悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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5話:二次性徴よこんちまた

 タイトル参照のこと、はい、そういうわけで今日はお赤飯の日です。

 

 ……嘘ですごめんなさい。

 

 転生先の地域には、小豆はありますが米ももち米もありません。それどころかインディカ米も無いっぽいです。パエリアすら食べたことが無いよ。サフランはあるのに。ブイヤベースもあるのに。()もいづれの年よりかジャポニカ米チートがしたかとです。

 

 とはいえ私、アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードかっこ十三歳かっこ閉じるは本日無事初潮を迎えるに至りました。それは本当です。やったー、嬉しくない。

 

 タチアナはミドルネームです。父称(ふしょう)とかではありません。そちらの愛称であるターニャは某物騒な世界の戦記と被る氣がしますし、アナ、はネズミの国と被る上、元日本人の現在女性としては却下したいところです。なので、私は周りにはティナの愛称で呼ばせて……呼ばれています。ティナも禁止!……にすると、あとは紐神様の相方な部分しか残りませんしね。版権包囲網。世知辛いのじゃ。

 

 なぜ初潮スタートなのかといえば、私の婚約者はこれを機に選考が始まるからですねー。わぁい、やったね、家族が増えるよ。増えんな。……これ何が元ネタでしたっけ。フレーズだけ覚えているのですが、大本のネタ元が思い出せないのですよね。

 

 そんなわけで私、ティナは、生まれた時から……下手したら生まれる前から……嫁ぎ先が決まっているような、王家のお姫様でも公爵令嬢でも侯爵令嬢でもなくて、領地を持つ貴族の中では割と下っ端な男爵令嬢です。

 

 刺繍や裁縫、詩歌(しいか)などの技術を生まれながらに持ち、女史さんがそこはサービスしてくれたのか、それなりに器量よしで生まれた(らしい)この娘っこは、なんということでしょう、親の過大に肥大な期待を一身に背負い、嫁がせるなら子爵! できれば伯爵! それも正妻として!……という荷が重く頭も重い状況下に現在置かれています。逃げたい。

 

「でも、想像していたよりは辛くないな、これ」

 

 まぁ、そんなターニングポイントな生理現象の真っ只中にある私(流石に一人称俺はやめた。でも時々出るかもしれないのでよろしく)は、そんな親の期待込みな過保護もあって、今はベッドに横になって安静にしているのですね。重ね重ね親の期待が重い。三重苦っ!

 

「個人差がありますからね。周期が安定するまでは波があると思いますが、ティナ様は軽い方なのかもしれませんね」

 

 脇からそんな声が、天蓋付きのベッドで横になる私へとかけられる。

 

「ふーん。サーリャは?」

 

 フフン。

 

 聞いて驚け、この慈愛に満ちた顔で笑っている女性は、名前をサーリャといってなんとメイドさんだ!

 

「私は普通ですね。月に一日か二日、辛い日がありますが、お仕事ができなくなる程ではありません。昔は多少不順な時期もありましたが、おかげさまで今は安定しています」

 

 え? 驚かない? 貴族令嬢ならそれくらい普通だろって?

 

 いやいやいや、下位貴族の令嬢って、むしろ上位貴族のメイドに出される方よ?

 メイドっつーか侍女だけど。レディースメイドってやつ。改造バイクには乗らない。

 

 一応言っておくと、当然、地球で近世以降に誕生したメイドとは、定義とか概念が少々違いますよ。私がこの世界の侍従な侍女をメイドって訳しているだけ。まぁそう訳してもいいくらいには類似していると思うけど。

 

 だって、それなりの身分出身で、いつも主人(この場合私)のすぐ傍に控え、その身の回りの世話全般をオールワークな感じで担当している……これってメイドでよくないですか?

 

「ティナ様に造って頂いた、この服も良かったんだと思います。温かく上品で、可愛らしくて」

 

 あと、ちゃんとメイド服着てるし。

 

 私が型紙おこしから縫製までの全てをプロデュースした……紺ベースに白エプロン、頭には通常ホワイトブリム、掃除の時などは白いボンネット……そんないかにもなメイド服を着てもらってますよ。件の流れで頂きました裁縫チートが一晩でやってくれたのです。パパとママにも好評で、今ではこれがしっかりサーリャの制服と認められてます。

 ……前世の俺、メイド好きだったのかしらん?

 

「ふーん。それでも多少は辛い日があるのか。なら、今までは氣遣いが足りなかったかな?」

 

 まぁ私は独立性の高い地方男爵家の長女で……兄がいるから家を継げとかはありませんが……まぁ色々と、この家の未来を背負っているので、お付きのメイドまでいるのですよ。親の期待がマジ重い。……まぁ色々あって自分からそう仕向けた面もあるのだけど。

 

「いいえ、ティナ様にはいつもよくして貰ってますよ」

 

 にぱーっと微笑むサーリャは、元々当男爵家に仕える騎士の家の娘で、だけど上に兄が二人、姉が三人いる子沢山な家の四女。

 

 それゆえ、男爵家のメイドなんて、釣書に書いてもアピールにはならない職に就かされたわけですねー。ついでにいうと、我が男爵家は大して裕福でもないから、お給料も安いですよ……というか……私とはあまり接点が無い女中や下女の方々と大して変わんないはず。労働時間は倍以上あるだろうにね。私の快適な生活は、おはようからおやすみまで暮らしを見つめるメイドさんの(労働力の)提供でお送りされています。

 

「ごめんね、洗濯物を増やしちゃって」

「ティナお嬢様は時々庶民的なことを氣にされますね」

「庶民だよー。男爵家はピンキリだけど、ウチはそこまで裕福じゃないし」

「まぁ」

 

 そんなサーリャは、私には、二年前から仕えてくれている。出会った時は十五歳、今はつい先日誕生日を迎えておんとし十七歳。十七歳ですよ十七歳。『永遠の』が枕詞にならない、後ろに十二ヶ月オーバーの補足が付かない、正真正銘の十七歳ですよ。おいおい。

 

 ちなみに騎士家とか準貴族の結婚適齢期は、女性で十六から二十歳くらい(伯爵家以上の貴族だともう少し早い)なので、去年から見合いの話がちょくちょくきているらしいです。

 

 でもそういうのは、もうずっと、本人の希望で全部断っているのだそうな。親兄弟も末っ子可愛いでそれを許してくれてるんだとか。いいのかそれで。ここは行き遅れに厳しい中世っぽい世界ですよ? むしろメイドになれば結婚しなくていいというなら私もなりたいですよ? 長女だから無理? そうですか逃げたい。

 

「まぁこれからは、サーリャが辛そうにしてたら氣遣うようにするよ」

「いえいえ、お氣遣いなく。それに、お嬢様のおぐしを整えるのは私の癒しですからね。憂鬱な氣持ちなんて吹き飛んじゃいます。……あっ、おぐしを背中に敷いちゃダメですってば」

「んー……おぐし、ねぇ」

 

 ところで私、アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴード……ことティナのおぐしは、その名前の横文字感にそぐわず、実に日本人な漆黒の(つや)めきだったりする。(からす)の濡れ羽色っていうの? ツッヤツヤですよ。

 

 この国には、鮮明な像を映す鏡が無いので(あっても王家の秘宝級かも。水銀が市場に無いみたいなんだよねー。毒物扱いで禁制品にされてるっぽい)、ちゃんとした顔の造詣は、自分ではよくわかんない。

 わかんないのだがー……髪はそろそろ腰にも届かんとする長さ(だって切ろうとすると怒られるんだもの)なので、一目瞭然だったりもする。

 

 完全なるストレートで、しなやかでコシのある髪。エクステ用に売ったらそこそこの臨時収入になりそう。まぁ傷んだ部分は切っているので、毛先の方はだいぶ細くなってしまっているけど。

 

「艶やかなストレートで、羨ましいです」

 

 サーリャは金髪。軽くウェーブのかかった蜂蜜色の、いわゆるハニーブロンドで、こちらは背中の中心くらいで切り揃えられている。フロントサイドの毛先は豊かな胸部に乗って、今はキラキラと輝いてて美しい。ありふれた言い回しだが、ふわふわした西洋人形みたい。

 

 私の転生先であるこの、カナーベル王国の国民は、髪は金か黒の、見た目光と闇のように対照的な、このふたつのどちらかであることが多い。金髪って劣性遺伝だった氣がするし、経年で茶髪等に変化したりもした筈だけど……この世界では違うのかな? まぁO型が駆逐されない理屈みたいなモノが、働いているだけかもしれないけど。

 

 とはいえ、金髪なら、銀に程近い薄いプラチナブロンドから、サーリャのような()金々(きんきん)のハニーブロンドまでいるし、黒髪なら、漆黒から青みがかったもの、茶髪に近いものと、その中にも微妙な差異(私の髪は漆黒系)の幅はある。

 

 カナーベル王国、国王は(肖像画を見……拝謁する限り)プラチナブロンドで、王妃は青みがかった黒だった。そのことからもわかる通り、別に、どちらかの髪色が尊いとか卑しいとか、そういう差別は無い。個人でひっそりと差別意識を持ってる人間はいるかもしれないけど、それを表に出すのは非常識とされている程度には、この国は文明的……なのだそうですよ。それがどれくらい建前なのかは、社会経験のない貴族令嬢のぼくにはわかんない。

 

「艶やかだからとかストレートだからってことは無いけど、この色は嫌いじゃないよ。凄く馴染むし」

 

 まぁ元が日本人だからね。しかもオタク。黒髪好きだったかどうかは覚えていないけど。

 

「そうでしょうそうでしょう」

「なんで手入れの良さを褒めたわけじゃないのにサーリャが誇らしげなの」

 

 我がスカーシュゴード男爵家は黒髪の家系。

 父、エーベルも黒髪。

 その父に嫁いできた母、マリヤベルは一応黒髪の範疇だけど茶髪に近い薄さで、私の髪は完全に父親ゆずりだった。

 

「ま、金髪もいいと思うけどね。サーリャにはそっちが似合ってる」

「まぁ」

 

 ちなみに。

 

 よくあるファンタジーのように、青や緑、ピンクといったカラフルな髪の人には、今のところ出会ったことが無い。いるにはいるらしいが、この国では珍しいらしく、貴族社会だとそれは尚更らしい。

 その代わり、瞳の色だけは本当に人それぞれだった。

 私の瞳は、これも父親ゆずりの薄い琥珀色。これは磨かれた金属の鏡に映る、ぼやけた像でもきちんと判別できる。

 

「この髪が綺麗なのは自分でも認めるけど、本当はもうちょっと短くしたいんだよね。今年もまた少し暑くなってきたし」

「とんでもない! お嬢様は私の生きがいを奪う氣ですか! ティナ様が髪を切られるくらいなら私が丸坊主になります!」

「……サーリャはもっと自分の人生を歩んでいいんだよ?」

 

 世が世ならば、最強であらせられる十七歳様が何を言ってらっしゃるんですかね?

 せっかくでっかく育ったアレがもったいないなー。

 

「んー……」

 

 広いベッドの上をゴロゴロと転がる。

 うつ伏せになっても、二次性徴がきているのだから少しは膨らんでてもいいはずの部位からは、これといった圧は返ってこない。きやしない。

 まぁこれからなのかもしれないし、このままでもいいといえばいいが。

 

「だるそうですね。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」

 

 前世では、どちらかと言えば巨乳好きだった氣もする。

 氣もするが……そこらへんの記憶は曖昧なものになってしまっている。俺ってどんなエロ画像を集めていたのかなぁ。

 

 まぁ……正直、ここに関しては……なるようになればいいと思う。それ以上は考えたくない。過去の自分の欲望とか、ホント忘れといて良かったなー。そこはグッジョブだよあの時の自分。なんせ男性器の正確な形すら覚えていないしな。今見たら演技でなく悲鳴をあげられる自信があるぞ。いらん自信だよ。なんの自信だよ。

 

「んー……いやー……今はいいかなー」

「少しでも御不調がありましたら、おっしゃってくださいね。恥ずかしがることではないのですから」

 

 正直、身体の不調は、そんなでも無いんだよな。

 

 お腹が重くなるって聞いたけど、そんな感じも無い。

 唐突に椅子を染めた血のビジュアルには流石に驚いたが、それを唐突に思えるくらいには、事前の違和感やらなにやらが薄かったのも確かなわけで……。

 

 そもそも女史さんのオマケというかサービスのおかげか、俺の私なこの身体は、とても健康で頑健だった。風邪ひとつひいた覚えがない。

 

 二年前くらいまでは怪我を沢山したが、その治りも早かった。

 あまり怪我をすることも無くなった今となっては、むしろ普段が元氣すぎて、唐突に走り出したくなったり、階段を三段飛ばししたくなったりもする……ていうか氣付いたらしてたりして……そんなレベル。

 

 最近の日常が、そんな子供みたいな感覚(実際子供だったんだけど)だったので、むしろ今の方が、なんとなく落ち着くくらいだ。

 

「どちらかっていうと……今頃、ママがウキウキしながら私の婚約者を見繕って、お見合いの段取りを組んでると思うと……ねぇ」

「大丈夫です、嫌なら断れるのがお見合いですから」

「いやそれって普通じゃないからね?」

 

 君に、撃墜マークはいくつ付いているのかな?

 

 結婚に関しては、一緒にゴールしようねって言った次の瞬間、我先にとダッシュするが女の友情って知識があるのだけど……俺のモノじゃない、おそらくは女史様印の知識が。いらん知識だよ。

 

「はー……それにしても結婚か」

「ティナ様は社交界で、ご自身でパートナーを見つけたい派ですか?」

 

 サーリャは、いいですよねー、自由恋愛……とかなんとか言ってるけど、社交界自体が既に閉じた世界だからね。あんまり自由じゃないよ?

 

「いやー、ぶっちゃけ相手とか、変な趣味持ってるとかじゃなければ何でもいいし、だから、それなら親の希望に沿う婚約者の方がいいんだろうけどねー」

「まぁ」

「あーでも、自分では動けないほどの肥満体とか、悪臭むんむんとかは生理的にきついな……」

「……それは誰でも問題外だと思いますが」

「パパより年上でも嫌かも」

 

 パパ(現世の私を仕込んだ我が家のご当主様。私の中では、この呼称で前世の父と区別)は三十六歳だから、これだと三十七からがアウトか……。まぁ日本だと三十代はピンキリだけど、こっちだと三十代はどうなのかなぁ……よくわからないんだよね。ほとんどお屋敷からでない箱入り娘ですゆえに。

 

「正室として嫁ぐのであれば、お相手はもっとずっとお若い方が選ばれると思いますよ?」

「第二夫人か、側室の方が氣楽でいい氣もする……」

「その方が、後々の面倒事は多いと思いますけどね」

「あー!……考えたくないー……」

 

 ごろんごろんとベッドの上を横回転。

 

「ティナ様! お身体に障ります!」

 

 こん、こん、こん。

 

「ん?」

 

 と、親の期待の表れか、兄弟姉妹の中ではトップクラスに広く、日当たりもよいこの部屋に、ノックの音が響く。

 

「この控えめな感じはー……ミアかな?」

「応対して参りますね。お嬢様は少々寝乱れてるので、お姿をお隠しになっていてください」

 

 そういうとサーリャは、私の首まで毛布を掛けていった。

 

(うーん、やっぱり過保護)

 

「はい」

「あ、あの、ミぁ、で……はにゅ……ミアでしゅ……おねぇちゃまのおみまぇに……」

 

 舌っ足らずでか細い返答は、それでも私の耳に届いた。

 ミアー。

 

 がばっと毛布を跳ね飛ばし跳ね起きる。

 

 我が妹ミアだ。

 

 可愛い可愛い我が妹。

 

 ミアー。

 

「ミア様少々お待ちを……ティナ様!?」

 

 サーリャが戻ってきて、私の頬に手を当てる。

 

「……お熱があるようですが」

「問題無い。可及的(かきゅうてき)(すみ)やかにミアを招き入れるのだ」

 

 ベッドのへりで足をプランプランさせながら、いそいそと寝間着……シュミーズとネグリジェの中間みたいなやつ……を整える。あ、髪が服の中に……抜き抜き払い払い。

 

「……幸せそうに紅潮したお顔といじらしい仕草。この一部分だけ切り取るとまさに恋する乙女なのですが……いえ、実態はどちらかといえば、恋する乙女に出会った騎士様でしょうか」

 

 お待たせしましたー、おしゃましましゅ……という応答を経て、我が愛しの妹であるところのミアが、サーリャに手をひかれ、おずおずとベッドの脇までやってきた。

 

「ミーアー」

 

 どういう遺伝が発現してこうなったのか。

 ミアの髪は母親のものより更に薄い、ミルクチョコレートのような茶髪。肌も白いので身体の色素自体が全体的に薄いのかもしれない。

 瞳も母ゆずりの水色で現在八歳。私とは五つも年が離れている。

 

 あ、チョコレートは、この世界にも既に存在していますよ。チョコレート色、ミルクチョコレートのような茶髪という表現も、日本のそれと全く同じ感覚、用法で使用できます。カカオマスチートの出番なし。

 

「みーあー」

 

 抱きしめる。

 

 おずおずとベッドのふちまでやってきたミアを抱き寄せ、そのぷにぷにの頬へ頬擦りする。あー、やわわわやわー。

 前世の俺がロリコンだったか、そうでなかったのか、それは知らないが、別に今の私はロリコンではないですよー。ミアが可愛くて可愛くて仕方ないだけですよー。他の幼女知らないしー。

 

「はにゅ……おねぇちゃま……だいしょうびゅ?」

 

 八年前、この家にまだ、サーリャすらいなかった頃。

 

 今世の親との付き合い方、距離のとり方もわからず、かといって自由に家の外へ出れるわけでもなく、使用人との付き合いも、身分の違いがどうとかで制限されていて。

 腹違いの兄二人も、歳が離れてた(上が八つ上、下が六つ上)ので、幼い妹と遊ぶのを嫌がっていた。……オマケに上の兄は、私が二歳の時に勃発(ぼっぱつ)した隣国との戦争に、父と主に二年間くらい出兵してたし、下の兄は……妹を暴力で虐めてきたし。

 

「大丈夫じゃ無かったよー。ミアニウムがそろそろ欠乏してたのー」

 

 私が、これじゃ、病室の虜囚がお屋敷の虜囚になっただけじゃないかと嘆きたくなる、物語にしても何の起伏もない(つーか下の兄に殴る蹴るされていた頃のことなんか、出兵から帰ってきたパパに『お前には失望した』と言われるまで『ざまぁ』が無いから、二年近くもの間、ひたすらヘイトが溜まるだけの胸糞展開。ってか二歳とか四歳の幼女がひたすら罵倒され、殴る蹴るされてる映像なんか、今だと放送に乗せることもできないんじゃなかろうか)毎日を送っていた頃。

 

「はにゅ……おねえちゃま、いいこ、いいこ」

 

 ミアが生まれてくれた。

 

 あのね、天使って本当に、いるんだよ?

 

「はぅーミアもいいこーいいこー」

「何度か聞いて、意味も伺ってますが、ニウムはどこから出てきた言葉なのでしょう」

 

 ちなみに、今飛び交っている言葉は日本語……ではない。

 英語とも違う。だけど文法は英語に近いような氣がする。

 

 固有名詞もこの辺りだと英語に近くて、アナベルティナやタチアナ、サーリャやミアは、おそらく地球のそれと似た発音……のような氣がする。ごめん、前世、外国語堪能じゃなかったんだ。

 なので、下の兄貴がいじめっつーか虐待を私にしていた頃、クソ兄貴が何を喚き散らしながら殴る蹴るしていたのか、私にはわからなかったし、覚えてもいない。あれは、日常会話に使われることの無いスラングが多かったんじゃないかなー。

 

「そんなことよりミアは平氣? クソ兄貴に絡まれてない?」

「はにゅ……ボソにぃたまは兵のくんれん? してましゅ」

「ああ一般兵虐めね。訓練どころか兵士の士氣と質が悪化していくからやめて欲しいのにねぇ」

「全くです。あの男が次男でよかったです。本当に」

 

 サーリャも下の兄であるボソルカンには厳しい。サーリャは私のメイドだからね、当然でしょ?

 

「いや次男かどうかは関係無いけどね。いやあるのかな? 次男だからクソになったのかな? まぁそんなの関係無く、アイツはクソだけどね」

「お嬢様のお背中に、僅かとはいえ傷痕を残した男にかける慈悲はありません。先月もあの方、訓練と称してお父さんに怪我をさせたんですよ?」

 

 サーリャのお父さんは男爵家の騎士なので……まぁ一般兵ほどではないにせよ……クソ兄貴の餌食ではあるのよな。

 

 温厚な性格の人なので、怪我をさせられても、ああいうのは血氣盛んな若人の業のようなモノですからと笑っていたけど……いやアレ多分、血氣盛んだから、若いからとかじゃないと思うよ? いやホントに。アイツマジで頭おかしい。

 

「んゅ……」

 

 まぁそんなわけで、すまんなミア。

 

 この場は多数決で、クソ兄貴はクソ兄貴であることに決定しているのだ。

 

 クソ兄貴もミアには手出ししていない。

 そんなことは私が許さなかった。

 それは聞くも涙、語るも涙の物語で……いややめよう、黒歴史の開陳(かいちん)は。

 

「今日は、サーリャのお父さんは?」

「今は家で復帰のためのトレーニング中ですから。”リハビリ”でしたか? あと一週間もすれば隊には復帰できると思いますが」

 

 いやもうホント、家のクソ兄貴がご迷惑を。それについてはもうさんざ謝った後だし、重ねようとすると逆に「お嬢様は卑屈過ぎます」って怒られるから、もう言わないけどさ。

 

「……じゃあ一般兵の皆様には悪いけど、ターゲットが私達に向いてないなら、今はどうでもいいや~。それよりミアー」

 

 すりすりすりすり。

 

 はー、いい匂いー。ストレスもぶっ飛んでく。だからロリコンじゃないよー。

 

「おねぇちゃま、いちゅもよりあまえんぼさん? たいへん、あった?」

「大変なことではありますが、喜ばしいことですから、おめでとうと言ってくださいね」

「ちょうなの? おねえちゃま、おめでとー」

 

 はきゅん。

 

「うひひ。これでまた結婚する日が近づいちゃったなーって考えると、あんまりおめでたくもないけどねー。あーミアと結婚したい」

「にゅ!?」

 

 ミアを抱きしめたまま、ベッドに仰向けでドーン。

 ビックリ顔のミア? 俺の横で寝ているぜ?

 

「おねーちゃま、やっぱりあまえんぼさん。めっ」

 

 何この可愛い生き物。

 めって言ってるのに、少し口を尖らせているだけなんだぜ。

 くりくりした水色の瞳が、子供特有のブレなさでじっと見つめてくる。

 

 変な体勢にしているのに、私の腕から逃れようともしない。

 

 可愛いよー。

 

 憂鬱なこととか、氣がかりなこととか、クソ兄貴とか、黒歴史とか、転生してもそこはチートで無双な天国などではなく、リアルに面倒ごととか人間関係の難しさとか色々あるけど。

 

 あるけどね。

 

 やっぱり生きてるっていいなって、近づいてくる死に怯えないでいい生活って。

 

 いいなって思うんだ。すりすりすり。

 

 

 

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