悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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33話:交錯する女の氣持ち、一部偽

 

 ああもうクソクソクソ。

 

 久しぶりに身体中が、怒りでいっぱいだ。

 

 何より腹立たしいのは、さっきからずっとずっと、心のどこか弱い部分がアリスを放逐しろ、アリスを放逐しろと囁き続けていることだ。

 

 ほら、だってそうした方がいいじゃない?

 

 ほら、だって私はミアが一番大事じゃない?

 

 ミアと引き換えにしていいものなんてないじゃない。

 

 ミアを守るためと言えば、アリスも納得してくれるよ?

 

 いちばんを一番大事にできない人間なんて、ラノベのハーレム系主人公にも劣るんじゃねぇの?

 

 うるさいうるさいうるさいうるさい!

 

 逆になんでアリスを切り捨てられないの?

 

 そんなにアリスの魔法に興味があるの?

 

 そんなに男に戻りたい?

 

 そのためにはアリスが必要? 手放せない?

 

 うるさいうるさいうるさいうるさい!!

 

 やっぱりミアよりも、自分のことの方が大事なんだ?

 

 魔法、やっと手に入れた、自分が自由に使える力。

 

 アリス、やっと手に入れた、敵対者を排除する力。

 

 ただ可愛いだけのミアより、そっちの方が大事ってことでしょ?

 

 ちがうちがうちがうちがうちがう!

 

 このままじゃミアが巻き込まれるよ?

 

 ミアが害されるよ?

 

 アリスとミア、どっちが大事なの?

 

 ねぇ。

 

 ちゃんと選んで?

 

 ねぇ。

 

 ね?

 

 ねぇ?

 

 うるさいんだよぉ!!

 

「ティナ様、ダメです」

 

 氣が付くと、船の岩壁を力の限り叩こうとしていた右手が、サーリャの胸にそっと抱かれていた。

 それはもう優しく、ふんわりと。

 

 くそ。

 

 ずるいよこれ……簡単に怒りが有耶無耶(うやむや)になっていく。

 

 思春期の脳というヤツは厄介だ。ちょっとした刺激で、制御できない思考、感情、激情が縦横無尽に暴れ回ってしまう。前世における思春期の迷走は、その多くが男性の性的な記憶と分類されてしまったのか、この生にはあまり持ち込めていない。だけどこの暴走する感情に振り回されてやきもきする感じは、前世にも味わった氣がするのだ。

 

 だからこそ、それを向こうに伝えないため、伝えたい言葉は意識して口に出し、それ以外を意識の下の方に押し込めていたのだが……。

 

「……あ、ああ、ゴメン」

「何を話してたの? ティナ」

 

 サスキア王女の指を回復しながら、胡乱(うろん)げな顔のアリスが聞いてくる。

 

「私は、声に出して話してたと思うんだけど……」

「向こうの声は聞こえないからね。誰だったの?」

 

 わからない。

 

 結局念話の向こうの男(女?)は名乗らなかった。

 パザスさんなら何か知ってると言いたげだったが……。

 

「そう、まぁあたしは魔法使いだからね。殺される理由はいっぱいあるわ」

「そういうのとも、違うみたいなんだけど……」

 

 相手の正体は結局分からずじまいだった。相手にも伝えた通り、表面上の正体はおそらく少し調べれば判明するのだろうが……例えばその真の姿がスライムのルカなのかとか、それともそれと繋がりのあるだけの普通の人間なのかとか……そういうことを、「寂しいヤツだな」などの煽り文句まで使って、探ろうともしたのだが……その辺りの話題から、相手のガードが急に固くなってしまった。

 

 あれはいったい……何者だったんだ。

 

「ね、ねぇ」

「……はい」

 

 会話が途切れかけたその時、サスキア王女が上半身を起こして言葉を発してきた。

 

貴女達(あなたたち)は、なんなの?」

 

 怯えたように眉を(ひそ)めている。

 

 血を流しすぎて顔色は悪いが、意識はハッキリしているようだ。

 

「その質問に、お答えする前に、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 聞いて、ゴーダと名乗ったドワーフの方に視線を向ける。まあ足元なんだけど。

 

「この者は何者ですか?」

「……」

「カナーベル王国は、ドワーフや獣人も、数少ないながらも受け入れてる国。ですが貴族、ましてや王族と彼らとの間に、直接的な交流はないはずです」

 

 カナーベル王国は表向き、ドワーフや獣人を差別したりすることはないと謳っている。

 

 だが、彼らが例えば、要職に取り入れられたりとか、爵位を賜るといったことはない。ありえない。

 それはカナーベル王国が「人間の」国であり、その領土全てを、人間の貴族が統治するというシステムであるがゆえの、当然の帰結だ。

 

 王族は人間、貴族も人間。彼らは、彼らが尊いと自認するその血を守るため、王族間、貴族間で婚姻を結び、先祖から受け継いだものを近親者によって守ろうとする。

 そこにドワーフや獣人の血など、混ぜようとするハズもない。

 

 だから王族、それも政治に関わってもいないだろう王女には、ドワーフとの繋がりなどあろうハズがないのだ……本来であれば。

 

「協力者に裏切られた……そんなところですか?」

 

 問うと、王女は怯えたような表情を見せる。

 

「今この念話のダイアモンドで、その向こうにいるモノと話をしました。どうやら彼が、殿下やこのドワーフを操っていたようですね」

 

 無言で、何も答えようとしない王女を前に、ふぅとため息をひとつ。

 

「見ての通り、私は魔法使いであるハーフエルフのアリスと知己(ちき)があります」

「え……」

「そして殿下は、悪い魔法使いに騙されていた」

「……騙されていたのなら、私は被害者です」

「ですが殿下。殿下のなされたことは、第二王子殿下をも巻き込んでしまっておいでです」

「それっ……は……」

「これってどちらの方が、罪が重いと思われますか?」

 

 相殺を言外に匂わせ、提案を持ちかける。

 

 お互いが、お互いの秘密を秘匿し合おうじゃないか……と。

 

「このドワーフには、おそらく正面からアリスと戦える力は無かった。そのことは事前に知らされていたのでしょう。だから殿下を人質に取り、襲ってきたのです。彼はこう言っていましたね。神の火をよこせと。殿下も、神の火が欲しいのですか?」

「ちがい……ます」

 

 王女は、悔しそうに言葉を搾り出す。

 

「弱みでも握られましたか?」

「……ちがいます」

「大変に失礼ながら、念話の向こうの彼に心でも奪われましたか?」

「ちがいます! 私はなにも知りません! 私は被害者です! 言いがかりはやめてください!」

 

 ならば。

 

 彼女には彼女なりのプランがあって、それがこの時点で頓挫した……もしくは頓挫しかけている……そういうことだろう。

 

 だが案外強情だ。彼女は彼女なりに、プライドの高い人間なのだろう。悪い意味で。

 

「殿下。私は殿下がなにをやろうとしていたのか、そのことを存じておりません。念話のダイアモンドの向こうの者も、そのことについては言及していませんでした。殿下の目的がなんであれ、それが成功しようが失敗しようが、彼にはどうでもいいことだったのでしょう」

「……そうで……しょうね」

 

 王女はうらめしそうに、切断され、現在も治療継続中の、自分の指を見る。

 

 自分は間違ったことをしたけど、もう十分報いを受けたから自分は被害者ですという心境かな?

 

 そうやって開き直られると、ちょっと困るな。

 人は、自分に正当性があると思っている時ほど、無慈悲になれるのだから。

 

「治りますよ。アリスはすんごい魔法使いですから」

「当然です。未婚の王女の身体に傷などあってはいけないのですから」

「あっ、ハイ」

 

 おまけに、治療したことに恩義を感じてくれるようなタマではないようですね。

 

 どうも、こちらの提案……お互い、秘密にしませんか?……は、通らないようだ。

 

 はぁ……。

 

 しかし治せて当然。嫌な言葉だね。

 

 本氣で言ってるにせよ、強がりで言ってるにせよ、医療関係者の勤労意欲をそぐ言葉だと思うよ。そうわめき散らす入院患者に、看護師も医者もうんざりした表情を浮かべて、それでも慣れてるのか無言で仕事をこなそうとする。

 前世の終末期には、たまに見た光景ですよ。

 

 あー、アリスさんや、イラッとしたのはその表情でわかりますが、それで治療の手を抜いたりはしないでね。

 

 しかし、この態度だと困ったことになる。

 

「それで、この者は誰で、なんと言って王女殿下に近づいてきたのですか?」

「わかりません」

「言い換えましょうか、念話のダイアモンドの向こうにいた男は何者で、彼はなんと言ってこのドワーフを殿下にお付けになったのですか?」

「……彼は名乗らなかったのですか?」

「はい。ですが今よりカナーベル王国を捨てると明言していました」

「……どういうこと?」

「それを私も知りたいのですが」

「ティナ」

「ん?」

 

 そこへ、ご機嫌斜めなアリスが、割り込んできました。

 

「とりあえず、このままでも自然治癒が可能なレベルまではくっつけた」

「応急処置が終わったってこと?」

「え?……ああ、うん。神経と血管、あと骨の一部だけくっつけた。あとは包帯でも巻いておけば半年くらいで完治するはず。傷は残るけど」

「ふむ」

「傷は残る……ですって!? きちんと治しなさっ……いたっ!!」

「ティナ、こいつ船から蹴り落としていい?」

 

 やめたげて。氣持ちはわからないでもないけど。

 

「ティナ……言ってたよね? ミアに手を出したら許さない……って」

「……」

「……向かわなくていいの?」

「どこへ向かうというのです! 全てが手遅れになる前に私を討伐軍の本陣に戻しなさい!……ぁつっ!!」

「うっざっ。やっぱコイツ、投げ落としちゃダメ?」

 

 やめたげて。氣持ちがわからない氣もしないではないそんなアンニュイなセンティメントが(ほの)かに漂う今日この頃だけど。

 

「……話の途中で、私達がユミファを懐柔して向こうへと逆に解き放った……そう思わせるように誘導してみた」

「んんん? どういうこと??」

 

 ……クソ。いろいろ好き勝手言いやがって。

 

「俺は不殺(ころさず)の誓いなんて立ててない」

「え?」「ティナ様?」

「向こうは、なんていうか……何者かが襲ってくると判っていたら、表に出て迎撃するより、罠を張って待ち構えるタイプの人間なんじゃないかって思えた。なら、ソイツを襲う、そういう存在があると匂わせれば、少しは足止めができるんじゃないかなって思ったんだ。ここから王都まで、ユミファの飛行速度で()時間とみて、諸々あわせれば数時間は余裕があると……思うんだけど……」

「自信、無さそうね」

 

 それは当然だろう。

 

「相手の性格、その手に残るカード、真の目的、どうしたらどう動くのか、それを確定するためのデータが絶対的に足りてない。話した感じ、厄介なクセモノの匂いがぷんぷんした。搦め手を好みそうな、陰氣な雰囲氣を醸し出していた。でも、それすらも擬態だった可能性がある」

 

 バレてしまったから、私は途中から、自分のミアへの執着を強く相手に印象付けた。

 

 向こうが、私の誘導した通りに考える人間であれば。

 

『死ね!!!!!!!!!!!!!』

 

 あれは擬態だった。あれこそ私の擬態だった。

 

 だけど私はあの一言に、ありったけの殺意と、全身全霊でミアを守るんだという想いを込めて、放った。

 

 だから。

 

 向こうが予想するであろう、私のこの先の行動は、まっすぐ……ミアを守るため即座にお屋敷へ戻ろうとする……だ。

 

 この黒船の存在は、ドワーフを通じてあちら側にも伝わっている。

 向こうにも同じような移動手段があったとして、ここから私達のお屋敷までの距離と、王都からのそれは何倍も違いがある。

 

 私の行動が「ミアを守るため即座にお屋敷へ戻ろうとする」一択なら、物理的に私の方が先にミアの元へとたどり着ける。

 

 となれば、これは向こうとしては、負けが確定している勝負だ。

 

 通話の向こうの男は、負け確の勝負に全力を尽くすような性格にも思えなかった。

 

 ならば、可能性が高いユミファ襲撃への備えに、しばらくは回るハズなのだが……。

 

「けどそんなの希望的観測だ」

 

 これは全部、推定で推測で、そうなってくれたらいいなと私が思っているだけのモノだ。

 

 他人の性格なんて、少し話しただけじゃわかるはずがない。私がこうかもしれないと感じているだけ。相手にはドワーフ以外の仲間……じゃないか……手下がいて、それが今もこちらの動向を窺っているかもしれないし、ひょっとしたら向こうには瞬間移動などの、この黒船よりももっと常識外れの移動手段があるのかもしれない。

 

 かもしれない、かもしれない、かもしれない。

 

 そんな言葉に……心が黒く塗りつぶされていく。

 

 今ここにミアがいない、そのことが不安でたまらない。

 守りたい。この腕にミアを抱き締めたい。抱き締めたミアが幸せな顔で眠っていて欲しい。その寝顔をずっと見ていたい。

 

「……ミアを完璧に守る方法は既にある。ユミファを起こし、ミアをアリスの結界に閉じ込め、そのまま封印してしまう」

「ティナ様!?」「何を言ってるのティナ!?」

「アリス、この実行は、可能?」

「ティナ! 貴女自分が何を言ってるかわかってるの!?」

 

 わかってる。それはミアの時間を止めることに等しい。そしてミアを、一時的にせよ、パパとママから奪うことになる。

 

「いいから答えて!」

 

 でもそんなのはどうでもいい。

 

 ミアを守れるのなら、私は鬼にも悪魔にもなる。

 人だってきっと殺せる。念話での通話ではああ言ったが、俺はミアを生かすためならなんでもする。誰だって殺す。誰が不幸になろうとも構うものか。それが俺であり私の、絶対に譲れない部分だ。

 

「ティナ様……」

「……できるできないで言ったらできる。けどユミファ一体分より精緻な操作が必要だから、魔法としては難しくなる。キャパシティも多く削られるから、成功してもあたしは今よりもっと簡単な魔法しか使えなくなる」

「やりたくない?」

「あのさぁ……ティナ。あんたさ、やっぱりあたしをナメてるでしょ?」

「……」

「あたしが低級魔法しか使えない存在になっても妹を、誰にも手を出せない状態にしてしまいたい? あのね、敵はあたし狙いなんでしょ? 封印を維持するには封印の石をあたしの(そば)に置いておかなければいけないの。だったらあたしがずっと妹ちゃんの(そば)にいて、それなりの魔法で守る方がいいでしょ? そうしてほしいって言わないってことは、あたしにその力がないと思ってるからでしょ?」

 

 ああもう、そんなことはわかってるよ!

 真っ黒なままの心が、反駁(はんばく)を反射する。

 

 もう心の中がグチャグチャだ。

 

 私は鬼でも悪魔でもいいんだ。

 

 ミアだけは、ミアだけは幸せに、生きてくれなくちゃ、私は……私という人間の存在する意味が……。

 

「……じゃあ」

 

 なにか。

 得体の知れない場所へ足を踏み入れようとしてる……そんな悪寒だけがあった。

 

「じゃあ、なによ?」

「じゃあ、アリスは、その力を確実にするために、そのためだけに」

 

 すると、視界にアリスの眉が歪んでいくのが見えて。

 

「ユミファを殺……っんぐ」「ダメですティナ様」

 

 その瞬間に、私は後ろからサーリャに口を塞がれていた。

 

 本能がどこか、助かったと囁いている。

 

 え? 王女は?……あ、なんか足元でうめいている。頭を押さえてうめいている。どこか船の(ゆか)(岩)にぶつけた?

 踏んだり蹴ったりだね。ご愁傷様。

 

「それは、口にしてはいけないことです」

「……もう大体口にしてたけどね」

 

 氣が付けば、アリスが右の拳(グーパン)をテレフォンな感じに構えていた。

 あと数語口にしてたら、私はアレで殴られていた……のかな?

 

「んー!」

 

 なぜ止めるの、サーリャ。

 

 冷静になる心の一方で、黒い心はそう囁く。

 

 だが、アリスの……その攻撃的なポーズでなく、悲しそうな、寂しそうな……終末期の病人のような……その顔を見て、私の頭からは、本格的に血の氣が引いていった。

 

 黒かった胸の内がひび割れ、そこへ氷のような何か侵入する。

 

「ごめんなさいアリス。主人の無礼をお許しください」

「知ってたし、ティナが妹を大好きなのは」

 

 ふてくされた子供のように、視線を外すアリスを見て、私は失敗したことを理解し、悟る。

 

 なにか、私はアリスの禁忌(タブー)に触れてしまった。それがハッキリとわかる。

 

「……ふぁーりゃ、て、はなふぃて」

「……はい」

 

 サーリャの手がのけられた。

 

 私の消沈が伝わったのだろう、背中のサーリャからは、氣遣うような空氣が感じられた。ダメだ落ち着け。あの男(?)の闇に飲まれ、私はとんでもないことを口にするところだった。

 

 支えてくれるサーリャに、その温度に、私は泣きそうになる。

 

「ごめん、アリス」

「いいよ。家族って大事だもんね」

 

 家族……そうか、それがきっとそれがアリスの禁忌(タブー)

 

 だとしたら私は最低だ。

 

 今もアリスの胸には、黒い宝石のブローチが月光を受け、光っている。

 

 私の家族を救うために、アリスの家族を殺せと、私はそう言いかけたのだ。

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

 地上百メートル以上の狭い船の上で。

 

 心細くなって周りを見れば恐怖しかないその場所で、頭を下げる。

 

 自己嫌悪から、ここから飛び降りてしまいたいという氣持ちが一瞬だけ生まれた。

 

 でもそんなものは、風の運ぶ死の恐怖がすぐにかき消してしまう。

 

 怖い。

 

 落ちるのが怖い。

 

 怖い。

 

 堕ちるのが怖い。

 

 落ちて死ぬのが怖い。

 

 堕ちて見捨てられるのが怖い。

 

 氣が付けば足がぶるぶると震えている。

 

 ……ふっと、サーリャの手が、背中に当てられる。

 

 大丈夫。

 

 私は貴女を絶対に見捨てませんよ?

 

 そう言いたげな、優しい感触。

 

「ふ、ふふふふふ……家族が大事? ですって?」

 

 だがそこに、(かん)に障る声。

 

「ねぇ貴女達、先程から何を言ってるの? 家族が大事? 妹が大好き?」

 

 サスキア王女が(あざけ)りの声をあげている。

 

「私は父も母も兄達も、妹も、好きと思ったことなんてないわ」

 

 ……知らねーよ。っていうか知りたくねーよ。アンタんとこの家庭の事情なんて。

 

「それは……王女殿下には……御身(おんみ)が属されているカナーベル王国、王家への反逆の意思があると……そう仰せのことでしょうか?」

「違うわ、貴女も男兄弟のいる貴族令嬢ならばわかるでしょう? 私達はいずれどこかの家に嫁ぎ、その家の方針に従って生涯を生きる。それが正道。生家を愛する必要はないの」

「……お畏れながら。我々に与えられた責務は、生家と婚家を結びつけ、その橋渡しとなること。生家を軽視していい理由などございませんが?」

「そんなの建前でしょ!」

 

 まぁそうだけど。

 貴族社会は、その建前こそが大事のハズなんですがね。

 

「ねぇ、なんかコイツすっげーめんどくさいんだけど」

 

 どうどう、アリス。

 

 だがまぁ、ヘイトの向かう先が移ったのには感謝するよ、サスキア王女。

 

「それより、結局どうするの? 大好きな妹を、助けに行くの? 行かないの?」

 

「……ミアを守りたい」

「わかってるわよ」

「ミアは、パパとママと一緒に、あのお屋敷で幸せに過ごしてもらいたい」

「ティナ様もご一緒に、ですよ?」

「それは私もそうしたいけど、私があのお屋敷に居ることができるのは、もう何年もないと思うから」

 

 私があのお屋敷で過ごす時間は、もう長くても五年、短ければ二年もない。

 私は、もう少しすればどこかの誰かに嫁ぎ、あのお屋敷を離れる。

 そうして残りの人生のほとんどを、どこか見知らぬ土地で過ごすことになる。

 

 そんなのはサスキア王女に言われるまでもない。

 

 言われるまでもないんだ。

 

「……はい」

「貴族令嬢なんてつまらないわね。貴女も、私も」

 

 それはもう決定している運命で、この世界における貴族令嬢の常識。社会通念(エンドクサ)といってもいい。そんなものと闘う氣は、生まれる前から無かったし、だから私は多くの異世界転生系主人公に備わっているような、世界変革の(いしずえ)となる、常識外れの力なんてモノは望まなかった。

 

 どうしてか、特異な力は、なにやら持ってしまっているようだけど、それは自分の意思でどうこう出来るものではない。私に力はない。

 

 私に、世界は変えられない。それは今この時も、何も変わらない。

 

「アリス、教えて。瞬間移動が可能になるようなマジックアイテムとか、この船の移動速度を越えるような移動手段って、魔法的手段で存在する?」

「魔法は……あるかないかで言ったらあると思う。でも、それは工程千を超える超級魔法の、ユニーク魔法でしかないと思うから……そんなことが可能な魔法使いだったら……あたしを殺したいんだったら、最初からあたしの近くに飛んできて、直接殺すんじゃないかな……普通の魔法使いならそうすると思うよ?」

「……やっぱりそう考えるよね」

 

 向こうの魔法使い……マジックアイテム使い?……にも、力の限界はある。

 

 ならば。

 

 それならば、やはりまだほんの少しだけ……多くはないけれども……時間がある。

 その時間は有効に使うべきだ。

 

「私はミアを本当の意味で守りたい。……なら、そのためにしなきゃいけないことが、まだここにある」

 

 私は世界のために闘うチート使いなんかじゃない。

 

 私が闘うのはそんなあやふやなモノじゃなくて、目の前の不合理や悪意……そういう、放置すれば自分や自分の周辺が、どんどんと傷付いていくようなナニカだ。

 

 今も背に感じる暖かさから、心に何かが流れ込んでくる。

 

 死の(とこ)にあっても、あたたかだった母の手。

 

 変わってしまったこの右手にも、まだその感触は残っている。

 

 この温度を、もう二度と悲しませたくない。

 

 哀しませたくないんだ。

 

 失敗しても、見捨てようとしない人がいてくれるのなら、せめて前には進まなければいけない。私は常勝無敗のチート人間などではなく、沢山の人に支えられながら、ひっそりと生きている、弱い人間なのだから。

 

 私は、私を睨んでいたサスキア王女と視線を合わせた。サーリャに支えてもらって、(ようや)く見ることができた。

 

「王女殿下、先程、全てが手遅れになる前に本陣へ、とおっしゃられましたが」

「……え?」

「なにがどう、手遅れになる前に……なのですか?」

「えっ……」

「殿下はいったい、何をされたのですか?」

「……」

 

 あからさまに目を逸らす王女。その姿に、おっとりしたお姉さんの面影は、もうない。

 

「討伐軍本陣、そのほとんど全員が不可思議な眠りに侵されてました。……あれは殿下の仕業……ですよね?」

「っ……」

「先程、殿下のなされたことは第二王子殿下をも巻き込んだ……そう私が言った時、殿下は否定されませんでした」

「……私は何も知りません」

「もう一度伺います。殿下は先程、”手遅れになる”という表現を確かに使われました。その言葉のニュアンスが、私の知る本陣の状態と微妙に食い違ってます」

 

 ただ、眠りについているだけというなら。

 

 眠りは……時が来れば醒めるものだ。

 手遅れになるような要素はない。

 

 ならば王女はまだ何かを隠している。

 

 今すぐ本陣に向かい、この目で確かめるのもひとつの手だが、ここは先に、目の前の明確な被疑者から詳細を聞いた方がいい。私は今、サーリャとアリスの命を預かっている。軽挙妄動をするわけにはいかないんだ。

 

「私は知りません! 私は王女です! 貴女はカナーベル王国の臣下でしょう! 越権行為ですよ!」

「これももう一度言わせていただきます。殿下、殿下が継承権上位であるところの第二王子殿下を害す、害した可能性があるというなら、ここで殿下を捕縛しても、貴族法には触れませんよ?」

「汚らわしいエルフを連れている犯罪者の言葉など……きゃっ!?」

「ティナ!?」「ティナ様!?」

 

 あ、やべっ、とうとう手がでちゃった。

 

 なんだ……自分でも意外だ……そっか、私……アリスを侮辱されたら、怒るんだ。

 

 アリスを守る理由、いつの間にかできちゃってたな。

 

「あ、貴女!! 何をやったかわかっているの!?」

「失礼しました。侮辱するモノには報復を、これもまた貴族のナラワシと記憶しています」

「いかな理由があれど王女を傷付けてもいいと記す法律はないわよ!!」

 

 まぁそうですね。

 

 でも、キスの前にアリスにしたモノよりも、軽いビンタで、傷付けるってほどのモノではなかった氣がしますけどね。なんせ搭乗人数が二人も増えたもので、足元がアレなもので、腰の入れようが無かったのです。ちえっ。

 

 なんにせよ、もう事態はそういう建前の領域を遥かに超えているのです。

 

「お、お父様にも叩かれたことなんてなかったのに!」

 

 わっかんないかなー。

 

「信じてもらえるかわかりませんが、私に、王家への反逆の意思はありません。そんなモノは皆無であると、父と母の名にかけて誓ってもいいです。殿下、今は非常事態です。第二王子殿下の身に危険が迫っていないというなら、私も引きましょう。ですが……違うのでしょう?」

「あんな汚らわしい兄なんか、死んで当然よ!!」

 

 わーお。

 自白したよコイツ。

 

 めっちゃ重要なことを自白しやがったよコイツ。

 

「いかな理由があれば、王子を傷付けてもいいと記す法律が存在するのですか?」

「っ……!」

「なるほど、ことは放置すれば第二王子の御身、御命(おいのち)が危ういものであると」

「そ、それは!!」

 

 いよいよもってこれは放置できない。

 

 第二王子なぞどうでもいいが、本陣にはサーリャのお父さんがいるんだ。

 

 サーリャを泣かせることは、許さない。

 

「アリス、念話のネックレスみたいなマジックアイテムがあるなら、もしかして人の思考を読む魔法ってのもある? 人が秘密にしていることを探れる魔法」

 

 サスキア王女がその言葉にビクっと反応する。

 

 念話のネックレスは、その氣になればある程度思考を隠匿(いんとく)することが可能のようだから、もっと心底まで探れる手段があれば助かるのだが。

 

「あるとは思うけど、あたしには使えないよ。精神系は大体ユニーク魔法だから」

 

 胸をなでおろす王女。

 

 そうなると……困りますね……。

 

「王女殿下、第二王子のお命が危ういのですか? そして殿下は、その救出のため必要な情報をも秘匿されるおつもりですか?」

 

 不安と焦燥に、心が落ち着かなくなってくるのを意識して抑える。

 

 抑えようとした。

 

 私はこの時、間違いなくその努力はしていた。

 

 王女の、この次の言葉を聞くまでは。

 

「知らない! 私は悪いことなんて何もしてないもの! みんな嫌い! あなたも嫌い! もうみんな死んじゃえばいいのよ! あんな兄が死んだらなんだっていうのよ!

 

 死んじゃえ! 貴女もそこの貴女も貴女も! ()()()()()()()()()()()! みんなみんな死んじゃえ! 苦しんで死んじゃえ!

 

 ブチリ……と。

 

 その言葉を聞いて、脳のどこかが切れた氣がします。

 

「そう……ですか」

 

 一瞬、心の奥深いところで悩み、すぐに決断を下します。

 

「なら仕方無いね。……サーリャ」

「……はい」

 

 これはもう非常事態です。非情な手段を選びましょう。

 雰囲氣の変転を察したサーリャが、私の背からその手をどけてくれました。

 

 ああ痛いな。

 

 ああ冷たいな。

 

 心の氷が、ピキピキと音を立てている。

 

「てぃ、ティナ? なんかティナから、陽じゃなくて違う波動が溢れてるみたいに見えるんだけど!?」

 

 アリスがなんだか、若干引いてます。

 

 だから何?

 

「いやだからなんだって話じゃないんだけど……顔、怖いから」

 

 そうですか、だから何?

 

「言ったでしょ? あたしにはティナの波動の様子が伝わってくるの。ティナの波動、今、凄く……怖い……マグマみたいに熱いのに……冷たくて……苦しい」

 

 アリスを無視し、私はサーリャへと向き直ります。

 

「ロープ、預けてたよね。キルサさんとナハト隊長を解放した時。アレ、出して」

「……はい?」

 

 先程の会話で、拷問してもいいんだぜ……とは言いましたが、向こうの言う通り、何かを知っているだろうドワーフさんは電撃で? 完全に氣を失っています。

 

 さて、ここは地上数百メートルの船の上です。

 

 あの時、ふと思いついた拷問方法があります。

 この思考を読まれたのか、それへ、愉快なことを考えるねと言われたので、それ以降の思考の漏洩(ろうえい)には、本当に氣をつけていました。

 

 ……お前の悪趣味よりかは、だいぶマシだと思うがね?

 

 まぁ……ドワーフさんの口を割らすことはできないので、ならばもうひとりの何かを知っているだろう関係者さんに、口を割っていただかなくては……困ります。

 

 いえ、何かを知っているだろう関係者などと、ボカして言うのはやめましょう。

 

 当該人物であるところのサスキア王女は、既に自暴自棄になってる上に、舌戦(ぜっせん)に慣れているという感じでもありません。

 

 脅し、煽り、ハッタリをかましていけば、なんだかんだで全ての情報が引き出せそうではあります。ですが、もう色々な意味で時間は無さそうです。

 

 屈強なドワーフにするなら、私の胸もまだ痛まないのですが……。

 

 思考が深く、暗い場所へと入っていくのがわかりました。

 

「こ、この上なにをする氣なの!?」「ティナ!? なんかめっちゃ怖くなってるよ!? 顔!!」

「こないで! 不敬よ! くるなぁ!!」

 

 まぁ……それでも……王女が睨む、その敵を見るような目を見て。

 

 ついでに、その、ロープできつく縛ってもおみ足のお肌が傷付かなそうなパンツ……おパンツじゃない方の、パンツルックの方のパンツ……オリハルコン由来の染料で染めた糸を綾織(あやおり)にした、ライトグリーンの超お高いパンツ……を見て。

 

 私は、ここは鬼になると決意しました。

 

 

 








メイドさん「あ、こいつ死んだわ」


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