異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路 作:コーカサスカブトムシ
「新星の勇者に最後の柊、創生の魔術師と離叛した尋問官……どれもこれも、面妖な……」
ヒト型、しかしおおよそ人には見えぬ異形の男が、可視化される程の怒気と殺意をぐらぐらと蒸気のように垂れ流す。瞳孔の無い黄色い眼球はびっしりと血管が浮かび上がって充血し、クレバスのように裂けた口からは抑えきれない魔力が溢れる。溢れ出た魔力は黒煙のように揺らめき、醸し出される瘴気と威圧感は加減という物を知らない。
悪鬼羅刹、四つの大陸を脅かし人類の脅威として君臨する魔王を前にしても、その前に立つ者達の顔に怯えや恐怖は一切として存在しない。覚悟、誇り、正義、そんな前向きのものではなく存在していたのはただただ純粋な欲望、それぞれが求めんとする希望のためだけに彼女ら、そして彼は意志を固める。
「そして貴様、イレギュラー……我が運命にもない貴様、貴様がァ……」
「やっと、やっとバルトのお願いが叶えられるの! やっと役に立てるの! だからあなたは、私達の為に死んでっ!」
「魔王無きこの大陸で見られる星は、きっと綺麗だろうなぁ……君もそう思うだろ?」
「私もそろそろ暇を貰いたかったからねえ、貴方もここでおしまいだあ」
「拙者は主に何処までも仕え、共に果てる所存……この戦、決して退くわけにはいかぬ!」
聖剣を、魔本を、邪剣を、妖刀を、それぞれが自身の得物の切っ先を魔王へと向け、構える。先頭に立つ男はそれらを見渡し、ゆったりと滅ぼすべき敵を睨めつけた。恐ろしいまでの静寂が辺りを満たす。我欲と我欲のぶつかり合い、張り詰めた空気は遂に爆発寸前までに加熱し____
「オオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
(こいつを倒せば、魔王を倒せば俺は_____現代に帰れるっ!)
これは絶対に現代に帰還するという決意を抱いた一人の男と、そんな彼に執着した者達の辿る末路を描いた物語である。
異世界転生、というやつをしてしまった。事故や病気で命を落とした主人公が、前世では考えられないような力を持ってファンタジーの世界に生まれ変わり、生を謳歌するといった内容の娯楽の一種。ライトノベルを主にアニメやネット小説で近年見る機会は多いだろうアレだ。亜種に異世界召喚、転移があるがそこは大した問題じゃない。
俺も友人達とそういった話題で盛り上がった事は数知れない。異世界転生とかしてぇよなぁ、なんて具合で男子はどんな歳になってもカッコよく戦う自分には憧れるんだろう。
だけど自分が実際にするってなるとそれはもう現代っ子には耐えられるものではないのだ、家は隙間だらけでそこかしこはガタガタ言うし平然と虫は入る、もう何も見たくねぇ……
シャワーは無ければ風呂なんて浴槽に浸かるんではなく蒸し風呂だし公共で、しっかり身体を洗うなら川までえっちらおっちら。
よく田舎暮らしに憧れる都会っ子が、実際に住みに行ってみて現実に打ちのめされるなんてのは聞くがそれの比じゃない。結局のところクソ、クソなんだよ異世界なんてものは! 娯楽が全くといっていいほど存在しないのもそうだが、暮らしの不便が多すぎる。吉幾三だってこの田舎っぷりにはキレ散らかすことだろう。
「という訳で! 俺は何が何でも異世界から現代へ帰るっ!! どんな方法も試すし努力も惜しまないぞ!」
武内 一弘19歳! 趣味はゲームで死因は交通事故です! 何かを庇ってとかドラマチックな事はなく、ただただサクッと死んだだけの俺は何の因果か。中世の農村……魔法や魔獣が存在するまさしくファンタジー といった異世界に、現地の人間として生まれ変わっていたのだ。
ちなみに今生での名前は『バルト・グリコス』である。由来とかはよくわからん、どうして異世界の言語がちゃんと理解出来てて、日本語とそう変わらない感覚なのかも謎だしなぁ……ほんやくこんにゃくでも食べたか?
チートだの特典だのがあるのかはわからない、何せ死んだと思って眠りに落ちたような感覚があった後、気づいた時には赤ちゃんボデーで寝台におねんねしていたのだ。神様とかじゃなしに直接ぶっ込まれるタイプだねぇ、頭を打って前世を思い出したとかでもないな。
寝台からの光景が走馬灯とかでもないのはすぐにわかった、明らかに日本人じゃない美男美女がにこやかに俺の事見つめてんだもん。こんな美人達前世のテレビでだって見たことない、これが本当に一般人の基準ですか?
それが転生した先の父と母であるということを理解するのにはさほど時間は掛からなかった。そして天国のような地獄を見せられるのにも……こんな辺鄙な農村に娯楽などあろうはずも無く、やることと言えば植えよ根付けよ産めよふやせよで父母の年齢が若い。
その時は身体こそ赤ちゃんだったがメンタルは大人だからな。それが年下(精神的に)の母親に授乳されるなんてどんな倒錯的なプレイなのよ……乳を吸えばしぬ、吸わねば死ぬ。乳幼児期は正に地獄だった、羞恥こそが人を殺すのだと俺は思い知ったね。
無心になって幼児期を終えた、辛く長い戦いだった。つい最近は一年が早いなぁなんて思い始める程度には大人になっていたが、赤ちゃん生活はひたすら長くて虚無くて辛かった。
想像してみて欲しい。スマホもテレビもラジオすらなく、ただ屋根か木枠かベッドしか眺められない生活を。現代人はやはり文明に頼りきっていた生活をしていたと見える、あにまんch見てぇ……
俺は確かに死んだ、それまではいい。よくはないが、死んだ者には死んだ者なりの安寧というか尊厳みたいなのがあってしかるべきで、死後にまで別の生活があるなんてあってはいけない筈だ。だが自分で命を断つなんてのはもっての他、それに自分が自分として産まれてきたからには生きていたい。
そこで決意したのが先ほどの俺の慟哭である。この世界には独自性に満ち、自由度の高い魔法が存在する。そして、それを以てしても理から外れていると云わしめる古代文明の遺物があると。
ならばその中に転移魔法かワープ装置か、次元を超越してしまえるような代物があっても良いのではないか、俺はそう考える。
「けど子どもの身体で出来る事なんて限られてるからな。面倒ではあるけど勉強重点な」
農村の子どもはやるべき農作業を終えたら自由にされる、他の子ども達はみんな外で遊び回っているが俺は情報が欲しいのでな。村にある公共の書庫に籠らせてもらう、この世界……地球? がなんて呼ばれてるのかすら知らないし。
置いてある本は様々だが大抵は村の人達が買ってもう読まなくなった物が寄贈されている。小説から伝記まで置いてある物はカテゴリーを問わず様々、しかし今の俺にはその全てが値千金だ。書庫というには小さめではあるが、それでも読破するにはかなりの年月を要するだろう。
「バールートー! あーそーぼー!」
機は熟すまで待つしかない。言葉は理解出来るが文字の認識は上手くいってくれないようだから絵本から読み始める事になった。本は好きな方だが読んでいたのはもっぱら漫画や小説、スマホでネット小説が見れるようになってからはあんまりだったが……
「バールトー! バルトってばぁ!」
……少し自分語りをしてもいいだろうか。俺はゲームをするときが特にそうだが主人公に感情移入しながらプレイするタイプの人間だ。思われる事もあるだろうがそうやってゲームをしているとその世界の人間になれたような気がするし、魅力的なキャラクター達がまるで自分の友のように……とまでは流石に行かないが、登場するキャラクターや場所に思い入れを込めてストーリーを楽しむのだ。
自分で言っては世話ないが、俺はゲームにだってそう感情移入してしまうくらいには情に厚い人間なのだと思う。この異世界、農村という狭いコミュニティの中で一体どうすれば他人と関わらない生活など出来ようか。俺は現代に帰るのが目的だってのに……だってのに……
「バールー……」
「喧しい」
幼馴染みの美少女なんていう今世紀最大のファンタジーがいるから畜生! かつて白ひげことエドワード・ニューゲートはワンピースの実在は宣言したものの、オタクに優しいギャルと美少女の幼馴染みの実在に関してばかりは言及することはなかった。
本を閉じ、声の持ち主に精一杯不機嫌アピールをしながら視線だけをやる。このやり取りも何回で済むものではない、そろそろ飽きるか嫌われるかしてもいい筈なのだが何故彼女は俺の元にやってきてしまうのか。
【イザベラ・アンスリウム】、年齢は今の俺と同じ6歳でわんぱくという言葉を体現したようなやんちゃ娘だ。こんな幼馴染みと青春したい人生だった……していいんですか? やったー! 現代帰りにくくなるじゃないですかー! やだー!
そう、これである。めちゃくちゃ可愛くて何故か俺にちょっかいを掛けて来る幼馴染み、恐らく並みの人間であればあっさりと初恋の衝動に胸をぶち抜かれていただろう。耐えられているのも一重に現代に帰還し、発売予定のAC6をプレイするという執念あってこそである。
「バルトのいじわる! 他のみんなが遊んでくれないから来てるっていうのに」
「何故俺に期待を掛けた」
顔がいい、めちゃくちゃに可愛い、地上に舞い降りた天使とはこういう子どもの事を言うのだろう。 自然に囲まれた環境で生きているというのもあるからだろうか、その穢れ無きピュアピュアな瞳は三次元ではありえないルビーのような紅で、ぱっちりとした睫毛とクリクリした茶髪。性格も明るくて気前がいいし、活発で元気なのもいいところだ。
駄目だ、イザベラ・アンスリウムは強い! こんな娘とまともに接してたら好きになっちゃうに決まってるんだよなぁ……必死こいて素っ気ない反応に徹し、ぞんざいに扱っているのだがこのままでは陥落間近と言ったところ。
「むぅぅぅぅぅ……ふんだ!」
「何をしに来たんだ」
本でイザベラの見敵必殺の上目遣いを防ぎ、なんとかこの場をやり過ごす……俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃないよ。ただ事実としてイザベラは可愛いのだ、これだけは弁解がしたかった。
ぷんすこ! と私怒ってますオーラを出しながら本棚の周りをグルグルしだしたが、お腹が空けば勝手に帰るだろう。閉じていた本を再び開き、読み始めようと……したその時。
「あてっ! っう……あっ!」
イザベラが足を本棚にぶつけた。その反動で棚の上に不規則に積まれてあった分厚い本がバランスを崩し、茫然としているイザベラに降り注ぐ。
本読んでる場合じゃねぇっ! 借り物だからと一瞬頭を過ったが本を投げ捨て、真っ直ぐにイザベラへと突進してその身体を抱き止め飛び出すように落ちてきた本をかわす。ドサドサと重たい本が床に落ちると埃を巻き上げて開かれていく、しかし危ないところだった。
「イザベラ、大事ないか」
「………………てぇ」
「む?」
「は、離してぇ……」
俺はロリコンじゃない、再三の抗議をさせてもらう。これは言わばノーカウント、人身救助の為であって仕方なかったってやつだ。抱き締めていたイザベラを慌てて離してそっぽを向く。気まずいどころではない、これも全てお前が降ってきたせいなんだぞ謎のほ、ん?
「これは……」
本尽くしの生活をして、わからないところはダディやマミィに聞きながらだいぶ文字は読めるようになった。だからこそ、この本が何であるかわかる。
この本には、魔法に関する見識と一例が纏めあげられている。さっと見ただけではあるが、どこどこの魔法使いがどういう手法で魔法を身に付けただとか、噛み砕いた解釈と適性の判断等が記載されている。
「ありがとう……ありがとう」
「な、なんでバルトが……い、いやありがとうって言うのは私の方だよ!」
これに異世界から現代に帰る手掛かりが直接記されているとは思ってもいないが、これを見ながら自分でも試していけば独学でも魔法が使えるかもしれない。これは……いいものだ! しかしイザベラもこれで俺に関わるのも懲りた事だろう、一歩間違えたら大怪我だったろうしな。
結局俺は村を出て、遺跡で探検をするなり魔法を研究するなりにしても、戦力としての力は間違いなく必要だ。そしてこれはその助けになる、早い段階で手掛かりらしい手掛かりを見つけられたのは僥倖だ。
帰れる____人類の反撃はこれからだ!
更新は不定期になりそうですがモチベーションの続く限りやっていきたいです