頼れる仲間と共に挑んだ勇者リオの運命は?
僕は、勝てると思っていた。
皆で戦い、皆で助け合い、苦楽を共にした仲間となら。
この世界に蔓延る悪を、僕達の最大の敵である魔王を。
魔王を倒して、また皆で笑い合いながら世界中を旅して、最高の思い出を作れるって。
でも、そんなものはただの幻想でしかなかった。
この場に立っているのは僕だけだった。いや、立ってすらいない。刃がボロボロの剣を地面に突き刺し、膝立ちで目の前の敵を睨むことしか出来ない。
敵は、宙に浮いていることに飽きたのか、趣味の悪い玉座の上に舞い降りて、つまらなそうな顔で僕を眺めた。
「妾を不躾に眺めるな、無礼であるぞ」
大きなツノと翼を生やした、魔族の
「多くの魔物を倒して得意げになり、魔法を多少扱える人間共が妾を倒して?世界を救う?何をほざいているのだ。妾は魔族の女王ぞ?貴様ら如きの力で倒せると思えるなんて…ずいぶんめでたい頭をしているのだな?」
「ッ…」
深紅に染まった瞳で見下したようにそう言われれば、返す言葉もなかった。
僕らは5年の旅で多くの魔物を倒した。世界を救うために、特訓も沢山した。強さだってそこら辺の冒険者たちとは全然違う。
魔王が今まで倒した魔物とは格が違うって分かっていた。御伽噺やあちこちで聞く魔王なんだから並大抵のことでは倒れない。だからポーションも沢山用意したし、僕だって攻撃系の魔法だけでなく回復魔法も使えるようにしていた。
そんな暇なんかなかった。
繰り出される攻撃の数々に、僕達は耐えられなかった。魔法もポーションも使う暇さえなかった。
1番レベルの高い魔術師ソラは、皆を守るバリアを貼ろうとした瞬間、雷の魔法で心臓を貫かれた。
多くのバフやアイテムで手助けをしてくれるエリスは、風の魔法で首を跳ねられた。
始まりの村からずっと一緒に旅をして来て、僕が心の底から慕っていたレイは
炎の魔法で、誰かも分からないくらい焼き尽くされた。
どの傷も辛うじて致命傷にならなかった僕は、魔王の攻撃を捌くのに精一杯で3人を助けることも出来なかった。
なにも、できなかったのだ。
涙が溢れそうになる、でも絶対泣いてはいけない。泣きたいのはみんなの方だ。幸い、魔王は油断している。1秒でもあれば殺せるのに、まだ僕を殺そうともしない。今は膝をついて睨むしかない僕にも、最後の切り札が残っている。
MPが回復したら、すぐに、すぐにこれを撃って_
「のう、勇者リオよ」
僕の考えは魔王にかけられた声によって遮られた。
「…なんだ」
「妾がどうしてお前を生かして、話しているのか分かるか?」
そんなこと
「分からないな。魔王の考えなんて理解したくもない」
「フフ、そうつっけんどんな態度を取るでない…妾はお前のことを評価しておるのだ」
評価?
「訳が分からないという顔をしておるな。今まで妾を倒そうとした勇者は沢山居たが、周りの仲間が死んで自らに死の恐怖が訪れた瞬間、どれも例外なく逃げ出したのだぞ」
声を漏らして笑いながら魔王は楽しげに語る。
「周りの仲間も死に、お主には死の恐怖がまとわりついているはず。そうだろう?しかし貴様は逃げ出しもせずその目にまだ勝てるという希望を抱いて妾を睨んでおる…たまらんのう」
「………」
当たり前だ、皆の仇を取らなくちゃいけない中ひとりだけ逃げ出すなんて勇者以前に人間として最低だ。切り札で倒すか、最悪相打ちででも絶対に魔王は倒さなければいけない。
「あぁ…でもそういう
「…運命?」
「なに、戯言だ。勇者よ、妾がどうして街や村を破壊し、世界を我が手にしようとしているか分かるか?」
「…分かるはずがないだろう!!さっきからなんなんだお前は!!」
「そうかりかりするでない。で?分からんのだな?」
「………」
「そもそも、世界を我が手になどと、一体どこの誰が言い出したのだろうな」
物憂げな顔で魔王はそう呟いた。
「…は?」
「妾は世界など別にどうでも良い。世界を手に入れて何になる」
「…魔王は世界をこの手にして、自分の種族だけのものにするって」
「関係ないな。壊れようとどんな生物が蔓延ろうと。妾が欲しいものはたったひとつだけだからな」
「………」
剣を握りしめたまま俯く。魔王は世界なんてどうだっていい?だって僕達の目的は魔王が世界を支配するのを止めるために来たんじゃないのか?つまり魔王を殺す必要は_
そこまで考えてやめた。魔王は僕の村を焼き払い、家族を殺した罪がある。街を何個も潰し、多くの人々を殺した。それに殺された3人のためにも_
「のう、勇者よ」
顔を上げると目の前に魔王が居た、気配が無かった、どうやって?
「妾が破壊の限りを尽くしているのか、知りとうないか?」
「…」
「…まあよかろう。妾が勝手に話すとする。妾はな、人の絶望する顔が大好きなのだ。それも軽い絶望ではなく、世界にはもう居場所がない、自分なんて生きていてもしょうがない、そう思うくらいの人間の絶望した顔が大好きなのだ!だからこそ妾は破壊の限りを尽くす!」
「…趣味の悪い」
僕はそう吐き捨てた。MPはとっくに回復した。いつでも切り札を出せる。
「妾にはその顔をさせたい人間がおるのだ。それはだな…」
「『
聖属性の最高位魔法、最後の切り札。天からのレーザーが魔王を貫く。地面が砕け散り、僕も爆風に巻き込まれて吹っ飛ばされた。
力の入らない体がごろごろと転がり瓦礫の壁にぶつかって止まった。立ち上がって確認しなければ、魔王を倒したかどうか。
ずりずりと、匍匐前進しながら前に進む。魔法が直撃したあたりについて、必死に剣を地面に刺して立ち上がる。
「…はぁ…はぁ…」
「今のは中々効いたぞ、勇者リオよ」
後ろからの声にじわりとした絶望を感じた気がした。
「妾が絶望させたいのはな、お前よ。勇者リオ」
ぴしり、となにかに傷が入ったような音がした。
「………は?」
「妾が絶望させたいのは、お前だ。家族が殺されても、仲間が倒されても、最後の切り札で倒せなかったとしても…絶望しないお主のその心を絶望で染め上げられたらどんなに楽しいか!」
高笑いする魔王を前に、僕は剣を構え直した。
勇者の最後の敵として立ちはだかる魔王だ。人の絶望する顔なんて好物だろうし自ら刃向かってくる勇者の心をへし折るなんて当たり前だろう。
「…僕の心をそう簡単に折れると思ったら、大間違いだぞ」
剣の切っ先を突き付けて言う、勇者に選ばれるのには精神力だって加味される。そこらの人と一緒にされては困るのだ。
「ほぅ…それでは試させてもらおうか」
切れ長の目を更に細くしてニヤリと笑う。意地の悪い笑みだ。
「お前の村を焼き払ったのも、街を壊したのも妾だ。人間共はそれを妾が世界を手にするためだと考えた。だがしかし妾は世界など欲してはおらぬ。ならばなぜそれを行ったか。お前を妾の元に来させるためだ」
「…そうか」
心を落ち着かせて答える。正直ぶん殴られたかのような衝撃が走ったが動揺を相手に悟らせてはいけない。
「魔王というのはな、勇者が生まれれば分かるようにできている。魔族の体は特殊でのう。目立つ見た目をする代償のおかげか天敵が近付けば分かる。そこに魔法をちょちょいと重ねがけすればお前らの動向など筒抜けじゃ」
「…僕らがどのように行動し、何をしてお前を倒すか分かっていたわけか」
「もちろん」
「…」
動向が全て筒抜けだったということは、案を捻り出しては練り直した魔王討伐作戦も、このためだけに習得した魔法も全て無駄だったのでは_そんな考えが頭を掠めたが振り払う。こいつのペースに乗せられてはいけない。
「…はて、お前はあまり動揺せんの」
つまらなそうな顔をして首を傾げる魔王。
「並大抵の精神力だと思われては困る」
口の端を釣り上げて答える。
「…
「…………え」
「あぁ、それだけではないな。
「………」
「やはり理解しておらんかったか。魔王の妾は天敵の勇者、お前が分かる。そのまま何もしなかったらお前は村で育ちただの青年になってしまうかもしれない。もちろんその場でお前だけを殺しても良かったが…それは芸がない、どうせなら側に呼べばいい。妾が好きなことは絶望させること、ここから導き出された答えは_」
「希望や夢を与えた後に、お前を絶望させる」
じわりじわりと、頭の端から黒いものが進んでくるような感覚。
「…嘘だ」
そんなはずない。
「嘘ではない。お前の仲間も妾が選んだのだから。幼馴染みのレイとか言ったか。あの少女は元々お前を好いていたし魔法も扱えた。ソラとかいう少年は仲間思いで努力家。エリス…だったか。人のために働くのが好きで、微力でもいいから周りを助けようとする。…まったく、魔王を倒すにはおあつらえ向きの仲間だな?」
「…やめろ」
それ以上喋るな。
「お前の家族はお前を産んだばかりに、お前の仲間はお前と行動したばかりに、大勢の人々はお前の復讐心を高めるために、みんな、みんな死んでしまったぞ?」
「やめろと言っただろうがぁっ!!!」
やり場のない怒りを剣に乗せて振り回す。
魔王の首を掠めた瞬間、剣が砕け散った。
「…っ」
涙がこぼれた。
そして、なにかに抱き締められた。
「お前は、生まれた時から妾の手のひらの上じゃ。今までずっと、ずーっと踊らされていたのだ。家族の仇を討つため勇者を目指したのも、頼れる仲間を手に入れられたのも、ぜんぶぜーんぶ…妾の目論見通りだ」
「あ…」
「理解力が低く、精神力が少しばかり強いのは誤算だったが…まあもうあと1歩だろう」
「離せ…!」
「『
そこで、僕の意識はぷつりと途切れた。
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「邪悪な魔王に堕とされた勇者の話を読んだことがあるよ。今まで嘘だと思っていたけど…キミのことなんだろう?」
「黙れ、誰が口をきいていいと言った、人間風情が」
俺はレイピアの切っ先を座り込んでいる人間に向けた。先日捉えた人間だ。両手を上にあげて膝をついては居るがややおしゃべりが過ぎる。
「キミも人間なんだけどなぁ」
「俺は魔王様から血や魔力を直接頂いている。これは特別な魔物のみが得られる特権だ。俺は人間などではない」
そう、俺は選ばれし魔物なのだ。高潔で素晴らしい魔王様の側近。魔族の王に愛された魔物。ああこんな公務などほっぽり出して魔王様に会いたい_
「…まあ確かに
「俺の名は
俺は生まれた時からツノも翼も尾も持っている。何をほざいているのだこの人間は。
…本当に生まれた時から?俺には魔族の特徴はあったのだろうか。
俺は捨て子で、魔王様に拾われて_?
コンコン
ノックの音で考えが中断された。
「ヴィラン様、魔王様がお呼びです」
「すぐ行く、後この者をもう少し黙るようにしろ」
「仰せのままに」
公務中に魔王様に呼ばれるなんて久々だ。しかし側近として落ち着いて廊下を歩く。顔に笑みが浮かばないように。浮足立たないように。
魔王様の部屋に着いた。
ノックをする。
「魔王様、ヴィランです」
「入れ」
重厚な作りの扉を開けると、センスのいい玉座に座ったままの魔王様がこちらを見つめていた。紺色や光の角度によって漆黒のように見える髪、熟れたラズベリーのような紅い瞳が美しい。
「それで、どのような用向きでしょう」
「なに、お前と話がしたくなっただけだ」
「そうでございますか」
嬉しい。やはり俺は選ばれた魔物なんだ。特に用も無いのに俺を呼んでくれるなんて。
「…大きくなったな」
「何がでございますか?」
「お前がだよ。
「光栄でございます」
あぁ、良かった。やっぱり俺は捨てられた魔物だったんだ。魔王様は俺が幸せ過ぎて何かを不安に思うと、すぐこうやって不安を取り除いてくれるんだ。
「もし妾が魔王を引退するとしたら、お前に次代の魔王になってもらいたいと考えているのだ」
「魔王様!引退などと馬鹿な_」
「妾ももう歳だしな」
「そんな…」
「何、今すぐにというわけではない。そのような悲しい顔をするな。ふむ、そうだな、血のような葡萄酒が飲みたい。ヴィラン、取ってきてくれるな」
「仰せのままに」
魔王様のご命令だ、血のような真っ赤な葡萄酒とグラスを、酒造庫から持ってこなくては。
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「…勇者がここまで堕ちるとはのう」
元勇者リオ、いやヴィランが立ち去った後にぽつりと呟く。
妾はある程度絶望するように真実を伝え、意識を真っ黒に塗りつぶした後、魔力を注ぎ込みつつまじないをかけただけだ。
『お前は魔王に拾われた魔物、人間の勇者などではない。』
『名前はヴィラン、リオなどではない』
『お前は妾に育てられた記憶しかなく、人間の頃の記憶はおろか、人間をこの世で最も忌むべき存在として認識する』
この3つを魔力を注ぎ込みつつ何度も繰り返した。
そうすると、こいつの体はたちまち変化を遂げ、今やどこからどう見てもただの魔物になってしまった。
余談だが、意識を塗りつぶした時の光の無くなった瞳と絶望しきったあの顔は大変素晴らしいものだった。思い出すと心の内が満たされ、多幸感に包まれる。
「もし、次に勇者が現れたとしたら、妾はその全てを伝えて引退しよう」
「ただの勇者と