全知全能には程遠い   作:オサレ修行

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賛歌②

 

 

 

 

 

 

 セラフォルー・レヴィアタンが捕らえられたという報せは、冥界上層部のごく一部にのみ伝えられた。

 同時に、魔王四人でかかってもヨシュア・ガープを止めることは事実上不可能であるということも。

 

 ゼクラム・バアルは蓋を開けて飛び出してきた特大の爆弾に頭を抱え、次いでサーゼクスより齎された『神聖』な魔力の報告を聞いて打ち震えた。

 

 魔王が認めるほどの光の行使。即ち、悪魔にとっては上位の天使に等しいか、それ以上の性質を有した魔力を扱う異常。

 そもそも、元七十二柱の『ガープ』には備わっていなかったはずの魔力。

 

 彼が『超越者』だからと言ってしまえばそこまでだが、種族としての根幹を揺るがすどころか覆すなど有り得るはずもない。

 サーゼクスも規格外極まりないが、それには強大な『滅び』の魔力が裏付けとして存在している。

 

 基本法則として魔力の性質は遺伝するものであり、それは突然数種類を内包することは無い。

 サーゼクスに滅びの魔力が受け継がれたのは『バアル』の血を引く女を『グレモリー』が娶ったからであり、それまで継承されてきた魔力とは別の形質なのだ。

 

 そして当然、ヨシュアの『ガープ』も同じこと。

 大公『アガレス』の血統である母の腹から生まれた彼は、間違いなく『時間』に関する魔力を保有していた。

 

 その才覚はゼクラムをして認めざるを得ないものであったのは間違いなく、過去の『アガレス』にも叶わなかった『未来視』を保有していた。

 間違いなくヨシュア・ガープの魔力は『時間』に関するもので、それは短時間の『未来視』に特化していたはずなのだ。

 

 それ以外の魔力は有り得るはずもなく、それ故にゼクラムもアジュカもサーゼクスも理解が及ばない。

 悪魔として有り得ないのだ。生物として無理がある。

 

 ヨシュアの行使する『光』は紛れもなく『悪魔』を滅ぼす光であり、純血統の悪魔が保有することの叶わない力であったはずなのだ。

 サーゼクスの脳裏には堕天使とのハーフであり、雷光を継ぐ少女の姿が浮かぶものの、間違いなく純血である『ガープ』の血統がそれを否定する。

 

 何よりも、強力な『時間』の魔力を発現しているはずのヨシュアと『光』ではあまりにもかけ離れている。

 神器であればあまりにも強力に過ぎ、そうでないのならば生物としておかしい。

 

 どうしようもない疑問を抱えながら、彼らはセラフォルーのことについても話をしなくてはならなかった。

 

「……解放の条件はなんだ?」

 

「とにかく手を引け、と。引かないなら乗り込んで滅ぼしに来る、とも。いやはや、『大王』は恐ろしいものを敵に回しましたね」

 

「貴様……」

 

 ゼクラムが忌々しげにアジュカを睨むが、何処吹く風と受け流される。古き悪魔としての思想に近いものがあったはずのヨシュアには手を噛まれ、挙句の果てには実力を隠蔽していたことから出し抜かれて手駒まで大勢殺された。

 

 そして今、彼に突きつけられているのは、顕になった新たなる『超越者』の刃そのもの。

 手を引かなければ間違いなく、現在の悪魔社会は崩壊するだろうという確信があった。

 

 直接見ていなくとも、サーゼクスたちが本気で言っていること程度は分かる。わかるが故に、交戦に至ってしまえば冥界が消し飛ぶ惨事どころか終末に至ることが理解出来る。

 

 どれだけサーゼクスたちが関係ないと主張したところで、大王の傘下が襲えばそれだけで牙を剥くだろうことは予想に難くない。そうなれば冥界はお終いだ。

 

 

 超越者同士の戦闘は破滅的な被害を齎し、全力を出したサーゼクスは不可抗力で冥界を滅ぼしてしまうだろう。

 であれば、傘下を押し留めるのは彼の仕事だ。彼にしかできず、彼にしか成し遂げられない。

 

 遠くない未来、悪魔社会には変革が訪れるだろう。それがゼクラムに許容できないものであったとしても、彼は変わらず古き悪魔で在り続ける。

 だからこそ、悪魔同士、超越者同士の激突で滅ぶなんて未来はあってはならない。

 

 重い息を吐き、ゼクラムは程なくして完全に手を引くことをサーゼクスとアジュカに告げた。

 

 

 

 

 元七十二柱の家柄は肩書きとしては優秀だ。

 それが辺境で暮らしていようとも、古き純血を保っているならばその血の価値は非常に高いものとなる。

 

 古くから生きる『大王』であるゼクラム・バアルや魔王の血筋であることに誇りを持つ『旧魔王派』となると話は変わるが、一般的には十分以上に高貴な血とされている。

 そして、彼らは横の繋がりも重視している。

 

 血を保つ為に『純血』同士の婚姻は当たり前であり、ここ数代は弱まったとはいえまだまだ主流の風潮だ。

 それ故に、魔王と戦ったという悪魔の情報はある程度の隠蔽は働きこそすれ、元七十二柱ほどの家柄になれば容易に入手可能だった。

 

 性別は男。実力は一般的には魔王級。グレモリーやシトリーといった貴族でも極一部に限り、その実力が『超越者』に類されることを知る。

 血筋は元七十二柱『ガープ』の正統なる後継であり、世間的には()()()()()で亡くなった両親の代わりに辺境の地を治める若き大悪魔。

 

 一応、上級悪魔の分類に属しているが、その実力を恐れたバアルの計らいと友好な関係を築きたい魔王たちの計らいによって、今後は最上級悪魔に等しい待遇を受ける予定だ。

 そして何より、眷属は『女王』を与えられた半吸血鬼となれば、彼を婿として迎え入れたいと申し込みが殺到するのは当然だった。

 

 同時に、うちの娘を嫁にどうかという提案も多く、魔王と戦ったあとのヨシュア・ガープは、そういった事への対処に多くの時間を奪われることとなった。

 高慢であり傲慢であり誇り高いヨシュアだが、それでもする気の欠片もない縁談を延々と処理していれば気が滅入る。

 

 そんな彼はその居城にて、送られてきた全ての縁談を断りきったことに達成感すら覚えていた。

 

 直接会って断ったのは二十三件。その全てに唯一の眷属にして『女王』であるヴァレリーを連れて赴き、断ると同時に彼女を婚約者として紹介。

 後から縁談を持ち込もうとする輩への牽制も兼ねた完璧な対応を見せた。

 

 尚、手紙だけで対応したのも合わせれば二百件に届くほどの縁談話が舞い込んでおり、その全てに丁寧に婚約者がいることなども説明しながら断りを入れる作業は、彼を以てしても相当の苦痛であったということは明記しておこう。

 

「……解せん」

 

「なにが?」

 

「仮にも貴族とはいえ、今の私は『親殺し』だ。何故こうも縁談が来るのだ……?」

 

 答えはもちろん、古き血を取り込みたいが為である。

 ヨシュアもそれは分かっているが、分かっていてなお口にするほど面倒だった。

 

 無闇矢鱈と能力を解放しないヨシュアは、だからこそ起こる訳の分からない頭に花が咲いた女の相手に精神を疲弊させられたのだ。

 まあ、能力を使用していたとしても無意味であっただろうが、それはそれ。

 

 古きガープの純血として『未来』を垣間見れるとはいえ、見ることに変わりはない。

 どの道精神的に疲れて果てていただろう。

 

「面倒な……」

 

 計画は道半ば。終点には程遠く、その道程にある障害は数知れず。

 そして、今も寝室から出れないように拘束されたセラフォルーの身柄についても考慮する必要がある。

 

「ねぇねぇヨシュアちゃん、私は何時になったらこの部屋から出れるの?」

 

「知らん。私ではなくサーゼクスにでも聞け」

 

「その手段がないんですぅ〜!!」

 

「ヨシュア、あんまり虐めるのも可哀想よ」

 

「お前以外の存在がどうなろうと構わん。そもそもただの人質に寝室を与えているだけ有難く思え」

 

 セラフォルーは捕虜として囚われたが、その扱いは客人としてのものに等しい。

 上等な部屋を与えられた上で日に三食は供され、雑談相手には『女王』のヴァレリーが。

 その上で暇潰しやら息抜きやらでヨシュアも度々現れる。

 

 これを見て捕虜だと思う者はいないだろう。

 今もベットの上で駄々をこねる子供のような振る舞いをしているのを咎められないあたり、完全に舐め腐った対応である。

 

 とはいえ、セラフォルーがそうやって扱われているのにも幾つか理由はある。

 

 一、彼女が四大魔王の一人であること。

 二、乱雑に扱うことで、後から文句を言われたくないこと。

 三、彼女の魔力が完全に封じられて安全が確保出来ていること。

 四、現在『大王派』の動きを沈静化させている途中であり、終わるまで預かっていて欲しいと正式な書状があったこと。

 五、和解自体はほぼ成立していること。

 

 そのせいで適当に転がして放置するという手段が使えないのが、ヴァレリーを巡る騒動で彼女を除いた配下を喪失したヨシュアにとっては最大の痛手だった。

 

 父母ですら敵対したが故に、息のかかっている可能性がある使用人は軒並み強制退職。

 父母の眷属たちは仇討ちを企んだので鏖殺したが、それのせいで流石に悪い噂が立って求人を出しても誰も来ない。

 

 悪徳領主、辺境の変わり種、後ろ暗い成り上がり、野心を抱く危険人物などなど。

 悪い噂には事欠かない現状だ。

 

 そもそも辺境という立地が最悪に輪をかけて最悪なのもあり、現在の『真世界城』は主にヨシュアの魔力による各種装置の維持とヴァレリーによる生活空間の徹底的な掃除によって成り立っている。

 なお、食事は全てヴァレリーの管理であり、ヨシュアは全く役に立たない。

 

「…………セラフォルー」

 

「おお、なんか部屋から出られる予感!」

 

「家事はできるか?」

 

「……え、出来るけど」

 

「素晴らしい」

 

 膝の上に座っていたヴァレリーを退かし、立ち上がった。

 その目は見開かれており、能力も使っていないのにどこか輝いて見える。

 

 

「お前は今、この時より、我が城の使用人として働くことを決定した!!」

 

「なんで???」

 

「異論は認めん、働け。使用人用の衣服が衣装室にあるはずだ、それを使って城内の掃除から始めるがいい」

 

「いやいやいやいやいやいやいや」

 

「働かぬと言うのであれば仕方ない。シトリーの領地に乗り込んで貴様の妹を働かせるか」

 

「はたらきまーす☆」

 

 セラフォルーは魔力を封じられている以上、力尽くで何かを行われれば逆らえない立場にある。

 ウインクをキメて鮮やかに転身し、ヴァレリーの案内で衣装室へと向かって部屋を出ていった。

 

 未来を見通す力を持つ悪魔は、そんな彼女たちの背中を見届けて息を吐く。

 ソファに深く腰かけ、彼以外の誰も見通せない未来を思う。

 

 

 

 口元に歪な笑みを湛えながら、悪魔は今日も未来を嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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