とある砂粒が運命に巻き込まれるまでの話。

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 書いた勢いで投稿します。傭兵時代のグレイの話です。


とある砂粒が運命に巻き込まれるまでの話

「おいグレイ。お前って奴は何度言えば分かるんだ?」

 

 総白髪、髪の毛だけでなく豊かに生えた髭に至るまで真っ白な老人がため息交じりに言う。

 

「そりゃお前、傭兵で、その上騎兵だもんな。宵越しの金は持たねえっつう思考も理解できる。けどよ―――」

 

 老人はその巨体を乱暴にソファーに下し、その音を上回るほど大きなため息をつく。

 

「報酬支払い日の翌日に一文無しってのは流石にアレじゃねえの? お前。一体どういう使い方したよ。俺も六十年生きてるけどこれ程の奴はなかなかいないぞ。アレか? また賭場の嬢ちゃんにたかられたか? それともお前が給料日なの見こして誘ってきた娼婦か? もしかして恵まれぬ母子家庭に寄付とかアホな事してねぇよな? え? 言ってみろよ」

 

「あの、ハイ」

 

 グレイことグレイ・ハートヴェインはそのオレンジ色の髪の頭を勢いよく地面に叩きつけるような土下座をして叫んだ。

 

「すみません親父! 全部やりましたッ!」

 

 事実、グレイは賭場の美女に誘われるがままに大金をかけて大損し、その後のやけ酒中に誘ってきた娼婦と豪遊し、その帰り際に見つけた貧しい母子家庭に有り金を寄付するという散財フルコースを達成していた。

 

 グレイの叫び声が収まり、しばしの静寂が訪れる。空気は次第に張りつめて行き、老人の言葉をもってピークに達する。

 

「おい、グレイ。お前―――」

 

 老人が立ち上がり、大きく息を吸い込む。そして大声で言う。

 

「やっぱおもしれえなぁ! お前ほど脳みそが空っぽな奴ァ他に居ねえぞ!」

 

 ガハハハッと腹から声を上げて老人は笑う。年齢を感じさせぬその豪快な笑い声を聞いたグレイは頭を上げ、老人に聞く。

 

「じゃあ親父、次の報酬の前借は―――」

 

「前借なんてケチくせぇ真似はしねえよ。すぐにでも金をくれてやる」

 

「マジですか! あざっす!」

 

 グレイは跳ね起き、老人の手から金を受け取る。そして礼儀の手本にされそうな程完ぺきなお辞儀をしてそれを財布にしまった。

 

「おうとも、じゃあグレイ、早速準備してこい」

 

「へ?」

 

「何とぼけたツラしてんだよ。出撃準備だ、早く馬連れてこい」

 

「へ? いやあの~前借じゃなくて金くれるんじゃ……」

 

 老人は白く生え揃った歯を見せて笑う。

 

「応とも、前借じゃなくて前金だからな」

 

 そう言うと老人はグレイを米俵の様に担ぎ、歩き出す。

 

「おら色男、文句言ってねぇで行くぞ。銃剣揃えた横隊がお前さんを待ってるぜ」

 

 グレイは必死に暴れるが、老人の怪力にはかなわず運ばれてゆく。そうして戦場へ出荷されてゆくグレイの悲鳴はしばらく鳴り響いていた。

 

 

「グレイ!」

 

「応ッ!」

 

 グレイはラッパに口をつけ、独特なメロディーの曲を鳴らす。ここは戦場で、二人とも馬上にある。その状況で鳴らすラッパは音楽を奏でるためではなく、号令の意味を持っていた。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 老人とグレイに続く騎兵たちが雄たけびを上る。そして彼らの馬が襲歩、つまり突撃直前の最高スピードに移行し、騎兵隊は密集陣形をより密にする。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 グレイ自身も雄たけびを上げ、サーベルを引き抜いて右上方に掲げる。

 

 奇襲は完ぺきだった、帝国軍の歩兵横隊の側面に忍び寄る事に成功し、敵軍に方陣を組ませる間もなく接近に成功した。

 

 そして騎兵隊は突撃に成功する。密集陣形を組んだ騎兵の突撃は、さながら交通事故のような有様で数十人の人間をなぎ倒し、さらに追加で十数名を踏みつぶし、上に乗った騎兵がサーベルを振り下ろして被害を増大させてゆく。

 

 奇襲攻撃を受けて帝国軍歩兵は蜘蛛の子を散らすようにして撤退し始める。無論この構図はグレイたち騎兵側の勝利であるが、彼らにはまだやるべきことが残っていた。

 

 騎兵隊の指揮官たる老人は、最大限に声を張り上げて叫ぶ。

 

「おいバカども! 競争の時間だ! 逃げる帝国兵を斬った数が少ない奴が今晩のおごりだ!」

 

「応ッ!」

 

 部隊員の全員がそれを聞き取ったかは定かではないが、グレイの追撃開始のラッパを耳にした騎兵たちは我先にと逃げる帝国兵を追いかけ始める。

 

 一方的な蹂躙劇、それもそのはず逃げる速度では歩兵は馬に勝ち目は無く。背後から斬りつけられた歩兵はそのままもんどりうって地面に倒れ伏すのみだ。

 

 その蹂躙劇が帝国兵の全滅と言う形で幕を閉じると、老人は副官であるグレイに話しかけた。

 

「楽な仕事だったな。孤立した敵歩兵大隊の側面から奇襲せよ、ってな。毎度これくらい楽だと良いんだが」

 

 そういいながら老人が血の滴っているサーベルを布で拭う。その布は元から赤黒く染め上げられており、それが染料の色なのか、敵兵の血によるのもなのかグレイは恐ろしくて聞いたことは無かった。

 

「それにしてもお前、器用なことするな。馬上でサーベル二刀流とか、伊達男極めすぎじゃねえの? いや、()()ではないか」

 

 老人はグレイの姿を見て笑みをこぼす。追撃戦での戦果をより挙げるためか、グレイは左右に一振りづつサーベルを握って戦うという器用な事をしていた。だがそれが伊達ではなく、実用の目的で行われていたことは、グレイのサーベルから滴る血が示していた。

 

「俺が二振りで斬った数合計しても親父が一振りで斬った数にも及ばないっすけどね」

 

「年季が違うんだよバカ。十代の小僧にそうそう抜かれてたまるか」

 

 老人はガハハハッと笑い、グレイの背を叩く。

 

「お前を拾って正解だったぜ。金の管理はからきしだし、女にもだらしねぇが馬に乗れば人一倍だ。戦場にこねぇ女どもにお前の戦いを見せてやりてえよ」

 

「いや、ホント。帝国軍を怖がってたジュリアちゃんに見せてあげたいなぁ」

 

「この前はアンナだっつってたのになぁ」

 

 けらけらと、二人はしばらく笑った。そして老人は空気を入れ替えるようにして言う。

 

「無駄話が過ぎたな。グレイ、集合をかけろ。まだ終業には早い時間だぜ」

 

「了解」

 

 グレイが集合のラッパをかけると、続々と騎兵たちが集まってくる。皆それぞれ、何人斬っただの今晩はお前のおごりだの言いあっていたが、一人だけが血相を変えて老人の元へ駆けてきた。

 

「親父ィ! ヤバいです! ガチでヤバいです!」

 

「落ち着けバカ。何がヤバいのかさっさと言え」

 

 老人にそう諭されると、焦ってやって来た男は息を整えて言う。

 

「戦線の中央に帝国軍の星辰奏者が大量に出てまして、それで中央戦線に穴が開いて第二防衛線まで総退却だって逃げ途中の兵士から聞いたんです」

 

 ざわざわと、騎兵たちの間が騒がしくなる。中央戦線を担当していたのは強欲竜団(ファヴニル)である。捨て身で帝国軍と戦う彼らの戦線に穴が開いたという事は、尋常ならざる事態が発生した事の表れだった。

 

「毎度の如く星辰奏者集めて電撃戦か、連中も飽きねえな。まぁ毎度通用しちまうから仕方の無ぇ話だが」

 

「どうします? 親父」

 

 不安そうに老人の顔をうかがう騎兵たちに、老人は鷹揚に告げる。

 

「何不安がってんだお前ら。これはチャンスだぜ。敵さんはどうやら俺たちの存在を知らないか、もしくは無視できると思っているらしい。馬鹿みてぇな話だよなぁ。なにせ敵自ら背中を向けといてくれるんだぜ? 騎兵にとっちゃこれ程夢のような条件はねぇだろ」

 

 老人はサーベルを掲げ、味方陣地の方角、つまり敵の背面を指す。

 

「そら、二度目の騎兵突撃と行くぞ。今度は背中からだから追撃戦の手間もねぇ。手早くぶっ殺して味方に合流するぞ!」

 

「応ッ!」

 

 老人の言葉に士気を持ち直した騎兵たちが陣形を整え、整列する。

 

「進めッ!」

 

 老人の言葉と共にラッパが吹き鳴らされ、敵中突破のための全身が開始された。

 

 後は先ほどの突撃と大差は無かった、撤退した味方へ進軍する敵の背後に突撃を成功させた。

 

「振り向くんじゃねえぞ! どこ見ても敵だらけだ! 前の敵ぶっ殺して進め!」

 

 老人は叫ぶ。背後からの奇襲には成功したが今回は総崩れとはいかなかった。歩兵たちは銃剣でもって騎兵隊を仕留めるべく攻撃してきた。

 

 だが奇襲された事による混乱は大きいようで、敵歩兵の反撃は連携の一切取れていない混乱したもので、中には同士討ちまで起こっていた。であれば突破はたやすく、ある程度の損害は出るだろうが味方への合流は可能だと騎兵隊員の誰もが確信していた。

 

 それは現実の物となり、次々に騎兵が歩兵の包囲を突破して自軍に向かって走り始めた。二刀で以て突破口を開いたグレイもそれに続き、仲間の騎兵隊に合流して味方の陣地を目指す。

 

 そして騎兵隊は2割ほどの脱落者を出しながらも、味方陣地への撤退を成功させた。

 

「やったなグレイ。何とかなるもんだぜ」

 

 先ほど不安がっていた騎兵も、味方に合流した安堵からかリラックスした表情で話しかけてきた。窮地を脱出した者同士、緊張の緩んだ雰囲気が広がっていたが、誰かがつぶやいた一言で状況が一変する。

 

「オイ、親父が居ねぇぞ」

 

「嘘だろ!」

 

 グレイは信じられないと言った様子であたりを探す。ほかの部隊員も同様だったようで、動揺が広がってゆく。部隊員にとって、星辰奏者ではないものの、騎兵としては並ぶ者のいない最強の男であった老人がまさか敵中で落伍するなど想像もつかなかった。だからか次第に、部隊員はおのおので『親父は殿をやってるだけじゃないのか』『敵兵を殺すのに飽きたら戻ってくる』などと、思い思いの言い訳を口にして己を納得させようとしていた。

 

「親父ッ!」

 

 だがしかし、グレイだけは違った。

 

「おいグレイ! お前何してんだ!」

 

 グレイの背後から彼を呼び止める声がする。それも当然だ。なにせせっかく突破した敵戦線へ単騎で駆け始めたからだ。だがグレイはその声には応じず、襲歩で馬を走らせていった。

 

 

「この腐れ人形どもが! いい加減にしやがれッ!」

 

 老人はサーベルを横に薙ぎ、襲ってきた帝国兵らしき存在を両断する。馬は無く、老人は歩兵として帝国兵と対峙する事態となっていた。

 

 老人は60年の傭兵経験の中でも、愛馬を無様に殺された事など今回を含め3回しかない。砲撃が1、歩兵の斉射が1であったが、今回は異常だった。

 

 いきなり愛馬の首が千切れ跳び、そのまま崩れ落ちたのだった。

 

 砲撃の形跡も、歩兵の攻撃による物でもない。何の前触れもなくいきなり起こった現象に、老人は当たりをつけていた。

 

「腐れ星辰奏者め。今日という今日は三枚おろしにしてやる」

 

 愛馬を殺した星辰奏者に老人は怒りを募らせるが、その怒りを発散する事はできなかった。

 

「糞がァッ!」

 

 すさまじい速度で飛翔してくる敵兵の顔面を殴り飛ばし、頭蓋を粉砕する事で撃破する―――したはずだった。少なくとも通常の人間であればそうなったはずだが、敵兵は何事も無かったかのように立ち上がる。

 

 いやに頑丈で、素早く、力強い。まるで星辰奏者を彷彿とさせるが、それ以上に生気を感じない人形のような敵兵に、老人は苛立ちを募らせる。

 

「この木偶の坊どもめ、さっさとどきやがれ!」

 

 首を刎ね、心臓を貫き、頭蓋を叩き潰す。そうして致命的な攻撃を加えていくが、その手の攻撃は得てして隙が大きい物だった。

 

「ガッハッ!」

 

 頭蓋を叩き潰す間際に放たれた突きが、老人の腹を貫通する。口からは大量の血が溢れた。この不気味な敵兵の相打ち覚悟の攻撃により体は既に満身創痍であり、多数を相手取って戦っている状況が奇跡のような有様だった。

 

 元より身体能力の差は著しい物だった以上、負傷と言う名の能力低下はより老人の戦況を不利にしてゆく。

 

 出血多量と、体中の損傷により、老人は片膝をつく。だがそれでも、老人は地面にサーベルを刺して立ち上がった。

 

「まだだ、まだ終われねぇ。あの馬鹿どもの面倒を見なきゃなんねぇってのに、こんな所で死ねるかッ!」

 

 血を吐きながら、片足を引きずりながら、押し寄せる敵兵相手に奮闘する。だがしかし終わりは唐突に訪れた。

 

「ガッ!」

 

 ある敵兵を切り裂いた瞬間、その体から衝撃があふれ出し、老人を飲み込んだ。爆薬ではない、火も光も無いただ衝撃の波濤だけが老人の体を粉砕する。

 

 その攻撃を以っていよいよ老人は地に伏し、敵兵が殺到した。

 

「ここ……までか」

 

 老人がそうつぶやく中、残った右耳の鼓膜を震わす、何十年と聞きなれた音に気が付いた。リズミカルに地面を蹴る、蹄鉄の音である。

 

「オラァッ!」

 

 そして聞きなれた、孫のように思っていた若者の声が聞こえる。オレンジ色の髪をたなびかせ、豪華絢爛な驃騎兵(ユサール)服に身を包んだ伊達男、グレイ・ハートヴェインが敵兵の集団へ突撃を成功させた。

 

 敵兵は老人を襲おうとしていたためか、一か所に集まっていたため景気よく吹き飛ばされ、一時の隙が生まれる。

 

「よっしゃ!」

 

 グレイは限界まで体を倒して、殆ど曲技じみた方法で体を乗り出して、老人の服を掴んで自分の馬に引き上げる。

 

「おい親父! 生きてるか!」

 

 グレイの問いかつつ、馬を急反転させて自陣へ向かう。

 

「馬鹿野郎……何で助けに来た」

 

 息も絶え絶えに言う老人に、グレイは大声で答える。

 

「この俺が親父を―――恩人を見捨てる訳ねえだろうが!」

 

 グレイは振り返らない。背後から追いかけてくる敵兵を撒こうと必死に馬を走らせているからだ。だがそれは老人にとって幸いな事だった。孫のようなこの大馬鹿者に、自分の涙を見られずに済んだからである。

 

「グレイめ、この、大馬鹿野郎が……」

 

「んな言葉聞き飽きたっての! 帰ったら散々酒奢ってもらうからな! 覚悟しろよ!」

 

 グレイの威勢のいい言葉に、老人は笑みを浮かべる。今までのような力強い物ではなく、微笑むような弱々しい笑みであった。

 

 老人は幸福であった。孫のように思っていた男が自分の危険を顧みず救いに来てくれるような勇ましい男に育ったのだから。

 

 老人は幸運であった。孫のように思っていた男が捕まり、実験体(モルモット)にされたという結果を知らずに済んだのだから。


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