お前ら人間じゃねぇ!   作:四季織

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流れが変わるほどではないですが、前話の最後の方少し加筆しましたのでよろしければ読んだいただけると嬉しいです



第十一話

「まぁ、MVPは蒼軌少女だな」

 

「おや」

 

 訓練終了後、講評タイムで真っ先に上がった自分の名前に思わず声が出た。

 一番は心操だと思っていた。追い詰められて負けだと思ったその瞬間、最後の最後で逆転勝利。オールマイト含めヒーローならば、ヒーローを目指しているならば一度はやってみたいランキング上位の勝利だっだだろう。

 その辺ノリで教鞭をとる傾向があるのがオールマイトだ。

 とるつもりでの行動はもちろんしていたが、敗北したため2番手あたりになると思っていたが。

 

「明確に押し切られて敗北した私がMVPというのはいかがなものかと」

 

「なに、それを考慮しても素晴らしいものだったよ。そうだな……わかる人!」

 

「はいはいはーーーい!」

 

 頭の上で響く声。帰還と同時に飛びついて褒め称えてくれた三奈ちゃんの声だ。

 いろいろ酷使した体に後ろから抱きしめるようにしたままその大声は結構響くんだが。

 

「はい、芦戸少女!」

 

「はい! 意識を失った仲間を最後まで見捨てずに守ったまま二人からの攻撃に耐えてた!」

 

「うむ、そうだ。どんな場面でも他者を見捨てず諦めない、今回は特にそのおかげで最終的な勝利を掴んだともいえる。ヒーローとして他者を守るというのは口で言うのはたやすいが実際に行動として行うのは難しい、あれだけの猛攻の中それを実行した蒼軌少女の行動は称賛されるべきことだ」

 

「はい、先生」

 

「はい八百万少女」

 

「砂藤さんが遠慮なく暴れていましたのにビルへの被害があれほど少なく抑えきったというのは快挙といえるのではないかと。周囲への被害を最小限にとどめる、ヒーローとして見習うべきだと思いました」

 

「そのとおり。今回は廃ビルという設定ではあったが、室内戦闘がそう都合よく人気のない場所で起きることは多くない。強力な力を持ったヴィラン相手に被害を小さく済ませるというのは難しいことだ」

 

 交流を持っている二人の少女から続けて俺を褒める言葉が紡がれる。

 だが、打算ありきでの行動を褒められるのは複雑だ……。

 今回の戦い、まったく余裕はなかった。だから本来ならば目の前の二人に集中して戦闘すれば心操が起きるまで時間を稼げていれば、個人的な敗北もせずに済んだかもしれない。

 しかし精神が落ち着いているばかりにその時だけでなく終わった後のこと、つまるところまさに今彼女たちが指摘してくれたことを見てもらおうと行動してしまったのだ。

 訓練であるという甘えから、別に死ぬわけではないという考えから勝利よりものちの評価を優先した結果。

 ヒーローとしての行動であるのも事実だが、ヴィランチームの二人に失礼な戦い方だったかもしれない。

 

「もちろん個性を生かした不意討ち作戦を立案した葉隠少女、様々な手段を持つ蒼軌少女を抑え込んだ砂藤少年、そして最後の最後で不意討ちし返しみごと勝利を掴んだ心操少年。様々な学びのある、初めての対人戦闘訓練とは思えない素晴らしいものだった、全員拍手!」

 

 称賛の声と共に拍手が送られる。

 俺と同じく喜んでいいのか微妙なところであろう心操が面白い顔をしているが、まぁ助けはいるまい。

 というか助ける気力がない。

 二人とのスリリングな戦闘は今後の課題を明確にするとともにいい気づきを得られた体験ではあったが、いかんせんスリリングすぎた。

 何不自由なく生きてきた今世において珍しい全力稼働に少々気疲れを感じていた。

 俺を抱える三奈ちゃんの出番は最後らしい、しばらく見た目通りのその双丘で休ませてもらおう。

 

「制限時間が少し余って終わったから折角だ。MVPの蒼軌少女、今回の戦闘で気になった場面はあったかな? 不可視の核を発見や最初の不意討ちを避けた索敵能力、初めての戦闘訓練とは思えない素晴らしい判断力だった。そんな君からなにかこの後の訓練に赴くクラスメイトらになにかアドバイスはあるかい?」

 

 そう思っていたらオールマイトから名指しで意見を求められた。

 なぜ期待を込めたような眼をしているのか。

 No.1たるあなたより俺のアドバイスが優れているわけないだろうに。

 優れた成果を上げたように見えるのも聖剣による精神安定によるところが大きい。

 そういえば最初も俺に意見を求めてきたような?

 まさかオールマイト、あなたまで俺に面倒ごと任せようとしているんじゃなかろうな。

 教師として未熟であることを俺は知っているが、俺は頼りにされるほど発想力があるわけではない。頭も身体能力も個性も見た目も優れているが、中身は別段変わったわけではないのでその辺の才能は補強されていないのだ。

 そんなわけで無駄に集まった視線の期待に応えられるような答えなど持つはずもない。

 

「特別これといったものは思いつきませんが、しいて言うならオールマイト。片方のチームに優位性を与えるような行為は避けるべきかと」

 

「んん? わ、私にアドバイスかい? どういうことかな?」

 

「私たちヒーローチームが勝利できたのは心操君の実力はもちろんですが、最後の通信。あれでヴィランチームがメタ的な理由で油断し完ぺきな不意討ちとなった感じもありましたから。葉隠さんたちの実力も実際に戦った私にすれば、もしかしたらあそこからでも反応できたかもしれないと思わせるものでしたし」

 

「――あ」

 

 うーむこのひよっこ教師。

 今更気が付いたとばかりに間の抜けた声を出すその姿に、クラスメイト達も今更……葉隠さんたちすらも今更気が付いたとでもいうように納得した様子が広がっていく。

 オールマイトは素晴らしい、そしてすさまじいヒーローだ。

 その一言一言に有無を言わせない力がある彼の言葉は、良くも悪くも周りの人間に深く考えることをやめさせる節がある。

 

【私が来た】

 

 オールマイトの代表的なセリフであると同時に、彼を象徴する言葉。

 彼が来たからもう安心だ、彼がこの言葉を言ったのだからもう安心だ。

 オールマイトの言葉に間違いなどない。

 そう思わせてしまう。

 当然そう思わせるにたる実績と能力を兼ね備えた素晴らしいヒーローであるのだから改善してほしいなどというつもりは毛頭ないのだが、教育の場においてビギナーである今のオールマイトは割と細かなところでミスをすることもある。

 

「オールマイト先生ー!」

 

「いや、すまなかった葉隠少女砂藤少年! そうだな、私が必要ないことを口走ってしまえば君たちの学びを邪魔してしまいかねない。今後気を付けるよ」

 

 葉隠らが責めるように詰め寄る。

 クラスメイトへのアドバイスが思いつかなかったので細かい部分に突っ込んでごまかしただけだったが、違和感のないアドバイスにはなったんじゃないだろうか。

 

「私もまだまだ教師としては未熟ということだ。蒼軌少女はよく見ているな。……時にその観察力、少しだけ私に貸してくれるつもりはないかい?」

 

「はい?」

 

 そう言って。

 力強い笑みに、どこかいたずらっぽいものを交えた表情のオールマイトが俺の肩にポンと、手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セメントス先生、配置完了しました」

 

「ん、ありがとう。いや、悪いね手伝ってもらうことになって。あれだけの戦闘直後で疲れもあるだろうに」

 

「平気です。むしろほかのクラスメイトの戦闘を近くで観察できる機会を得られて僥倖です」

 

 一回目の戦闘訓練を心操と共に勝利で収めた俺は、セメントス先生と共に複数のカメラ映像を映し出すモニターを前に、聖剣をひっさげ先ほどまでその中で戦っていた訓練用のビルを見下ろしていた。

 我ながら大柄なセメントス先生と並んで立つ姿は割と絵になっていると思う。

 役割がクラスメイトのやりすぎ防止役でなければ、だが。

 俺は今頃三奈ちゃんの双丘に頭を預けてモニタールームでクラスメイトらと続く戦闘を傍観者として眺めているはずでは?

 なんでいざというとき止める役割としてオールマイトよりさらに使用されるビルの近くに待機しているセメントス先生と肩を並べているんだ。しかもモニターごしの監視だけではなく個性によって生み出した偵察用の鳥を10羽、各階層に一羽ずつと外にそれぞれ散らせて配置している。

 索敵に集中している際の視界はそれぞれの鳥の視界が自分の視界のすみっこにモニター状に並んでいる、という形だ。これもまたSF映画のハイテク技術チックな様相をしている。俺の視界の中にしかないのでほかの人に見せることができないのが欠点だが。

 聖剣の光を何らかの形にする際必要とされるのはイメージ力であるため、便利な能力と言われてイメージしやすいSF技術が原型になっている。

 しかし、どうしてこうなった。

 いや、俺が余計なことを言ったからだが。

 

「あれだけの鳥一つ一つが君と視界を共有しているんだろう? 実際に見せてもらうと本当にすごい個性だね」

 

「恐縮です。まぁさっきの一戦で力足らずを実感させられましたが」

 

「そうかい? 試合は見事なものだった。完全に不可視化された核を即座に発見できるとは思わなかったし、不意討ちへの対処も完ぺきだったじゃないか。砂藤君が君に殴りかかった時は正直止めようか迷ったんだけどね、終始安定した戦い方は素晴らしかったよ」

 

「ありがとうございます。ですが私だけがすごいわけではないですよ、砂藤君もああ見えて割と考えて殴ってたみたいですから。そうでなければ今頃私は壁の染みになっていたでしょうね」

 

「それはさすがに教師という立場的に笑えないなぁ」

 

 巨躯に似合わないのほほんとした顔でのんびり話す様子は、オールマイトと違って教えるものとしての余裕を感じさせる。やはり経験というものは積み重ねるしかないものということだろう。

 

「そろそろ次のチームの戦闘開始だ。おしゃべりはここまでにして、頼んだよ」

 

「はい。任されたからには全力でこなして見せましょう」

 

 セメントス先生が地面に手をつき、いつでも戦いに介入できる形をとる。

 俺の役割は監視カメラが破壊や視界不良などで情報が入ってこなくなった場合の情報伝達や、介入の補助。近接ほどの強度はないが、遠隔でも鳥という遠隔操作している光を変形させてバリアを張れるのだ。

 つまりセメントス先生より仕事が一つ多い。なんでや。

 

 次のチームはヴィランが耳郎響香・上鳴電気、ヒーローが口田甲司・蛙吹梅雨。

 一回目の戦いと違ってパワータイプの少ないチーム、あまり大規模な破壊は起きそうにないが油断はできない。

 やらかしそうなのは上鳴あたりだろうか。

 電気系の能力を持つ人物として不遇であったはずの彼は、いまや緑谷に次ぐこのクラスのナンバー2である。高速移動やそれに伴う肉体能力の向上。握力測定で機器をバグらせようとしていた辺り、身体能力強化に特化したというわけではなさそうなのでシャレにならない電圧で相手に致命的な一撃を与える可能性は十分にある。

 その場合俺ですら反応が間に合うかは不安なところだが……まぁ何とかしよう。

 

『それでは――スタート!』

 

 オールマイトの宣言。

 最初に動いたのは口田だった。

 第一戦の俺の動きを見ていたからだろう、まずは潜入前の索敵をするらしく何事かつぶやいたように見えた次の瞬間には30を超える様々な種類の鳥類がどこからかやってきてビルの周りを旋回し始める。

 俺のようにマニュアルで操っているのではなく、ある程度鳥類自身の判断で動かしているのか彼がその数を操ることに難儀している様子はない。

 とはいえヴィランの二人もばかではない。監視役として全貌を把握しているので知っていることだが、当然核が外から確認できる位置に置かれていることはないし、二人も窓際を避けて潜伏している。

 今回は核も人も透明化されていないが、鳥は普通の鳥なので締め切られたビルの内部に入り込むことはできないので結果としては俺の時と同じ事前に情報を得られないというものになった。

 と、ヴィランの二人は思ったかもしれない。

 

見つけた。5階の中央の部屋に核と耳郎さん、2階に上鳴君

 

 彼は難なく二人の位置をぴたりと言い当てて見せた。

 鳥はどう見てもビルの内部に侵入できていないにもかかわらず、だ。

 

『上鳴! ウチら見つかってる、警戒して!』

 

『ウェ!? なんで――いや、あいつ虫も操れるのか! なんか細かいのがうじゃうじゃいる!』

 

『え……! うわ、いやぁーー! この数はさすがに無理ぃ!!!』

 

 しかしヴィランチームも負けてはいない。

 耳の良さが尋常ではないらしい耳郎が口田の至近距離でも聞こえるか聞こえないかの声をあっさりと聞き取り、即座に情報を共有。情報が来た瞬間に上鳴はぱりぱりと何かを探るようにわずかに放電したかと思えば、次の瞬間には灰色のビルに紛れていた細かな虫たちを把握した。

 

『ケロ、了解したわ。じゃあ私が上から……』

 

まって! 場所を特定したことを知られてる……? 虫たちの存在も

 

『あら。あっちも索敵能力に長けた個性を持っているというわけね、どうしましょう。隠密行動が封じられているとなると、あの……上鳴ちゃん、だったかしら? のスピードはかなりの脅威になるわ』

 

…………

 

 彼は答えなかった。

 同時に口元に人差し指を立て、蛙吹も即座に理解したらしく口元を覆って理解を示す。

 耳郎が音によって把握していることを察したのだろうか、すさまじい情報伝達速度だ。

 どうやら鳥はブラフ、虫での索敵をメインにしているようだが、虫にそこまで高度な情報伝達が可能なのか? もしくは見聞きしたものを直接認識できる? いや、それはないだろう。そうだとしたら彼の脳の処理能力は只でさえ優れた俺の頭脳を聖剣で強化した際のものよりなお上回るということになる。

 よくよく見れば複数の鳥や虫が彼の周りをせわしなく行き来している。多分バケツリレーの要領で情報を伝え聞いているのだろう。莫大な数を一度に操れる彼だからこその力技だ。

 

『核の部屋はそっちでどうにかしてくれ! ほかの階層は俺が電撃で焼き払うけど核のある場所はそうはできないからな!』

 

『わかった! ……声で操ってる? 何言ってるかわかんないけど、虫語? でも音なら』

 

 そんなことを観察している間に、上鳴が猛スピードでビルの内部を駆け回り、同時に放電しながらバチりバチりとあのコンビニの前にある誘蛾灯のような音を発しながら虫を焼き殺していく。

 細かな虫を的確に焼いていくのは見事ではあるが、操られ焼き殺され、いつも町のどこかである光景とはいえ聊かむごい。

 あと監視カメラに飛び火しそうなのを防ぐのが地味に大変。

 耳郎は……なんだ、鳥からの音が把握できなくなった。音を消したのか? 虫たちの動きが鈍くなる。

 継続的に指示を出していたのか? 俺にすら聞こえない未知の音域の言語による支配。そういえばもごもごと口田の口が動いているようにも見える。口元覆ってるからわかりづらいが。

 

虫たちの声が

 

『ケロ』

 

 内部把握できていない蛙吹もすさまじい速度でビルを駆け巡るスパークで察したのだろう。

 さて、正直上鳴一人でもどうにもならなそうだが。

 

これは少しやりたくなかったんだけど……

 

『ケロ……ケロ!?』

 

 人間の言語を失いつつある蛙吹が思わずといったように声を上げる。

 同時に俺とセメントス先生も少し後ずさった。

 黒い雲と黒い地面がビルへと近づいていた。

 そうとしか見えないほどの膨大な虫たち。

 いや、確かにできるのであればそれが彼にとって最強の手段だろう。

 虫嫌いじゃなかったっけ? いや今更驚かんが。

 

『ぎゃあああああああああーーー!!!』

 

 響香ちゃんから女の子としてどうなのという感じの悲鳴が聞こえてくる。

 索敵からつぶそうというのだろう、彼女のいる場所へとそれらは殺到していった。

 音が回復したのでもはや個性を使う余裕すらないと見える。

 いやむごい。

 一定の距離で止まり彼女自身へとまとわりつかせることはしていないし、有害な虫などもいないようだがそれでもこれは再起不能レベルでは?

 

「止めますか?」

 

「んん、一応直接かじらせるとかむごいことはしてないんだよね? 今の彼女はヴィラン役だけど、ヒーローとして活動していると規模は違えどこういった生理的な嫌悪感をあおるような攻撃をしてくるヴィランがいないわけじゃないからなぁ。水を操るときに下水を使うとか、風を操るときに虫や生ごみを巻き込んでくるとか。監視カメラだと視辛いな、蒼軌さんから見てどうだい? まずそうなら引っ張り出してきてほしいんだけど」

 

「私も女の子なんですけど?」

 

「バリアがあるじゃないか」

 

「……評価してくれているのだと受け取っておきましょう。まぁ反撃しているようだし大丈夫、ですかね。注視しておきます」

 

 決して突入するのが嫌なわけじゃない。悲鳴を上げてはいるが割と応戦していて、共振かなんかしているのか虫が爆散している。悲鳴を上げつつも言うほど死にそうな様子はない、ガンバ響香ちゃん。

 

少し呼びすぎちゃった。蛙吹さん、虫は……

 

『平気よ。さすがにあの量が自分に来たらと思うと少し怖いけれど』

 

じゃあ案内するから時間を稼いでるうちに上鳴君だけでも確保テープで捕まえられる?

 

『わかったわ。案内してちょうだい』

 

 しかし攻撃に転じているということは索敵がおろそかになるということ。

 口田の指示のもと、蛙吹がビル内部へと侵入する。当然のように保護色をすでに使っていて、薄暗いビルの中ではバカにできないレベルの迷彩能力を誇っている。

 上鳴がばかげているだけで彼女の機動力も決して馬鹿にできるものではない。壁や天井に張り付き、高速で移動しながらも器用に隠密移動する様は蛙というより蜘蛛のようだ。

 ほんの数十秒でビル中を駆け回った上鳴は、しかしそれほど疲れた様子もなく2階部分で何やら電池をもてあそんでいた。手遊びに興じているわけではないだろう。そういえば把握テストの際も何やら充電してくる、などと言っていた記憶がある。外部電力を体内で増幅して様々な能力を行使している、といったところだろうか。

 窓をできるだけ避けて移動していた弊害だろう、いまだ上階の異変には気が付いていない様子で、今からかたづけ終わったという節の報告と状況の確認をしようと通信をする、といったその瞬間。

 

『――!』

 

『残念だったな!』

 

 口田による誘導と保護色と隠密移動で完全に不意を突いたはずだった蛙吹、まさにテープを巻きつけようとしたであろう彼女はそれを巻ききる前に崩れ落ちた。

 正確には瞬間的に彼女の背後へと回り込み、軽く背中を押すように電気を流したようだ。

 余裕を見せるつもりなのか、倒れこむ蛙吹を支えるように抱える様子が何とも。実力があるがゆえに割と調子乗ってる感がある。

 

「うかつだね」

 

「仕方ないともいえるのでは? その可能性を考えていたとしても彼と真正面から戦うのはヒーローチームには――」

 

「いや、うかつなのは上鳴君のほうさ」

 

「ふむ?」

 

 何らかの手段で隠密を見破った上鳴のカウンター放電。危惧していたような規格外の電圧を浴びせる、ということはなく動けなくなる程度の放電だったらしく、蛙吹にはいまだ意識がある。

 とはいえヴィランチームにも確保テープが配布されている今回の戦闘訓練、上鳴の勝利はもはや不動のものとも思えるが、セメントス先生の評価は違うらしい。

 

『気づいてたさ背後にいることくらい! 人間にだって電気が流れてるんだぜ、それを感じ取ることくらい俺には造作も――』

 

 得意げに語りだした上鳴が突然その動きを止めたかと思うと、蛙吹同様その場に倒れこんだ。

 まさか自分で感電したわけではあるまい、しかし彼はまるで電気に当てられたかのように痙攣している。

 

『支えてくれたのは感謝するわ。でも、不用意に触れると危ない蛙も世の中にはいるのよ』

 

 かなり加減したらしく、すぐに動けるようになった蛙吹が倒れこんだ上鳴へとテープを巻き付ける。

 オールマイトの確保判定宣言を聞きながら隅っこに転がされる彼は、制御できているおかげで見ることはないだろうと思っていたウェーイ顔をクラスメイトらにさらすのだった。

 強キャラであることは間違いないはずなのにこうもあっさり捕まるとは。

 放電と高速移動しか見れなかった。電気属性として当然ともいえる強さを得た彼の力は少しでも多く見ておきたかったのだが。

 しかし、触れてはいけない蛙、ね。

 

「……毒ですか」

 

「正解。彼女は身体能力も高いけどその本当の強さは分泌している毒にある」

 

「回収しますか? 毒でしょう、危険なのでは?」

 

「はは、大丈夫さ。彼女は自分の毒を使うにあたってしっかり学び、制限付きで使ってもいいとされる資格を取得しているからね」

 

 脚力などの基礎的な力が強化されただけかと思っていたが、なるほどそういう方向に行ったか。数秒触れただけで行動不能になるレベルの毒とは恐れ入る。

 上鳴が慢心せず遠距離攻撃で仕留めていればこうはならなかったものを。

 心操しかり触れただけで即時に無力化できる個性があることも警戒するべきだろうに。

 特に上鳴は自分自身も触れただけで無力化できる個性持ちの一人でもあるのだから。

 

 蛙吹はそのまますさまじい勢いで駆け上がる。

 妨害されていてもいなくても隠密はあまり意味がないのだから当然の行動だ。

 たどり着く5階、核のある部屋の前。

 未だに虫に苦戦している響香ちゃんは、しかしその存在に気が付いたようだった。

 オールマイトの確保宣言は全員に通知されるのだから当然か。

 

『そこ!』

 

 音の衝撃波を、ぎりぎりで蛙吹は回避した。

 しかしその大爆音は少なからずダメージを与えたようで、その足運びは僅かに安定性を欠く。

 やけくそだといわんばかりに虫の壁を衝撃波でこじ開けながら響香ちゃんが部屋から飛び出してくる。

 声、というか音によって生物を操る口田と音そのものをかなりの次元で操る響香ちゃんの相性は最悪だ。

 故に蛙吹を捕まえてしまう必要がある。行動を阻害した一瞬を逃さないように追撃に出たようだ。

 

『ケロッ』

 

『当たらないよ!』

 

 咄嗟に伸ばされた舌攻撃を衝撃波で弾き飛ばす。先ほどと違いコスチュームの装備を介したそれは、人体に悪影響を与えないレベルの音量に軽減されていながらも明確な指向性を持たせているらしく、的確に届かない方向へと舌は逸れていった。

 反応するのか、すごいな。

 不安定とはいえ蛙吹の動きはいまだ立体的だ。そこに不意討ちの舌攻撃が加わったにもかかわらず彼女は視線をやることもなかった。

 これはよくあるソナー的な空間把握もしている感じか。

 身体能力自体はこのA組だと見劣りするものだが、それを補って余りある音による広域攻撃と把握能力。

 狭いビルの中、蛙吹が追い詰められるのは時間の問題だった。

 

『蛙吹少女、確保判定!』

 

 残り時間3分。

 未だビルの外で索敵に徹していた口田には絶望的な通達が下る。

 

っく

 

 彼自身本人は決して戦闘向きでないことはわかっているのだろう。

 それでも、と彼は鳥と虫を呼び寄せ走り出す。

 再び虫でかく乱し鳥に持ち上げてもらって5階に直接行けばいい気がするが。虫がもうそれほど呼べる範囲にいないのか、焦ってその選択肢を忘れているのか。

 

見つからない! いや、虫たちからの声が聞こ――! ――――!? ――!

 

 3階に差し掛かった口田は異変に気が付いたようだが、すでに時遅し。

 消音領域に入り込んでしまった彼の周りから生き物たちが霧散する。

 そんな彼を見つめる影。

 薄暗い天井の隅にプラグで体を固定した響香ちゃんだ。

 そのプラグってそんなに頑丈なんだ。プラグというか首が頑丈なのか?

 

『――――!』

 

 無音からの大爆音。

 無音なので聞こえなかったが口の動きを見るに虫をけしかけられた恨みがどうのと言っていたようだ。

 吹っ飛ぶ口田。

 しこたま背中を叩きつけせき込むが、次の瞬間また音が消える。

 音が消える、と簡単に言うが完全な無音というものは想像以上に人間の周囲を把握する力を奪う。

 よく気配がどうのというが、あれは空気の揺らぎなどをなんとなく音として感じ取っているものだといわれている。

 耳栓をして戦ったとしてもまず経験することのできない無音の世界。

 自分の発する音、声や呼吸音、衣擦れや何かに触れた際特有の音、心音ですら聞こえない。

 そんな世界はどんなものだろうか。

 かなりの恐怖を伴うものなのではないだろうか。

 特に彼はほかの生物たちによって感覚を拡張していた身だ。それらが一挙に失われる喪失感は、同じく個性で感覚を拡張することの多い俺にはそれなりに想像できる。

 

 どこに行こうというのか、へたりこんだまま後ずさり過剰とも思える怯え方を見せる口田。

 そんな彼を再びプラグで体を持ち上げ天井から見下ろす響香ちゃん。

 まるでホラゲーを俯瞰的な視点で見ているようだ。

 虫の恨みがあるからか、それとも体格に見合った腕力を誇る口田を警戒しているのかなかなかとどめ(確保テープ)をさしに行かない響香ちゃん。

 

 しかし決着はついた。

 残り十秒。

 最後の一撃はただの手を叩いた音だった。

 一分にも満たない時間だが完全な無音の世界に取り残されていた口田は、それだけで短い悲鳴を上げて気絶してしまった。

 

『ヴィランチームWIN!』

 

 オールマイトの宣言に、セメントス先生が少しだけ息を吐く。

 俺との会話をしながらも当然気を張っていたらしい。

 

「さて、手間だけど講評には蒼軌さんも参加しないといけないからね。先に行っていいよ、彼らは俺が連れて行こう」

 

「何をおっしゃいます。ついでですから私が連れていきますよ。解毒と気絶からの復帰、私の出番でしょう」

 

「君は本当にいろいろできるなあ。じゃあお願いしようかな。さらについでにあの虫の死骸だらけのビルの片付けも手伝ってくれると――」

 

「治療には結構時間がかかるんですよねー、いやー、本当に申し訳ないんですけどねー、いやー」

 

「わかった、俺が何とかしておくよ」

 

 よっし押し付けた。

 などとは口に出さず、代わりに舌を出してごまかし、鳥を解除。羽を展開しビルの間を一気に飛び越える。

 未だ動けないらしい上鳴と気絶した口田を回収。体格差がひどいので光で腕部を拡大し持ち上げた。

 そのままオールマイトの元まで行く間に、虫の破片が付いてないかと俺の胸当をガチャガチャ揺らす響香ちゃんの相手をする。ええい胸当ての横から手を差し込むんじゃない、どさくさ紛れに微妙な隙間を確認するような手つきをやめろ。

 

 背後ではコンクリのビルが生き物のようにうごめいている。

 まぁ死骸程度で済んでよかった。

 今後もこんな感じに被害がないといいのだが。

 両手がふさがっているのをいいことに、鎧で盛るのは新しいねなどと見当違いの推測をする響香ちゃんと後ろでケロケロ笑う蛙吹。

 二人の笑顔を見ながら現実逃避をする。

 そう、この後に控えているのは大抵大規模破壊を引き起こしかねないやつらばかりであるという現実から。




口田むっちゃ喋るやん

電気やら音やら毒やらわりとツッコミどころがあるとは思いますが細かいことは気にしない感じで書いてますのでまぁそんなもんやろって思いながら読んでいただければ

前話には70もの感想をいただけて本当にうれしかったです。どんどん増えていくのでうれしくて1時間ごとにスマホでアクセスしてまで確認してました。本当にモチベーションが上がります
誤字報告もありがとうございます、こちらもたくさんいただいてます。読んで確認して報告してくださるのはうれしい反面、自分の誤字の多さには頭を悩ませるばかりです

これからもよろしくお願いします

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