吸血鬼の平穏はトガヒミコに壊された   作:黒雪ゆきは

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012 暗く重い言葉。

 草むらの中、青山優雅は両手で口元を覆い息を殺す。

 ヴィランとの邂逅は初めてではない。

 だが、だからといって恐怖が克服されるなんてことは、少なくとも青山自身には起こりえなかった。

 

(僕は……僕はどうすれば……)

 

 クラスメイトが今もどこかで必死に戦っているかもしれない。

 自分も何かしなくては。

 みんなのためにできることはないか。

 気持ちだけが焦る。

 それとは裏腹に体は硬直し、小刻みに震える手足はまるで自分のものではないかのようだ。

 

 そんな時間がゆっくりと過ぎていく。

 

 目と鼻の先にヴィランがいる。

 

 怖い、怖い、怖い───。

 

 そして、幸か不幸か変化は訪れた。

 

「お前、腹からビーム出す奴だよな?」

 

「へ?」

 

 青山は、その言葉が自分に投げかけられたものだとすぐに理解出来なかった。

 それも仕方がない。

 擬態する動物のように闇に身を沈めている青山に、話しかける者などいるはずがないのだから。

 

 無意識に身体が振り向くことを拒絶する。

 見つかったという事実を受け入れたくないのだ。

 だが、意を決して青山は見る。

 そして理解する。

 月の光を反射する銀色の髪、血に染ったように赤い瞳を見た瞬間───この場で、最も出会ってはいけない人物であると。

 

(───ッ!!)

 

 青山は目を見開く。

 そして思わず叫びそうになり、だがそれは血影によって防がれる。

 

「おいおいバカかよ。声を出すな、バレるぞ」

 

 血影は荼毘とトゥワイス、それからヒミコがすでに合流していることを目視する。

 青山は死を間近に感じてしまうほどの恐怖に、さらに震えが激しくなる。

 それでも、血影が背負っている傷だらけの八百万から目を背けることはできなかった。

 

「……僕の……僕のクラスメイトをどうするつもり?」

 

 その問いかけに驚いたのは血影の方だった。

 全ての感覚で目の前の子供がただひたすらに怯えていることがわかる。

 にも関わらず、他人の心配をしたのだ。

 

(未来は安泰かもなぁ……なんて。でもごめんよ。俺はもう後戻りできないし、するつもりもねぇんだわ)

 

 生きる世界が違いすぎる。

 生まれた世界が違いすぎる。

 

 もし自分もそちら側だったとしたら、大多数の側だったとしたら───。

 

 そんな無意味なことを、血影は数十年ぶりに考えてしまった。

 

「───攫うんだよ」

 

 とても短く、だが残酷に告げられる非情な現実。

 

「だが妙なことを考えるなよ。お前は救うことはできない。唯一できることがあるとすれば、仲間を呼んでくることぐらいだな」

 

「…………」

 

 青山の葛藤は一瞬。

 今なお戦慄が心に波打つ。

 

 それでも、彼はヒーローの卵なのだ。

 

 仲間を見捨てるなんてことができるはずがない。

 そんなことを一度でもしてしまえば、もう二度と自分は本当のヒーローにはなれない気がする。

 

(やってみないと……わからないッ!!!)

 

 個性を発動させようと意識する。

 

 しかし───血影と青山の隔絶された力の差は、精神論で覆るようなものではない。

 

 青山は恐怖ゆえに頭から抜け落ちていたのだ。

 血影とは決して、目を合わせてはいけないということを。

 

 ───『魅了』

 

 それはあまりにも呆気ない幕切れだった。

 

「何もせずじっとしてろ」

 

「うん、わかった」

 

 血影はその返事を聞くと、荼毘たちの方へ向かって歩き出した。

 

「……本当なら殺すべきなんだろうなぁ」

 

 その声は雫のようだった。

 滴り落ちるようにぽつりと呟かれたその言葉は、静かに夜の森へと消えた。

 

 

 ++++++++++

 

 

 結局、あの後俺は荼毘たちと合流して黒霧のワープゲートで見慣れた辛気臭いBARへと帰った。

 まあガキどもが降ってきたり色々あったけど、俺がちょっと強めに虚空を殴って、風圧で吹き飛ばして終わり。

 最悪なのが、あそこまで苦労してヴィラン連合に引き入れたマスキュラーを失ったこと。

 

 ……見通しが甘かった。

 

 はっきり言ってガキにマスキュラーがやられるとは思えなかった。

 あの場にいたプロも全員把握していたが、マスキュラーに勝てる奴はいないと判断した。

 唯一懸念したのがイレイザーヘッドぐらいだったが、それでも問題ないと油断した結果がこれ。

 

 マスキュラー、マスタード、ムーンフィッシュ。

 

 3人も失った。

 

 最悪だァ……。

 

 ガキが予想よりはるかに強かった……。

 

「あぁ……しんどい」

 

「血影サマ夜なのに元気ないです。私の血、吸います?」

 

「俺の血でもいいぜ!? 誰がやるか!!」

 

「まぁ!! ブラッドお腹空いたの? 私、前から一度吸われてみたいと思っていたのよ♪ どう? 私の血、吸ってみない?」

 

「マグ姉でも刺すよ」

 

「あら嫉妬? 可愛いんだからもう!」

 

「元気だねぇ。ちなみにおじさんは血吸われるなんて勘弁」

 

「…………」

 

「気色悪ィ……」

 

「……お前ら黙れ」

 

 なんで俺の周りはこんなにもうるさくなってしまったのだろう。

 身体というより精神的に疲れを感じ、カウンターにぐったりと突っ伏してしまう。

 

 チラリと、目の前に拘束されている3人を見る。

 

 常闇踏陰、爆豪勝己、そして八百万百。

 

 今回の成果。

 雄英から三名の生徒を誘拐した。

 この事実が社会にもたらす影響は大きい。

 改めて、これだけの力がこのヴィラン連合に集結しているという事実に驚く。

 

 そりゃあちょっとぐらい……期待しちまうわなァ。

 

「早速だが……俺の仲間にならないか?」

 

 死柄木は古くからの友人に語り掛けるように、優しくその言葉を紡いだ。

 

 しかし───

 

「寝言は寝て死ね」

 

「断る」

 

「お断りですわ」

 

 3人からの返答は明確な拒絶だった。

 まあ、そりゃそうだわな。

 死柄木は肩を竦める。

 だがさすがにこれは死柄木も予想していたようで、あまり落胆の色は見えない。

 

 そういえば、俺が八百万を攫ってきたときヒミコが明らかにいつもとは違う感情で刺してきたなぁ。

 しかも八百万を狙ってくるもんだからタチが悪かったわ。

 拗れた性格してるよなー、本当に。

 そんなことをぼんやりと思い出しながら、今も明らかに好意的ではない目で八百万を睨むヒミコを眺める。

 八百万もそれを敏感に感じ取ってか、こちらを警戒している。

 

「おい」

 

 俺はダラけた体勢を変えず、目も向けることなくヒミコへ声を掛ける。

 

「なんですか?」

 

「睨むな」

 

「睨んでません」

 

 この返答だけでこれ以上の言葉は無意味だと分かったし、死柄木が黙れと言わんばかりに睨んできたので俺はため息と共に諦めた。

 すると、死柄木はおもむろにテレビの電源を入れる。

 そこに映し出されるのは雄英の謝罪会見の様子。

 生徒を守れなかったことへの責任を、社会が追求する。

 

「不思議なもんだよなぁ……」

 

 死柄木はさらに新聞を手に取り、爆豪たち3人へと見せつける。

『雄英大失態』という大見出し。

 嫌でも目に入る、守れなかったことへの厳しい言葉の数々。

 

「なぜ奴らが責められている!?」

 

 両手を広げ、死柄木は語りかける。

 

「現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ。そう思わないか!」

 

 まるで舞台役者のように大袈裟なジェスチャーで語る死柄木に、俺は意外と演技派なんじゃねぇのコイツ、とか思ってしまう。

 

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民」

 

 このフレーズ、台本とか作って練習したとしたら笑える。

 

「俺たちの戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう。───俺たちは勝つつもりだ」

 

 爆豪たち雄英生は静かだった。

 とても静かに死柄木の言葉に耳を傾けていた。

 ただ……その目にはほんの僅かな揺らぎもないことがわかる。

 こいつらの心はまるで動いていない。

 

「荼毘、拘束を外せ」

 

「は?」

 

 なのにこういうことを言い出す。

 

「まぁ待てよ死柄木」

 

 だから、ちょっとは仕事しよう。

 俺は立ち上がり、爆豪たちへと歩み寄る。

 それだけなのに物凄く怯えられているのが伝わってきた。

 爆豪からは闘争心のようなものも感じる。

 無視して俺は爆豪の頭を掴む。

 

「何すんだテメェッ!!」

 

 無視して無理やり目を合わせる。

 

 ───『魅了』

 

「正直に答えろ。考えは変わったか?」

 

「一ミリたりとも変わってねぇ」

 

「拘束を解いたらまずどうする?」

 

「あの気色悪ィ野郎に一発爆破を浴びせる」

 

 八百万と常闇が息を呑む。

 その返答を受け、死柄木の方を振り返ればあからさまに不機嫌になっていた。

 

「少し大人しくしててくれ」

 

「しゃあねェなぁ」

 

『魅了』は一時的な催眠でしかない。

 仲間に引入れるなら、本心を動かす必要がある。

 

 さて……どうしたもんか。

 

「死柄木、俺もちょっと勧誘していいだろ? 八百万を攫ってきたのは俺だからなぁ」

 

「……あぁ」

 

 不機嫌ながらも死柄木は承諾した。

 確認しとかんとさらに機嫌悪くなりそう。

 

「どうも。んじゃ荼毘、外してくれ」

 

「暴れるぞこいつら」

 

「爆豪は暴れそうだわな。だが大丈夫だろ。常闇と八百万は」

 

 そう言って八百万と常闇に目を向ければ、2人とも恐怖しながらも力強い瞳をしていた。

 ほんと、いい目をしてるよ。

 

 綺麗で純粋な、いい目だ。

 

「トゥワイス、外せ」

 

「はァ俺!? 嫌だし!」

 

 そう言いつつも、トゥワイスは拘束具を外し始める。

 なんだかんだ良い奴だよなコイツ。

 

「悪いなトゥワイス」

 

「いいってことよ! ざっけんな!」

 

 カチャカチャと音を立てながら、トゥワイスは拘束具を外していく。

 手当てをしたとはいえ、八百万はそもそも軽くはない怪我をしている。

 暴れはしないだろう。

 

「常闇、だよな」

 

「…………」

 

「どう思った? 素直に答えてくれ」

 

「……正直、わからない」

 

 常闇はそう言って俯いた。

 すでに拘束具は外され、彼らを縛るものは何も無い。

 

「確かに……この社会が完全に正しいとは言えないのかもしれない。考えさせられる。───だが」

 

 覚悟をもった目で常闇は俺を見た。

 

「暴力や犯罪という手段で社会にそれを訴えかけるヴィランは……間違っている……!」

 

 恐怖に決して屈さない強い心を持ってる。

 ほんと凄いよ。

 

「確かになぁ……なんも言い返せんわ」

 

「…………」

 

 本心の言葉だ。

 俺の返答が意外だったのか、常闇は少し困惑したようだった。

 

「それじゃ八百万、お前は?」

 

 八百万へと目を向ける。

 

「……常闇さんと同じですわ。あなた方ヴィランは……間違っています」

 

 そう、その通りだ。

 俺たちヴィランは決して正しくない。

 どれだけ正当な理由があったとしても、社会に害をなした時点で断罪されて然るべきなんだ。

 そこがブレてしまえば社会が成り立たない。

 

 それでも───もう進むしかねぇんだよなぁ。

 

「爆豪は死柄木が目をつけた。常闇はその個性の強さゆえにコンプレスがアドリブで攫った。───んで、八百万。お前を選んだのは俺だ」

 

 ガタッという音とともに誰かが立ち上がる音が聞こえた。

 その足音は真っ直ぐ俺へと近づいてくる。

 誰なのかは見ずとも誰かわかった。

 

「待て」

 

「離して下さい弔くん」

 

「もう少し見よう」

 

 意外にも死柄木がヒミコを止めてくれた。

 ナイスすぎる。

 

「お前が、少しだけ俺と境遇が似ていたからだ。俺の親も金と権力を持っていた」

 

「…………」

 

 八百万は黙って俺の言葉を聞いていた。

 

「俺とお前の違いは、親に愛されたか否か。それだけだ」

 

 人の心を動かすにはどうすりゃいいのか。

 効果的な方法は知識として知っている。

 だが、今回の場合はそんな小手先な技術ではダメだ。

 そんなものでは決して変わらない。

 

「俺の個性は『吸血鬼』。こんな面倒な個性が発現したせいで、俺は陽の光を浴びれない。世間体を人一倍気にする人間だった俺の親にとって、それはどうも不都合だったらしい。俺は捨てられ、最初からいないことにされちまった。───それだけじゃねぇ」

 

 だから俺も、本心で語ろう。

 

「俺の親は俺が捨てられた地域一帯のヒーローと警察に圧力をかけた。『俺を見かけても見殺しにしろ』ってな」

 

「……ま、まさか」

 

「事実さ」

 

 久しぶりに思いだした。

 あのクソの顔。

 色あせないなぁ、憎しみってやつは。

 少しだけ、イラッとしてしまった。

 それが伝わったのか、八百万に常闇だけでなく、連合の奴らまで静まり返ってしまった。

 

「ヒーローといってもたかが公務員。権力には逆らえない。自分で手にかけるのは罪悪感があるもんだから、俺を野垂れ死にでもさせたかったんだろ。死ねばどうとでもできるからな」

 

 八百万の目に同情の色が宿る。

 ……あぁ、ミスった。

 別に同情して欲しいわけじゃねぇ。

 

「これがお前が見たことのない社会の裏側ってやつだ。どうだ? クソだろ? 深く根付いたもんを変えるには、一回全部壊すしかねぇ」

 

 俺は八百万の目を見る。

 

「教えてくれ八百万。お前は人を救いたいのか? ヒーローになりたいのか? これは必ずしも同義じゃねぇぞ?」

 

「……わたし……は……」

 

 揺れている。

 十分に俺の言葉は届いている。

 

「大丈夫、このヒーロー飽和社会だ。ヒーローは足りている。お前一人がヒーローにならなくても問題はないさ。───もし、お前が真に救われない人間を救いたいというのなら」

 

 やはり、八百万の心は染まりやすい。

 俺の見通しは正しかったというわけだ。

 

「俺と、俺たちと来ないか?」

 

「…………」

 

 八百万はしばらく黙っていた。

 その間、誰一人として言葉を発する者はいなかった。

 

 そして───

 

「……すぐに……答えはだせませんわ……」

 

 選んだのは、決断の先延ばしだった。

 俺はその答えに大いに満足した。

 

「いい答えだ」

 

 手駒を増やす手段に『眷属化』ってのもある。

 だが、それには自ら眷属になることを認める必要があり、無理やり行えば俺の命令を聞くだけの人形となる『傀儡化』が起こってしまう。

 今必要なのは、傀儡ではない。

 

 ───コンコン

 

 そんな時だった。

 来るはずのない訪問者が現れたことを告げる、ノック音が響いたのは。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店です───」

 

 誰もが耳を疑う。

 

 そして、

 

「SMASH!!!!!」

 

 ヒーロー達が突入してきたのである。

 

 

 ++++++++++

 

 

 眠れる吸血鬼が真に目醒めるまで、あと───。

 




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