるのは結構めんどうくさそうだ。
本当の題名は『TS依存めんどくさいヤンデレ聖女』だったけど
書いてるうちに二倍ぐらいに文字数オーバーしたのでヤンデレエピソード削ってったらオチが消えたのは今だから言える裏話