9月6日 夜 シンの家
「明日の夜からしばらく留守にする」
修学旅行前日の夜。ライドウは夕食の片付けを、ゴウトはソファーに鎮座してのんびりとテレビを眺めていた。俺はといえば、明日からの修学旅行に持っていく衣服等を鞄にまとめ、そろそろ用意も終えようかというところだ。
「うむ。修学旅行だったな。準備は済んでおるのだな?」
「十分だ。土産は適当に食べ物でも買ってくる」
「にしても、修学旅行に国外とはな」
「俺も驚いてる。そっちの時代に修学旅行は?」
「既にあったぞ。我らの時代だと神社仏閣や観光名所、他には軍施設などが主だった」
「そう聞くとあまり今と変わらないな」
「うぬは海外に行くのは?」
「行った記憶はない。多分初めてだろう」
「はわいといえば、我らの時代でも多くの人々が、農園の労働者とした移住していった。遠く海を挟んでいるからあまり話は入って来なかったが、現地では日本語の学校が建つまでに成ったらしい」
ハワイでは日本語が通じると話に聞いた。日本からの観光客が多いからそうなのだと思っていたが、逆だったのかもしれない。日本語話者が多かったから観光客も増え、今ほどメジャーな観光地になったのか。
「この時代のはわいも、日本人で賑わう楽しい場所だとてれびで見たぞ。たまの旅行だ、重ねて言うが諸々は忘れて楽しめ」
「もちろんそうさせてもらう。あいつらも一緒だからな。色々と見て回ってくるさ」
9月8日 昼 ハワイ!
「着いたぜっ!ワイハーッ!」
「……恥ずかしい」
長いフライトを終え、そこからバスに乗ってホテルまで。長い旅路を経て、俺たちはようやく宿泊先のホテルへ辿り着いた。
暇な時や飛行機の中で読もうと思い三冊程本を持ち込んでいたが、それらは道中で読み終えてしまったことからも費やした時間がよくわかる。どこかのタイミングで娯楽を買い足しておこう。
「これ、ハワイの匂い?つーか空港から思ってたけど、この匂い、なに?」
「カーペットクリーナーの残り香らしい。ココナッツフレーバーなんだってさ。それに、レイ用のプルメリアの匂いが、さらに南国っぽさを出してるってとこかな」
「雑学王かテメーは?」
「下調べはちゃんとするタイプなんだ」
「じゃあ安くて美味い店教えてくれ」
「部屋割り、決めてからにしなさいよ。鍵もらわないと外、行けないっしょ!」
「俺、こいつとな」
竜司がそう言って蓮を見る。だが、蓮は俺と同じ部屋になるよう頼んであるし、そもそも別クラスはダメだったような……。
そんなことを考えていると、川上が打ち合わせをしていた真と春を連れてやってきた。
「坂本君は他の組でしょ」
「ダメなの?」
「点呼がややこしいから」
「春は真とか?」
「うん。今から夜が楽しみ!」
「話はいつもしてるけど、やっぱり修学旅行って特別だもんね。去年は春との関わりはまだなかったし」
「夜更かししすぎないように気をつけろ。寝不足だと熱に弱くなる」
「なんでもいいから、早く決めて」
「だったら、部屋割り俺でいいかな?」
「何が目的?」
「お前……そうなの?」
「なんの話だっ!」
「悪いが、蓮は俺と組む約束をしてある。他を当たれ」
「えっ、そうなの?うーん、残念……」
「ふーん、間薙くんとね。……念の為釘を刺しておくけど、バカなマネやめてね。ここは日本じゃないんだから」
「竜司、蓮、分かったか」
「君も含めて不安なんだけど?」
同日 昼間 ビーチ
その後、それぞれ荷物を運んだあと、ビーチで集合する事にした。更衣室で水着に着替え、観光客で賑わうビーチへと歩み出る。
その砂質はこの前訪れた海岸とはまるで違う。気候の問題か、砂に湿り気は感じず、目の細かいサラサラとした砂が手のひらからこぼれ落ちた。
触り心地でいえば、双葉のパレスで触れた砂漠の砂に近い。
「ここがワイキキか〜!」
「さすがに人いっぱいだな。つか、ホテルとか高い建物、多くね?」
「キレイすぎて人工的なリゾートって感じ」
「でも、海はさすがに透き通ってるね。ヤシの木も、いかにも南国じゃない?」
「杏も、なかなかだと思ってたけどやっぱ外国人と比べると、アレだな」
「じゃ、見んな!……奥村さん、すごいよね。悩殺って感じ」
「やだ、もう……。杏ちゃんのが理想のスタイルしてるし、マコちゃんだって引き締まってて肌も真っ白で綺麗よ。そっちのが羨ましい」
「お前もそう思わねえ?やっぱ外国人はボリューム違うわって」
「そうかも」
「だよなぁ」
「シンは?やっぱデケえ方がいいと思わねえ?」
「……ノーコメントだ」
「隠すことねえだろー、照れんなって」
「……俺はゴムボートを借りてくる」
「あっ、逃げた」
同日 夜 ホテル
「ようやく一息つけるね……」
三島がどっかりとベッドに腰を下ろしながら言う。そこは俺のベッドなんだが。そもそも、何故この部屋に……?
「何故この部屋にいる?」
「それが……あの後ルームメイト探したんだけど、もうみんな組む相手決まっちゃっててさ。俺、一人なんだ。暇だったから遊びに来た」
つまり、蓮たち以外に友達がいないということか。俺も似たようなものだが、せっかくの修学旅行に一人部屋とは、なんて哀しいやつなのだろう。
「ちょっ!言っとくけど、もっと早く探してたらこんな事にはなってないから!そんな哀れむ視線で見るな!」
「……そうか。辛かったな」
「だから!寂しくなんかないって!」
俺と蓮からの憐憫の視線に気づき、三島は慌てて弁解を図る。その必死さが尚のこと痛々しい。蓮も同じ感想を抱いているようだった。
「あ、そういえば怪チャンのランキング、投票が始まったのって知ってるよね?」
「怪チャン?」
「そこからか……。怪盗お願いチャンネルだよ。略して『怪チャン』ね」
「すごく盛り上がってるのは知ってるだろ?サイト作った本人でもビックリしてるんだ」
「こんなスゴイことに参加できるなんて、怪盗団を応援してて、ホント良かった!」
三島は熱く語ると、続けて明智への文句を言い連ねた。いつもの事だが、こいつの怪盗団への熱意は凄まじいものがある。
……そういえば、ちょうどいい機会だ。気になっていた事を訊ねておこう。
「三島。ランキングで、オクムラフーズ社長、奥村 邦和の順位はどうなっている?」
「奥村社長?確かにすごい勢いで伸びてるよ。このままいけば一位になる日も近いんじゃないかな」
「社員の労働環境もしょっちゅう取り沙汰されてるし……。他にも色々黒い噂が流れてるからね。きっととんでもない悪党さ」
「……そうか」
「ぶっちゃけ、旅行どころじゃないよ。怪盗団のことが気になりすぎてさ。そう思わない?」
「そうかもな」
「……ほんと冷静だよね。こんなスゴイこと、めったに起きないよ?」
「まあでも、たしかにちょっと疲れてきたかも……」
「寝よっか。それじゃ、おやすみ」
三島は俺のベッドから立ち上がる。そして部屋を出ていくのかと思ったら、ソファーの上にゴロリと転がった。
「何のつもりだ?」
「何って……寝るんだけど」
「自分の部屋へ帰れ」
「ええっ、一人ぼっちの寂しい友達を追い出すっての?大丈夫、点呼なんて来ないって」
「……いびきがうるさかったら窓から捨てるからな」
「五階なんですけど!?」
都合よく回る口だ。『寂しくないんじゃ?』という言葉を飲み込み、自分のベッドに横たわる。しばらく目を閉じてみたものの、三十分もそうしているとだんだん退屈さにやられてきた。
気分を紛らわそうと、ベッド脇の椅子をベランダに出し、星空を見上げてみる。プラネタリウムへ行って以来日本の星空を少し勉強したが、ハワイもそうは違わない。
観光地なので街の灯りはあるが、それでも星空は綺麗だと思えた。眺めながら夜を過ごすのも悪くない。星座表を調べ、画面と空を交互に眺めているうちに、ゆっくりと夜は更けていった。
9月9日 昼間 ビッグバンバーガー・ハワイ店
「ハワイに来てまでうちの店でよかったの?」
「歩いている時、店の方を気にしてただろ」
「ありがとう。実は、どこかのタイミングで寄りたいと思ってたの」
テーブルの上には多数のハンバーガー。そこには、渋谷のビッグバンバーガーでは見かけない物ばかりが並んでいる。
いわゆる観光地限定メニューというやつだ。ビッグバンバーガーでは全ての店舗でメニューが統一されているが、ハワイは例外らしい。日本人の観光客が多いことから、普段との違いを楽しみに来店する客も多く、好評を博しているそうな。
もちろん定番メニューも提供されており、慣れ親しんだ味への需要も満たしている。ハワイに来てまでいつもの食事というのも、俺としてはどうかと思うが。
「限定メニュー、結構多いね。ずいぶん買っちゃったけど……」
「全部食べられる」
「うん。あとで感想、聞かせて」
「しっかり味わっておく。……いただきます」
まずは、ロコモコバーガーにかぶりつく。具材は刻んだレタスにハンバーグ、アボカドスライス、目玉焼きだ。普通のハンバーガーで使われる具材も多いが、グレービーソースでコクと肉の風味が足されていて、定番のハンバーガーとはしっかり差別化されている。
バンズにも工夫がされているようだ。断面に紫色が練り込まれていて、普通のバンズよりほのかに甘く、もっちりとした食感に仕上がっている。
「これは……タロイモか?」
「そう。日本ではあまり馴染みがないけど、こっちではよく使われてるのよ」
「美味い。目立った違いはアボカドとバンズぐらいなのにこんなに変わるんだな」
「会社としては、単純な事で成果がある方がありがたいから。開発部の人たちが頑張ってくれたみたい。そのアボカドだって、限定のポキサラダと併用だし」
「ポキか。チェーンで生魚は大変じゃないか」
「魚は容器に入れて凍った状態で店に届くの。味付けも済ませてあって、あとは溶かして野菜を載せるだけ」
「使う野菜もロコモコバーガーと共通。コーンがあるぐらいか。凄まじい効率化だな」
「実は、ロコモコバーガーのソースもほとんどナゲットのバーベキューソースなんだよ?少し手は加えてるけどね」
「……本当か?ナゲットはたまにとはいえ、全然気が付かなかった。一体何を?」
「ふふっ、企業秘密」
「それにしても、詳しいな。内情はよく知らないと行っていた割に」
「ハワイに行くことが決まってから少し調べたの。開発部の人にもお話聞きに行ったりして。食べてくるって伝えたら、『ご指摘いただけますと幸いです』だなんて言われちゃった」
「じゃあ頑張って食べないとな」
「うん、旅行中に一通り食べてみるつもり。もちろん、シンくんの感想も参考にするからね?」
「味覚が鋭い方じゃないから、あまり当てにしないでくれ」
同日 昼間 ショッピングエリア
「あー……じゃあさ、写真でも撮ろうぜ!旅のオモイデにさ」
「いいね!」
「カメラマンするよ。並んで」
「いいの?ありがとう」
スマホのカメラを起動し、太陽を確認しながら位置を調整する。
どう撮ろうかと悩んでいると、みんなの背後にあるビッグバンバーガーの店舗から見知った顔が二つ出てくるところが見えた。向こうもこちらに気がついたようだ。
「あ……シンと奥村さん」
「あら、こんにちは」
「……祐介?何故ここに?」
「天候の問題でロスに降りれなくてな。洸星高校も急遽ハワイに変更になった」
「よく泊まれるホテルが見つかったな。お前たちは何を?」
「ショッピング。写真撮るところだったんだ。二人も入ってよ」
「奥村さんはこっちこっち。女子で固まろ!」
「ちょっと横が窮屈かも……」
「……よし。そんなら……」
竜司はそういうと靴を脱ぎ、ベンチを足場にシンの背中にしがみついた。そのままよじ登り、肩車の体勢になる。
「これで入んだろ?」
「勝手に登るな。……おい、足先を寄せるのをやめろ」
シンは文句をいいながら竜司の脚を抱える。
「美しい構図で頼むぞ?」
「細かいこといいから」
「たのむわ」
「笑って」
逆光で真っ白な画面を相手に、大まかにボタンの位置を押す。パシャリとカメラの起動音が聞こえたので、無事に写真は撮れたようだ。
撮れた写真を確認しようとしたタイミングで、グループチャットに双葉から連絡が入った。
『竜司、顔と手見切れてる』
「は?」
写真を確認すると、確かに竜司の鼻から上と、ポーズを取っていた手首から先がフレームアウトしていた。
「ホントだ……てかまたかよ、この下り……」
「誰かはわかるからいいだろ。いい加減降りろ」
「自由時間、まだ大丈夫だよね?次、どこ行く?」
「ビーチの脇にコンビニあっただろ?あそこ行かね?」
「賛成だ。少し休みたいしな」
「俺たちは先にビーチに行ってる。どうせ来るんだろう?」
「そのつもり」
「じゃあ、行きましょう。二人はまた後でね」
同日 夜 ホテル
「また書き込み増えてる……」
「あ、すごい!」
俺たちがホテルに戻ってすぐ、昨夜と同じく三島が訪ねてきた。……のはいいが、今日もずっと怪チャンの話ばかりだ。ずっとこの調子で、旅行に来た意味はあるのだろうか。
「三島は自由時間何をしてたんだ?」
「昼間?今日はほとんど部屋にいたかな……。少しお土産を買いに出たけど」
「下調べも無駄だったな」
「せっかくの旅行なのに」
「いやいや、この流れは見逃せないでしょ!」
「何がそんなにすごいんだ」
「よくぞ聞いてくれた!オクムラフーズって会社の社長、ランキング急上昇だ!」
その言葉に、話のほとんどを聞き流していた俺の動きが止まる。そして丁度こちらを見た蓮と目が合った。
こいつらに春の実家について話した覚えは無い。真が話すこともないだろうが、以前迎えに来た車や普段の様子から裕福なのはわかっていただろう。そこに、今の俺の反応でおおよそ確信を持たれたか。
「続きを聞かせろ」
「お、食いついた?……オクムラフーズってさ、ブラック企業って噂があるんだよ。従業員を安くこき使ってさ、人件費を削って出店数を増やしてる……とかさ」
「信憑性は?」
「裏がありそうではある。企業の口コミサイトとか、今見ても大したものは載ってないけど、内情曝露とかも偶にあるらしいんだ。けど、すぐに削除されちゃうって」
「ホントなら大問題だけど、匿名だから裏付けも取れないし。訴訟主が出てこないんじゃどうにもならないもんね」
「そうか」
そこまで話を聞いたところで、部屋のドアが雑にノックされた。
蓮が鍵を開けると、竜司がズカズカと入ってくる。
「うぃっす」
「なんで来てんの?」
「オメーもだろ……。それより、聞いてくれよぉ!?相部屋のやつがカノジョ連れてきやがって!気まずすぎんじゃん?」
「俺、今日ここで寝るわ」
「ベッド二つなのに?」
再び、ノックの音。三島が返事をしてドアを開けに行くと、意外な来客に驚く声が聞こえた。
「同じ部屋の子、ソッコー彼氏のとこ行っちゃって!」
「わかる!」
「鍵、持ってっちゃってんだよ?外、出たら、オートロックかかっちゃってさ!部屋、入れないし!」
三島は話に興味が薄れたのか、いつの間にか、じっとスマホを眺めている。俺たちはもう慣れたが、竜司と杏は半ば呆れたように声をかけた。
「こんなとこでもネットか?」
「メジエドの一件で、海外からのアクセスもすごくてさ……。ヤバくない?怪盗団ついに世界進出とか……!」
「海外からの依頼とかどうする?」
「私たちに聞かれても、ねえ……」
「メジエドをやったんだ。次はどんな悪人を成敗するんだろ?日本どころか、世界中が怪盗団の次の一手を気にしてるよ」
「……そういや、今何時?」
「ほわ……ねむっ……」
「けっこう疲れたよな。あ、時差ボケってヤツ?」
「他に行くとこないし面倒だから、今日ここで寝る」
「え、ちょ、マズくね……?」
「本気……?」
「大丈夫、信じてるから」
「そう来たか……待てよ。三島、お前の部屋譲ってやりゃいんじゃね?」
「無理だよ……。俺の部屋最後まで決まらなかったろ。だから最後まで人気なかった部屋でさ……。隣が先生たちの部屋なんだ」
「とりあえず、お前は自分の部屋帰れよ」
「仕方ないか……。それじゃ、おやすみ」
「ベッドはあと一つ……ソファーを入れても……」
「一人は床、だよな……。どうする?」
「……杏、嫌じゃなければ俺のベッドを使え」
「ありがたいけど、寝難くないの?」
「問題ない」