あれから【海原鎮side】
「死ぬ……今度こそ死ぬ……」
『しぬわけないでしょ! はやくこれにサインして!』
「待ってくれむつまる。それにお前達も……ここ最近ずっと朝から晩まで書類を片付けてるのに終わらないんだぞ……!? 少しは休ませてやろうとかいう気持ちはないのか……!」
執務室を飛び回る妖精達がぴたりと動きを止めて俺を見る。
『ふーん』
「……な、なんだよその目」
『やすんでもいいよ。そのかわり、おおよどさんとか、ながとさんたちにやってもらうから。それでいい?』
『みんな、えんしゅうとかでつかれてるのになー……まもるのおしごとまでしなきゃいけないんだー……そっかぁ』
『まもるのかわりに、だいほんえいにいったりして、いーっぱいがんばってるのになー……』
『ぱそこんのむこうからじゃみれなかった、まもるのかつやくがたくさんみられるとおもったのになー……』
『ねー』
『ねー?』
「そうだな、これは提督である私の仕事だ。お前達にも情けない姿は見せられないな! 今日も張り切って仕事を終わらせよう!」
『はたらけー!』
『わー!』
『きゃっきゃっ』
「くぅ……っ! くそぅ……」
拝啓、じいちゃんへ。
長かった梅雨もあけ、初夏の風が爽やかな季節となりました。じいちゃんはいかがお過ごしでしょうか。
仕事に明け暮れて墓参りにも行けず、挨拶はあの夢でカレーをともに食べた時が最後となるようなどうしようもない孫の俺は、じいちゃんの言う通り、親不孝にも元の世界へ帰ることも考えず、この世界で提督として働く毎日を送っています。
これまたじいちゃんの言う通り、男というのはどうしようもないものであるとも思っている次第で、この日本という島国を守る男として、今度は社畜ではなく国畜として――決して悪い意味ではありません――日々軍務に励んでおります。
私を生んでくれた母や、厳しさを教えてくれた父にも恥じぬよう、柱島泊地の艦娘達とより一層――
「失礼します」
こんこん、というノックの音に現実逃避していた意識が戻って来て、入れ、と反射的に返事すると、建付けの良い隙間のひとつも無い木製扉が開かれ、少しばかりの、きぃ、という音と共に常任秘書艦である大淀が顔を覗かせた。
その手には冗談みたいな量の書類が抱えられており、不躾とでも思っているようで、顔を赤らめて「すみません、はしたなくて」と身体と片足で扉を押しながら入室してくると、再び「失礼しますね」と言って執務室の机の上に、どん、と重たい音をさせて書類を置いた。
「……大淀、それは」
「大本営より事後処理のための承認をと――それから、艦政本部で人事異動がありましたので、情報部の忠野中将から確認しておいた方が良いだろう、と入電がありました。あとは……こちらが演習の報告書、こちらが哨戒班の報告書……大本営に出向いているあきつ丸さんからの報告書が、こちらです。あきつ丸さんは本日ヒトロクマルマルまでに帰還するとの事でした。ソフィアさんともお話ししたそうですよ」
「……そうか」
「さ、私も手伝いますね!」
眼鏡を指で押し上げた大淀に微笑み、片手を振る。
「いいや、これくらい問題無い」
「そ、そうですか……? では、お茶でも淹れましょうか」
「うむ」
忠野……あいっつ……あんの白髪野郎……! どんどこ書類送ってきやがって……俺をシュレッダーとでも思ってんのかァッ!? くそったれぇい!
もちろん表情には出さず大淀に「重かっただろう。呼んでくれたら私が取りに行ったのに」と声をかけると、彼女はにっこりと笑みを浮かべて「あなたの秘書艦ですから」と言った。
うーん、エンジェル。百点。
「そろそろお昼ですが、昼食はこちらで?」
「うむ。食堂に顔を出したいが、流石にこの量を放ってはおけんのでな」
「では、あとで昼食をお持ちしますね。本日はカボチャの煮物らしいですよ」
「ほう、それは美味そうだ。ありがとう」
例の一件からしばらく――大淀が旗艦となったあの作戦は、世間では第二次大侵攻と呼ばれているらしいと知ったのは、山元大佐が哨戒ついでにと呉鎮守府の艦娘に新聞やら雑誌を持たせて柱島泊地に届けてくれてからだった。ちなみにその時やって来たのは潮と曙、漣と朧、那珂の五名である。
傷の具合を心配してくれて、もう大丈夫だと腹を叩いて見せたら、恐る恐る五人に触られるという、もう至れり尽くせりハッピーセットな……んんっ。
傷は塞がったと安心させた。以上である。別に何もなかったし、むつまる率いる妖精達に後から弄られたりはしていない。
……してねぇっつってんだろ! いい加減にしろ! 土下座すんぞ! むつまるオラァッ!
大淀に微笑み返していたらむつまるに睨まれたので、すっと視線を書類に戻して作業を再開しつつ、頭痛のしてくる小難しい文面を読み込んでは、確認したという判子を押していく。別にびびったわけじゃないです。
第二次大侵攻を撃滅する作戦完了後、大淀達に本当の事を話してからが大変だった。
結局一度も会う事の無かった楠木少将のしでかした軍規に反する様々な研究内容の調査であったり、楠木と繋がっていた八代少将を含む将官達の処分や、ブラックボックスと化した南方海域にある島々の調査が行われて、その報告を受けては柱島泊地の艦娘達に、連日聴取を行う事になったりと――特に南方海域を開放した第一艦隊の扶桑達には申し訳なくなるくらいだった――激動の日々である。陸軍憲兵隊の方でもかなりの人事異動が起こっているとの事だ。
楠木少将と深く関わりのあった正規空母サラトガの処遇については、くしくも扶桑達が救出した研究者を名乗った女性、ソフィア・クルーズが引き受けてくれたらしく問題という問題もなく、忠野が上手く処理して無事に帰国を果たしたらしい。井之上元帥がわざわざ連絡をくれて教えてくれたのだ。
さらには、たった今大淀が持ってきた書類にもある艦政本部の人事異動に伴い、日本出資のもとでアメリカとの共同研究を継続する事になったらしく、ソフィア・クルーズとサラトガ、そしてアイオワの三名の来日が決定しているというのだから、一般企業と違って軍というのは動きが早いのだなと驚くばかりである。ただの白髪交じりオールバックのイケオジじゃないんだな忠野。すげえぜ忠野。
……流石に失礼か。
ともかく、海軍情報部の長と艦政本部の本部長を兼任する事となった忠野、それから海軍広報部の橘とは将官であるという理由の他にも、俺の出自という海軍における最重要機密を共有する間柄としてよく連絡を取るようになった。
なんなら、俺と同じように事後処理に追われる山元大佐や清水中佐のもとへ行くのに東京から西日本に来た際には必ず俺に連絡を寄越してくれる。日帰りで呉鎮守府へ顔を出して山元と忠野、橘、清水と俺という奇妙な五人組で宇品にあるお好み焼き屋にこっそりと食事に行ったりという事もあった。
……そこにも問題はあるのだが、これは後でいいか。
それから、楠木少将について山元や清水と協力して調査を行っていたあきつ丸と川内についても、忠野は聴取を行った。
清水については第二次大侵攻の作戦に協力した事と呉での一件もあり、遅くなったが真実を話した。清水は現実味の無い話に驚くより、それを一番最後に知らされたことの方がショックだった様子だが……すまんな清水……。
聴取内容をもとに各地で軍規違反――多くは艦娘に対する軍規違反で、その他は資源の私的流用や各地で政治家と結託して賄賂のやり取りがあったりと、忠野も忠野でだいぶ頭を抱えたらしい――を続々と検挙するに至り、元陸軍所属だったあきつ丸は海の上ではなく、陸で立派な戦果を挙げたのだった。
本人は「自分は大将閣下の艦娘、強襲揚陸艦のあきつ丸でありますよ?」と、その結果を当然のように語っていた。
広報部によって海軍内に艦娘保全部隊『暁』の存在も公表され、艦娘に対する扱いもかなり改善されたとの事だった。艦娘はすごいのだ。まもるより優秀なのだ。切ない。
井之上さんは俺を柱島に据えた当初、こんな事になるなど夢にも思わなかったと言っていた。明け透けに「急場しのぎが出来ればと考えておったワシが一番情けないわい……だが、二度も背は見せん」と語ったのは記憶に新しい。
鎮守府の講堂で全てが明らかになったあの日、井之上さんは罪を背負うと言っていたが――俺はそれを是としなかった。井之上さんは出来る事をやったのだから、堂々と元帥として海軍を率いて欲しいと思ったのだ。
そんな俺の言葉に同意を示してくれたのは、忠野や橘だけでなく、軍部の全員である。
それではワシの気が済まんと井之上さんは言っていたが、俺はそこでようやく、井之上さんに言ってあげたかった言葉をかけられた。
「海軍は、まだ生きています。ですから海軍元帥として、これからも私を助けてはくれませんか」
俺の言葉を耳にした井之上さんは、そうか、としか言わなかったが――それからはもう、人間を辞めたみたいに精力的に活動している。この書類の半分は忠野のせいで、もう半分は井之上さんのせいである。ぜってえ許さねえ。いつか青葉に情けない写真撮られてばら撒かれたらいいんだ。寝顔とかばら撒かれたらいい。
冗談はさておき、井之上さんがこれまで以上に活動的になったのは、俺がこうして柱島泊地の執務室で仕事に追われていることからも分かるだろう。
彼は陸軍大臣に懇々と艦娘の重要性、深海棲艦の撃滅を慎重かつ大胆に行い続け日本のみならず世界を守らねばならないと説き、日本政府にも働きかけた。
日本政府の現首相はこれまでの海軍の体制からは考えられない献身的な井之上さんの働きに感銘を受け、アメリカとの共同研究の継続交渉を行ったというのだからとんでもないことである。井之上さん何者なんだよって話だ。そうだね、海軍元帥だね。
一度は損なわれたらしい海軍の威厳と信頼を、あっという間に取り戻す手腕――やっぱり海軍はやべえ奴らの集まりなのだ。
「提督、入るわよ?」
こんこん、と再び木製扉がノックされる。
開かれた扉の先にはいくつもの新聞や雑誌を抱えた陸奥がいた。
どうやら本日の新聞が呉鎮守府の哨戒班から届いたらしい。
「はいこれ。ここ最近は毎日コレばっかりね」
ふふ、と美しい顔をほころばせる陸奥。うーん可愛い。百万点。
「……提督?」
「ん、お、おぉ、すまない。ありがとう」
これではセクハラクソ提督として陸奥が砲塔の爆発を利用して俺をお仕置きしかねないので素直に「そこの応接用のテーブルに置いてくれるか?」と言って立ち上がる。
陸奥の、毎日コレばかり、というのは第二次大侵攻に関する記事を指している。
応接用ソファに腰をおろして新聞を手に取れば、どれもこれも大きな字体で、
【日本海軍、凄惨な過去を塗り替える】
【大侵攻を撃滅! 日本海軍の奮戦!】
などなど……。
これだけならば困ったりはしない。問題は――
「あら、この写真良く撮れてるわね。会見の時かしら。ほら大淀さん、見て?」
「まぁ……ふふっ、見てください提督。凛々しいお顔ですよ」
「……やめてくれ」
俺は新聞で顔を隠して二人の視線から逃れる。
その新聞にもでかでかとした見出しが。
【護国の鬼神、海原鎮――「私の仕事をしたまでだ」】
【海軍大将に見る、仕事ができる男の十か条!】
【剛勇、海原鎮の神算鬼謀が導いた勝利への軌跡】
そう、問題は――東京の大本営に出向き、元帥の開いた記者会見の場に立った事と、それらから巻き起こった俺への地獄の如き取材オブ取材。
忠野に言わせれば、海軍内でも名ばかりが独り歩きしていた海原鎮という存在を明らかにすることに重要性があるとかないとか。
海原鎮というただの元社畜が海軍内での抑止力になるんだから、分からないものである。
おかげで柱島から気軽に広島に遊びに出る事も出来ない事態にまで発展しているのである。立地のお陰で柱島泊地にいる分には安全なのだが……。
忠野と橘、清水が来るっていうなら山元も誘ってお好み焼きでも食うか! と軍服姿で街を往けば、どこから湧き出したのか取材を求める記者にカバディされてしまうのだ。悪いがまもるは艦娘の指揮は出来てもカバディは出来ない。
かといってわざわざ松岡に頼んで憲兵隊を引っ張り出すわけにもいかず、こそこそと見つからないようにおっさん五人組でお好み焼き屋に避難するわけだ。
お好み焼き屋のおばあちゃんは取材陣が来ると強気に追っ払ってくれるので安心である。
俺達? 縮こまって豚玉つついてたよ。女性に勝てるわけないだろいい加減にしろ。
しかし、おばあちゃんに迷惑をかけ続けるわけにもいかないので、一か月か二か月に一度、五人が揃った時だけと限定する事にしていたりもする。
海軍という括りだけでも、これほどの変化があった。
そしてそれはここ、柱島泊地の鎮守府にも。
「あら、むつまるちゃん。今日も可愛いわね。ふふ」
『むつー! きょうもいいにおいだねー!』
羅針盤を携え海に出ることもあれば、開発に協力したり、修復を手伝ったりと万能の妖精――その正体が妖精達の口からはっきりと明かされたのである。
彼女らは艦娘としての身体を持たない代わりに、妖精として俺や柱島泊地の艦娘達のサポートをしていたのだと言った。
偶然にも、大淀が俺を迎えに行くために乗った漁船《むつまる》に適合できた元戦艦陸奥は――新たに元艦娘、現妖精むつまるとしてこの世界に生まれ変わり、柱島泊地の妖精を率いるリーダーのような存在になったのだとか。
その代償にむつまる達は元の世界とのつながりが希薄となってしまい、元の世界との記憶と、この世界の記憶の齟齬が生じると妖精の持つ力が働き、俺の存在が曖昧になってしまわないようにと記憶を無意識に消してしまっていたらしい。
ではどうして今はそれをはっきりと認識できるのか、と問えば――祖父との食事が原因であるとの事だった。
元の世界で神隠しのように消失した祖父は、実際のところ、むつまるが意識して呼び出したわけでは無いという。
むつまるが意識したのは――海原鎮という存在であった、と。
その時に気づかなかったのかと問えば、むつまるは深海棲艦に世界が壊されるほど逼迫していたために、祖父を俺そのものと思い込んであれやこれやと艦娘を指揮させたのだという。やっぱ社畜を作ったのはむつまるじゃねえか、と冗談めかして言ったのだが、本気で落ち込まれたので病室で謝り倒したりもした。それはいいか……ね、うん。
一度目の深海棲艦の侵攻に疲弊した世界を立て直すべく、むつまると祖父、そして当時の艦娘達はありとあらゆる策を講じて侵攻を押し返し、南方海域を開放し、この世界にあるかつての大戦の記録をもとに多くの功績を残した。
時を同じくして、楠木の研究から端を発した捨て艦作戦が敢行されはじめ――侵攻を効率よく抑えられなくなった祖父がああでもない、こうでもないと手をこまねいていたところを、使えなくなったとして謀殺……。その流れのうちに、鹿屋基地での謀殺も発生したらしい。
夢であった祖父も、謀殺された事に気づいていようが、それを悔しく思っていない様子だった。
自分が死んだと分かっても、俺はまだまだ戦えると扉の向こう側へ突き進んで行った姿を――俺は生涯、忘れないだろう。あの背に恥じぬ男にならねばならないからこそ――俺は艦娘を指揮する提督を続けているのだから。
あと艦娘がいっぱい好きだから。これ、大事です。
「相変わらず、何を言っているか分からないのが残念だわ。ね?」
『むつまるもだよぉ……』
「あなたも残念がっているのかしら。あ、そうだ……むつまるちゃん、伊良湖さんがおやつを作ってたわよ。一緒に食堂に行く?」
『おかし!』
『おかしだー! であえー! であえー!』
『わー!』
「あ、あらあら、いっぱい来ちゃったわね。提督、この子達、借りていくわね?」
「ああ、連れて行ってやってくれ」
出来ればそのまま仕事が終わるまで拘束しておいてくれ。
このままでは弄られまくって心が折れてしまう。
陸奥が妖精達と執務室を出て行ってから、俺は一息吐き出して新聞を改めてばさりと広げ、流し読みしていく。
ここに来たばかりの頃は外部の情報なんて一切無かったものだから、柱島泊地にいる間はこれが俺の唯一の楽しみなのである。小恥ずかしい記事は全部読み飛ばすが。
むつまる達が居ないのだから、多少は休憩がてらに新聞読んでもいいっしょ!
と、独り言をふんふんと漏らしつつ新聞を捲っていると、お茶を淹れにいっていた大淀が戻って来て、応接用テーブルへ湯呑を置いた。
「どうぞ」
「うむ、ありがとう」
「提督、私も拝見してよろしいですか?」
「うん? ああ、雑誌か? 構わんとも」
ソファに並んで座った状態で、静かな時間が過ぎていく。
束の間の平和な時間は、あ、と大淀が声を漏らした事で終わりを告げる。
「どうした」
「そういえば、提督に聞いてみたかった事があったんです。最近はバタバタしっぱなしで聞けなくて――」
「ほう。なんだ? 私が勤めていた会社の話なら面白い話がたくさん――」
「あ、それはあまり興味無いです」
「……そうか」
大淀は読んでいた雑誌をぱたんと閉じて、別の雑誌を手に取ると、それを読むでもなく、手に持ったまま俺を見つめて問うた。
「その、艦隊これくしょん……というゲームについての話なのですが」
「ふむ」
「そのゲームにも、秘書艦という制度はあったのですか?」
「あー……そうだな、正式名称だったかは覚えていないが、第一艦隊の旗艦に設定している艦娘が母港……いわゆるメニュー画面に表示されるようになっていて、それを、秘書艦と呼んでいた」
「なるほど……私達がゲームになっている世界というのも、面白そうですね」
「そうか? 私はお前達に触れられる方がいいが」
本音がこんにちはしてしまった。これでは完全にセクハラである。
だ、大丈夫! 故意に触れたりしません! セクハラ、ダメ絶対ですもんね!
だから憲兵さんには言わないでください! オネシャス! オネシャス!
「も、もう……提督ったら」
大淀は困ったように笑い、雑誌で口元を隠した。何それ可愛い。
「では、その秘書艦というのは、どなたに設定なさっていたのです?」
「確か……」
夢で見たPC画面を思い出し、俺も大淀のような、あ、という声を漏らす。
「お前だったな」
「私、ですか……!」
「ああ。お前は任務娘、とも呼ばれていてな――ここでいう大本営から各鎮守府へ通達される任務を管理してくれている、という設定の艦娘だったのだ。最初から実装されていたわけでは無く、お前は後から大本営より鎮守府にやってきたイメージがある。艦隊に加わった時の感動といったら……。出撃でどうしても旗艦を変えねばならないという時以外には必ずお前を第一艦隊に据えて秘書艦として表示させていたよ」
「そ、それ、それは、あの……あ、え、と、え、えへっ……光栄、です」
これは艦これの話であって、実際の大淀をつんつんしたりは出来ないので、節度ある距離感を保ち、威厳のある提督として頑張る所存であります。
しかしどうしてゲームの話が気になったのだろうか? と大淀に問えば、彼女は単純明快に答えた。
「提督の事を、たくさん知りたいからです」
「……そうかあ」
じゃああのブラック企業の話を聞いてくれてもいいじゃんかよぉ……とは言わないでおいた。
しみじみとオッサンみたいな返事をする俺。
まあオッサンなんだけれども。
「忠野もゲームに関してあれこれと聞いてきたな。これについては艦娘の兵装や深海棲艦の情報収集という意味合いが強かったが、艦政本部にて開発が可能であれば、妖精と協力していくつか試作してみると言っていたぞ」
「新たな兵装の試作ですか……それは素晴らしいアイデアですね。装備が充実すれば、苦戦を強いられる事も減りますから」
「うむ」
返事をしながら新聞をたたみ、今度は雑誌でも見てみるかとテーブルへ手を伸ばした時、情報収集としては些か使いづらい雑誌が一冊あるのが目に留まった。
俺がそれに手を伸ばす前に、大淀が気づいた様子でさっと持ち上げて表紙を見る。
「結婚情報誌……届ける前に紛れ込んだのでしょうか」
「かもしれんが……それにしても、結婚情報誌とは。山元の私物、ではあるまい」
まさかあいつ結婚するんじゃねえだろうな。筋肉達磨の癖に。
筋肉達磨の癖にッ!! 仕事しろオラァッ!!
いかん、こんな邪な気持ちで軍務にあたるんじゃないぞまもる。
心穏やかに……と考えている時、ある事を思い出して口を開く。
「結婚と言えば、艦隊これくしょんにもケッコンカッコカリという機能があったな。忠野に話したら大笑いしていたよ」
何気なく話題に出したそれに対し、大淀は目を見開いて雑誌と俺を交互に見る。
ごめんて、冷静に考えたらこれも思いっきりセクハラにあたるよね、マジごめんて。
「あ、あー、すまんかった。これはゲームの頃の話だ。決して俺が――」
「その機能とは」
「――うん?」
「提督。その、ケッコンカッコカリという機能とは、何ですか」
近いて。大淀近いよ。圧が凄い圧が。
結婚情報誌が歪んでしまうくらい手に力を込めた大淀に迫られ、下手なことを言うと雑誌で頭を叩かれてしまうのではないかと恐れた俺は、小さな声で言う。
「ゲームでは、練度に限界があってな……? 練度が九十九に達すると、それ以上に練度が上がらないようになっているんだ。それを突破するための特別なアイテムに、書類一式と呼ばれるものがある。それを練度九十九の艦娘に使用すると、ケッコンカッコカリが出来るのだ。ま、まぁ、ほら、婚姻届のようなものだ。そして、ケッコンカッコカリをした艦娘には限界突破するための指輪が贈られ、練度が九十九から百七十五まで上げられるようになる。その他にも燃費の向上であったり、火力や装甲といったステータスが向上する恩恵がある、機能、で……」
話していくうちに大淀の目が細められていくのが、俺の神経が削られていくみたいに見えた。
「提督は、どなたかとケッコンカッコカリをしていらっしゃったのですか?」
「ま、まあ……」
「その、お相手は?」
「はは、それはいいじゃないか。ゲームの話であって、ここは現実なんだ。限界突破するような兵装がおいそれと開発されるわけでもないのだから、聞いたってしょうがな――」
「しょうがなくありませんが」
「えっ」
「しょうがなく、ありませんが」
なんっ……え、大淀さん、なんか怒ってる……?
もしや俺が柱島の艦娘に対してそういった不埒な感情を抱いているとか思われてる……!?
ば、ばっかおま、大淀お前! 俺がそんな、なぁ!? 思ってるわけないじゃぁん!
日本海軍大将、柱島泊地を預かるこの海原鎮だぜぇ!? ないない! ないってぇ!
あの、ほんとに、すみません。ちょっとだけありますけど、本当にちょっとだけなんです。
「――そのお相手は、いなかったのですか?」
「……一応、いたが」
「差し支えなければ、教えてくださいますか?」
拒否権ねえやつじゃんかよそれェッ! 差し支えしかねえよォッ!
ダメだ大淀の圧に勝てる気がしねえ。深海棲艦に勝てるわけだよこりゃ。
きっとサラトガもトラック泊地付近の海域でこの大淀の圧にやられたんだ。
やべえよ。怖すぎる。
大淀の無言の圧力に屈した俺は、とうとう、その相手を白状した。
「……陸奥、だった」
「陸奥さん、ですか……へぇ……そうですよね。陸奥さん、お綺麗ですし」
「あと……」
「あと!? ま、まさか提督、他の方とも結婚を――!?」
そうだよ悪いかよ! 艦娘ハーレムを築いてやろうと頑張ってたんだよ!
仕方がねえだろ皆大好きなんだからよぉ! 愛してんだよぉ! クソが!(摩耶)
「そのお相手は、どなたなんですか」
「……お前だ」
「えっ」
ああ、もうダメだ。
俺は柱島泊地で元社畜の変態クソ雑魚ナメクジ提督まもる(笑)として艦娘達から侮蔑の目を向けられるんだ……じいちゃん、ごめんよ……俺、やっぱ親不孝者――
「……少し用事を思い出しましたので、失礼します。忠野中将に連絡を取らねばなりませんので」
「ぉ、あ、う、うむ?」
ばっ、と音がするくらい素早く立ち上がった大淀は、結婚情報誌を持ったまま執務室を出ようと扉を開けた。
その扉の向こうには――何故か川内と青葉が立っており――
「ど、どもぉ……恐縮ですぅ……元帥からお届け物を……あはは……」
「提督……あの、さ……演習報告書の、修正、を、さ……」
気まずそうな顔をした青葉達を見た俺から血の気が引く。
いやいや、俺が知ってるゲームの青葉と、今しがた執務室にやってきた井之上元帥の秘書艦である青葉は違う。というか何で来たんだアオバワレェッ!
あ、お届け物って言ってましたっけ。すみませんねそれどころじゃなさそうなんです今。
青葉の隣で、同じく気まずそうな顔をしながら頬をかく川内は言う。
「提督の護衛はするよ? うん、ちゃんとする。でも……これに関しては、ごめん、パスで。流石に百人以上相手にしたら守れないかも」
これに関してはって何!? これって何! 艦これのこと!?
俺が混乱している間にも、大淀は執務室から出て行きながら眼鏡に指を添えて通信し始めていた。
「――忠野中将ですか? 柱島の大淀です。お世話になっております。提督からケッコンカッコカリという艦娘の限界突破が可能らしき機能と兵装のお話を伺いまして、つきましては忠野中将がこれから試作する兵装の候補の一つとして……ああ、提督から伺っておられましたか? はい、そうです、その話を私もたった今――」
「ま、待て大淀! マッテ! 今ある仕事が全部片付いてから! それから兵装についての話を進めんか!? な!? 忠野聞こえているか! 兵装の開発は少し待って欲しい! おい忠野!」
なんとかやっていけそうな、いけなそうな――
「あれ? 青葉さんに川内さん、お疲れ様です! どうしたんですかこんなところで」
「ああ、秋雲、提督に用事? 今は立て込んでるから後の方がいいかも」
「で、ですねぇ……あはは……」
「用事ってほどでもないですけど、画材の申請を通していただいたのでお礼をと思いまして! あ、提督! 画材届きましたよー! ありがとうございます! これで提督がどれだけ凄い指揮官なのか世間に知らしめてやりますからね! 漫画でも描こうかなって思うんです! 題名は、柱島泊地備忘録っていって――出来上がったら軍部に送って――」
「後にしてくれ秋雲、すまん! あと漫画はダメだ、軍部にも送るな! いいな!?」
「えぇー!? そんなぁ!」
――まだまだ問題は山積みで、忙しい毎日を送ることになりそうである。
「はい……はい……検討していただけるのですか!? それは良かったです、中将――!」
「話を聞かんか大淀! 忠野も聞こえているだろうが! おい!」
本当なら同時に投稿する予定でしたが、修正していたら遅れました……。
この後日談を以て本当の完結です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。