アリス・マーガトロイドという個人が象られるまでのおはなし。

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東方創想話投稿作品(2018/04/08)


油絵具を塗り重ねて

 認識できるは腕の距離、見えない世界は分からない。

 憧れたのは絵本の世界、ぬいぐるみの国があったら楽しそうだと思ったことだ。気まま勝手に動き回って、翻弄されて追いかけて、笑って疲れておやすみなさい。子供の空想、夢だけの世界。おはようと、こんにちはと、言っても返事をしてくれない。寂しく感じたのは何時頃か、挨拶を返して欲しくて指先から糸を伸ばした。

 鏡に映る作り物の笑顔、人形のように綺麗だと皆に言われた。不思議に思った懐かしい記憶。貴方に笑顔を向けて欲しくて、研究を始めたのが全ての始まりだ。綺麗だね、可愛いね。真心を込めて、人形に針を通す。目一杯にお洒落して着飾るのだ。何時の日か、ありがとう、と笑顔をくれる日を夢に見て。

 外を見た、雪が積もった。春先なのに雪溶けは来ず、不思議に思って外に出た。

 紅白と白黒によって彩られた弾幕を見て、瞳に映る世界は目一杯に広がった。認識できるは友達の数だけ、色んな冒険をいっぱいした。夢のような経験を沢山した。雪を吹き飛ばす満開の桜吹雪、悠久の美しさを保つ姫君、三日毎の宴会騒動、御転婆お嬢様と天空都市、地底の女主人に地底都市。それはまるで子供が夢見る世界、言葉を並べるだけで大冒険だ。

 風が吹き抜けるように世界は広がった、認識するのも難しいくらいに世界は広くなった。どこまでも飛び出せそうな気持ちになった時、ふと過去の私が寂しそうに服の裾を引っ張るのだ。

 行っちゃうの? 変わらないわ。

 進む足を止めることはできない。手は人形に触れるためにあった、声は人形に語るためにあった。今は両腕を目いっぱいに伸ばして、満面の笑顔でくるくると走り出せる。世界は変わる、変わった分だけ私も変わる、ならわたしは必要ないね。そんなことはないわ。指先の糸を手繰り寄せて、人形を私の肩に乗せる。今は貴方と新しい世界を見てみたいと、お互いに満面の笑顔で語り合いたいと。それは夢のある話だね、と過去の私がはにかんだ。

 もう絵本の世界は必要ない、子供の時に見た夢は過ぎ去った。

 埃被った絵日記、色褪せた世界。ふと手に取った拙い空想に苦笑い。大切に机の引き出しに入れて鍵を掛ける。部屋を出る。軽い足取り、油絵を塗り重ねるように世界は変わり続ける。向かう先には洒落た家具にお気に入りのティーセット、今日はこんなことがあったね、と人形の手入れをしながら語り聞かせる。

 いつか貴方のお話を聴けることを夢見て、布団に潜る。




1000文字。


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