「……というやり取りがあって高町さんとテスタロッサさんは決闘をしてたの」
「あ、はい」
リンディさんからの映像付きの説明を受けて俺は曖昧に返事をすることしか出来ない。
飲みかけの缶コーヒーを思わずリンディさんの席に置いてしまうほどには。
なんか、こう、オレは置いてけぼりだった。
オレ以外の全員が理解してる感じなのにオレ一人だけが全く理解してなかった。
心なしかちゃっかり系少女に至っては何処か誇らしげだ。フェイトとの距離が近い。
フェイトが嫌そうな顔をしている。気のせいかも知れないけど。
でも自身の腕をつっかえ棒にして全力で距離を取ろうとしているような気がする。
さておき。
……知らなかった。
オレがプレシアさん
実に、実に驚くべきことだ。
オレが日替わりで惰眠を貪ってる間にそこまで話が加速しているとは。
ある時はプレシアさんハウス。ある時は月島さんハウス。ある時は保健室。
保健室で寝る羽目になったのは多分オレのせいじゃないのでどうか許して欲しい。
半分は名無しの少年のせいであって欲しい。……ダメ?
そもそもなんで決闘してたんですか? とか今さら聞けない空気だ。
そこで「
……困るし。
最も驚くべきことは「それ、なんで無関係のオレに説明するんです?」一択であるが。
おかしいな?
当初の予定では隣の赤モップことアルフを引き渡しクールに立ち去るつもりだったのだが?
管理局に向かえってうるさいから案内だけしておさらばする予定だったんだが?
なんか挨拶だけはしておいた方が良いかなとアースラに上がったらご覧の有様だよ。
流されやすい日本人気質が裏目に出てしまったな。
新学期の目標は『NOと言える日本人になる』ですね、これは。……早く成仏したい。
……でもなんかそんなこと言ってられる空気ではないので重々しく頷いてみせる。
「なるほど。……事態はのっぴきならないところまで進んでいるようですね」
キリッ!
うん、がんばった。
がんばったよ、オレ!
後はこう、誰かが巧いことキャッチしてふわっと話を広げて欲しい。
オレはこういう専門知識が要求される仕事の資格は有してないんです。
取り敢えずリンディさんからのキラーパスは上手いこと(?)捌いたから許して、許して。
さて、この微妙に重くなった空気を切り裂ける後釜は…
オレはそうと悟られぬように周囲に視線を巡らせる。
(よし、赤モップ! キミに決めた!)
オレは視線でアルフさんに合図を送る。
限界まで目力さんを駆使する。
伝われ、伝わってくれとひたすらに念を込めて。
(た・す・け・て! プリーズ!)
流石は野生の勘。
オレの縋るような視線を過たず受け止めてくれたアルフは一つ頷くと口を開いた。
「それ以上の説明は不要さ。なんせ悠人は全てお見通しだからね。それより今後の話を」
おまえには心底ガッカリだよ、赤モップ。
「クソがよ…」
かくなる上はちょっと恥ずかしいけれど自分で訂正しなければなるまいな?
── 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
この金言を胸に刻みながら人は大人になっていくもの。
うん、よし!
さぁ、やったんで! 自分!
「いや、あのですね」
「流石ね、桜庭くん。一を聞いて十を知る、とはまさにこのことかしら?」
「そうだな。僕らのレベルでわざわざ説明をしようとしたことが間違いだったか」
「……クゥ~ン」
気絶したい(白目)。
リンディさんとクロノさんからの評価が天元突破してるんですが?
どうなってんの、これ? オレは一貫して雑魚でモブだったはずだが?
あーもうめちゃくちゃだよ!
「………」
「つまり、悠人にはもう腹案があるってこと?」
「そうなの!? 桜庭くん!?」
え? なに、この視線? オレになんか期待してるの? 冗談ですよね?
オレ、ただの一般人(モブ)ですよ?
なんで俺がなんか説明するのを拝聴する姿勢になってるんですか、みなさん?
冗談ですよね?
名無しの少年も、ちゃっかり系少女も、もっと、こう、オレに反抗的だったよね?
なに「しょうがねぇ… ここは一つ話を聞いてやるか」みたいな空気になってるの?
こんなことになるならさっきの映像適当に流すんじゃなかった!
言うて、どうせオレ関係ない話だしすぐに背景に戻れるでしょ。
そっからはそのまま家に帰ればええやん。……とか思ってた結果がこれだよ!?
余裕ぶっこいてた数分前のオレ自身をタコ殴りにしてやりたい気分だ。
(誰か説明してくれよぉ!?)
フェイトのキラキラした視線が心に痛い。
ど、どうする? やるか? 土下座を。
……ん、待てよ?
「………」
「? どうしたの、悠人」
そうだ。
この場には(何故か良く分からんけど)フェイトがいる。
ということは、『あの人』もどっかで聞き耳を立てているに違いない。
ならば、オレの取るべき行動は一つ。
「ふぅ…」
オレは落ち着き払った様子で深く息を吐く。
あくまで『様子で』というのがミソだ。内心はそりゃドキドキのバックバクでっせホンマ。
そして、言葉を紡いだ。
「……『ソレ』について語るべきは、このオレではない」
「?」
「そうでしょう? ……大魔導師、プレシア=テスタロッサ女史」
頼む、いてくれ。
頼む、いてくれ。
頼む! いてくれ!
実の娘にあんなに痴女みたいなおそろいの格好させるモンペのプレシアさんなら!
この場でこっそり聞き耳を立てていてくれ! フォロー頼んます! マジで!
『……流石、と言うべきかしら。探知の網は欺いていたと思っていたのだけど?』
音声とともにモニターに痴女もとい大魔導師の姿が映し出された。
「そんな! アースラのシステムをこうも簡単に!?」
「ま、まったく気付けなかった… うぅ、オペレータとして自信喪失しちゃうなぁ…」
「この人が… フェイトちゃんの…?」
そう。
この圧倒的なオーラ、そして美貌。
間違いない。ハリウッドスターことプレシア=テスタロッサ様である。
(よっしゃあああ! いてくれたぁああああ! せぇええええええええええええふっ!)
嫌な冷や汗を垂らしながら、それでも首の皮一枚繋がった喜びに笑みを浮かべる。
「探知? いえ、拙い推理ですよ。貴女がこの場の様子を探らぬはずがない、と」
『……また、カマかけ。……気に入らないわね、そういうのは』
「お叱りは重々ごもっとものこと。けれど、オレにとってもこれは『賭け』でした」
探知とかそういうのは知らん。
いてくれなかったら困るからいてくれたことに賭けた。
シンプルにそれだけである。
無論、それをバカ正直に口にしたら殴られそうなことはオレの知性でも想像できる。
だから曖昧かつ意味深な笑みを浮かべるに留める。
そんなオレに対してプレシアさんは探るような鋭い視線を送ってくる。
視線で人が殺せるならばオレは100万回は死んでると思う。
100万回死んだザコ? ハハッ、ワロス。
『その笑み、気に入らないわ』
「これは失礼を」
『……何より気に入らないのは、掌の上で踊らされているような気分になる私のこと』
「そう卑下なさらずとも」
『私が圧倒的に有利なのに。計画通りに事を進めているのに。なのに、こうも…』
ブツブツと口の中で何かを呟きながら穴が空くほどにオレなんぞを見詰めてくれている。
ひぃん。
怖いよぉ。
演技だと分かっていても美人さんから殺意をぶつけられるの怖いでござる。
やはりハリウッド女優の演技は本物ということか。
本物の殺気を込めて斬り込めば竹光でも人を殺し得ると言ったのは果たして誰であったか。
「失礼、プレシア=テスタロッサさん」
そこに凛とした声が割って入る。
リンディさんだ。
爽やか系美人の登場にオレの心が癒やされる。
声に応じる形でプレシアさんも彼女の方へと視線を移した。
美人と美人が見つめ合っている。
目の保養だ。
「流石は悠人だ。ババア相手にこうも物怖じしないとはね」
「うん、あのプレッシャーにも涼しい顔。あと母さんはババアじゃない。謝って、アルフ」
「ご、ごめんよフェイト!」
「母さんに」
「ごめんよババア!」
「よし」
いいのか?
……いや、しんどかったからね?
クレーマーの矢面に立たされる程度にはプレッシャー半端なかったからね?
演技と分かってなかったらチビッちゃうくらいには怖かったからね?
『……あなたは?』
「私はリンディ=ハラオウン。このアースラの艦長を務めさせていただいております」
『ふぅん…』
「魔導炉の偉大なる権威とこうして対面の機会に恵まれましたこと光栄に思います」
『……そう。貴女もその若さで最新鋭の時空航行艦の艦長さんだもの。きっと優秀なのよね?』
「貴女ほどでは。……さて、大魔導師プレシア=テスタロッサ。貴女の目的を伺っても?」
そう問われるとプレシアさんは軽く鼻を鳴らし、暫しの沈黙を選んだ。
そして何故かオレをひと睨みしてからやおら口を開き、語り始める。
『── アルハザード』
呟かれたその言葉に思わず弾けるように顔を上げてしまう。
今、エルハザードって言った?
オレとプレシアさん以外の全員は分からない様子で首を傾げたり視線を彷徨わせている。
唯一リンディさんが「アレは古いおとぎばなしのようなものでは…」と呟いてるが。
そっかぁ、もうみんな分からない世代かぁ。
しょうがないよね。
でも異世界転移モノの走りとも言える作品だし、是非みんなも視聴して欲しいなって。
「神秘の世界エルハザード…」
「えぇ、またの名を約束の地アルハザード。……やはり知っていたのね。あなたは」
「ッ!?」
え、アルハザード?
エルハザードじゃないの!?
ごめん間違えた!
おいは恥ずかしか!
腹を… いや介錯しないで!
凡ミスに思わず口を噤んで顔を覆ってしまう。
やはり知ったかぶりで口を挟むとろくなことがないよね! お口チャック!
『フッ… 今更取り繕ったって無駄よ。あなたのその反応で充分に察せたわ』
くっ、ちょっと得意げなプレシアさんが可愛い。
情緒幼女かな?
でも原因はオレですよね。
ごめんなさい、ごめんなさい。
今更「勘違いでした、ごっめーん!」なんて言ったらプレシアさんのカリスマが崩壊する。
事の真相は墓まで持っていかねばならぬ。がんばれオレ、超がんばれオレ。
ここから先は一言も喋らず空気に徹するのだ。
「その… エルハザードとは一体何でしょうか? 大魔導師プレシア」
『フッ、無学ね。でも気分が良いから特別に教えてあげましょう』
「……エルハザード、一体どういうものなんだ?」
「どうにも『神秘の世界』とか『約束の地』とか場所を表す言葉みたいだけど…」
「でも、どうして管理局すら知り得ないそんな地のことを悠人が知って…」
やっべぇよ!
エルハザードで認知されつつあるよ! 違うんです、オレの勘違いなんです!
いや、ここは知的でクールなプレシアさんがビシッと訂正してくれるに違いない。
頼みましたよ!
オレは視線でプレシアさんに合図を送る。
限界まで目力さんを駆使する。
伝われ、伝わってくれとひたすらに念を込めて。
(た・す・け・て! プリーズ!)
流石はハリウッド女優の勘。
オレの縋るような視線を過たず受け止めてくれたプレシアさんは一つ頷くと口を開いた。
『アルハザード… いえ、エルハザードは失われた禁断の魔法が眠る世界よ』
得意げにプレシアさんが解説を始めてくれる。意外とノリが良いんですね。
あと何故エルハザードに訂正したし。何故。
『かつて次元断層によって消滅したとされる幻の世界。其処には今も数多の魔法が眠っている』
「そこが… エルハザード…」
「エルハザード、まさかそんな途方も無い所があっただなんて…」
ハリウッド映画なのにエルハザードで押し通すつもりかよ。
だったらいいよもう、エルハザードで。
おまえら版権違反で全員訴えられろ。え? まずオレからですか? そんなー。
『ジュエルシード、素晴らしい遺産ね。発掘してくれたスクライア一族には感謝しかない』
「…ッ!」
『けれど、そのジュエルシードすらも私にとっては『手段』に過ぎない』
「ですが大魔導師プレシア。エルハザードは次元断層により消滅したと貴女が今… まさか!?」
『そのまさかよ。ジュエルシードの力があれば其処への到達も『可能』となるハズだわ』
辺りが沈黙に包まれる。
なるほどなー。
そのジュエルペットというのを使って異世界転移をしたいわけですか、プレシアさんは。
オレも理解できなくはない感覚だ。
というかこの世界に来ちゃった経緯からしてそういうものだったかも知れないし。
だがそれでうっかり悠人少年の身体を乗っ取ってしまったなら悔やんでも悔やみきれない。
うっかり魂の玉突き事故なんて起こしたら成仏だけを願い続ける日々になるんだぞ。
それが分からないのかな? ……分からないかも知れない。
オレだって自分で自分の生態がよく分からないのだから。
知らん… なにこれ… こわ…。畜生、おF◯CKですわー!!!
「それが意味すること… リスクについては考えているのですか?」
『……私の命よ。好きに使わせてもらうわ』
「貴女一人では終わらないかも知れない問題だから口にしています。オレにも覚えがある」
『あなた、やはり…』
「………」
しまった、またついうっかり口を挟んでしまった。
お口チャック!
其処に喉をゴクリと鳴らしてから言葉を発するものがいた。
「か、母さん… 危ないです、そんなの… ね? やめよ? 私、がんばるから…」
「フェイトちゃん…」
「テスタロッサさん…」
フェイトであった。
なんか、やっぱりこう、次元断層に凸するのは危ない感じのアレらしい。
教えてくれて助かるラスカル。
「わ、私もっとがんばるから。ジュエルシードもたくさん集めたし…」
『フェイト…』
「アルフだっている。悠人だっている。力を合わせれば母さんのどんな願いだって…」
えっ、オレも?
しんみり頷いてるアルフはともかく、オレも?
いや、ただの雑魚なんですけど。多分何の役にも立てないと思うんですけど。
そんな愛娘の縋るような声に、プレシアさんは一瞬だけ目を伏せ…
── 続いて、キッ! と、強く睨み据えた。
『……フェイト、あなたには感謝しているわ』
「母さん?」
『あなたは私の望み通りによくジュエルシードを集めてくれたわ。想定以上の成果よ』
「かあ、さ…」
『けれど『お芝居』の時間は終わり。……不要な人形は棄てる時が来たのよ』
その言葉に時が止まったように周囲の人々が呑まれる。
「に、んぎょ… う…?」
『言葉通りの意味よ。あなたは私の目的のために造られたただの『人形』なの、フェイト』
「………………………………………………え?」
『あなたの役目はもうおしまい。管理局でもなんでも頼って好きに生きていきなさい』
「………………………………………………………………」
『フフッ、惨めね。利用されてるとも知らずに。でも楽しかったわ、あなたとの家族ごっこ』
今度こそアースラの艦内は沈黙に呑まれ、場は絶望が支配する。
……はずであった。
「── ぷっ」
あ、やべ。つい笑い声が。
みんなが、プレシアさんもフェイトも含めてみんなが弾かれたようにオレを見詰める。
視線が集中してしまう。死にたい。
やべーよやべーよ!
折角のキメシーンをオレの吹き出し笑いが台無しにしちゃったよ!
いや、ちゃうねん。
だって、ほら、遊戯王で似たようなシーンあったよね!? 笑っちゃうよね!?
慌てて視線を逸らすが時既にタイムアウト。
こめかみに血管を浮かべたプレシアさんが笑顔で口を開く。
『ねぇ、そこのあなた?』
「~♪ ~♪」
『おい、口笛吹いて誤魔化そうとしてるそこのオマエ』
「……アッハイ」
なかのひとは にげだした!
………
しかし まわりこまれた!
(うぇーん、大魔王からは逃げられないってヤツかー!? それっぽい服着てるけどー!?)
『何故鼻で笑ったのかしら? ……答えなさい』
めちゃくちゃ怒ってらっしゃるー!?
ど、どうしよう。
1.すっとぼける → 失敗しました
2.誠心誠意謝る → ジッサイコワイ
3.逃げ出す → 無理そう
よ、よし。2で行こう! 通じるかどうか分からないが誠意はジッサイタイセツ!
悠人少年のイメージに沿ったクールな仕草で誠心誠意謝り倒してやるぁ!
「フッ、これが笑わずにいられましょうか」
4.うっかり煽ってしまう → 死ゾ?
何故それ選んだし。何故。
『……どういう意味かしら?』
えーい!
もういったれ! 知らん!
わりぃ、オレ死んだわ!
「貴女はフェイトを大切に思っている。だから管理局に彼女を託そうとした」
『……続けてみなさい』
「だから露悪的に振る舞い、彼女を遠ざけようとした」
『………』
「自身の計画と彼女自身を切り離すために。利用された犠牲者であると強調するために」
『………』
「けれど、最後の最後で親バカが露呈してしまった。実にお粗末な擬態でしたね?」
『? それはどういう…』
「とぼけないで貰おうか! 貴女は先程確かに言ったはずだ!」
『え、いや、とぼけるもなにも…』
「『人形のように可愛いフェイトと家族として暮らせて楽しかったわ♡』と!」
『はぁ!?』
「語るに落ちましたね、プレシア=テスタロッサ! いや、デレシア=デレルロッサ!」
任せろ、オレの現文の読解力はE評価だ。
現文の先生からも『もっと落ち着いて相手の言葉の意図を読み解きましょう』とお墨付き。
間違いなどあろうはずがない!
なによりオレは冷静だ! ビー・クールできてるよ! きっと、多分、メイビー!
でもちょっと不安だからチラッと周囲の様子を恐る恐る確認する。
「なるほど…」
「さっきの少々過激な発言の数々はそういう…」
ヨシ! (現場猫)
周囲も納得した様子でオレの読解力()に称賛の嵐のようだ。
デレシアさんも真っ赤になってプルプル震えている。おそらく図星を突かれたが故だろう。
『き、きさ… きさま… 貴様…ッ!』
「フッ、反論の言葉もないようですね。これにて、Q.E.D.ってトコですかね?」
「流石は悠人。きっと悠人の読解力はS評価。間違いない」
目にハイライトの戻ったフェイトが喜び一杯でオレにそう告げてくる。
よーしよしよし、と返礼に頭を撫でるのも忘れない。
オレはオレを褒めてくれる子が好きだ。だって気持ちいいから。
「あの、大魔導師プレシア。優秀な娘さんを売り込みたい気持ちは分かりますが…」
「……あぁ、そういうのは正規の手続きでお願いできないだろうか?」
『違う! 断じて違う! あのバカの発言を信じるな!』
「どんまいババア」
『誰がババアよ! 殺すわよ!?』
よし、あとは管理局の仕事だな。
オレは鞄から缶コーヒーを取り出し業務に夢中な人々の手にそっと握らせてゆく。
リンディさん、クロノさん、エイミィさん、アレックスさん、ランディさん。
……ヨシ! 全員に行き渡ったな!
テロ? なんのことですか? 言いがかり止めてください。
ふー… やれやれ。結構な難易度の
『ご、ゴフッ!?』
そんな清々しい気持ちで額の汗を拭っていたオレの耳に届いたのはくぐもったような声音。
モニターを見れば溢れんばかりのドス黒い血を吐き出すプレシアさんの姿が映っていた。
「母さん!? そ、それは…」
『……フン、別にあなたにはもう関係ないことよ。フェイト』
「で、でも…ッ!」
『ご覧のとおりよ、管理局。私に残された時間は少ない』
「………」
『だからエルハザードに高跳びさせてもらう。……それではごきげんよう』
精一杯の虚勢であろう、それでも見下すような笑みを浮かべプレシアさんは告げる。
クロノさんがそれに対する言葉を返す。
「行かせるとでも?」
『えぇ。だって、『追うことすらできない』でしょう? あなた達』
「!?」
そう告げるが早いか、アースラ内の様々な電力が落ち始める。
……電力で良いんだよね? これ。
「こ、これは…」
『モニターにあっさり侵入できたくらいだもの。この程度は私ならば児戯に等しいわ』
「く…ッ!」
『といってもいつぞやの私の時空跳躍魔法でだいぶやられてたみたいね』
「………」
『ハリボテながらよく持たせたものと褒めてあげる。……でも、それもここまでよ』
乱暴に拭った口元がまさに血化粧のような様相を呈している。
見下すような笑みは変わらない。瞳にある種の諦観の色を宿しながら。
『あなたたちの旅路はここでおしまい。デッド・エンド。行き止まり』
「……予備電力を回しなさい! 急いで、エイミィ!」
「は、はいっ!」
『有能な艦長の下には優秀なクルーが集うのね。精々がんばりなさいな、無駄でしょうけど』
乗員たちの必死の努力の甲斐なく、アースラの機能は既定値にまで回復はしない。
メイン動力源が死んでいるのだ。それも当然だろう。
『安心なさい。ジュエルシードは私がエルハザードに連れて行くから』
プレシアさんは告げた。
それぞれの仕事をこなそうとするクルーたちを哀れみを込めた視線で見下ろしながら。
出来ることがなく所在なさ気に佇んでいたユーノくんが顔を上げる。
「それは、一体どういう…」
『返却はできないけれど、この世界から危険物はなくなるわ。……せめてもの礼よ』
「……でも、それじゃあ」
『そうね。あなたたちの思い描くハッピーエンドにはならないわね』
何処か軋んだような笑みを浮かべながら幼子をあやすように告げる。
礼、という言葉はプレシアさんなりの真実なのだろう。
そこにちゃっかり系少女が弾けたように声を上げた。
「そうだよ、そんなの! こんなこと、私たちは納得できません!」
『……そうね、本当にそう。世界はいつだって『こんなはずじゃなかったこと』ばっかり』
「……ッ!」
『でも、夢の終わりなんて案外そんなものよ?』
「そんなのってッ!」
『手が届かない、間に合わない。そんなもの、世界では有り触れているの』
「でも、それでも…ッ!」
『私だけじゃない。あなただけでもない。何処かの誰かが今この時も同じ想いを抱えているわ』
淀んだ瞳のまま、歌うように、言い聞かせるように淡々と言葉を紡ぐプレシアさん。
その姿は何処か霞んで見えて。
名無しの少年が爆発する。
「だったら止めてやる! 俺たちが、その諦めも! 『こんなはずじゃなかった』も!」
『フフッ、勇ましい坊やね。……で、どうやって?』
「決まってる! アースラ直してアンタのトコに辿り着いて胸倉掴んで分からせてやるんだ!」
『そう、出来ると良いわね。私がエルハザードへのゲートを開くまで残り一時間ほど』
「なっ… い、一時間ッ!?」
『間に合うと良いわね?』
「……くっ!」
『無理だとは思うけど、もし来られるようなら相手をしてあげる。無理でしょうけど、ね』
……ふむふむ。なるほど。
そうして、プレシアさんはフェイトに視線を移すと今度は優しい笑みを浮かべた。
『お別れね、フェイト』
「母さん…」
『あなたのこと、鬱陶しくて忌々しくて苛々して仕方なかったわ』
「母さ、ん…」
『さようなら、フェイト。あなたのこと、
その言葉を最後に通信は切断された。
呆然と佇むフェイト。
アースラのクルーたちは手を止めない。
彼らは各々がしっかりと取り組むべきことに取り組んでいる。
その作業を邪魔することは憚られた。
だからオレはオレと同じく暇そうにしているユーノくんに声を掛ける。
「なぁ、ユーノくん。少し良いだろうか」
「……うん。どうしたんだい、悠人」
少し元気がない。大丈夫だろうか? 少し心配だ。
役に入れ込みすぎるタイプなのかも知れないな。
オレとしては道化のごとく気楽に振る舞うしか出来ないのが辛いところだ。
いつも道化役だって? 否定はできんがドやかましいわ。
「いや、なに。簡単な確認事項だ。なんせお互い手持ち無沙汰だろうからな」
「……はは、そうだね。僕に答えられることならなんでも聞いてよ」
「助かる。……あー、その、プレシアさんのことだが」
「うん」
「彼女は一人でロストロギアの封印を試みてるという認識で良いのだろうか?」
「あぁ、そう思う。けど、なんだってそんな危険な真似を… ここには管理局もいるのに」
オレもそう思う。
けど、なんか勝手にロストロギア封印しようとしてたユーノくんが言う事かなぁそれ。
……まぁいいかぁ! よろしくなぁ!
「前に管理局に嵌められたとかなんとか言ってたから多分管理局信じてないんだと思う」
「そっかぁ」
「なるほど。フェイトのことは大事に思ってるっぽいのに協力しない理由はそれか」
「じゃあ、ちゃんと会ってしっかりお話をして分かってもらわないとだよね!」
「おわっ!?」
いつの間にか名無しの少年とちゃっかり系少女も話に加わっていた。
驚くので止めてもらえませんかねぇ?
「……まぁ、大体分かった。つまりクルーの人たちが今必死にがんばってるのは」
「うん、プレシアさんを助けたいからだと思うよ。勿論事件の参考人って側面もあるけど」
「! 母さんを、みんな、助けようとしてくれてるの…?」
「さっすが悠人! やるじゃないか!」
ここでフェイトとアルフも話に加わってきた。
いや、うん。
オレはなんもやってないけどな? その謎の高評価やめてくれません?
「ごめんなさい、眼の前のことに手一杯で伝えられてなかったわね。勿論そのつもりよ」
「……苦境に苛まれる民間人を救うのも管理局の役割だ。それも含めての事件解決だ」
「ヒューゥ! クロノってば、格好つけちゃって! ま、でも私も同じ気持ちっ!」
「世界を救う、母娘の心も救う。どちらもやなくちゃいけないのが管理局の辛いところだな」
「覚悟はできているか? 俺は… 『俺たち管理局は、出来ている』」
「みんな… ずっと、敵対してた私なのに… っく、ごめん… ありが、とぅ…!」
リンディさんが、クロノさんが、エイミィさん、アレックスさん、ランディさんらが。
それぞれ誇りと自信に満ちた笑顔でフェイトの心をそっと支える。
感動的なシーンだ。
ならばオレもモブとしてこの場をちょっとくらい盛り上げてみても罰は当たるまい。
「そうだな。ならば、
その言葉は何故かよく艦内に響いた。
響いてしまった。
照れる。
「そうね、復旧をなんとしてもがんばるわ」
リンディさんが茶目っ気たっぷりの笑顔でフォローしてくれる。
優しい。可愛い。綺麗。好き。
落ち着け、自分。
深呼吸を一つ。
よし、一世一代の大根役者! やったんでぇ!
「そうではない。そうではないのですよ、リンディさん」
「……桜庭くん?」
「『魔力炉』ならばあるではないですか。……ここに」
自分を指差す。
「……それは、一体どういう?」
優しいなぁ、リンディさんは。
この期に及んでオレに余分な負担がかからないようにと惚けてくれるなんて。
けれど、以前語られた『今だからこそ求められる没設定』。
活かす場面は今この時を置いて他にないでしょう?
だからオレは銀髪オッドアイの異形なりに精一杯のキメの笑顔を浮かべてこう告げる。
「オレの魔力ならばアースラの魔力炉の代用をして余りある。……そうですね?」
「! ……桜庭くん、貴方どこでそれを」
「プレシアさんから聞きました。彼女によればオレの魔力は時の庭園をもフル稼働し得ると」
「そう… 魔力炉の大家からのお墨付きならば私如きでは決して否定できないわね…」
やっぱりな!
この伏線回収の瞬間、気持ちいぃいいいいいいいいいいいい!
監督見てます? モブだってやる時はやるんですよ!
魔力使えないけど魔力たんまり持ってるという死に設定、活かす場面はこの時ぞ! ってね。
「でも、分かっているの? 貴方の提案、その意味を」
「構わん、やれ」
「……そう、決意は堅いのね」
気分はDIO様だ。
フッフッフッ、夢電波たちの発言じゃないけどカリスマしちゃう? 悪のカリスマしちゃう?
ドヤ顔で決めポーズを取る。オレは過去最高に調子に乗っている。これが… 撮れ高!
「命の危険があるかも知れないけれど… そうね、今は問答してる時間すら惜しい」
「えっ?」
「?」
「いえ、なにも」
「……そう、分かったわ。クロノ執務官、ここをお願い。私は疑似魔力炉の調整に入ります」
いきなり命の危険とかぶっこまれて一瞬固まっちゃったぜ。
もう、リンディさんったらサラッと怖いアドリブをかましてくれるんだから。
……アドリブだよね? 洒落だよね?
機関室でなんか太めのチューブとか繋がれていってるけど大丈夫だよね?
信じるぞ。信じたからな、オイ。
今日まで通いたくもない道場に通って身体を痛めつけた日々、リンディさんの遵法精神。
あとその他諸々を信じて! 信じたい。……信じさせて?
「……あの、悠人」
緊張と不安で嫌な汗をかいているオレのもとを訪れる少女の姿がある。フェイトだ。
彼女はそっと何かを差し出してきた。
「……これは」
「うん」
確か、そう。CG発生装置。
そういえば何個か見付けては都度フェイトに預けてたっけ。
「……母さんが回収し損ねた最後の一つ。もう光も放ってない。力も残ってないかもだけど」
「いや、ありがとう。……最高のお守りだ」
「……うん!」
オレはそのCG発生装置を握り締めて礼を言う。
これでなんかこう上手いことCG発生して貰ってフワッと映像美で誤魔化す流れで行こう。
そんなオレの覚悟が伝わったのか、フェイトは控え目な笑みを浮かべて去っていった。
「……覚悟は良いわね、桜庭くん」
「ウス」
「貴方ならきっと出来るわ。出来れば時の庭園も思い浮かべてくれると嬉しいわ」
「ウス」
「それじゃあ行くわよ、桜庭くん! がんばって!」
できらぁ!!!
気合一閃。
── 『ナニカ』が抜ける感覚と『ナニカ』が燃える感覚。
そして、一瞬の浮遊感と… 間を置かぬ衝撃音。
「ドゥブッハァ!?」
「えっ、嘘… ここが、『時の庭園』? アースラが突き刺さって、転移… まさか…!?」
「……すごいわ、桜庭くん。……桜庭くん? えっ、一体どこに!? ……いない」
そんな声を、何処か遠くで聞きながら。
オレの意識はブラックアウトしたのであった。
……気絶してばっかりの根性ない肉体だけど今回はオレがんばったよな?
……がんばったと言って欲しい。
デレシア=デレルロッサさん
「『来れるものなら来てみろ』とは言ったけど直後に物理で凸してこいとは言ってない」
(アースラがぶっ刺さってしまった時の庭園で震えながら…)