異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路 作:コーカサスカブトムシ
しかしねぇ、私としてはどうしてもそういうのを書きたい立場にあるのだから……
いい最終回だった
自室で最後の荷造りを済ませる。クライス先生から授かった黄穿はその鋭さを取り戻し、いつでも万全に扱える。槍鞘もカッコいい、剣の鞘っていうのはよくゲームでも見るもんだが槍にも鞘ってあったんだな。大体剥き出しのまんま背中に背負われてるか、錫杖みたいに石突を地面に着けられてるよね。
「片付け、荷物の確認、ヨシ!」
片足立ちで空っぽになった部屋を指差す。何故だろう、何度も確認して間違いなく忘れ物とか無い筈だがヨシ! という言葉にはそれらの準備を吹き飛ばして不安にさせる何かがある。
「……この景色も見納めか」
窓の外から村の中を見回す。普通の子どもと違い、俺は産まれたその瞬間からバルトではなく武内 一弘という人間として自我を確立していた。赤子だった頃、母であるリンデの腕に抱かれて村を連れ歩かれた時の光景も鮮明に覚えている。しかしその光景は、今こうして見る物と何も変わらない。ゆったりとした変わらない村の姿に、流石に何も思わないということは無かった。クソ田舎がよという怨嗟もあれば、過ごしやすく暖かい村だったとも。
この日の為に貯めておいた貯蓄、行く先であるバエルニア……そして門戸を叩く予定である学院周辺の物価がどれぐらいの物かは知らないが、如何に物価が違えどもこれだけあればしばらく生活をするのに不足は無い。
嗜好品自体この村で手に入るのは前世と比べて碌な品質じゃない。謎の葉巻だかパイプだか酒だかがあったが、そういう物に対して無駄遣いとかしてこなかったから猟の収入は殆ど貯蓄出来ていた。
「他のもんは昨日馬車に載せさせてもらったし、今度こそヨシ」
おふざけ抜きで最終確認。そうしてから部屋の掃除に取り掛かる。立つ鳥跡を濁さずと言うしな、小まめに掃除はしてたが念を入れて。もしかしたらこれから弟だか妹だかが住むかもしれんしなぁ……なんて考えると頭が痛くなってくる。正直考えたくねぇなぁそこ、お兄ちゃんは行方不明とか忍びないし……尻尾も濡れたし……
清掃を終え、革で作られたリュックを背に今度こそ部屋を後にする。サラダバー! 階段を降りていき居間に降りる、二人はずっと俺の事を待っていたようだった。それも当然だろう、一人息子が外界へと飛び立っていくのだから。本当に、俺のような非情な人間には勿体ない程良い人達だ。
「行くんだな、バルト」
「いつ帰ってきても、いいんだからね」
「父さん、母さん……今まで、本当にありがとうございました……!」
話すべき事は昨日のうちに話し切った。今日するべき事は挨拶だけ、それだけで良い。ああくそ、お前にそんなことをする権利があると思うのか。魔法も使っていないのに水が溢れて止まらなかった。だがそれでも俺は……帰ると決意しているのだ。
「本当に、行っちゃうんだね。寂しくなっちゃうな……」
「遅かれ早かれ、別れという物はいつかやってくる」
「なによ、おじいちゃんみたいなこと言って」
「おじいちゃんという程の歳じゃないが、経験してしまったからな」
俺の言葉に訝しげな表情を浮かべるイザベラ。彼女との最終決戦を終えた後、俺達は愉快なオブジェへと変貌を遂げた槍と剣を持って一緒にクライス先生の元へと向かった。それを目にしたクライス先生は海のように深い青の瞳で何処か遠くを見つめて、心の広い事に俺達を叱責するような言葉を一つもよこす事も無かった。ただ何というべきか……イザベラも含めてお前マジかって視線が投げ掛けられていた。そうだよね、普通武器ってこういう壊れ方する物じゃないもんね。
『待てよ……しかし……待てよ……』
『クライス先生が壊れちゃった!?』
待てよ、しかしbotと化したクライス先生を介抱し、落ち着いたところで改めて別れの挨拶を切り出した。安楽椅子に座った先生は老いてなおも鋭い瞳でじっと俺を見定める。ただ何というか、これで俺の事を勇者とか勘違いしてんだなぁ……って思うと不謹慎&失礼な事に少し愉快で、そりゃあ人間だから勘違いもするわなと、何処か朗らかな物を感じた。
「クライス先生、ちょっとの間にぐっとおじいちゃんになっちゃった感じするよね」
(多分お前のせいじゃい!)
老人虐待も良いところである。そりゃ本気で先生とぶつかり合ったりとかした訳ではないだろうが、イザベラの素振りとかそれだけで命の危険を感じさせるようなもの。如何に熊がパワーの調節をしてくれますって言っても、武術を教えてくれなんて言われて首を縦に振る人間は少ないだろう。
前世でも今世でも、力の源になるのは間違いなく筋肉の筈なのだがどういう仕組みでこの細腕からあれだけのパワーを……君もしかしてフィジカルギフテッドだったりする?
「……はーっ、よし。伝わってなかったり、勘違いされてたら嫌だから……はっきりと口にするね」
「何をだ?」
そんな中、深呼吸をして真っ直ぐに俺を見つめてきたイザベラ。何かを口にする決意がついたのだろうが、俺には何となく彼女が何を言おうとしているのかが予想出来ていた。心臓が痛い程に高鳴りだす、それはイザベラも同じなのか、胸を手の前で組みながら……やはり躊躇があるのか間を起きながらもようやく、口を開いた。
「私は、バルトの事が大好きだよ。幼馴染とか友達としてもそうだけど、大切な人として……一緒になりたい、家族になりたいって意味で、大好きだよ」
「……ごめんな」
「あはっ、あはっ……っ、ううん! 言えて、良かった……!」
赤い宝石を納めた目の、眦から雫が零れ落ちる。前世の俺にはそんな事が起きると考えもつかなかっただろう。まさか俺がこんなにも綺麗で心の美しい女の子に想いを告げられて、それを拒絶するなんて。
だがやはりイザベラは、心身共に強い人間になった。哀しげな顔は一瞬だけで、すぐに花の咲いたような笑顔を浮かべて見せる。それが強がりによるものであるのは火を見るより明らかだが、それでも彼女は笑ってみせた。全ては、俺を快く見送ろうとする為に……そう考えると苦しくて吐きそうだ。
「それに、私もいつか村を出る事にしたの! そしたらバルトを探してその時は……その時こそ、私は貴方の隣に居るのに相応しいくらいに成長してるから!」
(いやもう今の段階で充分だろうけどそういう問題じゃないのよ)
「だから……ちょっとだけ、先取りさせて?」
「は、何を……っ!?」
こんな所でまでイザベラは早かった。彼女の姿が陽炎のように揺らめくと、俺がそれに反応する間もない内に目の前へと迫られていた。ふわりと花のような香りが舞い、これまでに無いほどイザベラの顔が近くなる。腕を首の後ろへと回され、そして……
「ふふ、それじゃ……いってらっしゃい!」
優しく、慈しむように口付けされた。まるで新婚さんがいってらっしゃいのキスをするように、何よりも尊い愛が込められたそれに俺は……口から飛び出ようとする言葉を理性という鎖で雁字搦めにする。
アンスリウム、赤のそれが示すのは情熱だったと記憶している。名……ではないが、イザベラ・アンスリウムという少女にこの上なく似合いの花言葉だ。最後の最後に、とんでもない一撃をかましてくれたもんだ。
「えへへっ、やっとバルトにいっぱい食わせられたかな〜?」
「……よくもやってくれたな」
親にされたのを除いて最初のキスだ。前世を含めても、そして最後のキスになるだろう。少なくとも俺はそういう覚悟をしている。だがやられっぱなしで終わるつもりもないから……或いは卑怯ながらも、この愛らしい少女に自分を刻みたくなってしまったからかはわからないが……ポケットに用意していたそれを手に取り、彼女の目の前へと差し出す。
「え……ぇ? なにこれ……」
「よく行く川に、赤い瑪瑙が落ちていた。磨いたら綺麗だろうと思って、イザベラになら似合うと思ったんだ」
その赤瑪瑙はとても宝石と言える程に価値のつけられるものではない。色味もまばらで赤というよりはオレンジに近い。不純物も混ざっているし、勾玉の形になるよう削って、研磨してツヤこそ出てはいるが手造りの酷く不恰好な物だ。恋心を捨てたとはなんだったのか、ダブスタにも程がある、いいや贈り物をするくらいは許される筈だ。
震えるイザベラの首元へ、麻紐を通したそれを結んで着けさせる。前世の俺がやったら通報物だろうが、バルトはイケメン無罪って事で許して貰えるだろう。まぁ……いつか俺の事を割り切って、新しい恋をした時には捨ててもらっても構わないが。
「じゃあな、イザベラ」
「っ、ううううううぅ……ずるい、ずるいよぉ……っ」
現代に戻って、そんで死んだ後は地獄に落ちて鬼灯さんにしばき倒してもらおう……いややっぱあの世界の刑罰は実際に体験したくないな。彼女に背を向けて足を進める。行進せよ、果ての果てまで。
「そんなこと、されたら……絶対に、諦められる訳ないっ……」
そうして俺は14年の歳月を経てようやくこの村、アノーラを飛び出した。これはゴールじゃない、ここからが本当の始まりなんだ。そう確かめるように馬車の中で黄穿を握り締める。
魔法や呪い、悪魔やエルフが存在する異世界ヤーラカム。もしかするとこの何処にも現代へ帰る手段は存在しないかもしれない、志半ばで斃れるかもしれない。それでも俺は、俺が俺である為に進み続ける。
それこそが、絶対に異世界から帰還すると決意した男の末路だ。
『ねぇ……どうして? なんで、私だけみんなと遊んじゃ駄目なの?』
『化け、物……? ひどいよ、どうしてそんな事言うの!? 私はただ……みんなと遊びたかっただけなのに……』
多くの人間は知らぬものだ、己が内に秘めた可能性というものを。しかしどうやってそれに気付けよう、地図に小さく乗るばかりの農村……その中に産まれ落ちた少女の身体に天賦の才があるなどと。
否、周りも含めて気づきはしたのだろう。だが誰もそれを肯定する事は無かった。少なくとも同じ齢の童達は、その少女の存在を認め難かったようだ。人間の雄らしい愚かな自尊心からだろうか、だがそれも良い物だろう。
認められず、排斥されがかった少女は普通であろうとする為に棒切れを手放した。そうして服を縫う針を手に取り、ただの女として生きていく。そうなる『運命』であるが故に、少女は、村の者共は死なずに済むのだから。
棒を握り続けた手にはいつの日か剣が握られていただろう。そしてその切先は我にも届き得る……だがそうなる『運命』であったのならば、棲まう村ごと滅ぼすのみ。運命を司る、この世界の調停者を僭称するのならばせめて無益な死は望むまい。
運命は変わらぬ、変わったように見えるだけだ。人との出会い、体験を通して価値観が変わる事を含めて、全てが定められし事柄なのだ。この世界に産まれ落ちる者、その『魂』には……産まれてから死に絶えるその瞬間まで、そうあれかしという運命が刻まれているのだから。
評価やお気に入り、感想などいただけると嬉しいです。いいねをいただけるのも楽しみにしておりますので何卒……