悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる 作:ZenBlack
<アリス視点>
ああもう!
結界は全方位に張ると音も光も遮断してしまう。
中から様子を窺うことは……まぁ多少はできるけど、行動にタイムラグが生じてしまう。そんなの、後ろの方が……ティナとサーリャが心配で……やってらんない。
かといって、ティナ達に「あたしとは脅されて行動を共にしていただけ」という、言い逃れの道が残されてる以上、あまり共闘してる風を装う……っていうか明らかにするのも悪手だ。
だから攻撃される方向にだけ結界を張って、
「ああもう!! なんで無駄だってわっかんないのかな!?」
「それはどうかな、魔女よ」
「っ!?」
何合目か、久しぶりに正面から打ち込んできたと思ったら、槍が結界に当たる前に……軌道を変えた!?
動きが早すぎて見えない!?
「くっ!」
ただの勘で、両脇の結界の強度を上げ、その範囲を広げた。
右脇に、結界が何かを止めた感覚。
「ふむ。その顔……賭けに勝ったというところか? だが、あと何回、勝ち続けられるかな?」
右脇の結界に、揺らぎが感じられる。
今のは何!?……繰り出された槍がその軌道上でクンと滑らかに曲がる……そんな幻影を見た。
「
槍の……握りが違う?
左利きなのか、左手に持つ槍の、その握りがどこかおかしい。
薬指と小指、それだけであの長大な槍を握っているように見える。
ミスリル製のようだから、重さこそ、見た目ほどではないにせよ、普通、あのサイズの槍は両手で持ち、扱うモノのハズ。アイアもたまに片手で槍を扱っていたけど、アイツの槍の長さは身長のよりも少し短い程度のモノだった。
コイツの槍は……コイツの身長よりも長い。
「突き出しの最中に、指の動きだけで軌道を変えた?……」
身長よりも長い武器なんて、扱い難いと思うんだけど、コイツはそれを自由自在に使いこなしている。
今の動きが、どういうモノだったのかは想像だにできないけれど。
けど、槍を片手の薬指と小指だけで確実に支持できるというなら、残る指、残る腕で何かしらの操作は可能……ということなのだろうか?
このチビ、どういう指の力をしてるんだ?
「風魔法!
「おっと?」
風魔法の様式のひとつ、
かまいたちを生み出し、それでやたらめったら対象を引っ掻くように斬る魔法。
それが、チビには命中せず、岩にぶつかってザギという嫌な音を立てる。
この魔法は、あたしが使える攻撃魔法の中では、雷魔法に次いで効果範囲が広い。
雷魔法は制御が難しくて、あたしじゃ、それをショートレンジで
それに、面で攻撃できるってことは、結界の向こうにもうひとつの結界を作れるってことにも等しい。防御を固めるという意味でも、現状には適していた。
だからこの場では、実質これが最善手となる。
……ハズなんだけど。
「当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!」
「荒い」
相手のチビはもう、とにかくもう、こちらに狙いを定めさせないよう、動く動く動く。
左に跳んでは右に返り、向かってきたかと思うと次の瞬間、遠くにいる。それはもう、なんじゃこりゃってレベルで動き回っている。ウザイ。
……と。
「そら」
真横。左側面から直線でチビが突っ込んでくる。
「んっ!?」
慌ててそちらへ結界を傘状に張る……が。
「賭けろ」
槍が地面に刺さり、チビの身体があたしの視界から消える。
刹那……うなじにぞわりとする悪寒。
直感に従い、結界を頭上へと移した。
「ふむ」
ちらと頭上へ視線を送れば、そこで蠢く
「いい判断だ……否、殺氣を読んだか?」
「ん!?」
目の前の、地面に刺さったままだった槍が……細い鎖のようなもの?……で引っ張られ、チビの手に戻る。
今、槍を手元から放していたコイツは、ならば
手や足でなかったことは確かだけど……。
「しっ!」
その疑問に答えを出す暇もなく、再び四方八方から槍で攻められる。
「ああもう! ウッザイ!」
「ふんっ」
再び
運悪くか、
「威力こそ、当たるならば即死の域。だが感情が乗った攻撃は避け易い」
ハイハイハイ! だから何!?
「互いに攻撃が当たらないとなれば、これは防壁を破る勝負」
……って喋りながら高速移動すんじゃない! 声が周囲からぐるっと聞こえて、ぞわっとするわっ!
「五十人あまりの集団を一度に寝かした魔法は使えないようだな。なにかしらの制限があるのか?」
「だからそれはあたしじゃないっての!?」
「この身体は十年の無為より、もはや眠らないモノと化したハズだったのだがな。数年ぶりに、夢で恩師の顔が見れたことには、感謝しよう」
「知らないよ!?」
なにコイツ、不眠症?
だから眠りに抵抗力があるとか?
まぁどちらにせよ……あたしの睡眠魔法の効果範囲は狭い。小船の上とか、身動きのとり難い場所で使うならともかく、こんな開けたところで動き回る相手には、使い物にならない。
……それはあたしが使える、大体の攻撃魔法でそうだけど。
「攻める手段が他にないなら、この勝負、こちらに分があるな。その防壁は、いずれ破れようぞ」
「……はっ。だから何? 確かにあたしの結界には多少の穴は空いてるかもね。でも」
結界を、別の形で展開する。
槍の穂先も通さないほどの、小さな穴を開けたまま、身体の回りを球状に覆う結界。
これなら光も音も通るし、息が吸えなくなることもない。
「あんたの槍を絶対に通さないことなんか、最初から可能でしたけれど?」
「であるなら、どうして最初からそうしない? 何か、それには不利益が伴うのであろう? 相違ありや?」
「さあね」
問題は、結界というのは、物理も魔法を防ぐモノなので……こちらの魔法も使いにくくなるってこと。でも親切にそれを教えてやる氣なんて、こちらにはない。
「しっ!!」
「え?……
と。
首に違和感が走った。いつのまにか、チビは長い槍を地面に刺している。
「アリス!?」「アリスッ!?」
遠くから、ティナとサーリャの、ユニゾンの声が聞こえる。
ああバカ、だからあたしの味方みたいな声をあげるなっ……て……の?
「いっつぅ!? え、ひぇっ!? なんじゃこれ!?」
首を触る。激痛が走ったので、顔だけ傾け、見ると……。
そこに刺さっているモノの正体を見て、一瞬で血の氣が引いた。
「槍は通さなくとも、針なら通すようだな」
「あ、あ、あ、あんたぁ!?」
「それも、ずっと投げてはいたのだがな、今、
慌てて針を抜き、ぷしゅっと血が吹き出るところを、回復魔法で治療する。
見ればそれは、編み棒に近いほどの長さを持つ針だった。だが編み棒よりも細く、黒ずんでいる。なんてもん乙女に投げつけてくれてんのよ! あのチビ!
「こ、こんなもんであたしを殺せると思うなぁ!?」
苛立ち混じりに、地面に針を投げ捨てる。チリッといい音がして、余計にムカついた。
「やれ、魔女とは竜が如く。硬く、しぶとく、
「うら若き乙女になんてこと言いやがんのぉぉぉ!?」
言ってる意味はよくわからないけど、馬鹿にされているのはわかる。
竜が如くは、私には罵倒にならないけど、化生ってなんだ。
あたしはハーフエルフ、うら若き乙女だっつーの。ティナと同じにね。
「そぅれ。首だけではないぞ?」
「え?」
ぎゅんと……槍を置いてスピードを上げたチビが、あたしの周りを一周する。
と……全身へ違和感。
「ひっ!?」
「針刺しになりし氣分や
首に追加で三本、左のふくらはぎに四本、右の太ももに二本。
鎖帷子で覆った胴や、兜に守られた頭、その他装甲のある部分は無事なものの、そうでない部分に沢山の針が刺さっている。
あまりのことに絶句したのか、ティナの悲鳴は聞こえない。
全ての針を抜き、回復魔法を……オマケを付けて……使う。
何してくれやがんのよ!? コイツ!!
「……そ、それで? こんなんじゃ致命傷にはならないわよ?」
「その様であるな。眼球を潰しても回復されてしまいそうだ」
「がんきゅっ……ばっ!」
グロい言葉に、思わず目を庇うように手が上がる。
「……いっつ」
その甲に、氣が付くと生えている針。
「即効性の毒も塗ってあるのだがな。やれやれ」
「このちょっと痺れるのはそれかっ!?」
殺菌という概念をティナから聞かされたばかりだったから、回復魔法には解毒魔法もいくつか混ぜていた。それが自分でも気が付かない間に、功を奏していたようだ。
まーたティナに助けられちゃった……と思うけど……。
けど……まずいな、今はあまり、魔法のキャパシティが残ってないってのに。
「その装備は我が隊のモノ。誰より奪ったのかは知らぬが、僥倖であったな、針への対策としては申し分ない」
「奪ってなんかないわよ!……ちょっと借りてるけど」
「やれ、盗人猛々しいとはこのこと
「どっちも違うから!?」
ティナの
それがあたしの戦力を大幅に引き上げてくれると知られたら、ティナを脅威と見なされてしまうかもしれないからだ。
そうしたら、ティナが貴族令嬢であっても、聖女であっても、問答無用で攻撃されてしまうかもしれないし、そこまでいかなくても、人質にとられたら厄介だ。
あたしは、ティナを人質にとられて、冷静でいられる自信は無い。
幸い、最初の突撃においてあたしが前に出て、結界を張ったから、コイツの
これはいい。ティナやサーリャを狙われるより、ずっと楽だ。
なら、すべきことはあたしがこのチビを倒すことで、あたしが考えるのは、コイツの倒し方だ。
けど……コイツ、強い。ウザイくらい強い。
どうするどうする……どうしよう?
「我らが攻撃は竜を殺すモノ。
「わっけわっかんない理屈言ってんじゃないわよ!?」
涼しい顔でこっちをバカにしてくるチビに、だんだんと腹がたってくる。
こっちは必死だってのにさ!
「……あーもー!! あったまきた!」
ここまで防戦一方だったけど、もう知らない!
針とかさ! 簡単に回復できる怪我でも、痛いモノは痛いんじゃい!
ここまでされて黙っていられるほど、あたしは大人じゃないんだからね!
「ここからは、あたしも殺す氣で行かせてもらうから!」
「むっ」
あたしの頭上に
はん、遠距離の方が、こっちのフィールドだっての!
「動く的に当たらないなら、動かない的に当てるだけ!」
ボゴ……という音がして、チビが背にしていた岩が砕けた。
「ぬぅ!?」
慌てて飛び退くチビ……飛んだ先で、手をついたその周辺の岩を、熱す。
「くっ!
今はティナの魔法ブースターが使えないから、岩が溶けるほどの温度にはならない。
高速移動するチビにしてみれば、大したことのないイヤガラセだろう。
けど眉を
惜しむらはそれが、コイツがずっと槍を握っている、左手ではなかったことか。
そっちなら、ここから攻勢は、少し穏やかなものになったかもしれないのに。
「なるほどこれが魔法……魔法使いとの戦いか」
けど、これまであのチビは、周辺の岩を足場にも盾にもして、こちらを翻弄していた。
そこに、疑義や不安を差し込めればこれは十分。
「感謝しよう、魔女よ。
「知るか! 勝手に言ってろ!!」
ここに林立する岩は、アンタだけの味方ってわけじゃないんだからね!