王子から婚約破棄されて王都追放された悪役令嬢がショックでしおらしくなってて可愛い 作:松風呂
俺の名はアルベルト・クロワッサン、通称アル、四捨五入すれば30歳。サマリー公爵家の使用人だ。
性格クソな元令嬢と田舎で一緒に暮らすことになったのはもう随分と昔の話で、今は嫁と子供達と共に公爵家の屋敷で仲良く暮らしている。
季節は夏、今日から王都のアメス学園では夏季休業だ。愛しの我が娘と息子も公爵領に帰省しに戻ってくるので、パパとしては久しぶりの再会にウキウキのモンキッキーだ。親父ギャグはやめよう。
「アメリアちゃんとアル君、今日戻ってくるらしいですね。私にも王都のお土産とか無いかなぁ……なんて」
そう発言したのは、亜麻色のロングヘアーを持つ端正な顔立ちの女性、俺と歳は一つしか違わないのに未だに成人くらいにしか見えない童顔な彼女の名前はクリスティーヌ。通称クリスさん。
昔はアウラさんと一緒に冒険者として世界を回っていたが、5年前に公爵領の専属武術教師になった。今の時代はここ100年の中でも治世はすこぶる良いと専門家の話では専ら評判だが、警護の人達は勿論、使用人も最低限の武術的備えは覚えておいて損は無いからね。昔俺も習ったし。
ちなみに彼女の言うアル君とは長男のアルフレッド・フォン・サマリーのことで、俺のことでは無い。
「アル君……本当に久しぶりに会える、学園でやっぱりモテてるのかなぁお父さんに似てカッコいいし女の子達も放っておかないよねそれに公爵家の跡取り筆頭だし性格も良くて私みたいなおばさんにもいつも笑いかけてくれるし買い物に行っても嫌な顔せずに荷物持ってくれて優しく手を繋いでくれたけどそういう紳士的なところ見せられたら同い年の女の子なら多分一瞬で恋に落ちちゃうと思うから安易に天然なところ発揮しないで欲しいと思うのは私の我儘なのかな……あ、アルベルトさんはどう思います?」
「ほえぇ……」
俺は優雅に飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。ちなみに手は震えている。
まだ未婚の彼女はどうも色々こじらせ気味だった。まさかとは思うけど、アルフレッドのこと狙ってないよね? どうも目が濁っているように見えてしまって怖い。昔のキラキラした目をしていた天真爛漫で元気っ子だった彼女はどこに行ってしまったのだろうか。年月は人を変える。恐ろしいことだ。
親友のアウラさんは一緒に冒険してた人と数年前に結婚したというのに……、いや女性に対して婚期云々のことを考えるのは失礼だな。本人がそれに満足しているのだからそれが一番だ。
「アルこんな所にいたの!? しかもクリスと二人っきりで、浮気して無いでしょうね」
突如部屋に入室してきたのは俺の奥さんことメアリー・クロワッサンだ。子供を5人も産んだのに未だにプロポーションが崩れてない彼女は、年齢が重なっても相変わらず美しさに磨きがかかっている。ただし、母親になったのに気性が昔と対して変わっていない。
「し、して無いですよっ……! そりゃ出来たら嬉しかったり……、いや嘘ですって目が怖いですよ!」
「浮気したら絶対に許さないから、ぜぇったいに許さないからね!?」
「浮気なんてしないよ。俺にはメアリーだけだ。愛してる」
「アルぅ♡ 私も好き好きっ♡ 疑ってごめんねっ♡」
「あーあー、コーヒー飲まなきゃやってられんわこんなん」
いちゃつく使用人夫妻、それを荒んだ目で見るクリスさん。いつもの日常、そんな平和な公爵領の昼のひと時。
そして、数分後屋敷に待ち人来たる。超絶可愛い母親似の我が愛娘のアメリアと、父親に似て真面目でしっかり者で苦労人気質のアルフレッドが帰って来た。
「パ~~パ~~っっ!! ただいまっっ!!」
「ぐふっ……娘の愛を受け止めるのは年々きつくなってくるぜっ!」
全力で突進して腹にロケット頭突きをかましてくるアメリアを親の愛で受け止める。彼女が小さかった頃は俺も笑顔で受け止めきれていたが、最近では歯を食いしばって、顔も耐える表情に変わってしまった。
「父上、母上、クリス先生、ただいま戻りました。久しぶりの公爵領、なんか安心します」
「お帰りアルフレッド、元気そうで何よりだわ」
「アル君久しぶりー! お帰りー!」
「アルフレッドお帰り」
他の子供達は今頃別室で家庭教師のお勉強タイムだけど、これで屋敷に家族が揃ったわけだ。嬉しいね。
今晩は再会を祝して久し振りに家族水入らずで豪華な食事としゃれこむぜ。ひゃっほう。
「パパ、学園でのこといっぱい聞いてくれる?」
「どんどん話しなさい。パパは中退したからそういうの大歓迎」
「そうだなぁまず美術の時間がすっごい楽しい、絵を描くのって素敵よね。私才能あると思うの、フローラ先生も褒めてくれたよ」
フローラさんはもう10年以上アメス学園で美術講師をしている。美人で評判らしいけどまだ未婚らしい。久しぶりに会っても容姿が昔と変わって無かったからもしかしたら人外なのかもしれない。未だに実年齢は知らない。
「えーと、アメリア? 先に話すことがあると思うんだけど……」
「ああ、そうだったそうだった」
娘との楽しい会話の時間に息子から指摘が入る。なんだいなんだい。
彼氏出来たとか言われたら吐血するけど、残念ながらアメリアはもう許嫁がいる。相手はこの国の王子、アイリス様の息子だから関係は従兄にあたる。分かってはいたが、半強制的に許嫁にさせられた。仕方ないとはいえ当時の俺は吐血した。
「実はね……ちょっと言い辛いんだけど……」
「どうしたどうした。パパになんでも言いなさい」
「王子から婚約破棄されて……」
……え?
「王都も追放だって言われたの、だからしばらくずっとこっちで暮らすね」
「な、な、何で?」
驚きで声も出ない周りの皆、そして混乱する俺。
ルドルフ義父さん、昔メアリーが王都追放された大元の原因は、愛を注がなかった貴方のせいだと思っていましたが、そういう訳ではないかもしれません。
子供達は等しく愛してきたつもりだったが、歴史は繰り返すのだろうか。そんなところまで母親に似なくていいだろ。
「だって、王子がパパや私の事悪く言うんだもん。平民が父親だからって馬鹿にされたし……ついボコボコにしちゃった」
「ああ、それじゃしょうがないわね。やっぱりムカついたら殴らないと良くないわ。アメリアが正しい」
「だよねーー! そしたら王子権限だとか言って、そうなっちゃった」
似た者親子が意気投合してるが、俺は頭を抱えたくなった。王子が勝手に言ってることならアイリス様に言えば、流石に撤回できるだろうが、でも向こうのけがの具合にもよるかな……。
「あのね、アメリア……俺の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、やっぱり暴力は良くないよ?」
「ごめんなさいっパパ……! 怒らないでっ……!」
「いや、怒ってないけどさぁ……」
俺の胸の中で泣きながら謝るアメリアをよしよしと撫でてやる。彼女はにへへっとだらしなく笑っていた。こいつ、さては嘘泣きだな……変なとこばかり母親に似おってからに。甘やかし過ぎたかなぁ、だって可愛くてしょうがなかったんだもの。あるべると。
「パパ……今日は久しぶりに一緒に寝てくれる?」
「はぁっ!? 駄目に決まってるでしょ! あんたいくつよ! 一人で寝なさい!」
「な、ママには言って無いでしょっ!? いくつだろうと親子で寝るのが駄目なわけないじゃん!」
「ちょ、二人とも落ち着いてっ!」
「……アル君は私と一緒に寝る?」
「え、クリス先生? あはは……冗談ですよね?」
騒がしい、公爵家の午後、口喧嘩している嫁と娘を宥めつつ、俺は現実逃避するように柱時計の上を見上げた。
そこにあるのは一枚の絵、俺とメアリーの結婚式の際、フローラさんが書いてくれた絵だ。
アクズの件の後、しばらくして俺達はハーケン村で結婚式を挙げた。
サイバンチョ、じゃなかったサイバン神父長はまた馬で突撃してくる輩が出ないかとびくびくしていたが、教会の扉も弁償して丈夫になったから、仮にそんな奴が来てももう壊れないと思います。
異議の申し立ても無く、式は滞りなく進行し、俺達は皆に祝福されて晴れて夫婦となった。
両親や兄貴夫妻は泣きながら喜んでくれたし、今でも盆と正月なんかは会いに行く。みんな変わらず元気そうだし、あのちっちゃかった甥のウマイもいまじゃ立派な青年だ。じきにパン屋を継ぐらしい。両親は孫の顔を見せに言ったら毎度喜んでくれたが、五人目の時はにやにやした目で見てきた。なんだよそんな目で息子を見るな。
トウシンはなんだかんだで祝ってくれた。あのあとあいつの方も彼女さんとは上手くいって、俺は結婚式にも出た。厭味ったらしくてひねくれているけど、根は良い奴だと思うのでいつまでも夫婦仲良くな。
一番驚いたのは、ルドルフ公爵が出席してくれたことだ。しかもバージンロードはメアリーと一緒に歩いてくれた。相変わらずのポーカーフェイスだったけど、義父さんなりに思う所があったのかもしれない。今でもメアリーには冷たい様に見えるが、俺は以前とは違ってそこに愛が無いとは思えない。
アイリス様もクリスさんもアウラさんだって、過去に色々あった人達も皆笑って祝福してくれた。
絵の中の皆は全員溢れんばかりの笑顔だ。本当に幸せそうで、この絵を見るだけで今でも当時を思い出して嬉しくなる。
「何にやにやしてんのよ、ちゃんと話聞いてた? で、どっちと寝るの? 私よね?」
「パパ、私だよね? ねっ?」
美女二人に詰められる俺、俺の為に争うのはやめてっ!
「三人で一緒に、川の字で寝るってのはどう?」
玉虫色の答え、ヘタしたら二人からまた暴力が飛んでくるのではないかと危惧したが、大丈夫だったらしい。
「まぁ、それで妥協しましょう」
「しょうがない、折れてあげましょう」
偉そうにそう言って、美女二人は俺の腕を片方ずつ抱きしめた。なにこれ三角関係かな。
そんな風に幸せで平和で平穏な日常は続いていく。子供達の将来は色々な意味で心配だが、きっとなんとかなるだろう。あのメアリーだってなんとかなったんだから、いつか彼らが結婚したら、またフローラさんに絵を描いて貰いたいものだ。
◇◇◇
今となっては遠い昔、公爵領の森の中で、メアリーは一人涙を流していた。
今日は彼女の誕生日だったが、愛する父は今も王都で仕事をしていて、プレゼントすら届かない。忙しい姉は出張だとかで領内にはいなかった為、誰もメアリーを祝う家族がいなかった。
「お嬢様、こちらにいらっしゃったのですか。家庭教師の先生が探しておられましたよ」
「うっ……」
専属使用人であるアルベルトはようやくメアリーが見つけられたことにホッと一安心。彼女は着ているドレスの袖で急いで涙を拭った。いくら専属使用人といえども泣いている姿を見せるわけにはいかないと、彼女のプライドが必死に表情を繕う。
「分かったわよ、行きゃいいんでしょ、おんぶしなさい」
「……畏まりました」
偉そうに言うメアリーに、もう慣れたもんだとアルベルトは彼女を背負って歩きだした。
育ち盛りの筈なのに、相変わらず羽の様に軽い。ちゃんと飯食ってんのかとアルベルトは少し心配になった。
「あんた、他になんか言うこと無いの?」
「誕生日おめでとうございます。ささやかですが、プレゼントをお持ちしました」
「えっ、ほ、ほんとに?」
アルベルトがプレゼントを渡すと、メアリーは彼の背中に乗りながら素早く封を解いて、その辺に包みをぽいっと捨てた。ちゃんとアルベルトは拾った。ゴミのポイ捨ては駄目、絶対。
入っていたのは赤いリボン、アルベルトとしてはそれなりに高級品を選んだつもりだが、彼女のお眼鏡に叶うかは不安だった。もし捨てられたら来年の誕生日は忘れたふりをしようと決めていた。
「嬉しい、大切にする」
「えっ、……喜んで貰えて良かったです」
思った以上に好感触、背負っているメアリーの顔は見えないが、なんかご機嫌っぽい。さっきまで悲しそうに泣いてたから良かった良かった。
「お父様もあの女も、私のことなんてどうでもいいんだわ。全然私に構ってくれないもの」
「お二人ともお忙しいだけで、お嬢様のことはきちんと愛しておられますよ」
アルベルトは微妙に思ってないことを言った。優しい嘘、そうであって欲しいという願望。
「アルは、私とずっと一緒にいてくれる?」
「ずっと一緒にいますよ。お嬢様が大きくなっても、ちゃんと傍にいますよ」
「絶対よ、約束だから」
「畏まりました」
そう言って、背負われた令嬢と背負う使用人の二人は屋敷までの道を歩いていく。
それは幼い日のちっぽけな約束、大きくなって、夫婦となった二人が覚えているのかは分からない。
だが、数十年経った今もメアリーの黄金色の髪には赤いリボンが結ばれている。
END
今まで応援してくださった読者の皆様ありがとうございました。
次作があるならもっと頑張ります。
あと一応R18版IF小説も下に貼りますが、色々な意味で閲覧注意。
https://syosetu.org/novel/250762/