悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる 作:ZenBlack
『おにいさんは、生まれてきたことを後悔している?』
その問い掛けに、自分がどう答えたのか、今の私はもう覚えていない。
『こんにちは、おにいさん』
彼は、
白い建物の、その中は、まるで藻に被われた古い水槽。
いつも薬品臭くて、
そこで、俺達は出会った。
『僕の病気、薬を作るメリットが無いんだって』
世間一般的な友人……
淀んだ水槽は狭すぎて、小魚はちょいちょい同族と顔を突き合わせるしかなくて。
だから俺と彼はまれによく
『仕方無いよね、製薬会社も、慈善事業じゃないんだから』
だけど、それでもその関係は、やっぱり、言葉にするなら、友達というのが一番正しくて。
それ以外に、なんとも言えなくて。
だから俺の前世の、最後の友人は、彼だったんだと思う。
『それに、この病気の根絶を願うなら、大本の病気の方を叩けば済む話だからね。例外的に、
彼は、口を開けば笑顔でネガティブな言葉ばかりを話す、十三歳の少年だった。
彼の名は。
『
彼は、だがその名を与えてくれた自分の親からも、切り捨てられていた。
『妹の
……というと語弊はあるのかもしれない。
『僕は親の期待には応えられなかったけど、それは、継笑が、これから先の長い人生で、僕の代わりに全部やってくれるんだろうね』
彼の母親は水曜日に、父親は日曜日に、決まって見舞いに来ていたらしい。
ひとり、一週間に一度の、何か義務のようなモノを感じるお見舞い。
『仕方無いよね、”あのひとたち”は継笑に夢中だから』
俺は、彼らとは顔を合わせたことがないし、話をしたこともない。
『でも”あのひとたち”、僕に継笑を、見舞いに来させないばかりか、その話すらしようとしてくれないんだ……それが……一番酷いことだとは思わない?』
ただ、遠くから何度かちらと見かけたその姿は、いつもとても身綺麗で、表情は硬く、私の前世の親……二人ともだらしない格好で毎日か、長くても二日置きにはやってきて、楽しそうに「下界」の話をしてくれた……俺の父さん母さんとは、なにもかもが違うなと思った。
『僕は継笑に対して何も思わない、何も思わないけどさ……妹に生まれたかったと思ったことはある。継笑みたいに生まれて、生きたかった』
だから、彼は親に見捨てられていたわけではない。
『どうして僕は継笑として生まれなかったんだろう……って時々思うんだ』
ただ、やはり言葉として、より近いと思えるのは、彼は切り捨てられているということだった。少なくとも長生はそう感じていたはずだ。
現代医学からも、実の親からも、それから見たくないものを見ようとしない、ごく普通の、善人でも悪人でも無い大多数の人からも、切り捨てられて……だけど彼はそれを仕方無く、当然のものと受け入れていた。受け入れてしまっていた。
『別に、羨ましいとかじゃなくてさ……おにいさんならわかるでしょ? 厄介な病気になった人が、みんな言うことだよ……”どうして僕なんだ、俺なんだ、私なの?”ってさ……本当にさ、どうして苦しまなくちゃいけないのが僕だったのかってことだよ』
彼の余命は、出会った時には既に一年を切っていた。
病名はもう覚えていない。通称が、Sから始まる四文字のアルファベットだったとは思う。神に見捨てられかのような病気が、神の名と同じ属性を持っている……そのことがひどく皮肉と思ったことだけを……よく覚えている。
病院には、余命数ヶ月の人間なんか、沢山いたし、別にそのことには何も思わなかった。あの頃にはもう何も思わなくなっていた……そう思う。
自分自身、その時点で一年以上前には、最悪、余命半年ですと言われていたのだし。
……なんの薬が効いたのか、俺が死を迎えたのは、その時からでも一年以上の時が経った閏年の二月末日だったけど。
余命半年と言われても、そこから二年以上生きる人もいれば、言われた通り半年くらいで死んでしまう人もいる。
それは希望でもなく絶望でもなく、ただの医学的事実で。
事実は重くて、ドチャクソシリアスなモノで笑えず。
時にそれは、人の心を潰すに足るモノでもあった。
『やっぱり、生まれてこなければよかった』
ある日、長生がいつものことようにネガティブを吐いた。
いつものことだったけど、その日は嫌な予感がした。
その日は、長生にとってとても重要な、なにか検査の結果が出たはずの日で、でも彼は……そのことを頑なに話そうとはしなくて。
その代わり、彼はいつもよりも饒舌に、早口で、何かを吐き出すかのように喋った。
『なんで僕なんかが生まれたんだろう。死ねば症例集に貴重な一例として加えられる? それが僕にとって、なんの意味があるのさ。ないんだよ、僕が生きてきた意味なんて』
『おにいさんは、どう思う?』
そうして俺は聞かれたのだ。
『おにいさんは、自分の人生に意味があったって思う?』
『おにいさんは、生まれてきたことを後悔している?』
うんざりするような、ネガティブな問い掛けだった。
実際に……俺はその時、多少はうんざりとした表情を浮かべていたんだと思う。
『あ……』
その俺の顔を見て……長生の顔が悲痛に歪んだのがわかった。
その顔が、今も消えてくれない。
どうして私は、あの時長生に、もっと寄り添ってやれなかったのだろう。
『……ごめんなさい。おにいさんは、僕よりはずっとありふれた難病だけど……僕の氣持ちはわかるんじゃないかなと思ったから』
わかる。
わかるからわかりたくない。
そんなものとは無関係に死んでいきたい。
どうせ俺の人生も、無意味だったのだから。
そのことがわからないままに死んでいきたかった。
そんなシリアスはご
悲劇と正面からぶつかり合うなんて
今ならわかる。
あの時の私は、俺ですら長生を切り捨てようとしていた。
『わからない? わからないか……そうだよね』
『うん、いいよ。わからなくて当然だから。多分……それでいいんだよ』
だけど。
だから。
たぶん。
俺は……
その時感じた……
罪悪感のようなモノから逃れるためだけに……
彼のためを思ってとか、そんな綺麗なモノではなくて、
ただ、嫌な現実……
年下の、少女みたいに細い首と背中をした少年を泣かせてしまったという事実……
実際は、涙なんかとうに枯れ果てていたのか、そんなものは流していなかったのだけど……
そのことを少しでも忘れるため、そのためだけに……
俺は、私は、彼と約束をしたのだ。
『え?』
結局、果たせなかった、果たされなかった約束を……彼と。
『う、うん……半年後まで生きられれば、僕は十四歳になるけど』
「十四歳のお誕生日、おめでとう!!」
生まれてきたことを祝う言葉が、私へと降り注いだ。
アリスが笑っていた。
ミアが笑っていた。
サーリャも
ああ。
そうか。
そういえばそうだった。
ずっとカーテンを引いた暗い部屋で過ごしてたから、半分忘れていたけど。
今日は(たぶん)
私の誕生日だった。
風が吹いている。
海からの風。
強い潮風が。
「ほらー、いいでしょこのケーキ」
「私が腕によりをかけて作りました。えっへん」
「ミアもー、ミアも手伝ったの~」
歪んだ樹が立っている。
それは
今も強い風に煽られ、梢が時にぎぃぎぃと泣いている。
「あはは、ティナってばほっぺたにクリーム付いてる~」
「んゅ?」
「ミア様も。もう、しょうがないですね」
小鳥が鳴いている。
歪んだ樹、風衝木のその
親は海鳥か、それとも渡り鳥か。
「少しテーブルが散らかってしまいましたね。配膳で少し席を外します」
「お肉! ここらでお肉いこー」
「おねぇちゃん、このジュースきれいなの~」
ぎぃぎぃと樹木が泣く。
ぴぃぴぃと小鳥が鳴く。
私はすぅすぅと寝息をたてながら、その夢を見ている。
「あー、手がベッタベタ~」
「アリス! おめかししたんだから手を服で拭こうしないの! ミア様! それは食べられません! アリス!? だからって猫みたいにペロペロしないで!?」
ぎぃぎぃ、ぴぃぴぃ、すぅすぅ。
やわらかな胸に抱かれ、私は夢を見ている。
「食べた~。お腹いっぱい~」
「ふゅ……もうたべれないなの」
「もうですか? まだまだデザートも用意していましたのに」
「あ、そっちならまだ大丈夫、ね? ティナ」
ぴぃぴぃと小鳥が鳴いている。
生きたい、行きたい、空へ。
生きたい、飛びたい、空へ。
「あー、負けた! ティナってばずっるーい」
「ティナ様の作戦は、ルール上問題ないですよ、アリス」
「でもでも~」
「それよりほら、罰ゲームです。勝者全員からの、くすぐり三十秒」「え゛」
「ぴかーん」「なんで今ミアちゃんの目が光ったの!? どうしてサーリャはあたしを可哀想なモノを見る目で見ているの!?」
「ミア様は……くすぐりの鬼……ですから……」
「え、何その新設定!?……ちょ、え、やめ、いやあああぁ!?」
……私はぎぃぎぃ泣く歪んだ樹で。
親鳥でもあり。
渡り鳥でもあった。
命がけで空を飛んでいる。
「……そろそろプレゼントのお時間ですね」
「なぁ~に驚いているのよ? 誕生日って言ったらプレゼントなんでしょ?……ひっく」
「ミアもじゅんびしたの~」
「……しゃっくり、止まりませんね、アリス」
「ミアちゃんのくすぐり地獄、うっく……効いたわ~」
みんな空を飛んでいる。
夜空を、月明かりも無い方へ、飛んでいる。
「私からはこれです。ピンク色の可愛らしい、ふりふりのスカート!……えええ!? いらないなんていわないでくださいよ!?」
「バカサーリャ、はーい引っ込んで。ぃっく……私からはこれ、木彫りのティナ!……え? ち、違うわよ!? 化け物じゃないってば、ひっぐ……って……物体Xってなに!? ねぇ! ねぇってば!?」
「ミアはこれ~」
いつか翼が折れ、堕ちるまで風に乗って、
「ティナさぁ、裁縫がそこら辺のプロも裸足で逃げるレベルで、美容品と宝飾品にはあまり興味ありませーん……ってさ、プレゼント贈る方が大変だから、少し考えた方がいいよ?」
「……しゃっくりを止めてもらうために、口移しで水を飲ませてもらうなんて……少しリードした氣になっていたら、とんだどんでん返しが……」
「サーリャは壁に向かって何をぶつくさ言っているの?……あ、そうだ、ティナみたいな美少女が何に使うのかは知らないけど、置換のキャッツアイ、欲しがってたみたいだから、ついでに見つけてきたわよ……って、えっ!? 何その喰い付きっぷり!? ティナは可愛いんだから、そのまんまの姿で満足しててよぉ」
「ぅゅぅ~」
「ほらっ! ミアちゃんが拗ねちゃうからっ、落ち着いて、ねっ!?」
ぴぃぴぃと小鳥が鳴いている。
その声があまりにもか細くて、頼りなげで、いたいけで。
私は空を飛びながらも、胸が切なくなる。
「でも、ティナ様があんなにも笑顔に。このところ塞ぎ込まれていたので心配でしたが、頑張って準備してよかったです」
世界は広かった。
歪んだ樹の私に、その全ては見えない。
飛ぶ鳥でも、その全ては渡れない。
ぴぃぴぃ鳴く小鳥を巣に残して、愛し子が旅立つ日を震えながら待っている。
狭い世界にいた。
小さな世界で、小さな羽をずっと守っていた。
「ほら、ミアちゃんのプレゼント、開けてあげなさいよ」
「がんばって、えらんだの」
私は、だから。
歪んだ樹に、小枝を運び、海草を束ね、巣を造ったのだ。
その中で鳴いていた。
その中で泣いていた。
ごぅ……と。
ぴゅう……と。
海よりの風が、世界を撫でていく。
強く吹く風は、飛ぶ鳥をよろめかせ。
全ての風景を歪ませた。
「開けたらビックリするわよー、ティナにぴったりだから」
「うゅ……アリスにゃん、すこしだけだまってなの」「にゃっ!?」
だから。
だから、ずっと。
私は、ずっと。
「
私はずっと、夢を見ていた。
「それじゃあ、開けちゃうね、せぇーのっ」
ここまで読んでくれた全ての方へ。
本当に、ありがとうございました。