悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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20話:様々な顔

 スカーシュゴード男爵領の北部には火山帯がある。

 

「勇士の皆様、聞いてください!」

 

 それは、二百年以上前に突如形成されたモノらしく、その年若さゆえにか、今でも十数年に一度は噴煙を上げている。ミアが生まれた年の前年にも、小規模な噴火があったそうだ。

 

「人は竜に劣る! 多くの人がそう思い、そうである自分に消沈(しょうちん)し、暮らしています!」

 

 そうした地帯ゆえ、周囲の地形は複雑で人も住んでいない。

 もう少し手前にはのどかな村々が点在し、広大な果樹園も広がっているが、その景色もある地点でぷつりと途切れる。

 

「ですが! そうである人々も知っています! 王国には勇士の皆様方(みなさまがた)がいらっしゃると!」

 

 そこから先は、大地が岩肌となり、あちこちで間欠泉が噴き出し、カラフルで毒々しい結晶がそこかしこに散らばる、不毛の地へと変わるからだ。

 

「そう! 皆様です! 竜と戦う鋼の身体と心を持った勇士の皆々様(みなみなさま)です!」

 

 幸い、火山帯を抜ければそこは険しい断崖絶壁の海岸線であり、他国の侵入に備える必要はない。また、火山灰も偏西風に乗って東へと流れていくので、スカーシュゴード男爵領に、火山帯を抱えることによるデメリットは少ない。

 

「王国のため! 愛する同胞のため! 日々の暮らしを営む国民は知っています! 勇ましく、勝利のため命を懸け竜害(りゅうがい)に立ち向かう戦士がいることを!」

 

 だが、そこに竜が営巣(えいそう)したとなると話は変わってくる。

 

「竜を知る乙女がここに保証します! 竜もまた生き物! いかに恐ろしく強大であろうとも! その体躯が人の何倍もの幅を持とうとも! その命はひとつ! それだけは人と何も変わりません! 全身が堅き鱗に守られていても! 牙や爪がいかに禍々(まがまが)しくとも! ひとつしかない命へと槍を穿ち、貫けば竜も地に倒れるのです!」

 

 人の生活圏から隔絶しているというのは、竜にしてみれば、あるいはソレはメリットなのかもしれない。

 

「赤き竜は間違えたと言いました! 私を(さら)ったことを間違えたと言いました!」

 

 反面、それを討伐せんとする人間、軍隊にしてみれば、そこが、いつ噴火するかわからない危険地帯であることも、溶岩が固まった凹凸(おうとつ)の激しい地形も、噴火に伴って周囲に散った巨石、巨岩も、そもそもが物資の現地調達が困難な不毛な地であるというのも、それぞれが大きな障害として立ち塞がってくる。

 

「そうです! 竜もまた愚かに、間違え、(あやま)つ生き物なのです!!」

 

 火山自体は、周期的に今は活動期ではない……というのがこの土地をよく知る現スカーシュゴード家当主の判断だ。けど、自然が相手となると、それは科学の発達した二十一世紀の地球でも予測できないものであったし、油断はできない。偽大帝だし。

 

「黒き竜もまた間違えました!」

 

 油断はできない、が……だからといって人智の及ばない自然現象を過剰に心配しすぎても、何もできなくなる。

 

「そうです! 竜は、王国の地を荒らしました! 勇ましく、勝利のため、命を懸け竜害に立ち向かう戦士の皆様方が守護するこの地を! 我が物顔で荒らし回ったのです!」

 

 黒竜がこの地に営巣したことを掴んだ討伐軍が、まず行ったのは兵站ラインの敷設(ふせつ)だ。

 

 人の住む地、具体的には男爵家の砦から十近い数の中継点を繋ぎ、前線に人と物資を送る胴長のライン。それは不毛の地で予測不能な怪物と戦闘するなら……ましてやそこへ貴人を招くのならば、それは絶対に必要な生命線であり、あらゆる不測の事態に対応するための保険でもある……けど……貧乏性の私としては、そこまでして竜があっさり巣の位置を変えたらどうするんだろうね……と思わなくもない。

 

「勇ましく! 竜害に相対する戦士に祝福を! 王国のため! 愛する同胞のため! 戦う勇士に祈りを!」

 

 まあでも。

 

 逆に言うと、貴族にとって吝嗇(りんしょく)は恥であるからにして、悪徳であるからにして、推奨されないものであるからにして、ましてやこたびは権威こそがその存在証明であるところの王族が出っ張っぱる事態なわけで……これはむしろ当然の浪費なのだろう。

 

「皆様の勇氣がその崇高なる使命を果たされますように! 竜害より生還せし乙女! アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードが願い! ここに祈ります!」

 

 そんなわけでここは、そんな突出した兵站ラインの先頭、竜の討伐隊、その前線基地なのである。

 

「どうか皆様へ必勝の祝福を!」

 

 ふぅ……(ひと仕事やり終えた感)。

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。スカーシュゴード男爵家が長女、アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードです」

「はい、こんにちは。カナーベル王国王位継承権第八位、ベオルードIV世が三女、サスキアよ。フルネームは長いからまた後で言うわ。よろしくね、聖女さん」

 

 (くだん)の第三王女様は、おっとりした高校生くらいのお姉さん……といった感じでした。

 

「にゃおぉぉん」

「ふふっ、猫ちゃんもよろしくね」

「んにゃぁぁぁぁ」

 

 そういうわけでここは陣中です。

 

 サーリャは、今は護衛として私に付けられた男爵家の騎士数名……のうちひとりはサーリャのお父さんですが……と共に、テントの外で控えています。ミアは当然お屋敷でお留守番です。つまりここには私の癒しがありません。ふぁっきゅー。

 

 目の前にいる第三王女、サスキア様は長いストレートのプラチナブロンドを、前髪だけ中央から綺麗に横分けしています。そしてその額の中央には、ダイアモンドらしき宝石が光っています。王位継承権を持つお姫様なのに、どうしてでしょう?

 

「この子は、本当は家においてきたかったのですが……」

「まぁ。こんなに懐いているのに」「フシャー!」

 

 というのは、こちらの世界におけるダイアモンドは、地球ほどお高い宝石ではないからです。宝飾品としてのクオリティとか、透明度(クラリティ)とか、宝石の価値には様々な要素が絡むので一概には言えませんが、イメージとして、ダイアは真珠よりかは少し高い……まぁその程度の価値でしょうかね。

 

 これはラウンドブリリアントのような、ダイアの輝きを充分に引き出すカットが、この世界ではまだ開発されてないという事情もあるでしょう。当然私にも、そんなものは再現できません。デビ●スチートの萌芽なし。

 

「でも危険ですから」

「竜害より生還せし乙女、聖女様が常にそばにいるのだから、安心でしょう?」

「うっ……ぐ」

 

 まぁでもさすがに王女様が身に着ける宝石ですね。うちのママのサファイアより、ひとまわり以上も大きいです。ってことは四とか五カラットくらいなんでしょうね。日本だったら桁が千万クラスの石かもしれません。

 

「あの……畏れながら、聖女は本当にご容赦を……。私は本当に、運がよかっただけなのです」

「その運を買われてここにいるのだから、貴女(あなた)は聖女で間違っていないわ。先ほどの士氣高揚演説も、良かったわよ」

 

 ってニコニコ顔で言われてもねー。

 

「用意していただいた原稿を読んだだけですけどね」

 

 この場に到着してすぐ、私は厳つい兵士の前で「私がついてます、頑張ってください」的な演説をやらされました。広場というにも集会所というにも岩岩しい場所で……五十人くらいいましたかね?……鋭い目をした、勇士だか戦士だかの皆々様へ、ご武運お祈りしますと声を張り上げたわけです。疲れた。

 

 一応、いつものゆったりワンピースよりかは良い服を着てきましたが、形になったのでしょうか? 聖女の任なので、腰紐だけ水色な、真っ白のワンピースです。結局ワンピースかい。

 

 そんで、今はそのすぐ後で、第三王女への挨拶に参ってるという状況ですね。この場での私の身分は、第三王女の預かりなんだそうです。何を要求されても、第三王女がそれを否といえば、私はその要求に応える必要がないんだとか。

 

 ……このニコニコ仮面に、演説やりたくないですって言ったら、考慮していただけたんですかね? なんか何も聞かなかった風を装われ、一言、笑顔で「頑張ってね」って言われそうなんですが。

 

「ふふっ、聖女の口から語られることに意味があるのよ」

「そんなものでしょうか」

 

 なお、王女のいでたちは軍服みたいな感じでした。ですがアリスの黒いそれとは違って、上は黒と白のラインが入った藤色の生地に、儀礼用のゴテゴテした装飾がいっぱい付いています。下はこれもタイトスカートに黒ストなアリスとは違ってズボン……いえパンツでした。地球側の服飾の知識は童貞男レベルなので、ズボンとパンツの違いはよくわかりませんが、オタク的に言えばおパンツではない方のパンツということです。日本語難しい。

 

 まぁ王女のそれは結構な厚みがある、凄く高級そうな布を使ったライトグリーンのパンツでした。

 

 高級そうな、っていうか、まぁそっちはこの世界の服飾知識チートの範疇なので、私には布の名称もわかります。わかりますが……固有名詞を増やすのもいい加減アレなので簡単に言うと、これはお値段以外は地球のデニムに近いものです。丈夫だけどすぐ肌に馴染む感じ。

 

 ただ、お値段はデニムのおそらくウン百倍以上。

 

 なぜそんなお値段になるかというと、この生地に特徴的な緑系統の色は、オリハルコン由来だから(オリハルコンを原料とした染料で染めているから)なのですね。はい、あのミスリルと並び称されるファンタジー鉱物の巨頭、オリハルコンさんです。この世界では軟らかな金とも呼ばれ、ぶっちゃけ金よりも高いです。

 

 この生地は、デニム以上の伸縮性を持ちながら下手な鎖帷子よりも防御力があって、酸や毒物への腐食耐性も抜群です。お高いだけはあります。そこら辺は、さすが王女様のお召し物といったところでしょうか。

 

 でもそうなると、やっぱり額のダイアモンドが浮きますね。

 

「そういえば、演説の中で言ってた、竜と会話したって本当のことですの?」

「あー……」

 

 そういえばそんな話もしたなぁ。そんな話にしたなぁ。

 

 まぁ実際は細部が色々違うんだけど、嘘というのは真実を混ぜてこそ信憑性が出る……ので、私が竜に攫われた顛末は『若干人間と意思疎通のできた竜が、攫った少女との会話でそのあやまちに氣付いた』というものになっているのです。

 ……というか、この文だけだと本当に全然間違ってないな、若干、の部分が少し嘘なだけか。

 

 演説文は、それに合わせて書かれていましたね。

 

「私を食べても美味しくないよ、と言った氣がしますね」

「まぁ」

 

 本当のことは(今私の腕に抱かれているアリスのことがバレるので)言えないから、とりあえず出鱈目を言ってみます。

 

「それから私には家で私を待っている妹がいて、妹を残しては死ねないのです、とも」

「ふふ、妹さんとも一度会ってみたいわね」

 

 それは無理かなー。てか私が会わせたくないかなー。

 貴女も、サーリャほどではないけど豊かなお胸をお持ちですね。DかEくらい? それを含め、なんだか姉キャラとして負けている氣がしないでもないです。ミアに「こっちのお姉ちゃんの方がいい!」とか言われたら私は憤死してしまいます。九割くらいマジで。ほとんどじゃねーか。

 

「恐怖と緊張で、あとは何を言ったかよく覚えていないのですが、とにかくそうしている内に竜の方から、私を帰してくれようという話が出たのです」

「竜の声は格好良かった?」

「は? 声……ですか?」

「興味あるじゃない、竜がどんな声で喋るのか」

「は、はぁ……低い渋めの声でしたよ。くぐもった感じの」

 

 それは嘘ではないので、すらすら話せる。意外なところへツッコミが入って、少し戸惑いはしたけど。

 

「心に直接語りかけてくるような感じではないのね」

「……はい、普通に、耳へ届く声でした」

 

 そういうのは魔法使い同士限定の、念話という技術らしいですよ。

 

 あ、王女様、ダイアはあまり指で触らない方が……なにがどうしてそうなっているのか、王女様が額に指を二本当てて、「頭が痛いわ」ポーズになってます。

 

 私、なんか変なこと言いましたかね?

 

「んみゃぁぁぁ」

 

 それはそれとしてアリスよ、なぜ君は私の腕の中で、またたびに酔った猫みたいになっているのかな? なぜ喉を鳴らさんばかりの至福顔なのかな?

 

「本当に……申し訳ありません、うちの猫、私から離れなくて。夜も、いつも私のベッドに潜り込んでくるので困ってるんです」

「まぁ」「んにゃあああぁぁぁ」

 

 なんだよぉ、本当のことじゃない。

 

「私も動物は好きよ。今はもういないけれど、私も何度か鳥を飼っていたわ」

「鳥、ですか……そうすると猫はお嫌いでは?」

 

 捕食者と被捕食者の関係ですからね。

 

「そんなことはないわよ。一緒には飼えないでしょうけど、猫は猫で好きだから」

「みゃぁぁぁ」

 

 私よりも正当派なお姉さんキャラが、愛おしそうにアリスを撫でてます。その姿を見れば動物好きは嘘ではないでしょうけど……。

 

 覚えているのかな?

 

 私達、動くモノである竜を狩りにきているのだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

「ふー、緊張したー」

「お疲れ様です。喉がお渇きになられましたのなら、何かお飲みになられますか?」

「あー、普通にお水頂戴」

 

 そういえば、この前線基地にアルコールの類はあまり置いてないそうです。

 

 竜狩りの戦闘スタイル的に、アルコールが入ってると危険なのだとか。まぁ空中戦に近いこととかもするんでしょうね。最終幻想なRPGで竜騎士といえばジャンプですし、巨人をアレしたりソレしたりするマンガだと立体機動装置ですし。そりゃ酔っ払ってちゃ危険ですよね。

 そういうわけで竜狩りの特殊部隊の皆様には、アルコール非推奨の不文律があるのだとか。

 

 まぁそれ以前に私達は呑まないので、このテントにお酒は一瓶すらないのですけど。

 

「かしこまりました。愛を込めておきますね」

 

 いや込めなくていい。萌え萌えきゅんは封印したのだ。そして水に込める愛情ってなんだ。

 

 

 

 そういうわけで、ここは竜の討伐軍、その前線基地の陣中です。

 

 なんでも、赤い竜の所在は今も不明(多分海を越えて北の地にいますよ)だけど、黒い竜の所在は少し前に判明したそうです。遠目で観察した感じから、半月以上はそこに営巣している様子なのだとか。

 

 この前線基地は、その黒い竜……黒竜(こくりゅう)の居場所、巣から歩いて半日程の地点に築かれました。

 

 間欠泉が吹き出す地帯は危険ということで、そうでないこの場所が選ばれたそうです。

 

 ここ自体は森の切れ目といった感じの場所ですが、ここから黒い竜の居場所までは、まだもんのっすごく、岩場が続いています。間欠泉を避けたので、有害なガスなどの障害はなく、所々、岩の割れ目から草や樹も生えてます……が、それも水不足などで枯れてたり、樹も幹の細いものばかりで地面は硬く、おまけに緩い上り坂になっています。

 

 その分見通しが良く、竜に氣付かれやすく、ゆえに馬車も入っていけず、ここからは徒歩か、後ろに何も引かない馬で、おそるおそる進むしかないとのこと。ちなみに、蹄鉄は既にかなりいいモノが発明されていて、馬は石畳の上でも、岩石の上でもまぁまぁ走れるそうです。蹄鉄チートの余地もなし。

 

 まぁ私達は、この先には進みませんけどね。

 

 ここは男爵家関係者の、女性陣のためのテントです。男子禁制。居住空間としては六畳ほどの広さに、簡単な椅子とテーブル、サーリャと私のための寝具が置いてあります。少々手狭。第三王女様のテントはこの倍近くありましたから、これが身分の差というものでしょうか。

 

 ……あれ? でもそういえば、第三王女の侍女っていませんでしたね。

 王女クラスなら侍女なんて片手じゃ足りない量、付いてそうなものですけど。

 体型から女性と分かる、護衛と思しき兵装の騎士は前後左右に控えていましたが、どこの女王陛下の近衛兵かってほど動きも身じろぎもしませんでした。

 

「どうぞ、ティナ様」

「あ、ありがと。んくっ、んくっ、んくっ。ぷはぁ、潤う~」

 

 ふー、やっと落ち着いたー。

 

 まーアレだわ、男爵家令嬢の身分で王家となんか関わるもんじゃないわー。

 いつ無礼者とか不埒者とかいって切り捨て御免されるかわからないもんなー。

 やれやれだぜー。

 

 ……。

 

 うん。

 

 はい。

 

 わかってる落ち着け。私は今落ち着いたぞ。

 

 どうして己の女としての価値向上に興味ない私が、結局討伐軍に参加、随行してんだってことでしょ?

 

 それは聞くも涙、語るも涙……な物語は無くて、まぁ色々複合的に考えていた結果、こうするしかなかったかなぁ……というのが真相です。

 

 まず第一には親孝行です。

 

 前世の記憶がある分、親愛の情というものが、感覚として薄いのは自覚していますが、それでも今世(こんせ)の私を(少なくとも衣食住は)何不自由なく育ててくれた親です。感謝しています。もう少し息子の教育をちゃんとしてくれていたなら、もっと感謝できた。

 

 ついでいうなら、こちらはより感覚でなく理屈の話ですが、そういう生活ができたのは、男爵領の領民が納めてくれた税のおかげでもあります。前にも言ったけどノブレスオブリージュという概念はこの世界にもちゃんとあるのです。貴族令嬢として、この恩に報いる義務が……まぁ、多分……あるんじゃないかなぁ……あるんだろうなぁ。

 まぁここに関してはそんな感じ。

 

 それから私個人の密かな野望もあります。

 

 それは公爵家に玉の輿!……ではなく私はいまだ男性に戻りたいと思っています。

 

 そうなった時、ミアがどんな反応をするか、そこだけは怖いのですけれど、やっぱり私の、俺のアイデンティティは男性です。戻れるものなら戻りたい。浴衣でキャピっちゃったのを黒歴史にしたい。

 

 そしてその実現には、やはり魔法がもっとも可能性の高い方法ではないでしょうか。

 

 そうなってくると、人間が魔法を使う最も現実的な手段、マジックアイテムの素材となる竜の牙や骨、これを手に入れられる機会……それを自ら手放すというのも、なんだか勿体無い氣がしてきます。

 

 そして最後に、これが理由の大半なのですが……。

 

「みゃおぉぉん」

「あら、アリスもお水飲みたい?」

「みりゅうぅぅ……くしゅ」

「……ミルクがいいの?」

「にゃん」

「もうっ……ちょっと待っててね」

 

 アリスが、この猫が、黒い竜に心当たりがあるから、どうしても見てみたい、会ってみたいと言ってきたからなんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、討伐隊隊長様がお会いしたいとのことです」

「……ふぇ?」

 

 私が本陣に到着して、士氣高揚演説を行って第三王女への挨拶を終えた次の日、早朝に来客がありました。サーリャが私をお嬢様呼びするからには、そのように振舞うことを求められているということなのでしょう。

 

 まだまだ寝ていたい秋の日の朝、もう少しのんびりしていたい氣持ちもありますが、仕方ありません。

 

「……どこへ赴けばいいの?」

 

 私達のテントは男子禁制。人と会うのならこちらから赴かなければいけません。

 

「それが……内密に会いたいそうで、既にこのテントの外へ……」

「ふぇ?」

 

 いや待って、アリスがまだ人型。私の横でにゃーすか寝てるよ。……この子、なんで私と一緒に寝たがるのかな?

 するとサーリャがアリスの鼻をつまんで右にぎゅー、左にぎゅーっとしだしました。

 

「ん、んんっ……くひ」

 

 ……サーリャ、アリス起こす時、いつも乱暴なんですよね。

 

 まぁすっとぼける氣もないし、アリスが私と一緒に寝ることについて何度かすったもんだがありましたし、それがヒートアップする中で「私もティナ様と一緒に寝たいのにぃ」的な発言が何度かありましたので……理由はハイ、わかりますけれども。

 

「ん……ままぁ?……」

 

 ……アリスは、寝ぼけていると、よく私の方を見てママと言います。

 

 ここにいる二人を比べたら、よりママっぽいのは(胸部装甲的に)サーリャだと思うんですけどね。アレですかね、この世界でもやっぱりエルフは薄いんですかね、エルフの女王様も胸部に権威はなかったのでしょうかね。アリスにとっては我がママスレンダーボディだったのですかね。

 

「しっ、アリス、周囲を警戒してから、今すぐ変身して」

「ん……あれ?」

 

 そんなこんなでアリスには猫に変身してもらいます。なんだか猫の姿になってからも、くわぁぁぁ……っとあくびをしています。寝足りなかったようです。ごめんね。

 

 その間に、私は寝間着……いつものシュミーズとネグリジェの中間みたいなやつ……を脱ぎ、露出の少ない真っ白なワンピースに着替えます。これはこの任務のために、何着か同じものを用意した聖女っぽい自作服です。別に清純派は氣取っていませんが、布は木綿に絹と銀糸を織り込んだ高級品です。髪はー……まぁ割となにをしてもストレートを保ってくれる髪なので平氣でしょう。サーリャも何も言わないし。

 

 外で待っている偉い人を十分以上待たせてる氣がしますが、そこは仕方ありません、女子の部屋に入るならそれくらいは我慢しやがれです。女子だっけ俺。

 

「これでもう殿方に見られて困るものはありませんね、ティナ様よろしいですか?」

「んー……いいんじゃない?」

「にゃぁん」

 

 椅子に座り、アリスが私の膝の上に乗ってスタンバイおーけぃ。

 サーリャが一旦表に出て、程無く三人の兵士を伴い戻ってくる。

 

「このような時刻に失礼を。事情聴取の際にもお目にかかりましたが改めて、こたびの竜討伐隊、隊長、カナーベル王国軍所属、対竜(たいりゅう)特殊部隊実働隊第二班班長、ナハト・ドヌルーグバ・ウォルステンホルンである」

「副隊長ゴドウィン」

「補佐官キルサです」

「は、はい」

 

 お、おぅ……いきなり三人が膝をついて礼をしたよ。

 

 隊長さんを除く二人は鎖帷子姿、副隊長さんは、脇に兜……本人が被るにしては小さいかな?……のようなものを抱えています。補佐官さんは頭に兜を被ってますね。隊長さんは黒っぽい服で、兜も鎧らしきものも着込んでいませんでした。

 武装を見れば厳ついのは二人の方で、なんなら背も二人の方が大きかったのですが……頭を下ろし、礼をしているにもかかわらず、隊長、ナトハさんからは、ほとんど物理的なまでの圧が……オーラのようなものが漂っていました。

 

 前も思ったけど、この人……やっぱ怖ぇ……。

 

 威圧の波動とか出てない?……と、膝の上のアリスの様子を見ますが、アリスは特に思うところはないようで、再びあくびをくわわぁっとしていました。

 

「では私も改めまして。スカーシュゴード男爵家が長女、アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードです。ティナとお呼びください」

 

 とりあえず名乗る。

 

「ええと……椅子は三つしかないのですが……」

「お氣遣いなく」「我々はこちらに」

 

 副隊長ゴドウィンさん? と補佐官キルサさん? は、そう言ってテントの入り口周辺に仁王立ちになる。……なんだかそこに立たれると閉じ込められてるみたいで嫌なんですけど。

 

 そうしてふたつ空いていた席の一方には、隊長ナハトさんが……座るかと思いきや、これもまた私の目の前で仁王立ちです。なんで?……ってか怖ぇ……めっちゃ怖ぇ……めちゃんこ睨まれてます。いえ、これがこの方のデフォルトかもしれませんが、目力だけで人を殺せそうなほど眼光が鋭いです。

 

「あの、なにかお飲みになりますか?」

「いや結構」

 

 サーリャが飲み物を給仕しようとしましたが、すげなく断られます。

 

 その間も、隊長さんの眼光は私を刺していました。

 

「それで……ご用件というのは?……」

「見ていただきたいモノがありまして。キルサ」

 

 沈黙に耐え切れず、水を向けると、隊長さんはそれを待っていたかのように補佐官の(かた)へ指示を飛ばしました。

 

「は」

 

 と、補佐官のキルサさんが、机の上に何かを置きます。

 コチ……という固い音がしました。

 

「見覚えはおありか?」

「……ぇ?」

 

 そこにあったのは、青い宝石です。ラウンドブリリアントカットのような複雑な形ではなく、歪みの少ない球形をしています。

 大きさは……ゴルフボールほど。

 

「これは……」

 

 そう、それは色こそ違いますが、私が赤竜に無事お屋敷まで送り届けてもらったお礼に、あげてしまったと嘘をついた、ジレオード子爵より贈られた宝石に、形と大きさが酷似していました。

 

「やはり見覚えがおありか」

「え……いえ……あの……」

「ジレオード子爵が聖女殿に贈ったとされる赤い宝石、それは元々、九つでワンセットの宝石群、そのひとつであった。童話などでも有名な九星の騎士団、ご存知か?」

「……はい」

 

 またこの伏線が活きるの? 作者ワンパターンなの? もしかしてあと七回このパターンくるの? 九つでワンセットだからって九つ全部消化しなくていいんだよ? ていうかもうマジでやめて。

 

「ジレオード子爵が貴女に贈ったのは紅玉(こうぎょく)。ルビーではなかったようだが、九星の騎士団ではカイズを象徴する宝石の色であるな」

「は、はい」

「そしてこれは碧玉(へきぎょく)。九星の騎士団では闘士エンケラウを象徴する宝石の色であるな……む」

 

 と、そこで猫の姿のアリスが、音もなく机の上に乗りました。

 そして宝石に猫パンチ……じゃなく、じゃれる感じで手(前足?)を出そうとして。

 

「アリス!?」

 

 サーリャが慌ててその身体を抱き、離れます。

 

「いたずらしちゃダメ!」

 

 アリスは特に嫌がることもなく、すぐに興味を失ったかのように、視線を青い宝石から外しました。そんでまたあくびなんかしちゃってます。

 

「申し訳ありません、うちの猫が」

「……構わぬ。いやしかしその猫……ふむ……。まぁお氣にせずともよろしい、どうせこの宝石は偽物、安物である」

「……は?」

碧玉(へきぎょく)とは言ったが、これも碧玉(サファイア)ではあらぬ。もっと低級な準貴石をそれっぽく削っただけの安物である」

「……はぁ」

「九つでワンセットの宝石群、と言ったが、そもそもが九星の騎士団にあやかった、九つの宝石のセットはありふれたモノだ。高位貴族なら何セットか揃えていても不思議ではない程にな」

 

 はぁ……男爵家なので知りませんでしたよ。ママはパパから贈ってもらったサファイアの指輪を大事に大事にしてますけど、そんなものを、それ以上のものを、いくらでも買える世界というのも、まぁどこかにはあるんでしょうね。元が男なんで、宝石にそこまでの思い入れはないのですけれども。

 

「一般的に高い順番に言えば、最も高いのが紅玉(ルビー)、次に碧玉(サファイア)翠玉(エメラルド)黄蘗鋼玉(イエローサファイア)猫睛石(キャッツアイ)金剛石(ダイアモンド)灰礬石榴石(グロッシュラー)月長石(ムーンストーン)、最後に珊瑚(コーラル)、とこうなる」

「……私が子爵に贈っていただいた宝石は、ルビーではありませんでしたが」

(しか)り。アレキサンドライト効果を持つ無二の宝石であったと聞いている。問題はここからだ。つまり九つの宝石の中にも序列というものがあり、セットを作る場合は一般的に高いもの、つまり紅玉(こうぎょく)碧玉(へきぎょく)旗頭(はたがしら)とすることが多い」

「はぁ」

「ジレオード子爵が貴女に贈ったとされる赤い宝石、その元となった九つのセット、それはこのタイプのセットにあっても異色……というかそのセット自体が、珍品中の珍品であったアレキサンドライト効果を持つ赤い宝石、その価値をわかりやすくするため組まれた苦肉の策に過ぎない。我々はこの碧玉(へきぎょく)を含め、残りの八つ全てを手に入れたが、それらは形だけ旗艦(きかん)に似せた、それとわかる安物ばかりだった。この碧玉(へきぎょく)と同様にな。ならば子爵がセットではなく、紅玉(こうぎょく)だけ聖女殿へ贈った理由もわかろうというもの。だが……ゴドウィン」

「は」

 

 と、今度は副隊長のゴドウィンさん? がずっと脇に抱えていた兜……の中身? を机の上に載せました。

 今度はドシっという重い音がしました。

 

「問題はこれだ。これなのだよ」

「……ぇ?」

 

 そこにあったのは、青い……宝石というよりは岩石でした。大きさは……人間の頭より少し小さい程度。

 そうして……それはその大きさゆえに……とでも言いましょうか……。

 

「!?」

 

 それには顔があり、目があり鼻があり口があったのです。

 当然、動いてはいません。生き物ではないのですから当たり前です。

 それは彫像のようにつるんとした石の、デスマスクのようでした。

 

 そして私はその顔に見覚えがあったのです。

 

「クソあ……ボソルカン兄様!?」

 

 

 

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