悲劇のヒロインに転生したのでシリアスをぞんざいに扱ってみる   作:ZenBlack

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 前書き。



 これは無粋な蛇足話です。

 具体的に言うと、本編最終話でリドルストーリー気味になっていた部分の裏側、オチとなります。

 リドルストーリーはリドルストーリーでいい、謎は謎のままでいいという場合は、この蛇足話は本当に無粋となります。この点、ご注意頂ければ幸いです。



無粋編:幼女期の終わりに

 

 ミアが物心付いた時から。

 

 おねえちゃんは、おねえちゃんだった。

 

 呼び名こそ、覚えてないほどの昔は「ねぇね」、物心付いてからは「ねーちゃ」、もう少し成長してからは「おねえちゃま」、自覚的にそれを改めてからは「おねえちゃん」と変わってきたけれど。

 

 ミアにとっておねえちゃんは、それ以外の何者でもなく。

 

 かわいがってくれて、あたたかな笑みを向けてくれて、やさしく抱きしめてくれて、当たり前のようにいつもそこにいてくれて、かけがえのない、年上の、自分の家族。

 

 母親を除けば、間違いなくこの世界で一番に大事な人といえる、そんな存在が、ミアにとっての「おねえちゃん」だった。

 

 だけどいつからだろうか。

 

 ミアは、自分がかなり特殊な愛され方をしているということを、自覚しだした。

 

 例えばそれは、自分を抱いて眠ったおねえちゃんが、ベッドの中で辛そうに泣いていた姿を見た時に。

 

 まるで何かに怯え、縋るように自分を抱きしめるおねえちゃんの、その危うさを知った時に。

 

 もっと単純に、兄の帰省ごとにおねえちゃんの身体へついた、沢山の生傷を見た時に。

 

 最初に氣付いたのは、ミアがまだ三歳か四歳の頃で、さすがにその頃には意味を理解しきれなかった。ただ、違和感だけを感じ、「なぁぜ?」と思っていた。

 

 繋がらないのだ。

 

 普段の幸せそうな顔と、何か苦痛に耐えるかのようなその顔が。

 

 どちらも同じ、だいすきなおねえちゃんの顔であるはずなのに。

 

 わからないまま、ミアは、おねえちゃんが自分に求める役割を……幼く、がんぜなく、ただ庇護を必要とする弱い存在であり、だからこそ無条件に愛せる対象であるという……その役割を、素直に演じた。

 

 それは、演じるというのとは、少し違っていたのかもしれない。

 

 だいすきな人に愛されたいから、だいすきな人が望んでくれる自分でいたい。

 

 言語化すればそういうことで、生まれてからずっと、だいすきなおねえちゃんと一緒にいたミアには、それが世界と繋がるということにも等しくて、成長するとはもっとおねえちゃんに好かれる自分になるということでもあって、そのおかしさを……ぼんやりながらも察しつつ……だけど狭い世界の中、他の生き方もなかった。

 

 演じる、演じないではなく、単純にミアは、生まれつきそういう人間であることを求められ、けなげにもそれに応えたというだけの話だった。ひとつ間違えば、それは、虐待とも呼ばれる何かでさえあったのかもしれない。

 

 

 

 姉の過剰な愛に、人としての何かが歪み、そのままに成長してきた少女。

 

 それがミアだった。

 

 可愛いということを求められ、無垢であることを求められ、無条件に愛せるということを求められ、それを全部受け入れ、応えようとした少女。

 

 それがミアだった。

 

 

 

 ミアは自覚している。

 

 自分は、何かがおかしいということに。

 

 自分は、このままではいけないということに。

 

 自分が、歪んだまま育った風衝木であるということに。

 

 このままでいては、いつかなにかが破綻して、自分もおねえちゃんも共倒れになるということに。

 

 

 

 ミアは勤勉だった。

 

 スカーシュゴード男爵家に滞在した家庭教師は、皆そのことに首をかしげる。

 

 姉は優秀だ。何をやらせても普通以上、素晴らしい結果を返す。だが物事へ真剣に取り組む姿勢と意欲には欠ける。

 

 妹は、優秀というわけではない。何事も真面目に取り組もうとするが、人並みの失敗をし、人並みに間違え、人並みに苦労してゆっくりと成長していく。

 

 打てば響くような姉と、純粋に教師としての技術を問われる妹。

 

 どちらに好感をいだくかは、教師それぞれで違っていたが、総じていだく感慨は、姉のあれだけの優秀さを見ても、何度失敗しても、へこたれないミアの、その愚直さはどこからきているのだろうか……というものだった。

 

 

 

 人の良い教師は思った。この子は頑張り屋さんだ。応援してあげなければ。

 

 人の悪い教師は思った。可哀相に、この子は姉との差を理解するほどの頭も無いのだな……と。

 

 それが、チートな姉をもった妹が、それでも必死に頑張ろうとしている姿だとは、誰も思わなかった。

 

 

 

 それを、それとなくでも理解したのは、ミアが五歳の頃のことだった。

 

 おねえちゃんは、おにいちゃんからいじめられている。

 

 殴られ、蹴られ、生傷を押し付けられ、そのことに傷付いている。

 

 現場を見たわけではない。姉か兄か、どちらの配慮なのかはわからなかったが、暴行はいつもミアの目の届かないところで行われていた。

 

 だけど、兄がおねえちゃんへとる態度、悪意ある視線、なにか嫌なものを感じる笑み。

 

 それから、おねえちゃんが兄へとる態度、語る口調、兄に出会うたび震える身体、ミアの手を縋るように握り締めてくるその指。

 

 そういうもの。

 

 そういうものから、おねえちゃんと兄の関係性は知ることができ、そこから感じる、漂ってくる何かどす黒いモノに、まだ五歳であったミアは怯え、戸惑った。

 

 この世界には、何かよくないものが存在している。

 

 おねえちゃんが、自分をそれから必死に守ってくれている。

 

 身を呈して庇ってくれている。

 

 妹が何も知らないこと、無垢であること、可愛いだけの存在であること……それを守るために、兄のどす黒い『悪意』からミアを守るために、おねえちゃんは、自分自身が傷付くのを、まるで厭わない。

 

 

 

 一回だけ、兄に向かい合ったことがある。

 

 おねえちゃんに、ひどいことしないでと、素直に訴えたことがある。

 

 蹴られた。

 

 そして笑われた。

 

 よかったな、愚かな下の妹、愚図で頭の悪いお前は、俺が何をしなくとも、どうせ大成はしない。見苦しいだけの小物は、どうせせいぜいがどこかの木っ端貴族にあてがわれて平凡な人生を送るだけだろうさ。そんなもの、俺が指導してやるにも足らん。

 

 その日は冬で、厚着をしていたから、身体が宙に浮き、壁に激突しても、ミアの身体に目立った傷はできなかった。

 だからその件は、そういうことがあったということは、おねえちゃんも知らない。

 

 だけど。

 

 それはミアにとって……生まれて初めて、明確に向けられた自分への『悪意』だった。

 

 母に、父に、姉に、無条件で愛され、守られてきたミアが、初めて遭遇した人の『悪意』だった。

 

 それがなにであるか、ミアは理解できないまま、傷付いた。

 

 身体こそ無傷であったものの、心に影が落ちた。

 

 免疫がまるで無かったから、大きな傷が付いてそれが痕となり、後遺症を残した。

 

 

 

『ミアは私の天使、ずっとずっと愛してる』

 

 何度も何度も囁かれた、おねえちゃんからの、愛の言葉。

 

 ミアは、生まれてからずっと可愛がられ、天使であることを望まれた。

 

 だから、兄との一件があってからは、それまでよりも、更におねえちゃんへ甘え、抱かれて、その愛に包まれることで……この世に存在すると知ってしまった『悪意』から、逃れようとした。

 

 そうすると、自覚してそう甘えると、天使として振舞うと、おねえちゃんはとても幸せそうで、ミアも幸せで、その瞬間は、とてもとてもすてきなもので、輝いていて。

 

 何か、どこかに違和感を感じながらも、これでいいんだと思えた。

 

 

 

 ミアが六歳の時、お屋敷へサーリャんがやってきた。

 

 それはミアにとって、劇的な変化だった。

 

 天地がひっくり返るかのような、世界が昨日とはまるで違うものへと変わってしまったかのような、そのような衝撃を、ミアにもたらした。

 

 

 

 おねえちゃんは、おねえちゃんである前に、ひとりの少女だった。

 

 自分と同じように、『悪意』へさらされればそれに傷付き、血を流し、悲鳴をあげ、そうして生きてきた生身の人間だった。

 

 サーリャんに抱かれ、溶けるような、安心しきったような顔で眠るおねえちゃんを見て、ミアはそれを正確に理解した。

 

 

 

 ミアがおねえちゃんにそうするのとは少し違う、だけど本質はとても似ている、おねえちゃんがサーリャんに向ける甘え、依存。

 

 ミアはそれへ、胸のうちで猛烈に嫉妬した。

 

 どうしてそれを向けられたのが、自分ではなかったのだろうか。

 

 どうしておねえちゃんを抱いて慰めるあの位置に、自分がいけなかったのだろうか……と。

 

 

 

 答えははっきりしている。

 

 ミアは幼すぎた。

 

 ミアは弱すぎた。

 

 ミアは無垢でありすぎた。

 

 可愛がれるだけの存在に、できることなどなかった。

 

 そうであることを求められたからこそ、そうしていたというのがほぼほぼ真実であるにも関わらず、ミアはそのことが許せなくなってしまった。

 

 

 

 ミアに初めて家庭教師がつけられたのは、それも六歳の時。

 

 ミアは、もはや本能に刷り込まれた「可愛い自分」を……演じるでもなく自然にこなしながら、真面目に、真剣に、勤勉に、それまでの自分よりも強い自分になろうと努力し始めた。

 

 針が怖く、苦手なお裁縫だって、おねえちゃんがいないところでなら努力できた。

 そうして出せる結果は、おねえちゃんのそれよりも、何倍も何十倍も劣っていたけれど。

 

 周囲の誰もが、ミアはその素直さ、勤勉さ以外は全て姉に劣ると評価したが、それはミアにとっても当然のことであり、努力をしないで良い理由にはならなかった。

 

 

 

 そうしておねえちゃんに愛されながら、どこかではおねえちゃんを守れる自分を探して、努力を重ね、一年、二年と時が過ぎていった。

 

『おねーちゃんのこと、おねーみゃんって言ってみて?』

『おねーみゃん?』

 

 舌足らずな口調も、そろそろ改めなければ周囲の目が痛いと、自分でもうっすら感じていたが、おねえちゃんがそれを愛してくれるうちはこのままでいいと思い、そうしていた。この蜜月はいつかは終わる。だけど今じゃない。だから今はまだそれに甘えていたい。

 

『どぉしたのー? おねーみゃん』

『のほぉっ!?』

 

 甘えることを必要とされ成長してきたミアの、それは最も自覚する、自分でも卑しいと思える甘えん坊の部分だった。

 

『うんごめん、やっぱりおねーちゃま、でいいよ。そっちも可愛いし』

『ゅ……おねーちゃま、って、そぅゅーの、かゎぃー?』

『可愛い可愛い、そう呼ばれると、抱きしめたくなる』

『みゅ……おねーちゃ、ま……』

『はぅぅぅん』

 

 だからあの、『悪意』の塊のような兄に、おねえちゃんが傷付けられそうになった日。

 

 サーリャんでさえ、おねえちゃんを助けられなかった日。

 

 ほんの一瞬、こちらへ縋るように目を向けたおねえちゃんを見てしまった日。

 

『おにーちゃま!』

 

 ミアが、どれだけがんばっても、一言しか発することができなかった日。

 

『下の妹、お前に用は無い。いつまでの幼児のような言葉使いをしよって。お前のような愚者に構っていられるほど俺は暇ではない』

 

 さげむような視線に、その存在から臭い立つ『悪意』に、威圧されてしまったあの日。

 

 身体がすくんで動けなくなってしまったあの日。

 

 そして、ただの可愛い猫だとしか思っていなかったアリスにゃんに、おねえちゃんを救われてしまったあの日。

 

 ミアは、可愛がられるだけの自分を、どこかで終わらせる必要があると思った。

 

 

 

『おねぇちゃーーーん』

 

 

 

 ……そうは言っても、嫌いになったの?……と泣かれてしまえば、どうしようもなくすきと答えてしまうのが、ミアの、まごうことなき本心だったのだが。

 

 

 

 おねえちゃんは大人になっていく。

 

 おねえちゃんが大人になっていく。

 

 そう遠くない未来、おねえちゃんは花嫁となってどこかの誰かへ嫁いでいく。

 

 

 

 あんなにミアを必要としてくれるおねえちゃんも。

 

 こんなにミアが必要としているおねえちゃんも。

 

 やがて大人になって、このあたたかな夢から覚めてしまう。

 

 そこから先にあるモノが、新しい土地へ根を広げ、そこでの現実を生きることなのか、それとも……違う夢に浸ることなのか、それはわからないけれども。

 

 ミアはいずれ、取り残される。

 

 取り残されて……自分もまたこの夢から覚めてしまうのだろうか?

 

 それは、今のミアには、想像したくもないことだった。

 

 

 

 

 

 そうしてミアは、まどろみの中で夢を見た。

 

「そういうわけで、メアリー・スーが貴女……いえ、あなたへ会いにきました」

 

 見ていると、酷く胸がざわざわする、長い黒髪の女性が、無表情でミアへそう告げた。

 

 そういうわけでと言われても、どういうわけなんだかさっぱりわからなかった。

 

 でも、だからこそ、これは夢なのだろう……とも思った。

 

「驚かないのですね、この姿が誰か、理解できませんか?」

「ふゅ……」

 

 口癖になってる舌足らずの相槌を打って、メアリー・スーと名乗った女性を仰ぎ見る。

 

 それはとても美しく、どこかミアへ、自分の父親を思い出させる帝王感を放ちながらも、なぜだかミアへは、あたたかな安心感を与える姿だった。

 

 真っ黒な髪、琥珀色の瞳、身長はサーリャんよりやや高め、そしてサーリャん程ではないものの、水色のワンピースを押し上げる胸は形良く、豊かに膨らんでいる。

 

 いくつかの要素は、すぐに連想したものとは異なっている。

 

 なにより表情と、そこからうかがい知れる魂の色が違う。

 

「おねえちゃん?……」

 

 でも、だけど、それは、やっぱり、どこからどうみても、今よりも少し成長した、大人になったおねえちゃん……アナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードの、十八から二十歳頃の姿だった。

 

 

 

「でも、おねえちゃんじゃない……」

「正直に偽物、と言っていいですよ? 騙すつもりはありませんからね。今の、十三の姿をそのまま借りようとも思ったのですが、それであると、あなたには逆に反発されることが予想されましたからね、成長した姿をシミュレーションし、借りてみました」

「ゅ……」

 

 ミアは、おねえちゃんが大人になってしまうことを恐れていた。

 大人になったおねえちゃんに、夢からは覚めなくちゃいけないよと言われることが怖かった。

 

 目の前の誰かは、それを読んで、この姿で現れたのだろうか?

 

「いえいえいえ、私は、私どもは、そんな無粋は行いませんよ」

 

 無表情のまま、メアリー・スーを名乗る誰かは語る。

 何も言葉にはしていないのに、ミアの心を読んだかのように話を続ける。

 

「ミア、それでもあなたが、一番心許せる姿とは、これでしょう?」

「みゅ……」

 

 どこか、納得いかない氣持ちもあるが、だからといって反論することも出来ない問い掛けだった。

 

「それでいいのです。私は、私どもは別に、あなたと友達になりたくてここへきたわけではないのですからね」

「ふゅ……」

 

 おねえちゃんの偽物(?)は、今のおねえちゃんとの差を強調するかのように、程よく豊かな胸を張った。

 

「ミア、特異な生まれの姉に愛された妹。私どもはですね、あなたに伺いたかったのです」

「ゅ?」

「特異な存在に、愛されることは不安ですか?」

 

 ???

 

 どういうことだろうか?

 

 ミアの頭に、沢山のハテナマークが浮かぶ。

 

「ミア、あなたにとって、”おねえちゃん”はどういった存在ですか?」

「おねえちゃんは……」

 

 ミアはそこで、大人なおねえちゃんの姿をじっと見上げる。

 

 その目に怖れはなく、子供らしい純粋な好奇心さえ宿る、まっすぐな視線だった。

 

「おねえちゃんは、ミアの大好きなおねえちゃん」

「それで?」

「それだけ。おねえちゃんは、おねえちゃんだから」

「ふむ?」

 

 子供の瞳を、相対する異形の存在が、凝視した。

 その内面までをも裸にしてやるといわんばかりに、琥珀色の瞳を、丸く光らせて。

 

 しばらくそうして見開かれていた目は、しかしある瞬間に、ふっと細められた。

 

「本当に、それ以外にないのですね。あなたにとってのアナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードは、好きとか嫌いとか、そんな相対的な指標で表せるモノですらなく、おねえちゃんという絶対的な存在であると」

「おかしぃの?」

「おかしい、といえばおかしいでしょうね。盲目的過ぎている、宗教じみている、そう言って氣持ち悪いと嫌悪する向きもあるでしょう。ただ、少し考え方を変えると、これは、酷く単純な話でもあります」

「うゅ?」

「親を絶対視する幼子の、その絶対視の適応範囲が、あなたは”姉”にも適応されている。それだけの話ですよ。そういえば、あなたはあの者の陽の波動を胎児のうちに浴びたからこそ、健常な身体で産まれてきたのでしたね。その意味では、健康なあなたの親は、あの者であるとも言えるのかもしれません」

 

 おねえちゃんが、親?

 

 ミアにとっておねえちゃんはおねえちゃんだ。パパでもママでもない。

 

 三人とも、他の誰にも変えられない、ミアの大事な人だ。

 

「いえ、あの者を親と言っているわけではないですよ? 普通の子供は、親と同じ枠に姉妹兄弟を入れないというだけの話です」

「むずゅかしぃ……」

「ですが、なるほど、さようですか。いえ、申し訳ない。どうやら私が、この答えを知るには、まだ早すぎたようです」

 

 はぁ……とおねえちゃんの姿でため息をつく、目の前の麗人に、ミアはなぜだかムッとした。どんなに家庭教師から呆れられ、ため息をつかれても、それを当然のものとして受け止めるミアが、どうしてかここではムッとした。

 

「それならばそうですね、ここからはミア、あなたへ、大好きなおねえちゃんの、本来の姿を伝えるフェーズとしましょうか」

 

 成長したおねえちゃんの姿をした、メアリー・スーと名乗る誰かがそう言うと。

 

「ゅ?」

 

 夢の中特有の、ぼんやりとした世界は、一瞬でその姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それは花園だった。

 

 地平線まで、地と空の境界まで、色とりどりの花が咲いている。

 

 それは先程よりも鮮明で、リアルな風景であるにも関わらず、どこか現実味のない、幻想的な花の世界だった。

 

「アナベルティナ本来の運命、その分岐点のひとつとなるコスモスの花園」

「みゅ?」

 

 花園に立つミアの斜め後ろ、そこにメアリー・スーが立っている。

 

「ここで彼女は、死の男を受け入れ、受け入れたことで数千、数万の人が傷付き、死んでいく悲劇を確定させるのです」

 

 けど、目をパチパチとまばたきさせると、その瞬間に、メアリー・スーは消えて。

 

「それは悲劇。まぎれもない悲劇。誰も幸せになれない。アナベルティナも、死の男さえ幸せではない、そうした悲劇」

 

 また氣が付けば、ミアの正面に彼女(?)は立っている。

 

 白やピンクのコスモスが無限に咲く花園。

 

 赤や黄色、オレンジや、あるはずもない青や黒のコスモスさえも咲いている、夢幻の花園。

 

 空は、雲ひとつないのに、まるで朝焼けのように、ピンクに染まっている。

 

「アナベルティナ本来の魂は、死でさえも受け入れる寛容で、弱いモノでした」

 

 今度は右側面からの、メアリー・スーの声。

 

「だけど癒着した魂は、弱く、寛容ではあるものの、死だけは絶対に受け入れないモノ」

 

 次は左側面。声質こそ、おねえちゃんのモノ、そのものであるにも関わらず、そこに感じる心はまるで違うという齟齬。

 

「それでも弱くて、寛容だから、このルートではサーリャというメイドに救われ、多少変態性のある彼女でも、まるごと受け入れた」

 

 今度は真後ろ。

 

「匿うのが危険とわかっているアリスも、そのアリスを傷付けた男も、なんならサスキア王女でさえ、彼女は受け入れた」

 

 また、先ほどとは違う、斜め後ろ。

 

「それと同じように、本来のアナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードは、ここで死の男を受け入れてしまうのです。そうして彼と結ばれ、結ばれたことで、カナーベル王国の病巣が爆発する」

「びょうそ、う?」

 

 

 

「カナーベル王国、第一王子ジャイラルが双子の弟、王宮の地下に隔離されし鉄仮面、ヴェルドエレ」

 

 

 

 正面に、メアリー・スーが戻る。

 

「この国の第二王子が、どうしようもない人間であるにも関わらず、大事にされている理由のひとつがそれです」

 

「箔をつけようと竜の討伐隊に送り出したことさえ、よくよく考えればおかしい」

 

「武勇誇れる人物であるのならば、後に王弟将軍として国を守れる人物となれるよう、そう育てるというのも、悪くない一手でしょう」

 

「ですが彼はそうではない」

 

「彼が軍を率いれば、その軍の士氣は間違いなく落ちる。彼はそういう人物であり、本来ならば廃嫡されても不思議ではない。それくらいにどうしようもない人物です」

 

「それなのに、彼は大事にされている。彼の望む女を、言われるがままに与え、好き勝手にさせている」

 

「それなりのコストを、払ってでも、ね」

 

「それはなぜか」

 

「それはね」

 

「この国の第一王子、ジャイラルが病弱であること。そして、その双子の弟であるヴェルドエレが」

 

「彼が」

 

 氣が付けば。

 

 大人のおねえちゃんの顔が、ミアの耳元にある。

 

 今と変わらぬ、シミひとつない美肌と、つややかな黒髪。強い意志力を感じさせる琥珀色の瞳は宝石のように輝き、程よく高い鼻筋は品の良さを、そこだけは少女らしいたたずまいを残す唇は可憐さを、奇跡的なバランスでもって共存させている。

 

 それは、幼いミアであってもゾッとするほど色気を感じる、恐ろしいまでの美貌の囁きだった。

 

 

 

「彼、ヴェルドエレが、アンデッドだからなのですよ」

 

 

 

「あん……でっど?」

「吸血鬼、と言ってもいいでしょうね。彼は定期的に人の血液を摂取し、時に人肉を喰らわなければ、あっという間に肉体が老化し、朽ち果てる不浄の存在」

 

『アンデッドは特殊な魔法によって発生しますが、どんな存在になるかは行使された魔法次第と言えます。ほぼほぼ普通の生命体と変わらない場合もあれば、腐敗した身体でぎこちなく動く、化け物としかいえない存在に成り果てる場合もあります』

 

「彼は幼少期に死病から生還するため、けれどそれを依頼されたティアの歪んだ性癖により、アンデッドにされてしまったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 空からジャランと重い音を立てて、何かが落ちてくる。

 

 それは鎖で。

 

 血のような色に錆び付いた、何本もの太い鎖で。

 

 それはメアリー・スーに。

 

 成長したおねえちゃんの肉体に、まったくの無遠慮に、絡み付いていく。

 

 そして、それは鎌が草を刈るように無慈悲に、容赦無く、おねえちゃんの肉体をピンクの空へと吊るし上げ、固定した。

 

 鎖の、ザラついた錆によって、シミひとつなかった肌のあちこちは破れ、水色のワンピースはどんどんと赤く染まっていき、だらだらと深紅の蜜のような液体が、ミアの足元へも落ちてくる。

 

「やめ、て」

 

 おねえちゃんの身体を、傷付けないで。

 

「ぃ、ぁ」

 

 知らず、ミアの喉からは、悲鳴が漏れ出る。

 

「本来のアナベルティナは、この肉体を、死の男へと捧げ、預けて……抱かれる」

 

 色鮮やかなコスモスの花園。

 

 その上空に、ピンクの空を背景に、鎖によって絡め取られた麗人の肉体は。

 

 そこで空色と、深紅の花を咲かせてる。

 

 それは毒々しくも、美しい……花。

 

 その花が、散っている。

 

 その華が、散っていく。

 

 散らされて血を流し、全身がボロボロになりながらも、血塗れの人形となったメアリー・スーは、それでも笑いながら、どこかうっとりした表情を、悦楽の表情を、何か得体の知れぬ感触の愛にでも浸っているかのような表情を。

 

「死の恍惚に抱かれながら……ね」

 

 はぁん……となまめかしく吐息を漏らしながら……ミアへと向けた。

 

 それは、なにか見てはイケないものであると、ミアは感じた。

 

 けれど、それからはどうしても視線を逸らすことができなかった。

 

 ピンクの空に、人間であればもはや生きてないほどに歪んでしまったメアリー・スーが、毒花のように浮かんでいる。

 

「そうして死の男は、ルカの力を借り、アナベルティナの孕んだ子を喰らい、吸収して」

 

「健全な人間の肉体を取り戻し」

 

「失われた何かを取り戻すかのように、玉座を強引に奪取して」

 

「おのが権威の証明のため、侵略戦争を始めるのです」

 

「本来の歴史の上では、後に鮮血王と呼ばれるヴェルドエレの、それが始まりでした」

 

 

 

 

 

 

 

「やめて、やめて、やめて……」

「膝を折ってうずくまる。それがあなたの生き方ですか? ミア」

 

 空中に、今も血を滴らせている死の花を置いたまま、何事も無かったかのように、まっさらな水色のワンピースを着たもうひとりの……否、もう一体の……メアリー・スーが、ミアを見下ろす。

 

 そこに、『悪意』はない。

 

 さげすみも、あざけりも、あなどりも、嫌悪も、なにもない。

 

 ただ、うずくまるミアを、立って見下ろしている。

 

「なるほど。それが、姉を絶対視した妹の、末路ですか」

「……え?」

「本来のミアは、絶対に長くは生きれない運命を背負っていました」

「どぅゅー……こと?」

 

 ミアに、『悪意』なきメアリー・スーの思考が、入り込んでくる。

 

 

 

 あなたは、今この時期に、死ぬはずでした。

 

 九歳にもなれず死ぬ、それがあなた本来の運命だったのですよ。

 

 

 

「ぃ、ゃぁ……」

 

 

 

 私は、僕は、俺は、私どもは。

 

 だから少し、あなたに期待していたのです。

 

 私どもの介入により、健康な肉体を得たミア。

 

 この者がどう成長し、どういった運命を辿るか。

 

 それが何に影響を及ぼし、何が変わっていくか、私どもにとってはそれも未知のカオス。

 

 死と生。

 

 本来の運命から、真逆へと転じたあなたは、アナベルティナ以上に不確定要素でした。

 

 

 

 メアリー・スーは、流れるように音のない言葉を紡ぎながら、うずくまるミアを、まるで慈しむかのように見ている。

 

「それが答え……ならばそれはそれで尊重しますよ? 私はむしろ、あなたへと”姉がチート人間であるというチート”を与えてしまったのかもしれません。それによってあなたがあなたらしく生きれなかった、生きれないというのであれば、謝罪も致しましょう」

「むずかしぃ……むぅかしぃよ……おねえちゃん……」

 

 ぼんやりとした、不定形の反発が心にあるが、それを明確な言葉にする能力が、ミアにはない。

 

「ミア、あなたはどんな風に生きたいですか?」

「わかんなぃ……わからないよぉ……」

 

 ミアは夢を見ていたい。

 

 ずっとずっと今のままで、おねえちゃんと一緒に、しあわせな夢を見ていたい。

 

 だけど、それは、どう生きたいか?……という問いに対する答えではないと、ミアは知っている。

 

 この夢は、おねえちゃんがくれた、ミアのたからもの。

 

 たとえ夢から覚めても、ずっと一生、ミアの心に残り続けるであろうおくりもの。

 

 だけど、それはミアの「生きる」ではない。

 

 そんなことは、知っている。

 

 六歳の時には、もう知っていたから。

 

 ミアはミアの「生きる」で、おねえちゃんに、たからものを返したかった。

 

 ミアはミアの「生きる」で、おねえちゃんに、おくりものをおくりたかった。

 

 だけど、そんなものは見つかっていない。

 

 何をしても器用なおねえちゃんは、ミアよりもずっと先の方にいる。

 

 追いつきたいのに、差は広がるばかりで。

 

 時に泣きたくなるくらい、それがミアの、「生きて」きた道だった。

 

 

 

「あらら。これはまた……ミア、あなたは、もう答えを得ているではありませんか」

「……え?」

 

 まっさらなワンピースの……そこだけみれば子供っぽくすらある……おねえちゃんの姿をしたメアリー・スー。

 

 その表情は、ミアが再び仰ぎ見れば、しかし狂的な一幕を見せた後とは思えないほどに、穏やかなものへと戻っている。

 

「これはもういいですね、消しましょう」

 

 メアリー・スーがパチンと指を鳴らすと、空に吊られていた毒花が、そのいましめであった鎖ごと、消滅してしまう。

 

「なるほど……私どもは、娘に、与えすぎたのかもしれませんね」

「え?」

「私どももですね、小さな子供を、自分の娘を、愛したことがあるのですよ。それはおそらく肉体という器の、器質的な裏付けのある何かだったとは思うのですが、それでも、なるほど、これが愛情かと、しかと頷ける強力な何かであったことだけは確かです……ですが」

 

 そこでメアリー・スーは、何かを懐かしむように、何もなくなったピンク色の空を見上げる。

 

 その横顔は、十三歳のおねえちゃんとあまり変わりがなくて、ミアの心を少しだけ落ち着かせてくれた。

 

「ですが、前回の現界の際、私どもは娘に捨てられました、ヘイマァム、ソー、ユークレイジー、とね。そうなった理由が知りたくて、私どもはここへ顕れたのですが……」

 

 琥珀色の視線が、空からミアへと戻る。

 

「なるほど、与えるだけではダメだったということなのかもしれませんね。アナベルティナは、危ういからこそサーリャを惹きつけている。あなたも、アナベルティナが傷付けられれば血を流す、生身の人間であると気付いたから、姉に与えられる自分を模索し、もがいている」

 

 なるほど、それが正しい人間関係。

 たとえ親であっても、与えるだけではダメということ。

 

 納得です、腑に落ちました……と、メアリー・スーは、何度か大仰に頷いた。

 

「娘を虐めていた子を物理的に闇へ葬ったり、ドラッグの使用歴があったボーイフレンドを娘の目の前で発狂させたりと、色々しましたが、やりすぎでしたかね。もう少し娘に、自分の経験に学ぶ機会をあげるべきだったとは思っていたのですが……何も”しない”ではなく、何も”できない”自分を娘に見せる……そうしたこともまた、時には必要だったと……そういうことなのでしょうか?……奥が深いものです」

 

「ふゅ……」

 

 理解できない言葉を連ねるメアリー・スーへ、ミアは何も言えない。

 

 おねえちゃんになにも返せない自分がいるように。

 

 メアリー・スーへも、何も言い返せなかった。

 

「ミア、答えの尻尾を掴む機会を与えてくれたことへ、感謝してひとつ、”親”というものを教えてあげましょう。”親”にはね、子供が生きていてくれる時間、それがもう贈り物となるのです。子供の幸せこそが、”親”の宝物なのです」

 

「勿論例外はあります。これは三次元存在から観れば、特異な存在である私どもが、統計的に導き出した、実は正しくないかもしれない暫時的良識、エンドクサであることも、否定はしません」

 

「ですが」

 

「今のアナベルティナ・タチアナ・スカーシュゴードは、あなたのおねえちゃんは、彼女なら」

 

「きっと……これを肯定してくれると思いますよ? いずれそのように思う、そのように考える”母”となる、なってくれる。それはもう、ほぼほぼ疑いようのない、規定路線です」

 

「愛しい男へ、我が子すらも貢ぎ、献上してしまった悲劇のヒロイン、本来のアナベルティナとは違って……ね」

 

「だからミア、あなたは今のまま、正しく生きればいいのです。そのための答えは、もう得ている。一番大事なものを、あなたはもう既に得ている」

 

 唐突に自分へと向いた声に、ミアは首をかしげる。

 

「ミア……が?」

 

 でもミアは、おねえちゃんほど強くなくて、賢くなくて、だから。

 

「今はそれを信じることすら難しいというなら、強く、賢く成長すればよろしいのでは? この先の人生を、どういうモノにするかは、あなた次第ですよ?」

「……え?」

「いまだ、あなたは不確定要素。八歳の健康な幼子で、愛に包まれた環境にいる。だから可能性はまだいくらでもある」

 

 本来の運命から外れた、未知の子。

 

「そのままうずくまって末路を迎えるか、立って、違うどこかへと向かい、走っていくか」

 

 それはあなたの自由です。

 

 大人のおねえちゃんの姿をしたメアリー・スーは。

 

「あなたの選択を、楽しみにしていますよ」

 

 最後に、そう言い残して。

 

 つかみどころのない、ふわっとした笑みだけを残して。

 

 幻のように、幻のまま、消えた。

 

 消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゅー!!」

 

 目覚める。

 

 それは爽やかな、まだ日の昇りきっていない朝で。

 

「ぅゆっ」

 

 ミアは枕元のぬいぐるみを抱き寄せて、しばらくひとり静かに……泣いた。

 

 五分、十分とそうした時間が過ぎて。

 

 しかし、濡れたぬいぐるみから顔を上げた、ミアの相貌にあったのは……。

 

 おねえちゃん、アナベルティナでも想像できないほど、強い意思を感じさせる……それは確かに……決意の表れた表情だった。

 

「おねえちゃん……ミア……がんばるの」

 

 

 

 

 

 

 

 ミアにとって、世界と繋がるというのは、おねえちゃんに好かれることだった。

 

 ミアという存在の全ては、おねえちゃんに好かれるためだけに存在していた。

 

 それはまるで、幼子が胸に抱く、ふかふかのぬいぐるみのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねー、ミアちゃん、本当にソレでいいの? ティナってそういうの、あんま好きじゃないみたいなんだけど」

「いい、の」

「アリス、ミア様の選択に口出ししちゃダメ。ミア様にはミア様のお考えがあるの」

「いい、の。これがミアのかんしゃのきもち、だから」

 

『えー、いいじゃん、うさぎ、私は猫より可愛いと思うよ?』

『それあたしに喧嘩売ってる!?』

 

 おねえちゃんが猫よりも可愛いと言った、うさぎ……のぬいぐるみ

 

 おねえちゃんの、十四の誕生日に、ミアはこれを贈る。

 

 ミアが自分で、できるかぎり綺麗に縫って、一生懸命、綿をつめた。

 

 サーリャんには微妙な顔をされ、アリスにゃんには「違うから! ティナってそういうキャラじゃないから!」って……散々な言われようだったけれど。

 

「ですが、ティナ様は幼少期にも、ぬいぐるみをプレゼントされたことがなかったと聞いています。その初めてを、ミア様が奪うと考えれば……少し羨ましい……かも?」

「出たよサーリャの変態発言」

「うゅ……」

 

 ミアはおねえちゃんに愛されて育った。

 

 愛されることが当然のぬいぐるみのように、抱きしめられていた。

 

 それは幸せな時間だった。

 

 かけがえのない宝物だった。

 

 だけど、ミアもおねえちゃんを愛してしまった。

 

 だから、愛されるだけの自分とは、いつか卒業しなければならない。

 

 ある意味でこれは、その決意表明でもあった。

 

 

 

「これは、ミアが、どれだけおねえちゃんをすきかわかってもらうための、プレゼントなの」

 

 

 

 だってこの夢はいつか終わる。

 

 

 

「大丈夫です。ミア様、伝わりますよ。完成したら、綺麗にラッピングしましょうね」

「ま、ミアちゃんからなら、蛇の抜け殻でも、道端の石でも、ラブ! とか言って受け取りそうだけどね、ティナは」

「うゅ……」

「アーリースー」

 

 

 

 おねえちゃんが生きて、生き続けるなら終わってしまう。

 

 

 

「ミアは、おねえちゃんにしあわせになってもらいたいの」

 

 

 

 それはたぶん、おねえちゃんが大人になって、それでも幸せでいるためには、必要なことだから。

 

 

 

「しあわせしあわせ、これ貰ったティナの顔が、今から楽しみ~」

「それはアリスの幸せでしょ! も~」

 

 

 

 ママみたいに、ママになって、ミアじゃない、自分の産んだ子を可愛がって……そうして生きていくためには、必要なこと……だから。

 

 

 

「ミアは、おねえちゃんが、だいすきなの」

「それは私もですよ、ミア様」

「あたしもね。時々少し憎たらしいっちゃ憎たらしいけど」

 

 

 

 だから、ミアも成長する。

 

 

 

「だから、負けないの」

 

 

 

 おねえちゃんと一緒に、生きて、大人になっていこう。

 

 

 

「へ?」

 

 そうしていこうと決めたから。

 

 そうしていきたいと心が求めたから。

 

「アリスにゃんにも、サーリャんにも、ミアは負けないなの」

「……ぐぬぬ?」「……強力なライバル宣言、なのでしょうか」

 

 

 

 目が覚めた朝に、笑顔でいられるように。

 

 

 

「ミアがいちばん、おねえちゃんをしあわせにするの」

「……どうする? サーリャ」

「……負けませんよ? ミア様」

「うわ、笑顔で大人げないこと言ってるメイドさんがいるっ」

 

 

 

 いい夢であったと、贈られた宝物に、感謝できるように。

 

 

 

「ミアは、おねえちゃんのいちばんなの」

「そこも、負けませんからね?」

「……あたし、知ーらないっと」

 

 

 

 そうして。

 

 

 

 夢から覚めても、その先も、しあわせであるために。

 

 

 

 夢が終わっても、その先でも、しあわせに生きるために。

 

 

 

 ゆっくりでいいから、追いつけなくてもいいから、せめて離されないように。

 

 

 

 ミアは、一歩づつ、少しづつ、大人になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歪んだ木の梢で、小鳥が羽を、空へ挑むかのように広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

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