※作者の性癖の詰め合わせです。真面目に注意。
――いつだっただろうか、と悠久のような時を経て、男は思いに浸る。
男の顔は美しいという言葉すら不相応なほど、綺麗に整っていた。黒髪も艶があり、身体も細く筋肉質だ。
しかし男の面は、全てを諦めた面持ちだった。
この世のあらゆるものに絶望し、諦観し、そして哀れんでいる。それが、この美男子の顔だ。
「ああ……」と男は桃色の唇から、唸るように声を発する。それから、自嘲するように言葉を紡いだ。
「元気にしてるかなぁ……」
疲れ果てているのか、乾いた声だった。呟いたのち、一拍置いて面を挙げる。
「ハハッ……」と自身を嘲り、鏡のほうを見向く。
「まったくあの頃と変わってないなぁ……」
光を一切灯さない双眸で顔を見て、懐かしむように笑う。
「母港のみんなが幸せだったら、俺はいいんだ。そう。いいんだ……。俺という指揮官なんかいなくても、みんななら上手くやっていけるはずさ」
一筋の淡い光を眼から零しながら、男は言った。
そう。男はもともと、とある母港の指揮官だったのだ。
指揮官としての彼を一言で説明すれば、人望があった。
自身が従える船の力を持つ少女――〈
しかし、それはもはや過去である。
「……本当は、みんなと一緒にいたかった。離れたくなかった。だけれど、俺の存在がみんなにとって邪魔なら、俺が消えればいい。――ただ、それだけだから……」
堪えきれなくなったのか、男――元指揮官は、嗚咽する。
この元指揮官は、今では艦船たちの敵だ。しかし敵といっても、戦いに於ける敵ではない。
ある日から突然として、元指揮官は艦船たちに嫌われ始めた。
その原因が何なのか、元指揮官は今でも分からない。まさに唐突だった。
そして嫌われていることを自覚し、彼は自ら指揮官を辞して、母港から去った。あのあと、後任として優秀な者が指揮官に就いたのだとか。
「……何か、飲もう」
そう言って元指揮官は、冷蔵庫を開き、メロン味の炭酸飲料水を取り出す。
キャップを開け、飲もうとした矢先にピンポンとチャイムが鳴る。
元指揮官はいったん炭酸飲料水を目の前にあった机に置いて、玄関に向かう。
元指揮官の住居はアパートの一階だ。古くもなく、新しくもない平凡な所だ。
そんなアパートになんのようだと彼は内心で訝しみながら、玄関の扉を開く。
「……なんの用?」
元指揮官は問うた。目の前の銀髪の女性を睨みながら。
女性はやつれていた。目には生気が灯っておらず、今にも泣きそうな表情をしている。
そして――女性は地に頭を叩きつけた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……
「……ダンケルク」
名を言われ、女性ことダンケルクは顔を元指揮官のほうに挙げた。
元指揮官にとって、ダンケルクという艦船は、最も信を置いた艦船だった。指輪を渡し、〈ケッコン〉ということまでしていた。
しかし今、彼女の指には指輪がない。元指揮官はそれを見て、悲しんだ。
「指輪、捨てたんだな」
自嘲気味に、彼は言う。
「い……いや……でも、あなたのことは愛してるから……!」
「……何様だよ」
元指揮官は拳を握りしめ、震わせる。今、彼の心には黒い感情が渦巻いていた。
「いまさら愛してる? すまんが、俺は信じられない。それに――」
元指揮官は、今の彼女に対して、言ってはならない言葉を放った。
「俺は今、お前が大嫌いだ。早く帰ってくれ」
その言葉を放ったのち、ハッとなり、元指揮官は己の過ちに気づく。
彼女を、ダンケルクを傷つけてしまったと、罪悪感が胸で渦巻く。
「そうよね……信じてはくれないわよね……」
そう言うと、ダンケルクは正気を失ったように笑った。まるでその様は、壊れかけていた機械がとうとう壊れてしまったようなものだった。
指揮官は内心で嘆いた。
――過去しか見れない亡霊は、自分だけではなかったのだと。そして同時に思った。なぜ、自身は嫌われたのだろう、と。
壊れて、狂い果てたダンケルクを一瞥し、元指揮官は美しい顔を蒼白とさせ、自身を責めた。
ダンケルクを曇らせたい(外道)。