異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路 作:コーカサスカブトムシ
前回の投稿から大変時間の空いたことをお詫びします……が、恐らくきっと治らない()
積もる話は明日にしよう。そう言ったクレイヴンさんに自分が研究室として預けられているという部屋の場所を教えてもらい、明日にまた合う約束を取り付けてからあの人と別れた。その足で学務室に向かった俺は手早く入学の手続きを済ませ、寮の鍵を受け取る。
貰った地図を片手に辿り着いた寮の部屋。備え付けのベッドと机に椅子と、箪笥に空の本棚。古い建物というのもあって相応の年季こそ感じられるが清掃が行き届いているのだろう、小綺麗で落ち着いている雰囲気だ。
アノーラの部屋よりも狭くはあるが、造り自体はこちらの方がしっかりしている。窓さえしっかり閉めていれば虫が入りたい放題という事も無さそうだ。マジで現代基準で言うとその辺酷かったからな……最終的に十数年も暮らせば流石に慣れはし……いややっぱ慣れなかったな。
「はぁぁぁ……」
狭い部屋ではあるが一人部屋というのは悪くない。魔法使いは知識をトリガーとする魔法の特性上プライバシーにはデリケートなものなので、狭くても個人のスペースを持つことは必須なようだ。
必要最低限な物のみ持ってきていた荷物、必要な物は新天地であるバエルニアで買い足そうとも思っていた。それらの荷解きをしてベッドに横になると気が抜けたようにため息が出る。なんちゃってVOBでの移動は全身にものごっついGが掛かっていたから思ったよりも疲れが溜まっているのかもしれない。
イザベラが一時期メンタルよわよわになってたのをフォローしてたような事もあったが、実のところ俺自身もメンタルはそう強い方じゃない。むしろネガティブめな性分もあって弱い方に入るだろう。
変な疲れ方もしているし、慣れない環境に一人というのもある。こういう時はナーバスになって後ろ向きな感情が湧き出てしまう。
「それだけじゃないんだろうがなぁ」
前世では就職し、働いてはいたがまだ実家暮らしだった。二つの人生を合わせて初の一人暮らし……アノーラの、この世界での実家を出ての生活を上手くやれるだろうか、そんな不安も少しばかりは募ってくる。
懐のポケットに入れていた『それ』を取り出し、小さな暖炉の灯りに照らされて光るそれをしみじみと眺める。見る人が見れば気持ち悪い物だと思うし、自分でも少しそう思っている。
イザベラに贈ったのと同じ、赤瑪瑙で作った勾玉だ。『俺』のお父さんの実家は島根にあった。初詣として出雲大社に行く事も多かったし、勾玉というチョイスをしたのも自分にとって馴染み深いものだったからという考えもある。ただ幼馴染とはいえ精神的に歳下の女の子にペア勾玉やる野郎の図は、ネ……
未練たらたらが過ぎる。言い訳をすると、しょうがないだろ異性と手を繋いだ事も幼稚園とか小学低年とかを除いたらないだろう喪男なんだから。異性と会話したのも多分イザベラが一番長くなるだろうし、何より前世では考えられないぐらいに美形の多いヤーラカムでも彼女はとびきりだ。
「どうして俺は……」
それだけ未練があって向こうからも好意を寄せてくれているような女の子の手を振り払って、現代に帰ろうとしているのか。それは勿論アーマードコア6の為……なんて戯けて言うもんでもないけど。
人間の本音なんて一つじゃない。俺が本当はアノーラに居続けたいと思ったのも本音だし、あの村が現代の価値観を持つ俺には少々苦しいと思ったのも本音で、この異世界を素晴らしい物だとは思いつつも現代に帰りたい気持ちが強いというのも本音だ。
けれど結局、どうして俺がイザベラを振ったのかって言えば……
「イザベラが好きなのは、『俺』じゃない」
クレイヴンさんが気に入ったのも俺だ。クライス先生が認めたのも俺だ。イザベラが想いを寄せているのも俺だ。それはバルト・グリコスであって『俺』じゃないんだよな。無能で愚鈍で役立たず、醜くて不要な『俺』では……
湖畔の側に聳えるこのアリカルアレは、ヤーラカム全ての知が集まる場所であるとも言われている。その風貌は一見するとただの異世界情緒溢れるナイスセンスなお城にも見えるが、その内装はこの異世界ヤーラカムにおいても異質なものだ。
今更だけどヤーラカムそのものは別に異世界って訳じゃ無い。異なる世界というのはあくまで現代から来た俺視点による物だから、異世界でも異質っていうのは少し間違った表現だろうか。
ひとたびその廊下を歩けば目に入る物は本、本、本……壁という壁にはズラリと大小様々色とりどりな本が連なっており、この雄大な建物のほぼ全てが本棚を兼ねるという現代では目に掛かれないような光景だった。
この世界にて出版される本は全てが精査された後、このアリカルアレに所蔵されることになり、ヤーラカム全ての知が集まるという言葉も比喩では無い。
「人によって目に見える世界は変わり、世界の真相さえ当人にとっては違った物となる。君の見ている世界は……それはきっと僕にとって福音となり得る物だ」
そんなテーマパーク然とした学院の中を先導してくれるイケメン、クレイヴンさんはこう……既にどっしりと質量を感じるお言葉を投げ掛けて来るのですが……どうして。朝起きてドア開けたら目の前に居たのは流石にビックリする、一体いつからそこにいたんですか?
「そういうものでしょうか、単に珍しいというだけでは」
「理論を並べ立てて成果を結実させるのが魔法使いの業ではあるが、その実重要となるのは天才的な直感や閃きである事が多い。僕は君の中にそれを見たのさ」
そこに関しては俺が使ってた魔法が一眼でこの世界にはそう普及していない、というかまだ解明されてない理論からなる物だって当たりが付いたからだろうな。きっと脳みそもいっぱい詰まっているのだろう、それで一気に俺に対する関心を強めたという訳だ。
「さて、とりあえず掛けたまえ」
「おかえりなさい、そちらがお話されていたお客さんですか?」
「ああ、僕にとって何よりも大切な……そうなりそうな予感がするほどのね。セリナ、お茶を用意してもらえるかな?」
そうして彼が預けられているという部屋に辿り着き、中へ入るなりそこにいた女性……セリナというらしい女性にお辞儀をされたので此方も返す。アイサツは大事、古事記にもそう書かれているのはヤーラカムでも変わりない。
パッと見では俺とそんなに変わらない年齢だろうか。ピンク色の髪と目、ゆるっとした雰囲気はこれまたとっても美形な……可愛い系の女性だ。
お前はそればかりだなぁと自分でも思うが、美形には目を惹かれる物だから仕方ない本当に仕方ない。
「クレイヴンさんのお客さんですね、私はセリナと言います。クレイヴンさんの……助手にあたるのでしょうか、よろしくお願いしますね」
「た……バルトです、よろしくお願いします」
「んむ……」
改めて俺にお辞儀をするとそのままパタパタと小走りに部屋の奥へと移動したセリナさん。それをクレイヴンさんは何やら思うところありげな目で見ていたが……助手って言おうとしたところでちょっと詰まったし言い切らなかったな。
どちらもこの学院の学徒という立場ではあるんだろうが、何やらセリナさんは謙っているというか……下手に首を突っ込んだら藪蛇なアトモスフィアを感じる。しかしこの感じ、きっと魔法の才能が無いとかその辺だろう……分かっちゃうよお兄さんエスパーだから、お兄さんエスパー。同類にこそわかることもある。
「さて僕としてはがっついて君を質問責めにしたいところではあるが……改めて自己紹介をしておこうか。僕はクレイヴン・エリファレット、この学院では何かと持て囃される立場にはあるが……栓なき事さ」
「このお部屋だってクレイヴンさんの実績があって貸し出されてるんですから、栓なきとか言わずにちょっとは自覚持ってくださーい」
「ん……まぁそうかな」
何とも傍若無人といった振る舞いが板についているクレイヴンさんに部屋の奥から咎めるセリナさんの声。今は眼帯を着けていて露にはなっていないが、昨日見たクレイヴンさんの目は魔眼的なただならぬ物になっていた。一目で只者ではないといった趣ではあったが、やっぱりその実も凄い人なんだろう。
この学院も外から見る限り馬鹿デカい建物ではあったものの、全生徒にこうやってそこそこな広さの部屋を貸すという事もない筈だ。認められる程に特別な待遇を受けていて、智慧や発想も持っているとなると……うーん、言い方がどうしても悪くなるが使える。
「改めて、バルト・グリコスです」
俺のアリカルアレでの目的は現代への帰還に利用出来そうな魔法の発見、或いは開発だ。新参者であり生涯を掛けてここで研究を続けるという訳でもない俺がこの学院の魔法使いと縁を深めるとなれば、ここで相応の地位を持っている知己を得られるというのは僥倖だ。
「……自分には何が求められるのでしょうか」
「そうだね、僕としては君を今すぐ質問攻めにでもしたいところではあるが流石にそこまで要求出来ないし、それだけでは趣がない。ひとまず、君は何を求めてこの学院へ来たのか……それを聞かせてもらおうかな。ちょうどセリナも用意が出来たようだし」
僕には歩む道を共にする者がいなかった。
人の視座、その高低自体に貴賤はない。単純な話、背の低い者と高い者が見ている世界は全くの別物であり、そこには全く異なる『真実』がある。一抱えほどある石を重いと感じるか軽いと感じるか、それは相対的な違いでしかなくこの世の真理とは足り得ない。見上げるような巨木でさえも、巨人にとっては枝のようなものであるように。
だがその視座の違いは価値観の違いを産み、相互の不理解を産む。僕にとって何よりも望むべき星界の探索、このアリカルアレでそれを志したのは……昔は居たのかもしれないが、今や僕一人がいるばかりだ。
「どうぞ」
「ありがとうね」
「ありがとうございます」
セリナから彼女の淹れたカモミールティーを受け取り、香りを楽しんでから一口啜る。蜂蜜を一匙垂らし、甘みと爽やかさを兼ね備えたそれはいつも通りに美味いものだ。同じくカップに口をつけたバルト君の表情を見るに受けは良かったようで、感じ入るようにその味を堪能しているようだった。
「彼女の選んだ茶なんだが、こればかりは気に入っていてね。口に合っただろうか」
「ええ、とても美味しく……故郷では嗜好品にありつける機会も皆無だったので」
これも一つの共感だ。特別に癖がある物でも無いとはいえ万人が必ず好む物でもない。自分の好む物を好ましい相手に好んでもらえるというのは、言葉にできない嬉しさがあるものだ。
「それで……自分がこの学院に何を求めに来たか、でしたね」
「あぁ、とは言っても言いたくない事までも聞き出すつもりはないよ。魔法使いは秘密主義者が多い物だ、その場合は仕方がない」
「いえ、自分の目的はどうにも自分一人で達成出来るとは思えないもので。その為ならば自分は、自分の持ちうる全てを曝け出す事もやぶさかではありません」
そうか、いやそれはそうだろう。本来ならば聞くまでも無かった事だ、なんせ僕はつい昨日それを見ているのだから。自分の命が天秤に掛かっていようとも目的の為ならば自分の全てを賭ける事が出来る、そういった彼の有り様を。であればこそ、魔法使いにとって命とも呼べる自身の知識でさえ必要とあらば擲つ事を惜しまないという言葉。それは決して大言壮語ではないのだろう。
「自分は常識に左右されない、新しいアプローチが試されるべきだと考えます。魔法は手段であって目的では無い……アリカルアレの学徒である貴方を前にこう言い切るのも不味いのかもしれませんが。自分の目指す場所はただひたすらに遠い」
彼の語る言葉に呑まれ、僕はいつしか気圧されたように口を開く事も出来なくなっていた。きっと年若いであろう彼……バルト・グリコスという青年はどれだけの重さと背景を背負っているのだろうか。
「自分は冒険者としての身分も持っています、もっともそれは新人のそれですが……遺物、それが齎す神秘と奇跡、そうしたものも合わせて、自分はアリカルアレに星々をも超えるような業を求めてやって来ました」
いつしか、自分も腑抜けてはいなかっただろうか。進展の見られない研究……自分には時間があるからと、我武者羅にでも事を成そうとする決意が磨耗してはいなかっただろうか。彼の言葉に圧されたように感じたのはきっと、そうした自分の気取りを……突きつけられたからではないだろうか。
そんな己を、改める機会が与えられた。僕自身の悲願……彼とならばそれも叶うように思える。しかし、それもいいが……このバルトという人間が何もかもを投じてまで見ようとしている世界、その終着点にも非常に深い興味を惹かれた。ならば、僕も……
勘違いされているようで勘違いはされていないような勘違いされている男
感想やお気に入り、評価などしていただけると嬉しいです。ここすきもしてくださるとありがたいです