ハリエット・ポッターと夢想の旅   作:永久@

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秘密の部屋は開かれた

 後日、ハリエットはバッチリ風邪を引いた。

 当然の結果である。結局あの後、わざわざ戻るより寮まで行った方が早いからと、ハリエットはずぶ濡れのままジョージとグリフィンドールの塔まで歩いて帰った───フレッドは「セド置いてきてるから」と、またUターンして行った。寮についてすぐ、ぎょっとしたパーシーが慌てて乾かしてくれたけれど、時既に遅し。骨の髄まで冷えきった後だから、熱いお湯や紅茶も焼け石に水だった。

 

 間の悪いことに、ハリエットが本格的に風邪を引いたのはハロウィンの当日だった。起きてすぐ喉が痛くて、毛布を頭から被っているのに肌寒い。かと思えば頭は血が昇っているみたいにぼうっと熱かった。

 

「ハリー……やだ、熱があるわ」

 

 最初にハーマイオニーが気が付いた。こほ、こほ、と弱々しく咳をしながら、ハリエットはぼんやりしている。気怠くて頭が回らないのだ。ハーマイオニーの後ろから、ラベンダーとパーバティが顔を覗かせる。

 

「パーティーどうするの?」

「マダム・ポンフリーの『元気爆発薬』ならすぐ治るって聞いたわよ」

 

 ただし、それを飲むと数時間は耳から煙を出し続けることになるけれど。

 確か少し前、具合が悪そうだったジニーもパーシーに無理矢理その薬を飲まされていた。ジニーの燃えるような赤毛は、煙が上がると頭が火事になっているみたいだったけれど、じゃあ黒髪のハリエットは何に見えるのだろう。

 ───焦げたマシュマロとか?

 

「ほらハリー、着替えて。今すぐマダム・ポンフリーの所に行きましょ、薬の効き目が良かったら、パーティーの途中で参加できるかもしれないわ」

 

 ハリエットは逆らわなかった。のろのろベッドから起き上がると、ハーマイオニーは制服のシャツではなく、タンスからグリフィンドールの真っ赤なセーターを引っ張り出してハリエットに手渡した。更にローブ、マフラーと、渡されるがままに身につけていく。後ろでは、ハリエットの代わりにパーバティがヘドウィグに餌をやってくれていた。

 医務室では、マダム・ポンフリーが『元気爆発薬』の瓶をちょうど戸棚に並べているところだった。彼女はハリエットを目に留めると、はぁ、とため息をつき、整えたばかりの戸棚から瓶を一つ手に取った。

 

「修道士が噂していましたよ。ずぶ濡れになって城を歩き回っていたんですって?」

 

 そりゃあそうもなりますよ、と呆れたように校医は語る。当のハリエットは熱に浮かされているのもあって、促されるままベッドに腰掛けてぼーっと虚空を眺めていた。

 

「さ、ポッター。これを……グレンジャー、貴方はお戻りなさいな。面白いことは何もありませんよ」

「あの、どれくらいでハリエットはよくなりますか?」

 

 ハーマイオニーが尋ねると、マダム・ポンフリーが僅かに眉をしかめた。

 

「勿論、数時間もあれば良くはなりますとも。なりますけれどね、それがどれくらいなのかは個人差がありますから───まぁ、早ければ心配しているハロウィンパーティーに充分間に合うでしょうし、逆に遅ければ間に合わないかもしれない」

 

 求めた答えにはそれで充分だったのだろう。またね、とハリエットに小さく告げて、ハーマイオニーが医務室を後にする。マダム・ポンフリーがまたため息をついた。

 

「さぁポッター、それを飲んで、辛いなら横になっておしまいなさい」

 

 頷いて、手渡された『元気爆発薬』を飲んで、腰掛けていたベッドに腰を下ろす。もくもく煙が黒髪の下から上がっていく。

 意外と煙そのものに匂いはないんだな、とハリエットは気が付きながら、重くなってきた瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺してやる、殺す時が来た。

 

 幽かな声だった。だが確かにそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ハリー」

「……ロン?」

 

 ぱちぱちと目を瞬かせる。名前を呼ばれて、赤毛の少年はにっこり笑った。その隣から、ひょこっと栗色の少女が顔を覗かせる。大丈夫、とでも言いたげだ。

 

「迎えに来たんだ。もうパーティー始まっちゃってるよ」

 

 ロンに言われてもぞもぞ身を起こすと、外はとっくに暗くなって、室内の頼りは蝋燭やランタンの灯りだけになっていた。どうやら随分と寝こけていたらしい。今朝あんなに気怠かった身体は、もうすっかり軽くなっていた。

 寝ている間に煙も止まってくれたようである。ハリエットはベッドを降りると、ハーマイオニーとロンと連れ立って医務室を出た。マダム・ポンフリーの姿はない───パーティーに参加してたわよ、とハーマイオニーが教えてくれた。

 医務室から大広間までは、それなりに歩く必要がある。その道中、ロンとハーマイオニーはハロウィンパーティーの様子を聞かせてくれた。大人が入れそうなくらいにくり抜かれた大きなかぼちゃのランタンがあって───きっとハグリッドのかぼちゃだろう───いつもの食事よりずっと豪勢な品々が金の皿の上に輝いていたとか。

 

「私、去年は出てなかったから楽しかったわ」

 

 ハーマイオニーは笑いながらそう言ったけれど、ハリエットには笑いにくかった。後にクィレルが忍び込ませたと判明したトロールの事件で、ハリエットは随分と怖い思いをした。あっけらかんと笑い話にできるハーマイオニーは素直に凄い。ふと逆を見れば、ロンの方は笑っていた。トロールを倒した武勇伝なのだからそうかもしれないけれど、やはり彼らは凄い。

 まさしく勇気のグリフィンドールだ。自分とは違う、とハリエットは思う───同じグリフィンドールの筈なのに、どうしてここまで違うのだろう。

 遠くから賑やかな声が聞こえた。玄関ホールへ出る階段への道を突っ切って歩く───その時だった。

 

 

「……殺してやる……」

 

 

 立ち止まる。ぞわ、と言いようのない感覚が、肌を貫くように頭から爪先まで支配する。凍りつくほどの冷たさ───あるいは、極限まで磨がれた針に、全身が包まれているような───。

 

「ハリー?」

 

 ロンとハーマイオニーも足を止めた。心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「どうしたの、ハリー、真っ青よ」

 

 

「殺す時が来た……」

 

 

 よろよろとして、石の壁に身を縋る。

 どうしたのさ、とまた問われる。心配そうに。震えながら、こえが、とハリエットはか細く言った。

 

「声?」

「だ、誰かの声が……殺してやるって……」

 

 とても冷たい声だった。

 酷く冷たい、残忍な色の声。

 

「声って、どの声? パーティーの声なら───」

 

 ちがう、とハリエットは半ば叫ぶ。聞こえないの? と張り裂けそうな響きがこぼれ落ちる。けれど、二人の表情は相変わらず困惑しきっていた。

 それがより一層、ハリエットを不安にさせる。自分がおかしいのだろうか。いつもみたいに。普通じゃないことをして。

 けれど、それでも、これは───。

 

 

「血だ……血の匂いだ……!」

 

 

 幽かな声だった。だが、たしかにそれはハリエットの耳に言葉として聞こえた。

 ───声を追いかけなければ。

 壁伝いに廊下を駆け抜ける。三つの足音と荒い呼吸が廊下に響いた。

 先頭を走っていたのはハリエットだった。残りの二人はずっと、訳がわからないというふうだった。

 普通じゃないことが起きている。間違いなく普通でないことに巻き込まれていて、その中心に自分が立っているのだと、なんとなくわかっていた。

 

「ねぇ、大広間は逆だよ!」

 

 ロンが言った。けれど、ハリエットは答えなかった。

 ───声を。

 追いかけなければ。勘のような、本能のような、脳裏を過ぎった思考がハリエットを走らせた。誰かを殺そうとする声を、追いかけなくてはならないと思った。その後のことなんてわからない。

 二階、更に三階へ。松明と蝋燭の灯り。ハリエットは足を止めた。ぼすん、と背中にロンが顔からぶつかる。

 

「ちょっと!」

 

 不満げにロンが顔をしかめる。「何がどうなって───」更に何か言おうとして、そこから先は続かなかった。

 

 にゃあ。

 

 ぴた、とロンは止まった。軽やかな鳴き声には聞き覚えがあった。それは、ロンや、彼の二つ上の兄たちにとっては天敵のような存在‎のものであったから。

 にゃあ、にゃあ、と、鳴き声はひたすらに廊下に響き続ける。ロンはじっとしていた。普段は、その声がひとつ聞こえるだけで逃げたけれど、今日はそうしなかった。

 姿が見えなかったからだ。

 松明が揺らめいた先に、何かが見えた───猫ではなかった。丸くなった塊。遠くからでもわかるほど大きい。灰色で、ちょうどハリエットたちの背丈か、それより少し低いくらいの。

 かつ、とハリエットが一歩、前に出る。鳴き声が続く。にゃあ、にゃあ。まるで何かに語りかけているように。ひたすらに。延々に。よくよく聞けば、何かに反響しているようだった。あるいは、そう───音が、篭もっている。

 ぱちゃ、と響く足音に変化があった。咄嗟に下を向くと、床に大きな水溜まりができている。それは、灰色の塊の方まで続いていた。近付いてようやく、その塊が何なのか理解できた。

 

 石だ。

 

 踵を動かす。足だけを振り向かせて、覗き込む。鳴き声は相変わらず止まらない。隙間があった。そこから、ふわふわの毛並みを携えた前足が、出たり入ったりを繰り返していた。

 縋り付くように。求めるように。隙間の真上を、何度も必死に叩いている。

 

「ぁぁ───」

 

 ほとんど震えでしかない、か細い吐息が喉をつく。思わず後退りすると、ぶつかった。ロンだった。顔色が青い。ハーマイオニーもそうだ。三人共、血の気がまっさらに消えている。じっと、全員が同じものを見ていた。石の正体。僅かに見えた、灰色の“顔”。

 

 ───アーガス・フィルチ。

 

「……うそ」

 

 ロンがぽつりと呟いた。フィルチのことなんて嫌いだったろう、きっとこの人を好きだというひとは、今、こんなにも切なげに鳴いているミセス・ノリス以外にいないだろう───けれど、今目の前のこれを望んだことはなかった。

 

「ねえ」

 

 これ、とハーマイオニーが指をさした。石になったフィルチではない。松明が揺らめく先───石になった生き物の、その隣に塗り付けられた、仰々しい大きな一文。

 

 

 

 

秘密の部屋は開かれた

 

継承者の敵よ、気を付けよ

 

 

 

 

「そこで何をしている」

 

 突然、声がした。三人が同時に慌てて振り向くと、さっきまで彼らがいた場所───廊下の曲がり角のあたりに、黒い人影が立っている。かつ、と人影が歩み出ると、黒い蝋燭の灯りでようやく顔が映し出される───セブルス・スネイプだった。

 

「ポッター、ウィーズリー、グレンジャー───ハロウィンのパーティーに姿も見せず、こんな所で油を売って一体何を───」

 

 にゃあ。

 ぴたりとスネイプは足を止めた。三人をまっすぐ睨んでいた視線が、篭もる猫の鳴き声に耳を傾け、視線を動かし───そしてようやく、壁に記された血文字の呪詛が目に留まったらしかった。

 痛々しい沈黙。飼い主を案ずるミセス・ノリスの鳴き声だけが、三階の廊下に切なく響く。スネイプはしばし瞠目して食い入るように壁を睨みつけると、ローブをはためかせて杖を振り抜いた。びくり、と三人が一斉に後退りしたが、スネイプは見向きもしなかった。さっと一振りした杖先から、薄青のベールが現れ、今スネイプが通ってきた廊下の向こう側へ駆け抜けていった。

 再びローブがはためく。ハリエットたちの脇を通り、石となってしまったフィルチの前に立つと、ぱしゃりと水が跳ねる音が響いた。

 しばらくして、遠くからばたばたと急ぎ足の音が聞こえてきた。一番に辿り着いたのはダンブルドアで、校長はその後ろに数人の先生を従えていた。マクゴナガル、マダム・ポンフリー、スプラウトにフリットウィック。

 ダンブルドアは最初にハリエットたちへ温和な視線をやり、それから壁の文字と石になったフィルチを交互に見やった。

 

「フリットウィック先生」

「えぇ」

 

 ダンブルドアに名を呼ばれたフリットウィックが、つい、と杖を振るう。すると、重苦しく鎮座していた石のフィルチが、ふわりとその場に浮き上がり、ミセス・ノリスがするりと主人の下から抜け出した。自由になっても心配そうに主人を見上げる忠実な猫を、ダンブルドアは優しく抱き抱える。

 

「さぁ、ミセス・ノリス。一緒にアーガスを医務室に連れていこう───三人もおいで」

 

 三人は一切抵抗しなかった。むしろ大人が現れたことにほっとしている。

 フィルチはそのままふわふわと浮かされたまま、八人は音もなくその場を移動した。フリットウィックが一番奥のベッドへ石になったフィルチを置くと、ダンブルドアの腕の中から抜け出したミセス・ノリスが、フィルチの傍のチェストに飛び乗った。

 

「何があったのかね」

 

 石になったフィルチをくまなく調べながら、ダンブルドアは三人に問いかけた。一瞬の間を置いてから「居合わせたんです」とハーマイオニーが口を開く。

 

「私とロンは、最初はパーティーに参加してたんですけど、途中で抜け出して医務室に来たんです。ハリエットを迎えに……」

「迎えとは?」

 

 訝しげに口を挟んだのはスネイプだった。

 

「ハリエットは、朝から熱があったんです! それで、マダム・ポンフリーの薬を飲んで休んでいたんです。パーティーが始まっても来ないから、まだ寝ているんだと思って」

「その子の言う通りです。ポッターはずっとここで寝ていました」

 

 今度はマダム・ポンフリーが口を開いた。スネイプが眉をしかめている。

 

「わざわざ遠回りをしてきたのかね」

 

 三人は顔を見合せて黙り込んだ。スネイプの言う通り、あそこの廊下は通らずとも、もっと近道をして大広間につくことはできる。謎の声を追いかけたことを伝えるべきかどうか、ハリエットは戸惑ったが、ロンもハーマイオニーもそのことを決して口にしなかった。

 

「───ゴホン───えー、それでですが───」

 

 唐突に、フリットウィックが咳払いをして切り込んだ。

 

「ミスター・フィルチですが、完全に石になっておりますな。これは私の手には負えません───」

「呪文で元に戻すのは無理ということですかの」

「原因がわからねばどうにも。呪文か、それ以外か。おそらく変身術でも難しいと思われます」

 

 視線がマクゴナガルに集まると、彼女は首を横に振って「残念ながら」と呟いた。

 

「フリットウィック先生と同じ意見です。もし適当な推察で適当な呪文を使ってしまって、取り返しがつかないことにでもなったらと思うと……」

「スプラウト先生。マンドレイクの苗をお持ちですな」

 

 スプラウトが真剣な表情で頷く。

 

「えぇ、手に入れましたわ、つい最近」

「薬に使えるまでどれくらいかかりそうかの」

「冬は越すでしょう。どんなに早くても」

 

 一瞬、ダンブルドアは何も言わなかった。ただ静かに頷いて、スネイプの方を見る。

 

「セブルス、今のうちに薬の材料を集めておいて欲しい。ともかく今は、それしかできることはないじゃろう」

 

 最後に、ダンブルドアはハリエットたちの方を向いた。

 

「三人共、帰ってよろしい。パーティーに出るも、寮に戻るも、好きにしなさい───くれぐれも用心することじゃ」

 

 その言葉に、三人は足早に医務室を出ていった。教員たちに見送られて、ハリエットが最後に振り向いた時に目にしたのは、フィルチの固まった身体に身を擦り寄せるミセス・ノリスの姿だった。




やっと秘密の部屋が開くとこまで来たぜ
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