「ゲホッゲホ……あぁクソ」
吐き気を催すような最悪な気分と共に、次に目を開ければ全く知らない景色が広がっていた。
どこだここ?
それが素直な感想。
だが───その答えはすぐに得ることができた。
「やぁ、久しぶりだね」
もはや反射だった。
その薄気味悪い声を聞いた瞬間、俺は今出せる全ての力をもって地を蹴る。
しかし───
あぁ……癪に障る。
気に食わない。
俺は握った拳をソイツの手前で止めた。
凄まじい風圧により、後方にあった崩れかけのビルが完全に倒壊した。
「なんでよけねぇんだ……? クソ野郎」
「君なら分かるだろう?」
「……しばらく見ねぇうちに随分イカしたツラになったじゃねぇか」
オールフォーワン、なんて呼ばれているコイツの事が俺は心底嫌いだ。
マジで殺してやりたいくらいには。
俺が殺すつもりで拳を振るっても、コイツは止めることが分かっていたように避ける素振りさえ見せなかった。
いや、実際にわかっていたんだろう。
そのために……さっさと転移させりゃあいいものをあえて俺をオールマイトと戦わせた。
奴の脅威を俺に理解させるために。
ここで俺がコイツと争えば、確実にオールマイトを対処できなくなると理解させるために。
この、全てを支配してると言わんばかりのニヤケ面。
気色悪いったらありゃしねぇ……クタバレ。
「オールマイトは強かったかい?」
ほらな。
得意顔でこんなことを聞いてくる。
気持ち悪いったらねぇわ。
「あぁ……強かったよ。あれで本当に衰えてんのか?」
「フフ、衰えているよ。まだここに来ていないのがいい証拠さ」
まだここに来てねぇのがいい証拠だと?
10秒も経ってねぇだろ。
俺は少し辺りを見渡す。
この場所がだいたいどの辺か分かる。
バーから数キロは離れている。
いや……あのイカれたパワーがあればいけるんかもな。
驚きはない。
「げぇぇ……」
すると、少し遅れて死柄木弔たちが黒い水と共に現れた。
十中八九このクソ野郎の個性だろう。
俺の知らない個性だ。
また増やしたか。
「また、失敗したね弔」
突然、コイツは語りかけた。
親が子にかけるような優しく柔らかい声だ。
「でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい」
……なるほどなァ。
いまいち見えなかった死柄木弔とコイツの関係。
死柄木弔がこのクソ野郎を見る目。
まるで───『ヒーロー』でも見ているようじゃねぇか。
あぁほんと……相変わらずだなクソが。
胸糞悪ぃ。
「いくらでもやり直せる。そのために僕がいるんだよ」
そこで、『オールフォーワン』は俺の方に首を向け、口元だけを歪めて笑った。
「それに血影もいる、より安心だ。だから大丈夫だよ、弔。───全ては君の為にある」
目をキラキラと輝かせやがって……。
勘違いすんな。
ソイツは絶対にヒーローなんかじゃねぇ。
って、俺がいくら言ったところでお前は聞きゃしねぇんだろうな。
そうやって、俺が何とも言えない感情を抱いていると───
「血影サマァ……!!」
もはや聞き慣れてしまった声と共に、俺の背後から衝撃が加えられた。
誰かは見なくても分かる。
トガヒミコだ。
相変わらず、どういう理屈かコイツの気配は分からない。
「離れろ……」
心底鬱陶しいという顔をしながらゆっくりと振り返った。
だが、ヒミコは離れようとしない。
それどころか、顔をうずめたままぎゅっと強く抱きしめてくる。
「……死んだかと思いました」
吹けば消えそうなほどか細く、震えた声でヒミコは小さく呟いた。
「俺は不死身だって言ったろうが」
ずいぶんと懐かれたもんだ、なんて思いながら俺はそう言った。
今後、コイツをどうするべきか、どうあるべきなのかを考えながら。
「許しません……オールマイト。絶対殺します」
はぁ……また物騒なことを言う。
お前はアイツの力を間近で見てなかったのか?
と、言おうとしたときだった。
空気がひりつく。
全ての感覚が危機を訴える。
「やはり……来てるな……」
クソ野郎がそう呟くと同時に俺は空中を見た。
───オールマイトだ。
すぐさま俺はヒミコを抱え、地面を蹴る。
「全て返してもらうぞ!! オールフォーワン!!」
「また僕を殺すか? オールマイト」
オールマイトの拳を、オールフォーワンが受け止める。
それだけで周りにはとてつもない衝撃が走り、死柄木弔を含めたヴィラン連合の面々が吹き飛ばされた。
俺は離れた場所に着地しヒミコをおろす。
「……殺します」
マジで飛び出していきそうなヒミコの首根っこを掴みながら、少しだけ考える。
そう、少しだけだ。
どんなに気に食わなかろうと、どんなに胸糞が悪かろうと、今はあのクソ野郎と協力してオールマイトを殺すべきだと嫌でも分かってしまう。
……そうだよな、やるべきだよな。
俺はもう、壊すって決めたから。
「離してください血影サマっ! これじゃ殺しに行けません……!」
ブンブンとナイフを振り回しながらコイツは何を言っているんだろう。
あの戦いが見えねぇのか?
「これ以上心配かけんな。頼むからじっとしてろ」
「……え?」
「……は?」
ナイフを振り回す腕が止まった。
まって。
俺……今なんて言った?
「し、心配してくれてるんですかぁ」
溶けるんじゃないかというくらいニヤケきった顔で、ヒミコがキャーキャー言いながら跳びはねる。
さっきまでの濃厚な殺意はどこへ消えたのやら。
……心配してるだと……クソったれ。
俺はいつの間にこんなにも情が移ってしまったんだ。
「いいからじっとしてろ……」
鉛のようにずっしりとのしかかるこの感情から目を背けるように、俺はオールフォーワンの方を見た。
まさにその時、オールフォーワンは何らかの個性を使いオールマイトを吹き飛ばした。
凄まじい轟音。
ビルをいくつも貫通し、さらに貫通し、まだ吹き飛ばされていく。
「ここは逃げろ弔。その子たちを連れて。───黒霧、皆を逃がすんだ」
オールフォーワンの指先から伸びたそれは、黒霧に突き刺さる。
すると、どういうわけか『ワープゲート』が発動した。
「さあ行け」
「先生は……ダメだ!! ダメだダメだ!! 俺、まだ何も……おい、ブラッド!! 先生を助けろ!!」
弔が俺に向かって血を吐くように叫んだ。
───BOOM!!
それをかき消す爆発音。
「爆豪さん!!」
「わーってるわッ!!」
「クッ……これが修羅の道か」
続いて大量の煙幕。
最悪のタイミングで『魅了』が解けたのだと理解するのに時間はかからなかった。
辺りを煙が包み、さらに混沌を極めるなか空中へと飛び出す存在がいた。
『爆破』の個性を推進力として飛ぶ爆豪。
いつ創ったのかジェットパックを背負い、同じように飛ぶ八百万。
そして2人に掴まり、『ダークシャドウ』によって追撃を牽制する常闇である。
「全く……すげぇなぁ」
この状況で冷静さを保ち、ここまでのことをわずかな時のなかで計画し実行できる能力。
しかも考えうる最適解のような気さえする。
雄英生ってのはどいつもこいつもこんなんなのか?
その時、希望を打ち砕くようにオールフォーワンの個性が伸びた。
黒霧に使ったやつだ。
常闇のダークシャドウが迎撃体制をとる。
だが、それはオールマイトが殴り飛ばすことで防がれる。
すると、八百万が俺の方を振り返った。
どうすればいいのか自分でも分からないと言いたげな、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざったみたいな表情をしていた。
でもそれは一瞬。
すぐに前を向いた。
「逃がすな!! 遠距離ある奴は!?」
「あんたらくっついて!!」
「いやそれよかブラッド飛べるんじゃねぇか!? 飛べねぇだろ!!」
マグネたちが慌てている。
でも俺は落ち着いていた。
それどころか感心してるくらいだ。
この状況を高校生のガキが抜け出した。
本当に凄いわ。
「追わなくていい」
だから、という訳ではない。
「え!? 追わないの!?」
「種は植えた。だが、芽吹くのは今じゃねぇってことさ」
「か、かっこいいけど意味わからないわ!! もう!! 本当にいいの!? ねぇ、行っちゃうわよ!?」
八百万を迎えるのは今じゃない。
人の心は急には変わらねぇからな。
気長に待とう。
これから少しずつ変えていけばいいさ。
きっと、最後はコチラに来る。
「それより今は───」
俺はマグネたちに高速で迫っていたソレに一瞬で距離を詰め、掴み、地面に叩きつけた。
「あの時と同じだなジジィ」
「グハッ!」
エンデヴァーと出会った時にいたすばしっこいジジィ。
『グラントリノ』とかいう、活動歴がほとんどないヒーローだ。
だが動きはベテランそのもの。
「ヒーローがそろそろくる。お前らは先に行ってろ。心配すんな弔。本当に気に食わんが、俺とソイツでオールマイトは───」
「いや、君も行くんだ血影」
「……あぁ?」
オールフォーワンが俺の言葉を遮った。
「ここは僕一人でいいよ」
「何言ってたんだ先生! その身体じゃあんた……」
その瞬間、オールフォーワンがまたしても触手のような個性を使う。
それは真っ直ぐと伸び、そしてマグネに刺さった。
───『個性強制発動』
「うっ……ちょ──」
マグネはそのままワープゲートの中に放り投げられた。
その瞬間、俺の身体が何らかの力で引っ張られるのを感じる。
マグネの『磁力』だ。
ただ、ぶっちゃけこの程度は今の俺にとっちゃなんでもない。
「え、やーそんな急に来られてもぉ!」
ヴィラン連合の面々がヒミコに向かって引っ張られ、激突、そしてワープゲートの中へと消えた。
「ダメだ……ダメだ……先生!!」
死柄木弔は最後まで抵抗していた。
「弔、君は戦い続けろ」
弔が消える瞬間、オールフォーワンはそう言葉をかけた。
その瞬間、オールマイトが殴りかかってきた。
だが、オールフォーワンは俺がさっき地面に叩きつけたジジィを盾にすることでなんなく対処してみせた。
「さあ、君もいくんだ」
「……手を貸してやろうっつってんのに。本当にいらねぇんだな?」
「あぁ、これでいい。君は弔のそばにいてあげてくれ。これで安心だ。───安心して、次の段階へ進める」
耳元まで裂けたような気色の悪い笑みを浮かべた。
ほんと吐き気を催すわ。
コイツの行動には全て意味がある。
これもまた何かの計画の一部なんだろう。
あいにく、今の俺にはそれがなんなのか分からない。
情報が足りなすぎる。
まあ、興味もねぇけど。
「あっそ。んじゃまたな。次、俺の前に現れたら───そん時は俺が殺してやるよ」
「フフ、次に会うのが楽しみだ」
そして俺はワープゲートをくぐった。
++++++++++
あぁ、ほんと疲れた……。
マジで半端なく疲れた……。
今日だけで50年分くらい働いた気分だわ。
だからさ、いい加減帰って眠りたいと思ったわけよ。
なのに……なのに…………。
「……なんでだクソ野郎」
「え、ここお前ん家なの!? スゲェな!! しょぼすぎるぜ!!」
ワープゲートの先が……まさかの俺の部屋だった。
何でアイツはここ知ってんの……もう最悪……。
「おい……! テレビ、テレビつけろ!」
「あー、リモコンはどこだブラッド?」
死柄木弔が喚き散らす。
律儀にリモコンを探すスピナー。
「おい、コンプレスこの野郎……テメェ今なにポケットにしまった?」
「おっとつい癖で。悪い悪い」
手癖が悪すぎる仮面クソ野郎。
「え、ちょっとこの服可愛いじゃない!」
「この前、血影サマとショッピング行ったとき買ったのです♪」
「キャー、ブラッドとデート!? どうだったのねぇねぇ! 聞かせてちょうだい!」
さっきまで結構やばかったはずなのに、妙に馴染んでるコイツらにため息しかでてこない。
まあ……もういいや、どうでも。
今日は疲れすぎた……一旦寝て、それから考えよう。
俺は自室へと向かう。
その時、瞬き一つせずテレビを食い入るように見る弔を横目で見た。
俺はあのクソ野郎の言う『次の段階』ってやつが、少しだけわかったような気がした。
お読みいただきありがとうございました。
そして、ありがたいことによもきち様から素敵すぎるファンアートを頂きました。
【挿絵表示】
このクオリティはヤバすぎです。私の作品にはもったいないと感じてしまうほどです。このいろんな闇を見てきた冷たくて血のように赤い目、吸血鬼の象徴と言える牙、病的に白い肌。そしてこのダークな雰囲気。どれをとっても本当に素晴らしいです。宝物です。
【挿絵表示】
また、このゆるくて尊すぎるイラストも頂きました。この尊さはヤバい。破壊力がエグいです。これはショッピングに行く前のシーンですね。トガちゃんが制服以外の服を持っていないので、血影のダボダボな服を借りているのです。尊すぎますよね。キュン死しますよね。そしてこちらのクオリティもほんとにえげつない。改めてよもきち様、素敵すぎるイラストを本当にありがとうございました。これからもいただいたイラストに見合う作品にしていけるよう頑張っていこうと思います。