悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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39話:猫と夜と鳥と人

 

<引き続きアリス視点>

 

「しっ!」

 

 地を這うように低い姿勢で襲ってくる槍使いを、傘状の、穴の無い結界で受け止める。

 

「おりゃあ!」「くっ!?」

 

 受け止めた瞬間、その足元の岩を隆起!……というか爆発させる。

 

 岩の足場へ踏み込み、結界外からの一撃を食らわそうとするつもりなら無駄だ。

 

 槍は指の力だけで動かせるかもしれないが、身体全体はそうじゃない。足の力、バネの力が必要のハズ。その支点となる地点の岩を崩せば、次の動きは止められる。

 

 チビは、曲芸のような体捌(たいさば)きで飛び退き、再びこちらから距離を取るが、ここは岩の森だ。

 

「どりゃあ!」「うっ……」

 

 今度はその足元を隆起でなく陥没、穴へ落としてやる!

 

「甘い」

 

 ……が、それは読まれていたのか、またも曲芸のような……っていうか速過ぎて何がなんだか良くわからない動きで……チビはすぐに別の場所へと移動してしまう。

 

 ここに来てその速度は、更に増しているように思える。

 

 相手の、動きの支点を崩す。

 

 その試みは悪くなかったが、こうまで速く動かれると、どうやらそれも、もう旨くないみたい。崩そうとした支点の地点から、チビがいなくなってしまうからだ。

 

 どこの岩が次に崩れるのなんて、魔法陣の動きからはわからないはずなのに。

 なら……あたしの視線とか、ちょっとした身体の動きから読んでる?

 

 ……どんな運動能力と夜目の利く動体視力と、勘の鋭さなのよ、アイツ。

 

「どうした? 魔法の、土木作業は、終わりか?」

 

 もう、ほんと、コイツ、ウザイ。

 

 あっちこっちに移動しながらの、四方八方から聞こえてくるチビの声に、あたしは決断する。

 

 もっと確実に殺る。

 

「さあ? 続きが見たかったらその命、おひねりにでも(スクィーズ)して差し出せば?」

「ふむ?」

 

 あっちが殺しにきてるんだから、あたしも本氣で殺すつもりにならないとダメだ。

 

「この命、特段惜しむほどのモノではないが……タダでくれてやるほど、安くはない」

「……あっそ」

 

 けどどうする。

 

 単体攻撃魔法のほとんどは、チビのべらぼうな機動力で全部避けられてしまいそう。

 

 雷魔法は、範囲は広いけど制御が難しいから、ティナやサーリャが近くにいるうちは使えない。

 

 身体強化魔法で自分の肉体性能を高めても、技量だけで力の有利を覆されてしまいそうだ。

 

 なら、とりあえずは弱体化(デバフ)目的で手や足、目や耳などを狙ってみるか?

 

 ……それも、ダメな氣がする。

 

 そもそも、あたしはその手の魔法を不得手としているし、単体攻撃魔法が当たらないのと同じ理由で、効果が出るほどのクリーンヒットを狙えないと思う。ティナの生体魔法陣(せいたいまほうじん)が使えるなら、照明魔法で目潰しってのもアリだったんだけど。

 

『賭けろ』

 

 チビの言葉、それと同時に繰り出された……運頼みでしか回避できなかった……鋭すぎる攻撃。

 

 さっきはたまたま上手く防げたが、次がどうなるかはわからない。

 

 あたしはあたしの運の良さを、そこまで信じられない。信じていない。

 

 だってあたしの人生は、運は良いんだか悪いんだかわからない微妙なものだったから。

 パパやママの娘に生まれたことや、パザス達やティナ達に出会えたのは幸運。それは胸を張って言える。

 けど、普通に生きられなかったことや、沢山の別れは、やはり不運だったと思う。

 

 だからあたしの運は普通だ。たぶん、平均化して普通だ。

 

 この戦いを長く続ければ、アイツの体力が切れる前に、そんな普通程度でしかない、あたしの運が尽きてしまう氣がする。

 

 じゃあ体力でなく精神力……緊迫した戦闘で、緊張感と氣概を維持、持続するための精神の力はというと。

 

 それは修羅場を潜り抜けてきた数……場数がモノをいう。あたしも、それに関しては自信がある。だけど……それは向こうにも同じことがいえてしまう氣がする。チビが(まとう)う雰囲氣、死地にあってのあの落ち着きよう……それはなにか、地獄を潜り抜けてきた者特有の、鋼のような精神力を感じさせるものだ。まぁ、それは演技かもしれないけど……相手の甘さ(それ)に期待しだしたら終わりじゃない?

 

 時間は向こうに有利。そう思っていたほうがいい。

 チマチマ、チンタラはやってらんない。

 

「どうした、何か迷っているようだな?」

 

 なら、こっちの有利は、何?

 

「うっさい、ウッザイ、うっごき回りながら喋るんじゃないっての!」

 

 こちらの有利。

 

 それは致命傷を一回や二回、もらっても、回復魔法で難なく生き残れることだろう。

 人間は脆い。人体は脆い。どんなに強くても、どんなにすばやく動けても、どれだけ鍛えていても、ほんのちょっと致命的な傷を負っただけで、その全てが終わってしまう。

 

 つまり、相打ちに持ち込めれば、最後に立っているのはあたしだ。

 

 そうは言っても、瞬時に氣を失ってしまうような相打ちだと、回復魔法をかけることすらできなくなる。

 

 なら……。

 

「ほう……(ようや)く、殺氣に覚悟が宿ったな、魔女よ」

 

 なら、向こうが攻撃でこちらに近付いた瞬間を……狙うか。

 

「うっさい。あたしは魔女なんかじゃない」

「ならば、こちらも戦士として返礼をさせていただこうか」

「戦士の作法なんか知るかバカ」

 

 睨みつけるあたしの視線の先で、チビは一瞬、くん……と、蜘蛛のようにその姿勢を縮めた。

 

 来る。

 

「突!」

「えっ!?」

 

 短い叫び、あるいは咆哮……それが聞こえたと思った、次の瞬間、地面から跳び上がってくるかのような軌跡の槍が……。

 

()っ!!」

「ひっ!?」

 

 それは、まさに地を這う一撃だった。

 

 人の手に握られているとは思えない、

 

 地面ほんの少し上を、

 

 舐めるかのように飛んでくる……

 

 

 

 槍……だけ。

 

 

 

 ……チビの姿が無い。

 

 チビの姿が無い!?

 

 有効範囲をほんの少し、地面寄りへ下げた結界に止められたその槍には、それを握る人の手が、身体が、肉体がなかった。

 

「どこへ!?……ぐっ」

 

 と、背中に違和感。

 

「うしろっ!?」

 

 直感を働かせる間もなく、反射的に後ろへ結界を

 

「え゛……」

 

 結界を、回そうとしたその瞬間、視界が、ぐん……と横滑りに揺れた。

 

 メキリ、と自分のあばらの辺りから、(きし)むような、乾いたような、何かが崩壊したかのような音が聞こえた……氣がする。

 

 脇に意識を向けると、そこに人の氣配。

 

「全方位は守れない盾、ならば同時に三方からの刺突」

 

 認識が襲ってくる。

 

 前方、地面から……槍。

 

 後方……これは針か。

 

 そしてあばらに肘。脆い骨に、硬い骨が食い込んでいる。

 

「……ぎっ!!」

「むっ」

 

 だからなんだ!

 

 痛いけどだからなんだ!

 

 むちゃくちゃ痛いし少し息もしにくいけど、それがなんだっていうの!?

 

 好都合!

 

「捕まえた!」

 

 狙い通り!

 

 痛いけど狙い通り!

 

 ちょっと涙目だけど、狙い通りなんだからね!?

 

「ぬう」

 

 これは好都合。

 

 槍を手放し、生身で攻撃してきたその身体。

 

 それを捕まえる。

 

 魔法で。

 

 正確には、魔法では扱いにくい他人の身体ではなく、その装身具を捕まえた。

 

 軽装だが、そこはちゃんと戦士というべきか、チビも黒い、皮鎧のような何かを身に着けている。胸当てと肩当て、背中の装甲は革だが分厚く、捕まえやすかった。

 

 それを捕まえた。

 

 やっと捕まえた。

 

「……ふむ?」

 

 猫の首根っこでも持つかのような感覚で、革鎧の分厚い背中部分を起点にし、その身体を、ほんの少し宙に浮かべる。チビは体重もそこまで重くないのか、丈夫そうな革鎧は、そんなことではビクともしないようだった。

 

 チビが、何度か(くう)で身体を捻るが、そんなことでこの拘束からは逃れられない。

 

「いやあああ、ナハト様!」

 

 バカ王女がなんか叫んでるけど、どうでもいい。もうアイツのセリフ、カットね。

 

「知ってる? 魔法使いってね、空も飛べるの」

「ふむ」

 

 飛行魔法。

 

 今日はこれを、もうさんざん使わされた。ティナのブラックご主人様め。あたしはそれでも喜んじゃいそうなサーリャとは違うんだからね。

 

 だけど、だから今日という日の(シメ)も、これに頼るべきだろう。

 

 相打ち覚悟で、攻撃を喰らってもコイツを捕まえて、上空に放り投げて倒す。

 

 それがあたしの狙いで、コイツはまんまとその罠の中へとやってきてくれたのだ。

 

「けど、普通の人間はどうかな? アンタ、空は飛べる?」

 

 チビを更に上へ浮かべる。まだ話をするのにも億劫じゃない程度、向こうの足先が、こちらの視線の高さ程度。

 

「ふむ。この身体で飛べるか、飛べないかで言えば……飛べないと答えるべきであろうな。それが人間というモノであるがゆえに」

 

 チビが、少し顔を顰める。竜殺しかなにかしらないが、どうやらコイツも、高いところは怖いようだ。

 

「人は空を飛べぬ。飛ばぬ。それが魔道に堕ちたモノとの違いだ」

「それが人間の限界ね。あたしならどんな高さから落とされても、生きて戻ってくるわよ? アンタと違ってね」

「さて? その割に、人は当然の如く鳥を殺して喰らい、鳥が人を殺すというのは中々に聞かない話であるが?」

「はぁ?」

 

 なんかわけがわからないことを言ってるな。焼き鳥でも好きなの?

 

 そうだ、今度山で鳥でも獲って、ティナに持っていってあげようかな。あたし、野鳥を(さば)くのも、串に刺すのも、焼くのも上手いんだよ。森で生活してた時、アイアが教えてくれたからね。

 

 あたしはそうやって生きてきた人間なの。アンタとは違う。

 

「あたしは鳥じゃない。パパとママの子でエルフの血をひくモノ。アリスよ」

「ふむ、それでそのアリスとやらは、俺をどうしようというのか?」

「殺すよ。このまま空に放り投げて殺す。アンタは空を飛べない人間だから死ぬの。あたしとは違う人間だから死ぬの」

 

 コイツを殺したら、ティナの立場がどうなるのかはわからない。けど、今なら目撃者はあのバカ王女だけだ。なら……たぶん、ティナは止めると思うけど……アイツは、あたしが、問答無用で口封じをしてしまおう。

 

 ティナは今の生活を大事にしている。(ミア)ちゃんが不幸になる選択はしないだろう。

 

 それでいい。

 

 もしかしたら、それであたしはティナの信頼を失うことになるのかもしれない。

 

 それでもいい。

 

「なるほど、人が憎いのか」

 

 あたしは人殺しだ。リルクへリムやティアが差し向けてきた刺客を……実際にトドメを刺したのがアイアやアムンであっても……屠ったことがあるし、エンケラウだってあたしが殺したようなものだ。それも……酷く苦しめて。

 

 ティナは清純無垢で純情な少女ってわけでもないけど、人殺しと、そうでない人間には、エルフと人間以上の隔絶がある。分かり合えなくて、距離を取られても仕方無い。それでいいんだ。それがあたしとティナの、本来の距離であるなら。

 

「別に人間全部は恨んじゃいないから。そんなのどうでもいいから。でも、あたしを魔女と呼ぶ人間は大嫌い」

 

 ティナはママみたいだった。ティナはママみたいにあったかかった。

 

 それに、ほんの少しだけ長く、甘えてしまったけど。

 

「そうか。俺は憎いがな。弱い人間が憎い。弱さに耐えられない人間が憎い」

「知るか。遺言は、それ?」

 

 その恩を、ここで果たそう。

 

 人殺しにしかできない形で、あたしはこの恩を清算する。

 

 恩を清算するって、別れのための儀式みたいだね。

 

「俺に遺す言葉など無い。俺は戦場に生き、戦場で死ぬ、ただの木石(ぼくせき)だ」

「あっそ」

 

 怒りも、怯えも見せないチビの態度に、あたしはもう、どうでもよくなる。

 

 罪悪感は、もう消えた。

 

 だから、もういいや。とっとと消えて。

 

 問答は終わり。さようなら。

 

「ぬっ……」

 

 くんと天空にチビの身体を投げる。

 

 バカ王女が鬱陶(うっとう)しい叫び声をあげるけど、シカトシカト。

 

 船で飛んでいた時より、更に上の方へチビを投げ捨てる。

 

 ただの人間に、あの高度から落ちて生き抜く強度はない。

 

 ただの人間に、飛行魔法は使えない。

 

 なら、チビはもう確殺完了(かくさつかんりょう)

 

 一件落着。おーしまいっと。

 

 鬱陶しい相手だったけど、こうしてみればあっさりしたもんね。

 

「ふぅー……」

 

 でも人が落下して潰れる瞬間なんて、見たいわけじゃない。

 

 あたしはそんな、魔女なんかじゃないんだから。

 

 ……人をまた殺したという、その事実が、この魔女ではない身体に、ザクリと生々しい傷を造った氣がする。

 

 ……仕方無かったから。

 

 ……こうするしかなかったから。

 

 後悔は無いのだけど……生じてしまった傷は痛む。

 

 だからあたしはすぐに、チビを投げ捨てた方向から目を逸らし、その結果へ、結末へ、末路へ、背を向けた。

 

 ……と。

 

 漸く、鬱陶しいのが片付いたことに、ふうと息を吐いて、ティナ達は……どこかなと……暖かい場所を探す猫みたいな視線を彷徨(さまよ)わせた、次の瞬間。

 

「……え?」

 

 ドズッ……という音がして。

 

 あたしの視線が、身体が、斜めに揺れた。

 

 そこへ……槍が生える。

 

「きゃあああ!?」

「ティナ様、お静かに!」

 

 呆然とするあたしの視線、その先の自分の身体に、まるでそれが、あたしからにょきと生えてでもきたかとでもいうかように……槍が刺さっていた。

 

「え……なにこれ?」

 

 その槍は、どう見ても先程まであのチビが操っていた得物だった。

 

 それが……右肩より少し下、心臓に近い部分に……突き刺さっている!?

 

「ぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 激痛。

 

 認識と共に、激痛……というか息苦しさと圧倒的悪寒が襲ってくる。

 

 慌てて背に腕を回し、身体強化魔法をかけた手で槍を掴んで引き抜く。

 

 軽い。

 

 なぜか思っていたよりもそれは軽い。

 

「ぐっ……い、いたっ……きっつぅ……」

 

 だから思ったよりも簡単に、その槍は抜ける。

 

「なにこれなにこれなにこれ!?」

 

 投げ捨てると、それは妙に甲高い金属音を響かせた。

 

「どういうことどういうことどういうこと!?」

 

 何かがおかしい。

 

 それはチビが扱っていた槍とは、なにか齟齬がある。

 

 何かがおかしい。何かを見落としている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 違和感を抱えながら自分へ回復魔法をかけ、右肩の下に空いた穴を閉じる。着込んでいた鎖帷子には大きな穴が開いている。その穴の下にはドロッとした血がべっとり付着している。あたしの血だ。

 

「やはり化生(けしょう)。化け物よな。魔女め」

「アリス! うぇ……モガッ」

 

 ティナの声に、ハッとなって背の方の斜め上を見る。

 

「えっ!?……いだっ!?」

 

 そこへ、何かが飛んできて、あたしの背中へもろに当たった。同時に、ガシャという破砕音。

 

「え? 何?」

 

 何か液体が、鎖帷子を抜け、身体に染みてくる。

 

 ……と。

 

「ぎょえええぇぇぇ!?」

「アリッ……んぅう!?」

 

 痛い痛い熱い痛い熱い熱い!?

 

 炎で燃やされでもしているかのように、背中が熱い!

 

 けど炎は上がっていない、夜の薄暗さは変わらないままだから。

 

 何がなんだかわからないが、とにかく背中全体に回復魔法をかける。

 

「俺は竜殺し。化生を殺す木石」

 

 そこへ、空からでなく、後ろからの声。

 

「……は?」

 

 なぜそれが、後ろから聞こえてくる。

 

 なぜそれは、死んでいない。

 

 なぜそれは、今ここであたしへ殺意を向けられるのか。

 

 痛みと不快と、わけがわからない状況に混乱し、振り向くあたしへ。

 

「しっ!」

 

 槍が、たった今地面に打ち捨てた槍とはまた太さも長さも違う……少し細く、短めの……もう一本の槍が繰り出され。

 

「ぐぼっ……」

 

 あたしのお腹は、それに穿(うが)()かれていた。

 

 

 

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