『登場人物』と『百物語』の『人間』になる話。

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恋愛(???)です。
ただの同情かもしれないし、憐憫かもしれないし、自己投影かもしれない。


百物語が人になるまで

 陰陽師──それは一般人には見えず、秘匿され、しかし日常の隣に潜む、人を喰う化け物『妖』と戦い倒す者たちである。

 妖は霊力を持った人間しか見えず、霊力を持っているかどうかは血筋、あるいは突然変異によって一般人から産まれる。

 

 

 ある冬の夜更け、冷えた空気は血をも凍らせんとするほど身に染みる。そんな中、薄暗い階段をヒタヒタと降りていく影があった。

 手に持った燭台にぼうと照らされた横顔は美しく、白すぎる程の肌はその気配を儚くしている。まだ義務教育を終えていないであろう歳の少女は、日本人形のように整えられた容姿であった。

 

 その少女もまた、代々陰陽師として妖退治を担う家系に産まれた、将来を定められた人間だった。天才と将来を有望視され、結界を自在に操るその腕は陰陽師の死亡率を大幅に下げるだろうと言われている。

 彼女にかかれば封印の間の結界も容易にすり抜けられた。

 

 

「……百物語……」

 

 少女、語部御魂(かたりべみこ)はここ最近、頻繁に地下室に忍び込み、とあるものを見ていた。大昔、陰陽師と妖の戦いが最も激化した時期に、多くの人間を喰い恐怖させたという大妖怪の一角。

 

 名を、『百物語』。

 

「ねぇ聴いて……怖い話。とっても怖い、悍ましい話」

 

 少女は厳重に封印が施された部屋に座り込み、涙を流す。

 

 

「百物語は……前世って信じる?」

 

 

 

 

 

 少女には、前世の記憶がある。

 生まれつきではなく、それは事故のようなものだった。

 

 霊力を持った人間の中には、生まれつき特殊な才能を持つ者がいる。それは「天恵(てんけい)」と呼ばれ、神の力を借り受ける能力とされている。

 陰陽師にはこの天恵を持ったものしかなれず、天恵を持たず霊力だけ持って産まれた人間は、実際に戦わず様々なサポートを行う補佐官となる。それくらい天恵を持つ人間と持っていない人間では基礎的な能力の差があるのだ。

 

 語部御魂は、「天恵」を持っていた。

 

 天恵【閻魔大王(えんまだいおう)】。その力は魂を見る。それに触れ、審判を下す冥界の神。

 

 天恵を得た少女は、自らの魂から記録を読み取ってしまった。それはこことは違う世界の記憶。自分でない自分がいて、自分が漫画の中の自分を見ていた。

 

 信じられなかった。

 この世界は、漫画として描かれていた。

 

 吐き気がした。

 何よりもその物語の中の自分に。

 

 絶望した。

 知ってしまった一般人の良識と価値観に。

 

 語部御魂は、既に決まっているレールを進むだけの人形。しかし、幸せに生きる人間を知ってしまった。

 妖と命を削り戦う陰陽師は、どこかしら価値観が狂っている。否、普通なやつから死んでいく。常識と良識を持った普通の人間は、躊躇い、足をすくませ、すぐに死ぬ。

 

 物語の中の語部御魂も、例に漏れずどこかおかしかった。陰陽師の闇に身を浸し、人形のように仕事をこなして、妖の陣営にスパイとして身を置いて──。

 常に死が纏わりついていた。一族は死に、学友は死に、師も死んだ。全ては唯一残った宝物(おとうと)がその生を全うするために。

 

 無理だ。できない。

 

 弟は何よりも大切だ、この命をかけても守る。しかし、運命を知ってしまった。日常の幸せを知ってしまった。

 

 私にはこいつのように人を殺すことも妖の中に身をやつしながら弟の幸せを願い敵となり導き守り死ぬことなどできない! 「私」では「アイツ」になれない!

 

 

 物語の中の『百物語』は、妖らしく非道で、非情で、人の恐怖が大好きで……でも人が好きだった。自分を作り出した人間たちが好きだった。前世の自分はそんな百物語が好きだったようだ。

 

 元から物語であるこの妖なら、分かってくれるだろうか。

 

 ……これは物語の終盤にわかることだが、妖も元は人だった。霊力を持った人間の、肉体を失い現世に残る魂と霊力。死に際の無念、後悔、絶望の感情の集合体。それが妖。

『百物語』は、妖の中でも特殊であり、人の魂を持たず、ただ「怖い話」と「恐怖」の感情から生まれた妖。

 

『百物語』の夢は、「人になること」。

 

 私は、あなたの気持ちがわかる。私は、人になりたい。

 

 ……ねぇ、怖いよね」

 

 

 少女はひとしきり涙を流すと、立ち上がり去っていった。残ったのは、涙の跡と人が入り込んだことで少し緩んだ封印。

 

 

 ──────ああ、怖いな。

 

 

 

 

 

 

 いつか見た運命の通りに、その一族は14歳の姉と7歳の弟を残し全滅した。

 

(やはり無理だった……! 私では、無理だった……!!)

 

 燃え盛る屋敷を、語部御魂は走っていていた。その腕の中には、首元から大量の血を流した少年。名を語部御言、命にかえても守りたかった弟。

 その命の灯火はもはや消えようとしている。顔面は蒼白を通り越し土気色、手に力は無く、傷は詳しく見るまでもなく致死量。

 

(あいつは、倒していた。あいつなら御言に傷なんて無かった!)

 

 かつて見た記憶では、語部御魂は御言を守りきっていた。記憶を無くすことになろうと死んではいなかった。

 

(足が……竦んだ……怯んだ……恐れた……! 私が私であったから……!)

 

 守りきれなかった。

 

 心はとうに折れた。それでも弟だけはと走り続ける。

 少女には僅かな希望があった。この状態の人間を回復させる手段を持つもの。あの世界ではこのまま妖に持ち去られた、『百物語』。

 

 手札はある。

 

 

「百物語ッ……まだある……!」

 

 火の手はそこかしこに回り、たどり着けたのは奇跡と言ってもいい。足はズタズタになり、肺は焼けそうだった。意識は飛ぶ寸前だ。

 

「早く……!」

 

 少女は大事に抱えた弟を横たえると、震える手で巻物を結ぶ縄を切った。札を裂いた。幾重にも重なる封印を解き、『百物語』は解き放たれた。

 

 それはまるで周囲から光を奪い、深淵を覗くような闇だった。

 

 形無く、色もなく、何層にも重なった文字の羅列。それらはすぐさまあたりを覆い、世界は闇に包まれた。

 少女は弟をその腕に抱きかかえ祈るように時を待つ。

 

 

「なぜ、起こした」

 

 ふと、声が響いた。

 男でも女でもない、若くも老いてもいない、反響し直接脳内に響く声。それは確実に正気を削り取り恐怖を掻き立てる。

 

「ッ……弟を、御言を助けて!」

 

「……妖に人助けを頼むとは、酔狂なやつめ。このまま食ろうてやろうか」

 

「私の! ……私の命、体をあげる」

 

 少女は、百物語に自らの肉体を差し出した。それが唯一自分にできることだと思っていた。

 

「貴方が人になりたがっているのは知っている! 私の天恵を使えば、貴方を私の魂に組み込むことができる。意識は貴方に明け渡す。貴方は私の身体を使って人として生きられる!」

 

 百物語の願いは知っている。自分は人として生きる道を与え、自分は眠りにつく。その代わりに、御言の命を救ってほしい。

 道理は適っている筈だ。交渉できるくらいの手札である筈だ。

 

 少し間が空き、百物語は口を開いた。

 

「……お前、いつもいたな、ここに」

 

「え……」

 

「……疲れたか。生きることに」

 

 それは思いやるでもなく、責めるでもない、純粋な疑問。

 

 その言葉に、少女は分からなくなった。果たして自分は、弟のために身を差し出そうとしているのか、それとも都合の良い理由のできた自殺なのか。

 

 日々のキツい訓練と、邪魔をしてくる前世の記憶。人を殺す感触によぎる平和な日常。少女の精神は確かにすり減っていた。

 

 ふと、少女は抱えた宝物を見た。

 

 そうだ。このクソッタレな世界で、唯一自分に笑顔を向けてくれた宝物。こんな紛い物の自分を、「お姉ちゃん」と呼んでくれた。この子を守るために生きていた。

 

(でも、「私」じゃ守れなかった。この子を渦巻く運命から)

 

「できることなら、最期まで守っていたかった」

 

「へぇ、で?」

 

「死にたいわけない。私はこの子の姉でいたい」

 

「……」

 

 ぽつり、と抱えた血濡れの顔に涙が落ちた。少女は泣いているような、笑っているような様々な感情に入り乱れた顔で、こぼれ落ちるように呟いた。

 

「でも、そう、もう……つかれちゃった」

 

「そうか」

 

「そう。もう、心が折れたの」

 

「……いいだろう」

 

「ほんとうに……? たすけれくれる?」

 

 御言を、それとも「私」を、だろうか。少女は自分でも分からなくなっていた。

 

 あたりを覆う闇は、一つに収束しさらに濃い闇となった。その闇は徐々に人の形を取り、少女と同じシルエットとなった。

 百物語は、その手に当たる部分を御言の胸に重ね、百物語を大妖怪たらしめる力を行使した。

 

「──『怪談語・胡蝶の夢』」

 

 語部御魂の傷は、まるで全て夢だったかのように消える。顔色は戻り、胸は規則正しく上下し、スヤスヤと寝息が聞こえてくる。

 

「よかった……ッ! ありがとう……ありがとう……!」

 

 新たな涙が次々と浮かび上がっては、少女の腕に身を委ねる少年の顔にぽつりぽつりと落ちていく。

 

 

「……そら、お前の番だ」

 

「勿論」

 

 少女は名残惜しそうに数秒、無事な弟の姿を目に焼き付けるように見つめると、少し離れた位置にそっと横たえ、意を決したように立ち上がった。

 

 合掌するように手を合わせ、祈るように眼を伏せる。

 

「──神性解放【冥魂転生(めいごんてんしょう)】」

 

 少女を中心とし、赤黒い霊力が渦巻く。刺青のように、赤い霊脈が心臓から始まり首から頬、肩から指先へと伸びる。その瞳孔は人外を思わせる形へ変わり、鋭く十字に尖る。

 

 神性解放、それは天恵の最奥たる秘技。借り受けるのではなく、己の力として神権を行使する、限られた陰陽師にしか使えない最終奥義。

 

 少女はまさしく天才だった。齢十四にして天恵を使いこなしていた。

 使いこなしたからこその、事故であった。

 ただ彼女は知らずにいればよかったことを知ってしまったが故に、守るための強さを失ってしまった。

 

「百物語」

 

「なんだ」

 

「私はこんなこと言える人間じゃないし、その立場から逃げた。諦めた」

 

「……」

 

「これは、ただの我が儘。絶対的に矛盾した願い(のろい)

 

 額から汗を流し、己が魂に異物を組み込む苦痛に唇を噛みながら、少女は笑みを浮かべた。

 

「人生を、楽しんで。私の代わりに、語部御魂(御言の姉)を全うして」

 

「無茶を言う……おやすみ」

 

「……おやすみ」

 

 少女が最後に見せた笑みは、苦痛に歪みながらも誇らしげで、しかし懺悔に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 一際強い霊力の嵐が収まり、一転静寂が訪れる。

 闇は晴れ、残ったのは一人。

 

 語部御魂は閉じていた眼をそっと開けると、紫色の瞳をキョロキョロと動かす。

 

(……動きづらい。まるで全身を真綿で包んでいるようだ)

 

 ぎこちなく腕を動かし、頬に残る涙の跡をなぞる。

 

「……人間、か」

 

 数秒、茫洋とした瞳でその指先を眺める。指先をについた涙をペロリと舐めると、下ろした手を握り、開く。

 御魂は、人間の要素を一つずつ確かめるように感覚を馴染ませた。

 

 首を傾けて視線を下に向けると、あの暴風の中、スヤスヤと眠る少年。少女は融合を進めながらも少年を結界で守っていた。少女はどこまでも姉として生きた。

 

「人も妖も恐れたものから弱り、死んでいく。恐怖は私の好物だ。お前の恐怖は、心地良かった」

 

 一歩一歩確かめるように、御魂は少年へ近寄る。

 

「しかし、いつからだっただろうか。その感情(きょうふ)を不味いと感じるようになったのは」

 

 百物語はある意味不死と言える存在であった。「怖い話」が存在する限り百物語に死は無く、陰陽師は封印という手段を取った。百物語も、疲れていたのだろう、終わりのない生と、叶わぬ願いに。

 百物語は、適当な抵抗の末封印を受けた。二度と目が覚めないことを祈りながら。

 

 数百年にも及ぶ眠りの末に、百物語は無意識に流れ込んだ少女の恐怖を喰い、目覚めた。緩んだ封印は恐怖という感情の侵入を許してしまった。

 

 最初は、頭のおかしな女だと思った。しかしその恐怖は本物で、極上だった。

 

 女は週に数回封印の間に来ては座り込み、暫くしては帰っていく。

 

 たまにぽろりと弱音を吐き、涙を流して、また暫くして帰る。

 

 帰るときには必ずとある写真を見ていた。

 恐怖に負け、挫けながらも立ち上がって帰るその姿に、まさしく己の憧れた──「人間(ひと)」を見た。

 

 

「恐怖は好きだ。甘美で、満たされる。それは変わらないのに……」

 

 

 その少女の涙は、見たくないと思ってしまった。

 

 

 

 御魂は御言を抱え、封印の間を出る。

 

 ひたり、ひたり、と動かしづらい足を進める。

 

 

「お前は、私の弟だ」

 

 ──いつか、「おはよう」と言うその日まで。

 

 

 




この後百物語さん(0歳)は頑張って人間します。

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