異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路 作:コーカサスカブトムシ
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「ああ名乗り忘れていたねえ、ワタシは『アレクサ』。この喫茶店、『アンティーク』の店主をしている者さ。いきなりで悪いが、少しばかり待っていてくれよ」
「えっ」
何をするのか、と聞く間も無かった。金髪の女性、アレクサさんは一方的にそう名乗ると店の奥へと姿を消した。一体なんだと言うんだ、と席に座りながらユラユラしてアレクサさんの事を考える。
金を引き伸ばして糸にしたような煌めく髪、なめらかで美しい乳白色の肌には皺やシミ、毛穴に黒子の一つも見当たらなかった。目鼻立ち、生物である以上その形や大きさ、位置が完全に対称になる事は無い筈だがアレクサさんの顔はその常識を破壊しているように思える。
パッチリと開かれた瞼にはバシバシに長い睫毛、その奥に窺えるのは輝けるトパーズのような黄色い瞳。背もスラっと高くスタイルもエゲツない、出るとこ出ないとこの落差はまるでナイアガラ。
確かにイザベラは村の女の子達の中で一番可愛いかったと思うし、成長した今はそれはもう目にするのも恐れ多いような美人になった。だがアレクサさんの美貌は……ベクトルが違う。別ベクトルな上で最上級の美しさ、イザベラが野に咲き誇る大輪の花なら、アレクサさんは王宮でこれこそはと飾られる彫刻……そんなサムシングだ。
このお店ってもしかしてヤバイ店なのではないか? 飲食していざ会計する時になったら法外な値段ふっかけられて裏から怖いお兄さんとか出てくるお店では? チャージ料とか取られたりしない? こんな良い感じのお店に人がまるでいないのってそういうことじゃないの? 背筋を虫のように這い回る悪寒、アレクサさん美人局とかそういうタイプの人じゃないのか。そんな失礼にも程がある考えが頭を過ぎる程に、彼女からは圧倒的な美が醸し出されていた。
「待たせたねえ、当店自慢のコーヒーさ」
そんな疑惑と混乱が頭の中でグルグルすること数分程、店の奥から戻ってきたアレクサさんは緑のエプロウを掛け、その右手には木製のトレイとそれに乗るコーヒーが二杯。一杯は彼女が飲むのだろうが……もう一杯の方は、まだ注文してないけど俺が飲んでも良いのか? た、頼んでないお通し……
「まだ注文はしていませんが……」
「ワタシの奢りだよ、珍しい物に目がなくてねえ。コーヒーでも飲みながら君と話をさせてもらえると嬉しいなあ」
カップを俺の前に置いたアレクサさんはニッコリと女神のように微笑む。目線逸らしたら駄目ですか、カウンター越しに貴女の顔見てるだけで正気度削れていきそうなんだけど。あまりにも別嬪過ぎて思わず頬が緩みそうになる、いやもう緩んでる気がする。あっやめて更に息はーってしないでその芳しきかほりで五、六回は死ねる。
……奢りだって言うなら、その言葉に甘えさせてもらおう。単純に好意で出してくれている、この街の人には肌が合わない,或いは単純に商品がそこまで良くないのならそれまで。騙して悪いが、と言う事なら俺だってそれなりの実力はあるので抵抗はしてみよう。
「まぁそれは後でいいや。熱い内に飲むといい、猫舌なら無理強いはしないが……コーヒーはその温度が一番美味く味わえる」
「ありがとうございます。では……いただきます」
それはそうとコーヒーだ、冷める前にいただいてしまおう。コーヒーの入ったカップを手に取り、まず登り立つ白い湯気を鼻で吸い込む匂いを嗅ぐ。ツンと抜ける特有のフレグランス、アノーラで暮らした14年の間には当然一度も嗅いだ事のないその香りは前世の、現代で良く飲んだコーヒーの記憶を呼び覚ます。だがその記憶の中にあるどのコーヒーよりもこの香りは強く、鮮烈な物に感じた。
そして一口啜る。するとあぁ……めっちゃ久しぶりの嗜好品、懐かしすぎるこの苦味。温度は最適、豆の深みとコク、そしてその奥に隠れたフルーティーな甘みまでを余す事なく引き出している。こくりこくりと、喉を通るたびに芳醇な香りが吹き返すように鼻腔を擽って心地良い。
「お、ぉぉ……」
「楽しみ方を知っているようだねえ」
「いや……正直驚きました。こんなにも美味だと思えるコーヒーを味わえるとは」
「おやおやあ、嬉しいことを言ってくれるなあ」
意を決して口にしたコーヒーはノスタルジーを刺激された事も相まって、涙が出そうな程美味かった。店の調度品に負ける事のない、間違いなくメニュー表の値段は逆ぼったくりと言える一杯。
ああ、これ元々資産持ってる人で道楽で店やってるから採算度外視してるタイプの店だ。直接聞いた訳でもないから予想に過ぎないが、確信に近い直感だった。あー沁みる、舌の根と心の奥底がカフェインで満たされていく。アーイイ……遥かにイイ……
「ああ、ついでに言うとシュガーポットとミルクは無いよ。ウチはブラックしか出さないんだ、この至高の黒に甘味を付け足すなんてあまりにも勿体無い」
「自分もブラックが一等好きですが、そうでない客もいるのでは?」
「個人的な決まりでねえ。ウチのコーヒーに砂糖やミルクを入れたいなんて言った奴は例外なくブチ殺す事にしている」
「ブチ殺す……」
ウアアア! ブラックコーヒー原理主義過激派ダーッ! タスケテクレーッ! 妖しげにニヤリと目尻を下げるアレクサさん、冗談にしても迫力が凄すぎるんよ。八敷おじさんとかこの店来たらブチ殺されるんやろなぁ……
そうしてアレクサさんもコーヒーを飲み始める、あっ喉仏……邪念よ去れ。そうして互いのカップが空になるまで無言になり、充分に時間をかけてそれを楽しんだ後にアレクサさんが話を切り出した。
「ご馳走様でした」
「はいお粗末う。それじゃあ本題に入らせてもらおうかなあ……っと」
「ヴ」
アレクサさんがカウンターに上体を押しつけ、豊満に実ったそれがむにゅうんっと形を変える。どうしてそんなことするんですか……? いやその、重いのかもしれないけどっ! パッと目を閉じて一呼吸置き、そうしてからアレクサさんの顔を見れる角度で目を開く。ヨシ、絶対顔下に向けたら駄目だぞ俺よ。
「フフ、気になるかい? 男の子だなあ」
「いや、そんなことは」
「そうかい、それは残念」
何が残念なんですか、本題に入るんじゃなかったんですか、なんで一々仕草が艶っぽいんですか、そわそわ身じろぎする必要はあるんですか。目線を動かせないので必然的にアレクサさんの顔を真正面から見つめる必要があり、彼女はそんな俺を見て面白そうに口角を吊り上げた。イザベラさん助けて、俺この人好きになっちまう。
「そういえば君の名前を聞いていなかったなあ、何て名前だい? あと出身とかは聞いても良いかなあ」
「あぁ、自己紹介が遅れましたね。自分はた……っ、バルト、バルト・グリコスと言います。出身はアノーラという村です」
「ふうんバルト、バルト君かあ。よろしくバルト君、そしてアノーラかあ……何も無い村だったと覚えているねえ」
「まぁ、その言葉の通りですね」
ククク……ひどい言われようだな。まぁ事実だからしょうがないけど。むしろ本当に何も無いあの村の事名前だけでもよく知ってたな、と互いの自己紹介も終わったところで……どういう話するんだったっけ。圧されて変形された胸部がもちもちしている、とかそういう話では無かったよな。
「ワタシはこれでも本業が各大陸を飛び回る物でねえ。多くの街で多くの人間を見たきたが……その中には一人だって居なかったんだよ。瞳の色、それが黒いなんて人間はねえ」
そう、目の色が黒いのが奇妙だとか言う話だ。そんな事これまで気にした事も無かったが、他人からそうやって指摘されて村の記憶を思い返せば確かに変だとも認識出来る。
俺の父であるアストラは緑色の目をしていたし、母のリンデも同じく緑色の目をしていた。一方その息子である俺は前世から変わらない黒い瞳。髪の色は二人のそれを引き継いだ茶髪だというのに、目だけはそのどちらとも違うものになっている。それは俺が転生した異端な存在だから……かと言えばそうでもないようで、現にイザベラもその両親どちらとも違う、赤い目をしていた。
「一人も? セイランなどにはいなかったのですか?」
「セイラン? 何故そこでセイランが出てくるかは知らないが、そうだねえ……記憶にある限りは無いなあ」
そして、赤青緑黄色とカラフルな目の色をするアノーラの村民の中で、その色が黒であったのは……恐らく俺だけなのだろう。そしてアレクサさんの話を信じて、それが本当の事であるとすればヤーラカムの全土で……セイラン大陸は文献を見る限り異世界定番の似非日本っぽいから黒目もいそうだと思ったがそうでもないのか。
だが……それに何の意味がある。目の色の違いに何か外的なり内的なり、要因が存在するのだろうか?
「赤は炎のような情熱を、青は海のように深い叡智」
「アレクサさん、それは?」
「目の色を見ればその為人がわかる……そんな唄があるのさ。緑は森のような穏やかさ、黄は衰える事なき欲求、とかなんとか……俗説に過ぎないがねえ」
アレクサさんはよく通る声で唄った。ヤーラカムにおいて、そうではないかと確証は無いながら語られている目と性質の繋がりを。声まで良いとか無敵だなこの人。
炎のような情熱、と言われると思い浮かぶのはあの幼馴染。赤目の子どもは彼女以外にもいたが、その中で特に色濃く鮮やかに思えたのは……イザベラのそれだ。当たり判定がデカ過ぎる占いのようなものだろうが、村一番の賢人であったクライス先生の青目もその唄通りと考えると、少し考えさせられるものがある……が。
「緑の目をしている者にも、粗暴な子どもがいましたが」
「無論全てにおいてその限りでは無いがねえ。ただこんな唄がある程度に、目の色が本人の性質と紐付けられる要素に満ちているのは事実だあ」
まぁそりゃそうだわな。今言われた特徴に当てはまらない人もそこそこ思い当たる、だが大多数においては先程の唄通りなのも事実だ。村に置いてあった本にはこういう話は載っていなかったが、まぁ村の寄贈物だし取り扱ってない内容の方が多いだろう。
そんな事を考えていると、アレクサさんがその両手をすうっと此方へ伸ばして来ていた。何をするのかと思う間もなく、その掌で俺の顔を挟み込まれ……引き寄せられて目を覗き込まれた。ギラギラと激る黄金の中に、俺の黒い目が浮かび上がっている。
「なっ、何を……」
「一目見た瞬間から、ワタシは君に対する好奇心が抑えられない。その黒曜のように美しいその瞳は、いったい如何なる精神の産物なのか。はたまた偶発的にそうなったのかはわからないが……なあ」
「なん、ですか」
「君、『ワタシの物にならないか?』」
耳元で囁かれている訳でも無いのに背筋がぞわりと波立った。何かとんでもない物に魅入られてしまったようなこの……一時期pixivで狂ったように漁ってた感じのシチュ! 実際にされると破壊力がとんでもねぇ、こんな事言う美人さん現実に存在するんかぁ?! ワタシの物にならないかとか、そんなの大喜びで同意……したら駄目なんだよな。
「出来ません、アレクサさん」
「───へえ」
そう言った瞬間にパリン、とカップが割れた。俺の顔を挟む手の、その指先にグッと力が籠っていくのを感じる。彼女の顔はまるで仮面のように、何の感情も映していないような無機質な物に。えっ、怖い怖い怖い、なんか地雷かなんか踏んだん?
「なるほどねえ……いやぁまさか、フラれるとは思ってなかったなあ」
「す、すみません」
「常識的に考えれば首を縦に振る場面でもないよなあ。会ってからまだ一日と経っていない……どうかしていたよ、悪かったねえ」
一瞬目を閉じたアレクサさん、その瞼が開かれた時には謎の重圧感も立ち消えていた。俺の顔から手を離すと申し訳なさそうに眉を下げる、いやめっちゃビビりはしたけどそこまで気にしなくても。
「カップ割れちゃったかあ、それなりに気に入っていたが……また買えばいいか。すまないねえ付き合わせてしまって」
「いえ、美味しいコーヒーでした。結局全然自分の話は出来ていませんが……」
「それは……色々変な事になってしまったからねえ、迷惑だろうからやめておくよ。それにこれをわかってくれる者は少ないからなあ……是非また来てくれよお」
何とも言えない気まずさを覚えながらも、アレクサさんに別れを告げて店を出る。忘れ物とかしてないよな、ヨシ。けど一瞬ホラゲかなんかかってくらいビビったわぁ、店の外から聞こえてた物音もタイミング良く皆無だったし。
なんか飯食う感じでも無くなってしまったし、早めに夜飯にしてすぐに寝るべ。そう決めた俺は今日中にしておくべきもう一つの予定、冒険者協会への登録の為に歩き始めた。
「はああああああああ……我ながら、らしく無いことをしてしまったなあ」
天井を仰ぎ見ながら深い溜め息をつく。女日照りの長い童貞のようにがっついて、何がワタシの物にならないかだ。クツクツと自嘲するような笑いが溢れ出る。しかしそれだけあの目に強く惹かれてしまったというのも事実だ。
「『暗示』まで掛けようとして、なんてザマだあ」
あの目がいけない、ワタシはそう結論付ける。深い闇、深淵の如きあの黒が……間近に見てもワタシの顔など写さない、きっとあの目は真の意味では、何も写すことはないのだろう。黒は何にも染まらず、何とも混ざる事はないのだから。だが、それがいい。
ワタシが『人間』に対してこんな衝動を抱くとは思いもしなかったが……これが『人目惚れ』というものか。
「バルト、バルト・グリコスかあ……また逢えるだろうかねえ」
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