悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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10話:ぞんざいメソッド・体験版

「アリス!?」「ぐえっ!?」

 

 アリスを呼ぶ、パザスさんの低くくぐもった声が腹に響く。アリスは私のタックルを背中に受け、女の子らしからぬ悲鳴をあげた。

 

「なんと!?」

「ぅくっ!?」

 

 その瞬間、私のお尻のそばを、何かが通り過ぎる。ヒュンとも、ゴゥとも表現できる音。何かが空氣を切り裂いた音。ワンピースのスカートが少しめくれ上がったような感触もあった。

 

「っ……」

 

 直後、一拍後に利いてきたワサビのような性急さで、私の左のお尻に鋭い痛みが走った。

 

「伏せよ!」「ちょっ! 何!?……ほぇ!?」

「んんっ!?」

 

 腹に響く、竜の重低音ボイスを受け、私はアリスの頭を自分の胸に抱く。

 

「結界を出すのだ! 断熱を重視!!」「んぇぇぇ!?」

 

 目をつぶって亀のように身を固くしていると、胸の内で、アリスが慌てた様子で何かをしたような素振(そぶ)りがあった。

 

 直後、パザスさんが「ごぉぉぉ」と吠える。

 

 瞬間、氣温が十度も二十度も上がったかような感覚があった。とはいえ、元が氷点下かそれに近いような氣温だったから、それはむしろ丁度良いくらいの暖かさだったが。

 

「っ!?」「ん゛!?」「むっ」

 

 ドズン! という音と共に地面が揺れる。

 足が滑りそうになるのへ、パザスさんの足(?)が背中に添えられた。

 

 じゅわ……という水の蒸発音のようなものが聞こえ、鼻へ、やかんを火にかけ過ぎた時のような匂いが届いた。

 

 そうしてアリスを胸に抱いたまま、高級ワニ革のような感触を背中で感じること、十秒か十五秒か。

 

 体感ではその倍以上には感じた時間、竜の咆哮は続き、だがそれは唐突に止んだ。

 

「結界を解いてよいぞ」

「え……わっ!?」

 

 やがて耳元から、アリスの驚いたような声がして。

 

「ん?……んんん!?」

 

 目を開くと……そこにあったのは。

 

「え……な!? なにこれ!!」「お、おー、やったねぇ、パザス」

 

 そこにあったのは、周囲三百六十度、雪の壁……否、氷の壁に囲まれた世界だった。

 

 地面にはごく僅かに、岩肌の見えるところもある。

 

 慌てて上を見れば、ほんの少し夕暮れの氣配を帯びた空。

 

 多少角度をずらすと、山の傾斜も見えた。

 

 つまり……ここが魔法か何かで瞬間移動した先のどこかではないというならば。

 

 どうも私達は、雪渓(せっけい)をお椀型に(えぐ)ったクレーターのくぼみに、入り込んだ形になっているようだった。

 

 半径でいえば、今私達がいる底の部分が十五メートル(15m)程度、上のフチ周辺はその倍くらい。

 

 その中に先程の何か……スイカ大のチューイングガム……は見当たりません。

 

 なんだかよくわかりませんでしたが、これはいわゆるドラゴンブレス、熱線的な何かで氷を融かしたってことなのでしょうか? その割に、それならばこの底の部分に溜まってるだろう水、蒸発したのならば水蒸氣、その熱などの、それらしき痕跡は見当たりませんが。

 

「ちょ、ちょっ、ちょっ、貴女(あなた)! アナベルティナだっけ? お尻! お尻!」

「……え? あ、ああ」

 

 あ、アリスをしかと胸に抱いたまま立ち上がったもんだから、なんていうか、アイアンクロー的なことをベアハッグでやったとでもいうか、まぁそんな感じのプロレスよろしくな体勢になってました。

 

 苦しかったのでしょうか、顔が大分紅いです。非常時とはいえ、悪いことをしました。

 

「ごめん」

「いやそうじゃなくて! 助けてくれようとしたってのはわかってるしそれはいいけどお尻!」

「え?……んっ」

 

 ズクンと。

 

 お尻の、左の方。

 

 意識をそこに向けると、鋭い痛みが身体を突き抜けます。

 

 見れば、ワンピースのスカートは無残に切り裂かれています。太ももの脇からスリットのように入った切れ込みは、なぜだか途中で曲がってお尻の方へと達していました。

 

「血が……」

 

 水色の生地に、赤褐色の模様ができてしまっています。

 これは……結構大量ですね。足元の地面へも達してました。

 

「ルカの水斬(みずき)りの(かいな)はミスリルすらも断ち切る刃だ。おぬし、下手したら身体の上と下が別れ別れになっておったぞ」

「……ほぇ?」

 

 おずおずとお尻に触れてみる。

 

「っ……たぁ!?」「なにしてるの!?」

 

 触ってみた感じ、傷の深さはそれほどでもなく、骨や筋肉に異常は無いようですが、五センチ(5cm)くらいの、それなりに長い傷が付いちゃっているようです。

 

 あー……背中に続いてまた肌に残りそうな傷が……。サーリャ泣くかなこれ。それとも怒るかなコレ。

 

 う、うわー。

 

「貸して!」

「え?……ひぎっ!?」

 

 と、そこでアリスが私のお尻に手を伸ばしてきます。触れられた新鮮で敏感な傷が、鮮明な痛みを私へと送ってきます。それはもう豪快に、痛烈に。

 

「いたっ!? いたいよアリス、さん!?」

「いいからおとなしく!」

「は、はい……んっ!」

 

 アリスは、入ってしまった切れ込みから手を伸ばし、小さな手の平を五センチ(5cm)の傷に当てました。

 

「んぐ……ん?……」

 

 と……暖かさと、汗が引いていく時のような爽やかさ……そんな相反するものが一氣にきたような氣持ちよさが、傷を中心に広がってきました。

 

「あ、あのこれは?」

「治癒魔法。身体の上と下が別れ別れになっちゃってたらダメだったけど、これくらいの傷ならなんとかなるから」

「お、おー……」

 

 さすがファンタジー、さすが魔法。

 

 スライムにやられた傷をホ●ミしてもらっちゃったぜ。

 

 って……。

 

 え……私……今、じゃあ……死ぬところ……だったの?

 

「うっ……」「あ、ごめん痛い? とりあえずもう少しだから」

 

 そう思うと、今になって恐怖が襲ってきます。心胆が寒がってます。少し間違えれば、もう二度とミアに会えなかったのかと思うと、絶望に近い何かすら感じてしまいます。

 

 知っていたはずなのに。

 

 人生とはクソゲー。

 

 自分の意思や努力以外の部分に、不可避の死が罠のように口を開けて待っている。

 

 知っていたはずなのに。

 

「そちらは平氣そうかの?」

「ん、パザスも平氣?」

「仕方無いとはいえ、警戒は解くでないぞ。おそらくまだ……おるからの」

 

 ……え?

 

「あ、あのパザスさん、それって?……いえその前に……先程のは、なんなのですか?」

「アレは……ルカのカケラだの」

「……ホワァイ?」

 

 あ、違う、ここは「何故ですか?(ホワァイ)」じゃなくて「何ですか?(ホワッツ)」だったかな。いやどっちでもいいけど。なんだか頭が混乱している。

 

「封印される直前、我はルカの一部を噛み下した。ぬかったの……アレは、あの状態からも動けたか」

「ルカ……九星の騎士団の……騎士のひとりでしたか?」

 

 言った瞬間、やだもう聞きたくない、人類史の闇聞きたくないと、心の底で叫ぶ声がありました。ですが……吐いた言葉は飲み込めません。あとなんだか今にも凍えそうな心胆とは裏腹に、なんだかお尻がとても氣持ちいいです。時折ふにふに動くちっさな手が、あったかくて爽やかです。温度差で風邪をひいてしまいそうです。

 

 ルカ。

 

 金剛石(ダイアモンド)の女騎士、ルカ。水神に祝福されし流体機動の聖女。

 

 実際は男性であったと伝えられているが、女性的な美貌を持ち、騎士団長カイズを慕い、彼の命を、戦場に突如現れた竜より献身的に守ったこと(そこまでは史実扱い)から、童話、伝承などではよく女性化されてしまう歴史上の偉人。信長謙信枠。違う。

 

 アレがその、カケラ?

 

 今はもう、周囲のどこにも見当たらなくなっていますが、生き物のように(うごめ)く半透明な物体……今にして思えば、そういうファンタジーな存在に、思い当たるモノがあります。

 

 とはいえ、それの名称は、ドラゴンをクエストするRPGが大人氣の日本だと、もっと可愛らしいモノとしてイメージされるモンスターです。ぱふぱふ。それゆえ、私もすぐには思い至らなかったのですが、まぁ、よくよく考えるとあの、時には人間の仲間になったり、合体して王冠をかぶったり、回復魔法を唱えたり、バブルって毒を与えてきたり、メタルって物凄い経験値を持っていたりする、あのバードなマウンテン発祥のイメージの方が、本来は特殊なのでしたね。

 

「でも、あれって……その……スライム、なのでは?」

 

 あれはそう、スライムというに相応しい、ナニカでした。

 

 パザスさんは一旦アリスを見、今は私のお尻(の治療?)にかかりっきりになってるその後頭部へため息をつくと、私の方へと視線を戻しました。

 

然様(さよう)。そうだのう。元は我らと仲間であり、後に(たもと)を分かちた知性あるコアレスタイプの人型スライム……あれはそのカケラだの」

 

 ゆっくりと、噛んで含めるようにパザスさんがそう言うと、アリスの肩が、眼下でびくっと震えました。

 

「ルカ……あれが……」

「アレの知性は身体全体に広がっていてな。全身が脳のようなモノといえるのかもしれんの。小さく切り取られれば、知性もそれなりよ。ならばルカそのものとは言い切れんが……」

「それで……それを……パザスさんはどうしたのですか?」

 

 訊ねたいことは、聞きてしまいたいことは、ではなぜにどうしてそのルカさんが、一部とはいえパザスさんに食べられていたのかだとか、なぜにどうして、知性を失ったルカさんがアリスを襲ったのだかとか、色々、他にもたんまり、ありましたけれども……さすがにそれを聞く勇氣は、蛮勇は、私にはありませんでした。命拾いしたばかりで、好奇心に殺される猫にはなりたくないのです。みゃー。

 

 だからこの場において、私が氣にすべきことはひとつ。

 

「倒した……のですか?」

 

 無事ミアの元へと返れるのかという、ただその一点のみです。

 

 今、たった今、軽率な行動で命を失いかけたばかりです。

 

 知りたくない。

 

 知りたくなんかないよ、歴史の闇なんて。そんなシリアス、この手に余る。

 

「そなたらの周辺だけ簡単な結界で覆って、アリスの結界と二重で守り、そうしなければならぬ程の、岩すらも融ける高温で焼いてみたが、どうかの」

 

 そこで赤い竜は、ぐるんと首を回して、周囲を見回しました。

 

 視線の先には、氷の壁と、剥きだしになった岩肌……良く見れば、融けたというか、焦げたというか、確かに通常ではない、尋常ではない様相のそれ……がありました。

 

「潜ったのだとしたら、氷の中か、地中か」

「……え」

「アリス、おぬしも治療が終わったらいつでも魔法を使えるように」「わーってる」

 

 ぐるんぐるん、首を回し周囲を警戒しだす赤い竜、パザスさん。

 

 ってことは、結構まだ危機的状況なのですかね……。

 

 こんなところで死にたくない、夢は長生きの私も、ならばと周囲に視線を走らせます。

 

「あんまり動かないで」

「ん」

 

 アリスがお尻を掴んでいるので動き難いのですが、パザスさんの目が届かない方を中心に視線を走らせます。

 

 あれ、でもこの状況って……うん?……いやでも……。

 

 ……しばらくそうしていると、アリスが焦れたように喋り始めます。

 

「ねぇ、パザス……ルカのヤツ、まだ生きてると思う?」

「コアレスタイプのスライムは不老不死だからの。燃やし尽くせば消滅させることもできようが……カケラとはいえ、ただの一息、一吹(ひとふ)きでそれが出来たとは思えぬの」

「じゃなくて。オリジナルの方」

 

 オリジナル……カケラの分離元の話でしょうか。

 

「……さての。我はあの身の十分の一ほどを喰らったが、それはスライムにしてみれば、記憶と知性をその程度削られただけに過ぎぬのでな。生きておれば元と同程度には知性も回復しているであろうが……四百年の間にも部位欠損を経ていれば、我々の記憶は失われてしまっているのかも知れぬな……それはもう我らの知るルカではない……寂しいか?」

「はぁ!? そんなわけないでしょ! アイツは敵よ!」「ぁん」

 

「……ってアンタはアンタで何変な声を出しているのよっ!?」

 

 いやその。

 

 もう治療が始まってから、五分は経過したでしょうか。

 

 いつのまにか……アリスさんの手が、なんだかとてもくすぐったくなってまいりました。

 

 痛みはもうなくなっています。それよりは……痒いというか……痒い部分をひらすら掻き(むし)った後のような、神経が刺激されまくって少しおかしくなってしまっているような……やはり一言でいえばなんていうかこう、くすぐったさがあります。

 

「ん……ふっ……」

「だから変な声出さない!?」

 

 そう言われましても。

 

「いやアリスよ、それはおそらく魔法が過剰になっておる。その娘は陽の波動の持ち主。普通より魔法の効きがいいのであろう」

「……あ、そっか」

 

 と、そこでアリスの手がスッとお尻から離れます。それはなんかこう、寒空の下、ずっと当てていたホッカイロが、唐突に奪われでもしたような、妙な名残惜しさがありました。

 

「……傷は塞がったけど、これはこのままだと痕が残るか残らないか、五分五分ね」

 

 じっとお尻を見られ、言われます。紐パンの紐は無事だったようなので、見えているのはお尻だけだと思いますが、なんだか恥ずかしいです。

 

 とりあえず、どうなったのか、自分でも触れてみます。

 

「ほんとだ……塞がってる……凄い」

 

 治癒魔法。前世のアニメや映画で見たそれは、傷があっという間に消えてしまうようなモノが多かったと思います。

 ですが、この世界だと、さすがにそこまで魔法は魔法魔法してないようです。傷があった部分には、その周囲と違う質感が残っていますね。まるで普通に自然治癒したばかりの傷のようです。

 

 ただ、痛みはもうありませんし、血も止まっています。

 

「塞がったのであれば、しばらく様子見でいいであろう。ならばアリスよ、おぬしは地面へ警戒してもらえぬか? 我は氷を見張っておく」

「やっぱり……まだいる?」

「おる。地面か、氷か、アレの波立(なみた)たぬ湖面(こめん)はカケラとなっても健在のようであるな。何度も探知魔法を走らせておるが、掴ませぬ……だが……おる」

「パザスの探知魔法をかいくぐるとか、アイツどんだけ厄介なのよ」

 

 ……ふむ。

 

 なんだかお二人、とてもシリアスな表情で警戒をされていますが……。

 

「あのー」

 

 おずおずと挙手。

 

「……どうした、娘」

 

 私は辺りを見回し、周囲の状況をもう一度よく確かめます。

 

 氷の大地に、お椀型に落とし穴が掘られ、そこに私達がいる。

 

 今はそういう状況ですね。

 

 だったら……やっぱそうだよなぁ。

 

「とりあえずアリス、治療してくれてありがとう」

 

 地面の方を見ていたアリスに、ぺこりと頭を下げます。

 

「えっ!?……い、いえどういたしまして?」

「氣にするな娘、アリスも胴体が真っ二つとなれば相当に危なかった局面。そなたには感謝しておる。治癒魔法など安いものよ」

「そうだけどソレはパザスが言わなくてもいいじゃん!?」

 

 アリスさんアリスさん、足元(の警戒)がお留守になってますよ。

 

「あの、それでですね」

「うぬ?」

 

 私は尋ねます。というか再確認します。

 

 今は氷か地面か、どちらかに潜んだスライム、ルカさんのカケラを警戒している状態。

 

 人体を真っ二つにできるような敵が、どこかに潜伏していて、それが襲ってくるところを迎撃しようという状況……であっているのかな?

 

「然様、それで間違いない」「当ったり前じゃん」

 

 なら……。

 

「スライムは、つまり焼き尽くせば撃退可能なのですね?」

「然様」

 

 敵はスライム、勝利条件は……焼き尽くすこと……だよね?

 

 うーむ。

 

「確認したいのですが、その……ルカさん?……は昔の仲間だったのですよね?」

「然様」「あたしは敵になってからのアイツしか知らないけどね」

 

 となると、今ここで問題になるのって、アレかな? アレよな?

 

「ルカさん? のカケラを倒すことは、簡単ですよね?……」

「……む?」「は?」

 

 別に、アレを倒してしまっても構わんのでしょうか?

 

 死亡フラグじゃないよ。

 

「それをしない、しようとしていないということは、パザスさん達には、ルカさんを生かして捕らえたい……という思惑でもあるということでしょうか?」

「待て娘、何を言っておるか?」「今、だから出てきたところをやっつけようって、こうして警戒してるんじゃない」

「はへ?」

「いや、”はへ?”じゃなくて」

 

 いやいやいやいやいや。

 

 だって、勝利条件だけを追うなら、こんなところで警戒している意味、ないじゃないですか?

 

 イージーゲームじゃないですか。

 

 簡単じゃないですか。

 

 そのための舞台がもう、(しつら)えられているじゃないですか。

 

 こんな……緊迫感の無いコントまでしながら、辺りを警戒している意味、ないじゃないですか。

 

 ……おかしいな? 私がおかしいのかな?

 

「倒していいなら、さっさと倒しましょうよ?」

「……アンタ何言ってんの?」

 

 あれぇ?

 

 なんでぃ?

 

 

 

 

 

 

 

「……あー」

 

 アリスが呆れたような、納得したような、その中間のような、微妙な声をあげています。

 

「えげつない……」

「心外な」

 

 目の前では、パザスさんが大きな氷の塊に向かって「ごぉぉぉぉ」とドラゴンブレスを吹き(噴き?)続けています。

 

 その氷の中には……そう、ルカさんのカケラが閉じ込められています。

 

 簡単な話です。

 

 ティッナー三分間クッキングです。誰がティッナーですか。

 

 要は、スライムさんが逃げられないような状況を造り、それを焼き尽くせばいいだけの簡単なお仕事です。

 

 幸い火力はレッドなドラゴンのパザスさんがいます。岩をも溶かす能力があるのですからね、そこは十分でしょう。

 

 となると、あとは地中だか氷の中だかに潜ってしまったルカさん(のカケラ)を捕捉できれば、逃げられないような形にしてしまえば、それでいいという話になります。

 

 要はこういうことです。

 

 私達は、氷の大地に開いた、お椀型のくぼみにいました。

 

 パザスさんは空を飛べます。飛んでもらいました。

 左後ろ足(?)には囮役のアリスと、それを支える私が引っついた状態です。

 

 パザスさんの翼に再びの黒い線(飛ぶ時に(あらわ)れるようですね)が走り、少し宙に浮いた辺りで、ルカさんはやはりアリスを追ってきました。氷ではなく岩の、地面の方へ潜伏していたようです。作戦的に氷の方が楽だったとは思いますが、まぁそれは言っても詮無(せんな)きことです。ともあれ、飛び立とうとしたアリスを追って、お椀の底の方の岩肌から、チューイングガムのようなモノがびょーんと伸びてきました。

 

 その周囲は氷です。氷は溶かせば水となり、また凍らせれば氷へと戻ります。

 

 パザスさんのドラゴンブレスだと、水になったそばから蒸発してしまう(とスチームが凄く熱いので、先程は周囲をエアコン魔法で冷やした時、一緒に水蒸氣を風魔法でその場から払ったそうです)オーバーキル状態になるそうで、そこはアリスがなんかしてました。なんか。

 アリスの胴を片手で支えながら、パザスさんの足に、もう片方の腕で必死に掴まっていた私には、何が起きたのかよくわかりませんでしたが……まぁ無事、氷の中にルカさんを閉じ込めることには成功したようです。

 

 その氷の塊を、パザスさんが、手というか前足で掴み、空中にひょーいと投げ、そこへドラゴンブレスをGOです。「ごぉぉぉ」しました。ドラ・ゴンブレスって書くとプロレスラーみたいですよね。多分愛される悪役系。

 

「ふむ……跡形もなくなったの」

 

 空中にて暮れかけた空を背景に、足には私とアリスを引っつかせたまま、ここで(ようや)くパザスさんが事態の収束を告げました。

 

 まぁバードなマウンテン発祥の方だと、スライムは序盤の雑魚敵ですからね。大抵のファンタジーで最強生物のドラゴンが相手だと、こんなものでしょう。ちーん。

 

 ゲームとかなら、ここで少しのピンチを演出したりして、ハラハラドキドキの展開にする方が正解なのでしょうけどね。まぁ私のリアルに、そういうシリアスは要りません。それには断固ノーを叩き付けたい。みなさんご無事で一件落着、何が悪いの。

 

「アンタ……見た目の割に、容赦ないね」

 

 私に腰を抱かれたまま、片頬を夕暮れ色に染めて、アリスは呆れたような表情です。

 薔薇色の髪が風になびいていて、その一片は赤オレンジピンク黄色の乱舞……芳醇な暖色系のシャワーのようでした。

 

 陽も大分暮れてきましたね。

 

「えー?」

「あ、でも目とか時々鋭いか。アンタって可愛らしい、大人しい箱入り娘のフリして結構、心の中ではえぐい事考えてるタイプでしょ?」

「……アリスさんはやっぱり心が読めるのですか?」

「読めるわけじゃないよ。感じられるだけ。あとアリスでいい。アナベルティナだっけ? 貴女(あなた)はね、波動持ちだから、魔法使いにはその揺らぎが伝わってくるの」

「はぁ」

 

 自分では扱えない人間ガソスタ、魔法使いには嘘がばれやすくなる特性。

 チートのオマケに、健康で丈夫な体にしてくれたのはありがたいけど、どうも微妙に厄介な属性まで盛られていたようです。女史ぃぃぃ。

 

 まぁ、いいか。

 

 いいや。

 

 魔法使いと係わり合いになるのも、これが最後だろうしね。うんうんうん。

 

「私は、一番手っ取り早いと思った方法を言っただけです」

「だからそれが容赦なくてえぐいって話~」

「えー?……」

 

 だってもう寒いし、お家帰りたいし、ミアにスリスリしたいししたいししたいし。

 いいじゃない。知性の無いスライムの(カケラの)処理くらい、容赦無くたって。

 

「だがおかげで助かったぞ、娘。アリスを助けてくれたことを含め、感謝しよう」

「えー……」「あー……うん、そこはホント、ありがとね」

 

 だからね? やめようよ、こんなことで「さすがです」感出すのは。さすさす言いまくるネット小説にお兄様でも殺されたのですかって人がブチ切れしちゃうよ。そんなことよりだから私はお家に……違った、ミアの元に帰りたいんじゃーい。九死に一生を得た命、ミアニウムで暖めたいんじゃーい。

 

 

 

 事態を収束し終えたパザスさんは一旦、地上へと降ります。地上っていうか雪上っていうか氷上ですが……更に(けい)が拡がったお椀型クレーターからは、少し距離を取りました。落ちたらもう危ないですからね。

 

 そうして再びのドラゴンウィングドームです。そのままじゃ寒いからね。

 

 さて。

 

「え、と、ですね。それで、私はお家に帰してもらえるのでしょうか?」

「おお、そうだったの」「ん……」

「パザスさんは、私を送り届けてくれた後、アリスとミスト地方へ向かわれるという話になっていたと思いますが」

「然様、とんだ邪魔が入ったが、変心はしておらぬよ。安心せい」「んー……」

 

 快諾な雰囲氣のパザスさんと違い、アリスがなぜだかなにやら、ご不満げなご様子です。

 その視線は、どうも私の下半身に注がれています。

 

 なんでぃ?

 

「どうした? アリス」「んー!」

「あの……実は、アリスさんも、ルカさんを食べていらしたとか?」

「そうであるのか!?」「んなわけないでしょ!?」

 

 それは失礼。

 

 なんだか喉に何か詰まっているかのような感じだったので。

 

 と。

 

「あのさぁ」

 

 思い切ったかのように、まっすぐに背を伸ばし、パザスさんを見上げ、アリスは。

 

「む?」

「あたし、この()に付いていっちゃダメかな?」

 

 なんか唐突に突然に妙なことを言い出しやがりました。

 

「へ!?」「は?」

 

 あ、「へ!?」の方が私で、「は?」の方がドラゴンボイスです。

 

 ……ってマジで何を言い出しやがったコンニャロウ!?

 

「ミスト地方はさぁ、パザスだけで行ってよ。あたしは人間の国とか街、見てみたいもん」

「なんと」

「……それは難しいと思いますが」

 

 ですから、人間の国はエルフを排斥しているんですってば。

 

 アリスは、まずその薔薇色の髪が目立ちすぎる。カナーベル王国民の髪はほぼほぼ黒(ここでは茶色も黒に含む)か金の二択なので、必ず噂になるし、耳を見られたらその時点でおしまいだ。

 

 ここでいう排斥は、喩えでもなんでもなく、荒っぽい物理のそれなのである。人生……エルフ生、一巻の終わりですよ?

 

 私はまぁ確かに……えぐい事を、考える系ご令嬢なのかもしれませんけどね? この手にまだその温もり、暖かさが残る少女の、その生死を、どうでもいいと思えるほどの容赦無さは、持っていないのですよ?

 

「エルフを排斥……そうか……」「あー、やっぱ今もそんな感じなんだ」

「ですから、やはりアリスさんもパザスさんとミスト地方に向かった方が」

「でも問題無いもーん。てやぁ」

 

 ぱじゅん。

 

 ……何の音?

 

「ぬぉ! やめよ!」

 

 え? え? え?

 

「アリスよ! 周囲は我の身体なのだぞ!?」

 

 なんかパザスさんがばっさばっさ羽ばたきをし始めましたよ!?

 雪が舞い上がってきましたよ!?

 

 あーもー、さっむーい。特にお尻が、下半身が。

 

「ぶつけるようなヘマはしないもーん」

 

 ぱじゅん。

 

 ぽじゅん。

 

 じゃぼん。

 

 って、だからこれ何の音!?

 

「ひっ!?」

 

 と、氣が付くと私……というか私とアリスは、黒い、大きな鳥篭のようなものの中に閉じ込められていた。

 

「そんな高等魔法を我の傍で使うでない!」

「へっへー。あ、えーと、アナベルティナ? ちょっとどいてね」

 

 と、鳥篭の一部に、電車のドアの、半分ほどの穴が開き、そこから出るように促される。ネ●バスかな?

 

 ええと、つまりこれは……アリスが操っているモノのようですね。

 

「一応、黒い線には触らないでね、危ないから」

「え、あ、はい」

 

 そういえば、先程はドラゴンウィングがバッサバッサいってて、その足に掴まるのに必死で、それどころではありませんでしたが、アリスが氷を融かすために何かをした時にも、こんな音がうっすら聞こえていたような氣がします。蒸発音っぽかったし、まぁ魔法で氷を融かす音なのかなと、特に氣にもしていませんでしたが。

 

 ってか、魔法って! あぶなっ! 使う時! うひゃっ! 黒い鳥篭が! 今のギリギリぃ! (あらわ)れるのですかっ!?

 

「本当に氣をつけるのだぞ、娘よ。確率はかなり低いがの、それの致命的な部分に万分の一ほどの悪いタイミングで触れると、三次元空間的な存在の連続性が崩壊し、先刻(せんこく)のルカのように存在の一部が”夢散(むさん)”してしまうこともあるでな」

「今はまだマナも流してないし、まず間違いなく平氣だけどね」

「意味はまったくわからないけどなんか滅茶苦茶おっかない!?」

 

 黒い鳥篭?……いや、違うかな?

 

 それは、その中より()でて見れば、一目瞭然でしたよ。

 

 魔法陣です。

 

 それは空間に真っ黒な線で描かれた球形の魔法陣です。

 

 平面の円じゃなくて、立体の球の魔法陣です。

 

 その中心にアリス……ハーフエルフの少女がいて、なんかこう魔法を使ってますよ的なポーズをとっています。やはり呪文の詠唱みたいなモノは無くて、なんかうにうにと手を動かしてるだけです……んで、少女の腕の動きと、球形の魔法陣の動きが、そこそこ同期してる氣がします。

 

「ぬぉ! かすっとる! だいぶかすっとるぞ! 我のお高い身体に魔法陣がビュンビュンかすっとるぞ!」

「大丈夫大丈夫、痛くしない痛くしない。天井のシミを数えている間に終わる」

「だからそのような言葉を誰がアリスに教えたぁあああぁぁぁ!」

「アイア?」

「あのクソ野郎はぁあああぁぁぁ!!」

 

 ぱじゅんっ!!

 

 ……とかなんとか、二人がまたコントしてる間に、何かが終わったらしいです。

 パザスさんがばっさばっさ翼を羽ばたかせたせいで周囲は真っ白、氣温低め。

 

「さ、寒い」

「お、おお……すまんな、今暖めてやろう」

 

 でも、やがて巻き上がった雪が落ち着いてくると……。

 

「にゃあぁん」

 

 アリスがそれまで立っていたところ、今はもうない魔法陣の中心に存在していたのは、赤毛……薔薇色ではないが……の毛並みが麗しい、アビシニアンっぽい大きな耳の……猫でした。

 

 サイズも間違いなく普通の猫サイズでした。むしろ小さめ。

 

 質量保存の法則とかないのかな?

 

 わ、わー、変身魔法ってすごいなー(棒読み)。

 

 

 

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