「……ふむ。ミス藤丸の采配、二度に渡って戦闘を見た感想を述べても?」
「どうぞ」
「つまりだ、ミス藤丸。私は正直、驚いている」
立香はこてりと首を傾げた。あどけない顔で。
「諸君らの戦闘能力の高さも驚嘆に値するが、それはあくまで二次的なものだ。キミの強さの根底にあるものは、その契約形式にあるといっていい」
「さすがホームズ。目の付け所がスマートだ」
「光栄だ。これほど多くのサーヴァントを繋ぎとめた
更に脅威なのは、その継続時間にある。
本来サーヴァント召喚は一時的なもの、その戦場でのみ成立するものだ。
「キミのように永続的に続く契約などありえない。そしてミス藤丸に秘密があるわけでもない。これは即ち――――」
「……即ち?」
勤勉な生徒のようにオウム返しをした立香を見返して、探偵はふっと微笑を浮かべ、会話を断ち切った。
「――ところで、ミス・キリエライト。見たところ、キミはまだ宝具を扱えていないね?」
「あれ?」
「話を逸らすじゃないか」
「それは何故かな?キミの手に余るものだと?」
「続けるんだ」
「いい度胸だね」
「ははは。ははははははははは」
ダ・ヴィンチちゃんはちょっとイラっとした。目覚まし時計みたいに叩いて止めてやろうか。
立香は口をむにゅむにゅさせて、とりあえずマシュを窺った。
「……はい。わたしはまだ、わたしに力を譲渡された英霊の真名を知らないのです……」
「それは違う。真名はそう大きな問題ではない。キミはただ、踏み出す足を間違えているだけだ」
マシュが困るようなら助け舟を出そうと思ったが、大丈夫そうなので立香は引き続きお口をチャックした。
「だが安心したまえ。その解決もあと少しで行われる。情報さえ揃っていれば私に明かせない事はないからね」
「ホームズさん……」
「……いや、失敬。今のは大言に過ぎた。私にも分からない事はある」
「ホームズさん……?」
「特に今は一つの謎と
〇りっちゃん 謎解きはマルチタスクに不向き
〇いーくん そういう小説ありそう
「なにしろ彼にはまったく情報がない。時代の端々に彼の痕跡はあるものの、どうしてもそれがソロモン王に結びつかない。直接魔術王の姿を見た者がいれば、ソロモン王と一致するか照会できるのだろうが――――」
すたすたと歩きながら言葉の軌跡を描く。前を向きながら思考を落としていく。
今度は立香とマシュとダ・ヴィンチちゃんが、揃って顔を見合わせた。
「そんな都合のいい目撃者がいる筈もない。最後まで情報だけで推理を進めるしかないだろう」
「あの……ホームズさん」
「私たち、見てるよ。魔術王」
「そんな都合のいい情報提供者が、ここにいるみたいだよ」
「!! キミは需要な参考人でもあったのか!では是非話してほしい!」
ぐるりと勢いよく振り返って、通路にうわんと声を響かせた。
ホームズってこんなに大きい声だせるのね。と三蔵ちゃんは思った。
「彼の姿は?声質は?魔術体系は?そして何より――――。……何より、だ。キミが直接感じた印象を知りたい」
「印象……」
「違和感。そう、違和感だ。この場合。違和感こそが重要なキーになる」
「違和感……」
記憶の箱を開いてかき混ぜる。違和感を探す。あの日の出来事を、一つ一つ辿る。
「よく思い出してほしい。どんな些細な事でもいい。魔術王には、何かおかしな所はなかっただろうか?」
「……姿は覚えているけど……」
「わたしも覚えていますが、記憶を共有できません……。映像記録も、すべてノイズで埋め尽くされていて……」
何か。何か。おかしなこと。思いだせ。
「……外見で、一つだけ……。何か足りない、ような……」
「……何か足りない……何か足りない、か。魔術王を初めてみた人間がそう感じるという事は……それは意図しないまでも、無意識のうちに“おや?”と思う些細な落ち度があったという事だ」
〇奏者のお兄さん 誰か気づいた?
〇ファイ 十あるとされるソロモンの指輪が、九つしかありませんでした
〇バードマスター ぼくは何も気づいていませんでした。ファイがいてくれて本当によかったと痛感しています
〇騎士 ファイ、いつもありがとう
「……ミス・キリエライト。すまないが、道すがらスケッチを依頼しても?キミたちが見た魔術王の姿を絵にしてほしい。本来ならそれだけで呪いを受けるだろうが、」
「ここはアトラス院だ。外部からの呪い対策は完璧だろう。そこは私も保証する」
「了解しました。得意ではありませんが、わたしたちが見たフォルムをペーパーに出力します。それと……わたしからも発言、よろしいでしょうかミスター・ホームズ」
盾の代わりにペンとペーパーをもって、マシュは伺うように言った。
ホームズが頷いて続きを促すと「先輩のように見た目の違和感ではありませんが……」と前置きしてから、記憶の引き出しを開ける。
「わたしたちが出会った魔術王は言動が安定していませんでした。わたしの感じた違和感はそこです」
彼は乱暴であり、冷静であり、時にこちらに無関心だった。
「……わたしには、それがすべて唐突なものに思えてしまって……」
「ふむ。詳しく話してくれたまえ。キミたちと彼はどんな会話をしたのかな?」
パズルのピースが揃っていく。そろそろ四隅は埋まっただろう。
「――――そういうことか。ありがとう、ミス・キリエライト。実に有益な情報だった。魔術王の正体に小指がかかる、程度にはね」
探偵はきらりと、光の加減でグリーンにもイエローにも見える瞳を輝かせた。
「ど、どうも……。こちらこそ恐縮です」
「キミたちの会話から推測するに、魔術王は“鏡”のような性質なのだろう」
「鏡、ですか……?」
「そうだ。前に立った者を映す鏡。語りかけた者と同じ性質を示す鏡」
乱雑なものが語りかければ、粗雑に答え。
賢明なるものが語りかければ、真摯に答える。
残忍なものは彼を残忍な者と捉え、穏やかな者は彼を穏やかな者と捉える。
「自分がない、という事ではないだろう。多重人格とも違う。おそらく、魔術王は属性を複数持っている。いや、持ちすぎている。そういう性質のようだ」
「そうか、モードレッドは乱暴だったし、アンデルセンは捻くれてるし……」
「ですが、彼はわたしたちに関心がないと言いました。生命には価値がないとも」
それは間違いなく、魔術王の内側から出た言葉だった。
「…………そこだよ。私が怖ろしいのはそこなんだ、ミス・キリエライト。“人間に関心がない”それは魔術王にとって真実の一つだろう」
何故なら、彼は既に人類を滅ぼしているからだ。
今、この時代を消滅させようとしている獅子王とは明確に違う。
「彼はもう勝利している。勝利したからこそ姿を現した。我々に関心がないのも当然だ。彼はもう次の仕事に移っているのだから」
例えば、ここに
彼はその仕事をとっくに終わらせて、次の作業机に座っている状態だ。本来ならそれで終わり。
人類には『彼と戦う』という選択肢すらなかった筈だ。
「だが、ここに一つの奇蹟が起きた。言うまでもなく、キミたちカルデアだ。無人の作業机に残った、わずかな空白にすぎないがね」
〇ウルフ 俺たちも…いるぜ!
〇災厄ハンター 九割滅びてても自分行けます
「魔術王にとって、人理焼却は終わった仕事だ。だからカルデアには関心がない」
勇者も魔王もどうでもいい。次の仕事が忙しい。
〇いーくん な、なんて綺麗なフラグ
「私が怖ろしいのはその“次の仕事”は何なのか、という事さ」
「何だろうね?次は宇宙?」
「適当なこと言わないの」
ホームズはパイプタバコを手の中で揺らしながら、煙のように言葉をくゆらせた。
「いいかね、諸君。この事件は完全犯罪と言われるものだ」
計画を未然に防ぐ事は誰にもできなかった。私たちは完全に後手に回された。
「探偵は事件が起きた後――被害が出てから活動するものだ」
事件の真相を明かす事はできても、これを覆すことはできない。
「だがキミは違う、ミス藤丸」
コートの裾がふわりと弧を描く。探偵がこちらを見ている。
「キミたちだけはこの事件を覆せる。魔術王はそれを信じていない。それがこの悪魔の犯罪を打倒する、唯一の術だろう」
微笑む薄い唇が嫌に目について、しかしすぐに結ばれる。
「喜びたまえ諸君。じき中心部だ。この先に多くの答えが待っている」
山の翁が立香たちをここに送り出した理由は二つ。
一つ目はこの特異点に関わる事。獅子王の目的と聖槍についての知識を与えんがため。
二つ目は七つの特異点に関わる事。即ち人理焼却の謎、その一端。
「そのどちらも私は答える用意がある。だがその前に――――」
耳を劈く警戒音。視界を染める赤いランプ。
「その前に、防衛装置の排除でしょ?」
「いや、私からの忠告、いや宣言だ」
脇をすり抜けて戦闘に向かおうとした立香を見下ろした、男の赤く染まる顔。
「私が諸君らの前に現れた最大の理由は、ここにはカルデアの目が届かないことにある。事前に言っておくとだね。私は、
「……えっ?」
暗くて長い通路を抜けた先は、眩しいくらいの青でした。
「ここがアトラス院の中心部――――。地下なのに空があります、マスター!」
風が突き抜けるような錯覚をして、すぐに思い直す。ここは地下だ。ならば、これは風ではなく空調なのだろう。
深呼吸をしても瑞々しくはならないけれど、通ってきた通路よりはずっとましな清涼感だった。
「一つの街ほどある空間……地下にこれほど広大な空洞を作るとは……」
「たしかにここは学院のようだね。人間に必要なもの、生活に必要なものが揃っている」
「はい。ここでなら学徒たちの心も健やかでしょう。あの空が本物ではない、作り物であったとしても」
大人たちが話している間、立香とマシュはホームズの背を追って部屋の中央へ。
見上げるほどの巨大な四角柱が、天高く存在を主張している。
「このオベリスクこそがアトラス院最大の記録媒体、擬似霊子演算器トライヘルス。カルデアに送られた霊子演算器トリスメギストの元になったオリジナル、という事だね」
「そうなの?」
「そうだとも。カルデアにあるものは、あれのコピーにすぎない」
あれは賢者の石とも呼ばれるフォトニック結晶。
今の地球上の科学では生成できないオーパーツだ。
「さて。アクセス権は既に回収してある。本来であれはスタッフに声をかけるところだが……見ての通り、ここは完全に無人の廃墟だ。申し訳ないが無断で使用させてもらおう」
「……なるほどね。2016年のアトラス院、やはりここが異物か」
「異物…?あっ。以前言っていた……」
そう。ダ・ヴィンチちゃんが言っていた、時代の違うエジプト領の中に、更に時代の違う異物がある。とはここのことだったのだ。
魔術師たちは燃え尽きたが、アトラス院そのものは消滅しない。
そしてトライヘルスには、全ての事象が記録されている。アトラスの錬金術師ではない我々には全てを知ることはできなくとも、単純な事実……結果だけなら見ることはできる。
「何を調べるの?」
「ああ。恥ずかしながら、私でも遡れなかった記録。秘匿された、ある出来事の記録だ」
オベリスクはうたた寝から覚めるように光を帯びた。
片目だけ開けた、梟のようでもあった。
「ではトライヘルメス。冥界を飛ぶ鳥よ!私の質問に答えてもらおう!あらゆる記録、記述から抹消された
「聖杯戦争!?まさか特異点Xの事ですか!?」
「それが人理焼却の真相――――発端だと?」
驚いたように声を上げたのはマシュだけだった。
ダ・ヴィンチちゃんはどこか愉快そうに口角をあげる。
「いや、発端ではない。だが重要なファクターだ。聖杯戦争に関する知識はもう知っているね、ミス藤丸?」
頷く。青に包まれながら。
「よろしい。そして、それは実際に行われた。最後に行われたのは2004年、日本の地方都市だ」
ホームズはこの戦いの記録を調べた。しかしその過程、結末がどうしても分からなかった。
遡れたのは聖杯戦争開始時のデータだけだ。聖杯を求めて集まった七人の魔術師の名簿だけ。
そして、その七人のうち一人は、立香たちも知っている人物だ。
「正確に言えば、その人物の娘を、だがね」
「……所長……?」
「そう。オルガマリー・アニムスフィアの父にして、亡くなったカルデア前所長」
時計塔のロードでありながら、秘密裏に日本の地方都市に出向き、血生臭い儀式に参加した人物。
「その名は――――。……む。もう答えが返ってきた。起動音もないとは些か寂しいな。だが私の推測通りの内容であるのは喜ばしい。これで一つの疑問は解消された」
2004年、日本で起きた聖杯戦争。勝者の名はマリスビリー・アニムスフィア。
彼は六人の魔術師を殺し、万能の願望器である聖杯を手に入れた、とヘルメスは記録している。
***
「聖杯を……手に入れていた?人理焼却が起こる前、レイシフトを行う前の状況で、ですか?」
「イエス。そして記録には続きがある。聖杯戦争時、マリスビリーは助手を連れていた。その人物は聖杯戦争の翌年、特例としてカルデアのスタッフとして招かれている」
「……………………」
ダ・ヴィンチは何も言わない。沈黙こそが金であるからだ。
「22歳で医療機関のトップとは、まさに異例の抜擢だ。正常な人事である、公言するのが憚れるくらいには」
「……………………」
「……ロマニ・アーキマン、ですね?ドクターはカルデアに来る前から、前所長と知り合いだったと?」
「イエス。そして、更におかしな事に。このロマニ・アーキマンという人物の経歴は一切不明だ」
どう調べても聖杯戦争以前の記録を見つけ出せない。
ヘルメスをさらに使えば判明するだろうが、年ごとに更新される何十億という個人データからたった一人の人生をサルベージするには時間がない。
〇奏者のお兄さん ヘルメスって単語検索機能とかないんだな
〇銀河鉄道123 あったとしても、探偵には専門外でしょう
「それがドクター・ロマンを信用していない理由だ。彼は間違いなく人間であり、魔術師ではないが……。何かを隠している。それもとびきり、真相に近い何かをね」
「……………………」
「あのー……ちょっといいかしら」
久しぶりに三蔵ちゃんが手を挙げた。困り顔で。
「いい加減黙っているのも疲れたから茶々を入れる……てワケでもないんだけど……。そのマリスビリー?とかいう人は聖杯を手に入れたのよね?何を願ったの?」
「いい質問だ。だが、残念ながらヘルメスには個人の願望は記録されていない」
残されているのは結果だけだ。
ヘルメスによると、マリスビリーはその後、魔術師として大成している。
「時計塔において、カルデアとアニムスフィア家の理論は『机上の空論に過ぎない』と軽視されていた。しかし度重なる成功によってその評価は覆された。英霊召喚システムの確立。未来観測。レイシフト」
2004年を境に、天文台にすぎなかったカルデアは研究施設さながらの設備を持つようになった。
常識的に考えれば、マリスビリーが望んだものは富だろう。
「彼には人理焼却を望む理由がない。資料から読み取れる彼の性質は“良識”だ」
「魔術師が?」
「キミもよくよくこの世界を理解してきたようだ。そうだな。人並みの欲があり、人並みの妬みを持ち、人並みの幸福を愛する――――そんな人物だ」
そうなんだ……。所長はあまり、前所長の話をしないから。
あれ、でも。マシュのデミ・サーヴァント実験って、前所長が行ったんじゃなかったっけ。
……あれ?
「となれば、彼は第三者に利用されたか、あるいは――――本人が気づかないまま、破滅の地雷を踏んでいたか、だ」
「第三者……それはレフ教授……なのでしょうか?」
「レフ・ライノールがカルデアに赴任したのは1999年。観測レンズ・シバの技術提供時期と一致する」
進んでいく会話の流れを避けるように、立香はダ・ヴィンチちゃんの方に寄った。
彼女は全てを分かっている顔で、(しー……)と口に人差し指を当てた。
「レフ・ライノールは魔術王の手の者だった。それは疑いようがない。……実はここがもっとも頭の痛いところでね。レフはカルデアに目をつけて潜り込んだのだろう」
〇小さきもの 魔術師の範囲では、良識的だったのかもね
〇いーくん 名探偵の推理も特段的外れではないのだろう。むしろよくここまでたどり着けたものだ
「となると、2004年の聖杯戦争以前からカルデアには何かの問題があった事になる。2004年の聖杯戦争はマリスビリーにとってただの資金操りで、人理焼却とは関係がない、という可能性だ」
〇バードマスター そうだ、サーヴァントは?最低七騎のサーヴァントがいたはず
〇海の男 たしかに召喚されたサーヴァントによっては、聖杯がなくても不可能を可能にできます
〇騎士 まだ明かされていないのはそこか。しかし、どう暴く?
「そうなると……実に口にしたくないのだが……ロマニ・アーキマンは、あれだ。“どうしているのか分からないが、事件とは無関係の、別にいてもいなくてもいい傍迷惑な謎の人物”……という結論も出てきてしまう訳だ」
「なにそれ!おっかしー!」
「ふふ!ロマンらしい!」
「はい、とてもドクターらしいです!」
その結論には思わず皆破顔した。
探偵すら困らせるなんて、ドクター・ロマンは一味違う!
「私としては、彼は依然として重要参考人なのだがね。諸君もここでの話を彼に伝えるのは控えてくれ。彼の秘密が明らかになるまで信用はできない」
「んふふっ……ふう。正しい判断だね」
ちゃっかり笑っていたダ・ヴィンチちゃんも、ぱたぱたと顔を仰ぎながら頷くのだった。